4-1餅は餅屋
視点:あくあ
教室には緊迫した空気が漂っていた。
マリンと、ラミィが口論をしている。
「まだ二十歳になってないのに、どうせ満足に日本酒の目利きなんてできやしないんでしょう?」
「そっちこそ、日本酒の味を十分に引き出せるような魚をあなたが取れるんですか?うちの船とか言いますけど、父親に取ってもらった魚を自分の手柄にでもするつもりですか?」
「なんだとぉ!!!」
「なにをぉ!!!」
「ちょっと、二人ともやめるっすよ!!」
スバルが止めようと声をかけるが、エスカレートする一方で止まる気配がない。
切っ掛けは些細なことだった。
将来の夢についての話になって、マリンは早く船長になりたいということ、ラミィは早くお酒造りの職人になりたいということを話していた。
あたしなんかは、将来の夢なんてまだ決まっていないから、既に夢に向かって勉強しているという2人に憧れるし、少し焦りを覚える。
マリンが漁船を持っていることは何度か聞いていた。
将来の夢の話から「私たちの船でとってくる魚は、種類も型もこのあたりで一番なんだ」という話になった。
ラミィは「凄いね」と言い、「それならお酒と一緒に楽しみたいなぁ。うちにはどんな魚にも合わせられるくらいのお酒があるんだよ。年齢的に飲めないのが残念」と返していた。
その直後は和やかで、マリンから魚を食べにこない?みたいな誘いがあるかと思っていた……というか、多分、切り出すタイミングを計っていたと思う。
あたしも人を誘ったりするのが苦手だから、迷っている雰囲気はわかった。
そして、迷って言葉を探している時に余計なことを言ってしまう気持ちも。
マリンの「魚は数えきれないくらい種類がいるから、全部に合わせるのは無理じゃない?それに、二十歳になってないラミィにお酒を選べるの?」と言ったのをきっかけにだんだん険悪になって口論に発展した。
マリンは、自分の船が大好きだから、どんな魚にも合わせられるという言葉が船を過小評価されたように感じてしまった面もあったのかもしれない。
ラミィも、なぜお酒の味に詳しいかはさておき、お酒のことが大好きなのは分かるし、すでにお酒造りを勉強していると言っていた。だから強く反発したのだと思う。
口論から発展し、気がつくとマリンの手には消火器が、ラミィの手にはモップが握られていた。
熱くなるにしても異常だった。
2人の目をよく見ると、マリンの目は赤く、ラミィの目は青く光を放っていた。
「二人ともやめるっすよ!!」
異様な雰囲気を放ち、一触即発の状況にある二人にみんなが気圧されるように距離をとるなか、スバルが意を決して割って入ろうとする。
しかし、近づこうとしたところを肩を掴まれ止められる。
「今近づくのは危険だよ」
「でも!!」
「二人は憑かれておるのだ」
「えっ、憑かれてる……ですか?」
「うむ」
スバルを止めたのは見知らぬ女性だった。
小柄な女性だ。けれど、ロングストレートの赤い髪と、なにより赤い大きな瞳が印象的で目を引く女性だった。 クラスメイトではないけど、誰なのだろうか。
「あの、あなたは?」
「余は、百鬼。封鬼委員の百鬼あやめだよ」
「風紀委員ですか?」
「ん、これだよ」
彼女の視線の先を見ると、左腕に腕章が付けられている。
そこには、風紀委員ではなく封鬼委員と書かれていた。
鬼を封じる?
見慣れない名前だけど、どんな委員会なのだろう。
「二人は何に憑かれているのですか?」
「もちろん、”鬼” に憑かれておるな」
そう言って彼女は一歩前にでた。
「餅は餅屋、余に任せて欲しい」
真っすぐに暴れる二人を見つめるあやめ先輩。
瞳を輝かせ周囲が見えないかのように睨み合っている二人から何か感じ取れたのか一つ頷く。
「うむ、あの鬼がこれほど悪さをするのは珍しいのだが、よほど強い思いがあったと見える。説得は難かしいようだ」
何かを諦めたようにつぶやいたあやめ先輩の手元が赤く輝く。
すると、その手に赤い光をまとう一振りの刀が握られていた。
怪しく輝くその刀身に目を奪われる。
でも、まさかその刀で切るつもりなのだろうか?
今までお互いを見合っていたマリンとラミィも、危険を感じたのかあやめ先輩に警戒の目を向ける。
抜き身の刀を手に、二人との距離を詰めるあやめ先輩。
その前に一人の人物が立ちふさがった。
「待つんだ、あやめ君。どんな理由があっても人を切ってはいけない!!」
両手を広げて立ちふさがったのは見知らぬ男子生徒? だった。
男子の制服を着ているのであっていると思うけど、中性的で整った顔立ちにハスキーな声。容姿も声も女性と言われても違和感なく受け入れられそうな人だ。
「えっ、おかゆ先輩?」
るしあが呟く声が聞こえた。
るしあはお兄さんの繋がりで3年生に知り合いが何人かいると言っていたので、その一人なのかもしれない。
「おかゆ、そこをどけ、被害が大きくなる前に余の手でかたをつけなければならぬのだ」
「ダメだ、何か方法はあるはずだよ。何より、僕には君が人を切るのを黙って見ていることはできない。この場はどかない。どうしてもというなら、ボクを切ってからにしろ!!」
「……そうか、ならば、やむを得ないな」
言葉を発すると同時に、ふぅっと、あやめ先輩の姿が霞む。
次の瞬間、コマ落としのようにあやめ先輩はおかゆ先輩の隣に剣を振りぬいた姿勢で存在していた。
あまりに静かで、霞むような速度の移動は目でとらえることは出来なかった。
でも何故だろう?
赤く輝く斬撃がおかゆ先輩の体を横切っていったことだけは、ひどく目に焼き付いた。
「あ……やめ……君、切ってはダメだ……」
おかゆ先輩が静かに崩れ落ちる。
あやめ先輩はおかゆ先輩を置き去りにマリンとラミィの目の前に近づく。
「さて、お待たせ。今度こそ君達の番だよ。おいたの反省はもう済んだかな?」
二人の瞳に脅えが走り、距離をとろうとするが遅い。あやめ先輩から二筋の赤い斬撃が走ると、糸が切れたように二人が崩れ落ちた。
「そんな、マリン、ラミィ。どうしてっ」
二人は本当は仲が良くて、ちょっとしたすれ違いで喧嘩をしただけだったのに。
「本当は本人の意思で払うほうがよいのだけど、手遅れだったんよね。さて、二人とも目は覚めた?」
「ん、う~ん?」
「あれ、私どうして……」
「マリン、ラミィ生きてたっすね」
「当然だよ。このホロサーベルは柄以外は光だからね。光で人は切れないよ。
ホログラムサーベル。通称ホロサーベルは、持ち手となる柄の形をした装置から空間に3D映像と投影する装置で、ホロ学園で開発中の物らしい。
光の刀身部分は事前に登録した形を投影するらしく、あやめ先輩は赤いエフェクトが刀身をまとう刀にしているようだ。
あやめ先輩が見せてくれたサーベルを目にすると、まとう光は炎のようにゆらめいていて、空間に溶けるように周囲にエフェクトが舞っていた。
よかった。あやめ先輩の迫力がありすぎて、本当に切られたのかと思ってしまった。
それと、勘違いした理由はもう一つあったのだけど。
「ぐぅー、もうダメだ……僕に構わず先に行け……」
「あの、おかゆ先輩、何をやっているのです?」
おかゆ先輩? は、倒れたまま、胸を押さえ片手を伸ばすようにしてもがいていた。
さっきの切られる演出は何だったのか?
「おかゆは、どうやってか鬼退治を嗅ぎつけては切られ役を請け負っていくんよね」
「あやめ君と共演できる、こんなおいしいチャンス逃すわけにはいかないからね」
演技を終えたらしいおかゆ先輩が、あやめ先輩の隣に立ち、しれっと左肩に手を置きそう言った。
「まぁ、鬼に憑かれたものを正気に戻すには、切られることに恐怖心を持ってくれた方が効果が高いので演技に付き合って――いや、手伝ってもらってるんよ」
あやめ先輩は、右手で肩に載せられたおかゆ先輩の手をしっしっと追い払って説明してくれる。
気持ち的には、演技に付き合ってあげている、と言いたそうだけど役割を果たすのを手伝ってもらっているので言い直したようだ。
そう言われてみれば、あやめ先輩の口調が切る前に比べると柔らかくなっている。
登場シーンから実は雰囲気づくりをしていたのだろう。
あやめ先輩が、マリンとラミィに向き直る。
「さて、2人はどうなったか覚えているかな?」
「あの、私は、気がついたら意識が遠くなって……」
「私もです」
「鬼に憑かれたせいだね」
「鬼に憑かれていたんですか?」
「うむ、天邪鬼(あまのじゃく)に憑かれとったよ。ふつうは意識を奪うほど強い鬼ではないのだけど、よっぽどお互いに、素直になれないけど強い思いがあったんよね?」
天邪鬼といったら、相手が言うことに本当は同意していても反対するようなひねくれた対応をする人の事だ。お互いに惹かれているけど素直になれなかったということだろうか。
「あの、ラミィごめんね?ラミィが一生懸命勉強してるって知ってたのに、軽く見るようなこと言って……」
「私こそ、ごめんね。マリンが真剣に船長になる道を目指してるって知ってたのに、親に寄りかかってるみたいな言い方して……」
二人は素直に謝罪の言葉を交わしていた。
その本当に憑き物が取れた様子に疑問が浮かんだので、あやめ先輩に聞いてみる。
「あやめ先輩、ホロサーベルはホログラムだっていってましたけど、鬼を切れるものなんですか?」
「いや、このホロサーベルはただの映像だよ。鬼を切ったのは、刀ではなく技だね」
「技、ですか?」
「余は幼少のころから特別な刀術を習っておってね。中には、切れないものを切る技もあるんよ」
リアルな刀も扱えるそうだけど、さすがにリアルな刀が人を切らずにすり抜けるような技はないらしい。
まぁ、それはそうだろう。
「すごいですね、見えないものを切るなんて」
「うむ、代々伝わる秘剣でな」
あやめ先輩が、手にした刀を一振りし腰に納刀する動作を行う。
すると、光が散ってほどけるように刀身が消える。そして、
「先の技は、当家に代々伝わる秘剣。見えざる鬼を切る技。その名も――無切(なきり)」
堂に入った立ち振る舞いと、舞台俳優のようなセリフのかっこよさに心を奪われた。
「では、問題も解決したようだし、余は立ち去るとしよう」
「あやめお嬢様、お供いたします」
「お主は……まあ良いが、ゆくぞ」
あやめ先輩に、おかゆ先輩が付き人のように従う。
あやめ先輩は、ちょっと呆れ気味の顔をしながら演技に付き合ったのだけど、その様子は確かに事件を解決した剣客のお嬢様と、その付き人の様であった。
マリンとラミィを救ってくれたお礼を言っていなかったことに気がつき慌てて声をかける。
「二人を助けてくれてありがとうございました。本当に切ったのかと思った時はビックリしましたけど、おかげで助かりました」
そう伝えると、あやめ先輩は歩みを止めて振り向き――
「剣を学ぶと決めた時から、余は―― 人は切らぬと決めておるのだ」
柔らかな笑顔でそう言った。
最後に、去り行く背中にすばるが一言呟いた。
「かっこよかったです。秘剣――なきり」
ちらりと見えたあやめ先輩の横顔が赤く染まった気がした。
やっぱり、ちょっと恥ずかしかったようだ。
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