初めは理解できなかった。
自らの腕の中で息絶える誰かを見て、自分の無力さを感じる以上にそもそも何故こんな不条理が許されるのかと慟哭した。
ヒトは原始の世からまるで成長していないではないか。
自らの利を求め、理を通すために、取る手段は結局『力』なのだ。
何故、どうして。それとも、本当はこの争いに意味があるのか。
バカな、そんな筈はない。この嘆きが許容されることなどあってはならない。
そうして私は再び戦場に赴く。
それは答えを知るため。
それはこの不条理を正すため。
本当に――――?
▼
欠けた夢を見ていたよう――――いや、それどころでは無い!
意識の覚醒と共に体を跳ね起こす。
視界に入ってきたのは懐かしさすら感じさせる2-B教室。愛すべきマイルームだ。
机の上では一頭の虎が丸くなっていびきをかいている。布団ではない。確か五日目に先生が拾ってきたはずなのに。
息をしっかり吸い込んで実感した。
――生きている。
口に出して再度確認する。
――うおおおおお!! 生きてるぞおおおおお!
立ち上がって力強くガッツポーズをする。つぶれていた半身にもしっかり感覚が通っている。
――生きてるよおおおおお!
ひとしきり騒いだあと気が付いた。
…………起きないな、先生。モニャモニャ寝言を言っているところを見るに生きてはいるんだろうが、これだけ騒いでも爆睡できる彼女には呆れを通り越して畏敬の念すら覚える。
それともそれだけ疲労しているのだろうか。
いや、この人が疲れるなんてことありえないな。エネルギーの塊みたいなもんなんだし。
改めて現状を確認するが、やはり
……自分は生き返った、のだと思う。
にわかには信じがたい話であるが、そうとしか思えないのだ。
第一回戦決戦日。自分は確かに死んだ。慎二のサーヴァント、ライダーの宝具の砲撃の直撃を受けて。
右半身など、生きていても二度と使い物にならなそうなほどグチャグチャになっていた。喉は岩の破片が突き刺さったのだろうか、発声するどころか呼吸すらままならない状態だった。思い出したくもないが、残念なことに脳裏に焼き付いてしまっている。出血のせいか徐々に思考できなくなっていくあの感覚はおそらく一生忘れられないだろう。
当然それまで死んだことなどなかったが、それでもあの深い沼に落ちていくような感覚はまさしく死だったと思う。
もう一度言うが、確かにあの時自分は死んでいた。
しかし、今自分はこうしてここにいる。それならば生き返ったという発想は至極当然なモノだ。なによりそう思わせる根拠がある。
死後の世界のことだ。
なんというか、すごいモノを見せられたのだ。
板張りの道場。部屋の奥にはこれ見よがしに掛け軸なんてものまでかかっていたし、壁の窓から差し込んできていた陽光も相まって、あれはまさしく剣道場だった。死後の世界が剣道場だったとは、なんとも斬新すぎる。
生きて地上に帰れたなら、本にしてみるのもいいかもしれない。なんて、希望的観測。そんな都合良く行けばよいのだが。
そして死後の世界の思い出その二。
現れた銀髪の少女。体操服にブルマという姿が壊滅的に犯罪をにおわせていたが、それでもなお純粋に可愛らしいと思える容姿をしていた。あともうひ一人ナニカいた気もするが、まあ気のせいだろう。
その弟子一号と呼ばれていた少女もまた、自分が死んだ者として扱っていた。あと主人公がどうとか、出番がどうとか良く分からないコトを言っていたが、彼女の話と照らし合わせてみても、自分は生き返ったという話に筋が通ってくる。
不意に目の前に何かノートのようなモノが落ちていることに気が付いた。
布団代わりに敷いているダンボールの上に於いて、異彩を放つ緑。激しく見覚えがある。
恐る恐る手に取ってみると、果たして予想は的中していた。
『ジャプニカ暗殺帳 ~ふくしゅう~』
ナントカ学習帳に酷似したデザイン。名前の欄に、頭の痛くなるような稚拙な平仮名で、ふくしゅう、と書かれている。
ああ、これはあの死後の世界で手渡された、弟子一号ちゃん曰くスタンプカードのようなもの、そのものだ。改めて観察してみる。
表紙絵には、微笑ましくなるようなタッチで描かれた残酷な構図のポンチ絵。中心でロープに首を吊られてぶら下がっているのは、言うまでもなく自分なんだろう。それを中心に背景はいくつかのゾーンに区切られている。その大半は黒く塗りつぶされていたが、左上の区画にライダーと慎二と思しき絵が描かれていた。
おそらく、自分を殺った人物がこの黒い部分に追加されていくのだろうなと予想する。同時にその分割された区画の多さに恐怖する。
…………いったい自分はあと何回死ななくてはならないんだ。
「んー、おっはよー」
自分の未来の見通しの暗さに嘆息していると、机の上の虎が大きな欠伸と共に目を覚ました。冬眠明けの熊のようにノソノソと机を降りてこちらにやって来ると、こちらの手元にあるノートを見て一言。
「うっわ、なんか趣味の悪いノートねー。そんなのいつ拾ったのよ?」
なんだろう、微妙に違和感を感じる。
確かに最初コレを手渡されたとき先生はいなかった。
しかし、よくよく考えてみれば弟子一号ちゃんはたしかに言っていた。
自分より前にあのコーナーに通っていた人物がいると。そしてこのノートはスタンプカードのような物。ならばこのノートにまったく見覚えが無いというのはおかしくないだろうか。
試しに質問してみる。
――あの、さっきのアレって、もしかして宝具ですか?
「…………なんのことかしら?」
首を傾げる藤村大河。
しばらくして、得心がいったとでも言うように、ポンと手を叩いて、
「あ、なーるへそ。さっきの私の寝起きシーンが宝具級に可愛かったってことかしら? やだ、もう照れるわ岸波君。お上手なんだから」
身体をくねらせる藤村。
その光景から目を背けて、眉間を押さえる。
この状況を打破するには、
――――助けて橙子さん!
▼
教会の扉を叩くように開いて、中に走りこむ。
――橙子さん! 大変!
「なんだ、朝っぱらから騒々しいな」
――サーヴァントについて相談したかったらいつでも来いって言ってましたよね!
気怠そうに電子煙草をふかしていた橙子さんは、こちらのその言葉を聞いて目の色を変えた。
「おっ! 早速か!!
来い、話を聞いてやろうじゃあないか! 青子、人払い」
その豹変とも言うべき姉の変化に目を丸くする青子さん。
そんな彼女にも会釈をしてから、自分は事の顛末を話し始めた。
「青子、どう見る?」
時折質問しながらも終始興味深げに話を聞いていた橙子さんは、こちらの報告を聞き終えたあと、珍しく青子さんに話を振った。
「……、にわかには信じがたい話ね。
でも、もしそれが本当なら――」
「いや、本当さ。そこは私が保証してやってもいい」
あくまでも仮定に留めようとする青子さんに、橙子さんは意気揚々と口を挿む。
気のせいかも知れないが、少し楽しんでいないだろうか。というかどうして橙子さんが保証できるんだろう。
「姉貴がそんなこと言うなんて珍しいわね」
「いいから言ってみろ」
顎に手を当てて考えるそぶりを見せる青子さん。
しばらくして結論が出たといった風に顔を上げた。
「たぶん第二の領域ね。私の方だったら記憶が残ってるのはおかしいし、何より効率が悪すぎる。
それに、あの爺さんなんだかんだ弟子取ったり礼装残したり手広くやってるからね。派生がいるのはそこまで突飛な考えじゃないと思う。……いや、まあそれにしては効果が大きすぎるけど」
な、何を言っているんだこの人は?
「だろうな、私もそう思った。
まぁ、結論は彼が違う道を辿れた時に出せばいいだろう」
大きく頷く橙子さん。
全然ついて行けない話を当事者の前で平気で繰り広げるあたり、この二人はやはり姉妹なんだなと実感する。
「でも、もう一個可能性があるのよね」
「ほう? なんだ、言ってみろ」
「話の中に『アインツベルン』って出てきたでしょ? 前に第二の爺さんに聞いたんだけど、なんでも第三法の担い手がそのアインツベルンってところらしいのよ。千年くらい前に失われたって話だから爺さんも内容は知らないらしいんだけど――」
「つまり、内容が分からない第三が全ての説明をつけるかもしれない、ということか……。
アインツベルン、協会ではあまり聞かなかった名前だが」
「なんでも錬金術の大家らしいわ。協会との接触を絶って、独自に血を重ねてきたんじゃない?」
「旧家に良くある傾向だ。まぁそれも今の世では没落しているんだろうが……、
二人で顔を突き合わせて、あーでもないこーでもないと議論を続ける二人。ここに先生がいれば空気を読まずに突っ込むんだろうが、残念なことにその勇気が自分には無い。
「そうだ、その『ジャプニカ暗殺帳』なるものを見せてもらっていいかしら? あるんでしょ?」
唐突に青子さんに声をかけられる。
言われた通り、素直に手渡した。
「うわ、見てこれ姉貴。懐かしい」
「青子、シールはあるか? あの全然必要ないシールだ。ほら、お前が欲しいって泣き喚いたやつ」
「う、うるさい! よくそんな昔のことをネチネチ覚えてるわね!」
なんだか微笑ましい光景が広がっている。
目を細めてニヤニヤとからかう橙子さんと、恥ずかしそうに顔を赤らめて叫ぶ青子さん。
ちなみにシールが貼ってあるのはジャ〇ニカではなくca〇pusである。ジャ〇ニカは記号リストみたいなのと、動物の生態みたいなページがあるだけだ。
「どう?」
「解析できん。正直色々と実験してみたいが、万が一にでも宝具の発動を阻害でもしてしまうことになったら困るしな」
一通り眺めたあと、橙子さんはこちらにノートを返してきた。
それに返答するように、久しぶりに出てきた知っている単語に突っ込む。
――宝具?
「ああ、そうだ。君のサーヴァント、藤村大河の宝具のおかげで君は今そこに立っていられるんだ」
「まったく
――時間旅行?
「あら、気付いてなかったの? 今日
――な、なんだってーーー!
「まったく、羨ましい限りだな。どちらも人の身ではそう体験できるものでは無いぞ」
本当に羨ましそうな顔を見せる橙子さん。
その姿を見てある記憶が甦ってくる。それは決戦日当日、エレベータに乗りこむ直前に応援しに来てくれた橙子さんの言葉だ。
『それじゃあ、あんまり気負う必要ないから、ちゃっちゃと行ってきなさい』
今思えばあれは『行ってきなさい』というより『逝ってきなさい』と言っていたのではないか。
そう考えると、始終薄ら笑いを浮かべていたことにも理由が付く。
さらに昔の記憶も呼び起こされる。
初日、橙子さんに先生を診てもらった時に彼女は言っていた。宝具が素晴らしいと。それはつまり宝具を知っていたということになるんではないだろうか。
結論からして、あの時の橙子さんは別に自分をリラックスさせに来てくれていたわけではなくて、どうせ死ぬから生き返ったあとに報告しに来てねと釘を刺しに来ていたのだ。
……鬼か!
「鬼とは失礼だな。別に構わんだろう? どうせ生き返るんだし」
――いや、普通嫌ですって!
「そうか? 私なら宝具が分かった時点で大喜びすると思うが。なにせ無駄な労力が必要ない。適当に決戦日を迎えて、敵の宝具と真名を知る。あとは一日目から積み直せばいい。これで完勝だよ」
「……あのね、それは確かに合理的だけど、普通そんな風に考えられないもんよ。姉貴はちょっと異常」
冷静に突っ込みを入れる青子さんに首を傾げる橙子さん。この人ちょっとヤバいんじゃないだろうか。
「ふん。まあ、そこは好きにするといい。それで、話はそれだけか?」
言われてここに駆け込んだ本来の理由を思い出す。藤村大河がどうやら道場の記憶どころか三日目以降のことを覚えていないのだ。
「……ふむ、使用者が自己の同一性を保っていないのか。いや、それとも記憶の再認障害か」
「後者だと思うわ。初日もそんな感じの話してたでしょう?」
「うん、それが正解だろう。なに、安心しろ岸波。あの人なら記憶の有無もたいした問題じゃないだろう?」
どういうことだ、まったく否定できない。
「ま、何にせよ事例は多い方がいい。どんどん死にたまえ」
楽しそうにうんうん頷く橙子さん。笑えない冗談だ。
それに重ねるように青子さんが尋ねてくる。
「それで、どうするのこれから?」
これからどうするのか。
そう、それが今一番重要だ。このまま安穏と過ごしていたら、きっとまた弟子一号ちゃんに説教されることになるだろう。それは出来れば避けたい。
彼女に会うことは別に構わないのだ。ただ、彼女に会っている時点で、もう一度命を落としているということになる。正直あの死に向かう感覚は二度と体験したくない。
ならば、どうすればいいか。
弟子一号ちゃんは確か、
――あの、魂の改竄っていうのをしてみたいんですけどどうすれば。
「あら、直球で来たわね。
魂の改竄なら私の仕事だけど――」
「やめておけ。そこの女の腕だと危険が大きい」
途中で割り込んできた橙子さんに、その真意を尋ねる。
「言葉通りの意味だ。この間もサーヴァントをG化させた挙句破裂させてしまっていたしな」
――破裂!?
「ちょ、あれは――」
「うるさい。他の主従ならいざ知らず、君達がいなくなると私が困る。この退屈な日々に潤いが無くなってしまう」
言葉の意味は理解していたが、なんというかドキリとする言葉だった。
だがそれなら自分はいったいどうすれば……。
「なに、別に諦めろと言っているわけではない。改竄なら私がやってやろう」
「ウソ……、アンタ仕事が忙しくてって他のマスター断ってきたのに。仕事とやらはいいの?」
「あのな、確かに私は仕事が忙しいとは言ったが、別にそれが理由で断ってたわけじゃない。純粋に面倒くさいからだ」
「いや、『こう見えても私は忙しいんだ。改竄ならそこの女に頼め』って言われたら普通……、って私が気にすることでもないか。私もそれが仕事なんだし」
確かに二つの文を繋げる接続詞は無いな……。屁理屈だけど。
――とにかく、そういうことならお願いします橙子さん。
「ああ、感謝するといい。私ならそこの女の数倍は効率よく改竄できるからな」
「ぐっ、……悔しいけど事実ね」
拳を握りしめて歯噛みする青子さん。しかし、今の話を聞くに、もしかしたら自分は相当恵まれているのかもしれない。
「っと、そんなことを聞いたわけじゃないのよ。改竄するのはいい手だとは思うけど、それ以上にすることがあるでしょ。
本当ならこんなことマスターには言わないんだけど、アナタほっとくと一回戦中何回もここに来そうだから」
何を言いたいんだろうか?
「……まったく。
いい? 改竄なんて本来気休めでしかないの。この短い期間で埋められる差なんて大したものじゃないんだから、数日頑張ったからってすぐにジャイアントキリングできるわけないでしょ。で、その差を埋めるのが情報ってわけ。
聞いた限りじゃアナタ全然それが分かってないみたいだし、このままだとまた死ぬわよ」
――それは、困ります。
彼女の言わんとすることは分かった。いや、何より自分でもこのまま行っても勝っているイメージが湧かないのだ。
しかし、ならばどうすればいいのかが自分には分からないのだ。
情報を活用する、と言っても活用の仕方がてんで思いつかない。
「……はぁ、自分であまり自分で考えようとしないのはアナタの悪い癖よ。いえ、それともそれが若さってことなのかしら」
青子さんはまるで出来の悪い生徒を諭そうとする先生のように見える。しかし申し訳ないことにその生徒は出来が悪いなんてものじゃないのが現実なのだ。
頭を押さえる青子さんの代わりに橙子さんが声をかけてくれる。
「そうだな、逆に聞くが今お前は何を知っている?」
何を知っているか、と言われても。
目をつぶって敵のライダーに思いをはせる。
――赤い髪に、女性としては高い背。顔に傷があって、船乗りっぽい服を着ている。でも言葉の端々に感じる豪快さや、言動からしてたぶん海賊だと。
「ああ、それから?」
橙子さんもまた目をつぶってこちらの言葉を促す。その間青子さんはずっと黙ってこちらの話を聞いている。
記憶を決戦日へ連れて行く。
――ああ、あと拳銃を使ってました。それも二挺。結構な腕前で……あ、カットラスも使ってましたね。
脳内で決戦の記憶を再生していく。
――そうだ、名前も言ってた! テメロッソエルドラゴとかなんとか。それで、宝具は船でした。大きなガレオン船、周りにたくさんの小舟が。
このぐらいかと。
「まだだよ、大事なことを忘れている。そのサーヴァントのマスターは誰だ?」
――慎二です。間桐慎二。
その言葉を最後に大きく息を吐いて目を開く橙子さん。心底呆れた、といった表情をしている。
「……ドレイクか。ただの無能かと思っていたが引きだけはいいらしい。
……ま、内容はともかく、情報とはまずこのように要素として抽出しておくことが重要だ。そこから他の要素との相互関係、重要度のランク付け、そしてなにが必要か必要ではないかの取捨選択をしていく。
……それにしても、これだけ分かっていたら否が応でも対策は思いつくだろう、普通」
――う、面目ない。
「ったく。ま、今言ったことをたいていのマスター達は七日間で済ませて決戦場に赴くだろう。いや、そもそも他の連中はその情報を集めることに全力を尽くさなければならないんだ。そういう点から見てもお前は恵まれているよ。……ああ、なに責めているわけではない。そこはお前のアドバンテージであることには違いないんだから、有効活用しなさい」
再び煙草をふかし始める橙子さんを見て、感謝の念がこみあげてくる。確かに性格は歪んでいるかもしれないが、この人はやっぱりいい人なんだと思った。
▼
きちんと礼をしてから教会を出ると、そこでまたあの怪しい人物と出会った。初日に教会前で出くわした緑髪の大男だ。
「ふんふふーん。今日も拙者は求道僧~。YAMAに籠って~薪を割る~」
歌を歌っていた。
致命的に音を外しているが、そんなことは知ったことではない。彼からあふれる圧倒的狂気を感じてすぐに教会の扉の前から逃げる。
関わって良いことは無いだろう。
そんな自分を見ても素通りする大男。彼はそのまま、その丸太のような両腕で意気揚々と教会の扉を押しあける。最後にもう一度こちらを一瞥してから、のしのし教会の中に入って行った。
魂の改竄とやらをしに行ったのだろうか? 初日もココで会ったということは、もしかしたら勤勉に鍛錬を積んでいるのかもしれない。
さて、これからどうしよう。
今日は
……無理じゃねえ?
少し考えてその結論に至る。
あの見上げるばかりの巨大な船、こちらは英語教師(剣道五段)。ジャイアントキリングにも程がある。いや、確かに剣道五段は予想以上のものがあったし、そこは本当に認めている。でもそんなもので覆せる力量差なのだろうか?
思えば慎二ですら、魔術師として戦闘に少し参加していた。だが、自分にあんなことは出来ない。精々礼装で回復を手伝うくらい。
自分達が勝っている姿が想像できない……。
いや、無理でもなんとかしないといけないのだ。さもなくば、またあの死の恐怖を味わうことになる。あれは本当に二度と御免だ。
ならばどうするべきか。
魂の改竄?
それも必要だろう。ゼロに近い可能性を1にするには、やはり魂の改竄は必須だと思う。
ただ、青子さんも言っていたようにそれだけではやはり無理だろう。虎の地力が上がったとしても、あの集中砲火に対処できるようになるか?
……まずい、出来そうだ。
いや、ないない。この甘い発想が自分を一度殺したのだ。やはりそれ以外の対策は必要だろう。
『………そうそう、最後に一つアドバイス。今後戦いを乗り越えていく上で、一人会っておいた方がいい人物を紹介するわ』
唐突に道場で言われた言葉を思い出した。弟子一号ちゃん曰く、聖杯戦争の水先案内人、だったか。
正直信じる根拠もないが、その人なら何か教えてくれるかもしれない。
確か名前は…………
▼
一階から順々にその『トオサカリン』なる人物がどこにいるか聞いて回る。ついでに風評も。
居場所を知っている人物はいなかったが、どうやら彼女は相当な有名人らしく、その名前を知らない者はいなかった。
――トオサカリンってどんな人ですか?
「まぁ一言で言うなら、テロリスト?」
「女王」
「あかいあくまだな」
「強い」
「女帝」
「赤い、ですかね?」
「優等生よー」
「筋金入りの守銭奴じゃん」
なるほど、分からん。
みんなたいして考えないで答えてくれたということは、おそらく彼女の鮮明に残る印象を答えてくれていたんだと思うのだが……。それにしてもブレすぎだろう。
もしかしてみんな違う人物のことを連想していたのかも知れない。いや、それにしてもテロリストってなんだテロリストって。
正直今の自分の『トオサカリン』のイメージが、ボンテージを着て機関銃を構えるゴリラなんだが。……うん、会いたくない。
なんだかんだと屋上までやってきてしまった。
空一面に広がる青に目が眩むことは無い。吐き気を催すような1と0の羅列から目を逸らすと、どうやら屋上には先客がいたらしい。
赤い少女が広い屋上の中、一人ぽつんと隅っこの方で校庭を見下ろしている。
彼女に聞いてひとまず終わろう。
ゆっくりと少女に向かって歩いていると、不意にこちらを向いた少女と目が合う。何を思ったかその少女もまたこちらに向かって歩き始めた。
「そういえばキャラクターの方はまだチェックして無かったわね」
距離が近づいても一向に速度を緩めない少女。このままではぶつかると思って足を止めるが、彼女の方は変わらず進んでくる。
鼻先数センチまで近づいてきた少女はそのままこちらの顔をジロジロ見る。
普通なら顔をすぐ離すべきなんだろうが、自分は逆に息もせず彼女の顔に見とれてしまっていた。
すっと通った鼻梁に、切れ長の鋭い眼。その長い睫も、サイドにまとめたツインテールも、闇夜を讃えたかのような混じりけのない漆黒。少女のような可憐さと、大人の色気が奇跡的に両立している。
純粋に可愛い、そして綺麗だと思った。
「あら、NPCのくせに一丁前に顔赤くしちゃって。なんかこっちまで恥ずかしくなってきちゃうじゃない」
そう言ってこちらの顔に手を伸ばしてくる少女。自分の顔がどんどん紅潮していくのを感じる。
なんというか、ここに来て初めておいしい思いをしている気が――
「はーい、不純異性交遊禁止―! 踊り子さんには手を出さないでねー」
突然眼前の少女が自分から引きはがされる。非常に聞き覚えのある声と共に……、
「ふえっ!? ちょ、なに?」
「なに? じゃないわよこのエロエロツインテール! 大きな猫かぶってるくせに隙あらば誘惑なんて、ちょっと節操なさすぎるんじゃない!?」
「ア、アナタ確か一階にいた上級AIのフジムラ――」
「タイガよ! あーー! 分かった、分かっちゃったわ私! 遠坂さん狙ってるんでしょう!? 私のヒロインポジ!」
――は?
「はあ? いったい何の話して――」
「誤魔化されないわよ! 折角獲得したこの立ち位置、旧ヒロ――もがっ」
目を白黒させる少女を前に、慌てて先生の口をふさぐ。
――勘弁して下さい。そんなポジション獲得してませんから。
「ちょ、何ランサー? 何笑ってるのよ!?」
少女もまた混乱した様子で誰かに向かって叫ぶ。おそらく霊体化させているサーヴァントが隣にいるのだろう。
悲しいことに、この場で正気を保っている人間はいないようだった。
「それじゃあ、貴方はNPCじゃなくてマスターの一人ってわけなのね…………はぁ。だったらさっきの私って――」
少女は一人頭を抱える。話を聞くに、どうやら彼女はこちらのことをNPCだと思い、そのモデリングやら何やらを調べようとしていたらしい。
人間として見られていなかったというのは少しショックだが、それでもさっきは本当にドキドキした。邪魔が入らなければ感触の調査すらしようとしていたという。
正直非常に惜しいことをした、というか藤村許すまじ。
「ち、痴女っていうな!」
「お! 良く言ったお兄さん! もっと言ってやれ!」
腕を組んでうんうん頷く藤村大河。どうやらまた霊体化したサーヴァントに話しかけているらしい。
「ちょ、貴女。いくらNPCだからって、霊体化しているサーヴァントに話しかけるのは情報漏洩の観点からして公平じゃないんじゃない?」
「ちげーよ嬢ちゃん。そのお姉ちゃんはサーヴァントだぜ」
「は?」
光の粒子と共に、少女の隣に一人の男が現れる。
例えるなら、まさしく野生の肉食獣のような男だった。すらりと伸びた長身に、服越しからでも分かるしなやかな筋肉。どこか飄々とした表情を浮かべているが、その瞳だけは荒々しい野性の炎を灯している。
そんな彼の言葉に便乗するかのように名乗りを上げる藤村大河。
「そう! 私がこの岸波君のサーヴァント! よくもうちのマスター色目使ってくれたわねぇ!」
「え、嘘。本当に!?
というか、さっきのはそこの彼にも責任あるでしょう! マスターのくせにNPCより影が薄いってどういうことよ!」
――う、面目ない。
「そこで引くな若人よ! 謝ったら負けよ! 訴訟を起こされて身ぐるみ剥がされちゃうわよ!」
「大体、普通あそこまで近付かれたら距離をとるでしょう普通!」
言われて赤面する。とても彼女に見とれていたなんてことは言えない。
いったいどんな罵声を浴びせられるか分かったもんじゃない。
「ハハ、そんなん決まってるだろ。嬢ちゃんに見とれてたんだよ」
うおおおおお! 直球で言いやがったあのサーヴァント!
「はぁ? そんな訳、って…………本当にそうなの?」
「はっ、まさか! 美人女教師ルートにそんなイベントありませーん」
隣で喚く先生をスルーしてこちらを見つめてくる少女。
自分はこの空気に耐えきれずに、思わず正直に頷いてしまった。
「バカな……。盤石な筈の私ルートが――」
「……はぁ。ま、悪い気はしないわね。……ありがとう」
予想外にしおらしく答える少女に驚いた。隣では彼女のサーヴァントがニヤニヤと成り行きを見守っている。腹立たしい奴だ。
残念なことに、主である彼女の顔は紅潮するどころかどこか呆れたような表情を浮かべていた。
「でもね、そんな甘い覚悟でこの戦いに参加してると、死ぬわよ」
どこか冷酷さすら見て取れる目つきでそう言い放ってくる少女。返す言葉が無い。なにせ、すでに一度死んでしまったのだから。
「ふぅん。現実だけは受け止めてるんだ」
「一回痛い目に遭ったって顔してるぜ坊主」
そう言って破顔する少女のサーヴァント。だがこちらとしては笑い事ではない。
そんなにわかに重くなり始めた空気を、少女が明るい声で自ら打ち消した。
「ま、そんなことは私が気にすることじゃ無いわね。
それじゃ、改めてさっきはごめんなさい。私は遠坂凛。で、こっちはランサー。あなたは?」
先程の鋭い眼つきをひっこめて、鮮やかな笑顔で遠坂凛は自己紹介をした。
それを見て、彼女の名が聞き覚えのあるもの、というか探していた本人であるとか、そんなことは全てどうでも良くなってしまった。
ただただ、その笑顔につられて名乗り返してしまう。
――岸波白野。
「俺のこの手が真っ赤に燃える! 勝利を掴めと轟き叫ぶ! 爆熱! 私の名は、フジ――」
「そ、よろしくね岸波君。
あと、サーヴァントにはしっかり首輪をつけておくことをお勧めするわ」
――あ、はい。
「ハハッ、おもしろいな姉ちゃん」
「ぬう……解せぬ」
まるで動揺せずに先生をスルーして見せた遠坂凛に感心する。
なるほど、ああすればいいのか。
「それじゃ、私行くから」
「じゃあな、坊主」
――あ、ちょ、ちょっと待って!
▼
「はぁ? 私を紹介されたぁ?」
――はぁ。このままだとお前死ぬから、トオサカリンを頼れって言われて。
「誰よそんなこと言ったの」
――弟子一号? とか言ってた。
「まずいわ、全然知らない人。っていうか本名は……、ああそう、知らないのね」
何なのよ、と頭を抱える遠坂凛。
こちらとしても詳しい事情を話すわけにはいかないのでどうしようもない。
「大体貴方もおかしいと思わないの? こんな話聞いて、素直にはいそうですかって協力してくれると思ったの?」
――いや、良く考えたらおかしいし、協力してもらえるとも思わなかった。でも可能性があるならそれを捨てることなんて出来ない。一つでも手を抜いたら本当に死んじゃう。
「あああもう! 何なのよそれ!
それに聖杯戦争の水先案内人って何よ! 私だってこんな戦い参加するのは初めてなんですけど!」
「まあいいじゃねえか別に。情けをかけてやれってわけでもねえが、余裕もあんだろ?」
意外なことに助け船を出してきたのはランサーだった。だがその表情を見るに、今の発言はまったく言葉通りの意味らしい。
彼にとって、マスターが岸波白野の手助けをすることは、道端で小石を拾うような些末事。拾うことに意味は無いが、かといってそれが重荷になることも無い。
「……ったく。いいわよいいわよ。聞いてやるわよ。
それで、何が知りたいの?」
――いいのか?
自分でも本当に了承を得られると思っていなかったのだ。思わず逆に聞き返してしまった。
しかしそれが彼女の神経を逆なでしたらしい。美しい形の眉がみるみる吊り上っていく様を見せられて、自分もこれ以上確認を取るのは諦めた。
そうだ、感謝こそすれ疑うのは相手に失礼というものだ。
――情報の運用? っていうのが分からないんだ。聞けばどのマスターも当然のように出来ることらしいんだけど。
「あら、意外とまともな質問ね。もっとシステム的なレベルの基礎を聞かれるかと思ったんだけど」
「それならさんざん他の人に聞いて回ったわ、あはは」
――ちょ、いらんこと言わないで!
「あぁ、そう。…………私ラッキーだったのか」
「乗せられてるぜ嬢ちゃん。話を続けな、坊主」
――ああ、そうだ。相手の真名も宝具も分かったんだけど、いかんせんだからなんなの? って感じで……。
自分のこの一言で遠坂凛の様子が豹変する。
「え!? もう真名も宝具も看破したって言うの!? まだ三日目じゃない!
…………いや、待って。相手ってもしかしなくても」
――慎二だ、間桐慎二。
「あ、やっぱり」
どうやら得心がいってしまったらしい。
慎二、意外と有名人なんだな。
「どんだけ現実見えてないのよ。三日目ですでに宝具見せちゃってるとか……、本当に勝つ気有るのかしら?」
――どういうことだ?
「バカね、聖杯戦争は一回勝ってはい終わりじゃないのよ? 早いうちから宝具を開帳してたらどこからその情報が漏れるか分かったもんじゃない。漏れた情報から対策なんていくらでも立てられるんだし、そういう意味でも宝具は最後の切り札なの。一回戦突破しても、二回戦で相手が自分の宝具に完全な対処をしてきたらもうそこでお終いじゃない! お分かり!?」
早口でまくし立ててくる遠坂凛にガクガクと頷く。とりあえず情報の重要性というのは伝わってきた。
そんな彼女をからかうようにランサーが口を挿む。
「ハっ、嫌がってた割には熱心に指導してやってるじゃないか」
「やっぱり、狙ってるのね……」
「え、ちがっ! こ、これは間桐慎二の迂闊さに腹が立っただけよ! 三日目で相手に情報全部筒抜けとか本当に――! ……って、私が腹を立てる必要なんてないじゃない。はぁ、心の贅肉だわ」
忌々し気に頭を押さえる遠坂凛。
それを見て自分がちょっと迂闊な発言をしたコトに気が付いた。
良く考えれば慎二はこの時間軸で自分に宝具を見せていないのだ。最悪真名は容姿から判断できるとはいえ、というか判断したと言い切れるが、宝具ばっかりは誤魔化しがきかない。
今回は相手が迂闊さで有名な慎二君だったから怪しまれなかったとはいえ、今後今回のように、知らない筈のことを知っていたなら、その情報の入手経路を怪しまれることになる。そのまま回りまわって先生の蘇生宝具の存在がバレ、最悪封じられでもしたら今度こそお終いだ。自分はおそらく何も抵抗できずに捻り潰されるだろう。
このことは肝に命じておかなくては……。
「ごめんなさい、取り乱したわ。
それで、対策の仕方なんだけど……、ってちょっと、聞いてる?」
――あ、ああ聞いてるよ。
「そう、ならいいんだけど。
そうね、図書室に行くことをお勧めするわ」
至極まともな表情で言い放ってくる遠坂凛に、思わず首を傾げる。
――図書室に武器でもあるのか……?
「あ、分かった。アンタバカでしょ」
「ハハハハハ! これは単に戦慣れしてないだけだとは思うが……いや、それにしても今のはセンスあったぜ坊主!」
どうやら自分は一斉にバカにされているらしい。思わずむっとした顔つきになって質問し返す。
「あのね、悪いけど図書室に武器は無いわ。でも扱い次第では武器より役に立つ」
――それはどういう。
「意外とみんな分かってないんだけど。二階の図書室はね、図書室という体だけど、本当はムーンセルの情報庫みたいなものなの」
――はぁ。
「ムーンセルって地上の全ての事象を観測してきてるわけじゃない。ほら、それってつまり」
――手に入らない情報は無いってことか!
「そ。……と言ってもまぁ、アクセスに権限が必要な情報だってあるだろうから一概に全てとは言えないんだけどね」
――つまり、名前が分かってればそこで敵の弱点とかが分かるわけか。
「はい、やっとたどり着いてくれました。まぁ貴方魔術師としての実力はアレっぽいから、対策って言っても出来るのはこのくらいなところでしょうね。
本当なら物理防御とか結界とかいろいろあるんだけど、あんまいろんなことやろうとしても上手くいかないでしょ」
――ああ、自信を持って言える。絶対できない。
その言葉を聞いて溜め息をつく遠坂凛。だがこちらとしては収穫があった。
アリーナで鍛錬を積む前に図書室へ寄ろう。
「はい、それじゃこのくらいでいいかしら。これでそのなんとかちゃんへの義理も果たしただろうし、私もう行っていい?」
そう尋ねてくる彼女にあわてて頷く。本当にずいぶん時間を取らせてしまった。
踵を返そうとする遠坂凛を見て、大切なことを言い忘れていたことに気が付いた。
――遠坂!
「まだ何か?」
――ありがとう!
彼女は一瞬驚いた表情を見せ、呆れたような顔でこう言った。
「他人にあんまり隙を見せちゃダメよ。その甘さは本当に命取りになるから」
捨て台詞のように呟く遠坂凛。そのままランサーを連れて屋上から出て行った。
「最後にぶっとい釘刺してきたわね。でもね、岸波君。私負けないわ。
絶対このヒロインの座を――」
そんな椅子座らせた覚えないぞ。
勘弁してくれ。
「よお、結局たいしたこと教えてやんなかったな。向こうはたいそう喜んでたみたいだが」
「ええ、悪い? 彼も敵になることは十分あり得るんだし、それを鑑みても十分出血大サービスよ」
「ハハ、なんだかんだ抜け目がない。
ま、戦うことになったら容赦はしないが、それまでは仲良くしてやっていいんじゃないか? それともさっきのは照れ隠しか……」
「冗談、それこそ心の贅肉よ」
「……なあ、いつも思ってたんだけどよ。ソレ、そういう意味だ? 嬢ちゃんが太るってこ――」
「令呪使うわよ? 二度と納豆とオクラしか口に出来なくさせてあげてもいいんだけど」
「スマン。俺が悪かった」
アオアオシスターズが優しすぎますね。
一応橙子さんは暇つぶしのため、青子さんは何回も来られたら困るからということで。
一回戦が終わればもっとサクサク行きます。