2-1 言葉は国境を超える
視点:るしあ
「それでは~、授業を~はじめたいとおもいまーす」
英語教師の桐生ココ先生の授業が始まる。
ココ先生は、アメリカ育ちで英語が母語なので当然だがきれいな英語を話す。
でも日本語も日常会話は理解してくれるし、ちょっとイントネーションが独特だけど言葉を交わすのに不自由しない。
英語教師なのだから当然ともいえるが、2ヶ国語を使いこなすのは本当にすごいと思う。
ついでに、胸の膨らみもすごい……男子生徒は明らかに鼻の下を伸ばしていて、気を引こうとしている様子が授業中にちょくちょく見られた。
授業の方針は[話すこと]だ。
英語は簡単な言葉でいいから日常使う言葉を英語で伝えることが大切、とココ先生からは伝えられている。
だから、授業もなるべく生徒が会話をする時間をとっていた。
話す内容は、最初の授業で全員に自己紹介と、今日1日で話した言葉を書き出してみて下さいと言われて皆が書いた言葉から、多く使われているフレーズを重点的に学んでいる。
基本の文法の時間も取るが、主にはフレーズを耳で覚えるスタンスを推奨されていた。
正直英語には自信がないので、これからの学園生活でしっかり学んでいきたいと思っている。
英語に自信がない理由の一つとして、うちの学園は受験科目が選択式であり、私は英語は選択していなかったことがあげられる。
さらに言うと、最高得点科目の評価点数は他の科目に比べて2倍で点数計算がされる方式になっている。
簡単に言えば、尖った得意科目を持った生徒を集める方式になっていた。
学園の方針については入学式での校長先生の話が分かりやすかった。
自分が進む道と同じ道を歩むものとは、学園生活の後でもいくらでも知り合う機会はできる。
でも、自分ができないことをできる人、他業種を目指す人との繋がりを作るのに学園生活ほど適した場所はない。だから、異なる視点を持つ人との交流を大切にして3年間を過ごして欲しい。
自分に出来ないことは、出来る人を頼ってもよいのだ。
その代わり、自分の得意で相手の助けになればよい。
それに、お互いの得意が違えば、教え合うことで互いを伸ばすことにも繋がるだろう。
もっとも、こんな科目ごとに学力にばらつきがあるクラスが成立するのは、オンラインの動画学習が充実していて、自分の得意を伸ばしたい人はそちらで勉強を進めることができる仕組みがあるためだろう。
「では、4人集まってワンフレーズでよいですから~まずは自己紹介をしましょー」
今回は、ねねさんと、あくあさん、そしてシオンさんの4人で集まった。
最初に私がシンプルにワンフレーズだけ自己紹介をした。
「My hobby is to play music.」(私の趣味は音楽を聴くことです)
「おー、ワンダフォー」
ねねさんが言葉を返してくれた。
「るしあちゃんは、どんな音楽を聴くの?」
「るしあは、クラッシックとか聴きそうよねぇ~」
あくあさんと、シオンさんから質問された。
「クラッシックも聴くけど、普通にJ-popとかボカロとかが多いかな」
「ふーん、割と普通なのね」
「別に普通じゃない雰囲気を発したりしてないでしょw」
シオンさんには私の清楚な雰囲気が伝わってしまったのかもしれない。
隣であくあさんが、難しそうな顔をしていたが何か疑問でもあるのだろうか?
「まあいいわ、じゃあ次は私ね」
シオンさんが自己紹介を引き継ぐ
「My hobby is art appreciation.」 (私の趣味は美術鑑賞です)
「おー、ビューティフォー」
理解しているのかいないのかわからないけど、ねねさんの感想が入る。
「あんた、そういえば美術鑑賞趣味とか最初に言ってたわね? うそでしょ? 本当のことに変えなさいよね」
あくあさんから、ツッコミが入る。
ネットゲームの大会決勝で対決するほどゲームをやり込んでいることをカミングアウトしてから、この2人は一緒に行動していることが多い。
気の置けない仲というのだろうか?
あくあさんは、基本的に伏し目がちで控えめに話しをするのだが、シオンさん相手では気安くツッコミを入れている。
「嘘じゃないわよ。コミケに絵を観に行くことあるしぃ~」
「それのどこが美術鑑賞なのよ? アニメイラストでしょうが」
「イラストは美術品じゃないの? 風景画だって、人物画だってあるし、有名な人なら個展だって開いてるのよ。十分美術鑑賞でしょう?」
「あんたは、またそんな理屈をこねるのね……」
「ふふっw」
つい笑ってしまった。
この2人は自分の世界の話を始めるとテンポよく会話が繋がっていく。
ゲーム配信より、トークでファンを獲得できるのではないだろうか。
「皆さん、日本語ではなく~、なるべくEngrishで会話をしてみましょ~ね~」
ココ先生から指摘が入る。
英語の授業であることを忘れてしまっていた。
クラスの様子を見回って声をかけていたココ先生にねねさんが声をかけた。
「ココ先生 イズ べりーべりーグッドジャパニーズ!!」
「Oh! thank you very much.」
私は、素直に日本語で話かけた。
「本当にお上手です。どうやって、そんなに日本語を覚えられたのですか?」
「ありがとうございます。少しずつでいいので、耳で聞いて、話す。それだけで言葉を~覚えていくことはできま~す。日本語を覚えるのと、いっしょですからね~」
ココ先生と話した後、自己紹介に戻り、
あくあさんと、ねねさんの自己紹介も終える。
このころに、クラスの男子生徒からココ先生に質問が入った。
「先生、英語が難しいとは、何ていえば良いですか?」
「そーですねー、It‘s difficult to speak English.でしょうか~。
でも、シンプルに言うなら、Speaking English is difficult.でいいのではないでしょうか~」
「そうなんですね、映画とかで難しいって、ホーリーシット!!って言ってる気がしますがそれじゃあだめなんですか?」
「この場合は適切ではないですねぇ、そんなバカな~、みたいな意味合いですが~、あまりきれいな言葉ではないのでそもそも使うのは控えるのがいいでしょー」
「そうなんですねー、やっぱりホーリーシット!!」
そう男子生徒が回答する。
と、次の瞬間
ガシッっとその男子生徒の頭が掴まれていた。
「おやー、ごめんなさ~い。よく聞こえなかったのですが~、今何と言いましたか~
Do you understand what I mean?(私の言っていることがわかりますか?)」
ココ先生の目が燃えていた。
そして、男子生徒の頭からはミシミシと音が聞こえる。
「ごごご、ごめんなさい、ソーリーソーリー、ごめんなソーリー!!」
「ごめんなソーリーじゃないんだよ、言語を混ぜるんじゃないよ!まったく!!」
そう言いながらココ先生は、男子生徒の首を脇に抱えて頭を軽くグーでぐりぐりした。
そう、脇に男子生徒の頭を抱えてしまったのだ。
見ていた他の男子生徒が起こしたその後の反応は――必然だったのだろう。
「先生、僕も英語がわかりません。とってもむずかシットねぇ~」
「先生、理解力が無くてすみまソーリ―」
「先生、暴力はやめてくだストップ」
「お前たち―、そこを動くなこら~」
ココ先生は抱えていた生徒を放り出し他の生徒を追いかけ始めた。
捕まりたくないようで、捕まりたい生徒は順調に先生に捕まるかと思われたが――
るしあの隣でシオンさんが足を横に出す。
すると隣を形ばかり逃げていた男子生徒が地面に転がった。
シオンさんはその背中を踏みつける。
他でも同様な状況がクラスで発生していた。
「ココ先生、先生が手を下すまでもありません。私たちにお任せください」
「わかりました、しっかり教・え・て・あげて下さいね~」
当然だろう、これ以上おバカなクラスメイトを放っておくわけにはいかないのだ。
最初に、ココ先生に抱えられた生徒が床に倒れたまま呟いていた。
「……すばらアメージング……」
一生立てないようにしてやろうか?
プチプチっと踏みつぶしたい衝動に駆られるが、何とか耐える。
レディーとしてはしたない真似をするわけにはいかない。
幸い、胸囲の格差社会を見せつけられた、つつましき女子生徒達によって、騒いでいた男子生徒は既に沈黙させられていたので私が手を下す必要はなかった。
アメリカ育ちのボインボインに教・え・て・もらう夢が破れて泣いている男子生徒を見下ろしながら、ふと思う。
日本語と英語、案外ごちゃ混ぜにすると、どちらの国の民でも大体の意味が分かってしまうかもしれない。
日本は島国で他の国とは距離がある。
そのために、これまで独自の文化を築いてきた。
けれど、これからはグローバル時代。
言葉は簡単に国境を超えるのだ。
ならば、まずは言葉から混じっていくのかもしれなった。
……教室の惨状を横目に、るしあには一部の民によって新たな言語が作られていく未来が見える気がした。
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