サブタイつけるの本当に難しいです。
結局毎回適当な感じに……。
エーテルの粉末は持った。回復用の礼装も身に着けてある。ポーチを確認すると入れた覚えのない麻婆豆腐もある。
自分の体調は良好だ。
――先生は?
「ばっちりよ!」
ピースしてくる先生に頷いて返事をする。今日は胴着に加えて鉢巻まで巻いているようだ。
出来ることはした。神にも祈った。
この一週間で雑多なものが増えたマイルームを一通り見まわしてから、もう一度ここに帰って来ると心の中で誓いを立てる。
部屋を出て、しっかりとドアを閉める。鍵をかけるということが出来ないのが少し物足りない気もするが、まぁそんなことは今気にすることではない。
一階の下駄箱前までやってくると、用務主事室の前で仁王立ちをしている言峰綺礼が見えた。相も変わらず辛気臭い仏頂面、しかし口元が少し吊り上っている。この後に起こるであろう凄惨な戦いにでも思いをはせているのだろうか。それともただ単純に、好物を食べてご満悦なのだろうか。
しかし、そんなことはどうでもいい。迷うことなく彼の目の前に立つ。
「準備は済ませたかね?」
――――ああ。
「トリガーを出してもらえるかな」
言われて二枚のトリガーを取り出し言峰に手渡す。
「確かに受け取った。……さて、これで君はもう決戦場に赴くことが出来るのだが、その前に、どうも君に挨拶をしておきたい人間がいるようだ」
ゆっくり手を上げ、こちらの背後を指差す言峰綺礼。
振り返ると、そこには、二日目以降顔を合わせていなかった人物が立っていた。
――橙子さん!
「こんにちは、岸波君」
予想外に優しい声が投げかけられた。見れば、記憶にない銀縁のメガネをかけていて、心なしか前より視線が柔らかいように見える。
「ああ、コレのことは気にしなくていいわ。
それより、大分お久しぶりだけど、準備は大丈夫なの?」
首肯して制服のポケットを叩いて見せる。
瞬間、彼女の笑みがひどく酷薄なものに変わったような錯覚をした。
「……そう、良かった。
それで、覚えてるかしら、岸波君? サーヴァントのことで困ったら、なんでも私に相談して頂戴って話」
――覚えてますよ。
でも、タイミングが悪かったんじゃないですか?
自分はもうここで命を落とすかもしれないのに。
「ああ、大丈夫よ。あはは。
大丈夫、きっとまた
笑顔で手をヒラヒラ振る橙子さんに、不覚にも感動する。
この人は、いい人だ。きっと決戦前で緊張しているだろう自分のため、リラックスさせに来てくれたに違いない。
「それじゃあ、あんまり気負う必要ないから、ちゃっちゃと行ってきなさい」
はい!
そうして背を向ける。再び視界に入ってきた言峰綺礼の目を真っ直ぐ見据えてから、
――準備は出来た。
「いいだろう。さて――――、
勝負は一度、賭けるは己が大望とその命。
聖杯戦争一回戦、決戦場へようこそ」
脇にどいた言峰綺礼には目も向けず、用務主事室だった部屋に足を踏み入れる。
背後で扉が閉まる瞬間、誰かの乾いた笑い声を聞いた気がした。
▼
部屋の中はまさしくエレベーターだった。
ガラス張りの個室、回数を表示する電子パネル。しかし一点だけは普通のエレベーターと違う。 言うまでもなく、中央のしきりのことだ。
赤みを帯びたガラスのような半透明の板が、この個室を二分しているのだ。知らないうちにその片方に入ってしまっている、ということは向かいには対戦者がやってくるのだろう。
「大丈夫、あなたのサーヴァントは世界で最も強くて、美しいわ」
……少し黙っていてもらっていいだろうか。頭にのっけられた先生の手をやんわり引きはがす。
その時、向かいの空間に慎二とライダーが入ってきた。
彼らとも二日目以降まともに顔を合わせていない。どういうわけか、自分は彼らに避けられていたようなのだ。
入ってきた慎二はこちらの姿を見て、一瞬体を緊張させる。それを見て溜め息をつくライダー。
しかし、今日に限っては慎二もそれ以上怯えて見せることは無かった。しばらく彼を観察していると、口をパクパクさせて何かひたすら第一声を探しているように見える。
先生と自分、そしてライダーの視線が一斉に慎二に突き刺さる。思わず頑張れ、と応援したくなるような姿だ。
そして彼はついに言葉を発した。
「に、逃げずに来たんだ!? 勇気あ、ありますね……いや!! 勇気あるじゃん!!」
――慎二! 頑張ったな!!
「へえ、なかなか成長したじゃないか。
ええ? シンジィ!」
「えらい! 頑張ったわねワカメ君!」
所々裏声になっていたし、その上どうしようもないほど小悪党なセリフだったが、それを抜きにしても彼の頑張りを皆が認めていた。
正直なんであんなに怯えられていたのか分からない。ただ、たった今慎二が一歩成長したというのは確かだろう。見ればライダーも慎二のワカメ頭をくしゃくしゃにして喜んでいるように見える。
照れ隠しなのか、うっとうしそうにライダーの手を払いのけた慎二は、またいつもの調子で話し始めた。
「やあ、良く来たじゃないか。この僕を相手に逃げなかったって所だけは評価してあげるよ」
……。
どうやらさっきの微笑ましい一幕は無かったことになったらしい。
「どうせ君はここで敗退する訳なんだけど、どうかな岸波? 僕に勝ちを譲らない?」
……何を言っているんだ?
「分からないのかい? まったくこれだから凡人は困るな。一から十まで説明しないと分からないのかよ」
あ、すごい。
今素直にうざいと思えた。
「うわ、うざ。岸波君、殴っていいかしらあの海藻」
――いいぞ、と言いたいところだけど、無理ですよ。壁があります。
「無かったらやるのかよ!?」
大袈裟に手を振るって叫ぶ慎二。しかしすぐに気を取り直して話を続ける。
「……つまりあれだよ。もし万が一、億が一、兆が一君が勝ったとして、それでも君程度の実力じゃあ二回戦敗退だ。だが僕なら違う、優勝できる。 それなのに一回戦とかいう小石に躓いたほどの失敗でその栄光を失うのはあまりに馬鹿げてるだろ?」
その小石に躓いた時点で実力は知れてると思う。そんな言葉を呑み込んで慎二の次の言葉を待った。
「ああ、そうだ。なんなら君にも賞金を分けてやってもいい。仮にも君は僕の友達………ですよね? いや、友達なんだし。地上に帰ったあと僕の輝かしい武勇伝と一緒にプレゼントしてやるよ」
感謝しろよ? とでも言いたげに髪をかきあげる慎二。その目を見るに、どうやら断るという返事が来ることはありえないと思っているらしい。しかし、
――はっきり言おう、断る。
「んなっ!」
「当然よね」
「ハハッ、断られちまったなあ!
いいじゃないか、悪党ってのはいつだって惨めなもんさ」
こちらの言葉に、皆三者三様の反応をする。
――大体、死人にどうやって財産を分けるんだお前は。立派な墓でも建ててくれるのか?
「あ、なんだ。お前敗者は死ぬっていう話信じてるの?」
嘲笑をにおわせる声色で尋ねてくる慎二。不遜な顔がさらにバカにしたような表情に変わった。
「ハハハハ! あんなのデマに決まってるだろ! 試合を盛り上げるための演出だよ演出! そんなことも分からないのかよ、ハハハハ!」
――まさか、お前。それ本気で言ってるのか?
「頭の中までワカメが繁殖しちゃってるのね、きっと。
何を言っても無駄だと思うわ岸波君」
珍しく静かな調子で口を開いた藤村大河に、思わず寒気がする。
「ああ? うるさいよ藤村。ちょっと黙ってろよ。
…………ん?」
……どうやら慎二もようやく大事なことに気が付いたらしい。
「おい、待てよ。なんでここに藤村がいるんだ?」
「バカだねシンジ。ありゃサーヴァントだ。感じないのかい?」
ライダーの言葉に慎二の動きが停止する。流れる沈黙の中、先程の雰囲気もどこへやら、先生が胸を張って宣言した。
「えっへん! 私が岸波君のサーヴァントなのだ! どうだ驚いたか!!!」
思わず手で顔を覆った。
「え? おいおい嘘だろ? サーヴァントって……、あのサーヴァント?」
――知らない! 僕に聞かないでよ!
「ハ、ハハ。藤村がサーヴァント? ……プッ、ハハハハハハハハ!
嘘だろ!? だって、藤村だぜ!!?」
「何よー。何か文句あるって言うの?」
不満そうに口を尖らせる先生。慎二は相変わらずひぃひぃ言いながら笑い続けている。
「お前、最高だよ! どんだけ笑わせてくれるんだ! アハハハハハ!
藤村にできることなんてせいぜい竹刀振り回すだけだろハハハハ!」
その物言いに、不覚にもムッとしてしまう。
その、竹刀を振り回しているだけの人物のおかげで、自分は今ここに立っていることができるのだから。
にわかにエレベーター内に地響きのような振動が伝わる。どうやら決戦場に到着したようだ。
慎二は先程の笑いも醒めやらず、腹を抱えながらエレベーターを後にする。隣では怒りを押し殺したような表情の先生が、
「目にもの見せてやるわ」
と呟きながらズンズン歩き始めてしまった。
エレベーター内に一人残された自分。深呼吸をして現状を分析する。
この先の場所で、自分は命を落とすかもしれない。
記憶もないまま、虫けらのように捻り潰されるか、もしくは、善戦するもあと一歩で討たれるかもしれない。
だが、
――その終わりは許容してはならない。
何故か自然とそんな風に思えた。
生きて帰りたい、いや生きたい。そんな当然のことが今の自分のただ一つの行動原理。
――なんとしても、勝って見せる。
口に出して再確認、そして頬を叩いてエレベーターの暗闇を後にした。
▼
「さぁシンジ! 今回はどれだけ出せる?」
エレベーターを抜けるとそこは海の底であった。
静かなる砂漠の水底、まばらに見て取れる岩礁や色とりどりの海草。おあつらえ向きに遠くには沈没船なんてものまで用意されてある。
「ああ? ちょっと待てよ、相手は藤村だし………このくらいか?」
自分はここを知っている。
二の月想海は、一層とは違ってどこか幻想的なカリブ海の海中をモチーフにしたようなステージだった。ここはそのアリーナから常に見ることが出来た海底だ。
「足りないねえ! 全然だ!」
「クソ、このぼったくり海賊! ………これでどうだ」
光も届かない水底。ところどころから気泡が湧いているというのに、自分達の口から洩れてこない。ムーンセルから、お前たちは既に死んでいるとでも言われているということなのだろうか。
「いいから財布ごと寄越しなっ!」
「ああっ」
いい加減突っ込んでいいだろうか?
ライダーに財布をふんだくられて、涙目になっている慎二を見てなんとも言えない気持ちになる。
なんて――――哀れな。
決戦場に放り込まれた自分達は、当惑した。
出てきた扉は忽然と消え去り、海底に取り残された二組の主従はお見舞いのように向き合ってしまう。
戦闘は一体どういうタイミングで始めればいいんだろう?
そんな経験はしたことが無いし、いや覚えてないだけなのかもしれないが……。じゃあ殺し合いを始めましょうか、はいそうしましょう、という感じか?
そうだとしたら、ちょっと恥ずかしいな。
命のやり取りを前にして、極度の緊張のせいで気でも狂ったのか、自分はそんなことをぼんやりと考えていた。
そんな時だった。慎二とライダーが、カツアゲしようとする不良といじめられっ子みたいな寸劇を始めたのは。
彼らの関係が分からない。
さて、その寸劇も慎二の悲劇で幕を落としたことだし、いよいよ始めなきゃならないのだが……どうしよう。自分としては、ずっとこのまま戦いなぞしたくは無いのだが。
「待たせて悪かったね。それじゃあ、おっぱじめようか!!」
自分の期待も虚しく、慎二のライダーが戦いの始まりを宣言する。同時に脇にいた先生が駆けだした。
「うおおおおお! ワカメ狩りじゃああああ!」
向かう先はどう見てもライダーの隣の慎二。先生は竹刀を横に構え、砂を巻き上げながら風のように海底を突き進む。
「ひ、ひぁ」
そのあまりの気迫に思わず腰を抜かす慎二。しかしその情けない主を庇うように、
「もらった金の分は働く、それがアタシの流儀だ」
ライダーが構えた得物を見て思わず叫ぶ。
――銃!? 藤村危ない!
轟く二発の炸裂音。狙いは間違いなく藤村大河だった。
「ちょっと! 今呼び捨てにしたでしょ岸波、君!」
ライダーの拳銃を見て急停止した藤村大河は、そんなどうでもいいことに怒りながら竹刀を振る。否、振ったように見えた。
自分には早すぎて、その軌道が見えなかったのだ。
それを見てライダーが感嘆の声をあげる。
「へぇ。やるじゃないか」
「う、嘘だろ……。藤村今弾丸を……」
「ふん、見たか。藤村流抜刀術、二重のきわ――」
「それ抜刀術じゃないよね!?」
なにやら慎二が叫んでいるが、何のことだろう?
いや、それにしても、今先生は銃弾を切った……のか?
思わず目をこすって先生を見る。驚いたことに、ここに来て本当に先生が頼りがいがあるように見えてきた。
「おいライダー! そんなもので終わりじゃないだろ!
全然払った分に値してないぞ! あと財布は返せよな!」
「あいよ船長!! もちろんこんなもんじゃないさね。
そこのお嬢さん! なかなかやるようだが……コイツならどうだい!」
お嬢さん?
しかしそんなことに疑問を持っている場合ではない。ライダーは左手に新たに拳銃を構えている。
さすがの先生もこれには、
「やだ、お嬢さんなんて。もう、私は立派なれでぃーですー」
動じていないようだ。
その返答に口をゆがませるライダー。そのまま何も言わずに引き金を引き始めた。
嵐のような猛攻。秒感覚で打ち出される鉛玉。弾切れを起こしたことにこちらが気が付かないほどの速さの再装填。
自分にはライダーの二丁拳銃から、常に煙が上がっているように見える。
しかし藤村大河は物ともしていなかった。
「そんなに若く見えるのかしら私。確かにこの美肌の前ではティーンもひれ伏すわけなんだけど、私としてはやっぱり大人の色気を武器にしたいってゆーか―」
「おい! なんだよあれ!?
なんであんなに余裕そうなんだよ!!?」
なかば悲鳴のように喚く慎二。気持ちは痛いほどわかった。
なにせ、当の藤村は気持ち悪いくらい体をくねらせて自画自賛しているのだ。それなのに竹刀を握った右手だけは高速で振るわれている。
正直気持ち悪い。
「クッ、やるねえ」
しかし、ライダーも負けじと早打ちに拍車をかける。
さすがに余裕のなくなってきた先生はようやく現実に戻ってきた。
「あ、ちょ、ちょっとタンマ。うわ! うわ!」
「ほらほらまだまだ早くなるよ!」
余裕がなくなってきたらしい先生。宣言通りにライダーの射撃もどんどん早くなっていく。
「へーい岸波ー。肩、右肩んとこかすったから回復はようプリーズっと――、痛っつ。右腿もー」
言われて慌てて礼装に魔力を込めて回復魔術を発動する。
ふと慎二が静かなことに気が付く。顔を上げて慎二の方を見ると、慎二の周りには幾つものホロウィンドウが展開していた。物凄い速度でキーボードを叩いている。
「ほらよ、食らいな!」
最後に大仰にエンターキーを押す姿をみて気が付いた。
妨害しようとしている!
「む、殺気ッ!! タイガー的緊急回避!」
先生は急に右方向へ大きくジャンプし、そのまま転がる。
次の瞬間。先程まで先生がいた空間に大きな爆発が起きた。爆風と共に砂が舞い上がる。
「はああ? なんで今のタイミングで避けられるんだよ!?」
「いんや、今のは良かったぜシンジィ!」
見れば先生は未だに膝をついた状態だ。
まずい。あのままでは十全に竹刀を振るえない。
好機と見たらしいライダーが間髪入れずに銃口を向ける。
「ピンチ! 実践剣術、タイガー式目くらましい!」
地面を竹刀で大きく薙ぎ払う先生。同時に先程の爆発とは比べものにならないほどの砂埃が舞う。
視界が完全にふさがれてしまった自分は、流れ弾を恐れて近くの岩陰に入る。
「ほらほら! でてきなよ!
目くらまし程度じゃあ私はやられないぜ!」
「うわ、最悪だよ。僕の髪に砂が」
変わらず視界には何も捉えることが出来ない。煙の向こうの慎二たちの声だけが聞こえる。
「煙が晴れたら仕掛けるわ。守ってあげられないからここにいて頂戴」
となりで囁くようなつぶやきが聞こえる。
何もできない自分は、ただただそれに頷いて答えるしかない。
肌に刺さるような静寂。自分は呼吸をすることすら忘れて前方を見やる。
五秒経つ。
視界は依然明瞭ではない。
十秒経った。
次第に砂煙が晴れてくる。だがまだ早い。
十五秒。
自分でも分かった。
タイミングは、
――――今だ!!
「タイガ、行っきまああああああす!!」
瞬間、横で人間大の物体が爆ぜた。
煙に映る光の揺らめきにしか見えない敵影に向かって藤村大河が奔る。咆哮と共に駆けるその姿はまさしく、野生の虎だった。
その水圧に弾かれて一気に視界が晴れる。
「来たね、今度は外さないよ!!」
しかし敵とてその程度の奇襲は予想済みである。
ライダーの構えた二丁拳銃は、高速で迫る先生を余裕すらもって狙い定めていた。
それでも止まらない藤村大河。30mあまりの距離を詰めること以外には何も眼中にない。
「私、今最高に輝いてるううううう!!」
「ここは暗礁、船の墓場だってなあ!!」
互いの叫び声が重なる。
しかしライダーの銃口が火を吹くことはない。
「なっ! 詰まった!?」
「やだ、超ラッキーじゃん私」
這うような低姿勢から竹刀を斬りあげる先生。対するライダーとてそれでやられるような凡百の英霊ではない。
銃の不調を感じた瞬間、すでに銃からは手を離している。
瞬きのような刹那、迷うことなく腰のカットラスに手をかけて引き抜く。多少体勢は崩れているものの、確かに藤村大河の竹刀を受け止めて見せた。
が、
「――――ぐっ!?」
一瞬の交錯。
ライダーはそのまま大きく吹き飛ばされた。自分は確かに見た。先生の竹刀を受けた瞬間、見事な装飾の長剣が、まるでビスケットを割るかのように真ん中から砕けたのだ。
似たような光景を見たことがある。それは予選のとき、自分が敵の人形の首をいとも容易く吹き飛ばした時のことだ。
ようやく得心がいった。あれは自分の力ではなく、竹刀のおかげだったのだ。
「……ッ。いいのをもらっちまったかね。
いやそれにしてもアンタ、相当運がいいね。
アタシも自分の運はかなりのもんだと思ってたんだが、あのタイミングで弾詰まりたあ本当に驚いたよ」
かなりのダメージを与えられたらしい。
フラフラ立ち上がろうとするライダーの元に慎二が駆け寄っていく。
血を吐く彼女に労いの言葉でもかけるのかと思ったが、慎二の口から出てきた言葉は想像以上に自分勝手なものだった。
「おい! 何やられちゃってる訳!!?
相手は岸波、しかも藤村なんだぞ!? あんまり僕の顔に泥を塗ってくれるなよ!!!」
――おい、慎二! 何もそんな、
「うるさい!! 岸波と藤村のくせに生意気なんだよ!!」
「くせにって何よワカメのくせに!」
見るからに余裕と平常心を失っている慎二。
目は薄く血走っているようにも見える。
「ライダー、宝具だ。
あいつらの口を黙らせるぞ!」
慎二がそう言うと、ライダーの口元がつり上がる。
「ハン。人使いが荒いねえ船長!! いいよ、それでこそ私のマスターだ!!」
今度は力強く立ち上がるライダー。その目には荒々しい炎が灯っていた。
「金の分は働こう、雇われ海賊の矜持さ。
…………さぁて出航準備だ! 血の滴る肉、泉のような酒、光輝く金銀財宝!! 心が躍るねえ!!」
「僕たちの勝ちだ、出すぎた真似をした報いだよ。ハハハハ!」
周囲の空気が変わる。
地鳴りと共にライダーを中心として、息も詰まるような濃密な魔力が渦を巻く。
「帆を張れ! 錨を上げろ!
掛け声はこうだ、ヨーソロー!!」
まるで軍団を指揮するかのように声を張り上げるライダー。彼女が一声上げるごとに地響きは増していく。
そして、圧倒的絶望と共にそれは地中から現れた。
「覚えておきな!!
アタシの名は――――
ありえない光景を見た。
数万トンにも上ろう大量の砂をかき分けて、巨大なガレオン船がその船首から徐々に姿を現す。周囲には数十艘もの帆船群。
目の前に突如出現した船を、自分と先生はただ見上げるしかない。
「どうだい岸波? お前の雑魚サーヴァントと違って、僕のサーヴァントは最強だ!!」
遥か高みからそんな声が聞こえる。おそらく慎二達はこの船の船首にいるんだろう。
膝の力が抜けてしまって、地面にへたり込む。
月並みな表現だとは思うが、大きいものは恐ろしい。たとえそれがなんであれ、自分より圧倒的な大きさのものに人間は根源的な恐怖を抱いてしまうのだ。
ライダーの船は、まさしく今の自分の恐怖そのものの具現であった。
これが、宝具―――!
「さあて、派手に終わらせようじゃないか。
……全艦に告ぐ! 目標、前方の敵!」
……おいおい嘘だろ。
「うーん、こんな時なんて言えばいいのかしら? めめんともり?」
砲首が一斉にこちらを向く。
「全門開放! 撃ち方、始めえ!!」
耳をつんざく轟音が鳴り響いた。
「よっ! ほっ! せい!」
すぐに訪れるかと思われた終わりは、なかなかやってこなかった。驚くことに、藤村大河が竹刀を使って野球よろしく砲弾を打ち返しているのだ。
今現在、自分の命運は彼女の双肩にかかっていた。
――信頼してますよ!
「任された!」
轟音の嵐の中、どういう訳か中央のガレオン船から慎二達の話し声がはっきり聞こえる。
「一体どうなっているんだよ!?
何なんだよアイツ!!」
「なに、安心しなシンジ。
あれは精一杯の強がりさ。勇猛なバカは嫌いじゃないし、むしろ好きなほうなんだが、あれはもうどうしようもないさ」
大きく反論を加えたいが、自分に出来ることと言えば、ここで小さくなっていることだけ。
正直、これほど情けないことは無かった。
終わりは唐突に。それは不意打ちのようにやって来る。
周囲の爆発のなか、飛び散る砂にまみれ、揺れる地面にしがみつきながら、竹刀を振るう先生を応援していたときだった。
「うおおおおおっと、あぶねえええ!」
急に体をのけ反らせた先生。どうやら際どいところに砲弾が飛んできて、思わず回避を選択したらしい。
野生の勘か、かなりギリギリだったのに先生の被害は胴着の右袖だけで済んでいる。肩口から先の布だけきれいに吹き飛んでいる。
「ハ、ハハ。やった、やったぞライダー!」
…………。
大きく息を吐く。
やはり、こんなもので終わってしまうのか。先生が白兵戦で予想外の健闘を見せてくれたおかげで、もしかしたら、なんて淡い希望を持ってしまっていただけに少しだけ悔しい。
「ああー、イッケネ」
藤村大河が避けた砲弾は、彼女の所の背後にあった岩を爆砕した。流石の幸運EX、避けた本人には一切の破片も当たっていない。
しかし、砲弾に砕かれた岩の背後にいた人物は無事では済んでいなかった。
軍用艦でさえ当たればただでは済まない大砲だ。障害物越しとはいえ、そんなものを人が食らって大丈夫なはずもない。
結果、彼の右半身は紙細工のように、捻じれ、潰され、もはやもとの形状を保っていなかった。欠損部位は血が吹き出す代わりに、黒いノイズで覆われている。
まあ、全て自分のコトなわけだが、恐ろしいことに痛みが無い。というか感覚が無いせいで、自分のことが他人事にしか思えない。
「ああー、一応聞くけど、………大丈夫?」
油汗を額ににじませながら先生が覗き込んで来る。
大丈夫に見えるならメガネを作ることをお勧めしますよ、なんて軽口も音にならない。どうやら喉までやられたらしい。
首元からヒューヒュー空気が漏れる音が聞こえる。
自分達と慎二達の間に先色の壁が現れる。
「勝負アリ、か。本当ならサーヴァントの方を突破したかったんだけどねぇ」
ああ、恐ろしい。
自分は死ぬのだろう。
記憶すら取り戻せず、自分が誰なのか分からず、この死に涙してくれる人がいるのかどうかさえ知らないまま。
そのことは悔しいとは思う、あってはならないと思う。
ただ、恐ろしいのはそんなことではない。
今は痛みが無いけど、もし痛覚が戻ってきたらと思うとたまらなく怖いのだ。でも仕方がないだろう。
だってそれはきっと、たまらなく―――――痛い。
どうせ死ぬなら痛くないうちに消えてしまいたい。
我ながら唾棄すべき軟弱さ。つくづく自分は凡人なんだな、などと今さらながらに思い知る。
「ハハ、地上に戻っても恨みっこ無しだぜ岸波。
安心しろよ、僕が優勝したら君の顔を立ててやるよ。優勝候補をそれなりに追い詰めたけど、真の力の前には為す術も無く敗れ去った奴ってな、アハハ!」
甘い奴だ。この光景を見てもまだゲームだと思っているらしい。
きっとこの愛すべきバカは、この先辛い思いをするんだろうな。もしかしたら泣くかもしれない。
驚いたことに、死にかけの自分は慎二の行く末を案じてしまっている。
「何を言ってるんだいシンジ? あの坊やにはもう、進むべき未来も、帰る地上もありはしないよ」
「は? そんな訳、無い、だろ?」
「バカだね。戦いに負けた奴は死ぬ。そんなのはアンタだって知ってただろう?」
「でもそれはあおり文句で――!!」
「現実さ。
笑え、笑うんだよ慎二。……それがせめてもの礼儀ってもんさ。
勝った奴は笑って、負けた方も己の不運を笑う。これできれいさっぱりサヨナラだ」
「う、うるさい!」
勝った主従の声が遠くに聞こえる。宝具は解除しているらしい。
体が鉛のように重い。自分を構成する大事な何かが抜け落ちて行ってしまう感覚にぞっとする。
もう首も動かせない。自分はただひたすら気まずそうに頬を掻く先生を見上げる。見れば先生の体もところどころ黒いノイズに浸食されている。
「なぁ、…………アイツ」
「なんだい?」
「どうなる」
「死ぬよ。
慎二、アンタが殺したんじゃないか」
遠い耳鳴りのように誰かの会話が聞こえる。
「…………違う」
「知らなかった、知らなかったんだ!!」
「僕は、……悪くない。
そうさ、ハハ。僕は悪くない」
その声に答える者はいない。
「そうだよ!! アイツが、アイツが向かってくるから僕は蹴散らしたんだ! 何か違うかよ!!? ライダー!!」
「……目を逸らすか。いや、それもいい。
胸糞悪くなるような下衆野郎だが、それでこそ悪党だ。
アタシは金さえ払ってくれりゃあ、どこまでもアンタについて行くよシンジィ!」
深い水底に沈んでいく感覚。
痺れた頭で崩壊の音を聞く。
結局こんなところで終わってしまう自分は、自分の人生は、なんだったんだろうか。
そこには意義が、あったんだろうか―――?
「アハハハハハ!!
そうさ、僕は悪くない! 何も悪くないんだ!!
―――そうだよな、岸波? ………岸波?」
DEAD END
良く考えるとライダーも幸運EXだった。クソ
申し訳ありませんが、この作品内では
規格外のEXランクのなかでも、藤村は遥かに突き抜けている、というところで納得して下さい。
蛇足。
正直本編プレイ中ずっと思ってたんですけど、
主人公に勝ってしまった間桐慎二はどうなってしまうのだろうか?
八歳の少年に人の命を背負うことが出来たのか、
もしかしたらCCCの悟りシンジ君になるかもしれないし、そこで精神を歪めて潰れてしまうのかもしれない。
気になります。
まあ、二回戦でやられると思いますけどね笑
いや、スキル的には各上相手に善戦するのか?