トレセン学園は今日も鬱世に踊る   作:おおおユウゴ

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ゴールドシップが僕の初めて(のウマ娘)です。


第一幕第一節 無意志的記憶の継承者

「ずいぶんとその姿も似合うじゃないか。馬子にも衣装ならぬ、馬夫にBUFF(バフ)……といったところかな」

 

 そういって彼女──トレセン学園生徒会長たるウマ娘、シンボリルドルフは彼女の玉座たる革製の椅子に優雅に、かつ悠然と腰掛けつつ、そのほそやかでありながらも色白な玉の肌をした指をその艶やかな唇へとつたわせ、くくくっ、と漏らすように笑ってみせた。

 

 一部の生徒からはまるで聖域同然にあつかわれている、この生徒会室という場所にわざわざ彼女が俺のことを呼びつけたのはこのためであったのか──うまいギャグを思いついて、それを誰かに聞かせたかっただけに違いない。そのギャグが俺という人間がいない場所では成立しないから、俺をここへと呼んだにすぎないのだ。

 

 そう思い、思うとだんだんむかっ腹がたってきた。

 俺は自分が圧倒的上位にあると自覚している女がどうにも好きになれない。いや、なら旧態依然たる夫の三歩あとにつづくような大和撫子が好きかと言われても、そういうわけではない。むしろ女の子のことを自分の所有物のように扱う傲慢さに嫌気がさす。ではどんな女が好きなのだというのなら、答えよう。

 

 俺は女が嫌いだ。もちろん男が好きというわけでもない。

 だが実際問題、今の俺が──トレセン学園の紫がかった青、あるいは薄紺を基調とした胸元にやはり紫をしたリボンのあしらわれた、白いスカートにその裾にまたも紫の帯の入れられている、そんな制服を着ていること、そうして実際に、生物学的にも女子たる肉体をしているという事実に基づくのなら──そういう、男が好きであるという言葉をもし仮に吐いたとしても、すくなくとも社会的には赦される。そのはずである。

 

「会長。またエアグルーヴさんのやる気が下がる。あなたは少し自重してもいいと、俺は思うね」

 

 俺はまだ慣れない身体を、その喉を、声帯を、そうして口をうごめかしてようやく何とか、そう言ってのけた。

 正直なところ、今の俺は不機嫌である。自室の(これまた、数日前に越してきたばかりの不慣れきわまりない部屋であるが……)ベットに横になり、ずーっと、一・二ヶ月あたりは布団にくるまっていたい──そんな気分なのだ。

 もっと言えば人と話したくない。関わりたくないのだ。今だって話す言葉の節々に毒々さがにじみ出そうなのを、淡泊さを装って誤魔化してすらいる。

 頭痛がするのである。偏頭痛やもしれぬ。それでいてやせ細っている癖して腰は痛むわ、薄っぺらいはずの胸には謎の緊迫感があるわ……。もしや性転換して数日足らずというのに、俺の乳房はすでに成長し始めたのであろうか、女に成ったその日にすこしばかり悪戯心をはたらいたのが悪かったのであろうか。

 とにかく、いろいろとダルい。かったるくて仕方がない。寝たい。

 

「……ずいぶんと悩ましげだな。キミというヤツは男であった頃からいっつも思い詰めているような顔をしていたが……。ふむ」

 

 そう言いつつ彼女、【皇帝】シンボリルドルフは自身の玉座より立ち上がり、生徒会長の机の御前に立ちぼうけなままであった(気がはいらず、ふとぼんやりとしていたのだった)俺の方へと、かつかつ、という気品ある歩みで近づいた。そうして俺の後ろへと、難なく回り込んで見せた。

 

 そうして、女となってみれば彼女よりも頭一つ分は背の低い俺のことを

、後ろからややかがむ込むようにして包み込むように抱きしめてきた。

 

 この状況はいったいどうしたこつぴうんたいい(混乱)

 

 俺は「ひゃん!?」と甲高い、らしからぬ声を上げ、直ぐにそれを恥じたが、それにも関わらずシンボリルドルフはその長くしなやかな、制服のなめらかな生地による長袖に包まれた両腕で俺の首元を擁し、そのまま両手それぞれで下顎を支え持つような手つきのまま、その指先で俺のニキビというニキビがきれいさっぱりと消え失せてしまった頬をふにふにと弄んでみせた。

 同時に彼女は俺の耳元にその唇をよせ、おもしろ可笑しそうに、ふぅっ、とその息を吹きかけてみせた。その凛々しく、かつ優美な整った横顔に仄かな竜胆色をした瞳がどこか愉快そうに輝いている。

 よい香りがする。ストイックでありながら、軽やかで、鮮やかな──そんな少女の香りだ。

 自分のぼさぼさ気味の髪の毛と、彼女の流麗にして整えられたそれがふれあう感触すら分かってしまう。

 

 俺は思わずぎゅっと目をつぶり、身を縮こませた。女々しいかな、知らず知らず己の両の手は自分の身体の前で、許しを乞うかのようにきゅっと握りしめられていた。

 すると彼女──シンボリルドルフは俺が狭めた面積を彼女が占めようとするかのようにその身をさらに密着させてきた。やせっぽちな俺の薄い皮と肉に包まれた肩甲骨あたりに、彼女の胸元が、やわらかで、おおきなそれが押し当てられ、ブラジャーか何かのしなやかな感覚越しに、むにゅりとするのが分かった。俺の肉の少ない尻に彼女のゆたやかな太ももの肉があたり、お互いにそれぞれなりの柔らかさをもって受け止めあうのが感じてとれた。

 

 そうしているうちに彼女の両手は俺の胸元、あるいは腰へとうごいてゆき──

 

「し、シンボリルドルフッ」

 

「おや、やっと名前で呼んでくれたか──これは失敬失敬」

 

 ──そのまま、あくまでも優しく、壊れ物でも扱うかのように、素っ気なく撫でおろすに留めた。

 

 そうして、彼女はやはり素っ気なく俺から離れ、生徒会室の脇にあるティーポットやなにかのお茶葉(ちゃっぱ)のパッケージやら、お茶菓子やらといった物々がおかれた机の方へと向かっていった。

 

 そうして、俺に背をむけたままその耳としっぽをピョコヒョコとさせつつ、何げなしに言うのだった。

 

「──エアグルーヴのくれたハーブティがある。それを飲んで、今日は帰りたまえ、呼びつけて悪かった。まさかキミの憂鬱が()()()()理由だったとは……。私たちウマ娘にとってみれば大したものではないのだが、君たちのような人間にしてみればかなり辛いと言うからね」

 

 そういって、いまだ混乱気味のまま意味もなく胸元と尻を自分の手で押さえる俺に振り向き、至極申し訳なさそうな顔のまま言葉を続けた。

 

「テイオー、君と()()は同じ寮だっただろう。すまないが覗き見ついでに彼女を送っていってはくれないか」

 

「ピぇ゛ッツ……」

 

 そんな声が俺の背後から、いつの間にかに、ほんの僅かに開かれていた生徒会室の青黒の重厚なる木の扉の裏から聞こえた。

 

「ハーブティ、一緒に飲もうか。トウカイテイオー」

 

 俺も何かを誤魔化すように、負けじと可愛らしい闖入者(ちんにゅうしゃ)にそう声をかけた。

 

 

(ーーー)

 

 

 エアグルーヴ副会長──【女帝】たる彼女が一から育て、作り上げたというハーブティはまさに絶品であった。生徒会室にあった英国ビクトリア朝風のカップ一杯分のそれを飲み終えるときにはすでに、何とも言い難い多幸感が俺の心の奥底にはあった。またあの冷静(冷酷ではない)瑰麗(かいれい)たるエアグルーヴ副会長がこのようなものを!! そう思うとどうにも微笑ましかった。

 

 また俺がこのたび初めて言葉を交わすことになったトウカイテイオーたる少女──評判ばかりを聞き及んでいた、いわく自信家であり、またそれに値する才媛たるウマ娘──との会話もある種のセラピーじみた物があった。

 

 くちさがない者がいうところの、「万年鼻づまり」なその声は、実のところは非常に可愛らしく、彼女の無邪気な話ぶりをとてもよく引き立てるのであった。この声が俺を狂わせるのである。

 

 気づけば、俺はその声──とくに笑い声を聞きたいがために、トウカイテイオーに向かって遮二無二話しかけてみていた。

 

「じゃあさ、トウカイテイオー。お前さんはその……、そのだね、ええと」

 

「なぁに? ボクに聞きたいコトでもあるの?」

そう、やや不機嫌そうな声が返ってくる。

 

 ──ああ悲しいかな、当のトウカイテイオーは彼女が憧れとしているらしいカイチョーこと、シンボリルドルフにばかり話しかけて、それでいてシンボリルドルフから何か一言言われるたびに嬉しそうに、心底嬉しそうにまばゆいほどの笑顔を見せるのである。つまり俺など彼女の眼中には微塵もない。

 

 いや、むしろ微塵としてその目から除かれている節すらある。目に入るのがウザったらしいといった具合である。虚しい。というか悲しい。

 

「──ねぇ、カイチョー。この子さ、ウマ娘じゃないよね。なんでここにいるのさ?」

 そういいながら、トウカイテイオーは怪訝そうに(ようやく!)自分から俺のほうを見てくれた。

 

「うん? ああ。その()はな、そう、そうだな……テイオー、隠し事はできるかな?」

そう少しばかり愉快そうな色をその目に宿らせて、シンボリルドルフはいう。

 

おおい、やめろやめろ。そう目でにらみつけるように念というやつを送ってやるも、カリスマ生徒会長様はこともなげな、むしろますます愉快といわんばかりにその双眸を細めた。

 

「その娘はね、テイオー。一度死んだのだよ」

 

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

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