さてはて、少しだけ諸君には私の来歴を振り返るのに付き合って貰う事は可能だろうか?
あぁ、いや、心配はいらないよ。何も長々と自己顕示欲に駆られた自画自賛の手前味噌な演説をしようという訳ではない。ちょっとした自分の今の状況に置かれた訳を整理したいというだけの話でそんなに長くなるものでもないし、大したものがある訳でもない。
私、“皇帝”ことシンボリルドルフは名家に生を受け、幼少の頃から頂点に立ち多くの民衆を束ね導くための英才教育を施されてきたウマ娘である。
とはいっても、皆が思うような過酷な環境で生き延びた訳でもなく多くの愛情と期待を込めて育てて貰ったので実際はそこまで荒んだ過去がある訳でもない。
それに、私自身も小さな頃に呼んだ偉人たちの物語や家族のそういう姿に憧れて自ら望んだ道でもあることだしね?
そんな私は幸運にも才覚と天稟に恵まれ、同世代どころが世界レベルで見回しても座右の銘としている“抜きんでて、並ぶもの無し”という言葉を実現する事が出来ていたと思う。
レースデビューから無敗の7冠達成に生徒会業務を通じてのいくつもの悪習への改善。
そういった事に全力で取り組んで、確かに自分の“世界を変える”という目標へ正に順風満帆、勇往邁進している日々は充実感と確かな自信を私に齎してくれた。
さて、少しだけ自慢げになってしまったのは自分の未熟さを隠しきれず恥ずかしい限りなのだが恥かきついでにもう一つだけ白状させて貰おう。
この軌跡は私一人では為しえなかった。
レースでの結果が全ての我々にとって、“生徒会”というのは実質の所はレースで振るわない娘達の就職先の経歴づくりが精々の役職で、こんなにガッツリ取り組むべきものでは無かった筈なのだ。
普通のトレーナーは私の理想に理解を示さず、生徒会を辞すことを強いた事だろう。
というか、スカウトに来たベテランたちから見せて貰ったスケジュールには実際にそんなものを考慮したモノは一つとしてなかったのだから向こうからしても青天の霹靂という奴だったかもしれないね。
その中で、一人。
昏い瞳をしたあの男だけが言ってくれた。
『好きにやれ』、と。
投げ出す訳でもなく、押し付けるでもなく―――全てを任せてくれた無名の新人トレーナー。
彼を選んだ時に誰もが私の正気を疑った。自分の見込み違いだったと唾を吐き、軽蔑の視線を投げかけ、酷い者だと罵倒までしてきた。
程度の差はあれど、誰もが想いは同じだったろう。
『レースを、舐めるな』
そんな彼らの経験や実体験から来るむしろ暖かい諌言だったはず。だけれども、彼はそんな言葉や行いをされても揺るぐことなく私だけを見つめていた。
私も、彼を見つめていた。
私の中にある普段のお澄まし顔に包まれた“狂気”とも言える貪欲さ。
この世の全てを我が思うがままにするために、全てを飲み下すソレを彼はただただ受け入れてくれた。
そこからは、ただひたすらに駆け抜けた。レースも、実務も。全てをだ。
嘲笑う観衆の声と視線は驚愕と興奮に塗り替えられ、レースで結果が振るわない自分に自信がなく弱気だった生徒会を一から立て直して誰もが胸を張れる組織に組み替えた。
そして、掴んだ史上初の、空前絶後の7冠。
あの日、私が蒼天に伸ばした指は――――確かに世界を掴んだのだ。
そこから、少しだけ落ち着いた2年目。
生徒会長になった私は頼れる右腕に逞しくなった部下たちと学園をよりよくし、レースもソコソコの結果を無敗のまま守り続けた。それら全てが上手く回り、来年度からはいよいよといった所までが私の来歴となる。
見応えがあった? ははっ、そういって貰えると嬉しいね。
実は結構な回数を生徒たちにこの話を強請られて練習は十分だったという訳だ。
さて、ここまで聞いて貰って私の事を知って貰った皆に聞きたい。
そして、どうか無知蒙昧な私に知恵を授けて欲しいんだ。
そんな輝ける栄光の日々を影ながらに支え、自分の中の地盤となっていた信頼すべきトレーナー“比企谷”という男がいつもと変わらぬ気だるげな顔で―――“契約打ち切り”の話なんかを持ち出してきた時に“私”は……“皇帝”はどうするのが正解なのだろうか?
この時の最適解が分かった人はどうか、私に教えてくれ。
まぁ、それも、全ては『後の祭り』という奴なのだけれど。
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「んじゃ、これが契約更新打ち切りの書類だから」
「へ?」
雪解けも進み、麗らかな日差しが差し込む午後の事。私から声を掛けないとトレーニングの時以外は滅多に呼び出しを掛けない彼に呼ばれた会議室で飄々と言われたその一言に私は思わず間抜けな声を出してしまった。
ついさっきまで、『今年の旅行先の相談だろうか?』だなんて胸を躍らせてここに来た私の有頂天な脳には中々その言葉はしみ込んでこずに、理解が追い付いた頃にはついつい笑いが零れてしまった。
「まったく、冬が抜けて気が抜けるのは分かるがしっかりしてくれ“比企谷”。生徒会長なんて過分な役職を賜っている私ではあるが2回生なのを忘れたのか? つまり、もう一年は君の世話になるというのに今からそんなんでは……いや、もしかしてそういうジョークという奴かい? ははっ、コレは一本取られて―――「いや、別にジョークでは無いんだけど」 ――――は?」
饒舌に語る私の言葉を、彼の気だるげな声が遮り今度こそ自分でも驚く程に低い声が出てしまった。
「―――誰に、何を言われたんだい?」
それでも、私は辛うじて微笑みを形作りゆったりと彼に一歩ずつ詰めよる。
臓腑を炙る怒りとソレに伴い零れそうになるドロリとした感情を必死に飲み込みつつも頭をフル回転で突然に彼がこんな事を言い始めた理由を探る。
少なくとも、天下の皇帝のトレーナーを自主的に途中で降りるメリットなんてモノは存在しない。ならば、外部の圧力によってというものに普通は行きつく。あれだけ嗤っていたモノたちが今度は掌を返して自分の大切なモノとの絆を引き裂こうとしているのに溜まらない嫌悪感を感じつつ、実家の力を使ってでも絶対に潰す決意を固めつつ彼にその名を問う。
だれだ?――――その、愚か者の名は。 だれだ?
「………いや、お前が今年はほとんどレースに出ないって言ったんじゃないっけ?」
「―――へ?」
そこで彼から出てきたのはまさかの私自身の名前。
その意味と、彼にこの間語った自分の指針を思い出し頭を抱えた。
言った。そういえば、確かに言った。
いまだに無敗で現役の中で3本指に数えられる自分がクラシックやトゥインクル・シリーズに出過ぎれば他のウマ娘たちの実績や将来の芽をつぶすことになるため出場は最低限にして将来的に運営側に回るであろう自分は内政方面に力を入れていくと―――事実上の引退宣言に等しい言葉。
だが、あのディナーの時に私はてっきり彼は今までと変わらず自分の傍に居てくれるものだと思い込んでいた。
才能はあっても、根本的にやる気のない彼はそのまま自分と一緒にココを出てついてきてくれるものだと思っていたが―――彼はそういえば“トレーナー”だったのだ。
担当が引退すれば他のウマ娘をスカウトしなければならないし、レースに出ない担当なんてついている意味もない。そんな当り前の事をほろ酔い気分の自分は完璧に見落としていた。
何たる失態。何たる遠慮近憂。
え、というか、まって? 余りにあっさりしすぎてない??
私と君の関係はもっと熱いものだと思ってたのに何でそんな飄々としてるの?
おかしくない???
「な、なんでだっ、新しい娘を育成するのは良い!! だけど、契約はそのままだっていいじゃないか!? 契約違反だ! 君は私の理想を叶えるという契約をしたじゃないか!!」
「いや、契約はもう実質的に達成してるじゃん? というか、お前が走らないとなると俺の給料がゼロになるし、今までも担当が増えそうになる度にお前が追い払うから理事長に怒られてたろ」
「金か! それなら心配することはない!! 私が君を養って見せるとも!! 大体が他の娘にうつつを抜かして皇帝の側近が務まると思ってるのか君は!!」
「担当ウマ娘に現金を支給されるとか一番のスキャンダルじゃん……というか、そういう所がいつも怒られてたのさては理解してないな?」
がっくがくと彼の胸倉を掴んで揺らす私に彼は心底呆れたような冷たい目と口で正論ばっかを投げかけてくる。
あ、ヤバい。ちょっと泣きそうだ。
それに脳内にヤバい思考も湧き出て来てる。
具体的に言えばいっそのこと生徒会をほおり出して軒並みレースを総なめにしてやろう、とか。だが、そんな事をすれば折角ここまできた私の理想の世界を叩き潰してしまう事になる。だけど、そうしなければ彼は離れていってしまう。
いっそ、彼がトレーナーを辞めて家で抱き込んでしまえばなどと思ったりもするが専属だった彼がそんな事になれば間違いなく嗅ぎつけられるだろう。むしろ、皇帝を育て上げた彼が一瞬でも所属を離れれば虎視眈々と狙っている海外の協会が黙ってはいないはず。
グルグルと脳内を駆け巡る思考と理想の板挟みで遂に涙腺が決壊しそうになっている私の耳に力強く扉を開き、幼気なのに貫禄のある声が聞こえてくる。
「話は聞かせて貰った…その件、我にお任せあれ!!」
「「理事長?」」
扉を開いて現れたのは、この学園の最高責任者である理事長。幼げな風貌に声。だが、その振る舞いは堂々としたもので国内において彼女にレースやウマ娘の知識で敵うモノはおらず、トレセンを国内トップの育成施設に押し上げた内政の力は語るまでもなく化け物級の人物。
そんな彼女がこの修羅場とも言える会議室に乗り込みいつもの様にかんらからと笑い声を響かせる。
「うむ、自分と皆の将来を見据えて身を引くシンボリルドルフの判断と一心同体のトレーナーに続行してもらいたい心境は良く分かる。一方で、実績と収入を稼いでなんぼもトレーナー、それどころが他の授業のお手伝いで糊口を凌いでいる比企谷が新たな担当を探すのも道理。
だが、そういうどうにもならない状況にこそ我が権力と采配がある!!
新米トレーナーには異例ではあるが、“比企谷 八幡”! 貴様には新設のチーム“コルヴィス”を与えよう!!
神の右腕として知恵と献身を差し出した神鳥のようにルドルフと共に多くのウマ娘を導くがよい!!」
朗々と語られるた内容は、余りに異例のモノ。
本来、複数のウマ娘を同時育成するチームを率いる権利はベテランで数多の実績を持ったトレーナーだけに許されるもの。その他のトレーナーは実績に応じて段階的に担当を増やしていくが、大体のトレーナーが担当できるのは一人か二人が関の山である。
それを遥かに超える“チーム”を率いるのは一流の証でありつつも、余りに重い十字架だ。
たった三年という短い期間で人生の全てが決まるこの学園の生徒たちの人生を複数も背負わなければならない。その重圧に耐えて、的確に指導を行っていく事が出来るモノは実に少ない。だが―――私は、そうと知っていても彼にその話を受けて欲しい。
少なくとも、彼という地盤を失くしてもう私は走れなくなってしまっている。
だから、せめて―――この学園を私が卒業するまでの間だけは。
そんなエゴと自己保身に満ちた私の願いを浅ましく思いながら彼を見つめる。
「えっ、担当って一人じゃなくてもいいんですか?……じゃあ、それで」
余りにあっさりとその提案を受けた彼に思わず私と理事長は肩透かしを食らって目を丸くしてしまう。
「い、いいのかい? 生徒会と兼任だった私とは他の子は訳が違うし、その他の責任も大きくなっていく。そんな重大な決断を二つ返事でよく考えもせず―――」
「お前は俺を首にしたいのかしたくないのかどっちなんだ……。まぁ、いまさら他の奴らにお前のトレーナー面されるのも面白くなかったしな。どうせ空いてた時間にしてたトレーニング補助が自分の担当になるってだけの話だ。なんなら今までのタダ働きが異常だったまである。―――――だから、あと一年だけよろしく」
「勿論だともっ!!!」
照れ臭そうに、そう語る彼になんといっていいか分からない感情が湧き上がりそのまま彼に思い切り抱き着く事で少しでも伝えようと試みる。
意地悪で、そっけなく、やる気の無さげな彼。
だが、こんな事になってようやく気が付いたが―――このパートナーがいないと私はもう駄目なのだ。
絶対に手離すものか―――そんな万感の想いを胸に私は少しだけ泣いた。