少女の放った自分は直人であるという旨の言葉を一旦脳内で反芻してみる。
しかし、一体全体どういうことなのだろうか。
3日間休んでた親友が、学校で会ったら美少女になっていた。そんなことが有り得るのだろうか。
もし、この一連の出来事を他の人から語られたとしても、それはそいつの空想としか解釈できないだろう。
しかし、目の前で渾身のドヤ顔を披露している少女は紛れもなくそこに存在しており、直人のような態度で俺に接してくる。
一度混乱した頭を整理する目的で、再度確認する言葉を発する。
「そうか、本当に直人なんだな…」
それを聞いた少女は嬉しそうな顔を浮かべ、いかにも男好きのする声色で言葉を返す。
「ふふっ…だからそうだって言ってるじゃん♪」
やはり、本人の言からするに「そいつ」は直人で間違いないらしい。やっと俺の頭にも、この少女が「直人」であることがなんとなく認識できてきた。すると、今度は別の疑問が浮かんでくる。至極当然、その過程である。
「なにがあったら女の子になるんだよ…」
これを聞かれた直人は少し言葉に詰まっているように見えた。もしかしたら、思ったより事態は深刻なのかもしれない。そりゃ、突然性別が変わったんだ。かなり危険な事件に巻き込まれている可能性もある。
しかし、まあ、あいつのことだ。話したいことがありすぎて何から語ろうか考えているだけの可能性の方がよっぽど高い。証拠に頬の端が少し持ち上がっている。つまるところ、ニヤついている。やはり、心配は無駄だろう。
「うーん、なにがあったかぁ…それはね…」
直人が答えようとしたところにチャイムの音が飛び込んでくる。
朝のHRの合図だ。それから程なくして、教室の扉がスライドする音が鳴り、担任の間延びした声が耳に届く。
「HR始めますよー」
どうも時間切れらしい。直人は男の時に使っていた自分の席をちら見した。
「あはは…先生来ちゃったから、続きはまた後でね」
直人は大人しく自分の席に帰っていった。仕方ない、追及はまた後にして、いつも通りのHRに臨もう。そう考えていると、耳に響いた担任の声は少し真剣味を帯びているみたいだった。
「今日はみんなさんに連絡事項があります。」
一気に教室が静まりかえる。先生は直人と目を合わせたあと、コクりとうなずいてから声を発した。
「旭さん。」
「はいっ!」
呼び掛けられた直人はハキハキとした返事をした。そして、立ち上がると黒板の前まで歩いて行き、こちらを振り返る。その風貌は、直人とは分かっていてもただの美少女にしか見えない。あれ?というか、この流れはアニメでよく見た覚えがある。そう、転校生の自己紹介の下りみたいだ。
「見ての通り、旭さんは女の子になりました。」
教室がざわつき始める。そりゃあ理解できないだろう。ファンタジー好きな俺だってそうだったんだ。
「みなさんも驚いているとは思いますが、一番驚いているのは旭さん自身です。性別のことで馴染めないことが多々あるかと思います。ですので、みなさんでサポートしてあげて下さい。」
「よろしくお願いします!」
担任は担任の鑑のようなことを言い、直人の挨拶をもって朝のHRが終了した。しかし、そんなことを今話したら皆授業に集中できないのではないだろうか。
やはりというか、みんなうわの空のまま1限目の授業が終わった。
2限目までの休憩中、直人に話しかけに行こうと思ったんだが、言うまでもなくクラスメイトからの質問攻めにあっていた。場を改めようとは思ったが、俺も女の子になった理由が気になる。一応は話しかけにいく。
「直人、本当に何があったんだあの3日に。」
「やー、いろいろあってね。」
どうにも要領を得ない返しである。クラスメイトにもだいたい同じ返しをしているのだから、あまり語りたくはないのだろうか。そう思っていると、耳元で囁かれた。
「詳しくは放課後また話すから。」
そう言った直人をもう一度見たときには、クラスメイトの質問に耳に傾けているみたいだった。そうか、仕方ない、放課後まで待つとしよう。俺はそう誓った。
それからの休憩時間中、直人はほとんど質問攻めに合っていた。なんとか昼休憩には一緒に飯を食べたが、女の子になった理由を聞こうとするとのらりくらりとかわすのだ。あくまで放課後にしか話す気はないらしい。そのため、その時は、他愛のない雑談をした。俺と直人とのいつも通りの雑談だっため、直人であるという確信がより強まったのは収穫なのだろうか。
帰りのHR終わりのチャイムが鳴り、いよいよ放課後である。ちらっと目線を送ると直人の方から歩いて来る。
「よっ!」
「よう」
さあ、話してもらおうか。
そう思いながら直人の方を見ると、教室を見渡している。やはり、あまり他人には聞かれたくないのだろうか。
「ここで話すのもなんだし、帰りながら話そ?」
そう言われ、特に文句も無い俺は帰り道に話してもらうことにした。
ある程度学校からも離れた頃を見計らい、俺はずっと気になっている疑問を口にすることにした。
「で、結局あの3日に何があったんだ?」
やっと答えが聞ける。そう思っていると、直人はなぜかニヤついていた。
「そんなにがっつかないでよー♪そんなにボクに興味津々?♪」
「なっ…」
この調子である。こっちは心配して聞いているのに、案外余裕なのか。しかし、やはりその美少女顔でそう言われたら破壊力がありすぎてこちらとしても反応に困る。
「あはは!悪い…悪い…ちゃんと話すよ、もう…」
俺の真剣な雰囲気を察してくれたのか、直人は事の些末を話してくれた。
朝起きたらなぜか女の子になっており、1日目はそれで放心して引きこもっていたこと。2日目以降は病院での検査や戸籍の確認などを行っていたことを語ってくれた。
「女の子になった理由はオレにもよく分からないんだ。」
当人にも心当たりが無いらしい。まさしくファンタジーのような出来事が起こったみたいだ。疑問が解消されると同時に、今までの態度で不自然なところが思い浮かぶ。
「あれ?クラスメイトにも適当に答えてたよな?理由が分からないならそう言えば良くね?」
「いやー、理由無しで信じてくれるとは思えないからねー」
直人なりに考えてはいるらしい。確かに理由は無いと言われたらそっちの方が気になってより追及したくなってしまうだろう。それよりははぐらかされた方がよく分からないってだけで済むのかもしれない。
「それにぃ♪」
色々と考えていると不意に直人の声が届いた。
直人の方を見てみると、滅茶苦茶に口角が上がっている。
嫌な予感がする…。
「はぐらかされて、お預けされてる君、犬みたいでめっちゃ面白かったから♪」
「は?」
どうにも直人らしい理由だった。というかどう考えてもそちらが目的でクラスメイトに適当に答えていたようにも思える。前々から人をよくおちょくってくる男だったが、転性して出会った初日からかましてくるとは思わなかった。
思わず言い返しそうになるが、ぐっとこらえる。それでは「あいつ」の思う壺だからだ。だから、他に気になっていることを聞くことにした。
「ふぅ…それで…大丈夫なのか?体調とかは。」
「もうノリ悪いなぁ…大丈夫だよ?女の子になっただけだし。」
直人はノってくれない俺に少し不満そうだ。まあいい。それに、「女の子になっただけ」と言ってるしあまり心配するのも無駄になりそうだ。
「しかし、女の子ねぇ…外見だけだと確かにそうだけど…」
未だ納得し切れないため思わずそう口にしてしまった。すると、
「ふふっ、どう?確認してみる?」
そう言った直人は俺の手を取り、程よく実った胸部に押し付けようとする。
「ちょっ!なにすんだ!」
俺は、その果実に触れる直前でなんとか手を払いのけた。これもからかいの延長なのか?
「ぶー、折角触れるチャンスだったのに勿体ないなぁ、もう♪」
どうにもそうだったらしい。しかし、変わった性別まで武器にしてくるとは、あいつのからかい欲も相当なものらしい。この適応力というかなんというか、男子三日会わざれば刮目してみよとはこのことなのだろうか。まず男子ですらないが…
気を取り直して、今一度、「そいつ」こと直人のことをじっくりと観察してみる。さらさらの黒髪、それが腰まで伸びている。顔立ちも可愛い系の顔をしており、どこからどう見ても美少女である。男の頃からの名残はあの勝ち気な瞳と男子制服くらいか。
「どうした?じっと見つめて」
視線を送り過ぎてしまったのか、気付かれてしまったみたいだ。
「ふふっ♪ボクに惚れちゃだめだぞー♪」
「…っ」
そう言った「あいつ」は満面の笑みを咲かせた。大輪の花と称されるようなそれだ。
しかし、俺からすれば、その笑顔はどこか見ていられないような気がした。