梨璃 → ピンク
夢結 → 黒
楓 → 濃い赤
二水 → 青(目の色)
梅 → 緑
鶴紗 → 黄色
神琳 → 茶色
雨嘉 → 灰色
ミリアム → 水色
ヘルヴォルと被りが多いですが一柳隊が出ているパート限定の配色ですのでご容赦ください
まるで鉄でできた内臓のようなだと、クエレブレはそこに来る度思う。
機械と機械を繋ぐいくつもの管が地を這う様子は床にモツが飛び散ってるかのよう、名前も用途も分からない奇妙な装置が毒々しい彩色で点滅していて、見ているだけで視力が落ちそうなほど妖しい光を放っている。
目の前に立ち並ぶ人間ともヒュージともつかぬ奇形な実験体が保管された培養槽に嫌悪感を覚え、こんな悪趣味に満ちた空間で働いてよく狂わないなこいつらと、せわしなく駆け回る研究者連中をながめながら2位は疑問に感じていた。
「まあ、そんなことで狂う精神の持ち主がこんな所に来るわけないけど」
ここはゲヘナに与する組織の研究施設。ゲヘナ内でも把握している者は一握りの極秘ラボ。
エレンスゲ運営にも深く関わっていて、2位個人にとっても馴染みの深い場所であった。
何を隠そう、この研究所に取り入り思い出すのもはばかられるほどの汚れ仕事を受けて来たからこそ、序列2位は元マディックの身でありながら今の地位へとたどり着けたのであった。
そして今、研究所から求められた回収物を運んできた所である。
「正直、期待以上だよ。爪の一片でも拾ってこれれば上出来だと考えていたから、まさかこんな大きな手土産を持って帰ってきてくれるなんて、いやはや嬉しい誤算とはこういうことだね」
クエレブレを出迎える不養生そうな男こそこの研究所の主任。
アウニャメンディ社にも席を置くゲヘナの幹部である。
運んできたカプセルを見せるや否やへばりつくように覗く彼の姿はまるで『新しいおもちゃ』を手に入れた子供のよう、研究者としての好奇心と自分以外の命を何とも思わぬ冷酷さがない交ぜになったおぞましい表情、中身の少年にどんな実験を試そうか頭でいっぱいのようだ。
「素晴らしい贈り物をありがとう、これで人類はまた一歩前進する。
カプセルの中の
強靭で、剛健で、決して滅びることのない、リリィもヒュージも超越した究極の存在、前人未到の領域へ至った時、我らゲヘナの繁栄は絶対のものとなり、その礎を築いた私の名は永遠に語り継がれていくであろう……!」
胸に湧く興奮を剥き出しに陶酔的な自分語りをし始める主任に2位は適当な返事で応対する。
序列を上げていく過程で何度か世話にはなってるものの、この男の事を理解できる気がしないししたくもない。
2位の興味はただ一つ、メールに記載された内容を実行してくれるかどうか。
「それで、”報酬”の方は守ってくださいますよね?」
「いいだろう、エレンスゲの上層部に声をかければ造作もないことだ。
来期の序列変動によって新しい1位に君を任命するよう掛け合っておくよ。
謹んでお受け致します、礼儀正しい所作と口調とは裏腹に、2位改め正樹京子の心の中は歓喜による狂喜乱舞を抑えられずにいた。
◆◆◆
エレスンゲによるウルトラマン捕獲。
この一報は瞬く間に世界中に広まり、人々に衝撃を与えた。
翌朝にはどこもかしこもウルトラマンの話題で持ち切り、議論が重ねられていく。
リリィ育成の最高峰のガーデン、
「皆さん今朝のニュース見ましたか!?
大変なことになってますよ!」
「ええ、例の巨人の事ですね、わたくしも先ほど確認しました。
全く、正気の沙汰とは思えませんね……」
大慌てで入ってきた
最初に反応を示したのは台湾からの留学生、
神琳の特徴的なオッドアイに、いつもの物腰柔らかな優等生の雰囲気は無い。
正義感が人一倍強い彼女にとっても新聞紙に書かれた内容は到底許せるものではなかった。
「ウルトラマンを捕獲……え!?
ウルトラマンって人間だったの!?」
「厳密には巨人と一体化したと思しき人物らしいがの……
それにしてもまさかをエレンスゲが高出力砲を持っておるとは、一体どんな手段で得たことやら……」
ぼんやりと宇宙人か何かだと思っていた
一方、一柳隊唯一のアーセナル、ミリアム・ヒルデガルド・
長射程高出力砲は本来、ミリアムのシュッツエンゲル*1、
尊敬するお姉様の発明品を許可なくコピーした上に悪用するなど気持ちの良いものではない。
「え~と何々……『巨人に寄生された少年の救命の為、独自の医療施設に保護、以後ゲヘナは原因を解明し、少年を救出すると表明』……ふんっ。
物は言いようですわね。連中が気にしているのはウルトラマンだけでしょうに」
「その巨人と融合したって人、これからどうなっちゃうんでしょうか……?」
大企業の令嬢として育ち、世界の裏事情を誰よりも把握している
一柳隊各々がゲヘナへの怒りを募らせる中、レギオンのリーダーを務める
梨璃の疑問に答えるべく、それまで黙っていた小柄な少女、
「多分、というか確実に、そいつはもう人間として扱われないだろうな……」
「え……」
鶴紗には、幼少期よりゲヘナから強化実験を受けていた過去を持つ。
組織の悪意に振り回され、壮絶な人生を歩んできた鶴紗にはゲヘナがやろうとしていることが手に取るように分かる。
「ちょっと鶴紗さん! 純粋無垢な梨璃さんにそんなディープなことを――」
「まあまあ、楓落ち着ケ。
梨璃が知りたいっていうんなら教えてあげた方がいいと思うゾ」
鶴紗が語るゲヘナの悪行に梨璃が心を痛めてしまわないか心配な楓をレギオン内で数少ない2年生の
普段は無口な鶴紗が自分から話そうとした意思を尊重してあげたかったからだ。
先輩のさりげない気遣いにこっそり心で感謝しつつ、鶴紗は自分の見解を述べる。
「奴らはウルトラマンに関する情報なら何が何でも手に入れたいはずだ。
正体や居所。空を飛ぶ原理に光線の化学式……
どれか一つでも手に入れたならとてつもない力となるだろうからな」
そのためにゲヘナは徹底的に少年を調べ上げるだろう。
足の爪から髪の毛一本に至るまで、これからはゲヘナの所有物。
ウルトラマンと融合したことをもう人間ではなくなったと曲解し、国際条約を無視した人体実験が昼夜を問わず行われる。
もし逃げようものなら怪獣と見なされ、即射殺。
「そんな、ひどい……」
「……それが私が知っているゲヘナ。良心も倫理感も研究のためなら簡単に投げ捨てられてしまう連中だ」
「私……行かなくちゃ!」
話を聞いて、ショックを受けたかと思えば急に立ち上がる梨璃。
早足で控室の出口から飛び出そうとする梨璃を仲間達が慌てて止める。
「行かなくちゃってどこに行くつもりなの梨璃!?」
「まさかのゲヘナに乗り込もうって言うんじゃないだろうナ」
「その通りです。だから通してください雨嘉さん、梅様!」
「梨璃、話を聞いとらんかったのか! 目的のためならどんな手段も使う危険な連中なのじゃぞ」
「それに最近よく出る特型ヒュージにゲヘナが絡んでいるって噂もありますし、一人で行くのは無茶ですよぉ!」
「許せない気持ちは存じますが、悪人といえでも相手は人間。
人に危害を加えたとなればリリィを辞めざるをえませんが、梨璃さんにはその覚悟がおありなのですか?」
ウルトラマンが出てから一か月経ったものの、一柳隊と巨人が同じ戦場に居合わせたことはない。梨璃にとってウルトラマンは新聞紙やニュースのみで話を聞く遠い存在でしかないはず。
にも関わらず、梨璃は自分とは無関係なはずの巨人の身を案じ力になろうとしていた。
「ウルトラマンさんのことはよくわからないけど、きっと良い人だと思うんです。
そうじゃなければ怪獣達と戦ったりなんかしてないはずだから。
それなのに皆を守ってきた代償が実験体だなんてかわいそうじゃないですか!」
「梨璃さん……」
「どんな人でも、苦しんでいたら迷わず助けに行ける、そういうリリィに私はないたいんです」
梨璃は善意に満ちた少女であった。
悲しみを労り、孤独に寄り添える、どんな時でも人を愛する気持ちを失くさない彼女の善性は人間以上にエースをはじめとした光の使者のそれに近い。
リリィになりたてにも関わらずレギオンを揃えられたのも、善性から来る強い信念、あるいは
だから仲間達は知っている。
この小さい隊長には一度決めたら必ずやり遂げようとするひたむきさがあることを、それが時として危うさにもなることを。
そしてその危うさを抑え、お互いの弱さを支えられるような人物が一人いることを。
「梨璃、少し落ち着きなさい」
扉から入ってきた少女の一言で、それまで息巻いていた梨璃が静まる。
梨璃の幼げな桃色のサイドテールとは対照的な、長くてサラサラとした黒髪に大人びた雰囲気を漂わせる少女。
彼女の名は
梨璃の無茶を止めることに関して彼女以上の適任者はいないだろう。
「お姉様……」
「あなたが為そうとしている事は間違っていない、皆もそれを理解してくれているわ。
リリィたる者、虐げられてる者全てに手を差し出さずにはいられないもの。
でも、あなたはその手をどこにどこに向けようというの、巨人が囚われている場所にあてはあるのかしら?」
夢結の指摘に、一同は思わず「あっ」となって口を紡ぐ。
助けに行くか行かないかに論ずるあまりそもそも巨人がどこにいるのかという初歩的な問題が頭から抜け落ちていた。
ゲヘナは世界に根を生やす国際的組織。ゲヘナが少しでも関与している施設の数は三桁は軽く超えてくるだろう。
その膨大な施設の中からウルトラマンが閉じ込められている一つを手掛かり無しで見つけ出すなど、大海に沈むビー玉をすくい上げるのと同じくらい不可能なこと。
今の百合ヶ丘には巨人を助ける方法も手段も持っていないのだ。
「リリィには優れた力があるけれど、できることとできないことがある。
手が届かぬ所まで無理に伸ばそうとすれば、周りが疎かになって転んでしまうわよ」
人より遥かに強いリリィといえども限界はある。その限界を無理に超えようとすれば破綻していつか大きな過ちを犯してしまう。夢結が伝えたいのはそういうこと。
かつて夢結はリリィとして優れた能力を持っていたが目の前で自分のシュッツエンゲルを失っている。
喪失の悲しみから孤独に戦い心をすり減らしていった過去を持つ彼女だからこそ伝わる言葉の重みを皆感じ取っていた。
「――だからこそリリィは仲間を作る。
忘れたの梨璃? エレンスゲにはヘルヴォルがいることを」
「!!」
レギオンは時として所属するガーデンの防衛区域から離れ他のガーデンと共闘する『外征』を行う。
一柳隊もまた、外征をしていく中で数多くのレギオン、そこに所属するリリィ達と絆を築いてきた。
その輪の中には、一葉率いるヘルヴォルもいる。
「一葉さん達を信じましょう。
エレンスゲの暴挙に黙っているあの人達ではないわ。
それはあなたも分かっているでしょう?」
梨璃の脳裏にかつて共闘してきた一葉の姿が浮かぶ。
誰も無駄に死なせないと、無駄に死んでいい人間なんていないと誰よりも命を重んじ、犠牲を前提とする残酷な世界に立ち向かっていったリリィの勇姿に人知れず奮起させられた思い出があった。
常に側にいたわけではなくとも、共に戦ったのが数えるほどしかなくとも、信頼できる。
彼女なら自分達にはできない方法で現状を打破してくれるかもしれないと期待できる気持ちが一柳隊にはあった。
「ヘルヴォルは必ず動く。
その時が来るまでの間、私達は私達のやり方で彼女達を支えましょう」
「私達のやり方、ですか?」
首を傾げる一同への回答に夢結は持ってきた紙を見せる。
紙面には学園の許可を示す判が押されていた。
「たった今、学園から東京方面へ長期外征する許可を貰ってきたわ」
「が、外征!?」
「その通り、ウルトラマンが囚われていてもヒュージや怪獣は関係なく現れるはず。
これより一柳隊はヘルヴォルがウルトラマンに集中できるよう、彼女達に代わって東京の防衛に順守します。
梨璃、これでいいのよね」
「お姉様、ありがとうございます……!」
夢結が控室に遅れて来たのは学園に外征を掛け合うため、妹の無鉄砲を予想し先手を打っておいたのだ。
止めるだけではなく、意思を尊重した代案を出してくれたお姉様に梨璃の心は感謝でいっぱいであった。
「あくまで私は提案しただけ、レギオンの意向を決めるのはあなたよ。
さ、梨璃、皆あなたの号令を待っているわ」
梨璃が振り返ると皆真っすぐ見つめてきている。
そのまなざしを見れば、意見が一致してるかなんて、口で確認しあうまでもなかった。
「行きましょう皆さん、ウルトラマンを助ける一葉さん達を助けるために。
一柳隊、出撃!」
お決まりの号令を受け、一柳隊は駆け出した。
ウルトラマンの捕獲、世界を揺るがしかねないビッグニュースに各地のリリィは、複雑な思いを抱えながらも今自分が為すべきことを為すがために戦い続けるのであった……
◆◆◆
ウルトラマン捕獲に対する世間の反応は割れていた。
ウルトラマンを恐れる者達は人の手綱に収まったことに安堵を覚え、崇拝してやまない人々は神への冒涜だと的外れな怒りを表していた。
世界を変える何かが起こりそうな予感で誰もが事件に興味を向けている中、最も大きな感情の奔流に揺れている者達がいた。
それは捕まった始の子分、竜駆の面々であった。
「何でもいいから武器になりそうな物は全部持て! これから殴り込みに行くぞぉ!」
『『おうっ!』』
廃材やら鉄パイプやら、物騒なものが竜駆全員の手に握られている。
その凶器でどこに殴りこもうかなど考えるまでもない。
「ゲヘナの施設を片っぱしからカチコミするぞ!
連中を締め上げて兄貴がどこにいるか吐かせるんだ!!」
「ゲヘナをぶっつぶせー!」
「兄貴を助けるぞー!」
「竜駆をナメたこと後悔させてやるでヤンスー!」
皆、始が連行されたことに激怒し、我を忘れて暴動を起こそうとしていた。
「ちょっとあんたら落ち着きなさいって!
ただの不良が騒いだ所で奴らは何とも思わないわよ!」
頭を奪われた形となった竜駆が気になって様子を見に来た恋花は、悪い意味での予想通りに困窮する。
恋花についてきた藍は彼らが今まで見せなかった過激な側面に言葉を失い固まっていた。
始の極端な乱暴さで霞んで見えただけで、子分達もまた血気盛んな不良の端くれだということを改めて認識しつつ恋花は最悪の事態を避けるために道を塞ぐ。
だがそれもあまり効果がないことだと薄々感じていた。
「いくら姉御でもそいつは聞けない相談でさぁ!」
「大事なリーダーが酷い目にあってるのに落ち着いてなんていられないでヤンス!」
「あんたら、そこまであいつのことを……」
「おうよ! 確かに兄貴は強引ですぐかっとなって暴れるおっかねえ人だったけど、それだけじゃなかった!」
「どんなにブチ切れてても自分から俺達を殴ったりはしなかったんだ、そんくらい子分思いの良い兄貴だったんだよ!」
親を失い身寄りの無くなった彼らを始は見捨てなかった。
家が壊れ帰る所のない彼らを集めて、竜駆という居場所を作ってくれた。
どんなにも暴力的でも正しくあろうともがいていた始が側に居たから、貧しい環境の中でも道を踏み外さずにいられた。
どんなことがあろうとも、彼らにとってのリーダーは恩田始ただ一人。そのリーダーを失ったショックで竜駆は暴走しようとしていた。
ルナチクスとの戦いで一葉を殺されたと誤解して怒りのままに突撃した恋花のように。
だからやけを起こす竜駆の気持ちが痛いほど分かって強いことを言えずにいた。
「大体兄貴が捕まった時あんたらは何してたんだ!?」
「一緒にいたはずですよね、どうして助けなかったんですか!?」
「うっ、それは……」
リリィは人を傷つけてはならないとか、リリィ同士で戦うことは許されないとか、そういうことは問題ではない。
どんな理由があろうとも、ヘルヴォルはあの場で始を助けるのを諦めた、つまり『見捨てた』という事実は揺るがない。
だから恋花の言葉は竜駆には届かない。
途中で助ける事を投げ出してしまった恋花には、まだ始を諦めていない竜駆達を止められる言葉が見つからなかった。
「そっちにも色々事情があったんでしょうけど、だけど……
ほんのちょっとだけ、あんたちの……ことが――」
「――きらいになった?」
『『っ!?』』
「藍……」
突然口を開いた少女に一同の視線が集まる。
マイペースが服を着ているような彼女も、昨日の出来事が心に堪えていたようだ。
「何も守れなかった。
”はじめの事も守るよ”って約束してたのに、それができるくらいらんは強いと思っていたのに……」
「守るって難しいんだね……倒すのは一瞬なのに……らん、何も知らなくて……何もできなくて……」
「らん、どうしたらいいか分からない……どうすれば街を守れたの? どうすれば始を連れていかれずにすんだの? 頭をいっぱい使っても何もでてこないよ……」
話す度に瞳の奥に昨日の光景がフラッシュバックしていき、後悔がポトポトと音を立てて溢れていく。
小雨から段々と雲行きが怪しくなっていきそして――
「うあああああああああああああああああん!!」
――涙の豪雨が藍の足元に降り注いだ。
暴徒と化そうとしていた竜駆を目にしたことで始を見捨てたことによる結果を知り、それまで溜め込んでいた感情が爆発したのだ。
普段の藍ならまず見せない号泣に、恋花も竜駆も戸惑いを隠せなかった。
「こういう時千香瑠か瑶がいれば……あーもう!
ほ~らいい子いい子、泣かないで~飴ちゃんあげるからあんたの大好きなりんご味!」
「ら、藍ちゃん……ごめん、ちょっと頭に血が上ってたでヤンス……」
「ほんとに悪気はなかったんだ、さっきのは言葉の綾って奴で……」
「たい焼き買ってくるからゆるして……」
泣きじゃくる藍をあやしていく内に少しだけ落ち着いた竜駆は恋花の説得に応じ留まることを約束したのであった。
「でも俺達諦めていやせんぜ、兄貴を助けることを。
だから、姉御達も諦めないでくだせえ!」
「……分かってる、始は必ず連れ戻す」
本当にそんなことができるのか?
自信は無いが、この約束を嘘にはしたくないという気持ちが恋花にはあった。
◆◆◆
一週間経過、ウルトラマンの話題は日に日に下火となり人々の心は日常へと戻っていく。
だが、今も一週間前に心を捕らわれている者もいた。
エレンスゲの一年生寮、相澤一葉に割り当てられた部屋の戸を千香瑠が叩く。
「一葉ちゃん、今日もごはん持ってきたわよ」
ここ一週間、ヘルヴォルのリーダーは部屋に閉じこもって一人きりになっていた。
無理もない、始が捕まったことに誰よりも思い詰めていたのは他でもない一葉であったから。
扉には鍵を閉められた上に紐で何重に結ばれているようで開きそうにない。
電話を掛けようにも向こうが携帯を切っていて連絡がつかない。
カーテンも朝昼問わず絞められていて中の様子を覗き見ることは不可能。
一葉の無事を唯一確認できるのは、昨日置いていった弁当の上に貼られる紙一枚のみ。
その紙にはただ一言『ごめんなさい』とだけ書かれてあった。
「一葉、昨日もごはん食べてくれなかったね……」
「諦めずに明日も行きましょう。一葉ちゃんが必要としてくれるその時まで」
そう言って手つかずの弁当を新しく作り直した弁当と置き換える千香瑠の後ろ姿は悲しそうに見える。
一葉が引きこもったことでヘルヴォルの活動は休止。
その間に出現したヒュージも、ヘルヴォルは動かず代わりに鎌倉から外征してきた一柳隊が戦ってくれている状態。
長い暇を得たヘルヴォルの一面はそれぞれの思いを抱えながら自分にできることをしていた。
恋花は毎日竜駆の所に足を運んで彼らを静めることに一心し、藍は今まで以上に訓練に勤しんでいる。
千香瑠は一葉に弁当を届けに足繁く通う中、瑶はというと皆が無理をし過ぎないようフォローに回っていた。
「千香瑠、大丈夫? お弁当を食べてもらえなくて辛くない?」
「お気遣いありがとうございます。実を言うとかなり参っていたんです」
箱を開けてすらもらえないから、何が悪かったのか分からなくて千香瑠は困り果てていた。
「千香瑠らしい悩みだね……」
瑶はただ一言感想を漏らしただけ、だがそれだけで心が晴れていく気がした。
自分の抱え込んでいる悩みを隣の少女が受け入れてくれると思うと、自然と口が軽くなっていく。
リリィのほとんどが10代の少女、相手が共感してくれることに安心感を覚えやすい年頃であった。
”話す”のが苦手なら”聞く”に徹すれば良い。
瑶は欠点であった口下手を聞き上手に反転させることで、周囲の精神環境を緩和させる調整役を担おうとしていたのだ。
「話を聞いてくれてありがとうございます、瑶さん。
やはりあなたは思いやりの深い人ですね」
「私は自分にもできそうなことをやっているだけ……
もし私が思い詰めそうになったときは皆で助けて欲しい」
「ええ、喜んで……あら?」
会話を終え、扉から立ち去ろうとしたとき、二人の前にリリィが一人顔を出した。
学年は一つ下だが、そのリリィには見覚えがあった。
「あなたは確かバシャンドレの……」
バシャンドレの新入りリリィ。レギオン間で同盟を結んでいるおかげでヘルヴォルとも面識を持っていた。
記憶が正しければ、明るく活気溢れた性格で一葉や藍とも仲良くしてくれていたのだが……今の彼女は俯いてビクビクしている。まるで軽いいたずらから大惨事に進展してしまった時の悪童のように。
『瑶さん、この子のレアスキルって……』
『千香瑠が思ってるのと同じだよ……』
この少女のレアスキルは、”天の秤目”
高出力砲発射の際には当然彼女も駆り出されていただろう。
ウルトラマンを襲った熱線の中にこの少女がトリガーを引いたものも含まれているはずだ。
「わ……わたし、知らなかったんです」
おっかなびっくりと、少女は罪悪感に震える声で気持ちを伝える。
「ウルトラマンも怪獣の一種だと教導官に教えられていて、怪獣を倒すことが街を守ることに繋がると言われて、威力は最小限に絞ってあるからヘルヴォルが巻き添えになることはないって聞いて安心しちゃって……」
「し、知らなかったんです、高出力砲にあれほどの破壊力があったなんて。
それをウルトラマンに……に、に……
「それにクエレブレの方々が話しているのを聞いたんです。
ウルトラマンの中にいた少年ってあなた方の知り合いだったんですよね?
私、何も知らずにあの人を……ごめんなさい! 謝って許してもらえるものではないけれど!」
禁断の兵器の引き金に手をかけてしまったことにエレンスゲの天の秤目持ち達は心に大きな衝撃を受けていた。
彼女もその一人、ヘルヴォルと交流のあるバシャンドレだからこそ圧し掛かる罪悪感は他者の比ではない。
そのことを理解して、千香瑠は優しい声色で彼女を慰めた。
「大丈夫、誰もあなたを責めていないわ」
「でも、もし手元が狂ってたらあなた達を撃ってたかもしれないんですよ!」
「覚悟の上よ。たとえ命を落とす結果になったとしても後悔はしない。
それは彼も同じ気持ちだったわ」
「こんな私を、許してくれるのですか……」
「許すも何も最初から怒ってなんかいないわ
ですよね、瑶さん?」
千香瑠の問いに瑶も頷く。
悪意を持って撃ったのならともかく、学園の命令に従っただけの彼女に何を責めようか。
憤るべきは引き金を引いた者ではなく背後で唆した者、そのことをはっきりと伝えると少女はほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます、ちゃんと気持ちを伝えられてスッキリしました。
相澤さんは話を聞いてる感じがしなかったから怒っているのかとつい……」
「一葉は今いっぱいいっぱいだから、聞く余裕がなかったんだよ……
―――――――え?」
今、一葉の名前が出なかったか?
あまりにも普通に喋るから、とんでもない情報を聞き逃すところであった。
「「一葉(ちゃん)に会ったの!?」」
「え? ええ。
先日、夜遅くに任務から帰還した際、資料室へ向かうのをお見かけして……」
夜中に一人で出歩いた一葉が何をしていたのか?
もっと掘り下げようと少女に追求する直前――
開かずの扉に光が差した。
「「!?」」
「相澤さん?」
扉から出て来た少女の様相に三人は絶句する。
髪は至る所が跳ねていてボサボサ。
目の下には大きなクマができていてまるでパンダのよう。
服はよれよれでこの一週間ろくに着替えてないのが丸わかり。
極めつけは血管が浮き出たままの真っ赤な目。
一週間ぶりに見せた一葉の姿は、異常の一言では片づけられるものではなかった。
「一葉、この一週間何をしていたの?」
「…………」
瑶の言葉に反応して体を向けた時、足が絡まって思わず転びそうになる一葉を千香瑠が慌てて支える。
平時なら絶対見せないどんくささ、こんなに焦燥しきってるなんてやはり何かがおかしい。
「申し訳ありません。完全食だけの食事が思ってたより厳しくて。
栄養があるだけじゃだめだったんですね」
「どうしてお弁当に手をつけなかったの?」
「時間が無かったんですよ……箸を動かす時間も、咀嚼する時間も、私には惜しかった」
食事すら煩わしく思うほど時間を削って一体何をしていたのか。
二人の疑問に答えるように、かすれた声で一葉は囁く。
「今すぐミーティングルームに皆さんを集めてください……
これからヘルヴォルの今後について大事なお話をいたします……」
◆◆◆
招集により集められた瑶、千香瑠、恋花、藍。
一葉は準備があると言って一旦席を外している。
これから一葉が何を話すのだろうか。
いつもは活気にあふれているミーティングルームが四人に漂う緊張感で静まり返っていた。
「瑶達は一葉から何か聞かされていないの?」
「分からない、全員集まったら話すとしか言ってなかったから」
四人は不安だった。
この一週間一度も一葉と会っていないから今の彼女が何を考えているのか誰にもわからない。
元より突拍子もないことをしだす一葉のことだ、何を言い出しても驚かない覚悟はしているつもり。
だがそれも優に超えていくだろうという嫌な予感してならない。
各々がこれから始まる一葉の話に想像を膨らませていると、部屋に近づく足音が聞こえてくる。
音の主は間違いなく一葉だろうが、少し妙だ。
よく聞くと違う足音が一つ一葉の後をついてきている。
靴と床が接する音を極力抑えた、そこにいることを知られたくないような自信の無い足音。
ヘルヴォルの一大事に誰を何のために連れて来たのか、一葉の事がますます分からなくなってきた。
「皆さん、お待たせしました」
沈黙を破り、ミーティングルームの戸を開けた一葉。
恋花と藍は一週間ぶりに見た一葉の変わり果てた姿に驚愕し、すでに見ていた瑶と千香瑠は一葉が連れて来た意外な人物に驚いた。
「……ごきげんよう。
ヘルヴォルの今後を決めるこの会議、僭越ながら私も参加させていただきます……」
一葉の後ろにいたのはクエレブレの一人、霧崎アリエだった。
クエレブレを操る学園が始に重症を負わせたことへの負い目からか一週間近く姿を見せなかったが、どうやらその間に一葉とひそかに連絡し合っていたらしい。
「ご心配をおかけしてすみません。事が事でしたので情報の共有を最小限に留めておく必要があったのです」
「あたし達にまで隠して一体何をしていたの?」
「それは、こちらに目を通していただければ早いかと」
一葉が机に置いたのは、広辞苑と見紛うほどの分厚い紙の束。
全員が読み終わったら即座に焼き捨てるのでメモや写真を撮らず頭だけに焼き付けて欲しいと警告を受け四人は心して紙面を覗く。
表紙にはただ一言だけ書かれていた。
最早中身を読むまでもない。一葉の意思を知るには充分過ぎる7文字であった。
「あんた、大丈夫なの……?」
「過去の特型ヒュージ出現に関する資料から見つけた不審点やクエレブレのアリエ様から頂いたゲヘナに関する情報を掛け合わせて始さんが幽閉されいる施設を特定しました。
そこへ先制攻撃をしかけ、必ず助け出します」
「そんなことを聞いてるんじゃない!」
方法などどうでもいい。
聞きたいのはもっと根本的な部分。
全てのリリィが戒める”人間を襲ってはならない”という鉄の掟。
その禁を破りかねない作戦を立てた事を、一葉本人はどう考えているかについて問いたかったのだ。
「私もそれについては悩まされました。
うまく規則の穴を突く方法を必死に探りました。
必死に考えて、寝ずに考えて、一日中考えて……答えが見つからないまま三日が過ぎていたことに気付いた時……
「…………は?」
まさかの返答に、何も考えていない事実に恋花は開いた口が塞がらない。
「大義名分は終わった後に考えます。
最低でも私個人の暴走という位置づけで収まるようにしますので、他のリリィの方々の迷惑にはならないはずです。ご安心ください」
「……それのどこが安心だっていうのよ。要するに退学上等の特攻作戦じゃない!」
通りで今まで黙ってたわけだ。
こんな常軌を逸した作戦など話せるわけがない。
人間に手を出した前科者リリィを匿うガーデンは世界のどこにも存在しない、にも関わずゲヘナへの戦意を高める一葉はエレンスゲを、それどころかリリィそのものをやめる覚悟で始を助け出そうとしている。
「ふざけんじゃないわよ!」
もう二度とリリィになれなくても構わない、一葉の悲壮な決意に耐えかねた恋花は怒りのままに一葉の肩を掴み壁に押し付けた。
乱暴な行為に動揺を隠せない3人であったが誰も止めに入れなかった。
これから恋花が話す言葉はヘルヴォルのメンバー全員の代弁であったから。
「あんた分かってんの!? 自分がとんでもない犯罪をやらかそうとしているのを、それをやれば人間に歯向かった史上最悪のリリィとして未来永劫蔑まれ続けるのよ!
そうなればあんたはもう、まともな人生は送れないかもしれない!」
「そんな事承知の上です!」
そこから先は対話なんて言えたものじゃない、感情のぶつかり合いが始まった。
「夢はどうするのよ!? エレンスゲを変えるってあんたの理想、皆それを信じてついてきたのよ、それなのに!」
「だからこそ行かなきゃならないんですよ! 目の前にいたはずの少年一人救えないで何が学園を変えるですか! このまま始さんが研究者たちにいいようにされるのを黙って見過ごしていたら日の出町での誓いに嘘をつくことになる!」
「だからって……理想のために理想を叶えることを諦めるあんたなんて見たくないのよあたしは!!」
「…………」
「なんとか、言ってみなさいよ……!」
極端な手段に走るのを思いとどまらせようと激しい口調でまくし立てる恋花だが、彼女は分かっていた。こんなことをしても何も変わらない。
頑固で不器用、されど誰よりも清廉潔白で曲がったことが許せない。一葉の性格を知っていれば彼女がどう動くかなど分かりきっていたことだ。
残酷な世界でも犠牲が生まずにすませたい一葉の夢、それを叶えさせようと彼女についていったのは他でもない自分達である。
だからこれは望んだこと。どんな結末が待っていようとも始を見捨てず助けにいこうとする一葉こそ、恋花達がリーダーと認めた少女のあるべき姿。
故に止められない、止まって欲しくないとすら心の中では思っている。
始を助けたいのは、恋花達だって同じだから。
一葉の決意を何よりも望んでいたのは自分達だったということに気付くと肩を掴む力が弱まって床に落ちていく、相手を責める気になれず膝を折り一葉の前で項垂れる恋花がそこにいた。
「どうしてよ……」
止めらないから恋花は問うた。
なぜリリィであることを捨ててまで始を助けようとするのか、覚悟と真意を聞かずに作戦を認めることなどできなかった。
恋花の問いに一葉は答える。
「昔話をしましょう。
ここではない地球、遥か過去の物語を」
頭に流れ込んできた一万年以上の記憶に、今も根強く輝き続ける僅か一年の出来事、一葉が語るのはエースの思い出。
「巨人が地球を守るのは今回が初めてではないみたいです。
こことは別の地球にもウルトラマンは来ていたのです」
「その時もエースは地球で活動する為に地球に住む若者の体を借りていました。
その方達のお名前は北斗星司さんと南夕子さん。偶然にも私達と同じく二人組の男女だったんです」
「地球に迫る脅威にお二人は勇敢に立ち向かっていきました。
過酷な戦いを乗り越えて培った絆は宇宙と地球の距離を物ともせず変身できたほどでした」
「ですが、別れの時が来たのです。
実は夕子さんの正体は滅びた月の王女、故郷を失い彷徨う民を導くために彼らと共に安住の地へ向かわねばならなかったのでした……」
それから星司は一人で超獣達に戦っていった。
夕子が欠けた穴を星司とエースの二人で補い合っていく内に二人の心は同一化していき、最後には二度と分離できない域まで融合してしまった。
そうして星司は今もウルトラマンエースとして戦い続けている。
遠く故郷を離れても、過ぎ去っていく数千年が仲間との永遠の別離をもたらしても。
きっと後悔なんてしていないのだろう。記憶だけで直に感情が伝わらなくとも分かる、信念を貫き続けた結果に悔いを持たないことは一葉が一番よく知っている。
「だけど……もしかしたら、少しだけ心残りはあったんじゃないでしょうか?
ずっと隣で戦ってきた人が急にいなくなって何とも思わない人なんているはずがないじゃないですか」
「もし星司さんが夕子さんとの別離を悲しむ気持ちがあるのなら、私はその心に報いたい。
たとえ一か月の短い間でも、最後まで始さんと戦いたい。ウルトラマンとリリィ、どんな形であっても二人が離れることなく戦いを終えることで、過去とは別の可能性を見せてあげたい。
それを命を救ってくれたことへの恩返しにしたいのです」
なんという壮大な恩返しだろうか、その場にいる5人全員が圧倒された。
人やリリィに飽き足らず、巨人の心まで救おうとするなんて相澤一葉のスケールの大きさは留まることを知らないのか。
「以上の通り、今日話した作戦は私の個人的な感情から来ているものです。
ヘルヴォルの理念以外の要素が含まれている以上皆様を巻き込むわけにはいきません。」
「私が今日作戦を語ったのは、皆様についてきて欲しいという命令でもお願いでもありません。
これから私の都合でヘルヴォルが分裂してしまうことへの謝罪に来たのです」
「既に私とアリエ様は覚悟ができています。ですがリリィであり続けたいという意思は人それぞれ。
その思いを捨ててまでやりたいかことかどうかは、各々方の判断にお任せします」
一葉は仲間に選択を求めていた。
自分の意思で自由に決めた、決して後悔のない決断を。
そうやって選んだ決断なら、どんなものでも一葉は受け入れるだろう。
「この紙束を教導官に晒すって言ったらどうする?」
「構いません、むしろありがたいくらいです。
反対行動があったという事実があれば皆様が罪を問われずにすむのですから私は安心です」
教導官に明かすという絶対に取りたくなかった最後の手段でさえ暖簾の腕押し、もう何も言えないと恋花は押し黙り背中を向けた。
四人は悩む。
本音を言えば始を助けに行きたいのだが、リリィの掟、ゲヘナの陰謀、学園のしがらみ、複雑な事情が絡み合ってるせいで心で賛成していても知性と理性が邪魔をして思うように動けない。
だからこそ、最初に答えを出したのは藍だった。
誰よりも幼く状況を把握しきれてないが、それ故に今自分が一番やりたいことから決して目を背けない。
「らんは行くよ。この一週間ずっと練習してきた。
倒すだけの戦いじゃなくて守るための戦いを。
だから次はうまくいく、もう一度はじめを守る!」
「本当にいいの? これが終わったらもう二度と大好きな戦いができなくなるかもしれないんだよ」
「……それでも、かずはと離れ離れになるなんてもっと嫌だから
らん、難しいことはよくわからないけど、一葉と、皆と一緒にいたいもん!」
大好きな人と一緒に好きな事をやっていたい。
実にシンプル、故に力強い望みが佐々木藍を動かした。
二人の年下が自分の心と正直に向き合った。
ならば次はお姉さんの番だと、千香瑠が立ち上がる。
「私も一葉ちゃんについていくわ。
役に立てるか分からないけど、だからって何もしないなんて一葉ちゃんが信じている私じゃないから!」
自分で自分の事を信じ切れなくても、自分が信じている一葉が自分を信じてくるから”自”分を”信”じてを戦ってきたんだ。だから一葉が信じてくれる美味しい紅茶を淹れてくれる『優しいお姉さん』として一葉と共に戦おう。
芹沢千香瑠は自信を持って決断した。
恋花が未だ踏ん切りがつかぬ中、瑶はというとアリエの顔を見て彼女に覚悟を問いかける。
「たとえ裏切り者の汚名を被ってでも始を助け出したい。
それが、あなたが見つけたやりたい事なのですねアリエ様」
「ええ、彼と話して吹っ切れました。
辛い過去を背負っていても彼は自分なりに正しいと思う方向へ進もうとしていた。私もあの子に倣いたいと思ったのです。
私はあと数か月でリリィとして全盛期*2が終わります、3年間何も為しえなかったけど……最後に一つだけ、リリィになった意味を確かめたいんです」
負い目や罪の意識に足を取られることなく一人のリリィとして正しいと思うことを貫きたい、それが今の霧崎アリエを動かす原動力。
ずっと俯いて生きてきたはずのアリエが見せた前向きな姿勢に、始との再会が彼女に良い方向での成長をもたらしたと知覚して瑶の心は安心に満たされた。
「アリエ様の意思も確認した。
次はあなたの番だよ、恋花」
「なんであたしを見るのよ、瑶だってまだ何も言ってないじゃないの」
「私は恋花と同じ道を進んでいくことにするよ」
決意の丸投げではない、親友に合わせたいがための思考停止でもない、瑶が必死に悩みぬいて見つけた決して後悔しない選択がそれだったからだ。
「恋花だけが一葉についていかなかったら、恋花はまた一人になってしまう。
そんなの私は嫌だ。恋花にもうあの時と同じ孤独を感じて欲しくなんかない。
ずっと昔から決めていた、何があっても恋花の手を離さないって。だから、自分の思いのままに決めて」
過去の過ちを繰り返さないために、そして何より恋花の心に悔いを残さないためにも、初鹿野瑶は”自分で決断しない”という決断をした。
それは旧ヘルヴォルの全滅を恋花一人に責任を背負わせてしまったことへの数年越しのアンサーであった。
瑶に優しさが心にしみて瞳が潤う。本当に良い友達を持った、悲しいことが何度も起きるエレンスゲでも、瑶と出会えた事がこの学園に入って良かったと思える何よりの喜びだった。
「ありがとう」
伝えたい言葉は山ほどあるが今はそれだけで充分。これからもずっと会えるのならいつか全て伝えきれる日が来ると信じているから。
だから恋花は立ち上がった。瑶が側にいてくれる安心感でもう恐れるものは何もない。
「これがあたしの答えよ!」
脳よりも先に心が恋花の腕を動かす。
伸びた先で掴み持ち上げたのは、救出作戦の計画書。
「恋花さん、何を!?」
まさか本当に計画書を持っていくつもりなのか!? アリエは動揺で鼓動が早くなる。
アリエは焦った。
アリエだけが焦った。
唯一付き合いの浅いアリエ以外は皆、恋花の事を信じて疑わなかった。
「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃーーーー!!」
恋花は本をめくりまくった。
パラパラ漫画でも読んでるの……と聞きたくなるようなスピードだがこれでもちゃんと読めている。
文字の羅列がなす意味を一瞬で把握して次のページへ、それを脳と指の最高速度でやってのけているですごく珍妙に見えるのだ。
記憶力、理解力、想像力、考察力……戦術論を学びつくした恋花だからこそできる荒業を使い、数百ページにも及ぶ計画書の全貌をたった一分で理解してみせた。
そしてすぐさま計画の穴も見抜いて見せた。
「一葉! なんなのこの欠陥だらけのプランKは!? 確証のない推測を大前提に立てているせいで何もかもがあやふやでどんな事態を想定しているのか全く伝わってこないわ!
あとこのプランPも戦闘場所が室内であることが抜け落ちてるわよ! 跳弾の危険性を考慮してないの!?」
「す、すみません……何分徹夜だったもので、考えがまとまりきってないものがちらほらと……」
「ちょっと借りるわよ。急場しのぎの応急処置みたいなものだけど、このダメダメなプランをある程度使える感じに修正しとくから」
「お手を煩わせてすみません……え?」
あまりにも自然に話が進んだので思わず見落とすところだった。
恋花は今、計画書の中身を修正すると言った。だがおかしい、今まで彼女は作戦に消極的な反応だったはず。
かといって自分が行かない作戦の修正案を出すとも思えない。
それはつまり……
「こうなりゃ一蓮托生よ、もう二度と”ヘルヴォル”から人が消えるとこなんて見たくない。
終わる時は潔く、皆一緒に玉砕あるのみよ!」
「恋花様……!
「ま、あたしはまだ終わるつもりなんてないけどね~、もうすぐ好きなブランドから新商品が出てくるし駅前のラーメン屋さんが創業50周年記念で餃子無量にしてくれるらしいからまだまだ死ねないわよ~」
「最近勉強した、こういうの”げんきん”って言うんだよね?」
「そうだね藍、でもそれも恋花の良い所だと私は思う」
「人の幸せを守るのがリリィだから、まず自分にとっての幸せが何か知っておかなければならないですからね」
自分自身の幸せも知らぬ誰かの幸せも、全部ひっくるめて守り抜く、それが恋花の座右の銘。
悲しい過去を背負いながらも、今生きている事を実感して人生を全力で楽しむ飯島恋花は、何一つ諦めていない。
「だから皆も諦めないで。
ゲヘナと戦ったからって全てが終わるわけじゃない。百合ヶ丘には対ゲヘナ専門の特殊レギオンがあるって噂もあるしあたし達も何とかなるかもしれない……
望みは薄いけど最後まで抗って全部取り戻すよ。始も、ウルトラマンも、あたし達の日常もゲヘナなんかに奪わせたまるもんか!」
何もかも投げ出す覚悟を決めた悲壮な空気に恋花は光を灯した。
正にヘルヴォルのムードメーカー、幸せを決して手放さない恋花がいるから一葉達も希望から目を逸らすことなく前へ進めるのだ。
「ありがとうございます恋花様、私も夢を諦めません。必ずこの窮地を乗り切って学園を変えて見せると今一度誓わせてください!」
「そうその意気よ一葉、理想のために夢を犠牲にするなんてらしくない、理想も命も全部守り切ろう必死に足掻いて本当にやりきっちゃうとここそがあんたの長所よ。
ということで! 絶対に妥協しないあんたなら分かるわよね、これからしなきゃらないことが」
「は、はあ? 意思確認が取れた後にやるべきことなんて残っているのでしょうか?」
分かってないな~、と恋花はヤレヤレとした態度で眉間を揉む。
一葉は首を傾げただけだが、他の面々は分かっていた。
「あんた今しなきゃならないことそんなの決まってるじゃない……
ズバリ、それはっ!」
ビシッ! っとかっこつけて四本の指を一葉に向ける。
指はそれぞれ、ボサボサの髪、充血した瞳、へこんだままの腹、シワだらけの衣服を刺していた。
「あんたのそのだらしない恰好を全部! 元通りに戻すことよ!!」
ゲヘナへの殴り込みを目前にして一葉がしなければならないこと。
それは徹夜漬けの体と心を癒すこと。
恩田始救出作戦前夜、エレンスゲのトップレギオンヘルヴォル最後のミッションが始まった……!
◆◆◆
まずは入浴、冷えた体を温めボサボサの髪を洗い出す。
「今日はらんがかずはの髪を洗ってあげるね~」
「なんか新鮮だな、いつもなら逆なのに」
「ねえかずはー、シャンプーってどっち?
いつも任せてたからわからないや」
「横がギザギザしている方がシャンプーだよ……って藍、なにやってるの!?
ボトルを開けて全部かけようとしないで上を押すだけいいんだよ、ああ違うそうじゃない、いや飲んじゃダメお腹壊すよ!? って言ってるそばから寝ないでー!?」
余計に心労が増えた気もするがなんやかんやできれいさっぱり貯め込んでいた汚れを落とすことができた。
入浴が終わりすかさず就寝、温まっている内に床に入り質の良い眠りを狙う。
「睡眠は大事、横になって目をつむるだけでもかなり回復する」
「それは存じ上げますが……瑶様、なぜ枕のあるはずの位置で正座しておられるのですか?」
「私が、『枕』だよ」
さもそれが当然のようにぽんぽんと太ももを叩いて誘う姿に、一葉は困惑を禁じえない。
「ちょっと恥ずかしいというか……ずっと正座していたら足が痺れ大変じゃないかなというか……」
「一葉、それ以上拒むと、今度は『お布団』になる」
「し、失礼いたします瑶様!」
事態がややこしくなる前に太ももへ飛び込み、一葉は藍が度々瑶に抱き着いていた理由を垣間見た。
「(な、なんという眠り心地でしょうか!
太ももの程よい柔らかさのおかげで頭が眠りやすい位置まで沈んでくれるほのかに伝わる体温が眠りというある意味では孤独な状態に染み渡って安心感を与えてくれるそれになんかすごいいい匂いどんなシャンプー使ってるんですかそれともリンスが効いているんですかすごく気になるん後で起きたら教えてくださいああもうなんという極楽例えるなら天気のいい春の原っぱにピクニックにいってるようないやそんな例えではこの極楽の一割も表現できていない大きなゆりかごに揺らされているような母鳥の羽毛に抱かれている雛のような無重力空間で体中のツボというツボをいっぺんに押されたようなもう言葉で表現するのもおこがましいくらいの幸せ!枕でこれなら、枕”だけ”でこれならその先にはいったどんな天上が待ち受けているのか探求心が止まりません!)瑶様! 『お布団』を所望してよろしいでしょうか!」
「いいよ」
「ありがとうござくかーZzzzzzz……」
相澤一葉、熟睡……!
次は食事、寝ている間に腕によりをかけてこしらえた料理がテーブルを覆い尽くす光景は圧巻。
「さ、召し上がれ。シチューはおかわりし放題よ、あなたの大好物でしょう?」
炊き立てのいい匂いに思わず涎がこぼれる。完全食しか入っていないすっからかんな胃袋にチキンを放り込みたい気分だが、思うように手が動かない。
この一週間弁当を拒み続けた自分の為にまた料理を振舞ってくれる千香瑠に喜びよりも負い目が先走ってしまう。
「怒って……いないのですか?」
「ええ怒っているわ。食べ物を粗末にするなんてそんな子だとは思いませんでした」
「……すみません」
「だから、今日は残さず食べて。無理に飲み込まず、ゆっくり噛んで、味と栄養を味わってね」
「分かりました、米の一粒も残さず全部平らげて見せます!」
「違うでしょ、ご飯を食べる時は分かりましたじゃなくて『いただきます』、ね」
両手を胸の前に合わせて『いただきます』
料理を作ってくれた人に、料理になってくれた食材に、感謝と尊敬の念を噛みしめて一葉は咀嚼し、これから為すべきことへの力を蓄えていった。
そして最後の準備、それはリリィにとって最も重要なこと。
「本当にいいのでしょうか、こうしている今も始さんは苦しんでいるのに、こんなことにまで時間を使って」
「ちょっと一葉、あんまり頭を動かさないで私も慣れてないんだから、丸刈りになっても知らないわよ~」
一葉は恋花の手ほどきで『身だしなみ』を整えていた。
「”リリィはいついかなる時も身だしなみはきちんと”ってやつよ。
考えてもみなさいよ、洗ってないくっさ~い服を着たやつに『助けに来ました安心してください!』って言われる始の気持ちをさ」
「それは……確かに反応に困っちゃいそうですね。ちょっと距離を取られたら悲しいです」
リリィは可憐で強くあらねばならない。
戦う度に服も体もボロボロになっていく守護者の姿を見て人々がどうして安心できようか。
明日があるかも定かではない世界だからこそ、必ず敵を倒し、それでいて衣服に一部の乱れもない美しき姿を見せつけ人々の希望となる義務がリリィにはある。
「だからこれも大事なことなの。
これからリリィとしての最後になるかもしれないならそれに相応しく流麗な出で立ちを整えるのが筋ってもんじゃない?
形から入るってのはファッションの第一歩よ」
「なるほど、プロスポーツ選手の中にはユニフォームを変えるなどして気持ちを切り替えるスイッチングウィンバックなる儀式を持つ方も少なくないと聞きます。
普段とは違う物を身に着けることで意識を集中させ結果的に士気向上に繋がると、そうおっしゃりたいのですね!」
大分、というかかなりズレた解釈をされたが概ねその通りなので恋花は眉を下げながら肯定した。
ならば善は急げだと、ヨレヨレの制服を脱ぎ捨てた一葉は控室のタンスから代わりとなる制服を取り出す。
「あんた、”それ”で行く気……?」
「むしろこれ以外ありましょうか? 私達の未来を勝ち取る決戦に相応しい制服となればこれほど適したものはないはずです」
ヘルヴォルにおいてこれ以上のスイッチングウィンバックはあり得ないと強い確信を持って一葉は、エレンスゲ通常制服の白い袖とは対照的な、『黒い袖』に腕を通し始めた。
◆◆◆
レギオンに所属するリリィには通常制服の他に、そのレギオンの所属であることを示す独自の隊服が与えられる。
通称レギオン制服と呼ばれるそれは、エレンスゲのトップレギオンたるヘルヴォルも当然持っている。
正式名称”エレンスゲオーダー”
黒を基調とした威厳溢れる装飾とマント。
学生服よりも軍服に近いその制服を今、ヘルヴォル全員が身に着けていた。
「この隊服着るのっていつ以来だったっけ?」
「確か一葉ちゃんが始さんに会った日が最後だったはずです。
竜駆の皆さんが辛いこと思い出しそうだからと一葉ちゃんが気遣って着るのを控えていたんでしたね」
「制服、ありえのだけちょっと違うね」
「当然でしょ違うレギオンなんだから。
というかクエレブレの隊服着て行くつもりなんですねアリエ様……」
アリエが着ているのはエレンスゲオーダーから一部装飾を取り外してシンプルなシルエットに変えたようなクエレブレ専用の制服。
エレンスゲ負の象徴たる真紅の隊服に身を包んでエレンスゲに歯向かいに行くというのは少し皮肉だ。
「ご安心ください。機能性を重視した結果通常制服から着替えただけですよ。
クエレブレの……いや、
禁じられている2位の本名を口にしているあたり、彼女の決意は本物のようだ。分かりきっていたことだがはっきりと意思を示されて安心した。
チャームもクエレブレによって改造されたダインスレイフも捨てて、急ごしらえの手作りチャームに持ち替える徹底ぶり。
逃避のつもりだったアーセナルへの転属がこんな形で役に立つとはアリエ自身も驚いていることだろう。
「私はこの場にいる誰よりも弱い。自虐じゃなくて客観的事実として、3年間まともに戦っていない私が死線をくくりぬけて来たあなた方よりも強いはずありませんから。
皆様の足を引っ張らないためにも、高い下駄を履く必要があるのです」
アリエの握り拳からカチャカチャと金属が擦れる音がする。
リリィバトルクロス
それがアリエが身に着けている防具の総称。
チャームをマギで操る応用で部分的な強化を図る目的で作られた追加装甲の腕部分だけをアリエは今装備している。
マギを消費が早くなるため継戦能力が低下することを気にしてあえて身に着けないものを多いバトルクロスだが、アリエはそれを承知の上で装備した。
アリエのレアスキル”テスタメント”の欠点、マギでできた防御障壁の減少を補ってくれる相性の良い防具だからだ。
戦力の劣る自分が役立つにはテスタメントの一点集中しかない、デメリット多きスキルでも連発して仲間をサポートしてみせるという気概がその姿だけでも充分に伝わってきた。
「使える物は何でも使う、利用できるものは全部利用する……始さんを助け出して見せますよ。
例えどんな汚い手段を使ったとしても……」
「ちょ、ちょっとアリエ様キャラ変わってません?
今のセリフ悪役みたいでしたよ……」
「ふふふ、元より善人だと思ってませんから。
中途半端な善よりも振り切った悪のほうが強かったりしますよ?」
「おお~、よくわからないけどありえかっこいい~」
この前までとは雰囲気がガラっと変わったアリエに藍以外は戸惑う。
あまりに変化が激しいものだから、逆にこっちこそが本来のアリエなんじゃないかとすら思い始める。
優しい少年だった始が惨劇を経て暴力性を獲得してしまったように、元々持っていた目的のために手段を選ばないエレンスゲの価値観と惨劇の後で得た自虐癖が混ざり合って今のちょっと変なアリエを形作っているのではないだろうか。
いわば”新”霧崎アリエ。
惨劇の過去を完全に乗り越え前に進む決心をした証だと思うとこの変化も良いものに見えてきた。
「さて皆様、準備はよろしいですね」
アリエの問題も済んだことで次こそ本番、救出作戦を直前としたラストミーティングが一葉の掛け声によって始まった。
「皆様の意思は昨日お聞きしたばかりですが念のため、今一度だけ確かめ合いましょう。
何のために、どのような意思を抱いてこの作戦に臨むのか、お聞かせください」
そう問いかけて一葉はブルトガングを前に差し出す。
こんなマンガみたいなベッタベタの意思表明する奴いるんだ……ちょっと引いたが恋花はすぐさまヴルンツヴィークを合わせた。
ヘルヴォル結成以来の大一番、少しクサいくらいが緊張感がとけてちょうどいい。
「そんなのずっと前から決まっている。
『皆の幸せを諦めない』ためよ!」
副隊長の恋花に続けて次々と仲間達がチャームを合わせていく。
「『愛すべき友を見捨てないため』」
「『私を信じてくれた人達のため』」
「『皆で美味しいたいやきを食べるため』」
「『もう二度と後悔に縛られて生きないため』」
皆がそれぞれの思いを語った。
最後は一葉が決意を表す番だ。
「この世界は残酷です。暗く強大な力に締め付けられ、誰もが苦しんでいる……」
「過去の失敗を後悔して、自分の気持ちを押し殺してきた人がいた」
一葉は恋花の顔を見た。
「親友の苦しみを分かち合えず、歯がゆい思いで生きていた人がいた」
一葉は瑶の顔を見た。
「自分に自信が持てず、不当な評価を受けた人がいた」
一葉は千香瑠を見た。
「狭い世界に閉じ込められて、束縛され続けている人がいた」
一葉は藍を見た。
「犯した過ちが大きすぎて、何もできなくなった人がいた」
一葉はアリエを見た。
「母を失い、数奇な運命に翻弄されている人がいる」
一葉は窓の向こう、始が捕らわれている研究所に目を向けた。
「ですが私達は屈しない! 過去にいくつもの悲劇を抱えようとも、皆で生きる明日を作り出すことを諦めない!」
「始さんの命を救うことが世界の正義に反することだとしても!
世界に叛逆してでも私達の信念を貫くのみ!」
「叛逆の末の運命が私達の終焉だとしても!
そんな運命は塗り替える! もう二度と塗り替わりようのないほど強い黒色で!」
「私達は取り戻して見せる! もう一度皆で笑い合える日常を!
私達はつかみ取って見せる! 皆が後悔することのない未来を!」
決意表明もクライマックス。
一葉がブルトガングを上に上げるのに応じて5人もそれを追う。
宙の一点に6つのチャームの切っ先が集まっている。まるで皆の心が一つになったことを示すかのように。
ヘルヴォルの五人にクエレブレのアリエが加わった今、この集団はヘルヴォルとは呼べない。
ならば新しい名前が必要だろう。
彼女らの目的と理念を、一目見ただけで分かる簡潔な名前が。
「行きましょう皆さん! ゲヘナが勝手に決めようとしている運命を『黒』く塗りつぶし、世界を思い通りにできると自惚れている彼らに『叛逆者』の存在を知らしめるために!!」
「ヘルヴォルクエレブレ連合レギオン出撃!
オペレーション名は……
黒きレジスタンス!!」
連合レギオン『黒きレジスタンス』
その最初で最後の戦いが始まろうとしていた。
◆◆◆
ここはどこだ? 意識を取り戻して早々頭に過ぎったのは疑問であった。
確かゼットンを倒した直後に飛んできた熱線からヘルヴォルを庇い、全身を撃ち抜かれて視界が真っ白になってそれで……
(こういうの前にもあったよな……)
あれはエースの意思とコンタクトを交わした時、インナースペースに迷い込んだ感覚と似ている。
ということは今度も同じかと思い、周りを見回すが前見た光景と全く違う。
地面に足をつけてる感触がある、青以外にも複数の色がある、何かを焼く音が聞こえる、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。無重力空間に放り込まれたようなインナースペースには無い現実的な感覚がそこにはあった。
この場所がどこかは分からない、だがここがどういう場所かは理解できる。
それは、どの町でも見かけるありふれた店。
「パン屋か? 俺今パン屋にいるのか?」
壁や机にたくさんのパンが並び、奥に大きな竈が見えるそこはパン屋以外のどこでもなかった。
自分が今いる場所を理解したのに、いや、理解したからこそ、始の頭を困惑が埋め尽くす。
熱線でハチの巣にされてたと思ったらトングを片手にパン屋で佇んでいる。
途中のページを破り捨てたマンガのように前後の繋がりが全く感じられなくて余計に混乱する。
今度こそ本当に死んであの世に行ってしまったのかとさえ錯覚しようとしていた所に、奥の方から声が聞こえる。
「ちょっと待ってくれ、あと少しなんだ。もうすぐとっておきの美味しいやつが焼き上がるぞぉ」
茶目っ気のある年老いた男の声が聞こえて来た。振り向くと声の主と思われる老人が竈の前でパンとにらめっこしている。
「驚いただろう、前と違って。インナースペースは個人の精神を元に作られる世界。
時として夢や記憶が作用して他とは全く違う景色を作り出すこともあるんだよ。
『お腹を空かせた子供たちに腹いっぱいパンを食わせてやりたい』という、巨人と融合する前に夢見ていた、巨人になった今ではもう叶うことのない、俺の思い残しさ……」
そういうことか、始は状況を理解する。
かつて自分のインナースペースにエースが入ってきたのと同じで、今度は自分がこの老人のインナースペースに入ってきたことに気付いた。
彼の声には聞き覚えがあった。一か月前とは声色も姿も違っていたので思い出すのが遅れたが間違いない。
この男から発せられる声は、一か月前に聞いたエースのものと全く同じ声質。
「あんたは、まさか……」
「君の思う通りだよ。
俺は
男の指には始と同じリングが二つ。
巨人の精神世界で今、時を超えて二人のエース変身者が向かい合っていた。
『黒に染まらず』自分の正義を貫くための白 アイアンサイド
歪んだ環境と運命を『塗り替える』ための黒 ヘルヴォル