雨が降っていた。
町を沈めんばかりのどしゃぶりを見て、まるでこれから会う少年の心を表しているかのようだと思いながら、千香瑠は竜駆の溜まり場に足を入れる。
「こんな雨の中、わざわざすいません」
「いえいえ。それで、始君の様子は?」
「帰ってきてからずっと部屋に籠りっぱなしでヤンス。ですが……」
ガシャン! と、何かが割れる音がした。
それが何度も響き、一緒に聞こえてくるのは言葉にならない叫び声。
声の主が誰で何をしているかは、聞くまでもない。
「ずっとあの調子でヤンス」
「最近やっと丸くなってきたと思っていたのに、これじゃ昔に逆戻りっすよ。……もっと酷いかも」
「本当なんですか? 兄貴のおふくろさんを見殺しにしたリリィが生きていたって」
思っていた以上に事態は深刻。
今の始は心がいっぱいいっぱいで自分で何をしてるかも分かってない状態にある。
前回の戦いで何もできなかったこと、そのせいで一葉に負担をかけたこと、そうなった原因がかつて死んだと思っていた親の仇だったこと。
受け入れがたい重みが一度に一斉に降りかかって平静を保てないでいた。
彼の心に波立つ感情を少しでも癒したい。
千香瑠は意を決する。
「彼に会わせてくれますか」
「む、無茶でヤンスよ。
今の状態でリリィに会ったら何をするか……責任が持てません」
「大丈夫、これは私がとるべき責任だから」
こうなってしまったわけを辿れば、アリエを一葉に会わせた千香瑠に行きつく。
アリエの過去を知らなかったではすまされない。
知っていたならもっと慎重になれたはず。
今よりももっと穏便な形で始とアリエを引き合わすことだってできたはず。
しかしそうならなかった。
そのせいで荒んでしまった始を誰かが支えなければならない。
本来適任なのは一葉だが今は動けない。
エースバリヤーにノインヴェルト戦術と無理を押し通した代償で倒れてしまった。当分ベットから起き上がるのは難しい。
そんな一葉を藍は心配して、一生懸命看病している。
恋花と瑶はアリエの方へ赴き、彼女の話を聞くことに専念している。
今、始の側に居てやれるのは千香瑠しかいないのだ。
竜駆を説得し始の部屋まで案内させる。
「始君、少しいいかしら」
ドアを開いた先は異様な空気で満たされていた。
一つ残らず割られた窓ガラス、足の折れた椅子、穴だらけの壁……壊れていない所が見つからないくらい彼の寝床は乱れていた。
その真ん中に始がいる。
明らかに椅子じゃない何かの残骸に腰かけて部屋に入ってきた千香瑠に目を向ける。
「何か用か……?」
獲物に飢えた猛獣のように血走った瞳に怖気ずく心を抑え、千香瑠はいつもの調子で語りかけた。
「お腹が空いているでしょう? ご飯を作って来たわ。
少しだけ、お話をしない?」
◆◆◆
一方その頃、恋花と瑶はアリエの元に来ていた。
三人がいるのは工廠科の工房、アリエに与えられた個室。
どこのガーデンでも共通してアーセナルには寮とは別に自分専用の工房が与えられる。
それをアーセナル達は自身の作業や研究内容に合わせた形にアレンジしていく。
だから工房を見ればアーセナルの人物像が一目で分かる……はずなのだが、アリエの工房を見ても彼女がどういう人間なのか二人には見当もつかない。
何もないのだ。
学園が奨励する機材や資料が雑に置かれているだけ。
その機材もほとんど使われた形跡が無く、3年経っているにも関わらず未だ綺麗なまま。
入学したての新人アーセナルと何ら変わりない工房を見て辛うじて伝わるのは、『アーセナルとしてやりたいことがないんだろうな』程度。
リリィとしてもアーセナルとしても何の情熱も持たないアリエがどうしてガーデンに3年間もい残っていたのか、その真意は誰にも分からない。アリエ本人でさえも。
「ギャラクトロンであなたを見つけた時、とても驚きました。
日の出町以来お会いすることもなかったからてっきり……」
「あの後すぐに工廠科に移ったから知らなくても当然です、大した実績も残していませんから……
今もトップレギオンで活躍されているあなた達から見れば、こんな私とかつて同じヘルヴォルの予備隊にいたなんてさぞ不快に感じるでしょう……」
「いやそんな、アリエ様こそ怒ってないんですか?
旧ヘルヴォルが全滅したのはご存知の通りあたしのせいなんですよ」
「仲間がいなくなったことは悲しいけれど、あなたが気に病むことではないですよ恋花さん。
周りに流されずに自分の意見を訴えたあなたは素晴らしい。ただ思うだけに留めて行動に移さない私とは大違いです……」
アリエの自虐癖に、後輩の恋花と瑶は気まずい思いを感じる。
中等部時代、アリエとは同じ予備隊に属していたが彼女のことはほとんど記憶にない。
そもそもエレンスゲのレギオンは戦闘力のみを重要視しており結束は二の次、学年も違うので交流の機会も無く、明確に顔を合わせたと確信を持てるのは予備隊発足の時と日の出町で招集がかかった時くらいしかない。
顔と名前を知ってるだけのチームメイト、微妙な関係性ゆえに会話をしようにも話題がない。
三人の間に沈黙のひと時が訪れる。
ほんの数秒後、沈黙を破ったのはアリエ。
「ずっと、ずっと、考えていた……」
恋花達に話しかけるというより、自分で自分に言い聞かせるようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「なんで私はここにいるんだろうって。エレンスゲにはとっくの昔に辟易していたのに」
「リリィを辞めようとした、辞めずとも他のガーデンへ転校する道だってあった。
でも私はそうしなかった、興味のないアーセナルになってまでこの学園にしがみつく理由が私自身にも分からなかった」
「でも、その理由が昨日分かった」
「私は、もう一度あの子に会いたかったんだ。
日の出町の惨劇で母を見殺しにされた少年が私を探そうとした時、私を見つけられるように学園から離れたくなかったんだ………」
長年の疑問に答えを見つけたというのに、アリエの顔から曇りが晴れず益々陰りに落ちていった。
「本当に、アリエ様が始の母親を見殺しにしたリリィなんですね」
「そうです、あの日の出来事は、雲の数から交わした言葉の一字一句まですべて覚えています」
「始に会って、どうするつもりですか」
「分からない……分からないのよ……
彼と会って何をしたいのか、何をすればいいのか頭に何も浮かばない。
やっと疑問が解けたというのに、その先から一歩も進めない……!」
頭を抱えて部屋の隅に縮こまるアリエに恋花はお手上げだった。
アリエの話を聞くためにここに来たのに、肝心の相手が自分の事を全く理解できてないのでは話しようがない。
とりあえず要件は日を改めるとして、今は一人にしてあげよう。
早々に腰を上げる恋花に対し、瑶はまだアリエを諦めていない。
「彼に会いに行きましょう」
大胆な提案に恋花もアリエも目を見開く。
デリケートな問題だから慎重にと言いたいところだが、恋花はあえて止めない。
無口な瑶が自分から意見を述べたことに強い意思を感じたからだ。
「始に会いたかったんですよね? だったらその気持ちに素直になった方がいい。
詳しくは語れませんが始と私達は協力関係にあります。今ならあなた達が会えるようお力添えすることができる。
ここを逃すと次に始と話せる機会はいつ来るか……」
「で、でも、無理に会話の席を作ってもどうしようもないじゃありませんか、何を話したらいいのかさえ分からないんですよ私は」
「今は分からなくても、いざその時になれば浮かんでくる言葉もある
それはきっとあなたの真心だから彼にも伝わってくれるはずです」
「ど、どうしてそこまで真摯になれるのですか? あなたと私、今まで会話すらしたことのなかった仲じゃないですか? 得するわけじゃないのに、何があなたを駆り立てるの?」
力強い論調で始と会うべきだと説いてくる瑶にアリエは気負けしていた。
無口で控えめな瑶らしからぬ姿、その様子には理由がある。
小難しいことじゃない、実に分かりやすく、実に私情に満ちた理由が。
「私はただ、『あの時ああすればよかった』って自分の過去を悔いる人を見たくないだけです
私のように……」
「瑶……」
かの日の出町にて、ヘルヴォルがマディックを囮にするという作戦を立てた時、瑶もその場に立ち会っていた。
人命を軽んじた酷い作戦だと思った、すぐにでも止めさせないと思った。
しかし瑶がそれを口に出せなかった。
口下手な自分では周囲を説得できないと決めつけ、命令を受け入れるマディック達をただ見ているしかできなかった。
その後すぐに恋花が反発しヘルヴォルの全滅に至るのだが、最後まで瑶は口を開かなかった。
日の出町の件にて恋花が非難されることはあっても、瑶が責められたことは一度もない。
何も言わなかった為、反対していたことに気付かれなかったからだ。
同じ気持ちだったのに責められることがなく、実際に口にした恋花だけが罵倒されるのを親友の立場で見ていた瑶はどんなに自分を悔やんだことか。
あの時恋花と共に反対していたら、惨劇を思い出す度に瑶の脳裏にもしもがよぎる。
未来は決して変わらなかっただろうけど、恋花が一人で受けた批判や苦しみを少しでも分かち合えたのなら……だが全ては終わった話。
どんないい訳で取り繕うとも変わらない、自分はあの時恋花とマディック達を見捨てたのだと瑶は何もしなかったことを後悔している。
そんな思いを持つ瑶だから、自分の本心に気付いてもそこから踏み出せずにいるアリエの事を親身に想い、彼女の背中を押してあげたかったのだ。
「どうか勇気を出してください。
決して楽な道ではないけれど、乗り越えられたならあなたにとって意味のある瞬間になる。
それはきっと、始にとっても……」
「あの子のためにできることが、私にあるというのなら………」
自分のためではなく相手のために。
自らを蔑み、他者を上に置く精神性を持つアリエにおいて、瑶の助言は腰を上げるには充分な動機となった。
「私は彼に会いたい。
会って話がしたい。
恋花さん、瑶さん、私のわがままを聞いてくれますか」
「そんなの決まっているじゃないですか。
だよね、瑶」
「うん……!」
二人が何と答えたかは言うまでもないだろう。
◆◆◆
千香瑠が持ってきた弁当を始は黙々と食す。
依然顔は険しいままだが、先ほどよりかは落ち着きを取り戻していた。
「不思議だよな、あんたに料理を作ってもらう約束をして一か月も経つのに飽きるどころか日に日にうまくなってきている気がする」
「皆さんの好みに合わせた味付けにするのに時間がかかったわ」
始は驚いた。よく子分達と会話してると思ったが、あれは一人一人に味の好みを聞いていたのか。
これまで持っていたレシピとは全く違う、新たな料理を作り直すのがどれほど大変なことか、インスタントラーメンですら煩わしいと思っている始には理解できない領域であった。
「面倒くさいないのかそれ……」
「その分やりがいはあるわ。弁当箱が綺麗になるまで食べてくれるあなたを見てると特にね」
「……物好きなやつだな」
「そういう人達が世の中にはありふれているものよ。
例えば、あなたのお母さんだって喜んで欲しくて毎日おいしいご飯を作っていたんじゃないかしら?」
「そうかもな……」
焦らず急かさず、彼の心を傷つけないようゆっくりと問いかける。
「お母さんのこと、好きだった?」
「ああ……」
「お母さんが亡くなって悲しかった?」
「今もだ」
「……アリエ様のこと、やっぱり許せない?」
「今すぐにでもぶっ飛ばしてやる」
「本当に?」
「なんで疑うんだよ?」
「だったらどうして、部屋に閉じこもっていたの?」
バツが悪いように始は黙る。
一葉と出会う前の始は、悪い奴とみなした相手は絶対に殴りに行く性格だったはず。
徒党を組んでいてもお構いなし、相手の居所に飛び込んで行く今までの彼なら、アリエの存在を知り次第エレンスゲに殴りこんでもおかしくないはず。
にも関わらず、部屋に留まって物にばかり八つ当たりする今の始はいささか消極的だ。
「ぶん殴りたいという気持ちは本当だよ。次あいつにあったら自分を抑えられる自信がない。
だから部屋に籠っていたんだ、何をするか分からない自分が怖くて
今までなら平気で拳を握れたのに、どういうことなんだ?
俺はどうかしちまったのか?」
「いいえ、違うわ。あなたは我慢することを覚えたのよ。
物に当たるのは良くないけれど、昔と比べれば大分進歩している。
この一か月の出来事があなたに変化を与えたの、それはきっとあの人も同じ」
「あいつが、変化しただって?」
「たった一か月でこんなに変われるのなら、3年もあって何も変わらないのはおかしいじゃないかしら?」
千香瑠は自分から見たアリエについて語り始める。
きっかけは学園の水泳場、足がつって溺れていた一年生を助け出した時に偶然居合わせたという。
対立するレギオン同士、意外な場面で顔を合わせたのには驚いたが荒事を好まぬ性質と水泳が趣味という共通点のおかげで揉めることはなく、むしろ親近感が湧いてきてそれ以来顔を合わせては会話を交わすようになっていった。
卑屈ですぐ落ち込んでしまう性格には苦労させられたが、どんなに自分を乏しめても決して他人を傷つけようとしないのを見て心の内に秘めた優しさを感じ取り、彼女に自分の事を恥じずに胸を張って生きて欲しいと思うようになっていった。
「一葉ちゃんの話をした時アリエ様はこう言っていたの、『周囲に流されずに自分の正しさを保てる人は素晴らしい、それを実行できる一葉さんには大成して欲しい』って。
一葉ちゃんのことを影ながら応援していたみたいなの」
「そんな馬鹿な、俺の記憶のあいつはエレンスゲを肯定していた。
学園を否定する一葉のことを好きになるような人間じゃなかったぞ」
「何かが起きたんじゃないかしら、価値観が根本から崩れるような出来事が彼女を卑屈な性格に変えてしまった。
もしかしたらそれは、日の出町に関係しているかもしれない」
「……あいつが日の出町のことを悔いているというのか?」
「分からないわ、少なくともここには答えはないと思うわ
答えを知っているのはきっと、あの人だけ……」
直接的ではなく遠まわしにアリエと会うこと勧める千香瑠。
その意図を分からない始ではないが、目をそらして押し黙る。
「気持ちは分かるわ。
辛い過去を背負ってきた始君にとって、その過去を思い出させるアリエ様と会うというのは簡単にできることじゃないわよね。
でもね、信じて欲しいの。心の持ち方次第で人は過去は変えることができる」
「過去が、変わる……?」
過去が変わらないものだと信じていた始にとって千香瑠が発した言葉はにわかには信じられないものであった。
過去が変わるなんてSFじゃあるまいし……怪訝な表情を見せる始に千香瑠は自分の過去を明かす。
「私ね、本当はリリィになりたくてなりたかったわけじゃないの」
民間人に対するスキラー数値の測定は健康診断等で頻繁に行われおり、高い適性が判明した少女にはリリィになるよう勧められる。
最終的な意思決定は本人にあるが、才能のあるリリィは世界に必要不可欠、スカウトの熱烈な説得に流される者も少なくない。千香瑠もそういう風な経緯でリリィになったというわけだ。
「戦う意味も理由も見出せなかった私を変えてくれたのは、親友の存在だった。
私と違って意味を見つけていた彼女はいつも訓練を懸命に取り組んでいて素敵だったわ……でも……」
その次にどんな言葉が出るかは、聞かなくても分かった。
リリィには常に危険を身にまとい、予想外の事態に追い込まれることも珍しくない。
千香瑠はエレンスゲに進学した。親友は、できなかった。
リリィは誰しも重い過去を背負っている。
「彼女のことを思うと今でも胸が張り裂けそうになるけど、それだけじゃない。
親友と交わした約束のおかげで今の私がいる。あの子の喪失が無駄じゃなかったことを証明するために私はリリィとして戦いたい」
もし約束がなかったら、千香瑠は与えられた課題を淡々とこなすだけの無気力なリリィから変わることは無かっただろう。
親友を失った影響で心が不安定で脆いものに変わってしまったと同時、リリィとしての使命感や責任感を自覚できるようになった。
千香瑠にとって親友の喪失は、悲しいだけの思い出ではなく多くの意味を持っている。
千香瑠の言う”過去が変わる”とはそういうこと。
「悲劇は悲しいけどそれだけで終わらせてはいけないと私は思うの。
どう見るか、どう思うかで悲劇は自分の背中を押してくれる心の支えになるかもしれない。
そうすれば、あなたは過去を乗り越えられる」
「そのためにも、あのリリィと会うのが必要ということか」
「絶対やらなくちゃいけないとは限らないわ。どうしても嫌なのなら無理に会わなくてもいい。
でも、違う視点から見た過去をしれば、今まで気付かなかった発見が得られるかもしれないわ」
ずっと過去に苦しめられてきた。
大切な母を失った過去、母を見殺しにされた憎しみ、忘れようにも忘れられない。そのせいで道を踏み間違てしまっていた。
それが絶対に忘れられない過去だからこそ、気持ちの持ち方しだいで過去の意味を変えられるという千香瑠の言葉は福音になってくれた。
「アリエって言うんだっけ? そいつとはいつ会える?
別にあいつを許すつもりはない、ただちょっと知りたいだけだ。
母さんを見捨てたリリィがどんな人間で、どんな生き方をしてきたのかをな。
ぶっ飛ばすのは話を聞いてからでも遅くないだろ」
最後の一言は物騒だが、会う方向に心が向いてくれて千香瑠はほっとした。
◆◆◆
再会の時はその日の内に訪れた。
場所は小さな喫茶店の一席、人目に付きにくい奥のテーブルに始とアリエの二人は座っていた。
恋花達はいない、二人きりで話したいという両者の希望に従い学園の中で無事に終わることを祈っている。
沈黙の間が長く続く。
被害者と加害者、見捨てられた者と見捨てた者、決して割り切れぬ関係が作り出す剣呑な空気が他の客や店員にも伝わって周りから人を遠ざけ事実上の二人だけの空間となっていた。
「まさかとは思うが
「……」
「『見殺しにしてごめんなさい』とか『これからは心を入れ替えて罪を償っていきます』とか、詫びの一言だけで昔の事をチャラにしようとか考えてないよな?」
「……仮にそう言ったとして、あなたが死ぬまで私を許さないというのなら……それも悪くない、気がする……
でも、言わないでおく」
「そうかよ、なら良い」
罪を感じているからこそ謝らない、その振る舞いは一見矛盾してるようにも見える。
だが見方を変えると、許されてることで重荷が消えるのを良しとしない、一生相手に恨まれながら罪を背負い続ける覚悟を示す決意表明。
アリエがしたことを許す気のない始にとって、謝らないという選択が奇妙にも好感を与え、彼女の話を聞く気にさせた。
「正直未だに心の整理がついていないの……瑶さんから勇気をもらってここに来れたのはいいけど、やっぱり何を話していいか分からない……
だから、全部話すことにしました……
あなたが聞きたい事、知りたい事、全てを包み隠さずお話します……これで、よろしいでしょうか?」
自分の過去をありのまま曝け出す覚悟を決めたアリエ。
記憶の中の彼女は会話中に携帯を弄り出すような不誠実な人間だった。
だが今の彼女は目を逸らすことなく真っすぐと相手の目を見て話している。
記憶の彼女との相違に戸惑いを覚えると同時、彼女に起きた心境の変化を始は実感する。
「だったら聞かせてもらおうか。
あの日の後に起きた出来事を。
一体何が、お前をそこまで変えたんだ?」
始の疑問を受け止め、アリエは語りだす。
その話は母を見殺しにした少し先から始まる。
日の出町の惨劇で始の性格が大きく歪んだように、アリエもまた、運命の歯車が狂い始めた忘れられない夜となった……
◆◆◆
「返せ! お母さんを返せ!」
騒ぎを聞きつけてやってきた防衛軍の隊員に取り押さえられる小さな少年を見下ろし、アリエは舌打ちした。
助けてやったのにこの言い草、怒りのままに振り回される拳が偶然当たって頬が痛む。
隊員が見てなかったらやり返していたくらいには少年の激昂は少女にとって不可解で腹立たしいものだった。
「と、とりあえず少年を避難所へと保護します。あなたは、どうされますか?」
「決まってるでしょ、ヘルヴォルの本隊と合流するのよ。今仲間がどこにいるか心当たりがあるなら教えてくれない?」
ヒュージに襲われて本隊からはぐれてしまうわ、離れた先で助けた少年に叩かれるわと日の出町に来てからろくなことが起きず、アリエのストレスは爆発寸前までに急上昇していた。
「その……ヘルヴォルのことなんですが……どう説明すればよいのか……」
「さっさと言いなさいよじれったい。
ああもう長い時間離れてしまったこと隊長になんて詫びればいいか……っ」
「ヘルヴォルは……全滅した」
「こうなったのもあのガキに無駄に時間を使ったからせい――
え?……………」
信じがたい言葉を耳にし、アリエの頭は真っ白になる。
ヘルヴォルが全滅、今聞いた言葉を反芻して、目の前が真っ暗になる。
「ヘルヴォルの本陣にヒュージが強襲、二名を残して主要メンバーは全員死亡したとの報告がさっき入ったばかりだ……」
「そ、そんな……嘘よ……隊長が、先輩達がそんな簡単に……
生き残った二名って誰と誰ですか!? 隊長は無事なんですよね!?」
必死に尊敬している相手の生存を願う少女に隊員は一度目を逸らし、その後すぐに渋い顔をして答えた。
「君を含む生き残った3名は全員……中等部生だ」
「そんな……隊長が戦死……隊長ぅぅぅぅっ………!」
膝を地面につけたまま嗚咽するアリエを見て隊員は戦闘できる精神状態じゃないと判断し撤退する防衛軍の車両に乗せた。
日の出町におけるアリエの活躍は、死にかけの母を見殺しにして息子を一人助けただけで終わった。
日の出町の惨劇から翌日、学園に戻ったアリエはふらふらとあてもなく歩いていた。
講義にもチャームの定期メンテナンスにも行かずに虚ろな瞳で学園を彷徨う彼女は抜け殻のよう。
これからどうすればいいのか、頭の中が不安でいっぱいであった。
隊長を尊敬していた。
私情に流されず、冷酷な命令を下せるそのスタンスは”エレンスゲの価値基準”において理想というべき優等生。エレンスゲに染まりきっているアリエにとっても、いつかこうなりたいと目標にしていた憧れのリリィであった。
だがもういない。憧れの人は手の届かない所で死に、彼女からまだ何も教わっていない自分がただここにいるだけ。
尊敬している先輩の死とどう向き合えばいいか分からずアリエは途方に暮れていた。
そんな風に意味もなく足を動かしているといつの間にか生徒が立ち入りを禁じられている区域に入ってしまっていた。
教導官に見つかる前に離れなければ、急いで元来た道を戻ろうとした時。
ドアの向こうから話し声が聞こえて来た。
「それで、戦死したリリィは”回収”できたのか?」
「はい、マディックも含めて一人残らず回収は完了。ですが……」
男の声と女の声が聞こえた。姿は見えないが声には聞き覚えがある。
男の方は学園に何度か視察に来ていたお偉いさん。
たしか国際的にも有名な研究機関の一員だったはず。ゲヘナだったか、その下部組織の者だったかまでは思い出せない。
女の方はよく聞く声だった。
彼女はエレンスゲの教導官。
ヘルヴォルの訓練をよく指導してくれた馴染みの深い人だった。
二人は何の話をしているのか気になって、アリエはドアの前で聞き耳を立てた。
そしてアリエは知ってはならないことを知ってしまった。
一度世間に公表すればエレンスゲが崩壊しかねない、学園の真実にまだ幼さの残る中等部生の身で気付いてしまった。
「死体の全てが大きく損傷し、人型を留めている者はいませんでした。
これでは『再強化』は難しいかと……」
「使えん奴らだ。己の命を捨てて、いや、
後で知ったことなのだが、エレンスゲと同じくゲヘナによって支配されるガーデン”ルドビコ女学園”にてある実験が行われていたらしい。
それはリリィの蘇生実験。
戦死したリリィに重度の強化改造を施すことで動かぬ死体から動く死体へと変えるという試みが学園暗部で実行されていた。
死者への冒涜、死んだ命は生き返らないという世界の法則を歪めんとする傲慢な試み。
だがこの実験の最も恐ろしいことは『中途半端に成功』したということにある。
どのような手段で改造したかは謎であるが、蘇生改造を施されたリリィは一応は蘇り何不自由なく体を動かせた。
ただしヒュージとして。
死ぬ前の想いや人格をほとんど失い敵味方の区別付かずに襲い掛かる人型の怪物として今も生きているリリィ達の前に現れた。
肉親や親友の前ではほんの少しだけ人格を取り戻せたそうだが、それも長くは続かない。
どの蘇生リリィも再び永遠の眠りにつかせてやる以外、救う方法はなかったという。
そういう実験をしたがっている連中が、エレンスゲに目を付けた。
ルドビコとは違う派閥の研究機関が、独自の方法でリリィの蘇生実験をやりたがっていた。
そもそもリリィの強化実験とは、怪我などで戦えなくなったリリィへの救済措置が原点にある。
そういう意味では、死を覆して再び戦える状態に戻す蘇生実験は、ゲヘナが行う強化実験の行きつく先にあるものなのかもしれない。
しかし、エレンスゲに目を付けた連中はそんな深い事は考えずに研究を推し進めていた。
結果のみを求めた科学の亡者達はいつしか目的と手段を履き違え、『リリィを蘇生するために実験を行う』から『実験をするためにリリィの死体を求める』と暴走していた。
優秀なリリィのサンプルを手に入れるためなら手段を選ばない。
学園に圧力をかけ、出現したヒュージの数や等級を本来より少ない数で現場に伝えるように工作する。
こうして、リリィ達は敵ヒュージを過小評価した。
虚実を混ぜた情報を流し、現場が混乱するように仕向けた。
こうして、指揮官は采配を誤り続けた。
隊長にマディックは消耗品だと教え込み、人道に反した作戦も平気でたてられるよう思想誘導した。
こうして、人命を軽視した人材運用が横行した。
すべて、日の出町の惨劇の原因となったもの。
ヒュージの出現やその出現場所、全てが意のままだったというわけではないが日の出町で起きた惨劇にゲヘナの暗躍が隠れていた。
「リリィが何人犠牲になろうとも構わない、死んだら改造を施せばいい話なのだから。
効率的な運用方法を取らず人命救助にこだわる反ゲヘナのガーデンはつくづく理解に苦しむよ。
その点君達は実に合理的だね」
日の出町で仲間が死んだのはゲヘナの陰謀によるもの、教導官達はそれに対して何もせず黙認していた。
学園の教導官が自分達生徒をゲヘナに売った事実にアリエは震えた。
何かが違っていれば自分もゲヘナのモルモットにされていたかもしれない恐怖で、体の震えが止まらない。
「『世界のために己の命を捨てよ』だったか、素晴らしい校風だ。
おかげで我々は実験体の調達の手間が省けて研究が捗る、君達が切り捨てた駒を我々が再利用する。
実によくできた共生関係だとは思わんかね」
「……その通りですね」
「その割には随分と怖い顔してるじゃないか、いいんだぞ、言いたいことを好きに言っても。
我々の機関が君達に送る多額の支援金が必要ないというのならの話だがね」
多くのスポンサーを持つエレンスゲは彼らの要望に応えるために時にリリィに対し意味不明な命令を下す。
犠牲を強いる校風もまた、そういうスポンサーに振り回された結果でっち上げられたものだった。
金と欲で回る醜い『大人の事情』をアリエは垣間見た。
アリエは思い出す。
入学式で教導官が語っていた学園の理念を。
誇り高きエレンスゲの一員として、人の社会を守るため、その命を捨てる覚悟を持ちなさい。
入学当初、その理念に感銘を受け学園の一員であろうと決意した思い出が一瞬で色褪せた。
あの時教導官の強い意志を秘めた言葉も、声も、瞳も、全部生徒を欺くためのものだった。汚い大人達の陰謀から目を逸らすために嘘や欺瞞に満ちた者だった。
こんな奴らの言葉を今まで励みにしてきたのか!
汚い大人達に騙されたことにショックし、後悔するよりも先に激しい怒りが我が身を燃やす。
(殺してやる……)
アリエは一心不乱に走り出した。
目的は寮の一室に置いてきたチャームを取りに行くこと。
信じてきたものすべてに裏切られたアリエを動かすのは純然たる殺意。
(殺してやる殺してやる殺してやる)
『リリィは決して人を傷つけてはいけない』、それは世界中のガーデンが共通して教えるリリィの常識である。
リリィ脅威論が蔓延していた時代、市民から恐怖や敵意による迫害を受けながらも彼らを必死に守り、信頼を勝ち取った先達の想いを無駄にしてはいけない。
力は人間を守る為だけに使え、武器は敵であるヒュージにだけ向けろ。
ヒュージとの境界線が曖昧なリリィだから、その力の使い方には大きな責任が伴う。
リリィと人間、リリィとリリィが争うような時代にはしてはならない……
何度も何度も教わった。
全てのリリィが守るべき戒めの言葉を『知ったことか』で一蹴する。
リリィを実験動物としか思っていないゲヘナが憎い。
そんなゲヘナの指示に逆らわない教導官が許せない。
何が人を守れだ、自分達が死ぬのを何とも思わない奴らのためを命を懸けて守る価値がどこにある。
(殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる)
隊長を、ヘルヴォルの仲間達を見捨てた報いを受けさせてやる。
死んだ隊員と同じ数だけ傷を与えて自分達がしてきたことを後悔させてやる。
例えリリィ史上初の殺人者という汚名を背負うことになろうとも構わない。
胸の内を焦がす怒りの炎を誰かにぶつけられるのなら後のことなど考えない。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!」
すれ違う者達の驚愕の表情にも意に介さずただひたすらに突き進み、目的の場所へとつく。
ドアを蹴破り専用の設置器具をこじ開けてダインスレイフの柄を掴む。
奴らに裁きを、怒りのまま勢いよくチャームを引き抜き―――
勢いが余って柄が頬に当たった。
「~っ!?」
まだ腫れている右頬に刺激を受け思わず蹲る。
予想外の痛みが激情に駆られるアリエを一瞬だけ平静に戻した。
何で頬が痛いんだったっけ、と記憶を探り思い出した。
なんでお母さんを置いて行ったんだ!!
この痛みは昨日助けた少年によるもの。
母を見捨てられた少年が振り回した拳が偶然一発だけ右頬に当たったのを思い出した。
「あ…………」
その時、始めて少年の気持ちを理解した。
助かるかもしれなかったにも関わらず、上位者の都合により大切な人を見捨てられ、沸き立つ怒りで相手を憎む気持ち。
全て今の自分と何も変わらない。
「同じなんだ……あの子も……私も……見捨てられた……」
だが彼とは決定的に違う点がある。
それは少年は完全な被害者であることに対して、アリエは彼の母を見捨てた加害者の側面も持っていること。
「同じなんだ……奴らも……私も……誰かを見捨てた……」
見捨てられる辛さを他人に与えておいて、自分が誰かに見捨てられた途端に怒り狂う事のなんと身勝手な逆恨みであるか。
アリエに資格はない。
エレンスゲの校風に感化され身勝手に人を見捨てたアリエには、自分を見捨てられたことへの復讐をする権利を持つことなど許されない。
「私は……わたしは……なんて取り返しのつかないことを……っ」
今になって少年の母を見殺しにした罪の重さを実感する。
我が身になってようやく気付く自分の鈍感さに嫌になっていく。
自分を騙したエレンスゲに対する怒りよりも、そんな奴らに騙されて救える命を救わなかった自分の愚かさへの嫌悪感が勝っていく。
「私はなんて浅ましくて……愚かで……低俗で……卑しい最低の……
最低の……最低の……うぅ、あああああああああああああああああ!」
すでにゲヘナへの殺意はアリエの頭の中にはない。
自分自身を許せず、自分を罵倒せずにはいられない。
アリエは滅茶苦茶に荒れた、絶叫しながら床にのたうち回り、触れた物を手当たり次第自身の体に叩きつけた。
心配して入ってきた隣人に体を抑えられても、口では思いつく限りの言葉で自分を貶し続けた。
もうアリエには自分の事を好きになれる気がしなかった。
その後、高等部への進学を控えたアリエは予備隊を抜けて工廠科へと移籍申請を出した。
もうエレンスゲのためには戦いたくない、なのになぜかガーデンから離れる気になれなかった彼女が選んだ折衷案がアーセナルだった。
アリエの高いスキラー数値や希少性のあるレアスキルを惜しんだ学園はリリィを辞めないよう説得を続けたが、それを死んだ目で聞き流す彼女を見て愛想が尽き、リリィとしての籍も残すという形で工廠科行きを認めた。
念願の工廠科行きが叶ったアリエ、だがそれからの道は決して安泰ではなかった。
リリィとして戦いたくないからアーセナルになった。
彼女の在り方はリリィとアーセナル、双方から見ても不快に感じられた。
「ねえ聞いた? またアリエの順位が下がったって」
「76位からまだ下がるの? どんだけやる気がないのよあいつ」
「この調子だと3年生になった頃には100位以下になったりして」
「ぷぷっ、学園初のテスタメント覚醒者も墜ちたものね」
今も命を懸けて戦い続けているリリィから見ればアリエの移籍は逃避に見えた。
「また配線の組み方を間違えて、アリエさん何度言ったら分かるのよ!?」
「アリエ様チャームをバグらせるのこれで何度目ですか……」
「配線の組み方なんて中等部生だって間違えない初歩中の初歩でしょ」
「まったくこれだからリリィ上がりは」
才能がなくてアーセナルにしかなれなかった者達からすれば、自分より才能があるはずのアリエの移籍はこれ以上ないくらい苛立たせた。
だがどんな侮辱を受けてもアリエが憤慨しなかった。
自分嫌いのアリエにとってはむしろ都合の良いものだった。
他人から否定されることで、やはり自分は低劣な人間なんだと再認識し、自尊心を捨て自虐的な心情をより深めていった。
「リリィとしてもアーセナルとしても中途半端。
霧崎アリエ、君は一体何がしたいんだ?」
とうとう序列が3桁にまで落ちた時、彼女を呼んだ教導官はアリエに尋ねた。
それに対し、アリエはボソボソとした弱々しい声で答える。
「私は……何もしたくない……
何も奪わず……誰も傷つけず……ひっそりと隅に縮こまる……何の意味もないけれど、昔よりはマシな生き方……
私はもう二度と、”私”になりたくない……」
誰だって、嫌いな者にはなりたくない。
霧崎アリエにとってそれが”昔の私”だった……
◆◆◆
「そうやって無駄に年が過ぎていく内に、あなたに再び出会ったの……」
アリエが語る過去は、大げさな誇張も一切の自己擁護もないただあるがままに自分の経験してきたことを話す内容だった。
だから悲しみや苦しみ、それに伴い擦り切れていく心が生々しく伝わってくる。
「あんたも……俺と同じ……”同じ奴”を嫌いだったんだな……」
ずっと目の前の少女を恨んで生きていた。
人を平気で見殺しにする最低のリリィだと思い込んで恨みを募らせてきた。
ついさっきまで、態度次第ではぶん殴ろうかとさえ考えていた。
だが今、アリエの過去に触れてそういった気持ちが薄れていくのを感じた。
学園に騙されて間違った正義感を抱き、その結果犯した過ちの大きさに耐え切れずに何もかも投げ出した弱い人間。
彼女もまた自分と同じ日の出町の惨劇で狂わされた者だとということを知った今では恨むに恨めない。
むしろここまで思い詰めていたことを知らずに今までずっと恨んできたことに罪悪感すら覚えた。
「これで全ての経緯を話したわ。
被害者であるあなたから見れば、言い訳がましくて腹立たしいものだろうけど……」
「そんなことはない。
何にもムカつかなかったと聞かれれば嘘になるけど、それはお前に対する怒りじゃない。
ゲヘナだ、全部ゲヘナが悪いんじゃねえか。あいつらのせいで俺達の人生は滅茶苦茶だ……!」
「彼らにも事情があるのよ……使命感が行き過ぎているだけで、皆根本には人類を救いたいという気持ちがあるはずだから……」
「だったら何をしてもいいのかよ! リリィを利用し、弱者を踏みつけることのどこに正義があるっていうんだ!
あんた悔しくねえのかよ、ゲヘナがいなかったらあんたは真っ当なリリィになれてたかもしれないんだぞ!」
ゲヘナへと怒りを向ける始にアリエは戸惑った。
自分の事を恨んでいる始が、自分を騙したゲヘナに対して義憤を抱いている。
殴られることすら覚悟していたアリエにとって始の反応は予想外でどうして反応していいか分からなかった。
「……優しいのね。こんな私のために、ここまで怒ってくれるなんて……」
「俺は優しくなんてないさ。昔の俺だったらお前の話を聞いても多分殴りかかっていた。
お前が今感じた優しさは俺のものじゃない。うまく言葉にできないけど、
身勝手に暴力を振るい、町の人間全てに嫌われていた過去の始に手を差し伸べたのは一葉だった。
心の壁を張っても、その壁を乗り越えて入ってくる。
どんなに拒んでも、優しさを捨てない彼女に否が応にも影響を受け始めた。
優しさとは伝染していくものだ。
幼児が親に愛されて人の心を理解していくように、親切にしてくれた人に恩返しをしたいとごく自然に思うように、好意には好意で返すように人の心はできている。
優しさを忘れた始に一葉達が寄り添った瞬間、荒んだ心が温まり、余裕ができた。
余裕ができたことで相手のことを思えるようになり、少しずつ丸くなっていった。
そうして僅かな変化を繰り返していく内に始の心にかつてあった優しさが戻りつつあった。
始が言う優しさをくれたという意味を理解してアリエは頬が緩む。
少年は出会いに恵まれた。
一度は道を踏み間違えても、出会った少女達からもらった優しさのおかげで、少年は優しさを取り戻せた。
誰とも出会えず、そのせいで相談もできずに間違い続けてどうしようもないほど憔悴した自分とは大違いだ。
アリエは思った。
目の前の少年に自分みたいになって欲しくないと。
過去の後悔に縛られず自分で自分を愛せる人間になって欲しいと、自分嫌いの少女は願った。
そのためにも必要なことを始に語り掛ける。
「あなたに優しさをくれた人達を、どうか大切にしてあげて……
あなたが迷いそうになったとき、その答えを彼女達は知っている……
彼女達との縁が繋がっている限り、あなたはあなたでいられる……
一葉さん達は、あなたが思っている以上に大きい存在になっているはずだから……」
「そんなこと、言われなくても分かってるぜ」
相手のために助言を言ってくれるアリエの優しさを受けて、始は不器用な笑顔で返す。
笑顔があまりにもへたくそでアリエは思わず噴き出して、「そんなに笑うことないだろ」と憤慨した始だったが自分の笑顔をカメラで撮ってみたら、「ひでぇ顔だな」とアリエと一緒に笑い出す。
こうして数年来の遺恨が晴れて二人はそれぞれの道へと歩み出す。
だが、その前に、運命は彼らに大きな試練を与えた。
突然、店内に騒音が響く。
音の発生源は客全員が持っている携帯から、災害を告げるアラームが一斉に鳴り響く。
地震でも洪水でもない、数十メートルの生きた災害が迫ろうとしていた。
「か、怪獣だー! 怪獣が出たぞー!」
「空から急にクラゲみたいな奴が……」
「う、うわぁ何だあれ!? ビルが、溶けてる……!?」
「に、逃げろー!」
怪獣出現の報を聞き、アリエの額に汗が流れる。
(まさか昨日の今日で怪獣が現れるなんて……ということはまさか……)
一葉の看病や始の件でヘルヴォル達はそれどころではなかったが、エレンスゲでは今朝、緊急の全校集会が行われた。
理由は今後の怪獣災害に対する方針を伝えるため。
次に怪獣が現れた時に学園が取る行動、リリィがするべき任務について説明を受けた。
(学園が本気ならこの町は……)
今すぐにでも人々を避難させなくては、アリエはこの店の全員に伝わるよう大声で叫ぶ。
「今すぐ逃げてください! エレンスゲは怪獣をこの街諸共吹き飛ばす気です!!」
突然明かされた驚愕すべき情報に人々は狼狽える。
一瞬悪ふざけか何かかと勘違いしそうになったが、日の出町を始めとするエレンスゲの悪評、叫んだ少女がそのエレンスゲの制服を着ていたことで信憑性が跳ね上がる。
市民のエレンスゲに対する悪い意味での信用が少女の言ったことが事実だと認識させ、皆一目散で店から飛び出していった。
少女は安堵する。今の内に避難すれば例のアレの射程範囲から抜け出せるだろう。後は隣の彼も逃げてくれればいいのだが。
しかしアリエの心配に反して、始は避難するどころか逃げ惑う人達とは逆方向に走り出そうとする。
アリエは慌てて肩を掴む。
「ちょっと、どこへ行くの!? あなたも逃げなくちゃいけないのよ!」
「いや逃げるのはあんたの方だ、街の人達の避難誘導を頼む。
もう俺の知ってる過去のあんたじゃないってことを証明してくれるよな?」
「あなた……一体何をする気なの……?」
アリエの問いに口では答えず、ただ右手を突き出した。
中指には特徴的な指輪が一つ、そう言えば相澤一葉も左腕に同じ指輪を付けていたような……
でもそれが何の意味を持っているのか分からず考え込むアリエ。
思案に夢中になるあまり肩を掴む力が少し緩み、その隙に始は振りほどいて走り出してしまった。
「あっ、ちょっと!?」
「悪いな、俺は行かなくちゃならないんだ。」
店を飛び出す一瞬の間、振り返った始はアリエに対し一言呟く。
「あんたと再び会えたこと、俺にとっては間違いじゃなかったよ。
ありがとな……」
アリエの後悔や悲しみを知って、過去に対する見方が少し変わった。
ずっと自分を縛ってきた過去を変えてくれた少女に感謝の言葉を述べて、少年は怪獣の元へと駆けだしていった。
◆◆◆
携帯から鳴る怪獣出現の警報が、医務室の一葉の目を覚まさせる。
「行かなくちゃ……」
体の状態を忘れ起き上がろうとするのを腰辺りにのしかかった重みが妨げる。
寝起きでぼやける目をこするとのしっかかっているものの正体がはっきり見えた。
藍だ、一葉にしがみつくように眠っていたのだ。
「藍……」
長い袖についている汚れは昨日の戦いでついたばかりのもの。
藍は一葉が倒れてからずっと彼女の側を離れようとしなかったのだ。
よく見ると藍の側に見舞いの品とおぼしきたい焼きの袋が置かれている。
その袋には藍の筆跡で一葉へのメッセージが描かれていた。
かずは、はやくげんきになってね
袋にはたい焼きがいっぱいに入っていて大分時間が経ったのか既に冷めていた。
一葉に食べて欲しくていっぱい買って、ずっと待っていたのだろう。
「むにゃむにゃ……かずはぁ……」
あの食いしん坊の藍が好物に手を付けられなくなるほど心配させてしまった。
申し訳なく思う一方で一葉は、少女が見せた思いやりに心が暖かいものに包まれていくのを感じた。
「心配してくれてありがとう、たい焼きもらうね」
不安な顔で眠る少女をベッドへと移し、持ってきてくれたたい焼きの一つを食べ終えてから一葉は医務室を出る。
後から恋花達が藍を起こすだろう、それまではゆっくりと寝かせてあげよう。それが藍の看病に対するお礼の気持ちであった。
「防衛軍の車両に乗って……いや、この距離ならリリィの脚力で向かった方が手っ取り早いか……」
そのためにもチャームを取りに行かなくては。
全速力で駆け抜ける最中、校内がいつもと違う雰囲気に包まれていると一葉は不審に感じていた。
怪獣が出たというのにガーデンは静寂に満ちている。
出撃命令が下されていないリリィもチャームを手に取り有事に備えるのが常であるというのに、誰も動く気配がない。
こんなこと今まで一度もなかったはずなのに。何かがおかしい。
「あら、そんなに慌ててどこへ行くというのヘルヴォル。
どこのレギオンにも待機命令が指示されているのを忘れちゃったのかしら?」
食堂を横切ろうとする途中、くつろいでいる序列2位を見かけた。
彼女は今、チャームも持たずにのんきにホットドッグなんか頬張っている。
手柄に貪欲な2位でさえこの有様。
疑念が確信に変わった。この微妙な空気感は学園が意図して作ったものだったのだ。
「怪獣が出ているのにどうして誰も動かないのですか?
このままだと被害が広がるばかりですよ」
「あれ、あんた今朝の緊急集会の話聞いてなかったの?
ああそうか、医務室にいたのよね。なら仕方ない、親切な私がお教えになってあげるからしっかりとご拝聴なさい」
わざと謙譲語と尊敬語を間違えた嫌味ったらしい口調は無視して2位の説明を聞くため一葉は足を止めた。
そして彼女の口から明かされたエレンスゲが動かない理由に一葉は上層部の正気を疑う。
「学園は怪獣に対し、長射程高出力砲の使用を解禁したわ」
「なん……ですって……!?」
長射程高出力砲とは砲撃型チャームの一種である。
攻撃力と射程距離を上げるために変形機能や携帯性を完全に捨てた巨大チャームの破壊力は桁違い。
武器の域を超え、単発でノインヴェルト戦術に追随する威力を持った戦略兵器、それが長射程高出力砲。
その火力なら怪獣にも有効打を与えられるはずだが……
「冗談じゃない! あんなものを都心で撃つなんてどうかしてる。
東京を焼け野原に変えるつもりですか!?」
威力が高い分、扱いが難しいのが高出力砲の欠点。
ほんのわずかな調整ミスが想定された被害範囲を数十倍に広げてしまうこともありうる。
高出力砲の危険性を物語る逸話にこんな事例もある。
かつて、アールヴヘイムと呼ばれるレギオンがいた。
メンバー全員のスキラー数値が90越え、一度の敗北もなく参加した全ての作戦を成功に導いた伝説のレギオン。
史上最強との声も高い初代アールヴヘイムの解散理由は複数の説があり、その一つに高出力砲の無断使用、およびそれによる民間人の多大なる被害の責任を取ったという説があげられる。
英雄的功績を誇るレギオンですらたった一度の使用で解散に追い込まれる、それほどまでの禁断の兵器。
それをエレンスゲは学園主導の元使おうというのだ、民間の被害など当然眼中にない。
「学園はそこまで本気ということよ。
エレンスゲがあらゆる手段で調達した高出力砲20門にガーデンとその周辺のエネルギー全てを怪獣にぶつけて殲滅する。
だからリリィ全員に出撃を禁じているのよ、高出力砲を守るためにね、お分かり?」
「……」
最早2位と論じている暇などない。
学園の暴挙を止めるにはただ動くのみ。
「だったら発射する前に怪獣を倒します。
そうすれば高出力砲を撃つ必要がなくなりますよね」
「正気!? とっくの昔に設置と接続は終わっているのよ。
後はエネルギーをチャージするだけ、それももう10分と経たない内に終わるわ」
「構いません。
残された時間がたとえ10分だろうと3分だろうと、人々を救うことを諦めない。
それが私の信じるリリィです!」
揺れぬ決意を胸に再び走り出す一葉に2位は眉を下げながら見送る。
これから焦土と化す地に病み上がりの身で向かおうなど序列1位は自殺志願者か?
「あいつがいなくなれば繰り上がりで私が1位になれるけど……
なんか釈然としないわね……ん?」
懐の携帯から着信が入って来た。懇意にしてもらっている教導官からだ。
こんな時に何の用だ、ホットドッグの残りを口に放る片手間で内容を確認し――目が見開く。
まだ残っているコーラやポテトに目をくれず、着信相手に電話を掛けながらチャームを取りに歩き出す。
教導官を相手する2位の口調は、普段の尊大な彼女からは想像もつかないほど腰の低い態度だった。
「毎度お世話になっております、クエレブレです。
たった今送られたメールの件でお電話を取らせていただきました。お時間を取らせてしまって申し訳ございません。いえいえ、たった一言返事を聞ければ満足なのです。
メールの中身は本当なのですね、この任務に成功した暁には――」
電話の先から返ってくる期待通りの返答に、2位の心臓が高鳴る。
それに飽き足らず頬が紅潮し、吊り上がった瞳がギラギラを燃え上がる。
序列2位はそれまでずっと待っていた、一世一代のチャンスを手に入れたのだ。
「かしこまりました。すぐさまをクエレブレを招集し、現場へ向かいます」
電話を切る頃には愛用のティルフィングが握られ部下より一足先に戦場へと飛んで行った。
これからエレンスゲ史上最悪の作戦が行われようとしている8分前、ガーデンのツートップが各々の思惑を抱え、同じ決戦の地へと向かう。
◆◆◆
怪獣が街を蹂躙する中、予想通り彼女は駆け付けた。
「お待たせ……しました……」
青白い顔で必死に平静を装う一葉の姿を見て、不安通りの展開だと始は歯を食いしばる。
「……体の方は大丈夫なのか?」
「いや全然、未だに思うように動きませんが、休んでいられる状況じゃないのですので……」
一葉は先ほど2位から聞いた話をそのまま伝える。
戦果のためなら手段を選ばない学園、そのせいで一葉が無理を重ねていく構図に、始は怒りを募らせていく。
「あいつの言ったことはやっぱり本当だったんだな。
エレンスゲも、ゲヘナも、自分の事ばっかりで人の命を守るつもりがない……」
「だからリリィがいるんです。
彼らが守らない分も含めて、私達が守らなくてはならないんです」
「…………」
「あなたの力が必要です。一緒に戦ってくれますか?」
変身しようと差し出した左腕は、今にも落ちそうなくらい震えていた。
本当ならまだ安静にしていなきゃいけない、しかし状況が少女に休息を与えない。
何もしなかったら、街が高出力砲の嵐に飲み込まれ罪のない人々が犠牲になってしまう。
だから少女はここへ来た。
人を守る責任も、上層部の暴走も、己の信念も、全てを抱え込んで一葉は戦う。
こんな健気に戦う彼女を平気で使い潰す連中がいる。
一葉が射程圏内にいることに気付いても奴らは高出力砲の発射を止めず、彼女を巻き添えにしてくるだろう。
このままでいいのか、と少年は疑問に思った。
リリィが世界のために必死で戦っているのに、世界はリリィのために何もしない。
それどころか実験動物のように利用して使い潰そうとしている連中までいる、こんな胸糞悪いことが許されていいのか。
一葉に心を救われた始だからこそ、その一葉達リリィに優しくない世界に憤りを感じ始める。
母を失った過去で暴力的になってしまったが、恩田始は優しい心を持った少年だった。
『皆を助けるヒーローになりたい』とごく自然に願えるようになったり、自分の誕生日にも関わらず母を喜ばすためにプレゼントを用意しようとしたり、相手の事を思いやりを欠かさない人間だった。
かつて始がリリィを憎むようになったのも、大切な母を見殺しにされたから。
かつて悪人との喧嘩に明け暮れていたのも、罪のない人を食い物にする奴らが許せなかったから。
元々持っていた善性が、良い人には幸せになって欲しいを願う。
後から付随した暴力性が、悪い奴は報いを受けるべきだと呪う。
そういう精神性を持った始だからこそ、ごく自然に思うことだった。
命を投げ捨てんばかりの無茶を繰り返す一葉を見ていられない気持ちも。
エレンスゲやゲヘナに激しい怒りを感じるのも。
始にとっては、普通のこと。
「悪い、もうお前とは戦えない……」
「ど、どういうこと、ですか? もうウルトラマンには変身しない、ということですか?」
「違う、ウルトラマンとして戦うのを止めたわけじゃない。
お前と一緒に戦うのを止めたんだ、だから――
リングを渡せ、俺が変身する」
そう宣言すると始は一葉の左手を掴み、無理やりでもウルトラリングを外そうとする。
「なっ!? なにをするんですか! 止めてくださ……きゃあっ!?」
始の意図が分からず戸惑いながらも抵抗する一葉。
しかしエースバリヤーの負担は思っていたよりも重大だった。
本来なら抑えきれたはずの相手に押し負けて思わず尻もちをつく。
その際、リングが指から外れてしまった。
「やっぱり無茶してんじゃねえか、本当だったら俺なんて一瞬で吹っ飛ばせるのによ……」
最初に出会った時と今の状況を見比べてもの悲しい気持ちになりながら、始は一葉から奪ったリングを左指にはめ込んだ。
自分の体から何かが抜け落ちていくのを一葉は感じた。
何が抜けたのか考えるまでもない、抜け落ちたのは一葉と融合していたウルトラマンエースの半身。
元々一葉はエースとうまく融合しきれていなかった。だから記憶しか影響を受けなかった。
エースとの融合具合は始の方に偏っている。だから彼にのみ巨人が語りかけて来たのだ。
傷が完治した時、どちらかの半身が引き寄せられて完全復活を果たすのは自明の理。
エースと融合してから一か月、その時が近づいている。
エースの傷が治りつつあること、一葉が弱っていること、融合比率が始の方が分があること。
三つの要素が重なって、一葉と融合した半身が始の方へ引っ張られた。
もう二人の心を合わせる必要がない、始が変身したい時に変身できる。
もう二人の息を合わせる必要がない、始が思った通りに力を行使できる。
復活しつつあるものの、エースはまだ眠りについている。
ウルトラマンとなった始を止めるものはいない。
未熟な人の心と巨人の力、始は今、全宇宙で最も危ういウルトラマンになってしまったのだ。
「安心しろ、ちょっと世界を平和にしてくるだけだ。
怪獣も、ヒュージも、ゲヘナも、お前達リリィを苦しめるもの全て……
俺がぶっ潰してきてやる」
全ては一葉を守るため、一葉が無茶をせずに無事に生きていられるようにするため、彼女の意思を無視した一方通行の善意で始は怪獣に向かっていく。
呼び止める少女の声を無視して。
ほんの少しだけ、タイミングが悪かったのだ。
一か月の間に絆が深まったことで一葉の無茶を心配し、恨めしいアリエとの再会で心が不安定になって、和解直後に言われた『一葉達を大切にする』という言葉の意味を理解しきれないまま実行に移した。
この二日間のめぐるましい変化に、始の心がついていけてなかったからこうなってしまったことを一葉は理解した。
「うおおおおおおおおおおお!!」
だがもう遅い、両腕の拳につけたリングを豪快にかち合わせ、始は光に包まれる。
光が収まった頃には少年の影はなく、少年がいたはずの場所に巨人がそそり立った。
両腕を広げ怪獣の元へと独りで飛んでいく始の姿を、一葉は呆然と眺めてるしかなかった。
◆◆◆
怪獣へ向かって飛んでいく巨人を見て、人々が感嘆の声を上げる。
「やった、ウルトラマンが来てくれたぞ!」
「俺達助かったんだ」
「早いとこやっつけてくれ」
「ウルトラマン様! 我らをお導きくだされ!」
安堵する声、感謝する声、応援する声、崇める声、全部始には聞こえていた。
こんなに羨望の眼差しを向けられたのは生まれて初めてだというのに始の顔は曇っている。
「ああ……俺、”神様”って奴になっちまったのか……」
どんなに否定しようとも巨人の力を自由に行使できる今の始はこの世界で最強無敵の存在。
14万tのタンカーを軽々と持ち上げ、空をマッハ20で飛び回り、単身で大艦隊にも匹敵する戦闘力を持った生物を人間とは呼ばない、地球にある概念でそれに一番近いのは神以外の他にない。
図らずも藍に嘘をついてしまったことに、始は罪悪感を覚える。
だがもう止まれない、エースが完全に目覚めるまでの数日間の間で怪獣を倒し、ヒュージネストを潰し、ついでにゲヘナが二度とふざけた真似ができないよう脅さなければならない。
全部自分が決めた事、後戻りなんて許されない。
誤った決意を抱えたまま地面へ降り立つ巨人と対峙するのは空飛ぶクラゲとしか言いようのない奇形の怪獣。
円盤生物シルバーブルーメ
かつてウルトラセブンを生死の境へと追い込み、ウルトラマンレオから仲間や友人達を根こそぎ奪った虐殺の獣。
セブンはエースの義兄で、レオは義弟にあたる。
シルバーブルーメはエースにとっても因縁のある怪獣ともとれる。
奥底に眠るエースの敵意を感じ取ってか、円盤生物は破壊活動を止めエースの方へ体を向ける。
「俺が相手だ、かかってこい」
指先にエネルギーを集中させ、いつでも光線を放てるように身構えるエース。
対するシルバーブルーメも体にしまっていた四本の触手を引き出し戦闘態勢を整える。
触手を伸ばしきるや否や、瞬く間にエースとの距離を詰める。
体の下に位置する大きな口を開けてウルトラマンを飲み込まんと飛びかかる。
「スラッシュ光線!」
視界を遮る怪獣の口に臆する始ではなく、即座に光線技で迎え撃つ。
光線を出すのが先か、飲み込むのが先か油断のできない刹那の勝負。
その時、横から火球が飛んできた。
「!?」
スラッシュ光線よりも早くシルバーブルーメの身に達したそれは、怪獣の体を一瞬で焼き尽くし蒸発させた。
それどころか周囲の雨雲までも蒸発させ、空を強引に晴天へと変える。
たった一発でも怪獣を瞬殺する破壊力。
天候すら変えてしまうほどの熱量。
もしあれが直撃していたら、火球の射線上に偶然シルバーブルーメがいなかったら……そう思うと身震いせずにはいられない。
急いで火球が飛んできた方向へ顔を向けると火球を撃った張本人がそこにいた。
さっきまで気配すらなかったのに、何の前触れもなくその怪獣は現れた。
始は相手の姿を一瞥し、驚愕する。
全身は昆虫を思わせるツヤのある黒色に覆われていた。
尻尾、爪、牙といった怪獣らしい部位を持たず人型に近い。色も相まって直立する姿は巨人と対を為してるかのよう。
顔と思われる部分には瞳がなく、それがあるはずの所が窪んでいるだけ。
顔面の中央を線引く黄色い発光体、頭頂部には大きな2本角、感情が一切読み取れない顔立ちが怪獣の不気味さをよりいっそう引き立てている。
始は一葉からこの怪獣について聞かされていた。
警戒すべき一体として、遭遇したら決死の覚悟で挑まねばならない最強の怪獣として。
いや、違う、厳密には怪獣ではない。
こいつは”恐竜”だ。
「お前か、エースの兄貴をぶっ殺したっていう怪獣は」
始の独り言に反応すかのように、怪獣は鳴き声を発する。
生物間の欠片もない、機械のようなその声は奇しくも始の問いかけへの答えを告げる。
「ピポポポポポポ……ゼットォン………」
地球に置いて始まりの意味を関するウルトラマン『A』の前に立ちはだかるのは、終焉を司る『Z』の名を持つ怪獣であった。
所属する組織の思想に迎合できない技術職
↓
光の国を去る前のトレギア
未遂で終わったものの実行に移していたらリリィ”史上初の犯罪者”
↓
光の国史上初の犯罪者ベリアル
霧崎アリエには両者の要素がちょっとだけ入っていたりします。