視点:るしあ
授業を終えて、放課後になった。
最後の授業の内容でもう少し考察を記録しておきたいところがあったので、そのままキーボードで考えを入力していく。
今日は家庭科の授業で、はあちゃまが電子レンジを爆破したりと大変な一日だった。
特に、この学園には、どこかに大量に虫や昆虫や爬虫類が飼われていて、それらを調理している場所があるというのは衝撃だ。
3年間そんな危険な場所には関わらずに過ごすことができるといいのだけれど……とても不安だった。
昔は虫に触れることにも大丈夫だったのだが、今は極端にではないがやっぱりちょっと苦手だ。
食べるのは……想像したくないので考えるのはやめよう。
「あ、るしあはまだ勉強中?まだ時間かかるかな?」
「ちょっと授業で感じたことを記録していただけなので、大丈夫なのですよ。どうしたのですか?」
マリンちゃんが話しかけてくる。
返事をすると、マリンちゃんはすすすーと体を寄せてくる。
「な、なんなのです?」
「るしあには3年生にお兄さんがいるのよね?」
「そうだね、兄のミオは3年生だよ」
「カッコいい?」
なるほど、そういう話か。
女子生徒が恋愛に興味を持つのは当然の話だろう。
妹の私がいるなら、つなぎ役になることでお近づきになれるチャンスもあると考えたのかもしれない。
まぁ、お兄ちゃんはそんなに簡単に恋人を作るほど軽い人ではない。
なにより、可愛い妹がいるというのに恋人を作ることなどないだろう。
なので、つなぎ役になるつもりはないが、純粋に紹介ならしてもいいと思っている。
「そうだね、とってもカッコいいよ」
「ふぉぉ――」
「でも「じゃあさぁー」」
恋愛をするのは難しいと思うと伝えようとしたのだが、マリンの言葉の方が強かった。
「るしあは、ベーコンレタスバーガーは好きかな?」
「は? ベーコンレタスバーガー? なのですか。まぁ、好きかと聞かれれば好きですけど」
「特別に好きという訳ではないと?」
「まぁ、あまり頻繁に食べるものではないですから」
「ふぉ、ふぉーーー、つまり時々食べると! ベーコンレタスバーガーを!! お兄さんは確定。もう一つは何を挟むのです。やっぱり父親? もう一人お兄さんがいたり?」
「な、ホントに何なのですか、挟むって何です」
マリンの異様な熱気に距離をとる。
これは何か雲行きが怪しい。心の中で警鐘がなっているので離脱したいところだけれど。
「マリン、そうやって人にすぐ迫るのは悪い癖だぞ。ベーコンレタスバーガーならスバルも好きだけど、それがどうしたんっすか」
「スバルも!!あれ、スバルも3年生にお兄さんいたよね」
「いるっすね」
「ふぉぉぉおおおーーー、妹を通じて知り合ったお兄さんが徐々に親しい関係になっていく」
「いや、兄貴は前からるしあの兄貴のミオさんの事よく知ってるって言ってたっすよ?」
「すでによく知ってる関係!?」
「いや、だからいったい何なんっすか??」
「あ、まつりも聞きたいな~。スバル、3年生にお兄さんがいるのよね。そのお兄さんを追いかけるように入学したスバル。そこには、実は秘めたスバルのお兄さんへの思いがあるのでは♡」
「まつのら! スバルちゃん、男なんかより妹に興味はないのら? スバルちゃんは男勝りなところがカッコいいのらけど。でも掛け算をするなら絶対に受けだと思うのら……スバルちゃん的にはどうなのら?」
「ちょ、ちょっと、まつりとルーナまで!! 何があったんだよ!!」
「あ、ごめんね。私ちょっとお手洗いに行ってくるのです」
マリンちゃんだけでなく、まつりちゃんとルーナちゃんが加わった時点で、影を潜めてその場を離脱する。昔から影を潜めて存在感を消して一人になることは得意なのだ。
スバルちゃんに後を任せ近くにあった教室の出入り口から外に出ると、素早く扉の陰に張り付いた。
何かわからないが危険な香りがしたため、スバルちゃんを置き去りに離脱してしまった。
学園に入学してから危険を感じる機会が増えた気がするのは気のせいではないだろう。
ちらっと、教室内を覗くと、3人がスバルちゃんを囲んで質問攻めにしている様子が見えた。
誰もこちらを気にしていないようだ。
「ふぅ、スバルちゃんのおかげで助かったのです」
そういって、口元で手を合わせてスバルちゃんに小さく頭を下げる。
「いやー、妹がお役に立てたなら何よりなにより」
不意に横から声がかけられる。
見ると教室を覗ける位置に男性が立っていた。教室の中の様子を気にしながら、教室を覗き見ている私に声をかけたようだ。
「えっと、妹って、ひょっとしてスバルちゃんなのです?」
「そう、スバルの兄貴、ポルカですどうぞよろしく」
「あ、るしあなのです。よろしくお願いします」
「お、るしあちゃんか。噂のミオの妹さんだよね。いやー、さすがミオの妹さん、かわいいなぁ~。ホントかわいい。この後お茶でもどうかな?」
「噂についてはわかりませんが、ミオの妹のるしあです。朝が弱いとお噂のポルカさんにほめて頂けるなんて光栄です。でもよいのですか? 部活をされていると聞きましたが、朝練でもないのに部活に遅刻してしまいますよ?」
「あイタタタ。てキビシー。スバルの奴め、兄貴の威厳をもっと大切にしてくれないと困るんだよなぁ」
頭をぺちっと叩いてオーバーリアクションでぼやく。
賑やかなのは、スバルちゃんに似ている。けど、スバルちゃんが活発で元気なタイプなのに対して、お兄さんはひょうきんなタイプようだ。
「いやー、うちの妹は大人気だなぁ」
「そうですね、スバルちゃんの周りにはいつも人が集まっています」
「確かにそういうところあるよなぁ。ただ、今のあれは集まってるというか密度高すぎるように見えるけどな」
「そう……ですね」
見ると、周りの女子とスバルちゃんとの距離が狭まって密度がグッと上がっていた。というより、まつりちゃんは腕にくっついているし、ルーナちゃんは後ろ向きで表情は見えないがキスするのではというくらい至近距離に迫っている。マリンちゃんはその様子をみて陶酔した表情をしている……妄想の世界に入り込んでしまっているようだ。
「あいつは正義感強くて、炎上したりしてると自分から首つっ込んで火消しをしようとするんだよ、けど理解してないことがあるんだよなぁ」
「理解してないことですか?」
「そそっ、それはぁ、自分が一番よく燃えるってことだな。賑やかで男勝りに見えるのに親しげに詰め寄られると急にウブになるからなぁ、いじりたくなるんだよね」
「なるほど」
あの様子を見れば、まぁその通りかもしれない。
「アヒルが薪背負って火を消そうと火種の上でバタついてるようなもんだよ、丸焼きにしてくれって言ってるようなもんだろ?」
「自ら食べられるために焼かれるアヒル……ですか。月の兎みたいな話ですね。エモさには欠けますけど」
「お、上手いね! 燃えるけど、萌えないってね」
そう言われて、ちょっと頬が赤くなった。
そんなつもりではなかったのだけど。
月の兎と言えば、説は幾つかあるが、山で倒れていた老人を助けるために、自ら火の中に飛び込むことで食料としてささげようとした。実はこの老人は帝釈天(たいしゃくてん)で、兎の慈悲の心に心を打たれ兎を月への昇らせたという仏教のお話で知られている。
この話は、少し悲しく、でも兎のやさしさに心打たれるところがあるけれど、薪を背負ったアヒルが火の中に飛び込むのは……どちらかというとカモネギのように思えた。
教室では、まだ火が消えない様でスバルちゃんがちょっと赤くなりながら3人をなだめようと必死になっていた。
「ねぇスバルぅ~、スバルもその気になれるすごくいいアイテムがあるんだけどどうかしら~」
「いや、マリンその言い方なんかやばいだろ、その気ってなんだよその気って」
「その気は~、わかるでしょぅ。そ・の・気・よ♡でこれなんだけど。やる♡スイッチっていうの。スバルのために初心者用のを用意したからぜひ使って見てほしいな~」
「あ、マリンちゃんも持ってるのらね?ルーナも持ってるのら。スバルちゃんなら初心者用なんて飛び越えても大丈夫だからルーナの上級者用のスイッチをあげるのら」
「ルーナやるわね。それを使ってるなんて。でもまつりもカスタムタイプの一味違ったやる♡スイッチもってるから、使う資格があるスバルちゃんにはぜひこれを試してほしいな」
3人が詰め寄って、スバルに何かを押し付けようとしていた。
3人の手にあるそれは、なんだかわからないが……うねうねと動き回っている。
使うって何をするつもりなのだろうか。異次元の話についていけないが、あの物体にはおぞましさを感じる。
同じ感覚の持ち主であろうスバルちゃんは、3方向から迫る謎の物体に鳥肌を立てている。
まぁ、3人も無理強いはよくないと思ったのか、試してみてといって取りあえずは1つを手渡すことに切り替えたようだ。
スバルちゃんは苦渋の決断で一番ましそうなマリンちゃんのを受け取ることにしたらしい。
※スバルは【やる♡スイッチ】を手に入れた。
逃げ出した手前。何とも言い難いけど、頑張ってスバルちゃん。と心の中で応援しておく。
「あいつが想像していた学園生活とは大分違っただろうと思って。どんな様子かと思ったけど、大丈夫そうだな」
「あれは大丈夫そうなんですか?」
「良くも悪くも人が集まるから、変なトラブルに巻き込まれないといいと思っていたんだけど仲良くやっていけそうだなってね」
「確かにこの学園は独特の空気がありますね。私も兄から様子を聞いていましたが、それでも入ってみるとやっぱり不思議な場所だと思ってしまいました」
「でしょ? 尖った性格の奴しか基本いないからな~、中々のカオスっぷりだよ」
「ふふふ」
まぁ、本当に大変そうなときは助けてやってよ。
そう言い残してポルカさんは去っていった。
どうやら、妹のスバルちゃんを心配して様子を見に来たようだった。
なんだか軽そうにも見えるが、スバルちゃんを見る目はとてもやさしい目をしていて、いいお兄さんなんだと思えた。
私のお兄ちゃんは特に様子を見に来ることはないだろう。
毎朝顔を合わせているし、学校での様子も話をしているので心配はさせていないと思う。
もっとも、もし私の様子がおかしければすぐに駆け付けてくれるという安心感はあった。
私は、小さなころは花を眺めたり、虫をじっとみていたりと、一人でいる子供だった。
それが苦ではなかったし、気がつくとそうして一人でいることを選んでいた。
対照的にお兄ちゃんは、いつも誰かと一緒にいたと思う。
お兄ちゃんは、無理に私をその輪に誘うことはしなかった。
ただ、ふと一人でいることが不安になることがある。
誰も私を認識していないような。私を必要としていないような。取り残されたような不安。
自分で一人を選んだはずなのに変な話だけれど、そういった不安は不意に襲ってくるのだ。
そんな時、ふと気がつくとお兄ちゃんがいつも隣にいた。
私をみてくれているそのお兄ちゃんの存在に不安がスッと溶けて消えた。
無理にずっと一緒にいるわけではないけれど、誰かにそばにいて欲しい時、そこにはお兄ちゃんが何時もいてくれた。
どうやって察してくれているのかわからない。
ひょっとするとお兄ちゃんは先を見通す超能力を持っているのかもしれない。
よく当たる占いをしてくれるのも、超能力が関係していると今でも思っていたりする。
お兄ちゃん曰く、占いは未来予想ではなくて、何か起きても対処できるように心構えの手助けをするものだという。
当たっていると感じるのは、それだけ、広い可能性に備える意識を持てていたということだよ、と。
真実はわからない。けれど、私の心をいつでも温めてくれる超能力は間違いなく持っている大好きなお兄ちゃんだ。
タイプは違うが優しそうなスバルちゃんのお兄さんのポルカさんを見てそんなことを思う。
「嬉しそうあるな? でも扉に張り付いて笑ってるとちょっと変な人に見えるあるよ?」
まだ、教室の火が消え切らないため、入るタイミングを計っていた。
その間、教室の扉に張り付いてお兄ちゃんのことを考えて微笑んでいた私の客観的な状況を、ねねちゃんが親切にも指摘してくれる。
……何人に見られただろうか?
自分の行動を振り返って、恥ずかしさに思わず顔を覆った。