「くそッ、侵入者を……ぎゃあ」
鎌の先についた鋭利な刃が、彼と、周囲にいる十数人の首を一気に撥ね飛ばす。その体を踏みつけタナトスは叫んだ。
「抵抗した奴は殺せ。慈悲は掛けるな!!」
周囲から悲痛な叫び声、刃が体を切り裂く音、多少の戦闘音が響き、大気に血の臭いが充満していた。災厄を救世主として信仰するカルト集団の本拠地は死神達の襲撃を受け、血に染まっていた。
彼等は、ヴィクトリアの暗殺を目論んでおり、同時に、あの研究所に”小さな災厄”を持ち込んだ組織だった。
タナトスは刃を赤く染め、立ち塞がる信者達の死体を積み重ねながら、建物の奥深くまで突き進む。
「大司教様を守れ!!」
「侵入者を追い返せ」
すると目の前に現れる一団、机やタンスなどで廊下を塞ぐことで簡易的なバリケードを作り、どうにか抵抗しようとする。しかし、そんなものはタナトスにとっては紙屑にすぎない、口の端を吊り上げ、歪んだ笑みを向けた。
バリケードから放たれる弓矢を弾きながら、速度を緩めることなく進む。信者達は、震える手を押さえながら武器を握る。だが
「まだ、抵抗しようと思えるんすねー」
ドガンと音がし、バリケードの信者達は振り返る、そこには、正面にいる死神に比べ、全身が赤く染まった少女、彼女はこの場に似合わぬ、満面の笑みを顔に張り付けていた。
「凄いと思うっすよ?……全くの無駄っすけど」
剣を抜く信者達、ケールは、その一人に肉薄し、剣が振るわれる前に右腕でその腹を貫く、そのまま左腕を振るい、彼女の後ろから躍りかかる者の頭をねじ切る。そして右腕が刺さる死体を振り払い、更に一人の頭を蹴り、壁に叩き付ける。固いものが砕ける音と、その内容物が飛び散る。
「上は制圧したのか」
「当然っす。全員殺りました」
既にバリケードを越え、張り付いていた者を斬殺したタナトスが言うのに、彼女は笑みを絶やさず答える。マントの裾で腕の血を拭うが、それでも全く色は変わらない。
「おい、一番偉そうな奴は殺すなよ」
「……情報の為っすか……分かりましたー……別に魂にして問い詰めればいいんじゃないっすか?」
「多数の魂からそいつだけ探すのは面倒だし、魂で体を作るのも面倒だ、手間掛かんだよ。我慢しろ」
脳髄の砕けた死体を見ながらタナトスは淡々と言う。ケールは軽く不満そうな顔をしたが、やがて頷いた。二人は他の死神と合流しながら、建物の際奥、地下の大聖堂を目指した。
ーーーーーー
ドゴンッと大きな音がし、扉を押さえていた者達や、家具や装飾品が撥ね飛ばされ、両開きの荘厳な扉が勢いよく解き放たれる。その内側に居た者達は、その音とこの後の自分達の運命に震え上がった。
コツコツ、と音を立て、夕焼けの赤い光を背に、死を司る者達の影が伸びる。
「何だ。女子供らだけじゃないっすか。楽しめると思ったんすけどね……まぁ、それもそれで良いんすけど」
彼等は鎌を構え攻撃を準備する。
「おい、ここの長はどいつだ!」
先頭に立つ死神が聖堂全体に響く声を出した。
「早くしろ!」
更なる脅しが響き、聖堂内にざわめきが広がる。
「……ったく、早くしろよ……ケール」
その瞬間、死神達の近くにいた数人が、血に沈む。その鋭利な爪により、首を切り裂かれ、頭を砕かれ、腹を抉られる。
その衝撃はまるで何かが爆発したようにパニックとして広がる。
「嫌!!死にたくない」
「やめてくれ!」
人の波が動き、少しでも死から離れようともがく。それを見て、タナトスは軽蔑の視線を……どこまでも冷たい冷徹な視線を向ける。
「……落ち着け、落ち着くのだ……」
その中から、一人の男性が立ち上がり、周囲に掌を向けながら、タナトス達の前に歩みでる。
「大司教様!?」
「落ち着くのだ。私の代わりはいくらでもいる」
彼はそのまま、タナトスの前に跪く。
「……お前が、大司教で良いな」
「はい、そうでございます。私の身を差し出しますので、彼等は……彼等は……」
「殺せ」
彼が言い終わる前に、タナトスは小さく呟く。それに応じて、彼女の周囲の部下達が一斉に動き、聖堂の内部に居るもの達を殺し始める。
「……お、お止めください。彼等は」
男が彼女に言うが、腹を蹴られ転がる。彼女は背を踏みつけ、どうしようのないものを見るように見下げた。
「ったく、災厄信仰者の癖に死ぬのが怖いか、お前らの望む
タナトスは男を無理矢理立たせると、荒っぽく押し出す。
「魂は全部回収しておけ……殺したあと、回収しなくちゃ意味無ぇからな」
彼女は部下へと指示を出すと男を連れ、聖堂を後にした。
ーーーーーー
暗くカビ臭い部屋の中に置かれる幾つかの椅子と机、そしてその上には様々な器具が置かれていた。椅子に縛られた男は、何度も何度も殴られ、拷問され、暴行されたことで、ぐったりと頭を垂れる。タナトスは彼の髪を掴むとグイと引き上げた。
「そう言う事じゃねぇんだよ。研究機関から”小さな災厄”を持ち出したはお前らだろ。”小さな災厄”は何処に居る」
「知らない……”小さな災厄”は居ない、あの研究機関に受け渡してから……そこが壊滅してから行方不明だ……知らない。知らないんだ」
「なかなか口割らないっすねー、あのですねーそんな嘘が通じるとでも?災厄が行方不明で音沙汰なしなんて、不可能なんすよ。災厄はどうしても暴れるし、欲しい組織はいっぱいあるんすよ。あなたみたいにっすよ」
彼女の後ろで、血の付いたハンマーとペンチを弄るケールは、気楽な口調で、ヘラヘラと笑う。
「どうするっすかー、そろそろ、指の切断面に塩でも揉んでやりますかー、それとも顔の皮でも剥いでやりますか?」
「やめてください……本当に……知らない……」
男が呻く。掠れた声で、なんとか言葉を出した。タナトスは、男の頭を背もたれにぶつけ、舌打ちをしながら手を離した。
腕を組み、壁に寄りかかったモーモスがいう。
「……タナトス……本当に知らないようだが……」
「あ?だが、こいつらだけだろ、あり得るのは」
「……いや、ここまで吐かないとなるとね……ここではないとするなら……いや、忘れてくれ」
一瞬、彼は考え込むが、その考えを振り払うように頭を振った。そして大きく息を吐くと、肩から下げる鞄を漁る。
「と、なると、質問を変えるしかない、彼が、死ぬまでに出来るだけ有用な情報を集めなくては、ここで糸口が見つからないと、本当に八方塞がりだ……今一度話してくるよ。殺さないでくれよ。後、話を出来る体力は残してくれ」
彼は念を押すと幾つもの書類を確かめながら、情報を精査するために扉から出る。
「良く、堪えられるもんだ。”小さな災厄”の居場所がとても大事なようだ」
「いやー、往生際が悪いっすねー、さっさと吐いて楽に成ったほうがいいすよ」
タナトスがまるで価値の無いものを見るような目で見るのに対し、ケールは、笑ったまま、まるで友人にするように軽く男の肩を叩く。
「おにーさんの命は私らが持ってんすからー、さもないとー」
彼女はそのまま、おもむろにマントを脱ぎ去り、男の正面に立つと、その下の服をたくしあげる。
「こうなるっすからねー」
「ひぃ…………」
それを見た男は、まるで凍り付いたように固まる。そこには……本来人間の腹部がある筈の場所には、ただ背骨しかなかった。しかもモーモスとは違い、肉のある場所と無い場所の境目ははっきりと別れていなかった。境目はズダズダに引き裂かれ、胸骨からは肉が垂れ下がっていた。
「いやー、いいっすよねー、モーモスさんは”ただ”燃やされただけですもんね。私はっすねー、引き裂かれたんっすよー体を二つに、しかも、その後、炙られたり、貪られたり、いやー、色々、やられたんっすよー………………何でかわかりますかねー」
ケールは笑いをケタケタとたがが外れたようなものに変えながらグッと男に顔を近付ける。
「……なっ」
「答えー、災厄と間違われたからでしたー、恐ろしいっすよねー、私はですねー、戦うしかなかったわけですよ。そうしないと死ぬっすからねー…………なのに、いつの間にか”化け物”……”災厄”呼ばわりっすよ。酷くないっすか?」
彼女はゆっくりとだが確実に声音を落としていく、顔も次第に笑みが消え憎悪のこもったものに、それ以上に苛烈なものに変わって行く。
「……でも……その人達は恨めないんすよ。その人達もそうしないといけなかった……生き残るためにやったから、じゃあ……何でそうしなくちゃ……災厄……災厄さえ居なければ……死神暗黒期がなければ……」
それは虚ろな呟きとなり、視線は合わなくなる、
「災厄は悪、絶対悪、悲劇しか招かない、そんなのを救世主…………救世主?………………」
言葉はなかった。ただ無言で突然に男の腹を貫くように腕を突き出した。
「……止めろ」
だが、そうなる前に腕はタナトスに掴まれる。次いで、タナトスは腕を払い、彼女を突き飛ばす。
「ったく、だらしねぇよ、本当に……ケール……疲れてんだろ、」
「…………っ、…………私は……そんなこと無いっすよー、私は、ただ、こいつらが気に入らないんっすよー。こいつら、ただ、自分の思い通りにいかないから世界を終わらそうとしてるんすよ。世界に絶望した訳じゃない……死ぬ訳じゃないのに……死にたくなる程苦しんだ訳じゃないのに……だからあそこで命乞いしたんすよ?」
「それはもう聞いた。災厄が憎いのも、それを信仰するこいつらが許せないのも……だがな、それは今関係ねぇ、今、こいつを殺す理由にはならねぇよ。むしろ、ここで情報が途絶えれば、災厄が封印できるのがそれだけ遅れる……それを理解しろ」
タナトスは、彼女の赤く、憎悪に染まった目を見つめ、驚くほど無機質な声で言う。彼女はひきつるように口角を上げた。
「…………すみませんっす…………後で……憂さ晴らしは存分にできるっすもんね、今は我慢、我慢っと」
彼女は自然に笑うと、サッとマントを身に付け、フードを被る。タナトスは、ため息をつくと男の向かいの机にもたれ掛かる。
「後で、話は聞いてやる。とにかく休め」
「……そっすか……じ……じゃあ、お言葉に甘えて」
にひひっと笑いながら、恥ずかしむようにフードの裾を握り、身を屈めながらそそくさと部屋から出ていく。しかし、扉を開けたところで、振り向いた。
「こっ、これは、秘密っすよ」
「ったく、さっさと行けよ」
彼女はそのまま、駆け足で出ていった。
ーーーーーー
しばらくしてギィ、と言う音と共に扉が開けられ、モーモスがゆっくりと入ってくる。
「あれ、ケールは?」
「休ませた。別に一人でも見張ることはできるからな…………どうした?何かあったか」
「…………少し、良いかい」
彼は、明らかに動揺したように目を反らす。やがて息を吐くと部屋の外を指し示す。それにただならぬ雰囲気を感じ、タナトスはフッと立ち上がる。
「…………ここで良いだろ」
「いや、外で頼む。見張りは……まぁ、良いだろう」
そう言うとモーモスは振り返る。タナトスも続き、出ていくと扉が閉められる。その寸前、遠くのざわめきと、何者かが複数移動する音が聞こえる。だが、それは扉に阻まれ、音はとても小さくなった。
すぐさまくぐもった声が聞こえるが、それは大きな罵声に変わり、口論のようなものに変わる。
「バカな!誰だ。そんな情報を持ってきた奴は!?……反逆者だ……殺す、殺してやる!あり得ねぇだろうが!!」
「悪いが、こっちもしっかりと裏を取ってる。これは……言いたくはないが可能性は高い……それにこれでなくては説明がつかないんだ!!ある意味、これは最後の確認だ!!」
「…………ふざけんなよ。ここでこいつに聞いて違かったら、その情報はデマだろ!!ってことにしろ!!」
思い切り、扉が開け放たれる。とてつもない衝撃を掛けられたようで扉は壁に当たると、蝶番ごと跳ね飛ぶ。
おおよそこの世の者とは思えない顔で、タナトスは荒々しく、縛られた男へと近付く。赤い目の中で、激しい炎が燃える。存外に彼女は小さな声でいった
「その”小さな災厄”の名は?死神としての番号でも良い。言え、とにかく」
「…………」
「早くしやがれ」
これまでの物よりも更に協力な力で、男は、殴られる。彼は、血を吐きながら、何とか言った。
「……ーー………ス……アエ……テル……ニタス、アエテルニタスだ。そのような、名……だ。言った……言った……ぞ」
「くそったれ!!!!」
その瞬間、タナトスは振り向くと力の限りに机を蹴りあげる。机はその上の拷問器具ごと飛び上がり、壁が砕かれ、まるで重量がないかのように、弾けた。
「……タナトス!言ってもしょうがない。」
「何だよ!どういうこった。どういう」
その時、ドタドタと言う音が聞こえ、何者かが接近してくるような音が聞こえてきた。
「すみません!」
情報組織の死神が顔を出す。二人は振り返ると声を出そうとして、
「死神、暴力組織、及び、情報組織の長、B056、B489、動くな」
だが、その死神を押し退けもう一人が、部屋へと侵入してきた。その者の顔を見て二人は絶句する。マントをつけておらず、フードもつけていない、青色の服とスカートに身を包んだ白髪の少女。
「死神機関最高権力者として命ずる!!今すぐ、彼を解放しろ。そして二人は出頭し、説明をしてもらおうか」
「ヴィク……トリア・ブレイブ」
タナトスは怒りか、衝撃か分からない曖昧な顔で彼女の名を呟いた。