ウルトラマンジード ベリアルの子ら   作:ヨアンゴ

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第三話「恩讐の果てに」Aパート

 

 

 

 ――気がつくと。ふと、考えてしまう。

 

 今更、そんなことを想っても、意味はないのに。

 

 何故、あの日。私の家族は踏み躙られて、喪われ。

 あの子たちは、家族と出会い、温もりを得ることができたのだろう。

 

 その運命に、どうして違いがあったのか――と。

 

 

 

 

 

 

「えへへ。どう、似合う?」

 

 星山市天文台の地下五百メートル、星雲荘の中央司令室。

 そこで、朝倉リクは、妹のルカが嬉しそうに披露する新しいコーデを鑑賞させられていた。

 とはいえ、その服装に変わりはなく。要は新しい装飾品を身に着けただけだ。

 

 元々は、彼女が本来の姿に戻った際、テレパシーへの適応性が低い仲間――その筆頭、あくまでも機械であるレムとも、支障のない意思疎通が取れるようにと渡された、通信端末を身につけるというだけの話だった。

 ルカがレムから贈られたのは、スカルゴモラの頭部に生える角と同じ、赤い色をしたヘッドホン。リクのジードライザーと同様に、身に着けていれば彼女本来の姿に戻っても、いつでも星雲荘の通信を利用できるということだ。

 だが、常にそれを身に着けるべきであるなら。本人曰く、それだけを足したのでは顔全体としてはバランスが崩れ、特に目元の印象が可愛くなくなる――とのことで。追加に伊達眼鏡を付けたい、と言い出したのだ。

 それからほんの数時間後のお披露目に、リクはまず、思った通りの感想を告げた。

 

「うん、ピッタリ!」

「やったぁ! このフレーム、ライハのを参考にしたんだよ」

「へぇ~、いい感じだね!」

 

 拍手するペガにも嬉しそうに自慢するルカを微笑ましく感じながら、続いて財布の中身に思いを馳せたリクは、事情を知っていそうなレムに小声で尋ねた。

 

「……どこで、どうやって買ってきたの?」

〈私が作りました〉

「えっ」

 

 予想外の答えをレムがあまりにさらっと告げるので、リクは素っ頓狂な声を漏らした。

 

「なんか……僕より甘くない?」

〈気のせいです。リクに所有権があるものの方が多いのは、数えなくともわかるはずです〉

 

 何となく、お兄ちゃんなんだから我慢しろと言われているような気持ちとなり、釈然としないものの。

 

(……でも、まぁ、可愛いからいいか)

 

 別に自分の懐も痛んでないし、と気持ちを切り替えたリクは、無邪気に喜ぶ妹の様子を堪能することとした。

 

「……ただいま」

「あっ、ライハ!」

 

 地上に出て、太極拳のトレーニングを行っていたライハが帰ってきたのは、そのタイミングだった。

 

「おかえり! ねぇ見て見て! 可愛いでしょー?」

「……そうね。よく似合ってるわよ」

「ありがとう! ちょっとライハの眼鏡参考にしたから、そう言って貰えると嬉しいな」

 

 同性同士、ということでライハがよく世話を焼くからか。エタルガーとの決着の後、正式に星雲荘の一員となったルカは、この三日でライハにもよく懐いていた。

 人見知りな当初の印象は何処へやら。一度気を許した相手にはどこまでも人懐っこくなるようなルカの態度に、ライハやレムもよく応えてくれている――わけだが。

 ルカが来てから時折、ライハがこれまで見せなかった類の疲れた表情を浮かべていることが、リクは少し気がかりだった。

 

「……シャワー、浴びてくるわね」

「あっ、私も一緒に行っても良い?」

 

 汗を落としたいらしいライハへ、ルカがそんな風に申し出る。

 レムが行った学習装置による教育で、生後一週間にも満たないルカにも入浴という習慣はできている。とはいえ、どうやら一人ではシャンプーを上手く使うこともできず、目に入れて泣いたりしていたために、ライハが付き添うようにはなっているのだが。

 

「……朝から? それにルカならそろそろ、一人でお風呂入れるんじゃないの?」

「かもしれないけど、まだちゃんとできるか怖いから……ライハも一緒に居てよ。ね? ね?」

 

 そんな風に拝み倒しながら、ライハに付いて行く妹の様子を見て――自身の懸念が、杞憂であることをリクは祈っていた。

 その楽観を酷く後悔する時が間近に迫っていることを、知るわけもないままに。

 

 

 

 

 

 

(……疲れてるのにごめんね、ライハ。私、嘘吐いちゃった)

 

 星雲荘のシャワー室へ二人で入りながら、ルカはそんな風に思考を巡らせていた。

 実のところ、流石にもう三度目の利用ともなれば、一人の入浴でももう何ら不便はない。頭を洗っている間に目を開けずにシャワーを操作するコツは掴んでいるし、他にもどこに何が備えられているのか、何をどのように扱うのかももう、一通りは習得している。

 それでもライハと一緒にお風呂に来た理由。昨日までは一人での入浴に不安があったのは事実のため、つまりは今回からやっと、余裕を持ってこの場所で居られるからであって――

 

(――今なら、お兄ちゃんの目も届かない)

 

 もしかするとレムには筒抜けになるかもしれないが、肝心なのはリクやペガに感知されない状況で、ライハと二人きりになることである。

 レムが通信機をくれた今なら二人で外出する、という手もあるやもしれないが。それでもルカの目的を考えれば密室かつ、ライハの気も緩み易い入浴中というリラックスした状況の方が好ましいだろう。

 

(探らせて貰うよ、ライハ。お兄ちゃんのこと、どう想っているのかを――っ!)

 

 そんな使命感に燃えながら、ルカは一人決意を固めていた。

 ライハのことは、率直に言ってルカも好いている。クールながらも優しく、地球人の戦士としては種族の最高水準までその武を磨き上げている努力家の、素敵な女性であることは、この三日間で充分以上にわかっている。だからレムに頼んで、ルカはライハと雰囲気の近いオシャレも試みているのだ。

 

 だが、ライハに兄と男女の仲になって欲しいかと問われれば、ルカの心境は否である。

 

 リクとライハにもこのまま、星雲荘での家族のように暖かい関係を維持して欲しい、という気持ちはルカの中にも強いものの。理由は上手く言い表せないものの、それでも嫌なものは嫌なのだ。

 その理由は幼稚な独占欲なのかもしれない、とは承知の上でも。そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら一緒に過ごして行くよりは、まずは状況把握をして杞憂ならばそれでよし、必要があれば対策を講じる。とにかく早く、先の段階へ進めるようにしたいから――と。ルカはジーッとしててもドーにもならないとばかりに、攻勢へ出ることを決めたわけだ。

 

「ライハってお兄ちゃんのこと、どう想ってるの?」

 

 ただし、所詮は生後一週間足らずの、それも人間ならざる小娘の画策だった。

 完全な直球で自らの謀を晒したとは気づかぬまま、これでも後の人間関係が崩れぬよう繊細な駆け引きにより探っているつもりで、いきなり自爆していたのだ。

 

「……どう想ってるんだろうね」

 

 そんなルカの真っ直ぐ過ぎた問いに対して、ちょうどシャワーを止めたライハはどこか、疲れたように聞き返した。

 その返答へ身構えるルカに対して、視線も寄せないまま。ライハは深々と溜息を吐いた。

 

「リクのことは、凄い子だと思っている。ベリアルの息子という運命の重さに負けないで、夢を叶えてヒーローになった。だから、あなたという家族を得るぐらい報われても良いはずだって、そう考えてる」

「……お、おぉう……!」

 

 何故か、聞いてもいない自分のことを自然に、それもリクの得た宝の如く言及され、思わずルカが照れる事態となった。

 

「頭では……そう考えられているのに、ね」

 

 だが、ライハの声は重苦しく絞り出されるものに変わっていた。

 

「……ごめん、先に上がる。というか、もう一回トレーニングして来るから」

「……えっ?」

 

 言い残したライハがさっさと出て行ってしまうのを見て、ルカは戸惑いながらも湯船から身を起こそうとするが。

 

「――ルカはそのまま、ゆっくりしてて良いから」

 

 優しい言い回しの中、どこか拒絶の音色が含まれているように感じられて。

 思わず身を竦ませた頃には、シャワー室の扉はピシャリと閉じられてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 リクがいつもの公園に出た頃、ライハはやはりまだ、太極拳の演舞を行っていた。

 彼女が一日たりとも欠かしたことのないトレーニングは、最早ルーチンワークとして、彼女の精神の均衡を図るのに不可欠な行為となっているのだろうが――今日見たそれは、リクの知る中でも一二を争うほどに鬼気迫っていた。

 

 本当は来るべきではなかったんだろうな、と思いながらも……それでもリクは、ライハがこちらに気づくまで待ち続けることにした。以前のように、迂闊に近づいて腕を極められても困るし。

 やがて、演舞の一連の流れが終わった時。次のワンセットを開始する前にライハがリクに気づき、手を止めた。

 

「ごめん。邪魔しちゃったね」

「……別に。本当はもう、運動量としてはとっくに充分だったし」

 

 シャワーを浴びたばかりだというのに、またも汗で全身を濡らしたライハはそう溜息を吐く。

 そんな彼女に近づきながら――本当は、今はライハに一人の時間を取って貰った方が良いとは承知の上で、リクはそれでも追って来た理由を口にした。

 

「……ルカと、何かあった?」

 

 何故か、終わったばかりの訓練に再び向かうライハと。それから少し遅れて、三日ぶりに沈んだ表情で戻ってきたルカとを見れば。

 ルカに聞いても、何もわからないと教えてくれないとしても。何かがあったと考えるには十分過ぎた。

 まして、ルカはまだ知る由もない心当たり――スカルゴモラという『赤い角の怪獣』と、鳥羽ライハの間に存在する因縁を知るリクとしてもまた、黙って見ては居られなかった。

 例え、直接の宿敵とは既に、過去を精算し終えているのだとしても。

 

「……何も。あの子は何も、悪いことなんかしてない」

 

 その返答にホッとする自分に気づき、それからまたもライハにばかり気を遣わせてしまったのだと察したリクが顔を俯かせる。

 対して、ライハは小さく首を横へ振った。

 

「気にしなくて良いよ。これは、私の問題。すごく身勝手で、くだらない、気持ちの問題。そんなことで、心配させちゃってごめん」

「……僕のことはいいよ」

 

 ――自分のことは。ライハに恨まれても仕方ないと、リクは思っている。それなのに、どれほど甘えてきたことか。

 けれど――その頃、この世に生を享けてすら居なかった、妹は関係ない。

 

「でも――ルカはライハのこと、大好きみたいだからさ。無理はしなくても良いけど、また、気持ちの整理がついたら……」

「そう、ね……気持ちの整理を、つけられたら……」

 

 そうして、事態の解決に、時間の経過という希望を見出そうとした時だった。

 まさにその瞬間を悪魔が狙い澄ましたように、青空に亀裂が走り、赤い雨が降り始めたのは。

 

 

 

 

 

 

 ――己の醜さが、嫌になる。

 

 生まれてからずっと孤独だった彼が。他種族のために、自らの父を討つ運命を歩むことになったリクが、やっと家族の温もりを得られたことを、素直に祝福し切れないこの狭量さが。

 相手の正体を知らない頃、無責任に見せた優しさへ懐いてくれたルカと重なる――彼女自身とは、何の関係もない過去の悪夢を無視できない、この弱さが。

 挙げ句、その二人を傷つけてしまう、無様なこの振る舞いが。

 

 全部が全部、嫌になる。

 

 あの日、全てに決着を付けたはずだったのに。憎むべき怨敵にさえも憐れみを向けられる、そんな境地に達したと思っていたのに。

 

 ……自分の家族を一方的に奪ったベリアルの子らが、互いを天涯孤独の身から救い合う様を見て、胸が乱れるのを抑えられない。

 容姿の一致は仇がその時、たまたま化けた結果でしかないとわかっているのに――己が憎悪の対象と同じ、赤い角の怪獣をウルトラマンが護る様に、理不尽な苛立ちを否定できない。

 

 だけど。きっといつか、それは時間が解決してくれると――

 

「――それで良いのか?」

 

 不意に、脳内へ直接語りかけてくる声があった。

 

「思い出せ。奴らに滅ぼされた者の在りし日を。その怒りと憎しみは、奪われたものをどれほど大切に想っていたかの証であるということを。その感情を、ただ生物としての不完全さ、記憶の劣化などを救いと称して捨ててしまって、おまえは本当に良いのか?」

 

 ――あなたは、誰?

 

「私は、おまえたちだ。理不尽に滅ぼされてきたもの。望ましくないと、暗黒の澱に沈められ、目を背けられてきたもの。他者に媚びることを強いられ消されてきた、おまえたちの大切に想っていたもの」

 

 そんな、正気であれば、取るに足らぬような怪しい声が。

 何故かその時、酷く魅力的に思えてしまって――ライハの心の障壁が、腐るようにして解けていって。

 

「さぁ、自らを解放する時だ。我らの手を取り、そして忌まわしきウルトラマンとレイブラッドの末裔、ベリアルの子らを根絶やしにしろ!」

 

 そんな悪魔の号令のまま、鎮火しようと燻っていたライハの負の感情が、激しく燃え盛った。

 

 

 

 

 

 

「うわっ、何だよこれ……」

 

 ライハとともにあずまやの屋根の下まで逃れたリクは、激しい勢いで降り注ぐ血のように赤い雨を見て、思わず呻いた。

 記憶を辿り、かつて、クライシス・インパクトの情報を集めようと目にしたオカルト雑誌で共に紹介されていた事象の名を、リクは掘り起こす。

 

「確かこういうの……ファフロツキーズって言うんだっけ……」

 

 ウルトラマンとなり、人類の知る既存の物理法則や常識を越える出来事の数々を目の当たりとしてきたリクにとっても、初体験となる出来事だった。

 それもおそらく、竜巻に巻き上げられた魚が降って来るような、生易しいファフロツキーズ現象ではないはずだ――と、リクは詩的な比喩表現ではなく、現実として空に生じた不規則な『亀裂』に目をやった。

 

「レム。なんか空が割れて、赤い雨が降っているんだけど……これも何かの怪獣や宇宙人の仕業かな?」

 

 ジードライザーを触れ、何の気なしに地下の星雲荘へ問いかけたリクだったが。返ってきたレムの声はいつも通りながらも、予想外に焦燥しているように感じられるものだった。

 

〈警告します。リク、早急にその場を離れてください〉

「えっ……?」

〈その現象を起こす存在は、あなたに向ける憎悪の強さという点で非常に危険です。周囲で他に異変はありませんか? 問題なければ、すぐエレベーターで回収します〉

 

 促されるまま、リクは周囲に視線を巡らせるが――共に雨に濡れたライハ以外の影もなく、空以外の異常はないかに思われた。

 ライハが――こちらを睨み返して来るまでは。

 

「ライハ――?」

 

 その目が、異常だった。

 普段の彼女の目の色ではなく、赤い――ルカのようにその色の瞳というわけでも、スカルゴモラのように眼球全体が元々紅いわけでもなく、元の彼女の目が内から発光するようにした、赤い輝きを灯していたから。

 そして、リクが気づくのを待っていたかのように――ライハは、その肩に背負っていた長剣の包装を解き、その刀身を鞘から抜き放った。

 

「い――っ!?」

 

 突然の事態に、一瞬頭を真っ白にしながらも。リクは咄嗟に後ろへ跳んで、ライハの薙ぎ払った刃を回避した。

 流石に現代日本で持ち歩いているだけあって、彼女の持つ長剣は演舞用の模造刀だ。だが、それでもライハほどの達人が揮えば、その切れ味は下手な真剣さえ凌駕する。

 もしも今、躱せなければ、リクは胴体が泣き別れとなり即死していたことだろう。

 

「ちょ、ライハ!?」

 

 地球人離れした跳躍力であずまやを飛び出し、一気に距離を稼いだリクだったが、対してライハも俊敏な動きで追って来た。

 しかも、その跳躍も奇妙だ。まるで見えないワイヤーで吊るしているかのような、放物線を描かない異次元の軌道。それでリク同様――否、それ以上の、明らかに人間離れした飛距離の一跳びで詰めて来る。

 再び跳んで逃げるが、ライハの追撃の方が圧倒的に速い。リクが死を覚悟した瞬間、赤い雨を裂く光芒が、ライハ目掛けて放たれた。

 

「レム!? 何を……」

〈状況確認、援護します。リク、早めに帰還を〉

 

 ライハの行動を阻害したもの。それはレムの派遣した、一機のユートムだった。

 自律飛行する球体型偵察機であるユートムだが、そこにはレーザー光線の発射装置も備えられている。

 レムはそれで、ライハを撃ったのだ。

 

「やめろレム、ライハなんだぞっ!?」

〈確認済です〉

 

 レムが背後にエレベーターを出現させるが、それさえ無視してリクは叫んでいた。

 もっとも――かつて伏井出ケイが星雲荘を奪った際、複数のユートムによる攻撃からリクたちを庇ってくれたのがライハだ。

 まして今の異常な状態のライハ相手ならば、ユートム一機の妨害など不意打ちの一瞬しか足止めにもならないことは、明白だった。

 

〈可能な限り、無力化に止めます。早く〉

 

 述べていたユートムが、火花を上げて落下した。発射口を狙い澄ましたライハの投石が、一瞬でユートムを逆に無力化したのだ。

 当然のように無傷でレーザーの照射を凌いでいたライハが、刃を構えて躙り寄る。隙がなければ、エレベーターを開閉する間に殺されてしまうことは明白だ。

 その隙を作るため、追加のユートムが飛来し、再びライハ目掛けて牽制射撃を開始する。

 

〈やめてよレム! ライハが危ないよ!〉

〈リクはさらに危険な状態です〉

〈じゃあ、私がお兄ちゃんを助けに行くから……っ! ライハも、やめてぇっ!!〉

 

 リクだけではなく、ペガとルカもまた、必死の勢いでレムの行動に異を唱えていた。

 

〈承認できません。ルカもまた、今のライハを操る敵の標的と予想されます〉

「――っ!」

 

 それを聞いた瞬間、リクはエレベーターの前から駆け出した。

 レム以外の心配が見当違いとばかりに、赤い目をしたライハは追加出現したユートムの攻撃も眉一つ動かさず捌き切り、跳躍して両断。エレベーターの扉を横向きの足場として蹴りつけ、逃げたリクを弾丸の如く追いかける。

 最中、再起動した最初のユートムがその機体をライハの進路上に浮遊させるが、捨て身の妨害もまた一瞬で切り捨てられる。早くも、リクを護る術はその全てが喪われた。

 だが、その稼いだ隙に逃げたリクの正面に、レムが星雲荘へのエレベーターを再出現させるのが間に合った。

 

 それを見たリクは、進路を変更した。

 その挙動が裏を掻いたのか、ライハの動きも一瞬、微かに歪んだが――リクの動きが再び直線になったのを見計らって、勢いよく鞘を投擲してきた。

 

「――っ!! く、ぁ……っ!」

 

 頚椎に直撃したそれは、もしリクが純粋な地球人なら即死していたほどの威力を秘めていた。

 幸いにも、欠損に至るほどの事態にはならなかったが。それでもリクは耐えきれず、血溜まりのように濡れた地面へ倒れ伏すことになった。

 

「……馬鹿な奴。あのままエレベーターに向かえば、運次第でまだ助かったのに」

 

 ライハの声で、そんな見下した感想が降って来た。

 確かに、あの時エレベーターへ駆け込めば、ライハの侵入前に扉が閉まる可能性も半分程度はあったことだろう。

 だが、失敗すれば自分が閉鎖空間で殺されるだけでなく。ルカまで狙う今のライハを星雲荘に侵入させてしまうことになる以上、リクがその賭けを選ぶことは無理な相談だった。

 故に、成功率は低くとも。まだ隙が出来次第フュージョンライズして、この場を離脱する方に賭けようとしたのだが――結果はこの有様だ。

 

「滅ぼされた存在の怨み、思い知るが良い」

 

 悠然と歩み寄ったライハが長剣を構えた、その時だった。

 ユートムのものとは異なる一発の銃声が、公園に木霊したのは。

 

「――っ!?」

 

 驚愕の声はリクと、そしてその首を狙っていた長剣を弾かれたライハのもの。

 呆然とする二人に向けて、黒い影が踊りかかった。

 

「ゼナさん!」

 

 怪雨の現場に現れたのは、無表情な黒服の男――その正体は都市伝説(Men In Black)ではなく、異星人捜査局(Aliens Investigation Bureau)所属のエージェント、シャドー星人ゼナだった。

 壮年の日本人男性に擬態したゼナは、ライハと比べても数段鋭い勢いの拳を彼女目掛けて繰り出した。得物を奪われた上に、純粋な身体能力でシャドー星人に劣るライハはしかし、流れるような動作でその一撃を捌く。

 だが、今のライハをして、ゼナは片手間で相手にできるような使い手ではなかった。手元の動きだけでは受け流しきれなかった勢いを殺すべく後退する彼女に、ゼナはさらに追撃の蹴りを放ち、回避のための距離を取らせる。

 

「偶然だが、何とか間に合ったようだな」

 

 一切、口の開閉を伴わないまま。リクを庇うようにライハと対峙するゼナが、そう語りかけてきた。

 

「地球人とウルトラマンに媚びるシャドー星人だと? かつては星々を荒らし回った宇宙ゲリラが、恥を知れ」

 

 対して、そんなゼナに向けてライハが憎々しげに吐き捨てた。

 その赤い目は叩き落された長剣と、リクを打って転がった鞘の様子を伺っていたが、それとリクを含めた三点を死角なく防衛するゼナを前に、動くことができないようだった。

 

〈ライハ! どうしちゃったの!?〉

 

 現れたのは、都合三台目となるユートム。無手となったライハを照準するユートムを介して、星雲荘からルカが必死の呼びかけを発していた。

 

「黙れ、ベリアルの娘。憎たらしい貴様と、話をしてやる義理などない」

〈ライハ……っ!?〉

 

 明確な拒絶に、ルカの息を呑む様子が伺えた。その気配でリクの胸に、打撃によるものとは別の痛みが走る。

 だが、そのユートムの出現と、ゼナという強敵を前にして、不利を悟ったライハの口が開かれた。

 

「シャドー星人よ。貴様の同胞もまた、ベリアルにより多くの命が奪われたはずだ。我らと手を組み、その怨みを晴らす気概はないか?」

「ベリアルは、既にウルトラマンジードが倒した。そしてAIBに、貴様らと手を組む者が存在すると思うか? 異次元人ヤプール」

 

 異次元人ヤプール。

 ライハのことを指して、ゼナはその名を口にした。

 

「ヤプール……?」

〈異次元人ヤプールは、名の通りこの世界とは別次元に存在する種族です〉

 

 リクの疑問に答えるように、浮遊するユートムからレムのアナウンスが響く。

 

〈彼らの潜む次元は、別の宇宙も含めたこの次元の影とも言える異世界です。その異次元に投影される知的生命体の負の感情とマイナスエネルギーの集合体として発生した種族、それがヤプール人〉

「その邪悪さから幾度となく宇宙警備隊と衝突し、またかつて全宇宙に君臨したレイブラッド星人との覇権争いに敗れ、絶滅の危機に陥ったこともある連中だ」

〈はい。そのため、ヤプールはウルトラマンとレイブラッド星人をそれぞれ、種族単位で仇敵視しています〉

 

 ゼナの補足を受けながら、レムが続ける。

 

〈中でも、ウルトラマンであり、同時にレイブラッド星人の因子を授けられたレイオニクスであるベリアルのことを、彼らは最大の怨敵と見なしていました。おそらくはその血を引く、リクとルカのことも〉

「如何にも! 貴様ら兄妹だけは根絶やしにせねば、我らの気が済まん!」

 

 レムの解説に合わせてライハが叫ぶと同時、リクには見えた――彼女に重なるようにして現れた、異形の影が。

 それは、全身を突起物や鱗に覆われた赤い影。左は人型の手をしているが、右手は三日月型の鎌のようになっている、黄色い目をした怪人だった。

 その濁った声が、ライハの声と重なって聞こえて来た。

 

〈待ってよ……ライハは、地球人でしょっ!?〉

 

 悲鳴のようにルカが叫ぶ。その頃にはリクも、立ち上がることができるようになっていた。

 

「ヤプールには他の種族に憑依する能力がある。性質上、奴らと親和性の高い負の感情を抱ける知性を持ちながら、対抗できる科学力の乏しい地球人は格好の獲物だ」

「その通りだ。ベリアルの子らを憎むこの娘は、まさに絶好の依代だったということだ!」

 

 告げると同時に、能面を付けたライハ――ヤプールが、その身を赤いオーラで覆った。

 

「この場は退いてやる。だが、今に見ていろ! 貴様らは必ず、我らが積年の怨みを晴らすため、惨めに抹殺してやる! この鳥羽ライハの憎悪も乗せてなぁ!!」

 

 そんな捨て台詞を残し、飛翔したヤプールが潜り込んだ直後。巻き戻しのように空の亀裂が修復され、赤い雨も降り止んだ。

 

 だが、リクの――そして星雲荘から様子を見守っていたルカたちの心は、未だ晴れることなく。まるで、重い血の雨に晒されているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

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