一言で言えばそれは研究施設であった。だが、周囲の蔦に飲み込まれ、ひどく荒れ果てていた。それの外壁は幾つも崩れ落ちており、所々内部が見えていた。全体に暗く、おどろおどろしい、と言う言葉が似合っていた。
「恐ろしい」
そこの前に立つ死神の一団、その中の一人が呟く。
「うるせえな、お前らが調査したいって言うから協力してやっているんだろうが、さっさと行けよ」
その後ろの鎌を持ったタナトスが言う。それに急かされ、死神情報組織の者達はいそいそとその荒廃した施設の中へと入っていく。
「うわっ……話には聞いていたがこれは酷い」
内部は、まさに地獄だった。あちらこちらに何者かの一部が散乱し、それは乾ききり、籠ったような臭いが充満していた。更に壁には一面に壁紙のように赤黒い、乾いた血がこびりついていた。一同はタナトス以外は、恐る恐ると通路を進んで行く。
「……で、では、班を分け、分担して調査するぞ」
やがて彼等は階段を見つけると先頭にいた者が手を振る。同時にタナトスも口を開き、部下に指示を出す。
「各階に一班づつ三つに分ける。」
「お前は一階、私が二階、お前が三階だ。危険なことがあったらすぐに呼べ、良いな」
『了解!!』
彼等は三つに別れ、それぞれ調査を始めた。
ーーーーーー
「ったく、きたねぇ」
ガチャリとドアを明け、タナトスは内部を見渡した。そこには何かのデスクがあり、書類が高々と積まれていた。だが、それには血がかかっており、椅子には何かのミイラが乗っていた。
「おい、情報屋!この部屋には?」
「ハッ、ハイ、今、調べますから」
その後、数人の荷物を背負った死神達が、書類を持ち上げそれに目を凝らす。タナトスは顔をしかめ、うんざりとした様子で廊下に戻る。
いくら職務上血を見ることに慣れていたとしても、それは、この悶々とした大気や、強烈な臭いに長時間耐えられるとこととは違う。
タナトスは顔をしかめながら窓を開けると顔を出す。マントの端で手を拭いながら大きく息を吸った。
「情報屋、見た感じで新しいことは」
部屋から一人の班長らしき者が顔を出すと辺りを見回しながら言う。
「クルエンタスですが!?…………いや、まぁ特には、以前からわかっていたようにこの惨劇はやはり、災厄の力によるものですね。今の災厄より、格段に弱いものですが」
「……要は、何も解ってないってかよ」
「はい?それはないでしょう。現状の認識が正しいと分かるだけでも進歩だと思いますがね。しかし、とにかくこれは新しい情報になり得ますよ」
彼は片手にもつ書類の束をちらつかせる。タナトスが怪訝に見つめるのに、彼は、ムッとして答える。
「私の仮説ではですね、アエテルニタスはここで研究されていた生物兵器の一種だと思います。そしてこれはここでの実験記録の一部です。これは断片ですが、これをもとにすれば他の断片も意味を持つようになるでしょう。なので……」
「うるせえな、お前らの仕事は情報を集めるだけだろ。後で結論だけ教えろ」
ぞんざいに扱われ、クルエンタスは、更に早口に捲し立てた。だが、タナトスはそれを無視し、先程に入った部屋の隣の扉に手をかける。
「……っ……静かにしろ!!」
「なんです!?」
「静かにしろと言っている!」
タナトスは手を振り、クルエンタスを遮る、彼女は耳を澄まし、周囲をじっと見回した。そして、鎌を握ると、それを前方に構え、体を屈める。
「……そこか……」
彼女が床を蹴ると、一瞬にして二部屋分の距離を進むとそこにある扉を蹴り開けた。
「……なんだ?お前は……」
タナトスは、部屋に飛び込むとそこにいたものに刃を突きつける……そこにいたのは濃紺のフードを深く被った男性、彼は持っていた書類を落とし、縮み上がった。
「…………」
「誰だって聞いてんだろ」
タナトスは更に刃を近付ける。
「……う……、デッ……デルフト……デルフトだ。やめてくれ、殺すのはやめてくれ」
「は?誰だ?死神じゃねぇようだが」
「……ええと、えっとーあの」
「じゃあ、殺すぞ」
「わかった、分かった。ここの……ここの元研究員だ。ここで研究していた。何が知りたい、俺に分かることなら何でも言う、だから殺すのだけは勘弁してくれ」
彼はペコペコと頭を下げ、懇願を口にする。タナトスは力を抜くと鎌を肩に担いだ。
「情けねぇな、ったく、分かったなら立て」
「あぁ、分かった。分かった」
デルフトは散らばった書類をなんとか集めると、立ち上がり、その手を上に挙げた。するとタナトスは、彼から書類を取り上げると、追いかけてきたクルエンタスに押し付ける。
「彼は、誰です?」
「ここの関係者だとよ」
タナトスは言うと、デルフトを廊下へと押し出す。
「関係者と言うのはどういう……」
「おい、こいつの油を絞るのは後だ。そのまま確実に連れて帰る。逃げられちゃ堪らんからな、お前らは仕事を続けろ」
質問攻めにしようとする死神達に言うと、デルフトの腕を捻ると、動けないように固める。
「タナトスさん、来てくれませんか」
彼女が振り返るとそこには一階の調査に同行させた部下の一人がいた。
「どうした?」
「いえ、緊急事態ではないのですが見て欲しいものが……」
ーーーーーー
タナトスはデルフトを捕まえたまま部下についていくと、そこは数階を貫く高い天井をもつ倉庫のような場所で、ガラス張りになった天井から光が照らされていた。
そのもとに有るのは、数段にも重なった大きな牢屋のようなものだった。いや、それよりも巨大な動物のゲージに近い。そしてその中には数々の異形の生物が……所々赤く変色した部位を持っていた。
「な……何だ?これは」
「これは、俺の実験動物だよ」
唖然としたままの死神達に対し、デルフトが答えた。
「そもそも、ここは生命工学の実験施設なんだよ」
「生命工学?」
「要は、二つの生物をひとつの生物にしたりだな、何でも言うことを聞く従順な家畜を作り上げたりだとか……機械と融合させたりとかな……まだ成功していないが、とにかく生物を弄って、好きなようにすることが目的だったんだよ。」
「何故だ。ここは”小さな災厄”の保管施設であった筈だし、皆殺しにあって、生存者はいなかった筈だが」
「いや、あの、結局、生物を好きにするんだからな……”力”も研究対象に入っていたわけで、平行して研究されていたんだ。俺はそのチームじゃなかったが、とにかく捕まえてた災厄が暴走して、俺だけが残ったんだよ。だけど、俺はそのまま研究を続けたかったからな、そのまま続けてたって訳だよ。……俺は……知らないぞ、”災厄”についての詳しい情報はな」
デルフトが説明するのを片目にタナトスの部下が口を開く。
「では、これらは、どうしましょうかタナトスさん」
「……おい、青頭巾、あいつらはどんな生物だ?」
「俺、俺ですか……えっと、俺はもっぱら生物の強化強力な生物の創造を目標としていたので、そのような生き物が多いが……」
「成る程、殺せ」
ケージの中で蠢く生命体の前にタナトスは立ち、きっぱりと言い切った。
「っえ?」
「了か……」
「ちょっと待ってくれ!!」
それに答えて動くタナトスの部下達をデルフトは叫ぶ。
「待ってくれ、待ってくれ!!こいつらは、いや、あの、実験体で確かに不十分ではあるんだが、俺にとっては子供みたいな奴等なんだよ。それぞれで個性があってだな……いや、頼む。殺さないでやってくれ」
「こいつらが、災厄のように暴れたらどうする?災厄程ではなくとも面倒なことになるんだ。殺しておくに越したことはない」
「いや、それは……分かった。俺はお前らに協力する。何でも手を貸そう。俺は工学系も齧ってるんだ。技術系なら何でも出来る。ほら、お前らの鎌なんか、色々強化出来るぜ。だから、俺と、こいつらは殺さないでくれ」
デルフトは再び頭を深く下げると悲壮な声で言う。だが、タナトスは顔色を変えずに、まずは目の前の生物に刃を突き立てようと、鎌を構える。
「待ってください」
クルエンタスが言う。
「これらと彼の処遇は、この後の調査で得た情報から判断するのでも遅くはないと思います。彼の言うことが本当なら、これらは有効に使える可能性もあります」
「私は好かねえよ。こいつらは結局弄られた生物だ。つまりは元々の運命に逆らっているんだろ。組織として許容できんが」
「それは、彼らの有効性を吟味してからでも遅くはないと思いますし、そもそも、貴女方の任務は我々調査チームの護衛のみなので、我々に危険がない状態では勝手な行動は避けて頂きたい」
生物の前に立ち塞がり、クルエンタスは、淡々と言う、それに対し、タナトスは面倒そうに舌打ちをすると鎌を下ろした。
「ったく、分かったよ、モーモスに文句言われるのも面倒だ。武器を下ろせ」
タナトスは、部下に指示を出す。彼らが集まると、彼女はクルエンタスらに振り返り、辟易とした表情を向ける。
「じゃあ、さっさと調査を終わらせろよ」
ーーーーーー
結局、調査の結果はこう言ったものだった。あの研究施設では、生物についての研究を行っていたこと、同時に”災厄の力”についての研究……その力を操る方法を探していた。しかしそのために収容していた災厄の力をもつ何者かが暴走し、施設を壊滅させたこと。だが、足取りは掴めず、何処に行ったかは分からなかった。そしてデルフトと言う者が只一人の生存者であったと言うこと。
そしてその者というのは、どうも死神であったと言うこと。だが、その死神の番号は解らず、根本的な正体についてはまだ謎に包まれていた。
「……デルフトも肝心の死神については見たことがないってか……つまりは、私らがあの施設に侵入したときには、災厄は回収された後って訳か。くそ、全く情報がない、結び付きもしねぇな……待て、”小さな災厄”は、少なくとも……死神……おい、モーモス、奴はアエテルニタスじゃないのか」
「……そんなはずはない、それなら何故、ヴィクトリア様は封印していないのか、その理由がない。それにアエテルニタスからは災厄の力は確認されていないし、ざっと見た感じだと、災厄の狂暴性を発揮したこともない」
「そうだよな、奴がそんなことするはずねぇ、災厄もあんな大人しく出来る筈ねぇからな」
タナトスは椅子に背を預け、レポートに目を通しながら言う。モーモスは、机に肘を付きながら額にシワを寄せ首を振った。
「しかしだね。タナトス、少なくとも進展はあった。それに想定外の戦力を得ることができた。デルフト……彼の開発していた生物兵器達は、有効性がある。一応彼も制御できると言ってるし、実際に操っても見せた……災厄に対しての戦力に使える」
「私は嫌だね。あんな歪な奴らを戦力とするとは」
「そんなこと言うなよ、これから災厄と全面的に戦端を開くなら、気に食わない奴等とも手を組まなくてはいけないこともあるだろう。我慢してくれ」
「ったく……お前の方はどうなんだ、アエテルニタスについては」
モーモスは、小さく首を振る。
「……出来れば、彼女は生物兵器でしたってことならよかったけど……死神としての番号が分かった……だがそれだけだ。後の足取りは全く掴めない。どうも、どうも”何かが”あって、所属していた派閥……只の自衛のための集まりだったが……から追放されて、その後が分からない。」
「やはりヴィクトリア、アエテルニタス本人にかまかけてみろよ。情報組織だろ」
「もう、二人は機関にいないし、万一勘づかれたら、もう僕たちは動けなくなる。そんなリスクは負えない」
「だろうな、じゃあ、私らは暫くは情報屋のお守りか……」
タナトスは、大きく息を吐くと、レポートを向かいに座るモーモスに対し投げ出す。
「いや、そんなことはない。別班が、災厄についての調査を進めている。君んとこのケールがついた班だ。その結果次第では、直ぐにでも危険分子の排除を始めようと思うし、暴力による情報収集も場合によってはしようと思ってる。災厄勢力は、僕らの死神機関の撹乱と分断を狙っていることは判明済みだ。彼等にしたら死神達が纏まるのは嫌なようだ」
「成る程、今回の災厄”ディザスター"はずる賢いって聞いていたが、私らも危険視してんのか」
「と言うよりも、策略家だし、戦いを有利に進めるためには何でもする者だね。驚異になりうる組織や存在に対しては、牽制したり、内輪揉めで動けないようにしようとしてくる。"ナイトメア"のように単純にはいかない……災厄自体の強さはナイトメアより下だってことが唯一の救いかな……僕らも気を付けなくては……」
モーモスはレポートを受け取り、うなりながら頭を掻く。そのままレポートを机の下に置いてある鞄に放り込む、そこには、様々な紙切れや、書類がごちゃ混ぜに入っていた。