アサルトリリィ ーAce―   作:オエージ

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最終章3部作と言いましたけどごめんなさい

あまりのも長すぎたので今回の話は分割します


第10話 リンドウ ―I love you best when you are sad [優しさを忘れないでくれ] その一

 おめでとうございます! と突然131位に言われたので何のことかと尋ねると笑顔で彼女は話した。

 

 「そんなの決まってるじゃないっスか。この前の任務で昇格できるんでしょ?

 ということはアタイ達これからエレンスゲのトップレギオンになれるってことじゃないスか!

 いや~光栄だな~1年生の内にヘルヴォルになったって言ったら友達の皆驚くだろうな~」

 

 ゲヘナの秘密研究所、その控室にて備えられた茶菓子をボリボリかじりながら喜びを噛みしめていた。

 

 「……楽観視できるのも今も内、序列1位のレギオンとなればそれに見合った任務が与えられるのは必然。

 これまでよりも過酷で、難渋で、より苦痛の伴うミッションが……ふふっ、身震いしてくるわね……!」

 

 「不肖序列11位、これからもあなたの指揮で戦わせてもらいますね」

 

 ああ、そういうことか、だからこいつらはしゃいでいるのか、京子は合点がいった。

 

 呑気な奴らめ、京子は鼻で笑う。彼女は呆れていた、自分が昇格したからといって同じ人選で組ませてもらえると何一つ疑っていない哀れな連中に。

 

 「言っておくけど、私がヘルヴォルになったらあんたら全員クビよ」

 

 「「「えっ!?」」」

 

 「所詮あんた達は私が上に昇るために踏み台。1位となった今じゃ用済みよ」

 

 「そ、そんな~! もう友達にヘルヴォル入りの報告したばっかりなのに~!」

 

 「ご無体な……なんという仕打ち……身震いする……!」

 

 「わ、私は……私だけは……大丈夫ですよね……?」

 

 除隊通告を受けた3人で、最も動揺していたのは副隊長の11位だった。

 京子のクエレブレが結成されて以来ずっと副隊長に任命され続けている、彼女に僅かでも信頼されていると思いたかった11位は京子に切り捨てられることにショックを隠せない。

 

 「私はレギオンに必須なレジスタ持ちです! 隊長格の相澤一葉を除けば私より上のレジスタ使いはいません! なのに、私まで切り捨てるおつもりですか!?」

 

 身の振り構わず必死に自身の有用性を叫ぶ11位だが、京子には全く響かない。

 

 「ずっとあなたに従ってきました! どんな理不尽な命令を受けても、『序列11位は2位に媚び売ってる』って陰口叩かれても、今まで一度たりともあなたに逆らったことはありません!

 これも全部あなたのために……なぜなら私はあなたの――」

 

 「黙れ」

 

 ただ一言、京子が口にしただけで11位は口を慌てて抑える。こんな時でさえ、11位は京子に逆らえなかった。

 

 「確かにあんたは結構使える奴だったわ。でもね、もう必要ないのよ。

 これから()()()()()()格上のレジスタ持ちを手駒にするつもりだから、弱いあんたなんていらない」

 

 「私よりも上のレジスタ持ちって……まさか!?」

 

 11位が言った通り序列上位が部下に選べる8位以下では彼女より上のレジスタ使いはいない。

 しかし7位以上の隊長格を含めればいる、一人だけ。

 それが誰かなんて分からないエレンスゲ生徒なんていない。

 自校の最優秀生徒の存在を知らないものなどいない。

 

 「まさか、相澤一葉を部下に!?」

 

 「その通りよ、主任にお願いしてあいつを8位まで引きずり降ろす約束も取り付けておいたのよ。

 ふふふ、今まであの男に媚びへつらっていた甲斐があったわ」

 

 序列上位にレギオンメンバーの指名権があるといえでもすでに他のレギオンの隊長になると決められた者までは任命できない。

 だが学期が変わるごとに序列は更新される。

 前期までは隊長格だったものでも評価が下がり序列が落ちればレギオンを率いる資格を失い、今度は自分が他の序列上位に従うことになる。

 結果を出せない者にはとことん厳しいエレンスゲの校風を京子は利用したのだ。

 

 しかしそれでも解せない。

 なぜあれほど嫌っていた一葉からヘルヴォルを取り上げるチャンスが来たというのにまた彼女をヘルヴォルに引き入れようというのか。わざわざ手のかかる裏工作をしてまで。

 

 その真意は京子の一葉に対する妄執的な敵意と憎しみが込められていた。

 

 「あいつをヘルヴォルには入れてやるがあいつの信念は尊重してやらない! 私はこれまで通りエレンスゲのやり方でヘルヴォルを動かしていく、元ヘルヴォルのあいつの前でね!」

 

 「そうやって見せつけてやるのよ!

 『お前の考えは間違っている』『お前が積み上げてきたものは全部無駄』だって。

 あいつが隊長だった時以上の戦果を挙げ完膚なきまでに敗北感を味あわせてやるわ!」

 

 「あいつがヘルヴォルになった時、クエレブレの私が受けた屈辱をそっくりそのまま返してやるのよ!

 アハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 一葉が1位になったからといって京子に何か侮辱的な言動をしたことは一度もない。

 にも関わらず京子は一葉を憎んでいた。

 

 ただ自分よりも上というだけで京子は一葉を敵視し、引きずり降ろそう今まで画策を重ねていたのだ。

 

 その異常なまでの嫉妬心を抱く京子の狂気を目の当たりにして、クエレブレのメンバーは怯えるしかなかった。

 

 ◆◆◆

 

 始が幽閉されていると思われるゲヘナの極秘ラボ、それは意外にもエレンスゲからそう遠くない場所に隠されていた。

 

 「灯台下暗しって奴? ゲヘナも考えたわね

 

 「こんな危険な区域普通の人はまず立ち寄りませんからね

 

 崩落区、ヒュージの襲撃によって居城区として機能できない域まで破壊し尽くされた立ち入り禁止区域。 

 未だに復興のめどが立っていない街を根城にゲヘナは非公式な研究所を建てていた。

 

 野次馬やマスコミといった厄介な侵入者は区域を彷徨う野生のヒュージに始末させるコストパフォーマンス0の防衛システム。

 都心部に近く物資の運搬が楽という要素も相まってゲヘナにとってこれほど都合の良い立地はない。

 

 一葉達は進路を邪魔するヒュージのみを静かに駆除しながら目的の建物まで少しずつ接近していた。

 

 「かくれんぼみたいでどきどきするね

 

 「なるべく弾は撃たないようにね、音でバレちゃうかもしれないから

 

 「ただでさえ当初よりも大所帯になっちゃらからね~

 

 「いや~ほんとすいやせんね……」

 

 恋花が細目で視線を投げるのはなぜかついてきてしまった竜駆達。

 

 どうしても始のことが心配で一緒に助けに行きたいという彼らの懇願に一葉が気持ちを汲んだ結果、

 ①全員ではなく代表者数名を選ぶこと

 ②必ず指示に従うこと

 ③決して無理をせず危なくなったら迷わず逃げること

 の三つを順守することを条件に彼らの動向を認めたのである。

 

 「こんな俺達の無茶を聞き入れてくれるなんて、一葉の姉さんには頭が上がりやせんぜ」

 

 「任せてくだせぇ、必ず姉御の力になってみせますぜ!」

 

 「女神様に頂いた恩を返さずにいる竜駆じゃないぜい」

 

 「藍ちゃん、ワイもいっぱい頑張るでヤンスよ」

 

 「(瑶さんは今日も凛々しいな……)兄貴を必ず助け出しましょう」

 

 竜駆で行われた協議によって、『一葉の姉さんについていきたい派』 『恋花の姉御とラーメン屋巡りしたい派』 『千香瑠神を崇めよ派』 『藍ちゃんに甘やかされたい派』 (瑶さんの良さを一番理解ってるのは俺だから……!派)の各代表者が選抜されたのだが、事情を知らないアリエには異様な集団に見えていた。

 

 「えっ、何なんですかこの人達は……?」

 

 「気にしない気にしない、要は慣れですよ

 

 「みんないい人だよ~たい焼きくれるし

 

 「そ、そうですか……」

 

 この場で考えても仕方ないのでアリエは竜駆をスルーした。

 

 そうこうしている内に件の研究所と思わしき建物が見えて来た。

 目に映るのは、一般的な形状をした市立病院のみ。

 

 「本当にここで会ってるの?

 ただの寂れた病院にしか見えないけど……

 

 廃墟に隠れながら地図の位置とそこにある建物を何度も見比べる瑶。無理もない、本当に単なる病院にしか見えないからだ。

 

 政府にも明かしていないラボだから堂々とゲヘナのロゴを付けているはずもないのだが、あまりにも普通に存在し過ぎて頭に思い浮かべていた人体実験も辞さない秘密研究所というイメージと一致してなくて困惑する。

 本当にこんな廃病院にゲヘナが隠れていて始もここに閉じ込められているのか疑わずにはいられない。

 

 「間違いないでヤンスよ」

 

 突然、竜駆の一人、山中という少年が確信を持って発言しだす。

 ヒュージに荒らされる前のこの街で育った彼には他の者達には分からない違和感に気付いていた。

 

 「錆びれた風に装ってもワイは知ってるでヤンス。ヒュージが出て来た時あの病院に避難してたから。

 病院にヒュージの群れが押しかけてきて、建物がめちゃくちゃに壊されて、みんな奴らに襲われて、ワイを逃がそうと父ちゃんと母ちゃんは……」

 

 「分かった、それ以上はいい。辛かったよね……

 

 破壊されたはずの病院が無傷の状態で建て直されている。こんなきな臭いことをする組織はゲヘナの他にいない。ゲヘナの極秘ラボはここで間違いないだろう。

 過去を思い出し今にも泣き崩れそうな山中の嗚咽には、少しだけ怒りが滲んでいるように聞こえる。

 自分が暮らしていた街に得体も知れない連中が我が物顔で陣取っている。そんな奴らのせいで被災から数年たった今でも故郷に復興の兆しはない。

 いつまでたっても家に帰れない理由がゲヘナの手によるものだったことに気付き、彼の心は激しい憤りを感じていた。

 

 「大丈夫だよやまなか

 

 兄貴だけじゃなく故郷まで奴らに奪われていた、怒りのままに飛び掛かろうとする寸前、山中の背中を小さい手がぽんぽんと優しく叩く。

 藍は感覚的に山中の感情を読み取り、気遣いを見せたのだ。

 

 「はじめも故郷も全部、らん達が取り戻してあげるからね。

 約束だよ

 

 「藍ちゃん……」

 

 幼げな少女が見せた優しさに感動し山中は心を抑えた。

 

 「ありがとうでヤンス! 藍ちゃん達が頑張れるようワイら竜駆は全力で協力するでヤンスよ!」

 

 「それは嬉しいけどさ。具体的にあんたらは何をするつもりなの……?

 

 「任せてくだせぇ! とっておきの方法で奴らの注意を逸らしてみせますぜい!」

 

 いつの間にか5人で集まって決めポーズを取る竜駆選抜隊。

 どんな方法で囮になるか少々不安だが決して約束は破らないと公言したので一葉達は彼らを信じ別行動を取ることにした。

 

 ◆◆◆

 

 今日も今日とて、やりがいのない仕事が始まる。

 

 来るはずもない侵入者に備えた警備など何もしていなとなんら変わらない。

 

 廃病院に偽装した研究所の警備室、人影が映ることの無い監視カメラの映像を背にして二人の警備員はトランプで暇つぶししていた。

 

 「あーだる、俺らいる意味あるんすかねー」

 

 「ぐだぐだ言うな、ここの椅子に一日中座ってるだけで給料が貰えるんだぞ」

 

 それも防衛軍の時とは倍の給料が、口止め料と称して給与されるこの仕事は軍に就職したはいいが危険の伴う任務の連続に辟易していた彼らにとっては天職であった。

 クビか裏仕事か選べと脅してきたゲヘナ派の上官には感謝しかない。

 

 「でもこうも変わり映えのない毎日じゃ楽しくないじゃないですか。

 あー誰でもいいから押しかけてこないかなー」

 

 「滅多なこと言うな、そういうの映画だとフラグだぞ……ん?」

 

 快楽主義者の相方を窘めてようと顔を上げた時、彼の後ろにある監視カメラの一つに何かが映ってる。

 研究所の正面を撮っているカメラは仁王立ちする5人の不良少年が映っていた。

 

 まさか本当に侵入者が、トランプを投げ捨て慌ててカメラを凝視する二人であったが、そこに映る奇妙な光景にドン引きする。

 

 「えぇ……なんだこれ?」

 

 「何がしたいんだこいつら……?」

 

 カメラに映る五人組、即ち陽動役の竜駆は何をしていたこというと……

 

 「「「「「わっせ、わっせ、よっこいよっこい!」」」」」

 

 服を脱ぎ捨て、その下に隠した法被一着でソーラン節を踊っていた……

 

 一糸乱れぬ動き……! 脈動する筋肉……! 威勢の良い掛け声……!

 どこからどうみても彼らがしている動きはソーラン節であった。

 

 「懐かしいな、俺も小学校の時運動会でやってたわ」

 

 「あの腰のキレ、相当練習したんだろうな、町内会ソーラン節大会優勝者の俺には分かるぜ」

 

 退屈で退屈で死にそうになって、とにかく刺激を求めていた警備員達はカメラに映る意味不明な光景に夢中になっていた。

 

 もう一つの監視カメラ、研究所の裏側を映す映像にリリィが見えてることなんて全く気付いていなかった……

 

 ◆◆◆

 

 研究所がはっきりと目に映る距離まで来たが中に控えているであろう警備員が一葉達に向かってくる様子はない。陽動はうまくいっているみたいだ。

 

 彼らが時間を稼いでくれている内に研究所に入り込まなければ、リリィ達はどうやって侵入するか話し合っていた。

 

 「流石にラボ内だと警備員が至るところに構えているはず、誰にもバレずに行くのは難しそうだよね

 

 「そもそも私達は中の事を何も知りません。始さんの居場所を知るためにも職員の誰かから聞き出す必要があります」

 

 「やはり強行突破は避けられませんか。しかし騒ぎを長引かせていたら今度は始君を連れて逃げられてしまいそうですね

 

 「となると隠密性と迅速さを両立させたプランCが、いや待てよ、ここはもっと慎重にプランFを、ああでもやはり速さは惜しい……

 

 ああでもないこうでもないと、ビデオを2倍速にしたかのような独り言で思案した末、一葉は決めた。

 

 「よし、プランゼロでいきましょう

 

 「プランゼロって何!? そんなのあの紙には書いてなかったけど

 

 「即席で思いついた作戦ですが複雑な工程はありませんので安心してください。

 簡単なことですよ、”足と腕”を目一杯使いまくる、それだけですよ

 

 それって詰まる所行き当たりばったりなのでは……恋花は冷や汗をかいた。この土壇場で事前に用意した策を全部金繰り捨てる一葉に面食らうのも無理はない。思い切りの良さもここまで来ると異常だ。

 恋花がつっこむよりも先にカウントダウンは始まってしまう。

 

 「準備はよろしいですか、カウントがゼロになったら一斉に行きましょう。

 

 

 「よろしくないけど!? 一週間かけて書いたあれなんだったのよ!?

 

 「

 

 「まさかあんた最初からそのつもりで……

 嘘よね、冗談よね流石にもうちょっとマシな作戦思いついているわよね

 

 「1!

 

 「一分だけちょうだい! その間にまとな案を出して見せるから!

 

 「突撃~!!

 

 「ああもうやけっぱちよ!

 後で覚えてなさいよー!

 

 かくして賽は投げられた。

 6つのチャームが一点に集中して突き出され分厚い壁を貫く。

 

 中は今にも崩れそうなほどボロボロに見える外装とは打って変わって、隅々まで手入れされた綺麗な外装にいくつもの最新機器が並べられている。推察通りここがゲヘナの隠れアジトで間違いない。

 突然壁が破られ、中にいた研究員は一斉に侵入者の方へ顔を向き目が飛び出しそうなくらい驚愕する。

 

 「なんでリリィがここに!?」

 

 「誰にも見つからない安全地帯じゃなかったのか!?」

 

 「ここなら反ゲヘナ主義の連中に邪魔されないと思ったのに、話が違うじゃないか!」

 

 予想外の事態に狼狽して蜘蛛の子散らすように逃げ惑う研究員一同。

 そんな彼らを無視して一葉達は突き進む。

 何やら怪しい研究をしていたようだが今は気にしている時じゃない。人道を外れた彼らを裁くのはリリィではなく法律であるべき。

 ゲヘナと戦うという大胆な決断をしてもなお、根底に真面目さを持つ一葉はリリィとしての鉄則を極力破らないように努めていた。

 

 「ブレードモードを維持し続けて! 射撃はあくまで最後の手段、それも威嚇射撃のみにとどめ相手の体に当たらないようにしてください!

 チャームを振るうのは自衛のみ、絶対に人を傷つけないように!

 

 「了解、”どんな理由があってもチャームを人に向けてはならない”からね

 

 「心意気は大事ですが気を付けてくださいね。

 私達にそのつもりはなくても相手は必死に抵抗してくるでしょうから、ほらきた!」

 

 誰かが押したサイレンに呼ばれて、銃器を武装した警備兵が6人の前に立ちはだかる。

 

 「止まれ! でなければ撃つぞ!」

 

 警備兵はライフルを構え引き金に指をかける。この距離で銃弾を避けるのは不可能、生死の主導権を握っていることを示せばあっさりと投降するはず、そう警備員は考えていた。

 彼の考えは正しい、毎秒何十発もの鉄の玉で撃ち抜かれれば人は死ぬ、それを知ってなお平静を保てる人間などいない、銃を向けた時点でこちらの勝ちは確定したのも同然。

 人間相手なら、何の特殊な力も持たないただの人間相手なら……

 彼は大きな見誤りをしていた。

 

 今彼が銃を向けているのはリリィ、ライフルの連射なんて目じゃないほどのヒュージの猛攻撃をすり抜けて来た猛者達、銃弾よりも早く走り銃弾程度は軽く弾けるほどの硬度な性質を持った特殊繊維の制服で身を包んでいる彼女達が今更ライフルを恐れる道理はない。

 

 「はぁっ!

 

 男が瞬きした瞬間に詰め寄る一葉、相手の目からは『一瞬で目の前に現れた』ように見え油断していた警備兵は思わずたじろぐ。

 その隙に一閃、男が持っている銃を真っ二つに切り裂いた。

 斬れたのは銃だけ、警備兵は服も含めて何一つ傷ついていない、リリィの教義的にはギリギリセーフの攻撃であった。

 

 「ひぃっ!」

 

 「少しお聞きしたいことがあるのですが……

 

 一葉は始の居場所を尋ねようとするが相手はそれどころではない。

 銃の優勢をあっさり覆された恐怖に腰を抜かし男は這いつくばりながら逃げて行ってしまった。

 あの様子では捕まえてもろくに喋れないだろう。

 

 「銃を持ってたのにあっさりと……あんな奴らを捕まえろなんてできっこねえよ!」

 

 「狼狽えるな、どうせこけおどしだ」

 

 後から来た二人の内の一人はリリィの強さを目の当たりにして怖気ずくがもう一人は違った。

 リリィの教義上相手をこちらに直接的な危害を加えるつもりはないと今の攻防で男は見抜いたのだ。

 ならば恐れることはない、いくら強くともそれが自分に向けられないのなら力などないのと同じ。

 

 相手に殺意がないのなら必ず勝機がある、そう信じて二人はライフルの照準をリリィに合わせる。

 目に映る背の低いリリィがチャームを上に構えてもなにも動じなかった。

 

 「えいっ

 

 小さな少女が腕を振り落としたかと思えば、巨大な鉄の塊が二人の間を一瞬ですり抜ける。

 二人を素通りしたチャームは後ろにあった柱に粉々に砕いてもなお勢い衰えずさらに後ろの壁に深々とめり込んだ。

 警備兵の体がガクガクと震えあがる。こけおどしじゃなかったのか、明らかに殺すつもりの投擲速度に彼らの体は滝のような汗を止められない。

 

 「ありゃ? 外れちゃった……

 

 「何やってんのよ藍! 一葉の言葉が聞こえなかったの!

 

 「聞こえてたよ、だから銃だけ斬ろうと投げたの

 

 ((き、斬る!?))

 

 「藍……今の勢いだとあの人達も斬れちゃってたよ、半分こにしたたい焼きみたいに

 

 ((は、半分こ!?))

 

 「そ、そうだったんだ……力加減って大変なんだね。

 らんうっかりたい焼きにしちゃう所だった、ごめんねおじさんたち

 

 ((”うっかり”で殺される所だったの俺達!?))

 

 ぺこりと小さな頭を下げる少女は見てくれだけなら可愛らしいが当事者から見ればたまったものではない。

 超常的な力を持つリリィに取って、ただの人間を傷つけずにチャームを振るうのはハサミでプリンを掴むに等しい至難の業。

 これ以上うっかりされるのはごめんだと二人は銃を落として白旗を上げた。

 

 「冗談じゃない、こんな奴らの相手してたら命がいくつあっても足りないぞ!」

 

 とうとう心が折れた警備兵らはリリィに背を向け扉へと手をかける。

 しかし開かない、ラボの管理者が遠隔操作で固いロックをかけたからだ。

 『死んでもそこから出すな』戸から伝わる無言のメッセージに彼らの血の気が引いた。外道な連中だとは思っていたがこうも簡単に部下を切り捨てるとは思いもしなかった。

 畳みかけるように天井の開いた穴から強化改造された特型ヒュージが降ってきたことで警備の恐慌状態は頂点に達する。

 

 (関わるんじゃなかった……あんな奴ら、いくら金をちらつかされてもついていくべきじゃなかったんだ……)

 

 もう取り返しのつかないことへの後悔を抱えながら彼らはヒュージの足に踏み潰され――なかった。

 

 「私達の後ろから離れないでください

 

 千香瑠のヘリオスフィアが怪物の重量を受け止める。

 彼女だけじゃなく他のリリィも警備兵を守りながらヒュージと戦っている。

 

 どうして? 男は分からなかった。なぜ撃とうとしてきた自分達を必死に守ってくれるのか、防衛軍の激務から楽な方へ逃げてきた彼らには理解できない。

 

 「惜しいのはお金ですか、命ですか?」

 

 尻もちをついたままの男に目線を合わせてアリエが問いかける。

 

 「あなた達の命を平気で見捨てる研究者か、そんなあなた達を命がけで守る一葉さん達、どっちの味方につきたいですか?」

 

 狭い室内で懸命に戦っていた。

 流れ弾が当たらないようにブレードモードのまま戦い続けるのは大変そうだ。

 それでも少女達は文句の一つも言わずに、誰に頼まれたわけでもなく自分達のことを襲ってきた警備兵を守っている。

 

 彼女らとは一回り二回り歳を取っているというのに目の前の十代に誇れるものが何も持っていないなと警備兵らは自嘲した。

 

 他が為に危険に立ち向かう少女達は美しくて、同じく人を守る立場に着きながら危険から逃げ続けた結果腐った連中の言いなりにされている自分達が恥ずかしくて。

 

 (俺だって元は防衛軍の軍人、誰かの幸せを守りたい気持ちがあったはずなんだ!)

 

 このままでいいのか、逡巡の末、決意を固めた。

 

 「地下だ。あいつらに地下に工場を設けて何かを作っている。君達が探しているものは多分そこにあるはずだ」

 

 「進んでくれリリィ! 行き過ぎたゲヘナ連中の訳の分からない企みなんかぶっ壊してくれ!」

 

 それは曲がりなりにもリリィと共に戦い人々を守ろうとしてきた元防衛軍が見せた最後の意地であった。

 

 そんな彼らの言葉をアリエは受け取る。

 

 「ふせて!」

 

 壁に向けて専用チャームを殴打。

 刃の厚みが広すぎて刃物というよりは四角い棍棒に近いそれは一撃で壁を打ち壊し警備兵に逃げ場を与える。

 

 「ご武運を、リリィとしてどうか後悔なきよう……!」

 

 「りょーかい、もう変な仕事を請け負っちゃだめだよ防衛軍の人達。これでも頼りにしてきたんだからねあたし達

 

 「あなた達の迅速な避難誘導のおかげでリリィは気兼ねなく戦える

 

 「リリィもぼーえいぐんも皆頑張ってる、みんなえらい!

 

 (そうか……”軍人がどんなに頑張ってもどうせヒュージを倒すのはリリィ”なんて腐って落ちぶれてたけど、この子達はちゃんと見てくれてたんだな防衛軍(おれたち)のことを……)

 

 英雄は一人で活躍するものではなく、武勇伝の裏には英雄を必死に支えて来た無名の傑物達の影がある。

 無力だと思っていた自分達が力持つ者の支えになっていることを気付いた彼らはもう二度と裏仕事には落ちないだろう。

 

 感謝を込めた敬礼を交わして去っていく警備兵らを見てリリィは安堵した。

 

 これで人間が巻きまれる心配はなくなった。

 今こそ反撃の時、固く封じていたシューティングモードを解禁し一斉射撃でヒュージの群れを蹴散らしていく。

 撃ち抜かれたヒュージの爆発で剥き出しになった地下工場への隠し通路を見つけ、黒きレジスンタンスは最深部へと向かっていった。

 

 そんなリリィの快進撃に歯を食いしばる者がいた。

 研究所の主任である。

 普段の狂人的な振る舞いはどこ吹く風、部下が逐一告げる不都合な報告に苛立ちを隠せないでいた。

 

 「防衛用の特型ヒュージは次々と撃退、侵入者はまっすぐ最深部へ向かっています。どうやら警備兵が口を滑らせたようです」

 

 「ええい使えない奴らめ、ヒュージも人間共も!」

 

 この極秘ラボを見つけるのは不可能だろうと高をくくっていたのが仇となった。

 見つからないものだと油断していた主任はラボの防衛に向けるべきリソースのほとんどを研究や機材に割いていた。

 警備につかせていた奴らは皆ヒュージとの戦闘で戦意を失った臆病者達、ゲヘナ派の防衛軍幹部が厄介払いで送りつけて来たような烏合の衆。

 特型ヒュージも他所の研究施設で廃棄予定だった古い個体を安値で買い叩いたもの。

 数多くの違法研究施設でもここの防衛力は群を抜いて脆弱だった。

 だがそれでも本来は問題ないのだ。

 巧妙に隠されたこのラボを手掛かり無しで見つけ出すのは不可能。その手掛かりも落とさないよう徹底していたので本来ならここが関係者以外に見つかるはずなどありはしないのだ。

 来るはずもない侵入者に備えるなど非効率、故に警備が最低限しかなくとも今まで何も問題はなかったのだ。

 

 全てを狂わせたのは霧崎アリエ。

 半ば私兵と化していたクエレブレから裏切り者が出たせいでこのラボの秘匿性が一気に瓦解してしまった。

 自他ともに評価が低く今まで何もしてこなかったアリエ、無個性ゆえに誰も目を向けなかった彼女が突然ヘルヴォルに寝返って大暴れ。

 全く想定していなかった事態に計画を掻き回され主任のストレスは増していく。

 

 (”部下は完全に支配しているので情報が洩れることはありません”……正樹京子の世迷言を信じた私が馬鹿だった……!)

 

 堂々とリリィの規則を破って殴り込みをしかけるヘルヴォルの大胆さも相まって、ゲヘナ側は完全に後れを取っていた。

 例えるなら将棋での対局中に突然顔面を殴られたかのような衝撃、誰もがルールを守っているから、そのルールを度外視してくる存在など一周回って想定できないもの。

 意外にも一葉の正面突破が相手の意表を突く奇策となっていた。

 

 「そもそも監視室の奴らは何をしてたのだ!? 建物に近づくリリィが見えていたはずだろ!」

 

 「それが……その、担当していた2人曰く『あまりにいきの良いソーラン節だったのでつい……』とのことで……」

 

 「バカかそいつらは!? 意味不明な目くらましに引っ掛かりおって!

 まあいい、陽動していた奴らを捕らえろ、人質にすればリリィ共もチャームを降ろすはず」

 

 「そ、それがですね……逃げ出した警備兵達の誘導でラボから離れてしまっていて……今から追っても間に合いません……」

 

 「~~~!!!」

 

 計算外の事態の立て続けにとうとう意味をなさない癇癪声で当たり散らす主任。

 非凡な頭脳を持つ彼であるがその分プライドが高く、思い通りにならないものに対する忍耐は持ち合わせていないようだ。

 

 「正樹はどうした! 控えているクエレブレに侵入者の排除命令を出せ!」

 

 「……クエレブレのメンバーはちょっとばかり前に暇を出されたそうで……」

 

 「ば・か・な・の・か!! あの欠陥品の出来損ないが、もうヘルヴォルになったつもりか!

 クソガキに伝えろ! 『ヘルヴォルが最深部に足を踏み入れようものなら貴様は一生、序列最下位だ!!』」

 

 地団太を踏みながら暴言を吐き散らす姿は到底成人男性とは思えない醜態。藍を横に並べても藍の方が大人びて見えてしまうほど今の彼の言動は幼稚そのもの。

 元来の傲慢さもあるが主任がここまで慌てるのには理由がある。

 

 「”これ”だけは死守せねば……まだ未完成のこれがリリィの目に触れるのだけはなんとしても避けなければ……」

 

 秘密研究所の最深部、ある目的のためだけに増設された地下工場に”これ”はある。

 男が見上げるのは、40mにも達する銀色の……

 

 ◆◆◆

 

 「たあっ!

 

 襲ってきたヒュージ群もこれで最後の一体。

 ブルトガングの銃口が唸り、最深部への道を開く。

 

 「もう階段がなくなってるね

 

 「一番下に行くにはエレベーターしかないみたい

 

 罠の危険性を考えエレベーターは控えていたのだが背に腹は代えられない。

 虎穴に入る覚悟を持ってエレベーターへと歩み寄る、その時。

 

 

 誰かが昇ってきたことを告げるランプが光った。

 

 一瞬で身構える6人。このタイミングでリリィのいる階へ上がってくるものなど刺客以外にありえない。

 

 「ヘェェェェルゥゥゥゥゥヴォォォォォルゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 ドアの向こうから怨嗟の声が聞こえて来たかと思えばドアが弾け飛ぶ。

 飛んでくるドアだった鉄塊を切り裂いた先に見えた人物は全員の予想通りであった。

 

 「やはりあなたが立ちはだかりますか、クエレブレ……

 いや、もうあなたの妙な呼び方に付き合う必要もありませんか。

 正樹京子様! そこをどいてください!!

 

 エレンスゲ女学園序列2位クエレブレ隊長、正樹京子、彼女が乗ってきたエレベーターの中は切り傷と風穴で壊れかけていた。ここへ登ってくるまでの間チャームで八つ当たりし続けていたのだろう。

 約束されたはずの昇進が取り消されかねない一大事に彼女は焦っていた。その危機をもたらしたのが憎き相澤一葉であることもまた、京子の心をグチャグチャに搔き乱していた。

 

 「名前で呼ぶなと言っただろヘルヴォル! あ、違うか、”元”ヘルヴォルの間違いだったわ。

 来期から私が”ヘルヴォル”になるのだからね、なるはずだったのに……っ!」

 

 白い髪を逆立たせ、金切り声で京子は吠える。

 自分を裏切ったアリエにも目もくれず血走った目玉は一葉のみを捉えていた。

 

 「つくづく私をムカつかせてくるわね……

 この反逆が世間に知れたらあんたはリリィ失格、どのガーデンにも居場所はなくて当然エレンスゲも退学……1位が消えれば繰り上がり式で私が1位にラッキー……じゃないわよ!!

 何ふざけたしてくれてんのよ、これじゃ序列を改竄するよう頼み込んだ意味がなくなったじゃない!」

 

 「序列の改竄!? 一体の何の話をしているのですか!?

 

 「だぁまぁれぇ元ヘルヴォル! 1位を奪い取った暁にお前を序列下位に引きずり降ろしてこき使ってやる私の復讐計画を台無しにしやがってぇぇぇぇぇ!!」

 

 下種な逆恨みを吐き出しながら辺り一面に乱射する京子を見て一同は平和的解決が無理だということを悟る。

 ルナティックトランサーが発動しているのかと見間違うほど、今の京子の怒り様は尋常ではなかった。

 むしろ今までが大人し過ぎたのだろうか、今まで垣間見せたプライドの高さや激情家の側面を鑑みれば目の前の彼女こそが序列2位の真の姿、今まで隠していた本音の一端なのかもしれない。

 

 「こうなったらここで決着をつけてやる……お前達裏切り者を粛清し正樹京子こそが序列1位に相応しいということを私を認めないバカ共に見せつけてやるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 ”リリィ同士で殺し合う気?”とか言ってたのはどこのどいつだよ、なんて皮肉っている場合ではない。

 

 

 「ずっと前から、入学式のスピーチを聞いた時から気に食わなかったのよあんたのことが!

 なーにが『学園のために命を捨てろなんてバカげている』だ! ()()()()()()なのよエレンスゲ女学園は!」

 

 「犠牲の無い戦いなんてあり得ない! 戦いの度に必ず誰が死ぬ、何かが壊れる! だからこそ犠牲を恐れず大義を為す精神がエレンスゲにおいては美徳なんじゃないの! それが嫌なら他所の生温いガーデンにでも行って仲良しごっこしていなさいよ! あんた何でエレンスゲに入ったのよ!?」

 

 「ああ忌々しいこんな甘ちゃんリリィがエレンスゲで隊長をやっている事実に耐え切れない! そいつがよりによって私よりも序列が上だと思うと吐き気がする!! 学園に逆らうあんたよりも学園に従順な私の方が評価されるべきなのにぃ!!」

 

 「あんたが否定し続けるなら私は肯定し続ける! お前を『犠牲』に捧げて私が1位になるという『大義』を果たす! 

 これは互いの人生、名誉、信念、尊厳全てを賭けた決闘よ!」

  

 京子は本気で殺し合いを始めるつもりだ、ただでさえ激昂して我を忘れているのにそこからレアスキルで暴走状態が重ねられたもう手が付けられない。

 相手か自分が死ぬまでチャームを振り続ける化け物が生まれようとしていた。

 

 それを見て一葉は一歩前に出る。

 そして後ろにいる仲間達が隣に立つのを腕で塞いだ。

 

 「……ここは私に任せてくれませんか

 

 「任せてってあんた、西部劇じゃないんだからさ

 

 「前に京子の模擬戦を見たことあるけど強かったよ、多分、1対1なら誰よりも……

 

 恋花達の気遣いに感謝しつつも一葉は譲らない。

 一葉を動かすのは伊達や酔狂でもなく、本気で彼女と真正面から当たらなければという義務感であった。

 

 「京子様は今まで黙っていた本心をぶつけて来た。

 ならば私も応じましょう!

 

 今度は自分が相手に対する本音を打ち明ける番だという、公平さを求める心が一葉を一騎打ちに駆り立てた。

 理不尽な怒りを向けられてようと、相澤一葉の真面目さと誠実さは一つたりともブレない。

 

 そんな一葉の強さを垣間見て、京子はますます彼女に対する敵意と殺意を増していった。

 

 「序列イコール戦闘力とは思わないことね。模擬戦で負け無しの私が言うんだから間違いないわ。

 きっと別の評価項目があるのよ……あんたが持っている『何か』に学園は価値を感じているの。でなければあんたみたいな天邪鬼が1位になるはずないわ……

 もしかしたらそれは、日の出町の惨劇に――」

 

 「そんなに複雑なものではないと思いますよ?

 さっきの京子様の本心を聞いて気付きました……

 やはりあなたに序列1位は渡せません……なぜならあなたは間違っているから! 他のリリィの方々が持っている根本的な『何か』があなたには欠如してる

 

 「黙れっ!!」

 

 激昂した京子はティルフィングを前に構えて床を蹴る。

 粉々になるコンクリートを尻目にマギを集中、チャームの切っ先をより固く鋭く尖らせる。

 相手に何もさせずに一撃で決着をつけるために、圧倒的な力の差を見せつけかつて自分が受けた敗北感を少しでも味合わせるために、京子は迷わずレアスキルを発動させる。

 

 「これで終わりよ! ルナティックトラ――」

 

 ンサー! と最後まで言う前に決着がついた。

 

 「遅い!

 

 突進する京子をも凌ぐ勢いで突き進んだ一葉は京子の予想より早く刀身が触れる直前に達する。

 予想よりも早く向かってきたので京子は反応がワンテンポ遅れてしまう。

 ワンテンポ遅れた隙、即ち完全に無防備になったティルフィングの側面を横薙ぎに叩きつける。

 予想していなかった衝撃に負けて京子の手からチャームが落ち、慌てて拾う前に振り上げた一葉の足がティルフィングを遠くの壁に突き刺さるまで飛ばしていく。

 チャームが無ければリリィはただの少女、序列1位と序列2位の勝敗は一瞬で決した。

 

 圧勝にも関わらず一葉の額に汗が落ちる。

 まともに戦ったら序列1位といえでも命は危ういかっただろう。ルナティックトランサーを発動した序列2位は一葉をも身震いさせるほどの脅威であった。

 だから瞬殺しかなかった、何としても初手で先攻を取り相手のチャームを叩き落す必要があったのだ。

 僅か数秒の攻防で最適解を導き出す、卓越した判断力と行動力というトップレギオンのリーダーに相応しい能力を活かした勝利だった。

 

 「まだよ!」

 

 だが序列2位は負けを認めない。

 バロッサ星人戦の反省、懐に隠していたハンドガンタイプのアンチヒュージウェポン*1を抜き出し試合続行を強要させる。

 

 「忘れてたみたいね、私はマディックを経由してリリィになった戦士、当然アンチヒュージウェポンの使い方も知っているのよ。ミドル級までなら辛うじて倒せるこれを人に撃ったらどうなるかしらねぇ!」

 

 口では強気に吠えているが京子の腕はガタガタ震えている。

 チャームの心臓部マギクリスタルコアを持たないアンチウェポンに身体能力を引き上げる機能はない。

 まともにリリィとやり合えば即死は免れない、大人しく白旗上げた方が賢明である。

 にも関わらず京子は一葉に負けたくないばかりに引き金に指を駆ける。

 どこまでも『嫌い』を押し通す京子を見かねて一葉は、

 

 「いい加減にしてください!!

 

 京子の頬を思い切り叩いた。

 

 「……っ!」

 

 頬に走る痛みが狂騒に走る京子の意識を現実に戻す。

 一時的に正気に戻った京子に一葉は言葉を浴びせる。

 先ほど彼女が怒りをぶちまけたように、一葉もまた京子に対して感じてきたことをそのまま打ち明ける。

 それは同時に、京子が肯定するエレンスゲの理念に対する一葉の答えでもあった。

 

 「ある意味では、先ほどあなたがおっしゃっていたことには道理がある。

 犠牲の出ない戦闘がないのなら犠牲を出さないことよりも犠牲を前提とした戦い方をした方が合理的なのかもしれません……

 

 「ですが! そうやって犠牲を許容してきた先に何があるというのですか!

 守るべきものを守らず救いを求める手を切り捨て続けた結果何が残るのですか!

 

 「答えてください京子様!

 あなたが守りたいものは何ですか!?

 仲間を見捨て相手を蹴落とし人に嫌われてまで勝ち取った1位であなたは何を成し遂げたいのですか!?

 

 「あなたは何でリリィに……いいや……

 あなたがマディックを志した理由はなんですか!?

 

 急にマディックになった理由を問われ、京子は固まる。

 

 「……私が……マディック……?」

 

 序列が上がり周りから一目置かれるようになる度に『マディック上がりの半端なリリィ』という嘲りは消え失せ、実力を持ったリリィとして見られるようになっていったから、一葉のようにマディックの頃の記憶を尋ねられるのは新鮮だった。

 

 数年前、まだエレンスゲに入ったばかりの頃をめぐって京子は思い出す。

 

 自分がまだマディックだった頃、どうしてリリィになりたかったのか、序列にこだわっていく内に忘れた自分の原点が、京子の脳裏に駆け巡っていった。

 

 ◆◆◆

 

 生まれて初めて絶望を感じたのは小学生の頃、健康診断と平行して測られた自分のスキラー数値を見た時だった。

 リリィになるためにはスキラー数値が50以上なければならない、50を超えられるのは女性のみ、それも僅か一握り。

 だが京子に不安はなかった。将来は野球選手かパイロットになれると信じている子供の純粋さが、自分はリリィになれると無根拠な確信を与えていた。

 やがて少女に現実が降りかかってくる日が来る。

 

 スキラー数値47。

 それが京子の数値。

 

 紙に書かれた無慈悲な落第通知に京子は何度も計測のやり直しを求めた。だが結果は同じ、自分にリリィの才能がないことを何度も確認するだけだった。

 

 裕福な家庭に生まれ、優しい家族に甘やかされ育った京子の初めての挫折。

 血縁関係の深い従姉が先にリリィに選ばれたのもまた京子の惨めさを強調させていた。

 

 やがて進学の時が来て、ついぞ数値は上がらなかったがどうしてもリリィになる夢を諦めたくなかった京子はエレンスゲを選び、エレンスゲのマディック部隊へと入る。

 

 血で血を洗う地獄の日々が始まった。

 

 スキラー数値47というマディックとしては高水準な数値が災いして中等部の時から実戦に駆り出された。

 マディックの戦いには常に命の危険が伴っている。

 

 スモール級なら楽勝、ミドル級は数人がかりでなんとか、ラージ級以上となると攻撃が通じず逃げるしかない、それがマディックの戦闘力。

 それなのにリリィが安全に引くためにラージ級の囮になるのが初任務だった時は「ふざけんな」と心の中で毒づいた。半分に分けた部隊の内『生き残った側』に入れたのは運以外の何物でもない。

 

 命からがら帰ってきた時、心無きリリィが死にぞこないと嘲る声が耳に刺さった。

 

 建物内に孤立した民間人の救助任務、マディックの制服を見て露骨に落胆する彼らの顔が忘れられない。

 リリィじゃないと分かった途端に態度が変わる瞬間を目の当たりにして、引っ叩いてやろうかと歩み寄ったが、先輩に止められた。

 

 「あなたは少し自尊心が高過ぎるきらいがある。

 私達は一般人より強いかもしれないけど、それでもリリィやヒュージに遠く及ばない。

 普通の人達が不安に思うのは仕方ないことよ……」

 

 「でも……悔しくないんですか先輩! 無事に避難所まで誘導しても『ありがとう』の一言も無かったんですよあいつら! 仲間に犠牲を出してまで守ったのにこれじゃ割に合わない!」

 

 「それは、気持ちの持ち方次第だと思う。

 私の場合誰に頼まれたわけでもなく自分でマディックになると決めたから後悔はしていない。

 ヒュージに勝てるか勝てないか、人々から賞賛されるかされないか……

 やれるかやれないかの問題じゃなくて皆を私が守る、それが誰かじゃなくて私が決めた正義だから……」

 

 なんてよくできた人なのだろうと京子は感動した。

 無力だとしても気高い信念を掲げて戦場に臨む彼女こそマディックの鏡。

 彼女を手本に自分も成長していきたいと思うようになっていった。

 

 だが死んだ。

 

 年下の女の子を庇って戦死したらしい。

 

 訃報を知らせた教導官は特に興味も持たずに次の任務について話し出した。

 

 エレンスゲではリリィの命は軽く、そのリリィよりも弱いマディックはもっと軽い。

 

 入学してすぐに友達になれた子がいた。

 翌日には袋に詰められていた。

 

 妹が安心して暮らせるようにとマディックになった少女がいた。

 リリィに囮にされて死んだ。

 

 自分と同じくリリィになることを諦めなかった少女がいた。

 リリィになれるかもととある施設へ行った彼女は帰ってこなかった。

 

 皆いい人だった。自分なんかよりずっと正しくて、生きるべき人達だった。

 でも死んだ。あっけないくらい簡単に命の灯をかき消された。

 彼女達の犠牲に報いるのが生き残った自分の役目だと思い、京子は行動に出た。

 

 マディックが教導官に押しかけてまで要求してきたこと、それはマディックの死を弔ってほしいというもの。

 戦死したリリィが眠る霊園に、マディックの慰霊碑を建ててもらうことだった。

 

 マディックを使い捨てるなとは言わない、弱い自分達には捨て石以上の存在にはなれないのだから。

 だが敬意は表して欲しい、単なる駒ではなくかけがえのない人間として、学園のために命を燃やし尽くした一人一人の名を心の片隅に入れておいて欲しい。

 死んでいった仲間達に『あなた達の犠牲は無駄じゃなかったよ』との励ます気持ちを、形ある物に込めそれを永久に残していく、それが京子の願い、心の底から叶えたいと思う夢だった。

 

 だが教導官から返ってきた言葉は冷酷そのもの。

 

 「却下だ。ただでさえ殉職者が多いエレンスゲの霊園はリリィの墓標で溢れそうなのだ。

 慰霊碑(そんなもの)を建てるスペースなどあるわけがないだろう」

 

 心の器に小さな亀裂が走る音が聞こえた。

 食い下がらず何度も頼み込むが教導官の首を縦に振らせることは叶わず、最後はリリィ数人に取り押さえられまま執務室を締め出された。

 

 「ねえあの子が例のマディック?」

 「不遜にも霊園にマディックの名を連ねようとした身の程知らず」

 「雑兵の分際でおこがましいのよ、クスクス」

 

 自分が特別な存在だと奢り、劣るマディックを見下している少女らの悪口を聞きながら寮へ戻る帰り道。

 亀裂は大きく広がっていく。

 

 失意のままにベッドに顔を埋めひとしきり泣いた後、気を紛らわせたくてテレビをつける。

 

 

 

 画面に映る著名なリリィの殉職を悼むニュースを見た瞬間、彼女の心が決定的なまでに壊れた。

 コメンテーターが死んだリリィがいかに素晴らしい人物であったかを語るのに耐え切れずテレビを撃ち抜いた。

 

 「ふざけるな」

 

 ”彼女は平和のために懸命に戦いました”?

 マディックだってそうだ。

 

 ”短い青春を人を助けるためのに費やした彼女は素晴らしい”?

 マディックだってそうだ。

 

 ”ヒュージから人を守り続ける彼女こそ人類の希望だったのです”?

 マディックだってそうだ。

 

 ”立派なリリィが若い命を落とすのは辛いですね”?

 

 「なんでリリィだけなんだ! マディックはいくら死んでもいいとうのか!?」

 

 どうして誰もマディックのことを認めない、どうしてマディックを軽んじる。

 正義のために戦っているのはリリィもマディックも違いはないのに。

 どうしてリリィだけが尊ばれるのだ、どうしてリリィだけがもてはやされるのだ。

 

 理由なんてとっくの昔に知っていた。

 

 「力だ……力が足りないからマディックは馬鹿にされるんだ……」

 

 だったら力が欲しい、どんなリリィにも負けない力が。どこの誰にも使い捨ての雑兵だなんて言わせない力が。

 それさえあればマディックだって尊敬されるはずだ。

 

 「今の私には力がない……だから誰も私の願いを聞いてくれない、私の夢がかなわない……」

 

 ならば求めよう、リリィに匹敵、それ以上の力を。

 全ては死んでいったマディックの名誉のため、仲間達を弔うため。

 そして何より……

 

 「復讐してやる……マディックの犠牲に何も感じない連中全てに! 私というマディックの存在を刻み付けてやる!!」

 

 私怨のため、正樹京子は動き出す。

 とても歪んでいてそうは見えないが、ある意味において彼女もまた一葉と同じ『学園を変える』意思を抱いた少女だった……

 

 力を手に入れるために京子が必要だと感じた事、それはマディックからリリィへの昇進であった。

 もはや小さい頃の憧れは消え失せ憎悪まで抱いている連中たちだが、同じ土俵に立たなければ話にならない。

 

 幸いここはエレンスゲ女学園。徹底した実力主義を掲げゲヘナとも太いつながりを持つこの学園にはマディックでも強くなれるチャンスに溢れていた。

 結果を出し続ければ学園から価値を認められる、学園の評価はそのままゲヘナへ伝わる。

 有用性を見いだせてもらえば組織が執り行う強化実験に関われる、そうすればマディックからリリィになれるのだって不可能じゃない。

 

 全てはマディックの慰霊碑を建てるため、京子は自らに忍耐を強いた。

 

 まずはより手柄を立てやすい隊長に任命されるため、大嫌いな教導官の指示に従順を貫く日々。

 京子は耐えた。

 

 教導官に気に入られるために必死に媚びを売り、その姿を心無いリリィ達が嘲笑う。

 京子は耐えた。

 

 念願の隊長に選ばれたはいいが、そこからも苦難の連続だった。

 

 学園が望む結果を出すために大切な仲間達に無理を強いらせるのは心が痛かった。

 京子は耐えた。

 

 成果を優先するあまり、見捨てなければならないことだって少なくなかった。

 京子は耐えた。

 

 冷酷な指揮官に成り果てた自分に従い続ける部下達、いっそ罵ってくれた方が楽だったのに。

 京子は耐えた。

 

 「信じていますから……私達のための慰霊碑を建ててくれるという約束。

 そのために必要なことなんですよね、だからどんな命令にも従いますよ……」

 

 相手を曇らせないように無理して笑顔を取り繕う副隊長を見ているだけで、泣きたくなった。

 京子は耐えた。

 

 任務をこなしていく内に学園の評価が上がっていき、待ちに待った瞬間が来た。

 懇意にさせてもらっている教導官からゲヘナの研究所への出向を命じられた。

 そこの主任は多才かつ気まぐれで、専門外の分野の研究にも手を伸ばしたがる男だった。

 彼がその頃を興味を抱いていたのは『マディックの強化』

 最下層の戦闘員の質を上げればガーデン全体の戦闘力が底上げされるという思想の元で行われた実験。

 強化リリィならぬ『強化マディック』の実験体の一人に京子が選ばれた。

 

 「これが新しいモルモットか」

 

 顔を合わせて開口一番、主任のことを好きになる瞬間が絶対に来ないことを悟った。

 京子は耐えた。

 

 手術台への道中、本能的に受け付けない腐臭が鼻に入り込む。

 京子は耐えた。

 

 等身大の何かが詰まったゴミ袋が焼却炉に投げ込まれるのが見えた。

 京子は耐えた。

 

 手術台に寝かせられ、体中の至る所に点滴のようなものが刺し込まれる。

 それまでの苦痛に比べれば注射程度の痛みなど意識するまでもなかった。

 

 「投薬開始」

 

 オペレーターの感情が死んだような声が聞こえてきたと思えば刺し込まれた管を通して毒々しい色の液体が体の中に流れ込んでくる。

 

 最初に感じたのは痺れ、動脈を直に引っ張られているような違和感が心臓の鼓動を早くさせた。

 寿命が縮みそうくらい心臓が高鳴って目まいがしてくる、吐き気を催す。失神すら許されないほどの激痛が全身に迸る。

 

 「がふ……ぎぅ……えう゛……っ!?」

 

 苦しみに耐え抜こうと手術台から転げ落ち、のた打ち回る京子の目に映っていたのは、汚らわしいものを前にしているかのように自分を見下ろす研究者達の冷たい視線。

 京子は耐え切った。

 

 実験が終わり別室へ休まされた京子は鏡を見て絶句した。

 違法な薬物がもたらした結果か、体が部分的に変容していたのだ。

 具体的に言うと頭部、母親譲りの美しい黒髪が一本残らず脱色していた。

 家に帰った時なんて言えばいいだろう、老人のような白髪をいじりながら京子は途方に暮れた。

 だが耐えた。

 

 ドアの隙間から研究員の話し声が聞こえてくる。

 

 「47回も実験を重ねて成功例はたったの一人か……」

 

 「リリィに使うのと同じ強化薬を投与したのにブーステッドスキルが一つも覚醒しないとは……」

 

 「予算と時間を費やして得た結果が平均的なリリィを生み出しただけ。無意味な研究でしたね」

 

 「所詮はマディック、雑魚にいくら下駄を履かせても雑魚のままということか」

 

 …………京子は耐えた。

 

 形はどうあれスキラー数値が上がった京子は学園に認められ晴れてリリィの一員となった。

 3年近く苦難に耐え続けてやっと目標の折り返し、序列3桁からのスタート、マディック上がりのリリィもどきと見下されながら高等部生活が始まった。

 

 だがリリィになってからは感じるのは苦痛だけではなかった。

 

 念願のリリィになれたことを自分の事のように喜んでくれるマディックの羨望の眼差しは惨苦に荒んだ心を癒してくれた。

 

 辛酸の日々は自身の心を固く強いものへと変えてくれた。

 誰もが恐れるような強敵相手にも向かっていき、深手を負いながらも討ち取ることで評判を上げ、任務の成功が信頼となってまた別の任務を引き寄せていく。

 

 そうやって戦果を重ね序列が上がる中でリリィ達を追い抜いていくのは気持ちよかった。

 かつて見下していたマディックに数字を越される屈辱に歪む顔を見れば笑いが止まらなかった。

 

 1年の3学期には序列は2位にまで達しクエレブレを率いて戦った。

 マディック隊長時代と同じく……いやそれ以上の冷酷さを持って部隊を運用する。

 

 「63位、あのラージ級を足止めしてきなさい」

 

 「し、しかしもうマギがもう少なくて、撤退させて欲しいというか……」

 

 「いいからさっさと行けよ雑兵」

 

 「……っ!」

 

 大勢のリリィを使い潰しても微塵も心が痛まなかった。

 

 「危うく死ぬところだった……どうしてくれるんだよ!」

 

 「とろとろ戦場をうろつき回ってるのが悪いのよ、マディックの指示に従ってればよかったのにね」

 

 避難が終わり切っていない区画で戦闘を強行し多くの民間人に非難されても何一つ動じなかった。

 

 リリィの事を仲間だと思ったことなんて一度もなく、そんなリリィを持て囃す一般人を命を懸けてまで守るつもりなんてなかった。

 

 京子にとっては仲間とは苦楽を共にしたマディック達、京子が守りたかったのは強くなる過程で救えなかったマディック達。あとは家族くらいか。

 強化実験を経てリリィになり、そこから血の滲む努力を重ねて昔より遥かに強くなっても尚、京子の心はかつての仲間達との思いで溢れていた。

 

 やがて春が来て2年生へ進級する。

 3学期までの戦績を参考に序列が更新されるその前夜。京子は上機嫌で端末を見つめていた。

 

 たった今終わった計算の結果、それまでの任務達成率が最も高かったのは序列2位だった。

 達成”率”だけでなく達成”数”もぶっちぎり、主任が下す汚れ仕事を受けて来た甲斐があるというものだ。

 強引に戦闘を強行してきたため、部隊や随伴したリリィの負傷率は酷いものだったがエレンスゲにおいてそこは問題視されない。

 どんなに犠牲を重ねても結果を作り続ける自分こそエレンスゲの模範、京子は確信していた。来期で序列1位に選ばれるのは間違いなく自分だと。

 

 「ふんふふふんふふ~ん♪」

 

 音痴な歌声を晒すほど京子の気分は高揚していた。

 エレンスゲに入ってからというもの、ここまで彼女が陽気に笑っていた瞬間は一度も無かった。

 

 「いよいよだー、いよいよ私が序列1位になる~♪

 エレンスゲ女学園トップレギオンヘルヴォルのリーダー様はこのわったし~♪」

 

 やっと忍耐が報われる。そう思うと浮足立たずにはいられなかった。

 

 長くて苦しい茨の道に、ようやくゴールが見えてきた。

 

 元マディックが序列1位に上がる事実は学園に大きな衝撃を与えるだろう。

 そうなれば誰も自分を無視できない、誰もが自分の活躍に釘付けになるだろう。

 そうやって序列1位に相応しい戦果を上げれば、多少の無理を学園に押し通すことだって不可能じゃない。

 

 もう誰もマディックの事を侮辱せず、リリィと対等に扱われる日がやってくる。

 マディックの慰霊碑を建てる自分の夢がもうすぐ叶う。

 

 「皆喜んでくれるかな……喜んでくれるよね……

 栄えある序列1位がマディックの為に一生懸命頑張ってきたんだから……」

 

 遂に来た午前0時、日付と同時に序列も変わる瞬間。

 確信を持った力強い指使いで端末を押し更新された序列を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

序列1位 相澤一葉

 

 

序列2位 正樹京子

 

 上がるはずの序列が変わらず、自分がいるはずの1位に知らない名前が書かれていて京子の脳みそが一瞬だけ機能を止める。

 

 「あれ」

 

 見間違いかな? 目をこすって再び見つめなおしても1位は一葉。

 

 学園の入力ミスかな? 端末を何度も再起動して序列を確認しても2位は自分。

 

 無表情で今期の序列表を見つめ続けて1時間、京子は思った。

 

 誰だこいつ?

 

 自分の序列を脅かす可能性があるとみなした50位までのリリィ達の名に一葉なんて人間はいなかった。

 50位より下の弱者が突然トップに上り詰めるなんてあるはずがない。

 なのにどうして……京子の疑問は一葉の名前の横に記されていた。

 

 「高等部1年……1年生!?」

 

 自分が調べた50名は全員前年度まで高等部生だったリリィ。明日から進学する中等部生の成績までは調べてなかった。だから一葉の存在を今まで見落としていたのだ。

 

 謎が解けても納得はできない。

 訓練期間の中等部生の身がどうして高等部の自分より優れていると判断されたのか、理由を知りたかった京子はすぐさま中等部の戦績表で一葉の事を調べ出した。

 

 理由はすぐに分かった。

 

 任務の数には隔たりがあるものの、自分と相澤一葉の任務達成率は全く同じだった。

 違うのは随伴したリリィの負傷率。

 

 京子は100%に近い数字で負傷者を出してたのに対し、一葉の負傷率は限りなく0%に近かった。

 京子がリリィや人を見捨てながら戦い続ける傍らで、一葉は誰も見捨てず全てを守り通して戦ってきた。

 

 いくら人命軽視で結果主義のエレンスゲといえでも、同じ任務達成率の者同士なら負傷者をあまり出していない方を優れているとみなす。

 切り捨てて良いと思っていた負傷率の差で負けたことに気付き、京子は激しく悔しがった。

 

 朝が来て進学式が始まる。

 学園の筆頭教導官の式辞の後はリリィを代表して序列1位のスピーチが始まる。

 講壇に立つのは当然、相澤一葉。

 

 (あいつが相澤一葉……私から1位を奪った憎い奴……!)

 

 もしもチャームが手にあったら即座にぶっぱなしたい気分だが、逸る心を必死で抑える。

 

 「今学期から序列1位を拝命することになりました高等部1年、相澤一葉です

 

 自分が立っているはずの講壇に何食わぬ顔でいることは腹立たしいが京子は耐えた。

 これは知らなければならないことだ、今の序列1位がどんなリリィか、新しいヘルヴォルがどんな信念を抱いているのか、彼女を超えるためにも一字一句逃さぬ覚悟で一葉のスピーチを聞き入れる。

 

 そして、彼女の心の器は再び砕けることになる。

 

 「学園のために命を捨てろなどバカげています

 

 「人に犠牲を強いる戦い方では本当に大切なものは守れない

 

 「私は、何一つ諦めずに戦いたい

 

 「ヘルヴォルの二つ名である『楯の乙女』

 それは、大切な物すべてを守る楯でなければいけないのです

 

 「それが私の意思であり、リリィとしての誇りです

 

 学園のスタンスに真っ向から反発する声明に周囲は騒然とした。

 大半の上級生が綺麗事だと片づける中、京子だけは違った。

 

 何一つ諦めない戦い方を一葉が既に始めていることを知っていたから。

 それを貫き通した結果が序列1位だということを理解していたから。

 一葉の言葉の端々に、自分と同じ『学園を変える』という強い信念が見受けられたから。

 

 京子はマディックの為だけに学園を変えようとして。

 一葉はマディックを含む全ての命の為に学園を変えようとしていた。

 

 「ああそうか……」

 

 規模の違いを思い知らせた。思想や信念の問題だけじゃなく、あらゆる面で京子は一葉に負けていた。

 

 学園を憎みながらも京子は学園に歯向かうことをしなかった。学園にシステムに従うことが序列を上げる近道だと思い込み、仲間を切り捨て続けて序列2位になった。

 エレンスゲの事を憎みながらも、そのエレンスゲの思想を誰よりも体現したリリィに京子は成り果てた。

 誰だって嫌いな者と一緒にされたくない、エレンスゲに従属して勝ち取った2位までの道筋は血で汚れていた。

 

 「そういうことだったんだ……」

 

 だが一葉は違う。

 一葉は学園を変えようと真っ向からぶつかっていった。理念を否定し、それを証明するために目の前の命を片っぱしから救っていった。

 そうやって全てを守り抜く『結果』を出したからこそ、エレンスゲの理念にそぐわぬ異色の1位が誕生した。

 朱に染まることなく、自分の信念を貫き通して得た1位までの道のりは誰に見せても恥ずかしくないくらい輝いていた。

 

 手を汚し続けて戦ってきた序列2位は、序列1位の穢れなき精神を垣間見て、『うらやましい』と思った。

 

 「私、ああすれば良かったんだ……」

 

 自分が進むべきだった道を通って望みを勝ち取ったものが目の前にいた。

 

 自分もああやって正道を突き進んでいけば、序列1位になれただろうか。

 大変なのだろうが少なくとも耐えるべきものは前よりは減っていただろう、何のストレスも感じることなく序列1位になれたのなら、どんなに気持ちがいいことか……

 

 そんな風に考えた瞬間、京子は思った。

 

 「じゃあ今まで私がしてきた忍耐ってなんだったの…」

 

 嫌いな教導官に媚びを売ったのはなんだったんだ。

 ゲヘナのクソ野郎どもに体を改造されたのはなんだったんだ。

 手柄欲しさに仲間のマディックまで見捨ててきたのはなんだったんだ。

 

 全て序列1位になるため、耐えがたい苦痛を忍べば必ず夢が叶うと信じてここまできた。

 

 なのになれなかった。

 

 自分とは別方向の努力を重ねて来た人間に1位の座を撮られてしまった。

 

 大昔、どこかの偉い人がいっていた。

 努力にも正しいものと間違っているものがある、と。

 

 いくら腕立て伏せを続けても足の筋肉は増えないように何かを成し遂げるには『正しい筋道』を通らなければならないと何かの本で読んだ覚えがあった。

その時は何も感じなかった文字の整列が今になって深く突き刺さる。

 

 「私は……間違っていたの……?」

 

 邪道に落ちて力を得た自分が序列2位に甘んじて、正道から逸れずに成長していった一葉が1位を勝ち取っている現実を見て、自分が『努力の方向性』を間違えたと思わざるを得なかった。

 

 「嫌だ……嫌だ……嫌だ……!」

 

 これまでの自分の忍耐が、努力が、人生が無駄だったかもしれないということを知ることだけは……

 

 

 

 

 

 京子は耐えられなかった。

 

 一葉は京子に何も侮辱的な言動をしていない。

 ただ京子より上の順位に立っているだけ。

 

 それだけ、ただそれだけで、京子の人生を全否定していた。

 『お前の考えは間違ってる』『お前が積み上げてきたものは全部無駄』そう言われたような気がした。

 少なくとも京子はそう思っていた。

 

 「ふざけるな、私は何も間違っていない、私が耐えてきた屈辱や痛みが全部無駄だったとは言わせない。                

 それをこれから証明してみせる!」

 

 自分の間違いを認めたくない一心で、京子の心はさらに壊れた。

 忍耐が無駄だったかもしれないという恐怖から逃げるためには狂うしかなかった。

 それまで以上に人を憎むようになり、特に相澤一葉には尋常ではない執着心を抱き始める。

 

 一葉がヘルヴォルらしくない犠牲を出さない戦い方をすれば、京子はヘルヴォルらしい犠牲を厭わない戦いをして。

 一葉が仲間や人々を守る『楯の乙女』になることを誓えば、京子は仲間をヒュージの攻撃からの『盾』にする。

 

 一葉がエレンスゲの理念を否定するのなら、京子は肯定し続けた。

 

 どこまでも、徹底的に一葉の対であろうとする。

 

 「全否定してやるわ。お前が信じるもの全てに唾を吐いてやる。そのためにも私は徹底的にあなたとは真逆の事をし続けて、いずれあなたから1位の座を奪い取って見せるわ……」

 

 それが自分が受けた屈辱に対する復讐だと京子は一葉を何度も蹴落とそうとした。

 そうして一葉を憎み続け、夢だったはずの慰霊碑すら忘れて一葉を超えることに執心するようになって……

 

 

 そして今日、一葉に負けた。

 完敗だった。

 負けた上に堂々と自分の間違いを指摘されたことで京子は心が完全に砕け散った。

 

 「…………」

 

 膝を折り項垂れる京子の後ろをヘルヴォル達が通り過ぎていく。

 もう序列とか一葉とかどうでもいい。

 一葉に負けたことでこれまで積み上げてきたものが間違いであったことにはっきり気付いてしまって、京子は疲れたのだ。

 

 もう何もかも投げ出したい京子の背中に誰かが立っている。

 

 「なんであなただけ降りないのよ、101位……」

 

 自分の事を裏切ったはずの部下だけが残っているのが不思議で仕方なかった。

 

 「あなたのことが放っておけないから……人が大きな間違いに気づき、その重さに引きずられそうになった時、側に誰かがいてあげないとまた大きな過ちを繰り返してしまうものだから……」

 

 「それで私にお情けをかけたいって? ずいぶんお人好しなのねあなたって人は……」

 

 「それがあなたの知らない新しい私ですから」

 

 「ふん」

 

 同じ部隊で戦ってきた仲でも京子とアリエは互いのことをほとんど知らない。

 京子がそういう風に部隊の中での交流を禁じて来たのだから。

 

 顔と名前を知っているだけの他人。

 普通に会話するだけでは気まずいだけの関係だからこそ、気兼ねなく話せるものがあった。

 

 どうせこいつに言っても伝わらないし、という気持ちで京子は今まで抱えてきた想いをアリエに吐露し始める。

 マディックのこと、ゲヘナのこと、一葉のこと、一しきり語ったあとに京子は弱音を吐いた。

 

 「ねえどうして? どうして私は序列1位になれなかったの? 1位になるには何をすれば良かったの?

 あいつが言っていた私に欠如しているものって一体なんなの……?」

 

 少しだけ考えたあと、アリエは思ったことをそのまま口にした。

 

 「一葉さんにあってあなたには無かったもの……それは間違いなく『優しさ』でしょう……

 どんなに大きな夢を持っていても、人に優しくなければ誰にも伝わらない、誰も手を貸してくれない」

 

 京子は前に見かけたレギオンメンバーと共に談笑していた一葉の姿を思い出す。

 強い信頼関係で結ばれている彼女達はきっと一葉の理想にも共感しているのだろう。

 だからゲヘナを攻める時でさえ5人全員で来た、それは一葉の人徳に他ならない。

 京子の理想に共感してくれそうなクエレブレのメンバーは、いそうにない……

 京子がそう思うのは自分で知っている自らの人望の低さに他ならない。

 

 「そっかぁ優しさか……私、優しさが足りなかったんだ……だからあいつに負けたんだ……」

 

 自分の苛立ちを晴らすことを優先するあまり、誰からも恐れられるようになった自分の寂しい末路を嘆いて、京子は泣き崩れた。

 

*1
マディック用の特殊銃




補足話
正樹 京子のプロフィール

エレンスゲ女学園高等部2年生
誕生日 12月24日
血液型 AB型
所属レギオン クエレブレ
好きな物 ホットドッグ コーラ カップラーメン
苦手な物 47を始めとする素数 牛乳 時間がかかること
趣味特技 速読 カップ麺の食べ比べ ウィッグ収集

家族と会う時はウィッグをつけて平静を装っている。
前に父親に撫でられそうになった時は本気で焦った。
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