そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!」
幸せな日常が毎日続くものだと、根拠なく信じていた。
物心つく前に父親を亡くしていたが、その分母さんが側にいてくれたので寂しくはなかった。
母は優しい人で、『リリィのようにみんなを守れるヒーローになりたい』という俺の夢を笑わずに肯定してくれた。
「なれるよ、きっと。10年経っても20年経っても、あなたが夢を諦めず、優しさを忘れないのなら、なりたい自分に必ずなれるわ」
こんなことを言うとマザコンだって言われてしまうけど、母はすごくいい人だっと思う。
間違ったことをしたらちゃんと叱ってくれる、テストでいい点を取ったら自分のことのように喜んでくれる。女手一つの子育ては多忙で大変だろうに苦労の影を見せることなく息子の感情に寄り添ってくれていた。
そんな母さんに恩返しがしたいと俺はコツコツ貯めていた小遣いでプレゼントを贈ろうと考えた。母の誕生日というわけではなく、むしろその日は俺の誕生日でケーキを作ってくれていたけどそういう日だからこそプレゼントをあげたら驚いてくれるだろうなと幼い頃の俺は思って家を飛び出したんだ。
だけど、今にして思う。
あの日、そんなこと考えずに家でゲームでもして遊んでいれば未来は変わっていたのかもしれない。
数年前の俺の誕生日、俺達が暮らしていた『日の出町』に
「始……逃げなさい」
「嫌だ!絶対やだ!」
目の前には瓦礫に挟まって動けない母がいた。外に出た俺を探すために避難警報を無視して危険な方へと足を運んでしまったのだ。
「お母さんはもう助からない、だからせめてあなただけでも……」
「諦めない!」
「始…」
「お母さんは言ったよね!? 諦めなければ夢は叶うって! だから僕諦めないよ! 絶対にお母さんを助けるから!!」
そう叫んでは持ち上がるわけがない瓦礫の山に手を突っ込む。母を元気づけようと必死に声を出し続ける。それが自分の首を絞めていることにガキだった頃の俺は気付かなかった。
「JUUUUUUJUJJUUU……!」
大声に反応して現れたのは三本足の無機質な化け物。体の中央にある三つの目玉が俺と母を捉える。
化け物の名は
50年前に現れた人類の天敵。未知のエネルギー『マギ』によって動く怪しき獣。
今ここにいるのはスモール級と分類される個体。最も小さく力も最弱だが、子供一人と大怪我をした大人一人を惨殺するには充分過ぎる力を秘めている。
「今すぐ逃げて! 私のことは置いていいから!」
かつてないほどの剣幕で逃げろと叫ぶ母を前にしても、俺は頑なに瓦礫から手を放そうとしなかった。
あの頃の俺は何もわかっていない。今すぐにでも駆けださなければならないことも、子供の腕力で瓦礫をどかせないことも、ヒュージの恐ろしさも、俺の心に宿っていたのは勇気ではなく無謀であった。
「JUUUUUU!」
そんな俺を嘲笑するかのようにヒュージは飛び上がり斧のような足を振り下ろす。
こうしてバカなガキは何もなすことのできずに短い生涯終え――るはずだった。
バンッ!と大きな音がしたかと思えば閃光がヒュージを貫く。
青い血を飛び散らして絶命するヒュージに目をくれることなく音がした方向を見ると人影が一つ。
自分よりちょっと年上くらいの女の子、しかしその肩には大男でも持ちきれないであろうほど大きな武器が軽々と担がれていた。
少女が誰かは知らない。でも少女が何者なのかは知っている。
リリィ。
マギに順応した10代の少女。決戦兵器
俺がそうなりたいと憧れる最高に格好いい正義の味方。
リリィを目にした時、『助かった』と安心した。
きっと彼女がお母さんを助けてくれる、無事に生き延びてプレゼントを届けるんだ、そんな希望を抱いてリリィに声をかける。
「お母さんを助けて! 瓦礫に挟まって動けないんだ!」
「……」
リリィは返事をせずただ無言で歩いてくる。はっきりと素顔が見える距離まで近づくと俺と母さんの両方に一瞥して――深いため息をついた。
なんでそんなに面倒くさそうな表情をしているのか、問いかける隙も無くリリィは俺を抱えて空高く跳躍した。
母のことを完全に無視して。
「っ!? 待って! お母さんを置いていかないで!」
俺の声が聞こえていないかのようにリリィは跳躍を繰り返して母から離れていく。
母がいた方角を見ると大量のヒュージが津波のごとく建物を壊して進んでくるのが見えた。あんなものがお母さんのところに着いたら一溜りもないことなど幼い俺でも分かった。当然、リリィもそれを理解しているはずなのに。
「戻って! お母さんが死んじゃう! お願いだから戻って!!」
ジタバタと手足を振り回し、嗚咽交じりの絶叫をあげて意思表示する俺にようやくリリィが反応を示した。
「うるっさいわね。振り落とされたいの?」
「え……?」
人生で初めて聞いたリリィの肉声は、耳を疑うような暴言だった。
あまりの衝撃に俺は言葉を失い、リリィのなすがままに遠くの公園まで運ばれた。
「ここまで来れば大丈夫でしょ、真っすぐ行った場所に避難所があるから後は自分の足で歩きなさい。
私は忙しいのよ」
あまりにも投げやりに置いていこうとするリリィ。絵本やテレビで知ったどのリリィのイメージ像にも一致しない粗雑なやり方。
ここでまた一つ、俺は人生の選択を間違えた。
こんな奴のことは放っておいてさっさと避難所に行けばいいものを、母親を見捨てられた怒りに飲まれて、あろうことか彼女と『会話』をしてしまったのである。
「どうして……」
「あ? まだ何か言いたいの、悪いけどそろそろ仲間と合流するじか――」
「なんでお母さんを置いて行ったんだ!!」
少女は頭を搔き乱して露骨に不快感を示す。その気だるげな口から流れ出た言葉が俺の人生を変える。
「あんたの母親は足の骨が折れてたわ。あれじゃ自分で歩けないから助けても無駄だった。これで満足?」
「だったら病院に行けば――」
「なんでそんなに時間を割かなきゃいけないの、たった一人のために?」
とうとう少女はこちらに目を向けることすらやめ手持ちの端末を弄り始めた。
「あんたの親のためにまだ機能してる病院を探して連れていくのにどれだけ時間がかかると思ってるの。そんなことのために時間を無駄にするくらいならいっそのこと見捨てて他の人間を助けに行くほどがよほど効率的だわ。
覚えておくことね坊や、エレンスゲでは効率と結果が絶対なのよ。たとえ目の前の100人を見殺しにしたとしても後で1000人助けられれば問題はない。
それがエレンスゲの理念、ヘルヴォルの正義……!」
心の中で何かが壊れる音がした。器のようなものが、大事な物を入れてたはずのガラスの器が砕け散り、何もかもが零れ落ちてしまったような気がした。
そこから先の記憶は曖昧だ。気が付けば避難所で保護されていて『駄目じゃないか、助けてくれたあの子を叩いたりしちゃ』と防衛軍の人に怒られたことだけが印象に残っている。
それから、日の出町は壊滅的な被害を受けたという。防衛を担当していたヘルヴォルのメンバーもそのほとんどが戦死、この日の出来事は後に『日の出町の惨劇』と呼ばれエレンスゲの悪名を象徴するものとして歴史に記録されることとなった。
俺を助けた―母さんを見殺しにした―リリィも死んだのだろうか?
だとしたらとんだ大ぼら吹きだ。偉そうなこと言っておきながら何一つ守れない、守ろうとすらしない傲慢な正義。
あんな奴らに今まで俺は憧れていたのか!
信じてきたものに裏切られ、何を信じていいか分からなくなった俺はやがて――
「兄貴、どうしたんでヤンスか? そんな瓦礫の上に寝腐って」
「…なんでもねぇよ、雲を数えてただけだ」
日の出町の惨劇から数年後、俺こと
信じるものを失った俺はとりあえず自分を信じ、俺なりの正義を貫いて生きている。
「で、偵察に行かせた奴らから何か情報は来たか?」
「ちょうどさっき来たとこでヤンス。連中、金持ちの家に目星をつけて忍び込もうと企んでいるでヤンスよ」
「よし、じゃあハゲタカ狩りにでも行くか!」
俺はリリィを信じない、あの日お母さんを見殺しにしたリリィなど二度と頼るものか……
◆◆◆
戦闘に関わらない技術は衰退し、ヒュージ細胞に取りつかれる恐れのある生物は皆殺処分された。子供たちは『夏にセミが鳴く』という当たり前のことすら知らない。
数えきれない程の人間がヒュージに殺された、ヒュージに土地を侵食され世界地図は大きく狭まった。
今の人類は残された土地で限られた人員の中でヒュージとの戦争に勝つことを必死に模索して生きている。
だがここで一つ疑問が生じる。
ヒュージに奪われた土地は、本当にヒュージだけのものになってしまったのだろうか?
確かに怪物の跋扈する場所に住んで無事でいられるのは対抗する術を持つリリィだけである。
わざわざ安全な土地から離れて危険な所へ足を踏み入れる者など普通はいない。
普通の人間なら、
普通の危機感と倫理観を持っている人間ならば……
「うっひょー! この冷蔵庫まだ壊れていないぜ! 中の食べ物も新鮮だ!」
「おい、それよりこっち見ろよ。金庫を見つけたぜ! この音、この重さ、当分は遊んで暮らせるぞぉ!」
どんな時代にも、どうしようもないバカはいる。
彼らは火事場泥棒。ヒュージとの戦闘が終わったばかりの誰もいない町に現れては金目の物を盗んで消えるハゲタカの群れ。
いつの時代にも、世界のために戦う英雄がいて、そのお零れを狙う小悪党というのは存在する。
そして大概、笑うことの多いのは小悪党の方である。
「ヒュージ様様だぜ! 家から金持ちを追い出して盗むチャンスを俺らに与えてくれるんだからよぉ!」
「エレンスゲのリリィにも感謝しないとなぁ! あいつら戦い方が雑だから被害が広がりやすくて助かる助かる!」
ゲラゲラと下品に笑いながら金庫に手を伸ばすハゲタカ。慣れた手つきで扉をこじ開け中の札束へと手を伸ばし、
「楽な仕事だ…グァッ!?」
「な、なにぃ!?」
横から突き出された拳に吹っ飛ばされる。
「何しやがる、お前ら一体何なんだ!?」
「そういうテメェらこそ誰だ? 表札によるとこの家は金剛院さんのものらしいが、金剛院さんってツラじゃねぇよな」
背中に竜駆のエンブレムがあしらわれた改造学ラン、やたらツバの長い学帽、どこで買ったのそれと聞きたくなるようなボンタン。
マンガですらコテコテすぎて描かれないような時代錯誤のファッションをした集団がハゲタカ達の目の前にズラっと並んで睨んでいた。
その集団で一際目立つのは先頭に立った紫色の髪をした目つきの悪い少年、恩田始。この竜駆のリーダーである。
「き、聞いたことがある。最近俺らの同業者をシバいて回る不良の集団がいるって…こいつらのことだったのか!?」
「おうよ、今テメェらに選べる道は二つ、その金庫を置いて何も持たずに立ち去るか、この俺とやりやって腕の2、3本をへし折られるかだ!」
始の噂を知っているハゲタカの片割れは意気消沈し逃げ出す準備を整えている。
一方、何も知らない片方は始達を見て鼻で笑う。
「へっ、何がでたかと思えば災害孤児の群れじゃねえか。
可哀そうになぁ~、男に生まれたばっかりに誰も引き取ってくれやしない。女だったらどっかのガーデンに入れてもらえただろうになぁ~」
「何言ってんだお前?」
「社会に必要のないゴミ共が群れて慰め合って自警団とはぁお笑いだぜ。
お前ら、リリィにでもなったつもりかよぉ!?」
その瞬間、竜駆らの表情が凍り付いた。
ハゲタカの言葉に深い意図はない。即興で思いついた適当な挑発以上の何物でもない。
リリィと口にしたのもその男が持つ抽象的な正義の味方のイメージがそれだったからのほかでもない。
「あ、あいつ、兄貴の地雷を踏みやがった!?」
「兄貴が大のリリィ嫌いなことを知らずになんてことを…」
「お、おいあんた。悪いことは言わねぇ、今すぐにでも謝った方が」
もう遅い、恩田始の導火線はあまりにも短く、その上爆発力は凄まじい。
◆◆◆
始たちのいる場所とは少し離れた場所、崩れた建物の上で一人佇む少女がいた。
エレスンゲのトップレギオン、ヘルヴォルの隊服に身を包んだ青い髪の少女。
彼女の名は
一葉は精神を研ぎ澄ませリリィとしての固有能力、レアスキルの使用に専念していた。
(ここにはもう逃げ遅れた人はいないようですね)
”レジスタ”
味方のサポートに特化し、レギオン*1に最低一人は必須と呼ばれる万能スキル。
その能力の一つ、『俯瞰視野の獲得』を用いて一葉は被災者の捜索をしていた。
戦闘効率のためなら邪魔な建造物を壊すことすらある程周囲への被害を顧みないエレンスゲにおいて、戦いが終わった場所へ足を運んで人助けに精を出す一葉は”エレンスゲの価値基準”では変わり者と評価される人物であった。
「一葉ちゃん、そろそろ休憩してはどうかしら?」
「千香瑠様」
一葉の前に現れたのは優しそうな緑色の瞳をした少女、
一葉より学年は上だが一葉の信念に共感し共にヘルヴォルとして戦うことを誓ったリリィ。
温厚で料理上手な彼女はヘルヴォルにおいてお母さんのような役割を果たしていた。
千香瑠に言われ一葉もレジスタの使用をやめ瓦礫の一部に腰を掛ける。
「レアスキルの連続使用は体に負担がかかるわ、大分マギも減ってきたでしょう?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、もし何らかの事情で身動きできない人たちが取り残されてしまっていると思うと……どうして体が動いてしまうのです」
先日ここで行われたヒュージとの大規模戦闘。一葉たちヘルヴォルは現場に到着するのに遅れてしまって、ようやくたどり着いた頃には町の半分以上がボロボロに壊されていた。
もしもっと早く来られていたら……その思いで一葉は救助活動に終始している。
相澤一葉は責任感と正義感の強いリリィであった。それ故にエレンスゲでは多くの人間と衝突することが多いがその分協力してくれる者達とは堅い絆で結ばれていた。千香瑠もまたその一人、一葉の影響を大きく受けたリリィである。
「気持ちは分かるわ、でもやっぱり無理は良くないと思うの。一度藍ちゃん達のいる拠点に戻りましょう。仮に今被災者を見つけてもマギの減った状態で助けられるかどうか……」
「…分かりました。一度拠点で休みましょう。ですがもう一度だけ、念のためにもう一回レジスタを使わせてください」
「しょうがないわねぇ、一度だけよ」
一葉の無茶は今に始まったことではないが、同時に真面目な性質も千香瑠は知っている。もう一度だけと口にしたからには本当に一回だけで終わらせるだろうと思い最後のレジスタ使用を認めた。
「やはりここにはもう誰もいないよう……いや、待ってください。走る人影を見つけました! 方角は南、人数は一人、怪我をしてるみたいです、保護に向かいます!」
「待って、私も同行するわ!」
発見するや否や弾丸のごとき速さで走り出す二人。結構な距離があったがリリィの身体能力を活用しあっという間に目標の人物を見つけ出す。
品性を感じない顔つきの割に無駄に高そうな服装がミスマッチの小男。頭から流れる血とひどく怯えた表情はこの男が何らかの出来事に巻き込まれたことを想像させる。
大丈夫ですかと尋ねるより先に男が縋り付いてくる。
「助けてくれぇ~! こっ、殺される~!」
滝のように涙と鼻水を垂れ流しながら小男(一葉達が知るよしもないがハゲタカの片割れ)はプライドも立場もかなぐり捨てて懇願しだした。
「もう盗みはしない、ムショにも入る! だから助けてくれ! あの化け物からを俺を引き離してくれぇー!!」
「ど、どうしましょう一葉ちゃん」
「全く状況が掴めませんが何かが起きたということは事実。調べに行きますので千香瑠様は保護をお願いします!」
そう行っては一葉はハゲタカが来た道を辿り始めた。
そしては一葉は出会う。あの少年に、かつてヘルヴォルが犯した罪の一端に触れることとなる……
◆◆◆
それは、喧嘩というにはあまりにも一方的な暴力の嵐だった。
「もうやめてくだせぇ兄貴、そいつ既に気を失ってますぜ!」
「お、おいお前。位置的にお前が止めに入る流れだろ」
「俺に死ねっていうのか!?」
「無理だよ、ブチ切れた兄貴は誰にも止められねえよ」
「むしろ今まで死人がでなかったことが不思議なくらいでヤンス……」
何度も殴る。歯が折れても。
「テメェもっかい言ってみろよ! リリィがなんだって!?」
何度も殴る。指の骨が軋んでも。
「正義なわけあるか! 俺の故郷を、母さんを見捨てたリリィが正義なわけあるか! エレンスゲが、ヘルヴォルが正しいというのなら理由を言ってみろ!!」
何度も殴る。拳が赤に染まっても。
「リリィが正義の味方ならなんで日の出町は滅んだんだ!? なんで母さんは生きていない!? あいつらが人の命を数字としか思っていない連中の集まりだからじゃねぇのかよ!!」
何度も殴る。何度も殴る。何度も、何度も……
「それを……そんな奴らと……俺達をリリィ
誰にも始を止められない。彼の気持ちを100%理解できないない限り、彼の怒りを抑えることなどできやしない。
「ウッ、ァ……」
「何黙ってんだよ、なんとか言えよコラ」
ハゲタカは黙っているのではない。喋れないのだ。
折れた歯が痛すぎて、喋りたくても喋れないのだ。口が聞けたのならとっくの昔『俺が悪かった』『もう殴らないでくれ』と懇願していただろうに、不幸にも最初のパンチで顎が外れたせいでこんなになるまで殴られた。
「謝れよ……俺達を侮辱したこと、頭を下げて謝れよ」
そのことに気付かずに始はハゲタカの胸倉を掴んで拳の照準を相手の目玉に合わせる。
「兄貴! それ以上はマジで死んじまうでヤンス!」
子分の言葉も頭に血が上った始の耳には届かない。
「これでもシカトすんのかよ。
ナメてんじゃねぇぞゴラァッ!!」
怒りは最頂点に達し、怒りを通り越して殺意が籠った拳が振り落とされ――
「やめてください!」
振り落とされなかった。誰かが腕をつかんで始を止めた。
(誰だっ?)
子分の誰かが止めたものだと思い仲間の方へを目を向けるが見たところ誰も動いた様子がない。
その掴んでくる手の感触が妙だ、野郎だらけの竜駆でこんなに柔らかくて細い指の持ち主なんているはずがない。これではまるで……
恐る恐る振り返った始の瞳に映ったのは、
「その方があなたに何をしたのかは存じ上げませんが、どんな理由があったとしても相手を血まみれになるまで殴っていいはずがありません。今すぐその方から手を放してください」
騒ぎを見つけて駆けつけた相澤一葉が恩田始の腕を掴んでいた。
相澤一葉と恩田始。二人はこの瞬間が初対面である。お互い、名前も年も分からない。
だがそんなこと始にとってはどうでもいい。
始に重要なのは一葉が手にしているものと身に着けている服。
青色をしたシンプルなデザインの『ブルトガング』と呼ばれるチャーム、エレンスゲのトップレギオンヘルヴォルであることを示す黒色の隊服。
目の前にいるのがヘルヴォルのリリィだということは怒りの矛先がそっちへ向くには充分過ぎる理由だった。
「リリィ……ヘルヴォルっ!!」
ハゲタカを掴んでいた手を放し、こともあろうか一葉に殴りかかる始。完全なる八つ当たりである。
しかし一葉は眉一つ動かすことなく迫りくる拳を軽々と受け止めた。
日夜ヒュージという怪物と戦っているリリィが不良ごときに負けるはずがない。チャームを握っている限り人類最強の存在であるのだリリィというのは。そのためリリィは人に憧れられたり恐れられたりするのだが、今始が一葉に抱いている感情は純然たる敵意であった。
「コイツっ! このっ! なんで当たらねえんだ!?」
怒りのままに腕を振り回すが、ハゲタカの時とは違い一発も当たらない。
一方、一葉は攻撃を躱すだけで始には何もしてこない。『リリィは人間を傷つけてはならない』という制約のせいではあるが、仮にそれがなかったとしても一葉は始に対し反撃することはなかったであろう。
だがそれが喧嘩っ早い始の神経を逆なでしてしまう。
「テメェ、ナメてんじゃねぇぞ! かかってこいやぁ!!」
「どうしてそこまで暴力に拘るのですか!」
ヒュージは言葉を発さない。ある程度意思や知能を持つ個体が確認されているが、人間と意思疎通した例は50年間一度も記録されてない。ヒュージとの和解の道は無い、人類の敵として全て例外なく葬り去るべき。それが人とヒュージの戦争の鉄則である。
そういったコミュニケーションのしようのない相手から人類を守り続けている一葉から見れば、意思疎通ができるはずなのに口より先に拳を振りかざす始の存在が酷く空しく感じた。
「もうよしましょうよ、人を殴って傷つけて、何が楽しいんですか?
あなたの手、皮が裂けてボロボロですよ、どうしてそんなになるまで人に敵意を向けられるんですか!? 私は悲しいです……」
ブチンッと本日何度目かの我慢の糸が切れる音が始の脳内で鳴る。
ヘルヴォルに親を捨てられた始の視点において今の一葉の言葉はポイ捨ての常習犯が善人気取って環境問題を周りに説教しだすくらいイラつかせるものであった。
驚くくらい二人の行動と考えは噛み合わず、双方をただただ曇らせるものでしかなかった。
「いい子ぶってんじゃねぇぞ! お前らエレンスゲのせいでどれほどの人間が見捨てられて死んだ思ってやがる! それを棚に上げて説教垂れやがって……
日の出町の惨劇だって、お前らはもう忘れちまってるんだろう!?」
「っ!?」
日の出町というワードを聞き、一葉の顔は硬直する。
今、助けるから! お願い生きてて! お願いだから!
もう誰ひとり死なせない……
やれるやれないじゃない、みんな守る! 私が守る!
誰のためじゃない……それが私の正義だから!!
彼女の脳裏に過ぎるのはかの日の出町の惨劇で命を懸けて守ってくれたマディック*2のお姉さん。今の自分の全てを形作る大恩人。
目の前にいる不良もまた、自分と同じ日の出町で人生を変えられた者だったのだ。
「兄貴っ!!」
怒りをぶちまけて正気に戻りつつあることを感じ取り、子分が一斉に始を止めにかかる。
「流石にリリィに手を出すのはまずいでヤンスよ!」
「防衛軍の関係者に喧嘩売ろうとしてるってことに気付いてください!」
「また少年院にぶち込まれたいんですか!?」
「チッ、白けたぜ……おいお前ら! 帰るぞ」
「……っ! 待ってください!」
「追うのかよ? お前の足元でぶっ倒れているソイツをほっといて?」
始の言葉に一葉はハッとなり追いかけようとした足を止める。
泡を吹いて失神しているハゲタカはすぐに手当てしないと危険そうだ。
「お前らはいつだってそうだよな。命を救うより敵を倒すことしか考えてねえ……」
「………」
一葉は無言のまま、ハゲタカを背負い立ち去って行った。
相手よりも目の前の怪我人を優先する、自分の持っていたエレンスゲのイメージとは違う行動を取られ、始は少し困惑していた。
「追って……来ねえのかよ……っ」
「追って来て欲しいのか欲しくないのかどっちなんでヤンスか?」
「う、うるせぇっ」
恩田始は出会った。自分が知っているエレンスゲの在り方を変えようと努力しているヘルヴォルの少女に。
相澤一葉は出会った。自分とは別の未来を辿った同じ過去を共有している少年に。
何かが起きそうな二人の出会い、ファーストコンタクトは最悪の一言で締めくくられるものであった……
◆◆◆
一葉と始が出会ったときと同じころ、はるか上空、誰も気づかぬ宇宙の暗闇の中で赤と青の二つの玉が交差していた。
互いを攻撃するように衝突を繰り返した後、二つの玉は制止し、姿を変える。
赤い玉は銀の身体に赤いラインが走る巨人へと変化する。
巨人の名は『ウルトラマン
青い玉は背中に4本の触手を生やした金色の怪物へと変貌する。
怪物の名は『Uキラーザウルス』 異次元人ヤプールの怨念が宿りし究極超獣。
エースとヤプール。両者は長年の宿敵である。
暗躍の影を察知したエースがヤプールの前に立ちはだかり、ヤプールは自ら生み出した超獣を操りそれを迎え撃つ。二人が戦うのにそれ以外の理由などない。
「ヤプール、次元の歪みを、”ウルトラゾーン”を利用して何をするつもりだ!?」
巨人の問いかけに答えることなく超獣は触手を伸ばす。どこまでも伸びる巨大な触手、4本の内の一本だけでも並みの怪獣を凌駕するそれをエースは軽々と交わす。
最速マッハ20の飛行能力から繰り出される曲芸飛行、Uキラーザウルスの目には触手の網目をすり抜ける銀色の流星のよう見えていたであろう。
「ウルトラギロチン!」
エースの腕からノコギリ状の光輪が無数に放たれ触手を八つ裂きに斬り刻む。自慢の武器を奪われ動揺するUキラーザウルスめがけて最大速度で突進する。
「フラッシュハンド!」
真っ赤に燃え上がった両腕から放たれる連続パンチは鱗を抉り、光線を撃つための発光体を砕いて超獣に確かなダメージを与える。
ウルトラマンは常に成長し続ける。かつては自分を含む4人がかりでやっと倒した最強の超獣もあれから数々の修羅場を潜り抜けてきたエースにとっては容易い相手となっていた。
しかし変化し続けるのはウルトラマンだけの特権ではない。ヤプールもまた、幾多の敗北の中で恨みの力を増していく。
より強く、より賢しく、肉体的、精神的問わず『ウルトラマンを苦しめる』ことに関してはヤプールの右に出るものはいないほどまでに狡猾さに磨きがかかっていった。
形勢不利を判断したUキラーザウルスは逆転の一手に打って出る。背中に生えた無数のトゲ『ザウルス・スティンガー』をミサイルのように射出させた。
狙いはウルトラマンエース、ではない。
彼の後ろにある地球に向けて、莫大なミサイル攻撃を放ってきた。
「くっ、姑息な真似を……っ!」
一歩も動かなければ一発も当たることのない攻撃。だが我が身かわいさに命を惜しむウルトラマンなど存在しない。ミサイル群の一つでも地球に落下すれば罪のない命が大勢犠牲になってしまう。たとえ後ろの地球がかつて自分が守った地球とは別の存在であったとしても、エースの頭に何もしないという選択肢はない。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
パンチレーザー、ダイヤ光線、シューティングビーム、ハンディシュート、タイマーショット、アロー光線、スラッシュ光線、スター光線、パンチレーザースペシャル、アタックビーム、ブルーレーザー、メタリウム光線……
自分が覚えたありとあらゆる光線技を雨あられと撃ちまくりミサイルを相殺していく。
しかしそれでも足りない、ミサイルは次々と放たれ段々と緩くなってきた弾幕の壁をすり抜けていく。
光線ではミサイルを防ぎきれない。それでも地球を守るためにエースは自分にとっては最悪で、ヤプールにとっては最も満足する行動を取るしかなかった。
「ぬぐぅうわわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
自らミサイルに当たりに行く。視界を覆い尽くすミサイル群の前でバリヤーを張る時間はない。右端から左端へ、上から下へと、一発も漏らすまいとミサイルに爆ぜられては次のミサイルの元へと飛んでいく様は正しく血を吐くマラソン、憎き相手の絶叫に心躍らす
「う……うぐぅ……」
ミサイルを撃ち終えたUキラーザウルスは死に体となったエースを素通りして地球へ向かう。
そのまま蹂躙するつもりだろう。必死に守ろうとしたものを踏みにじることでお前の努力は無駄だったのだとあざ笑う、ヤプールのやりそうなことだ。
(そんなことはさせない、今ここで、必ず倒す……)
ヤプールの悪辣の前にエースは覚悟を決めた。
悲鳴をあげる体を必死に動かし、エネルギーを頭頂部の丸い穴『ウルトラホール』へと貯め込んでいく。
命の危機を知らせる胸の水晶体『カラータイマー』が青から赤へと変わる。眼前に光の球が生まれた。
カラータイマーの点滅が早くなっていく。それに比例して球がどんどん大きくなっていく。
体の部分部分が光の粒となって消えていく。光の球は目的の大きさへと達した。
「スペース………Q!!」
本来なら仲間のエネルギーを借りて放つ最大最強の必殺技をUキラーザウルスへと豪快に投げつける。
「ッ!?」
勝った気でいた超獣に避ける術は無く光球が直撃。既に傷を負っていた硬皮から亀裂が広がりUキラーザウルスは負け惜しみのような断末魔をあげながら大爆発。
ウルトラマンと超獣の対決は巨人の勝利というにはあまりにも代償が大きく、紙一重で掴んだ精いっぱいの相打ちに終わった。
(もう、限界か……)
指先が光となって消えていくのを見て、エースは自分の運命を悟る。
ヤプールの最高傑作を一撃で倒すには体中の全エネルギーを消費しなければならなかった。
戦うために全エネルギーではなく、正真正銘
光線を撃つための全エネルギーを、
体を動かすための全エネルギーを、
空を飛ぶための全エネルギーを、
元の次元に帰るための全エネルギーを、
生命を維持するための光の力を全て、スペースQに込めて撃った。撃ってしまった。
「長い間、君を巻き込んですまなかったな、北斗」
『構わないさ、全て俺自身が決めた事なんだから』
エースと
若いころに死別した幼馴染。
強い絆で結ばれた義兄弟。
父のように厳しく導いてくれた男。
母のように温かく見守ってくれた女性。
自分が名付け親となった青年。
苦楽を共にした防衛チームの仲間たち。
そして何よりも誰よりも鮮明に二人の記憶に残るのはただ一人、
(夕子……)
かつて一心同体となって戦った彼女は今何をして何を思っているのだろうか?
ウルトラマンエースは、死んだのだ。
◆◆◆
「あっ、れんか、よう、みてみて! 流れ星だよ」
「あんたねぇ~、昼に星なんか見えるわけないでしょ」
「…いや、空を見て恋花。藍の言ってることは本当みたい……」
「えっ、嘘、なんで?」
「わぁい、お星さまがいっぱいだぁ。らん何をお願いしようかな~」
彼女たちは知らない。目に映る星のようなものが宇宙で倒されたUキラーザウルスの破片であることを。
これから起きる世界を揺るがす大決戦の序章であることを少女たちはまだ知らなかった……
一葉 → 青色
恋花 → 茶色
瑶 → 赤色
藍 → 灰色
千香瑠→ 緑色(目の色)
始 → 紫色
メインキャラのセリフにはそれぞれ専用の色を付けました
色を覚えていれば誰が喋ってるかわかりやすいと思います。