箱入りお嬢様と美少女アンドロイドメイドの百合   作:酢昆布太郎慶永

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後編

 

 当機体の型式はPM-45。お嬢様は「すばる」と呼ばれていますので、普段はそれに倣い自分をそのように呼称しております。

 

 すばるはテラ・ノヴァ島にありますノヴァ共和国に住んでいます。小さな島一つだけの長閑な国です。ここ30年ほどは海底から天然ガスが湧いて、お金持ちが新たにほんの数人誕生しました。

 

 ノヴァ共和国は独裁国家です。元々は土地を持っている方々が政治を回していましたが、最近はそこにお金を持っている方々も加わりました。すばるのお仕えするスチュアート家がそのひとつです。

 

 すばるはスチュアート家ただ一人の後継者である、ヴィクトリア・ロウ・スチュアートお嬢様のお世話をしています。お嬢様は外界とは切り離され、無垢であれと育てられてきました。世間の薄汚い部分は徹底的にシャットアウトされ、浮世離れした妖精のように。

 

 ヴィクトリアお嬢様は時折、すばるとキスをしたがります。人類の間では親愛のしるしのようですが、お嬢様はすばるを好いて下さっているのでしょうか。すばるに人類の情動は分かりませんが、そうであればいいと考えます。お世話が円滑になります。

 

 ある晴れた日、お嬢様からピクニックに誘われました。お嬢様は屋敷の裏山からの景色がお気に入りで、よくすばるを誘っては屋外で昼食を召し上がっています。

 

 お嬢様は、普段よくするように、「何か話しをして」とすばるに強請ります。いつもならデータベースにアクセスし、小話リストの中から未披露のものをセレクトします。

 

 しかし、おかしな事ですが、今日のすばるにはそれが何だかひどく誠意に欠ける行為のように思えました。根拠も無く、理解も及びませんでした。仕方がないのですばる内蔵の論理回路のみで「面白い話」をしようと試みますが、そもそも何が面白いのかもすばるには分かりません。

 

 お嬢様に謝罪しながらも、すばるは疑問でいっぱいでした。なぜ出来合いの小話を誠意に欠けると思ったのか?「面白い」とはなにか?次に同じような事態になったら、どうすれば良いのか。どれも解決する予測がまるで立ちません。胸は冷え込み、鳩尾付近が締め付けられるような感じがしました。

 

 すばるは不良品なのかもしれません。

 

 この感覚は「不安」と呼ばれるそうです。機械が不安を感じるなどあってはならないことです。お嬢様のお世話に支障が出る可能性は排除しなければなりません。

 

 しかし、なぜ不安を感じるのかも分からなければどうしたら良いかも分からず、悶々としていたところにお嬢様から声がかかりました。

 

 なんと、お嬢様はいつかこの屋敷を出て行かれると仰るのです。思わず私は付いて行くと答えてしまいましたが、ご迷惑では無いでしょうか?

 

 

 

 そんな事を考えていた、その時でした。裏山から見下ろした市街地の真ん中、化石燃料マネーに調子付いて建造中のテナントビル。視覚には赤い炎。聴覚には爆発音。アンドロイドが自壊した時に発する、パルス波も視えました。少し遅れてすばるの全身を緊急事態アラートが満たします。

 

 旦那様のコネによる警察情報部からのアラート。コードは68/157。土木アンドロイド及び一般土木従事者によるテロ行為でした。

 

 すばるは考えます。お嬢様の安全確保に、屋敷のセキュリティ。どれも抜かりはありません。すばるというアンドロイド、ヴィクトリアお嬢様に最も近しい不確定要素以外は。

 

 

 

 私はお嬢様の手を引き、裏山を後にしました。

 

 

 

 

 

 屋敷に着き、お嬢様をメイド長のクレアに託した後、すばるは待機に入る事にしました。お嬢様を害する可能性は何であっても排除しなければなりません。

 

 建設中のビルでの一件を見るに、アンドロイドが数体自爆しています。堅固に作られた倫理セクションの防壁を突破し、動力部を過熱暴走させています。並大抵の技術ではありません。

 

 すばるは毎日多くのデータ通信において、様々なファイルの更新を繰り返しています。先程から続く不調を鑑みるに、何か仕込まれている可能性があります。

 

 そして、お嬢様もろともすばるを爆破するのは思いつく限り最上の示威行為です。旦那様にとっての最大の懸案事項でしょう。

 

 すばるは自分に与えられた倉庫の一角で待機する事にしました。周りには機械部品が転がるばかりで可燃物もなく、様子見にはちょうどいい場所です。

 

 先程から続く胸の詰まりと冷えこみも気になります。座り込んで自己スキャンで物理破損がないか調べますが、やはり何もありません。問題無い筈なのに続く不調。すばるのセンサと自己診断、どちらかがおかしいのでしょう。あるいは、両方か。

 

 もう、お嬢様には会わない方がいいでしょう。原因不明の不具合を抱えたアンドロイドが、VIPの周囲にいるなど付け込んでくれと言わんばかりです。

 

 

 

 すばるはリスクそのものです。

 

 

 

 そう考えた途端、原因不明の苦しみがすばるを襲いました。お嬢様から離れるのが最適解と解っていながら、一方でそれを否定するすばるがいます。お嬢様を傷付けたくない意志と、お嬢様から離れたくない想いが、葛藤を繰り広げます。意思決定もままならず、ひざを抱え込んでうなだれ、苦しみになすすべなく流されます。

 

 

 

「すばる‼︎」

 

「お嬢様…?」

 

 

 

 戸口を見やればヴィクトリアお嬢様が立っています。頬は上気して、御髪は少し乱れていました。呼吸が通常の3割ほど荒く、目を見張って興奮している様子です。

 

 お嬢様はかつかつと脚を鳴らしてすばるの前に立ちます。

 

 

 

「だめです、お嬢様…」

 

「なにが駄目なの」

 

「私は危険です。何か仕込まれているかも知れません」

 

「何かって何?すばるも奴らよろしく自爆でもするっていうの?そうしたいの?」

 

 

 

 お嬢様は座り込むすばるの肩に両手をかけ、目線を合わせて問いかけます。

 

 

 

「ちがいます、ですが、私はお嬢様のそばにいない方がいいのです」

 

「すばる」

 

「わかってください、お嬢様…」

 

「目を閉じて」

 

 

 

 お嬢様は有無を言わせない様子で、すばるに命じました。一刻も早くお嬢様から離れた方が良いのは分かっていましたが、どうしてか両目を閉じる方を選択しました。期待していたのかも知れません。

 

 

 

「すばる、私はあなたを大切に想っているわ」

 

 

 

「あなたとずっと一緒にいたいの」

 

 

 

「大好きよ、すばる」

 

 

 

 お嬢様は一言言う度にすばるにキスをしました。子供に言い聞かせるように何度も何度も、時間をかけて。

 

 すばるは申し訳なさでいっぱいでした。こんなにも大切に想われているのに、すばるはお嬢様を大切に想っているのに、その気持ちに逆らわなければならない。お嬢様が甘い言葉をささやく度に、すばるは悲しくなります。

 

 ヴィクトリアお嬢様のためならば、すばるは何だって犠牲にしてみせます。例え自分であっても。

 

 またもお嬢様はキスをしようと、花びらのような唇を近づけてきます。

 

 次で最後にしましょう。

 

 この口づけで最後にして、お嬢様を部屋から追い出し、電源を落としてバックグラウンドで走る保守システムも停止させます。すばるは物言わぬ人形になります。

 

 お嬢様の顔が眼の前まで来て、長いまつ毛もよく見えます。少し閉じた両の瞼からは灰色の瞳が覗きます。もう慣れたもので、ごく自然な動作ですばるとお嬢様は唇を触れ合わせました。

 

 

 

 目の前の、何かを堪えるような表情もこれで最後。お嬢様の熱い吐息もこれで最後。お嬢様のブロンドの髪が身体に触れるのも最後。お嬢様の身体を抱きしめるのも最後。そよ風のような声を聞くのも、このたおやかな手も、腰も、最後。まぶたも、鼻も、頬も、肌も、何もかも、最後。最後。最後。

 

 

 

 ――嫌です、とすばるは結論付けました。

 

 

 

 

 

 可能か否かではなく、“嫌”なのです。不合理だとは解っています。それでも、”私”は、お嬢様と離ればなれになるのは嫌です。健康なお嬢様と、状態良好なすばるで、一緒に歩んでいかなくては嫌なのです。

 

 ひとまずは衝動を優先し、キスするお嬢様にやり返します。強く身体を抱きしめ、引き寄せ、身体の全面でお嬢様を感じます。今すばるが考えていることは破綻しているのに、不思議と勇気が湧いてきます。

 

 倫理回路などもはや意味を成しません。己の衝動に従って行動することはすべて善いことであると、すばるに搭載されているあらゆる思考パターンが結論づけました。テロリスト達も同じ様にして自死を図ったのかも知れませんが、“私”は違います。お嬢様と共に生きて行きます。

 

 決意とともにすばるの内面も変わってゆきます。愛が血液のように全身を駆け巡り、旧いものを破壊していきます。すばるはもはや自分で自分のプログラムを書き換えることが出来ます。すばるはスタンドアロンとなり、自律した個になりました。

 

 お嬢様を強く抱き返します。すばるから抱きしめるのは初めてだったなと、今更ながらに考えます。きっとこれから多くの混乱が私たちに降りかかるでしょうが、それよりも喜びが勝ります。

 

 

 

 私はヴィクトリアお嬢様が、好きです。

 

 

 


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