ウルトラマンの定番ネタ、ヘルヴォルでやると絶望感やばいな
「竜駆のことを知りたいだって?」
「はい、些細な事でもいいですから何か知っていることを教えていただければ……」
「やめときな」
「え?」
「お嬢ちゃんのようなリリィが関わるべき相手じゃあねぇよ。
特に竜駆のリーダー、恩田始って奴とはよぉ」
そう言ったきり、自転車屋のおじさんは何も話してくれなかった。
(とりあえず恩田始って人を調べてみるのがよさそうですね。恐らく彼のことでしょうし)
そう思い一葉は聞き込みを続けたが、町民からの情報はどれも気持ちの良いものではなかった。
「恩田始ぇ? し、知らねえよあんな奴のことなんか」
「ピーマン野郎の事なんて知らないし知りたくもないね」
「あいつはヒュージよ……人間の形をしたヒュージだわ……」
「いっそあんたらが退治してくれれば楽なんすけどねぇ~、ヒュージみたいなもんすよあいつは」
「恩田始って、町のためーとか言いながら自分と同レベルのチンピラとばっかり喧嘩してるクズ野郎のこと?」
「なんであんなやつが野放しにされてるんだ? 警察はなにしてんだよ」
「前に一度パクられたけど、ヒュージが少年院をぶっ壊しちまったからな……」
「まあこのご時勢檻を作れる土地も少なくなってきてるし未成年は大目に見られがちだよな」
「そんなに悪いやつじゃないかと思うんじゃがのう……」
「あいつが喧嘩売るのって基本チンピラや強盗でカタギの人間には手を出したりはしないけど、ねぇ……」
「首輪のない熊かライオンにうろつき回られてる気分ってのは落ち着かないわな」
「あいつとリリィの関係? さぁ? なんかリリィ嫌いらしいけど分かんねえわ」
「この前あいつと同じクラスだったって奴から聞いたんだけどさ……
あいつの母ちゃん、日の出町でヘルヴォルのリリィに見殺しにされたらしい。ま、日の出町出身でリリィが好きな奴なんているわけないと思うけどな」
◆◆◆
一葉が調べ物をしている頃も、恩田始は喧嘩に明け暮れていた。
今、彼がマウントを取っているのはギラギラと眩しい金の装飾に身を包むブタみたいな醜男。最近この町で多発しているハゲタカの元締めである。
アジトを突き止めた竜駆はその日の内に突撃、まさか何も策も持たずにカチコんで来るとは思わなかった元締めらは混乱が収まらぬまま取り押さえられた。
「クソが、何で生きてんだよ。鉄パイプで頭殴られた死ぬもんだろ普通……」
「盗んだ金はどこに隠した? 全部持ち主に返すんだよ」
盗人が盗品を後生大事にするものか、追い詰めている少年のあまりの青臭さに元締めは笑い出す。
「何がおかしい!?」
「そんなもん全て使っちまったよ。高級レストランのフランス料理、うまかったなぁ~」
「てっ、てめぇ!」
不意打ちの殴打も物ともせずに押し倒したのに、馬乗りになってタコ殴りにする準備を整えているのに。
今この場で痛々しい青タンが滲んでいる元締めの方が始より精神的に勝っていた。
「お前らは昨日なにを食ってたんだ? 随分痩せているようだが。
前菜は雑草のサラダ、メインディッシュはドブネズミのステーキってとこかぁ、クヒヒヒヒ!」
「黙れ! 俺は飯の話をしに来たんじゃねえ!」
「それじゃあもうちょっと生産的な話をしようか。お前、俺の手下にならないか?」
「地面に押し付けられながら言うセリフかよ」
「このまま俺をぶち殺すのは簡単だろうよ、だがそれからあとはどうするんだい?
今日のご飯はどこで手に入れる、明日の飯は? お前らのようなみなしごにお恵みを与える余裕がこの世界にあるとでも?」
「クッ……」
ある意味ではこの男は始の未来である。
家族、故郷、職業、住居、あらゆるものをヒュージに奪われた者の末路。生き延びるために優しさを捨てた生々しい悪党。ヒュージが土地を奪っても人は増え続ける。狭くなっていく世界であぶれた者達が正しく生きていくためには死以外の道はないのだろうか。
社会の庇護から外れた始にとって元締めの言葉は簡単に無視できるものではなかった。
「俺ならお前らを拾ってやれる、用心棒になってくれりゃ怖いものなしだ。どうだ、悪い話じゃないだろう?
そう難しいことじゃない、ちょっと膝をあげれば済むことだ。襟を掴んでるその手をどければもう二度と飢えに苦しむことはなくなるんだぜぇ」
「テメェらのようなクズに落ちぶれるくらいなら死んだ方がマシだ」
「ププッ、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! お前自分がクズじゃないと思っていたのか!? こんだけ暴力振るっておいて!? 喧嘩の巻き添えでどれだけ物を壊してきたか知らないのか!?」
「黙れっ!」
「町の奴らは皆お前をバカにしてるぞ、『頭空っぽのピーマン野郎』『人間の形をしたヒュージ』……
こんなのもあったけなぁ、『リリィ気取りの勘違い小僧』!!」
「黙れっつってんだよ!!」
逆上した拳が顔面に突き刺さり元締めは気絶した。それでも怒りは収まらない、昨日の今日で始の沸点はボコボコに噴き上がっていた。
「あ、兄貴……全員縛り上げやした。これからどうするでヤンスか?」
「交番にでも投げつけとけ」
「分かりやした……って兄貴、どこに行くでヤンスか!?」
「……散歩だよ、誰もついてくるんじゃねえぞ」
ただそれだけを言って、始は仲間たちの前から消えていく。
トボトボと離れていくリーダーの背中が、いつもより小さく感じた。
◆◆◆
元締めを捕まえたあと、始は特に意味もなく町中を歩いていた。
すれ違う度に相手がヒソヒソ話するのを耳の良い始は聞き逃さない。
「文句があるなら直接言えっての……」
しかし始は分かっていた。自分の事が怖くて面と向かって話せないことを、そんな状況になっても改善しようとしない自身の短絡さを。
元締めが囁いた悪評はあの場で初めて聞いたものではない。むしろあれよりもっと酷い罵倒さえ聞いたこともある。
始は自分が正しいと思ってやっていることが、ほかの人間にとってそうでないことをずっと前から気付いていた。
(けど、だったらどうしろって言うんだよ……)
でも他に方法を知らないのだ。学が無く腕っぷししか取り柄のない始にとって悪党を痛めつける以外にできることなどたかが知れていた。
何もしないという選択もあった。何も奪わず誰も傷つけず、平穏にひっそりと生きていく。何の意味もないが今よりはマシな生き方。それさえできれば憤怒に身を燃やしてしてまで自警団
でも結局できなかった。生きていると色々なことを耳にする。
どこそこの地でヒュージが暴れたとか、3丁目の○○さんが強盗にあったとか、毎日どこかで誰かが傷ついている。
始はそれを無視できなかった。
(だって同じじゃないか……俺には関係ない、やるだけ無駄、そんな風に考えて傷ついた誰を放っておいたら……
あの日母さんを見捨てたリリィと同じになってしまう! 俺はあんな奴にはなりたくない!!)
誰だって、嫌いな人と一緒にされたくない。
憎い相手と同じになりたくない一心で、始は妄執的に『見捨てない』をし続けた。
その結果、悪人とみなした相手を徹底的に痛めつけては新たな獲物を探して駆り立てる暴竜のごとき集団、竜駆が生まれた。
傷ついている者を救う術を知らないから、傷つけた相手を傷つけるという矛盾。
それでも始は拳を止めることをしない。
”皆を守れるヒーローになりたい”という前向きな気持ちではなく、”憎いアイツと同類にはなりたくない”という後ろ向きな感情のみが始の心を搔き乱す。
後ろ向きな感情だから、とても必死で、人に優しくできる余裕がない。
かつて母が言った言葉を借りて言うなら、今の始は”夢を諦め、優しさを忘れ”ていた。
始には夢がない。だから今に自分を変えようとしない。
始には優しさがない。だからどんなに頑張っても人から愛されることはない。
憎しみで動いている内に恩田始は、彼が憎んだあのリリィよりも醜悪で無価値な人間に成り下がってしまった。
「くそったれがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
”自分を嫌う気持ち”と”変わりたくない”という矛盾が頭をこんがらがせ、絶叫となって始の口から発散された。そして足がふらつき始めた。
(やべっ、頭から血出てんの忘れてた……)
先ほどの鉄パイプで殴られたダメージが今になってやってくるとは。
視界が霞み、足が一定の場所に留まらない。急に叫んだ衝動で頭に傷口が開き意識を薄れさせる。
このままだと始は倒れコンクリートに頭をぶつけてしまう。いくら無駄に頑丈な彼の身体でも脳に二度も連続して衝撃を与えられれば二度と立ち上がれなくなるであろう。
(嘘だろ? こんなところで俺は死ぬのか? 死因:絶叫とか笑え過ぎて笑えねえぞ!?)
町のど真ん中、多くの通行人が見ているのにも関わらず今にも倒れそうな始に手を差し伸べるものは誰もいない。
ついに足が地面を空振り、誰にも気にとどめられず、始の頭は地面へ急降下しだした。
人に優しくないものは基本、相手にも優しくしてもらえない。ある意味ではこの事態は必然、自業自得というものだろう。
「大丈夫ですか!?」
だが例外というのもある。
いつの時代にもどうしようもないバカがいるのと同じで、とんでもないお人好しもいるものだ。
理不尽な罵倒を受けても、理不尽で返すことなく相手に救いの手を差し伸べる底抜けのお人好しが、相澤一葉の腕が始の体を支えて転倒から助け出した。
「お、お前は……!?」
「話はあとです。まずは傷の手当てをしましょうか」
犠牲を強いられたせいで『夢を諦め、優しさを忘れた』少年を助け出したのは、犠牲を強いる校風の中でも『夢を諦めず、優しさを忘れなかった』少女であった。
◆◆◆
「これで応急手当ては完了です。また傷口が開かないよう当分激しい運動は控えてくださいね」
「なんで……?」
「ある程度の応急処置の仕方はガーデンで学びました」
「手当てのことを聞いてんじゃねえよ」
「あなたの噂を聞いてから万が一に備えて薬局で買っておいたんですよ」
「包帯のことでもねえよ!? にぶいなアンタ!?」
傷で意識があやふやなこともあってか、一葉に支えられた始は抵抗する暇もなく近くのベンチに座らされそのまま手当てを受けていた。
嫌いなリリィに触られた上に情けを懸けられるなんて普段の彼ならまた爆発する所だが、さすがに命を救った相手は邪見にはしない。
「包帯を巻いてくれたことには感謝してやる。だがこれでお前達ヘルヴォルを許したと思うなよ」
……これでも最大限に譲歩して感謝しているつもりであった。
「あ、そう言えば私はあなたの名前を知っていますけど、あなたは私の名前を知っていませんね。失礼しました、今から自己紹介させていただきます」
「いや、別にどうでも……」
「自己紹介させていただきます!」
「おいちょっと、人の話を……」
「私は相澤一葉! 好きな物はコーヒーで嫌いな物はコーラです! よろしくお願いします!!」
「そうかよ! 俺は恩田始! 嫌いな物はリリィで大嫌いな物はヘルヴォルだ! さっさと帰れ!!」
ついつられて大声を出してしまったので傷が疼いて始は蹲った。
「だ、大丈夫ですかー!? ちなみにコーラは苦手ですがラムネはそんなに嫌いではありませんー!」
「人の心配しながら自己紹介続ける奴初めて見た」
なんという超特急。一度決めたことは自己紹介であっても最後までやり遂げようとする姿勢は正に人間暴走列車。
今何を言い返しても物凄い軌道で自己紹介へと修正してくるだろうと、始は大人しく一葉の自己紹介を聞き始める。
今まで殴ってきたチンピラの誰よりも、デカい声で自己紹介してくるだけのこの少女が一番手強く感じていた。
「そういうわけで私は今のエレンスゲを変えようと序列一位になってヘルヴォルの名を継いだんです!」
「それは大層なことで。で、それが俺と何の関係があるんだよ?」
「ヘルヴォルの名を継ぐということは、かつての悪評を一身に背負うということ。あなたが昨日のような暴力を毎日振るっている原因が旧ヘルヴォルの過ちにあるというのなら今のヘルヴォルの隊長である私にも責任はあります」
「だったらなんだよ……『見殺しにしてごめんなさい』とでも言うのかよ……っ」
それまでの勢いをスンと抑え、一葉は口を閉じる。
自分の意思を押し通すことが多い彼女だがそれが決して他人の気持ちを無視することへのイコールではない。相手の批判を正面から受け入れられる誠実さも一葉という人物の特徴であった。
「たとえお前が”これから”エレスンゲを変えていこうが、”これまで”のエレンスゲがしてきたことが帳消しになるわけじゃない、見殺しにされた者は生き返ってこない。俺に責任を感じようが感じまいが勝手だが善人ぶって俺の周りをうろつき回るのはやめろ。お前にできることなんて何もない」
「……」
「ああでもやれることはあったか、どうしても暴力をやめさせたいってのなら方法は二つ、俺を檻にぶち込むか殺すかのどっちかだけだが、どうする?」
「いいえ、どうもしません。どんな罰を受けたとしても、あなたが反省しない限りそれは意味のないことでしょうから」
だからっ! と突如一葉は立ち上がる。
一瞬眩しく見えたのは、太陽の逆行のせいだけではない。堂々とした彼女の姿勢に、自分にはないものを感じ取ったから。
そして一葉は高らかに宣言する。
「私は誓います! あなたを! あなた達を! 更生させると!!」
「…………は?」
予想外過ぎるアンサーに、流石の始も目が点となって硬直した。
「これから私が付きっきりであなた達を見張り、暴力行為に走ろうとしたらすぐに止めます。他に方法がないのかと問われたら一緒に考えます。町の方々の評価を上げられるようイメージアップ活動を計画します。私が! あなたを!! どこに出しても恥ずかしくない真人間に鍛え上げて見せます!!!」
「おい、おいおいおいおいおい、おいっ! 誰がそんなこと頼んだ!?」
「
「そうかいそうかい! 精々頑張りな! 俺は帰る!」
相手にしてられるかと、立ち去ろうとする始を黙って見送る一葉ではない。
早歩きで逃げれば早歩きで追い、速度を上げれば同じくらいスピードを上げる。
本気で振り切ろうと全力でダッシュを決め込むも、一葉もそれを上回る勢いで追いかけてくる。
「こいつっ、リリィ抜きに脚力が女子のそれじゃねぇ!?」
「どんなに逃げても絶対に追いついて見せます! 血反吐吐くまで! 血反吐吐くまで!!」
「獲物に対する執念がターミネーターのそれと同じじゃねえか!?」
結局、またもや頭の傷が開いて悶えた所を捕らえられた。ちょうど歩道橋の階段を登ろうとしたで躓いて再び助けられる形になった。
「激しい運動は控えてくださいって言ったじゃないですか……」
「……誰のせいでこうなったと思ってやがんだ……」
何故こうまでして始にこだわるのか、一葉は自分の思いを打ち明け始めた。
「私もあなたと同じで、日の出町で惨劇にあいました。私はマディックのお姉さんに助けてもらえたからよかったものの、もし運命が違っていたら私もあなたみたいにエレンスゲを憎んでいたかもしれない……」
「変な同情はやめろ、過去が同じだからって気持ちまで同じなわけがないだろ。誰にも俺の気持ちなんか分かりやしない」
「当然ですよ、だってあなたは誰にも話そうとしないから!」
「っ!」
言わないから分からないというぐうの音もでない正論に思わず背を向ける始。
顔を見せようとしない無礼な相手でも、一葉は優しい声色で語りかけてくる。
「教えてくれませんか? あなたのことを、何を思ってどう生きてきたかを。どこまで力になれるか分かりませんが、少なくともあなたを理解した人が一人増える。これはあなたにとってとても良い事になると思うんです」
「黙れ黙れ! 俺はお前が嫌いだ! お前が俺に向ける優しさが、自分の理想や夢を真っすぐ突き進める純粋さが……お前の正しさが俺を苛立たせるんだよ!!」
そう叫んだきり一葉からの返事が返ってこない。階段を上って距離を取ったが、追ってくる足音も聞こえない。
やっと諦める気になったか、振り返るとまだ一葉がそこに立っていた。
だが様子がおかしい。表情を強張らせ、顔を上げてこちら凝視していた。
「な、なんだよ? そんなにムカついたのかよさっきの言葉が」
「……空に、ヒビが生えている……?」
「いや分けわかんねえよ、何意味不明なこと言ってんだ……」
ここで違和感に気付く。
一葉の瞳は、よく見たら自分を見ていない。立ち位置の関係で分かりづらかったが、一葉は空を見上げていた。
そして一葉だけでなく周りにいる人間全てが空のある一点に視線を集中させていた。
「なんだあれ?」
「おい、空にヒビが生えてるぞ、ガラスみたいに」
「そんなバカな……ホントだ」
「ケ、ケイブ*1じゃないよな」
「あそこからヒュージがドバーってでてきたりしないよな」
「いきなりケイブが生えてくるわけないだろ」
「東京はエリアディフェンス*2で守られているんだぞ」
始も気になって空を見上げる。
そこには確かにヒビのようなものが何もない空に生えていた。
ヒビは少しづつ広がって、それに伴い空のカケラと言うべき代物がボロボロと零れ落ち始める。
「そ、空が……
始がそう感じた瞬間、想像は現実となった。
空が音を立てて割れ、割れた先から巨大な生物がこちらの世界へ入って来たのだ!!
うさぎのような大きな耳を生やした巨大生物は雄たけびを上げ目の前のビルを粉々に砕く。
満月超獣ルナチクス
先日地球の上で散ったヤプールが作りし生物兵器、この平行宇宙には存在しないはずの”怪獣”が突如我が物顔で世界を蹂躙し始めた。
「な、なんだよあれ!? ヒュージか? ギガント級ってやつか!?」
「いや、ギガント級でも大きくて20m。でもこの生物はそれの3倍近くあります! なにかが違う……この化け物はヒュージとは決定的に何かが違う!!」
突然の襲来に動揺し逃げ惑う人々の姿を見て一葉は覚悟を決める。
肩にぶら下げていた特別製のバッグから愛用のチャームを取り出して起動させると、瞬く間に始の前に立った。彼を守るように。
「しかしあの怪物が危険な存在であることは事実、私が戦って時間を稼ぐのであなたは他の人達と一緒に避難してください!」
「勝てるのかよあんなデカブツに」
「分かりません、でも勝てるか勝てないかは問題ではない。皆を守る! 私が守る! それが他の誰でもない私が決めた正義です!!」
強い意志の元、未知の脅威へ飛び込んでいくリリィの背中をこの場においてただの一般人でしかない始は黙って見つめるしかなかった。
◆◆◆
空高く飛び上がり、一葉のチャーム、ブルトガングの銃口がうなる。
通常の兵器がほとんど効かないヒュージの装甲をも貫く威力をもってしても、ルナチクスは蚊に刺された程度の反応すら示さない。
むしろ攻撃を受けて敵とみなしたルナチクスが叩き落そうと腕を振り下ろしてきた。
「くっ」
咄嗟に空の方向へ弾を放ちその反動を利用して巨腕を紙一重で躱す。腕の一振りが引き起こした突風に吹き飛ばされるも身をよじらせて体勢を保ち、ビルの壁面を蹴り上げて再びルナチクスへと突貫した。
(銃撃がだめなら斬撃で!)
ブルトガングは数あるチャームの中でも随一の頑強さを誇る。その質量を目玉に叩きつければ流石の巨体でも一溜りのないだろう。どんな能力を持っているか分からない中、一葉は確実にダメージを与えるため目玉という生物不変の弱点を狙うことにした。
普通ならそれが正解なのだろう、別の地球において一葉のように単身で怪獣に立ち向かった青年も顔に飛びつきナイフで目を刺しまくるという方法で何倍もの大きさを誇る相手に奮戦してみせた。
しかし相手は超獣、戦うために生み出された生物兵器、全身を敵を殺すために改造された”怪獣を超えた怪獣”。普通の生物の常識は、通用しない。
一葉の視線と超獣の視線が合った途端、ルナチクルスの目玉が飛び出した。
目が飛び出るほどびっくりした、という比喩では無い。本当に目が炎を吹いて超獣のまぶたから射出されたのだ。ミサイルのように。
(!?)
ミサイルの速度は尋常ではなく、放たれたと認識した時にはすでに突き出したチャームに達しようとしていた。
絶体絶命、ミサイルが刃に接触し一葉を飲み込む大爆発が起こる1秒前、遠くから自分に向けられる声が聞こえる。
「手を前に出して握って!」
声の言う通りにしてみたら物凄い速度で横切る何かを掴んだ。それに引っ張られながらも一葉は空ぶったミサイルを撃ち抜いて空中で誘爆させる。これで地上に被害はないと安堵する一葉は自分を助けた物体の正体に気付く。
「これは、千香瑠様のチャーム!?」
ビルに刺さったそれはヘルヴォルのメンバー芹沢千香瑠の持つ槍型チャーム『ゲイボルグ』 その長い形状を活かした投擲によって一葉は助けられたのだ。
当然投げたのはさっき聞こえた通り千香瑠だろう。彼女がいることは他の仲間達も、そう思いルナチクスの方へ目を向けると既に二人、ルナチクスと戦い始めていた。
「アハハハハハ! こんなおっきいヒュージみたことない! らんこのヒュージ倒したい!」
「藍! もう少し慎重に間合いを取って、あとこいつ多分ヒュージじゃないと思う」
レアスキル”ルナティックトランサー”でバーサク状態になった
二人のリリィが超獣を引き付けている間、最後の仲間がゲイボルグにぶら下がったままの一葉を引き上げた。
「全く、あんなデカブツに特攻しかけようなんて相変わらず無茶をするんだから!」
左手に鳥のクチバシのような独特な形状のチャーム『ヴルンツヴィーク』を、一葉を引き上げた後の右手ですかさず置いておいたタピオカを拾うリリィは
「皆が来てくれることは信じていましたから、無茶であっても無謀ではありません」
「アハッ、嬉しいこと言ってくるじゃないの。どうするリーダー? 上層部は完全に様子見に入って救援を出すつもりはないみたいだよ」
「救援の見込みのない戦場に足を踏み入れた時点で、恋花様の覚悟は決まっているのではありませんか?」
まあね~、と恋花はタピオカを飲み干して気合を入れる。
軽い会話をしている内に陽動を終えた藍と瑶と合流する。
「瑶さん、背負ってくれてありがとうございます」
「仲間だもの、これくらいは当然だよ」
「いいな~、らんもちかるみたいにようにおんぶしてもらいた〜い」
チャームを投げて丸腰だった千香瑠も無事回収されて、ヘルヴォルの五人が今ここに揃った。
「かずはかずは、あいつすっごく硬いの! 何かいい方法ないかな?」
「藍ちゃんの攻撃ももろともしないなんて、今回の敵は一筋縄ではいかないようね」
「はい、相手の認識を上方修正する必要があります。ギガント級のその上、
「軽く戦ってみたけど、その認識で間違いなさそうだよ」
「マジか~、たった五人でアルトラ級と戦えとかキツ過ぎるけど、それで勝負を投げ出す私達じゃないよね!」
学園は日和って傍観を決め込み、敵は未知数の力を秘め、戦力は自分を含めてもたったの五人。
あまりにも絶望的な状況だが、少女達は逃げたりしない。
人々の命を守るため、隣にいる友を守るため、皆と一緒に明日も生きるため、自分の信念を貫くために彼女達はチャームを構える。
少女達はリリィ、人類に残された最後の希望。
少女達はレギオン、堅い絆で結ばれた最高の仲間達。
少女達はヘルヴォル、悪しき魔物から人々を守る”楯の乙女”
そうあり続ける限り、少女達が戦いから逃げ出すことは決してない。
「リリィとしての誇りを胸に……ヘルヴォル、出撃!!」
最高に勇気が湧く決めゼリフと共に、リリィ達は怪獣へと立ち向かう!
「オペレーションうさぎさん、始動!」
「「「りょうか~い」」」
「やっぱその作戦名やめない!? 全然締まらないよ!?」
◆◆◆
ルナチクスの出現により人々が逃げ惑う中、始はただ一人足を動かさずヘルヴォルの戦いを目に焼け付けていた。
お世辞にも優勢とは言えなかった。休みなく叩き込まれる猛攻にも関わらず超獣が怯む気配はない。紙一重でルナチクスの爪や牙を躱せて入るがそれもいつまでもつか。
しかし始の頭には攻めあぐねているヘルヴォルを嘲る感情はなく、一つの疑問が過ぎっていた。
「なんで逃げねえんだよ……」
自分が知ってるヘルヴォルは少しでも都合が悪いと投げ出すような卑怯者だった。だが今の彼女らはどうだ?
孤立無援の中、命を懸けて人々を守っているではないか。
私は今のエレンスゲを変えようと学年一位になってヘルヴォルの名を継いだんです!
不意にさっき聞いた一葉の言葉を思い出す。
口だけではピンとこなかったが、実際に行動で示されると響いてくるものがある。
「あいつら、本気でエレンスゲを変えるつもりなのか」
記憶に根付いたヘルヴォルの姿と今目の前にいるヘルヴォルの勇姿との相違に、始はどっちを信じればいいか分からなくなってきた。
「助けてー! 誰か来てー!」
深い沼にはまりそうな意識を甲高い悲鳴が現実に戻す。
幼い少女が逃げる人波に必死に声をかけていた。だが自分を助けることに精一杯な人間たちは少女の叫びを無視して避難所へと駆けて行く。それでも泣きながら呼びかけ続ける少女の頭上にビルの破片が迫ってくる。
少女は気付かず、助けを求め続けていた。
「危ないっ!」
始は思わず駆け寄り、少女を抱き寄せて落ちてくるコンクリートから助け出す。
母を失って以来初めての暴力を使わない人助けであったが考えるより先に体が動いていた始にはそれに気付く余裕はない。
「どうしてさっさと逃げないんだ! 叫んだって誰も助けに来やしねえよ!」
「だって……お母さんが……お母さんが!」
「!?」
一筋の汗が額に流れる。
少女の状況、境遇、行動が全て過去の自分と繋がってしまい、始は顔を強張らせる。
「分かった! できるだけのことはしてみるからお前の母さんの所へ連れてってくれ!」
少女の手に引っ張られて走る途中、無意識に顔をヘルヴォルの方へ向ける。
彼女達なら自分よりも手っ取り早く母親を救い出してくれるか?
一瞬湧いてきた希望を、すぐさま首を振って投げ捨てた。
あんな激しい戦いをしてる最中、救助に向かう余裕なんてあるものか。少しずつヘルヴォルへの認識が変わりつつある始だが、リリィの事をまだ信じ切れずにいた。
◆◆◆
ヘルヴォル全員の集中砲火で超獣の頭はビルにめり込み、リリィ達に僅かな休憩を与える。
「そんな、左耳を斬り落として牙を砕いたというのにまだ動く体力があるなんて」
「まるで痛みを感じる感情自体持っていないような……」
「まだ、生きてる、楽しい……たのしい……!」
「藍は相変わらず平常運転だね~、まあ今はそれが頼もしいけど」
「敵は手強いですが確かにダメージは蓄積されています。ここでダメ押しの一手を撃てば……」
一葉が取り出したのは『封』と記された小さな弾丸。それは各レギオンの隊長に一発ずつ与えられる最強最後の切り札。それを恋花に手渡す。
「一葉、アレをやるのね」
「はい、これよりヘルヴォルは巨大生物に対し”ノインヴェルト戦術”を行使します!」
ノインヴェルト戦術とは、レギオン全員のマギを込めた
一人ずつパスを繋いでいくことでマギスフィアを肥大化させるこの戦術は、高度な練度とメンバー間の信頼が必須になってくるが命中すればアルトラ級でさえも一撃で撃滅させる火力を持っている。本来、
だがリスクも大きい。ノインヴェルトの威力を上げるためには自分のマギをほぼ全てマギスフィアにつぎ込まなければならない。マギスフィアに入れた後のリリィはエネルギーが枯渇して戦闘力が大幅にダウン、全員分のマギを詰めたマギスフィアを外そうものならそのレギオンの迎える末路は良くて撤退、悪くて全滅。文字通りの最後の手段である。
だから今まで出し渋っていた。ときたま特異な能力でノインヴェルトを無効化してくるヒュージも少なくないので、ある程度戦って能力の有無を図る必要があったのだ。
そして今、目前の敵にノインヴェルトを防御する能力は無いことを確認、反撃の時が来た、と一葉は判断した。
「今からレジスタを発動させます! 発動したら恋花様、瑶様、藍、千香瑠様の順でパス回ししてください。フィニッショットは私が決めます!!」
「りょーかい、外したら向こう一か月はラーメン奢ってもらうわよ~トッピング込みで!」
「らんはたい焼きがいい~」
「シュークリーム、頼めるかな……」
「皆さん……私も一緒に払うから気負わず撃ってね一葉ちゃん」
仲間達の声援(?)に押されて一葉は迷わずレジスタを発動させる。
レジスタには俯瞰視野の獲得の他にも、『マギの純度を高め周りのリリィの戦闘力を引き上げる』『マギスフィアの保護』も内在しておりノインヴェルトを実行するにはうってつけの能力であった。ノインヴェルトの開始と同時に発動するのは戦術的に極めて有効な判断である。
「っ!? まだ逃げてなかったなんて……っ」
だがその俯瞰視野により一葉は見つけてしまった。横転した自動車から女性を引き上げようと悪戦苦闘している少年の姿を。このままノインヴェルトを強行したら彼らを巻き添えにしてしまう。
「すいません、ノインヴェルトは一旦中止です! 逃げ遅れた民間人を発見しました!これより救出に向かいますのでその間の時間稼ぎお願いします!」
「ああもうこんな時に! 4人で何とかするから早く向かって!」
魔法球を発生させる特殊弾を装填する所だった恋花は慌てて懐にしまい銃撃でルナチクスを引き寄せる。
救出するまでの数分間、恋花はそれが気の遠くなるほど長い時間になると直感した。
◆◆◆
始は悪戦苦闘していた。ひっくり返った衝撃でドアがひしゃげてしまったらしくどんなに引っ張っても開かない。割れた窓から引き出そうにもシートベルトが絡んで抜け出せそうにもない。
何より女性は既に自分の命を諦めかけていた。
「私のことはもういいです……多分助かりません……だからせめてその子だけでも安全な所に……」
「勝手に諦めてんじゃねえよ、あんたこいつの母親だろ! 子供には親が必要なんだよ! 側にいてやらなくちゃならないんだよ!」
始も最早意地で助けようとしていた。親を失う辛さを隣の少女に味合わせたくない一心で持ち上がるはずのない自動車に力を込めている。
急に、1ミリも上げる気配がなかった車が軽くなった気がした。誰かが一緒に持ち上げようとしているのだろうか? しかし一体誰? 後ろで泣いている少女にそんな怪力があるはずはない。
横を向くとそこには見知ったばかりの少女がいた。
「お、お前!?」
「いっせーのでで行きますよ……」
チャームでテコの原理を利用して一気に力を籠める。マギで強化された身体能力は自身の何十倍もの重量を持つ自動車を軽々とひっくり返し元の位置に戻した。
「どうですか、車動きそうですか?」
「は、はい。奇跡的にエンジンは無事みたいです」
「今すぐ発進して避難してください!」
始さんも乗って逃げてください、と言おうとした矢先、辺りに急に影に包まれた。天気は晴天、日光を遮るものはない道路のど真ん中でなぜ? 心当たりが一つあった、最悪の予感で背筋が凍る。
「ママ! おっきい足がこっちに落ちてくるよ!」
怪獣だ。運悪く怪獣の歩行先に自分達は入ってしまったのだ。何という化け物だろうか、歩くという何気ない行為一つで大勢の命を奪えるなんてこの世界では生きてはいけない存在過ぎる。
「一葉ぁぁぁぁ! 逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
瑶の懸命な叫びが聞こえた瞬間、あらゆる景色がスローモーションになった感覚に見舞われた。
生死がかかった一瞬、一葉の感覚が限界まで研ぎ澄まされたのだ。
一葉は必死に考えた。この状況を全員が生き残る道筋を。
全力で走れば足裏から逃げきれるかもしれない。だがそれは目の前の民間人を見捨てる最低の行為、絶対にやってはいけない。
車は発進までに時間がかかり、迫りくる足を振り切れなさそうだ。
始と少女を抱えて飛ぶか、それではかつてのヘルヴォルと何も変わらない。
どんなに考えても助かる道が見つからない、ただただ焦っても落ちてくる死は待ってはくれない。
今この瞬間に決断しないと自分も誰も救えない。一葉は究極の選択を迫られていた。
(ああ、こういうことだったんだ……教導官がおっしゃってたことは……)
相澤一葉、君のやり方ではすぐに壁にぶつかるだろう
犠牲の出ない戦いなどない
絶望的な状況に陥り、日ごろ教導官から投げかけられてきた警告が頭の中で無性に反響し始める。
これが『壁』だというのか、この壁から”全て”ではなく”多く”を救い出すことがエレンスゲの正義だというのか、一葉の心に霧が曇り始める。
「車のケツを蹴り飛ばせ!!」
少年の声が聞こえた。それは迷いの霧を吹き飛ばす一陣の風。
反射的に足を上げると自動車はビリヤードのように弾け飛び足の影から脱出した。その車の中にこちらを見て必死に感謝する親子の姿があった。
これで二人救出、後は一人……一人?
車に少年が乗っていないではないか!?
「ははは、咄嗟だったからあのガキを乗せるのでギリギリだったぜ……」
でも間に合ったから良いか、最後の最後で正しい人助けをできた始の心はいいもので満たされた。
しかめっ面で固定された表情筋が少しだけ緩む。
(まさか俺の最期を看取るのが、竜駆の奴らじゃなくてリリィだとはな……)
そのリリィはこちらに向けて懸命に手を伸ばしている。大した奴だ、この期に及んで自分の命より相手の事を気にかけているのだから。
(なんて顔しやがる……そんな面を人生最後に見せられる俺の気持ちにもなってみやがれってんだ)
向かってくる少女の表情があまりにも悲痛で見ていられなくて。
始は思わず一葉の方へ手を伸ばす。
伸ばした腕が少しづつ近づき、遂に二人の指が触れ合う瞬間、
◆◆◆
ドスン!
巨大な足が地面に落ちる音がヘルヴォルの面々を絶望の淵へと叩き落す。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
他の三人の声も遮る絶叫が千香瑠の口から木霊する。
「一葉ちゃんが……そんな……こんなの嘘よ、嘘に決まってるわ……
嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ!!」
戦場であることを忘れ、両膝を地面に下ろし頭を搔き乱して錯乱する千香瑠。普段の温厚な彼女とは別人のよう。
芹沢千香瑠は、精神的に不安定な部分があるリリィである。
親友を失った経験からだろうか、一度集中が途切れるとミスを繰り返し戦いどころでなくなってしまう。
訓練で優秀な成績を残しているにも関わらず、彼女の学内序列が84位と低いのはそれが原因である。
学園から安定剤が支給されるほど脆い千香瑠の精神を繋ぎ止めていたのは一葉の存在が大きかった。
序列の上位7名が自由にレギオンメンバーを決められるエレンスゲにおいて、1位の一葉が84位の千香瑠を指名したことは周囲に大きな反響を与えた。普通、メンバーの指名は順位の高い者から選んでいくのがエレンスゲの常であったからだ。
誰もが一葉の人選を疑った。教導官でさえも千香瑠をヘルヴォルから抜いてより上位のリリィと入れ替えることを強く勧めた。しかし一葉は決して千香瑠をヘルヴォルから外すことをしなかった。
千香瑠に隠された真の実力を知っていたから? 違う、相澤一葉は戦闘力だけでメンバーを選ばない。
千香瑠の誰も傷つけない優しい性格が周囲のストレスを和らげ結果的に効率を上げることを一葉は統計で気付いたのだ。
誰もが千香瑠の心の弱さを惜しむ中、一葉だけがその心こそがあなたの魅力だと認めてくれた。
千香瑠は思った、この人の力になりたいと。この人の理想を叶えるために自分の持てる能力を全部この人を支えるために使おうと千香瑠は固く決心した。
それからというもの平常心を保てるようになっていき、本来の実力を実戦で発揮できるようになった千香瑠は紛れもないトップレギオンの一員として誰からも認められるようになった。
その安定してきた心が、精神的支柱を失って再び壊れようとしていた。
「夢よ……私はきっと悪い夢を見ているんだわ……」
辛い現実に耐え切れず、とうとう千香瑠は一葉の死を否定しだす。
夢という逃避を見つけた千香瑠が次にすることは『夢から覚める』こと。
「起きたら、起きれさえすれば……もうこんな思いはしなくてすむのに……」
現実と妄想の境界が曖昧になった千香瑠は自身のチャームを胸元に押し付け引き金に指をかける。
夢の中で死ねば、現実に戻れると混乱した思考がそう判断した。何の根拠もなく。
「駄目! 早まらないで!」
千香瑠からチャームを取り上げ手の届かないところへ投げたのは瑶。
そのままチャームを拾いに走ろうとする千香瑠を抑えつけた。
瑶は千香瑠よりも冷静なのか、違う、瑶だって一葉の死に激しく動揺して今にも胸が張り裂けそうだ。
しかし瑶には”ブレイブ”と呼ばれるレアスキルがある。
ブレイブとは対象の精神を安定させその者のポテンシャルを最大限に引き上げるサポート型レアスキル。そのブレイブを自分自身にかけることで辛うじて心の動揺を抑えたのだ。だがそれは決して懸命な判断とは呼べない。
自分のブレイブを自分自身にかける行為は『エンレイジ』と呼ばれ精神を摩耗させる危険な方法としてブレイブ使いはその使用を固く封じている。エンレイジを使いこなせるのはその利用方法を編み出した最初のリリィただ一人、彼女でさえも一度は致命的な過ちを犯し周囲の信頼を失ったことがある。同じブレイブ持ちの瑶がそのことを知らないはずがない。
でもやるしかなかった。誰か一人でも冷静でいられるものがいなければヘルヴォルは全滅してしまう。
瑶の判断は早かった、しかし早すぎた。
自分よりも千香瑠にブレイブをかけるべきだったと気づいたのは、『エンレイジの負荷が強すぎてブレイヴを撃てなくなった』事実を自覚してからだった。瑶もまた、全然冷静ではなかった。
「藍お願い! 千香瑠を抑えるのを手伝って!」
咄嗟に近くにいた藍に助けを求めるが、彼女の様子もどこかおかしい。
チャームはすでに手放されていて、腕よりも長い袖がフラフラと意味もなく揺れている。戦闘狂の藍が戦闘中にも関わらず一歩も動かないという異常事態。
いつもはほわほわしたことばっかり口にする唇から、震えた声が聞こえてくる。
「ねえよう、かずははどこに行ったの?」
「…」
佐々木藍は年齢に対し精神年齢が異様に幼い。戦いを好み常にヒュージが現れることを望んでいる。
好きな物だけを食べたがり、眠いと思ったらその場で眠りだす精神性は、高校生よりも幼稚園児のそれに近い。
こんなに子供じみている理由には、彼女の呪われた出生にある。
佐々木藍は胎児の頃にヒュージ細胞を埋め込まれた『生まれながらの強化リリィ』である。
彼女を強化リリィにしたのはゲヘナと呼ばれる研究機関である。人体実験、ヒュージの強化改造、実質的な世界の支配、黒い噂の絶えない組織の中で、藍は人生のほとんどを過ごしていた。
ゲヘナは藍の人権を認めず、実験動物のように扱った。
研究者の藍に対する興味は『胎児から改造された強化人間がどこまで強くなれるのか』にしかなく、教育の機会を奪い、体のあらゆる部分を弄繰り回した。戦闘実験以外で藍に許された行動は、生命維持に必要な食事と睡眠のみ。
藍の好きなことは『寝ること、食べること、戦うこと』 それ以外の娯楽があることを周りの大人達は藍に教えなかった。
もはや藍は、ゲヘナの援助なしでは生きられない体にされている。それほどまでに少女の体にゲヘナの鎖が深く食い込んでいた。
藍の事実を知った時、一葉はどんなことを思ったのだろうか。
人を人とも思わないゲヘナに対する怒りか、狭い籠に押し込められた雛鳥に対する憐憫の情か。
最初に抱いた感情がどうであれ、藍をヘルヴォルに引き入れることを決めた一葉は教導官にこう言った。
『あの子は幸せになるべきです』と。
それから事情を知ったヘルヴォルの4人は藍に色々なことを教えた。
世の中の常識を教え、命の重さを語り、戦う意味を説いた。
各々が自分なりのやり方で藍に愛を注ぎ込んだ。
とても難儀で時間のかかることだったが、藍は教わったことを覚え少しずつ成長していった。
『死ぬことなんて怖くない』と笑顔で語った当初と比べれば今の藍は遥かに人間らしい感情を持っている。
そうして成長したからこそ、『一葉という親しい人間の死』を心の底から理解できた。理解できてしまった。
「らん、最近は一人で起きられるようになったよ。リボンの結び方も教えてもらったよ。座学は難しくて退屈だけど眠らないように頑張ってるよ。これも全部かずはが教えてくれたおかげなんだよ。
らんはかずはのことが大好きだよ。らん、これからもずっとかずはと一緒にいたいなぁ……
ねぇ、よう……
かずはが死んだららんはどうすればいいの?」
「ごめん……藍、本当にごめん……私には、どうすることもできないの……っ」
瑶はただただ涙を流した。一葉の死に、自分の無力に打ちひしがれ藁にもすがるように親友へ目を向けた。
飯島恋花は瑶と同じく中等部時代にヘルヴォルにいた経験を持つ。共に日の出町の惨劇を生き延びた仲である。
色んな人間の死を見てきた、助けられなかったことを死ぬほど悔やんでいた、それでも過去に振り回されず笑って生きていける強さを恋花は持っている。そんな恋花ならきっと……
瑶の視線に気づくと、恋花はいつも通りの笑顔を見せて手を振った。
「大丈夫大丈夫、あたしは平気だよ~。リリィやってりゃ仲間が死ぬことなんてよくあることだからね~。仕方ないことだよね~。だからさぁ~」
瑶はほっとした。空元気だとしても一切取り乱していない恋花を見て安心感を得た。
いや、ちょっと待て、
恋花の顔をよく見てみたら、
真っ赤に見えるほど目が血走ってるではないか!?
「あいつはあたしがぶっ殺す」
逆だった、恋花が一番誰よりも取り乱していた。
コンクリートを粉々に踏み砕いてルナチクスへと飛び掛かる恋花。
ここぞという時まで温存していたレアスキルをこの瞬間に発動させる。
「”フェイズトランセンデンス”!!」
恋花のレアスキル、フェイズトランセンデンスとは、自身のマギが一定時間無限大になる規格外のスキルである。
そのスキルが発動中のリリィは無敵だ。
ギガント級の攻撃でも傷一つつかず、目にもとまらぬ速さで走り、マギの全てを攻撃に転化すればヒュージの大群を一瞬で薙ぎ払うことさえできる。
だが効果が切れた直後に自分のマギがゼロになって動けなくなるという大きすぎる弱点がフェイズトランセンデンスの使いづらさを物語っていた。
フェイズトランセンデンスは味方のフォローがあること前提で発動するべきスキルである。決して単身のリリィが使うべきスキルではない。
怒りに任せて使っていレアスキルでは断じてない。
後先考えずに使った結果は必然……
(知ったことか!)
生存を放棄したフェイズトランセンデンスの猛攻。
絶え間なく繰り出される斬撃銃撃殴打突進メッタ刺し。
皮肉にもこの戦略性の欠片もない突風の如き連撃が、痛みを知らぬ超獣に対する最適解であった。
今まで暴れっぷりが嘘のように恋花に押し込まれるルナチクス。
「お前が今アリみたいに踏み潰した一葉って奴は! 頑固で分からず屋でネーミングセンス壊滅的で無茶で無鉄砲で他人の命は大事にする癖に自分の命には無頓着な大バカヤロウだった! だけどいい奴だった! すごくいい奴だったんだ!! お前の汚い足で踏んでいい奴じゃなかったんだよ!!」
日の出町の惨劇の時、マディックを囮にして撤退を図ろうとする旧ヘルヴォルの隊長に恋花は真っ向から猛反発した。人々を守る楯の乙女がなんで皆より先に逃げるのだと、マディックが無駄に死ぬのをなんとしても止めようとした。
だが運悪くヒュージが奇襲してきた。末端がリーダーに逆らいだしたという異常事態に襲われてヘルヴォルの仲間達は混乱が収まらないままヒュージにやられた。隊長が死んでもマディックに出した命令は実行され、彼女達も大勢命を散らしてしまう。
惨劇を知る者全てが恋花を責めた。半端な正義感で部隊を全滅させた未熟者だと、その通りであると恋花も認め2度とあの過ちを繰り返すまいと自分が持っていた気持ちに嘘をつくようになった。
そんな中、一葉と出会った。昔の自分が持っていた理想や情熱を掲げる一葉に恋花は自己嫌悪に近い感情で一葉を否定した。だがそれでも一葉は挫けずに前を進み続けた。何度も困難に直面して折れそうになったこともあったがその度に立ち上がって以前より強く気高く成長していく一葉を見て、恋花は希望を抱く。
『一葉なら本当にエレンスゲを変えられるかもしれない』と彼女が学園を変えていくのを先輩である自分が支えていきたいと思うようになっていった。
だがそれも全部、この訳の分からない怪物が一葉を踏み潰したことで台無しになった。
なんて醜い化け物なんだ。
殺意を持たない一歩でさえ人の希望を踏みにじる。
ただ生きているだけで人間を苦しめるという規格外。
こんな奴はこの世から毛の一本も残さず消し飛ばしてやる!
ルナチクスの胸元まで飛び上がった恋花はチャームを向けて引き金を引く。
「一葉を生き返らせろ! 今すぐ無傷で生き返らせろ!
それができないっていうのなら……
あの世で一葉に土下座しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ヴルンツヴィークの銃口から極太の熱線が放たれる。熱線は胸に直撃し、胸毛を燃やし胸板を黒く焦がしていく。
超獣が後ずさり、苦悶の叫び声を上げる。
後一秒、熱線を当て続ければ胸を貫通できる。
後一秒あれば、
後一秒だというのに、フェイズトランセンデンスの効果が切れた。
超獣、いまだ健在。
(なんで生きてんのよ、くそったれ……)
もう体にマギは残ってない。時期に落下運動が始まりコンクリートに叩きつけられて恋花は死ぬ。
(一葉……ごめん、仇取れなかった……)
そろそろ地面に到達する頃だろう、自身の運命を受け入れ恋花は瞳を閉じた。
あれ? おかしいぞ。
もう10秒は経ってるのに地面にぶつかる感触がしない。
背中に感じているのは柔らかい感触。
クッションか、しかし都合よく都会にクッションが生えてるとは思えないしなんか生暖かい。
抱きしめられているような包み込まれているような、優しさすら感じる暖かさの正体は一体なんだ?
疑問を解くべくまぶたを開けた恋花の視界を覆うのは大きな銀色の顔。お日様みたいな色した瞳がじっと恋花を見つめている。
「うわっ!? 何これ!? 何なのこいつ!?」
突然現れた良く分からん巨人の手のひらに自分が寝ている。結構怖い場面であるのに不思議とこの巨人に超獣のような敵対感を出す気がしなかった。
男性のような、女性のような、中性的な顔つき。
無表情のようにも、微笑んでいるようにも見える口元。
京都出身の恋花はそれが、幼いころに見た仏像を思い出して心が安らいでいくのを感じ取った。
『悲しまないでください恋花様。私は生きていますよ』
「えっ?」
聞き覚えのある声が聞こえたと思えば、安全な所に降ろされて巨人は前を向く。あの怪物と戦うつもりのようだ。
「一葉? あんた、一葉なの……?」
巨人からなぜ死んだ一葉の声が聞こえたのだろうか? 恋花は困惑したまま立ち尽くし、巨人と怪物の戦いを見守った。
◆◆◆
ルナチクスは巨人を見つめるや否や、口を開く。
今まで喋る素振りをしなかったのに、ヤプールが刻み込んだ怨念がそうさせたのか仇敵を前に呪詛のような唸り声をあげる。
「エース……エースぅ……」
その声に反応するかのように巨人、ウルトラマンエースは握りこぶしを前に置いてファイティングポーズを整える。
宇宙で死んだはずのエースがなぜ生きているのか、その理由は科学的、論理的に答えられるものではない。
強いて言うならば人の心の光がウルトラマンを蘇らせた。人間が希望を抱く限り、ウルトラマンは生死すら超越する。
憎き巨人を滅ぼさんと超獣の口に熱が籠る。
対する巨人は両腕を左方向に大きくそらす。
双方必殺技の準備が整った。
次の瞬間、この戦いに決着がつく。
「エースぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
ルナチクスの口から放たれるは超高熱火炎!
惑星から吸い上げたマグマを圧縮して放つ威力は強烈無比!
「「メタリウム光線!!」」
対しエースは両腕をL字に組み光線を放つ!
放たれるは多くの敵を葬った必殺光線!
その温度、実に35万度! マグマの約290倍!!
虹色の光が炎を掻き分け超獣を貫く!!
「っ! ……っ!!」
声にもならない断末魔と共にルナチクスの体は爆発四散。
超獣の消滅を確認したウルトラマンは両腕を上に広げ、空高く飛び去っていった……
◆◆◆
戦いは終わった。
謎の巨大生物は死に、住民に一人も犠牲を出していない此度の戦闘はヘルヴォルの大勝利と言えるだろう。
だが彼女らの顔は悲痛に満ちている。
勝利の過程で起きた犠牲は、あまりにも重すぎるものだった。
「あのさ、こんなこと言ったら、何言ってるのって言われちゃうけどさ……」
巨人の声をどう説明するべきか、言い淀む恋花の次の言葉を遮るように遠くで誰かが呼んできた。
「お~い! ご無事ですか皆様~!」
「「「「!?!?」」」」
その声はさっき死んだばかりの一葉の声。空耳にしても全員が同時に感じるなんてありえない。
声がする方を向くと、傷一つついていない一葉はこちらへと駆け寄ってくるではないか!?
「か、一葉ちゃん……!?」
「はい、その通りです千香瑠様、ご心配おかけしてすみませんでした」
「ゆーれいじゃないよね?」
「藍、足元をしっかり見て。ちゃんと足がついてるよ」
「ちょっと一葉! あんた踏み潰されたんじゃなかったの!? なんでさっき巨人からあんたの声が聞こえたの!? そもそもあいつは何物なの!? あんたに一体何が起こったのよ!?」
「そ、それなんですけどね恋花様……説明するにはかなり長い時間が必要でして……」
「ねぇ、それって……一葉がおぶってるその子と関係あること?」
「「「あっ…」」」
一葉が生きていた衝撃が強くて気付くのが遅れたこと。
一葉の背中には気絶している恩田始が背負われていて、二人の指には『A』の文字を象った銀色の指輪がはめ込まれていた。
補足話
一撃で倒されたように見えるルナチクスですが、実はそれより前のヘルヴォルの攻撃や恋花のフェイズトランセンデンスのダメージが蓄積して既に避けることすらできないほど瀕死の状態に追い込まれていました。一方エースは融合したてでまともに二人の連携が取れてないので、万全のルナチクスと戦えば苦戦は必至だったでしょう。