溜まったツケをチャラにするためのマージャン勝負。
ペコラビットは、無理に自分があがる必要はないと言い聞かせていた。
ようするに、飛ばされなければいいのだ。
安い点数でいいから最短であがってしまえばいいし、役満を狙えそうな相手に振り込まないことだけ注意しておけばいい。
そう思っていたのだけど……
終盤までもつれ込んだ局面は中々に厄介な状況に陥っていた。
ペコラビットの番が回ってきてハイを捨てる。
「ノリが悪いですね、ペコラビット」
カリオ・ペデスが不服そうに言う。
「あんた絶対役満テンパってるんだから、当然ペコでしょ!?」
「往生際の悪いウサギです……」
カリオ・ペデスが絶対にあがれない、捨てハイを切ったことで不満の声が聞こえてきたが気にしてはいられない。
なにせ、彼女は既に役満でテンパイしている可能性が高いのだ。
カリオ・ペデスは、東・南・西をなんと3枚ずつ揃えていた。
後は、北を2枚か3枚揃えれば四喜和(スーシーホウ)という役満が狙える。
既にもっている可能性すらあった。
これには、シシローンが1役、いや、2役かっていた。
最初に、東をスバルドダックが捨て、カリオ・ペデスがポンをした。
ここまではいいが、シシローンが南を捨てた時にもカリオ・ペデスはポンをした。
この時点で、東南西北を揃えられることを警戒するところだが、あえてシシローンは西を捨てた。
結果、役満目前の状況が生まれている。
カリオ・ペデスには絶対に振り込めなくなった。
そして、スバルドダックの番になる。
「ドロー。んーーー、なんでここまで来て続かないっすかね」
良いハイが来なかったのか、引いたハイをそのまま捨てる。
だけど油断はできない。
スバルドダックは、すでに、『中』と、『發』を3枚揃えていた。
普通なら、これくらいはよくあることだ。
けれど、絶対に役満を狙っている中で、即この2つをポンした以上、狙っているのは大三元(ダイサンゲン)で確定だ。
それも、あと3枚揃えるべき『白』も最低でも2枚持っていると考えたほうがよい。
だからこそ、大三元狙いとばれてでもポンに踏み切ったのだろう。
『白』をまっているなら問題ない。ペコラビットが『白』を引いても切らなければいいだけだ。
けれど、もし『白』を持っていて、他のハイをまっているなら何が当たりハイか予想が難しい。
結局、スバルドダックが切ったハイを捨てるぐらいしか安全な選択肢がなかった。
ちなみに、『中』はペコラビットが捨てたが、『發』は狙いを把握したうえでシシローンが渡している。
そんな、思考をしながら、順番の回ってきたペコラビットはハイを引く。
……こんな時に限って自身もよい手配が揃っていた。
緑一色(リューイーソウ)
竹マークのソーズと呼ばれるハイの中でも、緑だけで構成されたハイで統一した役満だ。
揃う2歩手前まで来ていた。
揃えたい欲はある。
けれど、無理をする必要はない。
少なくとも、緑一色にこだわる必要はないとペコラビットは自身に言い聞かせた。
今、スバルドダックが捨てた安全パイが手元にあったので、それを切って手順を終える。
続いてシシローンが新しいハイを引く。
彼女の狙いは何だろうか?
捨てハイにあまり統一感がない。字牌も序盤から切っているし今一つ掴めなかった。
「いやー、なかなか緊張感が高まってきたねぇ。カリオ・ペデスはもうテンパっているよねぇ」
シシローンが声をかける。
「さぁ、どうでしょうか。怖ければ勝負を降りてもらっても構いませんよ」
「そうだねぇ、うーん、そうさせてもらおうかな?」
そういって、ハイを捨てる。
彼女が捨てたのは、カリオ・ペデスが場に捨てているハイで、いわゆる安全パイであった。
本当に勝負を降りたのだろうか。
彼女の言葉を真に受けるのは危険な気がするので話半分に聞いておく。
カリオ・ペデスがハイを引く。
まだ悩んでいるようなので、あがりではなかったようだ。
「ワタシよりスバルドダックこそ、テンパっているのではないですか」
今度は、カリオ・ペデスがハイを捨てながら声をかけた。
特に捨てたハイに対しては誰からも声はかからない。
スバルが自分のハイを引く。
「えー、それはどうっすかねぇ。おぉおおおおおwーーーーーーと。えっと、まぁ怖ければ降りてもいいっすよ?」
そう言って、竹マークであるソーズの8を捨てる。
何が、どうっすかねぇなのか? 引いたときの輝く笑顔で丸わかりだった。
しかも、今はペコラビットが何を捨てるかとガン見している。
これは、本気で役満がテンパったと言うことだろう。
捨てハイは、本当に注意しないといけない。
ペコラビットの緊張感が高まった。
「いやー、スバルドダック先輩、怖いとこ平気で捨てるねぇ。そこは際どかったでしょ」
シシローンが苦笑いしている。
何が危なかったかと言えば、ペコラビットが明らかにソーズ狙いであることが捨てハイで分かるという話だ。
だが、残念ながらソーズの8は既に3枚もっていて、欲しいハイではなかった。
ペコラビットがハイを引き――来た!!
緑一色がテンパった。
表情には出さないように注意する。
そして、落ち着いて何を切るべきか考える。
いや、さっきから考えていたように本当に無理してあがる必要はないから危険であれば勝負を降りてもいいのだ。
ただ、どちらにしても同じだろうと考えソーズの1を捨てる。
スバルドダックとカリオ・ペデスが場に捨てているので2人に当たることはないし、これで緑一色の待ちが完成するからだ。
ペコラビットの捨てハイをみて、スバルドダックががっかりした表情をする。
なんてわかりやすいやつぺこか。
その表情の動きにあきれてしまう。
しかし――
「いやー、ペコラビット先輩。一日に2度もすみません」
「えっ?」
「ご馳走様です。ロンで」
「えっ、ソーズ待ちって嘘ペコでしょ?」
彼女の捨てハイにそんなそぶりはなかったのだ。
「ロン、国士無双13面待ちです」
「はぁああああああああああああああああ!????」
よくわからない捨てハイだったけど、だからって国士無双狙うような手配ではなかったはずだ。
国士無双は字牌を多数もってなければいけない。
「うそぺこでしょ? だって、最初から字牌切ってたペコじゃん!?」
カリオ・ペデスにも、スバルドダックにも字牌を序盤で切って渡している。
普通、国士無双狙うような手配だった場合、途中で路線変更できるように被ったハイは取っておくものだ。
シシローンは自分のあがりを最初から放棄していたとしか思えない。
「いや、なんかカリオ・ペデスとスバルドダックが意外と役満狙えそうな様子だったから、サポートしてみたんですけどねぇ。そしたら、案外そろっちゃって。無欲の勝利ってやつですかね」
「……」
呆然とする。
シシローンは親で、役満だ。点数は48,000点。
考えるまでもなく――『飛ばされた』
「……シシローンは勝負にこだわるタイプだと思ってたぺこ。なぜ自分の勝利にこだわらなかったぺこか?」
「いえ、ペコラビット先輩の考察のとおり、勝利にはこだわりましたよ? でも『飛ばすこと』が勝利というのは思い込みが入ってますよ?」
「どういう意味ぺこか?」
「キアラサン? 勝利条件。つまり、お願いを聞いてくれる条件はなんでしたっけ?」
「そうですね、私がお願いを聞くのは、『ペコラビットさんからツケを回収するのに最も貢献してくれること』ですね」
「だそうです。なので、必ずしも自分で飛ばさなくても貢献が認められれば一番になれるんですよ」
「は、謀ったぺこな!?」
「いえいえ、最大限に自分が一番になるために手を尽くしたまでですよ」
一番だけに景品が出る勝負で、まさか連携を狙うメンバーがいるなんて思わなかった。
いや、だからこそ、連携することで貢献を認められると考えたのかもしれない。
「あ、あたしも誰が勝ってもいいって思ってたっすからね~。ひゅ~ひゅ~」
「ワタシも作戦を把握したからこそ、目に見える脅威としてオトリ役を演じていたです」
下手な口笛を吹きだしたスバルドダックと、赤くなった顔を背けて口にするカリオ・ペデス。
……この2人は、明らかに自分の事しか考えていなかっただろう。
「一番警戒していたはずのシシローンを最後に見落としてしまうなんて」
「ペコラビット先輩も、いい役そろえてましたよね?」
「……緑一色テンパイぺこ」
自分の手元に揃えたハイを倒して見せる。
「なるほど、惜しいですけど役満に目がくらみましたねぇ。ソーズの8を3枚切ってしまえばほぼ流せたと思いますけどね」
スバルが直前で切ったソーズの8なら当たることはなかった。
合理的に考えていたつもりだったが、役満を狙いたいという欲を捨てきれなかったようだ。
「それもシシローンが複雑な戦局に場を持っていったからこそ……完敗ぺこ」
「照れますねぇ。でもペコラビット先輩の記念日に相応しい熱い戦いができて楽しかったですよ」
そう言って、ニコニコとした笑顔で手を差し出した。
「……そうぺこね。破れてしまったけど、いい試合ができて楽しかったぺこよ」
しっかりと握手を交わす。
……
んっ? いつまで握手した手を握っているぺこか?
すると、横からキアラサンの声がかかる。
「さて、ペコラビットさん。約束通り、10,000回分のツケを支払っていただこうと思います」
「えっと、10,000回分もまとめて払えるようなものはペコラビットちゃんは持っていないぺこよ?」
「心配いりません。とってもキュートなペコラビットさんなら支払えるからこそ、ツケを許可していたんですから」
「そうぺこか。いや~、やっぱりペコラビットちゃんの価値はわかるひとにはわかってしまうぺこね」
10,000回分のツケに相当するかわいさとは中々の高評価ぺこよね?
そんな風にテレテレしていると。
シシローンが繋いでいた手を引いて歩き出す。
どこに行くぺこか。
「大丈夫ですよ先輩。先輩は私たちとこれからもずっと一緒ですから」
「えっ、何を言っているぺこ?」
そう言って、マージャンをしていた場所から、外に出る。
するとそこに用意されていたのは、大きな釜だった。
ぐつぐつと煮えたぎっている。
「あの、あれはなにぺこか?」
「ペコラビット先輩の為に用意された新居ですね」
「何言ってるぺこか!?」
「さあ、ペコラビットさん飛び込んじゃって下さい。そうしたら、女神である私がペコラビットさんの献身を称えてペコラビットさんの魂を空へと連れていきますので。これからは、ずっと一緒ですよ」
「いやいやいや、まっ、待つぺこ。話せばわかるぺこよ」
まさか、食料にされてしまうぺこか?
「ごめんなさい、ペコラビット先輩。早く入ってしまってください……そうしないと……」
「……シシローン」
悲しそうな表情で言うシシローンに切なくなる。
長引けば別れがつらくなる。これは女神キアラサンの指示なのだから仕方がないのだろう。
「我慢できずに、早くに野菜を入れすぎてしまって。早くしない火が通り過ぎてしまうので……」
「食べる気満々ぺこな!?」
「まだかな、まだかなー、精霊の、兎鍋まだかな~」
「隠す気すらなくなったぺこ!?」
やばい、振りほどきたいけど力に差があり過ぎた。
目の前に迫った煮えたぎった釜を見る。
あんな熱々なところに飛び込んだらどれだけ痛い思いをするのかっ。
「き、キアラサン、ペコラビットちゃんは痛いのはイヤぺこ。何でも言うことを聞くので、これはやめてほしいぺこ」
「何でも聞いてくれるんですか?」
「もちろんぺこ!! キアラサンの為ならお役に立つぺこよ」
何とか、キアラサンを説得しようとしていると、後ろから、カリオ・ペデスが声をかけてきた。
「ペコラビットさんは、痛いのがいやなのですか?」
「もちろんぺこ、何でもするけど痛い思いだけはイヤぺこ!!」
「そうですか。それでは」
そう言うと、ヒヤッとした感触が首筋に触れる。
自然と体が硬直した。
「ワタシが、痛みを感じないように一瞬で冥界に連れて行ってさしあげますよ」
横目に見ると、大きなカマの先端がきらりと光り輝き、その刀身は首筋に宛てられているようだった。
「い、いや、あの痛いのだけではなく死ぬのもいやぺこ」
「ワガママですね。ワガママな悪い子は、やはり冥界に連れて行かなくてはいけません」
死神の気配をまとった言葉に、ゾクッとする。
切られる。そう感じた時、
「はーい、ストープ。カリちゃん? このペコラビットさんは私のものなので勝手にもっていかないでもらえますか?」
キアラサンが、カマの刀身を指で挟むように止めていた。
「敗者に相応しい結末だと思うが?」
「ツケを許しているのは私ですからね。私がきめます。でも、ひょっとして妬いてます? 私はカリちゃんのことをとっても愛していますからね。ペコラビットさんはアイドルのようにかわいらしいですけど、2人に対する愛はタイプが違いますから両立するのです。でも、そんなに妬かせてしまうなんて、私はなんて罪深い女神でしょうか」
「うっさいわ、くそドリ。引っ付いてこないでください、その首刈りとりますよ!?」
女神である、キアラサンと対等に振舞うカリオ・ペデスは中々の大物だった。
気がつけば、キアラサンはカリちゃんとか呼んでいるし個人的な親交でもあるのだろうか?
もっとも、そんなことよりカマの刃をペコラビットちゃんの首筋に添えたままイチャイチャするのは止めてほしいぺこ!?
何とか、首ちょんぱを免れて一息つく。
改めて、これは何とかしなくてはいけないと、キアラサンの説得を試みる。
「キアラサン、ペコラビットちゃんはとーってもかわいいぺこよね?」
「もちろんです。ペコラビットさんとずっと一緒に居たいくらいと願ってしまうくらいかわいいです」
「なら、こんな食料にしたり、魂だけにするとかもったいないぺこ。ペコラビットちゃんはしっかり尽くす精霊ぺこよ。もっともっと末永くキアラサンの為にご奉仕させてほしいぺこ」
「えっ、そんなに私と一緒にいたいと思ってくれるんですか」
「もちろんぺこ。大好きぺこだから、もっともっと永く一緒にいられるような方法を考えて欲しい……お願いぺこ」
そう言って小首をかしげる。
「かっ、かわいいっ!! それなら、それなら方法があります!!」
「ほんとぺこか? 痛くないぺこ? 死なないぺこか!?」
「痛くないです。死ねないですよ。ちょっと待ってください」
そういって、キアラサンがどこからから、巻物のようなものを取り出す。
幾つかペンで書き加えると、ペコラビットに渡す。
「この契約書にサインをして下さい」
「どんな契約ぺこか?」
「女神となる契約書です」
「えっ、女神になれるぺこか。それで、ツケをチャラにしてもらえるぺこか?」
「もちろんです。女神になる。つまり、私と同じ部署になってこれからもずっと世界を見守っていく事になりますから、末永く一緒にいることができるのです」
それは、悪くない条件に思えた。
というか、そもそも皆のアイドル女神様にはなりたいと思っていたくらいなのだ。
ツケをチャラする代わりに女神になれるっていいことずくめではないだろうか?
契約書らしき巻物を広げてみるとびっしりと文字が書かれている。
できればあまり読みたくない量だけど、斜め読みしてみると何やら物騒な表現がちらつく……
勤務条件『不老不死』『生涯無休』『職務放棄不可』?
「ペコラビット先輩、今からでもこっちに来てくれていいんですよ」
釜のそばからシシローンの声がかかる。
「ワタシと一緒に冥界に来たければそれでもいいいです」
カマを携えてカリオ・ペデスが静かに待ち構えている。
「ペコラビット、人気者でうらやましいっすね」
スバルドダックは、いい笑顔で見守っていた。
「えぇい、他に選択肢はないぺこね」
ペコラビットは腹をくくる。
「ペコラビットちゃんは、女神となって世界中の皆が笑顔で暮らせるように見守る役目を担う事をここに誓うぺこ」
そういって、契約書にサインをした。
サインをした契約書が光り輝くと、スッと、ペコラビットの身体に溶け込むように消えていった。
「ふぅ、良かったこれでペコラビットさんは女神となりました」
「……これで、女神になったぺこ?」
「その通りです。よかった、これでずっと一緒に働けますね」
感無量と言った面持ちでキアラサンが涙を流していた。
「いや、そんな泣くことないぺこじゃん。これからよろしくぺこねキアラサン」
「よろしくね、ペコラビットさん。ああっ、これでやっと、重い荷物を一つ譲渡できると思うと……しかも、それがかわいらしいペコラビットさんなんて……感無量です」
ひとしきり涙を流したキアラサンは、顔を上げるとペコラビットに声をかけた。
「ペコラビットさん、それではさっそく職場に向かってもらいますね」
「早速ぺこか? 職場ってどこぺこ?」
どこで働くのだろうかと疑問に思っていると、キアラサンの前の空間に光り輝く何かが生まれた。
「それはなにぺこ?」
「私の眷属である精霊のチキンバードちゃんです」
それは、赤い鳥だった。
なんだか、ちょっと丸っこくて美味しそうな鳥である。
ただし、体長は2mくらいあるだろうか。かなり大きい。
「へぇ、かわいいぺこね?」
「ありがとうございます。では失礼しますね」
キアラサンの召還したチキンバードは脚に大きなケースのようなものを掴むと、ペコラビットをくちばしでくわえた。
「ちょっと、何するぺこか!?」
「勤務先に出勤していただきます。頑張ってくださいね。では、スリー、ツー、ワン、レッツゴー」
「ちょっ、いやぁあああああああああああぁぁぁぁ―――」
キアラサンがかざした手に光が灯り、チキンバードと、そのくちばしにくわえられたペコラビットを超高速で上空に吹き飛ばした。
光り輝く弾丸とかしたその飛行物体は、地上から宇宙へと瞬く間に飛び出していった。
しばらくすると、月面に大きなクレーターが発生したことによって、無事に月に着弾したことが確認された。
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