視点:すばる
「んーー」
硬くなった体を伸びをしてほぐす。
授業が終わり、休憩時間に入る。
次の授業は、化学実験の授業だ。
座学ではなく、実際に実験を行うのは今日が初めてだった。
近くにいたまつりに声をかける。
「まつり、化学実験室の探検したいから早めに移動しないっすか」
「おー、探検。いいよ、いこいこ」
美術室には、絵画の他にもデッサンをするためのモデルとして甲冑とかマネキンなどが置かれていた。
化学実験室もなんだか日常生活では見ない様なものが置いてありそうだし、ちょっと早めにいって覗こうと思う。
実験室に向かいながらまつりと会話をする。
「スバル、少し髪伸びたねー、今のセミロングの髪型もかわいいね!」
「どうもっす。まつりはロングだけど毛先まできれいっすよね」
「ありがとー。これでもこまめに毛先は整えてるんだよー。女の子は髪が命だからね」
まつりは髪を丁寧に整えているのが分かる。
ちょくちょく髪型を変えたりもしていて、それだけで印象が結構変わっておしゃれに感じるなー。とは言え私は、そこまで髪に時間をかけようとは思えないんだよね。
もちろん、清潔にはしているけど。
「そろそろショートに戻したいところっすねー。切りに行こうかな」
「スバルは髪をもっと伸ばさないの? ロングヘア―も似合うと思うけど」
「んー、色々髪型変えられて楽しそうっすけどねー。と言っても、髪整えるのも大変になるし、ショートが動きやすくて好きっすね」
「そっかー、まぁ、スバルにはショートが似合うかな。たまにはウイッグとか付けて遊んでみるのもいいかもね」
それなら、やってみるのも面白いかもしれない。
二人で並んで話をしながら歩いて移動する。
化学実験室に到着する手前でかなた先生と合流した。
「あ、かなた先生、お疲れ様っす。それ、少し持つっすよ?」
「ありがとうスバル。でももう着くから大丈夫だよ」
かなた先生は、授業で配るのだろう資料の束を抱きかかえていた。
「珍しいっすね。紙の資料を配るなんて」
資料は大体データで配られるのだけど。
「化学実験ではディスプレイを溶かすような薬品も扱うから、紙の資料も必要になるんですよ。あ、教室の扉を開けてくれるかな」
なるほど、そういう理由なのか。
先生の言葉に従って扉を開けようとしたけど、先にタタタッと、まつりが扉に近寄った。
「まつりが開けまーす。それー」
そう言ってスライド式のドアを開ける。
実験室内が視界に入る。
けれど、入り口からの光が届く範囲しか見えなかった。
「えっ、すごい真っ暗なんですけど」
「化学実験室は光を当てないほうがいい薬品もたくさんあるので窓に暗幕をかけてるんですよ。まつりちゃん、扉の右側に電気のスイッチがあるので押してもらえますか?」
「えっ、ちょっと待って、心の準備がっ」
「ほらまつり、早くするっすよ」
「スバルちょっと押さないでよ。真っ暗な化学実験室って、なんか実験で改造された人の亡霊とかでてきそうでいやなんだけど……ちょっ、なんか動かなかった!?」
「大丈夫っすよ、この近代化した時代に幽霊とかいないっすから」
「幽霊はいるから絶対!!あ、でもいないの、ここにはいないから出てこないでくださーい」
「いや、どっちでもいいから早く電気のスイッチ入れて欲しいっす」
たいして離れていない位置に見えるスイッチを中々押さないまつりをせかしていると、暗闇から何かがスーッと近づいてきた。
「あれ、ホントになんかでたっす」
「えっ、何言ってんのよ、脅かそうっていうんでしょ。だ、だまされないんだから――」
こちらを向いていて気付いていなかったまつりがスイッチのある方を向くと、奥から近づいてきた何かがちょうどドアからの逆境に照らされて――
「ぎゃぁあああああああああああああああ」
「むぅぐううううんんーー、やめるっすよ」
暗闇から近づいてきて、光に照らされたのは――どう見ても人だった。
光量が足りなくてよく見えないけど、眼鏡をかけた目元が見える。
足音がしないので正直幽霊が接近してきたようにも見えたけど、ちゃんと足はあった。
まつりはホラーが苦手みたいっすね。
まつりは、振り向いた瞬間に音もなく現れた存在に驚き、飛び上がって抱きついてきた。
でも、苦しいから頭にしがみつくのは止めるっす。
コアラのようにしがみついて離れそうにないので、とりあえず顔をふさぐお腹を横にずらして視界と呼吸は確保する。
半ば肩に担いでいるような状態だ。
カチッ、と音がして電気がつく。
電気をつけてくれた人影に声をかける。
「どうもっす。えっと、どなた様っすか?」
「はろーぼー、ロボ子だよ。ごめんねー、手間取ってるようだから手伝おうと思ったんだけど、驚かせちゃった」
「ロボ子さんっすか。真っ暗な中で何してたっすか?かくれんぼとか?」
「かくれんぼか~、楽しそ~。でも残念。今は、次の化学実験の準備をしていたよ」
「えっ、真っ暗だったっすよね?」
「そうだね、でもロボ子の目には暗闇でもはっきり物を認識できるセンサーが搭載されているから問題ないよ」
「え、目にセンサー?」
ひょっとしてあのメガネに暗視ゴーグル機能がついてるって事っすかね。
回答は、かなた先生がしてくれた。
「ロボ子さんは、最先端技術の粋を集めて作られたいわゆるアンドロイドさんなんですよ。とっても優秀で、授業のアシスタントをしてもらっています。」
アンドロイド?
電気がついて明るくなった光の下で、改めてロボ子さんを見る。
どこからどう見ても人にしか見えない。
「これで人形っすか~、ホントに? 正真正銘の人にしか見えないっすけどね~。というか、まつり、いい加減降りてくれないっすかね」
何時までを飛びついたまま張り付いているまつりに声をかける。
「だっ、だって化学実験室で人知れず動き回る人形っていったら学園の怪談であるやつでしょっ。人体模型が歩み寄ってくるのを見て気絶して~、気がついてふと自分のお腹をみたら内臓が見えてて、自分は人体模型と入れ替わってしまったんだって気がつくのよ~~むり~」
「やけに詳しいっすね。実は怪談好きなんっすか?」
怖い物見たさというやつかな。
「ロボ子さんはめっちゃ眼鏡の似合うかわいい人っすよ?」
「眼鏡……かわいい? …………かわいい!!」
恐るおそる横目にロボ子さんを見たまつりが頭から離れる。
しゅたっと、一瞬にしてロボ子さんの傍により、手を取るまつり。
「夏色まつりと言います。さっきはまつりの代わりに電気をつけてくれてありがとうございます。お礼がしたいので一緒にお茶でもどうですか?」
「お前、変わり身はやすぎだろ」
「かわいいは正義!!」
あっけにとられるほどの変貌だった。
「お肌すべすべ……本当に人形ですか?」
「うん、そうだよー。この体に流れているのは血液ではなくて電気だね」
「そうなんだ、化学実験室の人形……人体模型? ということは、どんな作りをしているのか調べる必要がっ、つ、つまり服を脱がせないと。落ち着いてまつり。これは授業。そう、人類の発展のために科学的探究は必要なことなのよ」
「いやいや、暴走するな。初対面だぞ」
鼻息の粗いまつりを羽交い絞めにする。
「ボクの中見てもらってもいいけど、あまり参考にはならないんじゃないかな?」
そういうとロボ子さんが右腕を前に出す。
すると、腕に光のラインが走り――ラインに沿って腕がスッと開く。
おおぉ、ホントにロボットだ。
言葉だけでは現実味がなかったけど、これは信じるしかないだろう。
腕の中にも光のラインがはしっていてSFの世界を想像させた。
こんな人と見分けがつかないアンドロイドがいたなんてびっくりだ。
けど、まつりが期待した中身とはちょっと方向性が違ったかもしれない。
そう思ったけど、
羽交い絞めにしていたはずのまつりが、するっと抜け出してロボ子さんの腕に抱きつくようにして内部を眺めはじめた。
「すごいわ、ケーブルなんてまったく使われていないスタイリッシュな構造。駆動音も全くしないし、冷却はどうしているんだろ……」
まつりの食いつきが半端なかった。
わー、ロボットだーすごーいではなく、もっと技術的な興味があるようだ。
「あー、まつりちゃんは、工学系の専門学校出身だから機械系は詳しいんですよ」
かなた先生が、ロボ子さんの腕に張り付いているまつりを見て言う。
「あぁ、ロボ子さん、あなたは外見だけでなく内面もとても美しいのね」
「いや、それは意味が違うんじゃ……」
それは人格に対して使うべき言葉だろう。
にしても、言葉はきれいだし、興味を持つのは良いことだと思うけど、絵ずらがなぁ……。
ロボ子さんの腕に頬をすり寄て、腕の内部をうっとりと眺めているまつりに苦笑した。
工学系少女_夏色まつり。
ロボットもいける懐の深い少女であった。
他の生徒が化学実験室に集まって授業が始まる直前まで、まつりはロボ子さんにべったりだった。引き剥がさないロボ子さんは懐の深い人だと思う。
まつりは、何時でもどこでもだれかと触れ合っているストレートな感情表現をする少女だ。
親しみやすくて友人が多いのも納得だと思う。
スキンシップが過激なのは、人によってはちょ~っと対処に困るところだろうか。
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