「あれは……どういうことなんだ」
会議室のような部屋で、ヴィクトリアは言う。意図が読めないとでも言うように微妙な表情だった。
彼女の前に立つのは死神機関配下の二組織の中級、上級死神達であった。彼女は続ける。
「君達については色々と話が入ってきている。任務以上の逸脱した活動、及び、幾らかの者達に対する残虐行為等……何故そのようなことを?……今すぐ止めるんだ」
それに対して、幾人かの死神達は目を見開き、彼らの長へと驚きと疑念の視線を向ける。
「そ……そんな事をしていたのか?リーダー……」
「タナトスさん!?」
「ヴィクトリア様?そんな筈はありません我々は……」
だが、彼らの行動を伝えていなかった部下に答える事はなく、タナトスは、目を伏せたまま呟く。
「まず、ヴィクトリア・ブレイブ……これに荷担したのは、有志の奴等だ……無論、他の組織の奴等もそれなりの数参加している……中心は私らだが……」
「何が……」
「私らはそれなりの勢力だ。私らの意思を共有する奴は多い。それを理解しろ」
「…………分かった……だとしても、許容できないことはある。君はそれを説明できるのだろうか」
ヴィクトリアは、身構えるように顔を改めると、タナトスを真っ直ぐに見つめた。
「……私らは災厄の情報を集めていた。彼らの拠点の調査は進んでいるし、組織についても調べ始めている。何より、私らが襲撃したのは、災厄に加担し、死神機関に対する危険分子……その目的は一つだ……災厄の封印」
タナトスは、顔を上げた。睨むような顔で、だが、すがるような視線で言う。
「……つまりは対災厄戦だ。あんたらの災厄への戦いが滞ってることは知ってる。私らは直ぐにでも協力できる用意はある……だから…………私らを対災厄戦に参加させてくれないか」
ヴィクトリアは、驚いたように目を見開く、だが、訳が分からないとでも言うように頭に手を当てた。
「そんなことで……では理由があれば、あの残虐行為が許されると思っているのか……あの組織は災厄を信仰していたが、あそこには多くの子供達もいた。訳があってそうせざるを得ないもの達もいた……許されることではない」
彼女は悲しそうな顔をし、胸に手を当てる。
「それは……どうでしょうかヴィクトリア様」
モーモスが、先頭に進み出る。ヴィクトリアが、続ける前に落ち着いたように言う。
「彼等はあなたを暗殺しようとしていたのです、つまりは”勇者の力”の奪取です。その様に力を手にいれ、災厄に献上しようとしていた。十分な驚異です。世界にとっても、死神機関にとってもです」
「だが、それもその中に居る罪なき者達の虐殺は決して正当化できるものではない」
「いえ、彼等は、どのような手段でも使おうとしていました。例え子供であろうとも利用したでしょう。例え、組織の上層部のみを壊滅させたとしても、残りの者達は、必ず軋轢を残すでしょう。その後に彼等は必ず、我々に立ちはだかる筈です。ならば、殲滅しなくては成りません。そうすれば災厄勢力の戦力も損耗させることもできますし、禍根を残すこともありません」
ヴィクトリアは、腕を下ろし、彼等から顔をそらすと、手を握り、ワナワナ肩を震わせる。
「止めてくれ……君達が道を踏み外すのを見るのは堪えられない。止めてくれ…………君達の懸念は良く分かる。君達が私のことを気に掛けてくれることは嬉しい。君達が力になろうとしてくれるのもだ」
彼女は手を伸ばすとタナトスの肩を掴むと、グッと力を込めた。
「私が、君達を災厄戦に参加させないのは、君達の身を案じてのことだ。災厄との争いは過激だ。恐らく、多くの者達が地に伏せることとなるだろう。その中に君達を入れることはしたくない……戦うのは私たちだけで十分だ。任せてくれ、私を信じてくれないか、勇者として必ず災厄を封印しよう」
彼女は顔を挙げる。だが、タナトスは、その手を振り払うと、ガチッと唇を噛む、血が滲むのも気にせず、タナトスは言った。
「……勿論……言うまでもない。ヴィクトリア・ブレイブ……私は、あんたの力を信じている。だからこそ、力に成りたいと、多くの奴等は信じている」
「この死神機関を作り上げ、バラバラであった我々を纏め上げたのは、貴方です。ヴィクトリア様……だからこそ、我々はその恩義に命を懸ける気持ちでいます。その為なら命も惜しくはありません。ですが、我々は今、分かりかねています。貴方の意図と目的を……一言、災厄を滅ぼせ、とお命じになれば良いのです。その方が効率と言う面でも良いですし、我々側もその様な気概は持っています」
モーモスも口を開く。今や部屋にいる多くが、ヴィクトリアへ、期待するようでありながら、何かを恐れるような視線で彼女を見詰めていた。
「君達は……駄目だ。私にとって、君達は、家族のようなものだ。危険に晒すことなど出来ない。それに、君達のやり方は間違っている。例え、災厄勢力であろうとも無抵抗の子供や無力な者達を手にかけるなど……許されざることだ。そんなものは、憎悪しか生むことはない。君達が間違った道を進むのならば、私も死神最高権力者として……指導者として……君達を止める……」
ヴィクトリアは目を閉じると何度か大きく息を吐く。そして、決心したように目を開けると力強く言った。
「最高権力者として、命令する。災厄に対する情報収集の全面的な停止、そして、死神暴力組織への活動停止を命令する」
それに対し、彼女の前に立つ者達の顔に写るのは、明らかな絶望だった。タナトスは、ガックリと肩を落とす。彼女は譫言のように呟く。
「そうか……そうなんだな…………まだ、私らを対災厄戦に参加させればと思ったが……」
「あぁ、だが、君達も簡単には活動を止めないだろう。B056、B489、両名を筆頭に、首謀者達は死神警務組織によって拘束させてもらう。」
ヴィクトリアは、酷く残念そうな表情で出口へと歩み始めようとする。
「先輩もモーモスさんも……なに、ビビってるんすかー……まだあるでしょう、話すことが、この勇者とは名ばかりの裏切り者の屑野郎に対して、まだ聞くことがー」
だが、一人の中級死神が、彼女の歩みを止める。彼女は強烈な殺意以外の何者でもない凶悪な表情でヴィクトリアを見つめた。
「裏切り者……この……私がか?」
「ケール……止めろ」
それを聞き、ヴィクトリアは明らかに動揺する。上司に止められるが、彼女は殺意を隠そうともせずに、にっこりと歪んだ笑みを向ける
「えぇ、そうっすよ。死神のいや、世界に対する。裏切り……何なら、ここで引き裂いても良いんすよー……勇者って、心臓が無事なら生き長らえるみたいじゃないっすか……それなら……何度も……死にたくなる程苦しめてから、殺してやるっすよー」
「君は……私が何をしたと言うのだ」
「何ってー、検討つかないっすか……あぁ、悪いこととは思って無いんっすね、これはー、おねーさん、本物の悪党っすねー……………………じゃぁ、何で?……何で災厄を部下にしてんすかぁ?…………アエテルニタス……奴は災厄っすよねぇ?」
ケールの顔から、スッと表情が消える。鋭い爪を持つ腕をもたげながら、冷たい極寒の声で彼女は言う。
「どうして、君達がそれを」
ヴィクトリアが後ずさる。ケールは、更に近付こうとするが、腕を掴まれ立ち止まった。
「…………どうやら……その通りのようだな……私も信じたくはなかった。だが、その通りのようだ。間違っているのはお前の方じゃねえか」
ゆっくりとタナトスが顔を上げる。それは怒り、絶望、すべてが混ざった混沌としたもので、体を震わせながら、ヴィクトリアを睨む。
「……違う……アエテルニタスは、彼女は違う!!災厄のような事はしない……その様な視点で人を見ることは間違っているぞ。君達は彼女の本質を見ていない……彼女は……君達の言うような者ではない」
「…………本質?……そんな事は、今さら関係無いんっすよ……そんなもの災厄として生まれた時点で決まってんすよ」
ケールは、タナトスに押さえられながらもどうにかしてヴィクトリアに近付こうともがく。
「災厄は、その破壊本能のみで動く、アエテルニタスをお前がどうやってコントロールしているのかは知らんが、勇者でありながら、倒すべき災厄と協力する。それだけで裏切りだ」
「では、何故君達は、そこまでに災厄を憎む……」
「災厄は存在するだけで世界に対する驚異だ。破壊を求め、世界の終わりを目指す。そんなものは、粛清しなくては成らない」
「それは、ナイトメア、ディザスターに限っての事だろう。では、アエテルニタスが、そのような行動をとったことがあるだろうか?いや、無い。君達が彼女を敵対視する理由には成らない」
ヴィクトリアは、彼らを見渡し、説得するように言う。
「証拠、あるんすかー。少なくとも捕まってた研究施設は奴の暴走で壊滅してるんすよ」
「その後で、暴走した事例がなくとも……それは、貴方が操ってる事になるのですよ。少なくともあの施設では災厄のコントロールを研究していたので、確保した際にその方法を知ったのではないですか」
モーモスは、部下に落ち着くように示す。だが、彼らの多くが既にヴィクトリアに対し、敵意を向けていた。
「私が彼女を操っていると!?何故、そうなるのだ」
「何故、奴のみ対災厄戦の従者としたのか、私らよりも信頼できるからか?いいや、違うだろ、奴がお前の完全な支配下になっているからだ。災厄は、死の運命に逆らう、その点からしても、死神とは相容れない、それ以上の理由が必要か」
「君達は……」
「煩いっすね、災厄はそれだけで悪なんすよ。その存在がなければ……その概念すらなければ……私は……旧死神機関は潰されなかったんすよ。そんな、絶対悪を仲間にするなんて……それだけであんたに生きている価値なんて無いんすよ!!私らが潰した組織もそうっす。災厄を救世主なんて言う……屑、ゴミどもの集まり、そんな奴等は殺されて当然……だから、殺してやった!潰して!臓物を引っ張り出してやったんすよ!!」
「いい加減にしろ!!」
ヴィクトリアが叫ぶ。怒気を含んだそれは、その場の全員を怯ませる。彼女はうって代わり、彼らを睨み付ける。
「どうやら、君達には話が通じないようだ」
だが、拘束の緩んだのを見計らい、ケールがすり抜け、ヴィクトリアに接近する。
「死ね!」
彼女はそのまま、ヴィクトリアに向け、腕を振るう、彼女の心臓を完全に貫くように素早く、正確だった。
だが、同時にドオッと言う音、続いて刃物同時が擦れ合うような鋭い金属音が響いた。
「ヴィクトリアに、触んじゃねぇ」
彼女の爪はヴィクトリアに届くこともなく、黒く……血のように赤い刀に防がれる。
「災厄……」
彼女が動こうとするが、その瞬間には動くことはできなかった。タナトスと数名に拘束され、ヴィクトリアから引き離される。ケールは動きを止める。だが、視線は今にも噛みつくような物で、壁を突き破って現れた”黒い死神”アエテルニタスを睨んでいた。
「ヴィクトリア……こいつらはどうする」
「いいや、後で適切な処罰を受けさせる。君達は……残念だ」
ヴィクトリアは、それ以上なにも言うこともなく、出口へと向かう。彼らが脇へ逸れたので、アエテルニタスと共に真っ直ぐに外へと出ていった。
「離してください……」
扉が完全に閉められ、足音が遠くなったことで、ケールが暗い表情のまま拘束を振り払う。
「なんで……止めたんすか」
「……ここでやるべきじゃねぇ…………警務組織の奴等も駆け付けられる。分が悪い」
「なんすか、ビビってたくせに……」
「すまねぇな。まだ決心がつかなかった……だが、お前のおかげだ。もう……躊躇わん」
「…………そすか…………信じますよ」
タナトスは、口元の血を拭った。そして、マントを叩き、埃を払う。
「モーモス」
彼女は、顔を向けることなく言った。彼が振り向く。
「これに関わってるやつを全員集めろ」
ーーー
「集まったか、お前ら、ヴィクトリアから私ら暴力組織、情報組織の一切の行動が禁じられたことは、もう聞いたな?……あぁ、奴は、どうにも私らが災厄の邪魔をすることが気に喰わないらしい。それでいて、勇者と言う力を持ちながら、倒すべき災厄を仲間としている」
タナトスは、彼らに協力し、対災厄戦に参加するために様々な組織より名乗りを上げた有志達に向かい、鎌を肩に掛け、重苦しい表情で告げた。彼女の横には、モーモスやケール……活動の中心であった者達が共に立っていた。
「……仲間……と言うのは、あの”小さな災厄”が見つかったのでしょうか……」
「そうだ、奴の口から白状した。アエテルニタスは災厄だ。忌むべき存在、死の運命に逆らう、死神と言う存在の討ち滅ぼすべき敵だ。これで分かった。奴は世界のために災厄を封印しようとしているんじゃねぇ。災厄を討ち滅ぼし、その栄誉を自らで独占し、そして、アエテルニタスの災厄の力を利用し、世界を支配しようと目論んでやがった」
雑然と集まった者達にザワザワしたざわめきが聞こえる。抗議の声があげられ、あり得ないと叫ばれる。明らかな口論すら始まっていた。彼女は腕を組み、俯く。そしてざわめきがある程度落ち着くと、そのまま話を続ける。
「考えても見ろ、奴らはやろうと思えばすぐに世界を滅ぼせる。災厄と勇者二つの力を持ってるんだからな。奴らは世界を人質に全ての世界を奴の思うがままに支配しようとしてやがる」
再び抗議の声がいくつか上がる。だが、今度はそれは直ぐにそれに対しての反論でかき消された。彼女は、顔を上げ、胸を張ると一歩踏み出す、腕を真横に振ると厳とした顔で叫ぶ。
「そんなことは許されねぇ、許される筈がない……だから、奴を倒す!奴を滅ぼし、勇者の力を奪い取る。そしてアエテルニタスを封印し、災厄”ディザスター”も封印する。奴は裏切った。死神を、世界を……私らはこの最高権力者が腐りきった死神機関から離れる。そして死の秩序を掻き乱す災厄と勇者を粛清する!!」
彼女はフードを被り、目を隠すと中空を睨みながら歩き出す……この先にある出口を目指して……その集団が避けたことで出来た道を……前傾姿勢で歩く。彼女に続き、首謀者達も続く。
「私らにつく奴は付いてこい……死の……世界の秩序を守りたい奴は付いてこい……正義をなしたい奴は付いてこい!!」
周囲の者達を見ることなく彼女は叫び、そこから出ていく……その瞬間、爆発したように叫びが、口論が、室内は喧騒に包まれる。しかし次第に、ポツポツと集団から離れ、彼らに続く者達も現れた。
「待つんだ!」
だが、彼女の前に立ちはだかる者達がいる。
「死神警務組織の長、B165だ。反逆者たちだな…………まさか、組織の上層が裏切るとは……だが、これは紛れもない事実だ……B056、B489、君達とは死神機関創立の同士であったが……大人しく拘束されてくれ」
彼の後ろには同じく警務組織である死神達が控えていた。彼等は警務組織特有の装飾を施したマントとフードに身を包み、手入れが行き届いた光輝く鎌を構えて、既に臨戦態勢であった。
彼女はちらりと後方を確認する。追随するのはあの場に集まった者たちの三分の一程度だった。彼女は彼らの顔ぶれを確認し、小さく微笑む。
「同意してくれるな」
「同意する義理はねぇよ。私らは既に死神機関から離れたんだ。もう決起は済ませた……止めたけりゃ……力ずくでやってみやがれ……B165」
彼女はフードを被ったままに彼を睨み付ける。彼は言葉に詰まりながらも睨み返す。
「ヴィクトリア様から抵抗するなら武力行使も可能と命を受けている。それに、そちらは五十名弱、我々は百名以上、しかも、我々は訓練を受けた精鋭だ。多勢に無勢……」
「残念だが、お前ら警務組織の奴等が何人集まろうが、私一人も倒せねぇよ。それ以上に……見てみろよ。この面子を……」
彼女は首を傾けると、追随する者達を示す。雑然とした彼らを見て、整列する警務組織の死神達は明らかにざわめく。
「私らの半分は死神暴力組織の出だ。私もその”元”長だから言ってやるよ。てめぇらみてぇな温室育ちと違ってな……私らは本当の命のやり取りを知ってる。というか、てめぇらができねぇ……汚れ仕事を私らが請け負ってきたんだよ。」
モーモスら、その他の組織であった者達は引き下がり、代わりに”元”死神暴力組織の者達が前に出た。
「てめぇらじゃ手に負えねぇ、狂人、戦闘狂、頭のネジがぶっ飛んだ奴等の肥溜めが暴力組織だ。そしてその中の強い奴等がほぼ集まってる。聞いたことぐらいあるだろ”血濡れのタナトス”、”赤頭巾ケール”、”首刈のモロス”…………そんな奴等にてめぇら百人ごときで勝てる訳ねぇだろ」
彼等は次々に自分の得物をその手に出現させた。鎖鎌、爪、刀、刃の欠けた鎌……とにかく様々な武器を構える。タナトスは侮るような嘲笑を彼らに向け、軽く手招きすらして見せる。
「…………いいや、我々は……止める……秩序を乱す反逆者は…………捕まえろ!!」
声を裏返しながら、彼は何とか叫び、部下に命令を出す。だが、動くものは……動けるものはいなかった。
「なっ、何をしている!掛かれ!!」
そう言いながら彼は鎌を掲げる。しかし、それは直ぐにタナトスに蹴り飛ばされ、手から離れる。彼女はフードを被り直すと、再び歩き始める。
「……ったく、邪魔するんじゃねぇよ……B165、てめえは昔から真面目だったな……」
彼等は恐怖で固まった警務組織の者達を睨み付け、ずかずかと進む。士気は崩壊し彼等から離れようとする。死神達を横目に、彼等は黙ったままに進む。
「災厄も……ヴィクトリアもくそったれだ」
彼女は誰にも聞こえないような声で呟いた。