大きなクレーターの出来た月面
「ごほっごほっ、何するペコか!?」
ペコラビットが月面にめり込んだ体を抜き取って文句を言う。
ちゃっかり、自分だけ空中で停止していたチキンバードが、足に掴んでいたケースをペコラビットの前に置く。
なんだかわからないが、中で音がするので開けてみると、キアラサンたちが映った箱が目に付いた。
「ペコラビットさん無事にたどり着いたようですね」
「全然無事じゃないぺこ。死ぬかと思ったぺこよ!!」
「あ、女神になったことで、ペコラビットさんは不死になっていますから安心してください」
「そうだったぺこ? 確かに、すごい勢いで激突したのに平気だったぺこね」
「女神は激務ですからね。ちゃんと永久に働き続けることができるように不死の契約がされるのです」
ん?
なんだか物騒なこと言わなかったぺこか?
「さて、ペコラビットさんには月から地上を見守っていただきます。日本の空から見るよりも広い範囲を見ることができますからお仕事がはかどることは間違いないでしょう。しかし、それだけでは足りません。ペコラビットさんは、皆が笑顔で暮らせるように見守りたいと言っていましたね」
「そのとおりぺこ」
「ペコラビットさんはこれまでも愛されてきました。それは、元気に動き回るかわいらしい姿に皆な癒されてきたのです。月を見上げる人々にも同じ思いを感じて欲しいと思っています。そのために、ペコラビットさんにはお餅をつきながら見守っていただく事になりました」
「どうしてそうなったぺこかっ!?」
話が飛躍し過ぎでついていけない。
「皆の為にお餅をつく、そんなペコラビットさんの愛くるしい姿が、人々を笑顔にしてくれること請け合いです。女神印のお餅も配ればさらに喜んでもらえるでしょう」
「一人で餅をつき続けるぺこか?」
「いえ、一人ではありませんよ。女神となったことで、ペコラビットさんも眷属を召還できるようになったはずです。自分の役目をお手伝いしてくれる眷属の姿を想い浮かべて下さい」
言われて、何時も見上げていた丸い月を想う。
当然、眷属として望むのは兎だ。でも、鍋にされたりしたらかわいそうだから無敵の身体を持っていて欲しいと願う。
月面はとても静かで、少し寂しい場所だ。できればもっと賑やかな方が好きだな。
ずっとお餅をつき続けたらお腹がすきそうだ。美味しいニンジンを持ってきてくれないだろうか。
これからずっと一緒にいてくれる、大切な相棒の姿をお思い浮かべた。
すると、当たり一面が光り輝き、たくさんの丸い毛玉が飛び出してきた。
「この子たちが、眷属ぺこか」
まとわりついてきた、毛玉を手の平にのせる。
元気に手の平で飛び跳ねているのは、兎の耳をもって、耳にニンジンをつけた丸っこい精霊だった。
月のように丸くて、お餅のようにモチモチしている。
それでいて、元気いっぱいだった。
「そうです。たくさん生まれましたね。大切にしてあげて下さい」
「この子たちは、何ができるぺこか?」
「調べてみますね……えっと、なるほど。まず、ペコラビットさんを守る盾になってくれるようですね。ちょっと、待ってください。いきますねー」
地上の映像に映るキアラサンの手元が光り輝くと何かが上空に打ち出された。
何が起きるのかと思っていると、目の前に何かが高速で飛来した。
すると、一匹の眷属が、目の前に飛び上がりペコラビットをかばって弾き飛ばされた。
「眷属ちゃん!?」
「あ、大丈夫ですよ、調べたところその子たちは女神の不死属性を共有しているようですから」
その言葉の通り、はじかれた眷属は、直ぐに元気に跳ねて戻ってきた。
守ってくれた子の頭を撫でる。
「急に、攻撃されたら心臓に悪いぺこよ?」
「ごめんなさい、見せたほうが早いと思ったのです。そこは月面です。地上と違って大気圏がないので隕石が燃え尽きないで月面に届いてしまいます。ペコラビットさんは不死ではありますが、隕石に当たればお餅をつく手を止めなくてはいけなくなりますからね。そうした事態から、守ってくれるようです」
「そ、そうぺこか」
「さらに、働き続ければ、女神でも疲れます。実際に私は何度も疲労で死んでは生き返ってを繰り返していますし。その子たちは、エネルギー源となるニンジンを蓄えておく事で、ペコラビットさんが休まなくても疲労回復を担ってくれるようです。重力も地上の1/6で杵も軽くて振りやすいですしね。安心して働き続けてください」
「女神は死なないんじゃなかったぺこか?」
「あ、私は死んでも生き返るというタイプの不死性なんです。便利ですよ、疲れ切った時に一旦リセットできますから。ペコラビットさんにもおすすめしようと思ったのですが、死にたくないという事でしたので一般的な不死プランにしておきました」
「そ、そうぺこかっ、そこまでして、休まないで仕事をするぺこか?」
「女神は24時間誰かの願いを聞き続ける存在です。疲れたからと1時間留守にしてしまったら、その時に願いを届けたいと思った人が悲しんでしまいます。ですから、ペコラビットさんが手伝ってくれることになって本当に良かった。今まで太陽の光で月を照らしている私が、仮で月の管理者までしていたので受け持ちが広すぎてカバーしきれていなかったのです」」
月には月の管理者がいてくれれば、光を月に届けた後の仕事は任せることができるということだ……
ツケ10,000回を代償に、本当に永く永く働き続けることになるぺこね。
女神は精霊より力があるし、皆に愛されてうらやましいと思っていたけれど、愛される陰には相応の努力があったぺこね……早まったかもしれないぺこ。
「あ、それから最後にもう一つ。既に精霊ではなく女神ですから、何時までもペコラビットではおかしいので新たな名前を授かることになります」
「新たな名前ぺこか?」
『兎の精霊』から、『月の女神』になった以上、名も相応しいものに変える必要があるとのこと。
「基本的には、管轄の先輩から名の一文字を授かってつけてもらうのが習わしですね。ですから、私が授けたいと思います」
うーん、キアラサンから名をさずかるぺこか。
どうも、彼女には仕事押し付けられた感があるぺこよね。
まぁ、今の話を聞く限り、キアラサンが大変な苦労をしてきたのは本当の様だけど、だからと言ってまんまと仕事押し付けられて思い通りというのもちょといかがなものだろうか?
そう思っていると、初めて聞く声が心の中で響いた。
声の主は、月の女神となったペコラビットのことをとても歓迎してくれていて優しそうな声音だ。
もしよかったら、私の名前を受け取ってくれませんか。
そう控えめに申し出てくれた声の主が信頼できる女神だと直感する。
そして――ペコラビットは、新たな名前を授かった。
新たに授かった名は『ペコラーナ』
『夜の星空』をつかさどるムーンナイトによる祝福。
これにより、ペコラーナはムーンナイトと同じ『夜を司る女神』となった。
彼女は、ペコラーナに気軽にムーナと呼んで欲しいと声をかけた。
「あぁーーーーーーーーーーーー、ムーナあんたなに横取りしてんのよー。私のペコキラ―になるはずだったのに!?」
「いや、それはダサすぎぺこでしょ」
「ダサい!? そ、そんな、上司の太陽神ラーのご利益まで込めた渾身のネーミングだったのにっ」
現実問題として、月は夜を司る部署の先輩から名を授かるほうが適切だろう。
ただ、あまりにもしょげかえるキアラサンがかわいそうになってしまい、
「……ペコアラー」
「いや、名前はいらないぺこ」
「いらないっ!?」
「でも少しくらいは日中の手伝いをしてもいいぺこよ」
ペコラーナは他部門の管轄もお手伝いすることになり、日中の空にもうっすらと月が見えるようになったのでした。
この日、夜の暗い世界を明るく照らし、やさしく見守る月の女神『ペコラーナ』が誕生した。
世界中の人々に愛と、笑顔と、お餅を届けるために地上を見守りながら、月面で元気にお餅をつき続けるペコラーナ。
彼女の存在により、月明かりはより一層、人々の心の癒しとして親しまれていくことになるのでした。
なお、ペコラビットというメインディッシュが無くなってしまった野菜だけが入った釜。
そこには、かわりに捕まったスバルドダックが投入され――――るのは何とか回避して、ペコラーナが初めてついたお餅を入れて美味しく頂かれたのでした。
あわや鍋に放り込まれかけたスバルドダックは、
「空の見回りを引き受けてでも、人畜無害で美味しそうな生贄を引き入れておかないといけないっすね……」
他人事ではないと、非常時に備えておくことにしたようだ。
「っくしゅん。こんな時期におかしいなぁ? 誰か噂でもしてんのかなぁ?」
やがて、見回り班にに加入することになる精霊も、そんな理由で招集されたとは夢にも思わなかったことだろう……
▽▽▽▽▽
「めでたしめでたし」
シオンが話を締めくくる。
「何がめでたいぺこか。ブラックすぎるぺこでしょ!?」
「でも、夜の女神なら、日中は休めるんじゃないっすか?」
スバルの疑問におかゆ先輩が答える。
「いやいや、スバルちゃん。今の話なら日本に日が昇っている時は、アメリカとか、ヨーロッパとか、他の夜の国を見守っているってことになるんじゃないかなー」
「あ、なるほどっす。つまり、日本で仕事してた時は日中だけ働けばよかったのに、月に行ったら24時間世界を見守り続けるっすね」
「そうだねー、しかも365日休みなくね。なるほど、だから月の兎は、常に地球から見える位置にいるんだねー」
月も自転をしている。
けれど、月の兎のクレーターが地球に背を向けることはない。
ちょうど地球側が見えるような向きで地球の周りを永遠に回り続けているのだ。
「でも、月でお餅をついたって、地上にお届けできないんじゃない?」
あくあが疑問を口にする。
「それは、あれよ、流れ星が時々見えるでしょ? あれは、ぺこらの眷属ちゃんがお餅を地上にお届けしてくれてるのよ」
シオンが答える。
「わぁお、流れ星はお餅をお届けする野兎ちゃんだったんだねぇ」
ころね先輩が、なるほどねぇと笑っている。
「あれ、なんかそんな話をしていたらお腹がすいてきてしまったっす」
「えっ、スバル随分たくさん食べていたじゃない。もうお腹すいたの?」
あくあの言うように、スバルは人一倍たこ焼きを食べていた。
「いやー、結構ガッツリ食べないと身体が持たないんすよね」
「それで、よくそんな細い体してるぺこね?」
あれで足りないと言いながら、何故そんな細い体をしているのか。
「スバルは食べてもなかなか太れないっすよね」
なんと、女の敵がいやがったぺこ!?
「それは、うらやましいぺこね!?」
「いやいや、むしろ簡単にガリガリになるから冗談抜きでちょっと困るっすよ」
「スバル様は体質的にあまり栄養の吸収率が高くないのかもしれませんね。それじゃ、せっかくだしお餅でも食べますか」
「どうせなら、ぺこらにお餅ついてもらったらいいんじゃないw」
「シオンあんた、いきなり人んちにあがり込んで餅つきなんてできると思っているぺこか?」
「あら、できますよぺこら様」
「えっ、できるぺこか?」
「はい、では準備しますね」
そう言って、ちょこ先生が餅をつく準備をする。
もち米は、ちょこ先生秘伝の方法で時短して今蒸しているらしい。
その間に、杵と臼が用意されていた。
「あ、じゃあスバルは、ついた餅を兎の形にするっす」
「それなら、私も手伝おうかな。野兎ちゃん型でいいわよね」
スバルとシオンが野兎の形にするという。
「うーん、付いた餅を用意するならお雑煮が食べたい気がするぞ」
「あ、それいいっすね」
「うむ、なら雑煮をつくろうか。ちょこ先生、材料はあるだろうか?」
「ええ、あやめ様もちろんですよ。わたくしもお手伝いしますね」
あやめ先輩と、ちょこ先生がお雑煮を作るという。
「じゃあ、あたしは、野兎ちゃんの耳にニンジンをつけるわね」
あくあがニンジンの飾りつけ。
「じゃあ、ボク達は後かたずけをしようかな」
おかゆ先輩が、ころね先輩と後片付けをすると言う。
「ちょっと、待つぺこ。ぺこーら一人に餅をつかせるぺこか」
「そうは言っても、マージャンで『飛んだ』のぺこらしかいないし、仕方なくない? あ、ほら流れ星。パンパン、ペコラーナ様、お腹がすいたので早くつきたてのお餅を届けてください」
シオンの言葉に反論する。
「うっさいわっ、仕方なくないぺこよ。せめてもう一人手伝うぺこ。さっき参加しなかったメンバーでサクッと勝負して負けた人が手伝えばいいぺこ。ほら、おかゆ先輩、男らしくどーんと振り込んでさっさと飛んだらいいぺこよ」
「えー、いいけどぉ。でもボク、ぺこらちゃんみたいに上手に飛べるかなぁ~」
「キー、この先輩むかつくぺこ~」
「「「「wwwwwwww」」」」
結局、勝敗に関わらず、皆で代わる代わる餅つきが行われた。
その後は、ちょと遅い時間だったけど皆でわいわいとお餅を食べる。
満月と、月を包み込むように輝く満点の星空に見守られながら優しく夜が更けていった。
~ 月の兎 end ~
6章まで、読んで頂いてありがとうございました。
次の章からは、学園の物語に戻ります。
主人公の2人、るしあさんと、ねねさんを中心とした学園際に向けた話を描いていく予定です。