「それは……どういうことでしょうか?」
薄暗いホール内ははざわめきに包まれた。無理もない。彼らの正面に立つ白髪の少女……最高権力者ヴィクトリア・ブレイブからは、それほどに衝撃のある言葉が発せられたのだった。
「あぁ、そうだ。私はここにいるアエテルニタスと共に、対災厄戦へ参加する」
「それは……災厄との取り決めを破棄すると言うことですか」
「いや、彼らに敵対するのは私たちのみだ。君達も知っているように私は”力”の所持者だ。私は君達、死神機関を離れ、”勇者”として対災厄戦に向かう。君達が気に病むことはない。引き続き死神としての任務を続けて欲しい。私が不在の間の指揮系統については……」
「おい、少し良いか」
すると、整然と並んだ黒フード……死神の正装である……の中から一本の腕が挙げられていた。その手の主は周囲の死神を押し退けながらヴィクトリアの前へと歩み出る。
「……君は……B056……あぁ、どうかしただろうか」
「ヴィクトリア、わざわざ聞いてやる必要はねぇ、てめえもだ、失せろ」
だが、彼女の隣に立つ二振りの刀を持つ黒髪の少女アエテルニタス・ノックスが制した。彼女は脅すような視線を歩み出た上級死神に向ける。
それを見た最前列の死神達は、それが自らに向けられたものではないと分かっていたとしても戦慄を隠しきれなかった。それほどに恐ろしく、鋭いものだった。
「アエテルニタス、そんな事を言うものではない。すまない、君を遮ってしまったな、言ってくれ」
ヴィクトリアが言う。彼女の前に立つ者は顔こそフードで見えなかったが明らかに動揺したようすだった。しばらくの沈黙の後その者は下手な敬語で話し出す。
「……聞きたいことは幾つかある……のですよ。ヴィクトリア……様?まずは、黒い死神アエテルニタス、奴はなんだ……ですか?」
「あぁ、彼女か?心強い味方だ」
「そう言うことじゃねぇ……無くてですね」
「つまり、彼女が何者で、どういう経緯で仲間となったのか。詳細を教えていただきたいのです」
するとその者の後ろから声が上がった。そこに注目が集まり、位置が分かる。それはどうも死神達の列の後方が源らしかった。声は続ける。
「彼女について上級死神の間でそれなりに話題になっていることですので、勿論、ヴィクトリア様を疑うわけではありませんが、一応機関の幹部たる我々は、得体の知れない人物に最高権力者を任せると言うのは……面子がたちませんので」
「うるせぇよ、そんな必要はねぇ」
先に反応したのはアエテルニタスであった。変わらない表情に、明らかな殺意を浮かべ、死神達の列を睨み付ける。だが、ヴィクトリアは腕を組み、考え込むように俯く。
「……アエテルニタス、止めるんだ。分かった。それは当然の疑問だろう。では上級死神のみ、残ってくれ。指揮系統もそこで詳しく説明する。では、それ以下は解散してくれ」
彼女は顔を挙げ、手を振る。するとホール後方の両開きの扉が開け放たれ、外界の肌寒い風が吹き込んでくる……始めに動いたのは最前列の死神達だった。アエテルニタスの殺意を突きつけられ、居ても立っても要られなくなったのであった。ある者はそそくさと、ある者はぞろぞろとホールの外へと出ていく。
それなりの時間の後、残ったのは十数人の死神達、死神組織の幹部であり、最高権力者ヴィクトリア・ブレイブに直接の忠誠を誓う者達であった。
ヴィクトリアは大きく息を吐くと、彼らに向き合った。
「……あぁ、まずはアエテルニタス、彼女についてだ。」
「止めろ……ヴィクトリア、止めろ!!」
再びアエテルニタスが遮る。だが、それを制し、彼女は続けた。
「君達と同じようなものだ。彼女は私達の死神機関ができかけの時に私達の仲間となった死神だ。対災厄戦に関しては特に戦闘能力に秀でるため彼女の力を借りることとした。」
「何故です?それならばこれまで秘匿していた意味とは?戦闘力に長けているのであれば、然るべき組織がありますが」
彼女の前に立つ内の一人が口を開く、次いで他の者達も頷いた。
「あぁ、彼女については厄災関連の調査などを秘密裏に進めてもらっていた。これも厄災と私達の機関が対立するのを防ぐためだ。だが、はぐれ者の死神であれば捕まっても影響は無いだろう。そう言うわけで、彼女には幾らかの情報収集を行ってもらっていた。下手な誤解を避けるため君達にも伝えないでおいたんだ。彼女についてはそれぐらいだ。他に何かあるのだろうか」
口を開くものはいなかった。数人まだ府に落ちぬ顔をするものもいたが、質問がないと分かるとヴィクトリアは言った。
「では、本題だ。私達の不在の際の指揮系統についてだが……」
ーーーーーー
最高指導者ヴィクトリアからの伝達と引き継ぎが終わり、上級死神達は各々バラバラにホールから退出し、ある者は帰路へ、またある者は自分の所属する部署へと向かう。その中に最初にアエテルニタスについて質問した死神もいた。
「おい、もうヴィクトリア様の前じゃないんだ。フード外せよ」
するとその者に声を掛けるものがいた。それは整った顔をした青年だった。だが、それは”半身”のみ、もう半分はただの骸骨であった。
「モーモス、てめえ、やってくれたな」
「君の質問に割り込んだことかい、そりゃあ、あれじゃあ君の聞きたいことは伝わらないからね、それにあんな下手くそな敬語なんて聞いていられない。」
「……うるせえな、慣れなぇな、敬語は」
その者はため息をつきながら、フードを外した。現れたのは短めの銀髪と赤い目をした少女の顔であった。
「ほら、その方が見た目が良い」
「お前がそういうこと言うから嫌なんだ」
「ひどいなぁ…………しかし、タナトス、君はヴィクトリア様の回答に満足かい」
モーモスは微笑んだ後、顔を改めタナトスと呼ばれた死神に向かい合う。
「そんなわけねぇよ、だが、あれはダメだ。少なくともあれ以上は聞けなかっただろ」
「確かに、ヴィクトリア様は有無を言わさぬご様子であったからね………………それについて君と話したいことがある。後で会えるか?」
「……分かった……いや、これからでもいい、特に組織に伝えることはないからな、何処がいい」
「酒場なんてどうだろう。リラックスして話せるからね」
「……嫌いだよ。むしろ私らは必要ないだろ、なんで必要もねぇのにわざわざそんなもの飲まなくちゃならない」
モーモスが微笑むのに対し、タナトスは明らかに嫌な顔をしながら言う。
「いいだろ、別に、娯楽だよ。確かにそんなことしなくても大丈夫だけどね。死神だし、だけどたまには肩の力を抜くのもありだと思うけどねぇ」
「嫌だな、騒がしいのも嫌いだ……」
「あー、タナトスパイセンじゃないっすか」
すると前から軽快な声が聞こえてくる。それを聞くとタナトスは更に面倒な顔をした。
「ケール……今日はもう解散だ。私らの仕事はねぇよ。さっさと帰れ」
「厳しいっすねーそんなこと言わないでくださいよう。可愛い後輩じゃないっすかー」
その死神は、肩までの黒髪をうなじでまとめた快活そうな少女で、彼女はそのままタナトスに抱き付く。
「ったく、はなれろよ」
「冷たいっ、冷たいっすよ先輩」
「これは、ケールさんではないですか」
彼女に顔を向けモーモスは、言う。そして、なにかを思い付いたようにいたずらっぽく笑う。
「ケールさん。ところで、これからタナトスと談話のついでに酒場にでも行こうと思うのですが、あなたもどうです。」
「マジすか、うーん、勿論、奢りっすよね」
「えぇ、勿論」
「おい……ちょっと待て、私は行くとは……」
タナトスが言うが、それを遮りながらケールか彼女の腕を掴む。
「良いじゃないっすか。行きましょうよー」
「いい加減に、おい!待て」
彼女はそのままずるずると運ばれていった。
ーーーーーー
「そもそも情報収集が目的であればお前の組織でやるのが筋だってことだ。」
「まぁ、そうだね、幾ら災厄と敵対したくはないとしても、いや、それでも僕らに依頼しないのは非合理的だよ。こちらとしても、力不足だと侮辱された気分だ」
薄暗いが、騒がしい酒場の中で、三人はカウンターに座り、話していた。
「捕まる可能性があるなら、私らの組織を護衛につければいいわけっすよ。ってかその為の組織っすからね……確かに、これは私らに信頼がおけないって言ってるようなもんじゃないですか……っあ、お代わり、お願いするっす」
ケールが挙げる。するとすぐにビールが並々と継がれたジョッキが渡される。
「飲みすぎるな。後が面倒だ」
タナトスは溜め息を付き、自らのジョッキを持ち上げる。
「奴なりの考えはあるだろうが、わざわざ分ける意味もわからん。情報収集にも熟練度があるだろ。その点においてもお前の情報組織の方がうまく出来る」
「……まぁ、その通り、僕らは何時でも任務のために命を捨てる覚悟は持ってるつもりさ、部下もそのように教育している。捕まっても情報は漏らさない」
「私らも同じさ、そもそも災厄は、生命の運命に従わない者だ。力がある限り、不滅、不死、むしろ死神と言う存在自体の敵だ。それに、死神全員に”貸し”がある。死神組織を上げて災厄に対し、戦うべきだ。今度は私らが、滅ぼすべきだよ」
タナトスは、モーモスの方を見ることなく、じっと掌を見つめた。そこには深い傷跡が刻まれていた。いやその他にも首筋や腕にも大小なりの傷があるのだった。
だがそれは、ある意味で言えば運の良いものであるのかもしれない。死神の中にはモーモスのように半身を失ったものや、骸骨のみ残り体を失ったものもいた。それだけ先の動乱は苛烈であったのだ。
「貸しがあるのは先代の災厄だけどね。とにかく、脅威なのは確かだ。何より、世界が
「そーっすよね。ヴィクトリア様が死んだらそれこそ終わりなんすよね。アエテルニタスって言うのがどこまで強いかは知らないっすけど。絶対みんなでやった方が良い筈っすよね」
「そうだね、まぁ人数が多すぎると良くない事もあるけども……それを上手くやるのが僕ら上級死神の役割だと思ってる」
モーモスは、骨のみの右手でジョッキを掴むと、そのまま酒を喉に流し込む。それに対し、ケールは彼の喉辺りへ、興味の視線を向ける。
「ところで、思うんすけどー、モーモスさんって半分体無いじゃ無いっすか、どうやって飲食してるんすか?」
「……それは君も同じだろう?消化器官がないのに飲食出来る」
「いやー、そっすねー。つまり、謎ってことっすか?」
「あぁ、そうだね」
二人は面白げに笑い会う。彼らの会話を他所に、タナトスは、ぼんやりと過去を振り返っていた。
ーーーーーー
今から数千年も前……彼らを始め、ヴィクトリアすらも存在しなかった頃、世界に初めての災厄……始祖”ナイトメア”が現れた。それは、圧倒的な力と暴虐な性格を持ち、たった一人で幾つもの村……都市……国……大陸……世界のあらゆる文明を徹底的に破壊した。それこそ勇者が殺され、全ての世界が
だが、それに対抗する者達も同時に現れた。様々な国家、組織が、それに対抗するために立ち上がった。そこには当時の死神組織、先代の死神最高権力者も名乗りを上げた。
魂を管理し、死を操る死神にとって、所持者に不死身の力を授ける災厄の力は、その運命と自然の摂理に逆らう事であったため、死者の復活に次ぐ禁忌のひとつに数えられていたのだった。
彼は全死神を従わせ、総力を上げてナイトメアを打ち倒そうとした。しかしそれは、準備が整い、他の組織との協力関係が築かれる前にナイトメアに察知されてしまった。彼等は戦った。だが、ナイトメアは当時の死神機関のみでは到底太刀打ちできなかったのである。
結果として死神は最高権力者という統率者を失い、死神機関は再建不可能なまでに破壊された……そこからは死神暗黒期と呼ばれた……彼等は分断され、バラバラになった。ナイトメアが倒され、新たな災厄"ディザスター"が現れたときも纏まって行動など出来なかった。そして影響は世界にも現れる。死を管理する者が統率を失ったことで、全ての世界において、不死や延命術が蔓延し、魂を弄ぶものも現れた。
彼らが生まれたのはその頃だった。当時の死神達はそれぞれの派閥に別れ、好き勝手に行動していた。少数の死の秩序の保持を目的とする者達もいたが、それ以上に自らの欲望の為に力を使うものが多かった。
その中で彼等は生き残るために戦うことしか出来なかった。派閥争いに巻き込まれ、命を狙われ、混乱と動乱に呑まれた。彼等はその中で傷付き、死ぬか、消滅させられた者もいた。
その中でも一筋の光があった。ヴィクトリアの存在である。
彼女に”勇者の力”があることが分かると、彼女を取り込んだ派閥はその威光を背に死神達の統一運動を始めた。
派閥のみならず彼女の力と努力、その人柄により統一事業は進んだ、タナトス等も彼女に呼応し、統一事業に参加したのだった。
ヴィクトリアは死神機関を幾つかの組織に再編し、これまで個別に行われていた任務を専門化し、初期の頃から運動に参加したもの達を個別の組織の長に据えた。それが上級死神達であった。
だが、同時に災厄勢力との関わり方も変わった。新たな災厄"ディザスター"との対立を回避するため災厄勢力との間に相互不干渉の取り決めを決めた。仕方がなかった。そうしなくては死神機関は再び滅ぼされる可能性があったのであった。
その中でタナトスが長を務めるのが、「死神暴力組織」であった。任務は死の運命に抗うもの、それから抜け出ようとする者達に死の運命を与える事であった。
ーーーーーー
「ですからー、貴方のとこのクルエンタスがー、面倒なんすよー」
「いや、それは、君にも問題がだね……」
「えー、違いますー、効率的にやってるだけですってー、あっちが勝手に突っ掛かってくるんすよー、ねぇ、先輩、聞いてますか」
ケールに小突かれ、タナトスはハッとして顔を挙げた。
「聞いてないじゃないですかー」
「うるせえな、離れろ。後飲み過ぎだ」
「良いじゃないっすか。別に」
彼女はそのままタナトスにもたれ掛かる。モーモスが軽く顔をひきつりながら言う。
「け、結構、悪酔いするんだね」
「だから嫌だったんだよ。ったく、それで?何を話していたんだ」
するとケールはガックリと首を落とすと、そのまま机に突っ伏し、すーすーと寝息をたて始める。
「……私が連れてがなきゃならないのか」
「こういう時君は優しいね」
タナトスはギロリとモーモスを睨み付ける。だが、次の瞬間には肩の力を抜くと声を低くすると言った。
「止めろ……しかし、結局私らになにして欲しいんだ」
「どう言うことだい」
「当然だ、お前は何時でもそうだったろ。ヴィクトリア……と私を会わせたのもお前だった。今回だって、わざわざ二人で話そうと言ったのも何か企んでいるからだろ」
「……分かったよ。言おう。ヴィクトリア様が対災厄戦に動くのと同時に僕らも動こうと思う。君達にはそれに協力して欲しい、具体的には調査の護衛や……災厄勢力の拠点の攻略だ。……勿論極秘にね」
それを聞いたタナトスは、目を伏せ、小さく笑う。
「やっぱりか、どうもお前とはたまには気が合うらしい……まずは何処だ。どこを潰す」
微笑みは大きくなり、面白げな笑顔へと変わる。モーモスも彼女を見て、見透かしたように笑う。
「……流石、”血濡れのタナトス”、だけど悪いね。まだ情報は集まっていない。だがら、まずは災厄勢力の情報と行方不明の"小さな災厄"の足取りと……アエテルニタス、
彼女の正体だ」
「アエテルニタス?奴の正体に関して心当たりがあるのか」
「あぁ、そうだとも、彼女については君も参加しただろう”小さな災厄”の封印戦に鍵がある筈だ」
それを聞くとタナトスはつまらなそうに視線を落とした。
「あれか……戦いでもなかったが……結局”小さな災厄”は見つからずじまいだからな」
「あの直後だ。彼女が現れたのは……初めはそこの調査と出来れば彼女の”番号”を調べるつもりだ。それが分かれば、死神としての足取りが調べられる。同時平行で消えた”小さな災厄”についても調べられる」
「分かった。じゃあ、私らからそれの護衛を出せば良いわけだな」
「あぁ、”あの施設”は、何があるか分からないからね。僕らの組織だけじゃ危険だから」
そういうと二人は笑い会い、タナトスは立ち上がり、ケールを担ぎ上げる。そのままポケットを探ると、幾らかのお金をモーモスの目の前に投げ出す。
「これで勘定の半分だろ、クク、良いことを聞いた。分かった。私らは全面的に協力、いや、加担してやる」
再び笑うとタナトスはそのまま歩き出すと、そのままに店を出ていく。彼女がいなくなると、モーモスは大きく息を吐き、肩を下げた。彼は顔の前で手を組むとこれからについて考え始めた。