(´ω`*)なんでも許せる方は頭を空っぽにしてお楽しみくだしゃー。
夜半もとうに過ぎ去り静まり返ったトレセン学園の中で目の前に流れるデータの数々と膨大に積み上げられた資料のファイルを何度も見比べながら真っ黒になるまで走り書きが書き込まれたルーズリーフ。それらが部屋中に散乱している中で最後の一枚を書き殴った所でペンをほおり投げて深く息を吐いた。
目の奥がジンジンと熱を持ち、頭は詰め込まれた情報と思考で溢れクラクラする知恵熱特有の奇妙な感覚を和らげるためお気に入りのコーヒー缶で糖分補給をしようと試みるが響くのは”ずずっ“という音ばかり。
既にタワーとなった空き缶の最上段にソレを積み重ねて新しいモノを開けようと手を伸ばした時に―――
「夜勤届も出さぬ深夜残業は規則違反だと知っていたかい?」
「ソレを言うならこんな時間まで生徒が校内にいるのも問題だろうが」
背後から掛けられる聞きなれた相方の声にいつもの軽口で返せば“私は生徒会の見回りさ”なんて減らず口が返ってくるのだから可愛くない。
昔は俺が揚げ足を取るたびに詰まったり、しどろもどろになったりと可愛げがあったのだが何処かの誰かのせいですっかりと屁理屈の捏ね方と面の皮の厚さが増してしまったらしい。
呆れの溜息を漏らしている俺に可笑しそうにクスクス笑いながら彼女“ルナ”は伸ばしかけていた俺の手に温いミルクティーの缶を握らせ、興味深げにパソコンの画面を覗き込む。
「ふむ、君の眼が鈍っていないかどうか心配で顔を出してみたが大丈夫そうで何より」
「お前に随分と鍛えられたからなぁ……」
彼女の意地悪気な笑みにこちらも嫌味をチクリ。
かつて今日の計測を行った時に自分を試すかのように偽りの計測結果を作り出し俺の実力を測ろうをしていたルナと喧々諤々に言い争ったのは実に苦い記憶だ。だが、洒落にならないことほど後々に笑い話として花が咲くのだから困ったモノ。
「で、お前から見てなんか意見があれば拝聴するけど?」
「ふむ……葦毛の彼女とテイオーに関してはもう2割ほど密度を濃くしても問題ないだろう。残りの面子に関しては特性や適性、現段階の能力的にも丁度いいと思うよ」
二人してその当時の青さを忍んで忍び笑いをしばし漏らし合って残業の成果である今後のトレーニングメニューを見て貰えば、その柔らかな笑顔を一転させた彼女が“皇帝”と呼ばれる面持ちに切り替えてそう呟いた事に驚く。
彼女が見たトレーニングメニューはあの二人が手を抜いたことまで加味して作り上げた内容なのだが、ソレを更に濃くしろと言われるとは思いもしなかった。更に言えば、今でさえかなりキツメの内容を上増しすればソレは“新人潰し”と言われても反論できないだろう。
「…………そんなにか?」
「ああ、この二人にはそれでも甘いくらいさ。少なくとも“皇帝”の後釜になるつもりならそれくらいは熟してもらわなければ困る」
不敵に、傲慢に微笑む彼女の瞳はそれでもまっすぐで重い光を宿し、その言葉は冗談なんかではない事を知らしめる。
まるで、ソレは――――自信を打ち倒す“ナニカ”を待ち望んでいるようで。
「あと、エアグルーヴのメニューももっと増やそう。最近の彼女はとても意地悪なんだ」
「おい、生徒会長」
その底の見えない彼女の思惑になんと声を掛けたものか息を呑んでいると、一転して頬を膨らませ拗ねた子供の様な風情で自分の右腕のメニューを勝手に付け足そうとする彼女の頭を軽く叩いた。
「“弁えている”なんて言いつつ最近の彼女の挙動は完全に謀反のそれだ。悪い芽を先に摘み取るのは当然の事じゃないか!!」
「公私入り乱れすぎでしょ……」
完全に“ルナちゃんモード”に入り幼児退行して暴れる彼女をなだめすかしてデスクから引き離しつつ備え付けのソファーに座らせ仕事に戻ろうとすれば、今度は俺の肩を引っこ抜くかのような勢いで引っ張りこんで強制的に隣に着席させられる。
「……なに?」
「比企谷、君も私に何か言いたいことがあるんじゃないかい?」
「…………いや、べつに」
「い い た い 事 が あ る だ ろ う??」
こわ。大切なことなのでもう一度言わせてもらうが――こっわ。
優し気に肩に組まれた手はギリギリと指が食い込んでるし、笑みの形の筈の口元はめっちゃ吊り上がりまくって口角がピクピクしてる。その上、瞬きも無くこちらを見つめる瞳は瞳孔が開き切り、ウマ耳は完全にいきりたった状態のまま足が床に穴が開きそうなくらい前カキを繰り返している。
あ、これ完全にキレてますわ。
生物学的に圧倒的な脅威が隣に佇むせいでちびりそうになる。だが、この比企谷 八幡。男と生まれたからには心当たりも無くへコヘコ教え子に頭を下げ媚を売るなど言語道―――「正座」―――言われるがままに素直に正座し、出来る男である俺は言われる前に土下座もしたったわい。ガハハハッ、やれば出来る子なんですよガハハハッ。
「さて、大量の浮気については時間がかかるから後にしよう。先に君が相談もなく決めたチーム人事についての弁明と長年のパートナーである私を最近は蔑ろ気味になっている件についてから話し合おうか?」
……俺の知ってる“お話し合い”は土下座を見下ろすところからは始まらないんだよなぁ。
「何か言ったかい?」
「なんでもないです」
そうして、すっかりと月が沈み込み眩い朝日が差し込むまでの長時間を淡々とルナに怒られまくって、詰られまくり、しまいには泣き落としで来週の休暇には一日朝から晩まで荷物持ちとして引っ張り回される約束をさせられたのであった、とさ。
夜明けと共に普通に寮に帰っていったけどアイツ、外泊届とかどうやって潜り抜けてるのか毎回不思議でならんな。
――――――――――――――
「………アンタ、眼の下の隈がゾンビみたいで凄いわよ?」
「心配するか、ディスるかどっちかにしろダイワスカーレット。―――んじゃ、ミーティングを開始すっぞー」
「「「「ういー」」」」
夜を徹したお説教の後でも仕事がなくなるわけでは無く、むしろ夜に終わっているはずだった業務まで乗っかるというそんな苦行を乗り越えた昼過ぎ。日差しが燦燦と差し込む明るいミーティング室に生徒会で遅れて合流するルナ以外がぞろぞろと授業を終え、体操着に着替えた小娘たちが全員揃っているのを確認して声を掛ければ気の抜けた声が返ってくる。
あんまり溌溂とされても今はきついのでありがたいのだが――チームとしてはどうなのかしらん、などと他人事のように肩を落とした。
まぁ、いい。大切なのは結果。過程のやる気をなんてクソの役にも立たないのだから。
「とりあえず、昨日の計測結果からそれぞれのメニューを作成してきた。細々した調整は入るが概ねはその通りに進むものと思ってくれ」
「「「「………うわ」」」」
渡されたファイルの目次に書かれた基礎トレーニングメニューと参加予定のレースの異常な密度に誰もが顔を顰めて引き気味にソレを眺めていた。その顔を見て苦労して作り上げた甲斐があったモノだと思わず自画自賛してしまう。
「コレは、また……」
「これ、ほとんどG1に上がるまでのレースほぼ総出場じゃないですの?」
「レースの予定が空いてる所のほとんどはチーム内でメンバーが被ってるから空けてるだけじゃん!?」
「オマケにこの練習の密度って頭おかしいでしょ……」
「うぇー、ゴルシちゃん練習きらい。好きくないってばよー」
メニューを眺めつつぶちぶちと文句を漏らす小娘たちに肩を竦めつつ説明を続ける。
「G1以外で躓かれても困るからな。早いとこ最上位に揉まれて貰える最速スケジュールを組んでおいた。そんで、よくありがちなオーバーワークでの故障を防ぐためにお前らを毎日限界まで搾り上げる内容だ。練習が終われば栄養補給と睡眠以外の何も考えられないくらいに毎日を追い込むから安心して貰っていい。んで―――もう一つお知らせがある」
「今の内容で何を安心したらいいのさ……というか、えー、まだあんの~?」
「……まあ、これは直接見て貰った方が早いな。テイオー、ちょっとそれで軽く流してくれ」
「ほえ? まあ、いいけど」
俺の補足にドン引きしていた面子の中でテイオーが不満を漏らしてきたのでついでとばかりに彼女を立たせ、ミーティング室の片隅に置いてあるランニングマシンで軽く走って貰い最後の重大事項の告知に入った。
「そのインナーにはもう一つ機能があってな、コレがお前の理想値のフォーム。こっちが今のお前をリアルタイムで映してるフォームだな」
「おー、凄いハイテクじゃーん!!」
キャッキャとはしゃぐ彼女とソレを興味深げに眺めるメンバー。そこで初めてみんながこの練習法の有意義さなどに関心したように頬を緩めたが―――次の瞬間にソレは凍り付く事になる。
「テイオー、ちょっとふざけて走って見てくれ」
「あはははっ、何その指示―! んっじゃ、こんなのどう――――あびびびびいっびびっ!?」
俺の指示に大笑いしながら欽ちゃん走りをお道化てしようとした瞬間に彼女は路上に打ち上げられた魚の様なリアクションでコントのように飛び上がりランニングマシンから滑り落ちていった。
「「「「「………え?」」」」」
その光景に唖然としたメンバーは何が起こったか理解できずに固まっている横で、俺は最後の機能について分かりやすく説明してやる。
「そのインナーはこの理想フォームから3cm以上のブレから微弱に電気が流れ、5㎝を超えるとブレた箇所に電気が流れる仕組みになっている。これのお陰で走行時にフォームは矯正され、無駄な筋肉も故障のリスクも最小限に出来るという寸法だ。まあ、さっきみたいなおふざけが過ぎるとあんな風に全身が痺れるから気を付けろ。
以上、インナーの説明と今後の方針は伝えた。まずは全体練習から入る―――」
「ちょっと待ちなさいよ! アンタ、私達の事を機械かなんかだとでも思ってる訳っ!! こんな練習が許される訳ないじゃない!!」
事務説明を終えてさっそく練習に移ろうとした俺を引き止めたのはスカーレットであった。完全に耳を立て、義憤から目に怒りを滾らせて俺の手首を捕まえる彼女。そんな綺麗で、まっすぐで、揺るがない意思を持っている彼女が少しだけ眩しく思いつつ俺は一歩だけ彼女に振り返り冷たい声で言い放った。
「機械だったら、もっとずっと楽な話だった」
「なっ―――」
あんまりな言葉に絶句する。
だが、いまさら聞かなきゃ良かったなんて都合のいい事は許さない。
「機械ならば最速をプログラムして、機体と素材を思うがままに設計して汲み上げればいい。――――壊れた足はネジを外してとっかえればいい。
だが、お前らは違う。
意思があり、癖があり、目標があり、願いがあり、不調もあり、ブレがあり、日々体の状態は変化して―――壊れた体は何があっても取り替えられない。
壊れただけならいい。だが、お前らのちょっとミスはそのまま死ぬかもしれない。そんな“貴重品”を“機械”みたいに壊さないためにこんな面倒な装備を作ってんだよ、こっちは」
「…………」
俺の言葉に黙り込んで俯いてしまった彼女に鼻を鳴らして腕を振り払い、同じような調子で他の面子にも一応声を掛けておく。
「これに納得できない奴はそのまま退部届を置いて帰っていいぞ。言われたとおり非人道的なのは百も承知でこっちはやってるからな。―――今度こそ以上」
「「「「―――――」」」」
俺がヌメリと音も立てずに出ていったミーティング室からは派手に何かを蹴っ飛ばす音が聞こえたが振り返りもせずに俺はそのまま予約していたターフへと歩を進めていく。
さてはて、何人が残るのやら。
そんな他人事のように考えて俺は紫煙を燻らせて歩いてゆくのであった。
―――――――
そして、思いのほか誰も去ることが無くターフに集合したメンバーに俺が目を瞬かせる事になったのはまた別の話である。そして、後の世に悪名轟く“比企谷ブートキャンプ”という悪魔のトレーニングメニューの原型となる地獄がこの初期メンバーによって熟成されたのもまた別の話である、とさ。