”HTB”そう呼ばれた彼らの組織は、タナトスを中心とし、”勇者の力”の奪取……そして全ての災厄の封印と、勇者、災厄双方に協力する如何なる勢力……如何なる個人の抹殺と撲滅を掲げた。
それに伴い、間もなく災厄勢力及び勇者の名の元に力を結集しかけていた対災厄勢力達と悉く対立した。
それのみならず、今や彼等はその残虐性と手段を選ばない利個性で、勇者にも災厄にもつかない、最悪の危険組織として、他の中立を保っていた組織からも敵対視され始めていたのだった。
だが、そんな状況であっても、幾らかの協力者を見出だすことに成功していた。
「本日は、このような場を設けて頂き、誠にありがたい限りです」
そう言うと、きっちりとした黒スーツに身を包んだ長身の男は、被っていたシルクハットを外し、深々と礼をする。
「貴様がイルシュアーノか……成る程……でけぇな」
「申し訳ありません、幾らかご迷惑を掛けるかもしれませんが、ご容赦ください。しかし、貴方がタナトスさんで良いのでしょうか?」
タナトスは、自らの頭二つほど上にある男の顔を見上げる。彼は身を屈めながら、彼女へと問い掛けた。
「あぁ、私がこの”HTB”の長だ。後ろのがモーモスとクルエンタス……会ったことはあるみてぇだな……こっちがケール……ってことだ部屋は用意してある。付いてこい」
「えぇ、情報部のお二方には、お会いしたことが……はい、貴女とケールさんの武勇は常々聞かせて頂いております。”HTB”いや、死神機関でも一、二を争うほどの腕であったと……」
「成る程ー、それは嬉しいっすね、まぁ、”勇者”を除くっすけどね」
ケールがタナトスの肩越しに笑い掛ける。タナトスは視線をずらすと、所々穴の空いた廊下を通り、会議室へと向かった。
死神機関から離反した後、彼等は廃棄された研究施設、デルフトが研究を行っている施設を本拠地とした……そこであれば、それなりの施設が整っているし、いざというときには、デルフトの生物兵器を防御に使うことも可能だったからだ……それでも"HTB"全員を動員しても使えるまでに清掃するのはそれなりの手間がかかったが。
それでも壁の血や遺体などは取り払われ、水で洗われ、後は暇を見て外壁を修理しているような段階であった。
「……しかし、モーモスさん?イルシュアーノって信用できるんすか」
イルシュアーノの後ろを歩きながらケールは、モーモスに小声で問うた。
「まぁ、それなりにはね、彼はこれまでも結構な情報を提供してくれている。それこそ”小さな災厄”……アエテルニタスの事だったが……死神としての番号は彼から伝わった。その後の災厄の拠点などでも、彼から伝わった情報は全てが正確だ……今の所……勿論、裏は取るさ、彼の情報を鵜呑みにする訳じゃない……が……一定の信頼は置いてるね」
「……ふーん」
モーモスは彼女と同じような声量で答える。ケールも小さく頷いた。
会議室は、恐らくここが研究施設として正常だった頃から、話し合いの場として使われていたようで、正面のホワイトボードや、スクリーン、机などが完備されていた。
「成る程、皆様お揃いで」
「あぁ、私らにとっちゃこれは理想のためのな不可避な作戦だ。それに組織自体も巨大じゃねぇからな」
そこにいたのは”HTB”構成員の殆どで、彼等は張り詰めたような面持ちでそれぞれの場所に立っていた。
「皆、固いっすよー、本番じゃないっすし、その作戦を話し合うんすから、気楽にするっすよー」
「て、言っても、お前が一番怖い顔してんぞ、ケール」
「いっつも、ヘラヘラしてるくせに……笑えよ」
彼等の内からクスクスとした笑いがおこる。
「うっ……そんな事無いっすよ!、ね!先輩」
「いや、固いぞ」
タナトスが真顔できっぱりと答えたのに対して、室内からは、ドッと笑いが広がる。ケールは顔を真っ赤にしながら叫ぶように言う
「えっ、えぇ……酷いっすよ!」
タナトスは狼狽する彼女を盗み見て微笑む、そして息を吐くと彼らに呼び掛けた。
「おい!静かにしろ。これから”勇者抹殺作戦”についての話し合いを始める。真面目に聞け、そして考えろよ。これは私らの進退を決めるんだからな。席に付け」
タナトスは彼等の正面に立った。イルシュアーノはモーモスに導かれ机の端の席に付く。他の者はケールを一通りからかうと各々が座る。まだ、張り詰めた雰囲気は残っていたが、幾らかは緩和されたようだった。
「まずは、この作戦の前提だ。私らは既に災厄勢力”七つの大罪”の拠点の調査を終えている。無論、いつでも襲撃することは可能だ。それは分かってるな」
多くが当然と言わんばかりに頷く、
「他方、勇者だ。彼等も既にこれらの拠点があることは把握している。そして、これから早くても1週間以上後だろうが……”七つの大罪”の拠点の一つの攻略を行う筈だ……私らはそれに乗じ、勇者の力を奪取する!!」
熱気を帯びた声で彼女は高らかと宣言した。
「ここではその具体案についてだ」
「ほぅ……」
イルシュアーノはそう言う彼女に興味の目を向けた。彼をつつき隣に座るモーモスが囁く。
「えぇ、少なくとも拠点の基本的な内部構造は把握しています。彼等の趣向は似ていますからね。詳細な地図を作っている場所もあります。」
「しかし、何故、勇者が襲撃することに対して”七つの大罪”が迎撃をすると……彼らもそこにいるとは限らないのでは?」
彼は軽く首をかしげる。成る程と言うように頷き、モーモスは言った。
「彼等は定例的に行動方針について話し合っているのですよ。今回はあの拠点で行われます。そしてその情報を勇者が持っていると言う情報を我々も手に入れたわけです」
「成る程」
「しかも、それは災厄側から流された物らしく、彼らの中にも勇者との決戦を望むものがいるのです……しかも、災厄本人抜きで……であればそれを利用しない手はありません」
「素晴らしい……これは予想以上です。では、今回もそれなりの自信をもっているのですね」
「いえ、確固たる……ですね。我々としても失敗はできません。それがあるからこそ、貴方に直接御出席と助言を求めたのです」
「それは……失礼しました」
「いえ……お気になさらず」
一通り話すと彼等はタナトスへと向き直るが、モーモスはそのまま腰を浮かすと机の下からその拠点の地図を取り出し、スクリーンへと張り付けた。
「戦闘は”七つの大罪”が会合を開くこの大広間を中心として行われる筈だ。内部も混乱する。侵入自体は簡単に行うことはできる、だから作戦自体は単純だ。だが、問題は……」
タナトスは地図を指しながら、だが難色を示すように眉をひそめる。
「……相手の戦力……ヴィクトリア・アエテルニタスが圧倒的に有利……」
死神の一人が呟く。それに対し、タナトスも頷いた。
「あぁ、”七つの大罪”と奴等では、普通に戦わせるだけでは……勇者はまだしも、”小さな災厄”は確実に消耗させる必要がある。そうでなくては太刀打ちができない」
「一つ、宜しいでしょうか」
彼らの話が止まるのに会わせ、イルシュアーノが立ち上がる。怪訝な視線を向ける死神もいたが、口に出すものは居ない。タナトスが答えた。
「どうした?」
「あなた方は、勇者達二名を相手にするようつもりなのでしょうか?」
「そうだが、どう言うことだ」
「……いえ、場合によってはわざわざそうする必要がないと思いますので……つまりは、まず最優先は、勇者の力でありましょう、で、あるならば、二人を相手にするよりも、両名を分断し、勇者を優先的に攻撃すべきでは?」
「でもでも、まずいっすよ。勇者を殺したら、”小さな災厄”が暴れ始めるっす。それに”小さな災厄”と勇者は離せるんすか……離しても、”小さな災厄”を留め続ける戦力は持ってないっす」
ケールが口をとがらせる。だが、イルシュアーノは動じることなく続けた。
「えぇ、それこそ、”七つの大罪”らに任せるべきでしょう。彼等は、全く相手にならなくとも、それなりの時間を稼ぐことはできるでしょう。ですから、戦闘序盤での分断です。そうすれば、勇者側に戦力を集中することが出来ます」
彼がそう言うのに、モーモスは考えるように顎に手を当てる。死神の内、タナトスをはじめとした幾人は成る程と頷く。
「一考の余地はある。成る程、だからこいつを呼んだのか、モーモス」
「あぁ、多角的に判断するためにね……助言を依頼した」
「お力になれたのなら幸いです」
イルシュアーノはそう言うと再び席につき、シルクハットを被り直し微笑んだ。
ーーーーーー
「死ね……」
全身が赤く染まった異形の化け物は、その一閃によって真っ二つに断ち切られ、倒れる。洞窟内は転々と点った光によって照らされていたが、その巨体は光を遮り、内壁に黒々と写し出された。
「このような者が居るとは……やはり、ここは災厄の拠点で間違いないようだぞ。アエテルニタス」
後方で同じ様な化け物を相手取るヴィクトリアから呼び掛けられ、アエテルニタスは軽く目を向ける。
「あぁ、そうだな」
洞窟内に一定間隔で配備された化け物をほぼ一撃で斬り倒しながら、彼等はズンズンと内部へと突き進んで行く。目指すのは最奥にいるであろう”七つの大罪”の者達。
やがて、内壁がこれまで岩石そのままであったものから、整備され、豪勢で精密な壁に成る。様々な紋様などで飾られ、手の込んだ装飾品が所々に置かれていた。
「雰囲気が変わってきたな……」
「ヴィクトリア、おかしい……ここは”七つの大罪”……奴等の拠点である筈だ。これまでの奴等の戦いとは違う……これじゃ……まるで誘い込んでいるみてぇじゃねぇか……もしかして、外れか?」
「いや…………それならここまで兵は置かない……むしろ彼らが戦う気に成ったのだろう。そうであるなら、今回は気を引き締めなければ……見えてきた。あれが最奥だ」
ヴィクトリアは駆け足のままに答える。彼女が指差すのは正面に見える一層巨大で豪華な扉。
「アエテルニタス、いくぞ」
「分かった……」
二人は勢いそのままに息を合わせ、ヴィクトリアは青い剣を、アエテルニタスは赤黒い刀を振るう。ただその二つの斬撃で重厚な扉はバッサリと切り裂かれた。
「ほう……勇者か…………扉の開け方も分からないようだな」
内部は地下にあるとは思えないほどに広く、明るいホール状の空間で、中央には装飾過多気味の机が置かれ、七つの椅子が着く。ヴィクトリアは、その机の向こう側にいる五体の異形に目を向けた。
「傲慢……スペルビアか……!……何だと?後の二人はどうした?」
「野暮用…………面倒だから質問は無しで」
そう答えるのは怠惰のアケディアだった。
「……何だって?」
「ヴィクトリア、関係無いだろ、とにかくこいつらを仕留める。」
「仕留めるだと……簡単にできるとでも……全く苛立たしい」
憤怒のイラは、既に体を巨大化させながら言う。
「君達には逃げ回られて散々手を焼かされた。だがそれも終わりだ」
「……おぉ、怖い、君達強いもんね……羨ましいね……妬ましい」
「逃げて?……違ぇなぁ、俺ァ、忙しいもんでね。欲しいものが多くてな」
「全く逃げ回るとは、何と馬鹿にされたことか、あくまでも戦略的撤退だ」
彼等は口々に答える。二人は武器を構えると、彼等をキッと睨み付け、ジリジリと間合いを詰める。
「アエテルニタス……君はアバリディア、イラ、アケディアを……私はそれ以外を狙う……いくぞ!」
グッと足に力を込め、ヴィクトリアは言った。そして、二人で同時に切りかかる。
「だが、戦うのは我らではない、貴様ら愚者同士、潰し会うがいい」
スペルビアは小さく呟いた。
すると突然、ゴゴゴと言う轟音が聞こえてくる。その大きさに二人は思わず足を止めた。
「何が……」
「……!、ヴィクトリア!下だ!!」
アエテルニタスが叫ぶのも束の間、ドガンッという音と共に床に大きくヒビが刻み込まれる。次の瞬間、
「何だと!」
床は重力に従い、バラバラになりながらガクンとして落下を始める。咄嗟にアエテルニタスは床を蹴り、何とか床の下に現れた岩壁に手を掛けるが……対応の遅れたヴィクトリアは、床の破片と共に突如現れた縦穴に吸い込まれる。
「くそッ!」
「ヴィクトリア!!」
アエテルニタスは下を確認し、手を離そうとする。だが、上方で急に気配が増加した。舌打ちをしながら見上げるとそこには何処から現れたのか、見渡す限りの赤い化け物達。
「やれ」
スペルビアの命が響き、彼等の中でも飛行能力を持つ者が一斉に襲い掛かる。
「……先にこいつらを倒せってか……良いだろう……皆殺しにしてやる」
アエテルニタスは彼らを睨み付け言った。