「うわぁぁ」
ヴィクトリアは重力に従い、下へ下へと落ちていく。だが、以外にも直ぐに地面に激突した。
「グハ……くそ、私とあろう者がこのような罠に……アエテルニタスは……」
ヴィクトリアは飛び起きると辺りを見回した。振り仰ぐとここは深い縦穴の底らしく、上には丸い小さな光が見える。揺らぎのあるそれに照らされ、少なくとも暗黒ではなかった。辺りにもいくつか洞窟が伸びでおり、緊急時の脱出経路だと彼女は考える。
「ここで分断しようという策か、居るんだろう!暴食のグラ、色欲のルクスリア!」
彼女は大きな声で叫ぶが、それは誰も答えることはなかった。代わりに目の前にミミズ状の巨大な生物が数体現れる。それは、ギャァァァと咆哮を発すると、一斉にヴィクトリアに向かい突進した。
「くそっ」
彼女は剣を拾い上げるが、始めの突進はいなしきれずに突き飛ばされ、洞窟の一つへと転がり込んだ。
「こんなことがどうしたというのだ!」
彼女は叫ぶと青く光る剣を握り直し、立ち上がる。その時、再び大きな音がし、細かな粉塵が顔に当たった。彼女は思わず腕で顔を覆いそれらを振り払う。
「何!?」
所々に赤い部位を持つ生物が洞窟に飛び込む際、周囲の岩石に体をぶつけたのか、岩石の崩落によって縦穴への道は塞がれ、辺りは真っ暗に染まる。
だが、彼女の持つ剣の明かりと、死神としての視力で、彼女の視界は完全になくなったわけでは無かった。
「こんなことで私を倒せると思わないことだ」
ミミズのような生物の口は四叉に開き、そこに幾重にも連なる歯が見える。彼女は薄暗い中、それを透かし見た。再びの突進、だが、彼女は今度は飛び退き、それらに反撃を加える。
擦れ違い様に切り付け、引き裂き、縦横無尽に勇者の剣を振るう。それらは次第に身体をズダズダにされ、目に見えて動きが鈍る。
「これで、止めだ」
ヴィクトリアは思い切り剣を振り上げ、一列に並んだ瞬間にそれらの頸を一刀のもと両断する。切断され、断末魔のように蠢くが……それは次第に動きを止める。
彼女は剣についた透明な血を振り払い、視線を落石によって塞がれた通路に向けた。
だが、突然背後が明るくなり、彼女は咄嗟に振り向いた。そこにいるのは二人の人物。
「…………!……」
彼等はフードを取り払い、マントを脱ぐ。その下から現れるのは銀髪と黒髪の髪。タナトスは鎌を持ち上げると彼女を睨む。傍らに立つケールも彼女に凶暴な視線を向けていた。
「……ヴィクトリア・ブレイブ……ここで、貴様を殺す」
唖然とするヴィクトリアに対し、暗い顔をした、だが深い決意に燃える目で、タナトスは静かに言った。
「ディザスターに協力したのか……」
「いいや。災厄は私らの絶対的な敵だ。そんなのに魂を委ねるほど落ちぶれちゃいねぇよ……”七つの大罪”と”小さな災厄”……決着が付くまでに貴様を仕留める……」
「分からない。何故、君達は私に敵意を向ける……私達は……これまでは、少なくとも……私達の目的は一致していた筈だ。B056……君が死神界の新秩序を誰よりも望んでいた事は知っている。対災厄戦はそれを確立し、世界に安寧をもたらすための戦いだ。何故、君はそれを止める」
ヴィクトリアは剣を下げると腕を広げ、踏み出しながら訴える。
「ふざけんなよ。止めるのは貴様の愚行だ……災厄を仲間とし、死神機関を使わず、自らの身一つで災厄に挑もうとする……貴様は勇者に相応しくない。それに”HTB”……こっちのほうが”勇者の力”を上手く使える。私らが災厄の根本的解決を成し、死神界の新秩序を作り上げる」
「死神機関の創立に際して、私は君達に強く頼ってきた。君と上級死神達を筆頭にして……君らもよく協力してくれた。志半ばで倒れた死神たちも多い。だから今度は私の番なのだ。これ以上君達を傷付けたくはない」
「嘘を!裏切り者の癖によくもそんな聖人君子みたいな顔ができるっすね」
ケールが喰って掛かるのを抑え、タナトスは声音を変えず続ける。
「……貴様はそれで良いだろうな…………だが”HTB”は……死神暴力組織は違う。どちらにしろ私らは災厄の封印が完了し、情勢が安定すればそれで居場所はなくなる」
「そんなことはない!」
ヴィクトリアは叫び、彼らへと駆け寄ろうとして……だが、彼等の目を見て彼女は歩みを止める。
「……私らは暴力しか持っちゃいない。そうだ……私らの望む世界には……安寧の世界にはそんな奴等は必要ねぇ。そのために戦ってきた……私らが必要とされなくなる為に……その為に戦って死ななくちゃならない!それが、私らの只一つの存在意義なんだよ……」
タナトスが鎌を振り上げ、ケールは爪を煌めかせる。
「そんな筈はない、必要の無いものなどいるものか!ならば、見つければ良いではないか、私が災厄を封印した後の君達の居場所を!」
「ねぇよ……私らの担ってきた仕事は、警務組織やそれに準ずる奴等の仕事になる……私らのように規律を持たないゴロツキは、相当情勢が荒れていて、相当の驚異がないと必要ねぇんだよ。それ以外じゃ……その驚異に対抗する以外に存在意義はねぇ……ケール……やるぞ!」
ヴィクトリアに向かい、二人は一斉に襲い掛かる。それはさながら二色の風のようで、だが、ヴィクトリアは剣を両手で握り直して受ける。金属音が響き、二人の得物は弾かれ、その勢いで数歩後ずさった。しかし、ヴィクトリアが口を開く前に再び斬りかかる。
タナトスが一閃を加えれば、ヴィクトリアはそれを受け弾く。ケールが腕を突き出せば彼女はそれを受け流す。絶え間ない攻撃を押し返し、弾く。
全方位からの激しい攻撃にも関わらず、ヴィクトリアは一歩も動かない。只剣を振るい、自らを絶命させうる攻撃を一つ残らず打ち落とす。
「本当に!本当に君達とは解り合えないのか……私は君達を大切な仲間だと思っていた。それは紛れもない事実だと……」
「じゃあ、アエテルニタスを……あの”小さな災厄”を封印するっすよ!何も無しに……無条件で信じろって、できると思ってんすか」
「……彼女は死神だ。そして、成りたくて災厄の力を得たわけじゃない。君達と同じなんだ。君達と同じ……”力”の被害者」
「じゃあ、災厄”ディザスター”でも仲間にするんすね。あんたの理論なら奴も被害者っすよ。でも奴は敵対視するわけじゃないっすか……完全に都合が良いんすよ。結局はやってることが気にくわないから……アエテルニタスはあんたに従うから……そんな自分勝手を信じろとでも言うんすか!」
一際、高い音と共に二人は撥ね飛ばされる。ヴィクトリアは肩で息をしながら大きく後ろへと飛ぶ。
「ならば、君達もだ。私の指示を無視し、勝手に調査、行動した。それでその行動が理解されなければ、離反する。その様な不誠実をしておきながら……まだ信じさせなかった私のせいとするのか」
ヴィクトリアは息を整えながら、深く俯き、言い放つ。だが、タナトスは小さく身を震わせると憎悪のこもった目で、口調で叫んだ。
「先に……先に裏切ったのは……貴様だろうが……ヴィクトリア!!」
タナトスは飛び上がり、渾身の力を込め鎌を振り下ろす。ヴィクトリアは動くことはなく……只悲しそうに顔を歪めた。
「…………!」
だが、それがヴィクトリアに届く前に背筋が凍てつく気配を感じる。その瞬間にタナトスに向かい黒色の衝撃波が襲った。
「くそ!」
咄嗟にタナトスは腕を曲げ、直前で鎌を引き寄せる。ガンッという衝撃を感じ、彼女は鎌もろとも後方へと吹き飛ばされる。何とか着地し、斬撃が与えられた方向を睨んだ。
「…………」
彼女はそのまま言葉を失った。腕は力なく垂れ下げられ、呆けたように立ち尽くす。
「先輩!大丈夫っすか、血、出てるっすよ」
ケールも飛び退り彼女に呼び掛ける。タナトスは腕にズキリとした痛みを感じ押さえた。鎌で抑えきれなかった衝撃は、彼女の腕を引き裂き、上腕に深い直線状の傷を残していた。
「……大丈夫だ……っ!……全員やられたのか…………くそったれ」
「……どう……するんすか」
二人は呟く。洞窟と縦穴を隔てる瓦礫は、その向こうから発せられた斬撃によって両断され、横一文字状の人が通れるほどの空間が空いていた。そこに立つ、一人の死神は素早くヴィクトリアの前へと躍り出る。
「……”小さな災厄”」
ケールは呟いた。
ーーーーー
モーモスは眉にシワを寄せながら座っていた。彼の周囲には十数人かの死神達が、同じように机に座り、重苦しい空気が流れていた。その中で一人の死神が言う。
「……成功、するでしょうか……」
「やれることはやった。これ以上は僕らは力には成れないから、タナトスの実動部隊に任せるほかないよ」
モーモスは険しい顔でそう告げる。非戦闘を担当する彼等は本拠地で待機していた。
結局、勇者抹殺についてはイルシュアーノの提言が受け入れられた。”七つの大罪”の拠点が洞窟であること、そしてその内部には正規の入り口の他、脱出の用の洞窟が掘られている事を利用し、その洞窟でのヴィクトリア・アエテルニタス両名の分断を狙う。
その後、デルフトの生物兵器を使い勇者を疲弊させ、”HTB”最強である二名の死神によって”力”を奪い取る。一方でアエテルニタスには、”七つの大罪”とぶつけた後、時間が足りなければ残りの死神によってどうにかして時間を稼ぐこととされた。
「……しかし、もし……もしですよ……全滅した場合の為に別動の魂回収隊を付けたほうが良かったのではないでしょうか……」
「いや、体が死んだ後直ぐに行わなくては魂を確実に回収するのは不可能だ。そうすると勇者らに接近する必要がある。仮に回収出来ても、戦闘に慣れていない僕らじゃ、追跡を逃れられない。失敗しても一人でも残っていれば回収して来れるだろうから、そちらのほうが完全だ」
「では、全滅した場合は?」
「…………それはない……少なくとも、彼等はそんなことしない筈だ」
モーモスは祈るような声で呟いた。
「……帰って来なくちゃこっちが困る。どうにかして戦闘データを取らないと俺の努力が無駄になる…………おい、ちゃんとこの分は返してくれるんだろうな」
大きなため息と共にデルフトが重苦しい雰囲気を割るように言う。
「あぁ、勿論、あの生物兵器達を利用させてもらった分は返すさ……君にとっては身を切るような思いだっただろうけど……僕らが死神機関を掌握したら、新しく技術組織を作るつもりだ。そこでの自由な研究を約束する」
「ありがとな……」
胡散臭い物を見るように彼は言い、ガサガサと目の前に広げた書類の整理を始めた。
「……ん?……死神機関の掌握って?……そういやぁ、話したことを聞いたことなかったが、お前らこの後どうするつもりだ?」
ふと気付いたようにデルフトは言った。それを聞き、モーモスは虚を突かれたように振り向く。それに反応して、幾人かの者が顔を向ける。
「確かに今後の方針は不透明でしたが……」
クルエンタスが立ち上がり、不安そうな表情を向ける。モーモスは大きく溜め息を付くと、デルフトではなく彼の部下に向けて言った。
「いつかは、話さなくては成らないことだ……今の死神機関には大きな欠点がある。何だと思うかい?」
「それは……」
「ある意味、死神機関はヴィクトリア様個人への忠誠で成り立っている。と言うことは、もしヴィクトリア様が亡くなればどうなるか……」
クルエンタスが恐る恐ると言うように言った。
「分裂……ですか?」
「その通り、まだ死神界の派閥争いは続いてる。今回のヴィクトリア様不在の際の指揮系統も上級死神の間でそれなりに揉めたんだ。それほどに死神機関はヴィクトリア様の人柄と”勇者の力”に繋ぎ止められているんだ」
「じゃぁ、”勇者ヴィクトリア”を殺すとすると」
「あぁ、だが、死神機関構成員は、ヴィクトリア様と同時に”勇者の力”に忠誠を感じてる。だから僕らが死神機関のトップに立つことも可能な筈だ。で、僕らは”勇者タナトス”の威光で機関を掌握する」
だが、それに対して、部下達は明らかな疑問を表す。だが、それを口にしたのはいまだに書類を弄るデルフトだった。
「それ、今までと変わんなくねぇか?結局お前らはその……最高権力者と入れ替わるんだろ?」
「ここからが本番だ……だが、ここからは、君達にはとても辛い話かもしれない。しかし、これだけは伝えておく。これは現時点での僕の案の一つだが、タナトスは……彼女はこれに賛成した」
モーモスは顔を改め、キッとしたものに変わる。
「僕らはその後、死神達を徹底的に弾圧する。まさに独裁、暴政を展開する。とするとどうなるか……彼等は派閥を越えて手を結ばなくていけなくなる」
モーモスは腕を広げると部下に呼び掛けるように言う。
「そこで、その派閥で連合を組ませ、そこで多数決を基本とする独立した統治機構を作らせる。そして、一斉に”HTB”への抵抗を蜂起させるんだ。そうすることで死神機関は生まれ変わる。個人の力によって支配される機関から、”死神議会”と言う統治機構による多数人統治に変わる」
モーモスは机に手を突き、自信のある声で言う。
「すると、"HTB"は……」
「無論、それと同時に表舞台から消えることとなる。だが、それは当然の事だ。災厄が居なくなれば、死神機関が安定すれば、もう勇者の威光も個人崇拝も必要なくなる。勇者は、個人の別名ではなく、緊急時に設置される臨時役職になる」
彼の顔に見えるのは希望と確信だった。まるで子供のように目を輝かせる。
「すげぇな……民主制ってやつか、そんなのもあったようだが……それを死神界で作ろうってのか」
デルフトは言うと書類を纏めると立ち上がった。
「じゃあ、俺は実験の途中だからな」
彼はそのまま姿勢を低くし、部屋から出ていく。その後には暫く、モーモスの熱意とは裏腹に室内には微妙な空気が残った。
「皆様方、お疲れのようですね」
がチャリとデルフトが出ていった扉の反対側の扉が開けられ、長身のイルシュアーノが腰を屈めながら入ってくる。
「…………何故……見張りがいた筈ですが、あぁ、彼に許可を得たのですか……ええと、誰か飲み物を……」
普段であれば先に見張りからの連絡が来るはずであった為、入ってくるイルシュアーノにモーモスは若干の驚きを見せる。だが普段と変わらぬ様子で立ち上げると部下に指示を出しながら、イルシュアーノを椅子へと誘導する。
「いえ、そうではなくてですね……見張りの彼は伝えようとしたのですよ。しかし、伝えられなかった……」
だが、イルシュアーノは動かずに深々と溜め息を付く。モーモスは理解出来なく……目を丸くし、駆け寄ろうとして、
「何を……」
「グラ……やってしまいなさい」
バグンと音がしモーモスの既に骸骨となった半身は、扉と周囲の壁ごと削り取られる。
「モーモスさん」
死神達は慌てながら武器を構え、モーモスを引き寄せ、その前に立った。
「……な!……これは……どういうことですか!何故彼らがここに……」
モーモスは部下に支えられながら、イルシュアーノに向かって叫ぶ。そして、自らの半身を齧り取った者を睨む。
「申し訳ありません。ですがこれも必要なことなのです」
いつの間にか攻撃を避け、無傷のイルシュアーノは、すまなそうに恭しく頭を下げる。すると、攻撃によって空いた穴から、二人の人物……いや怪物が現れる。
「こんにちはー、”HTB”の皆さん」
「……」
「何故……暴食のグラ……色欲のルクスリア…………イルシュアーノ、まさか!君は……騙したのか?」
それに対し、イルシュアーノは軽く首を竦める。
「いぇ、私は嘘は付きません。騙すなどと言うことは……これまで私から提供させていただいた情報は全て正しかったでしょう。私は嘘は付きません。ですが、私は皆様方には、明確に味方であるとも伝えておりません。私は只、情報を与え、助言を与えたのみです。それを皆様方がどう受けとるかは……解釈の分かれる点でありましょう」
突き付けるように言われ、モーモスは言葉を失う。だが、次の瞬間には唇から血が吹き出す。噛み切ったのだ。
「ええと、そう言うことで……貴方達はどの様に抵抗してくれるのかしら……さーてグラ……食べちゃいなさい」
ルクスリアの傍らに立つ体の半分が口で出来ているような大口の化け物……暴食のグラはグルル、と唸ると、前に立ちはだかる死神に飛び掛かる。
「くっ……”ソウルストーン”」
死神達は直ぐ様マントの中に手を入れると、そこに在るものの力を使う。すると現れる十数体のゾンビやスケルトン達、だがグラは、目の前に現れたの化け物をその召喚者ごと食らう。
「くそ!君達は逃げろ」
モーモスは叫びながら、倒れ込むと手持ちのソウルストーンを片っ端から使い、あらゆる化け物を召喚していく。だが、彼らでは到底敵わず、成す術もなくグラに飲み込まれて行く。
「しかし……」
「速くするんだ。速くしろ!そしてタナトス達と合流するんだ。彼女なら……」
「すみません!」
幾人かの死神が駆け出し、一斉に逃げ出した。モーモスは迫り来るグラを一つしかなくなった目で凝視し、呟いた。
「こんなところで……ごめんよ……タナトス、君の望んだ世界には行けそうもない…………頼んだよ……」