ウマ娘と腐れ目トレーナーの日常   作:緑茶P

5 / 12
_(:3」∠)_書いたぜ、選考会編(笑)

今回は選考会で自分好みのウマ娘をナンパした後にゴルシ強制イベントが起こります。

この他にも別イベントで加入する娘も多くいるので、期待せずおまちくだされー

さあ、きょうも脳みそ空っぽでいこー。


選考会 =黄金狂騒曲=

 

 さてはて、天気は青く澄み渡り快晴、芝は良好。春風が心地良く吹き抜けるここ中央トレセン学園の第二ダート場ではそんな穏やかな陽気を弾き返す様な群衆の熱気が溢れていて少々だけ息苦しい。

 

 見渡すばかり視界を埋め尽くす鋭い眼光を光らせるトレーナー達に、溢れる闘志を全身から漲らせ殺気立つウマ娘達。そして、その光景を収めようと狂ったようにシャッターを押しまくる興奮気味の記者陣。

 

 その異様な空気に包まれたこの会場には誰も彼もの夢や野望が渦巻いて、お互いを見極め値踏みをし合う修羅場と化している。

 

 まあ、この“選考会”で巡り合う相手如何によって今後の自分がどこまで上り詰めていくのかが掛かっているのでそれも止む無し。それに、高みの見物を決め込んでいるトレーナー達やパートナーを既に見つけているウマ娘達が観客席でツマミを頬張りつつあれこれと話しているせいかもう一種のお祭りのような様相を呈す恒例の光景といってもいいだろう。

 

 むしろ、新人、中堅、ベテランと問わずレース前に既に目ぼしいウマ娘を皆見つけていて必死にアピールしていたり、その中からより条件の良いものを見極めたりと忙しそうな中でぼんやりと壁際でソレを眺めている俺の方が変わってるとすら言える。やだ、俺ったらこの歳にもなって悪目立ちしちゃってるね?はずかしいね?

 

「なんだよ、新進気鋭のエリート様は随分ゆっくりしてん、なっ、と!」

 

「……まさか、右も左もわからなくて呆然としてるだけですよ」

 

 だから、こんなお節介焼のおっさんに絡まれる事になるのである。

 

 投げられた缶コーヒーを受け取りつつその軽い声の方に目を向ければ刈り上げたツ―ブロックに栗毛の長髪を流した伊達男“沖野トレーナー”がニマニマと意地悪気な顔を浮かべつつ俺の隣に居ついた所であった。

 

 ここ、トレセン学園に来たばかりの頃の最初の2週間だけ強制的に付けられる先輩トレーナー制度で俺の担当となった男であり、いまだに俺に気さくに声を掛けてくる数少ない変人の一人でもある。

 

「嘘つけ、お前みたいなのがそんなナイーブな訳があるか。単純に目ぼしい娘が見つからなくてやる気が出てないだけだろう?」

 

「………人聞きの悪い。一応は、下調べまではしては来ましたので後は実際に見て決めようってだけですよ。そういうエリートトレーナーの沖野さんこそいい子が見つからなかったんですか?」

 

「敵にオススメを教える訳ないだろうが、ばーか。俺はもう目ぼしい子には声を掛け終わってるんだよ。―――今年の“スピカ”は一味違うぞ?」

 

 自慢げにニマリと笑って俺の背中を強めに叩く沖田さんはその反動でコーヒーを吹き出してしまったのを大笑いしながら去っていく。

 

 あんな浮ついたニーちゃんのように見えるが学園を代表する若手トレーナーの急先鋒であり、俺の特例を除けば最年少でチームを持った傑物。そして、世界に名を馳せたサイレンススズカを育て上げた彼がそういうのにも訳があり、今年は近年稀に見る“大豊作”の年とも言えるルーキーが大量に入って来ている事で学園中が騒がしかった。

 

 ただの噂程度だと思っていたが―――あの人がそんな事を言うのだからどうにも噂は本当なのかもしれない。

 

 孤立気味で担当がいなくなる俺を心配してわざわざ“敵”にそんな助言を残して、“さっさとスカウトに奔れ”なんてケツを蹴りに来てくれるのだから本当に面倒見のいい先輩である。

 

 久々に感じた人情味に思わず苦笑を零しつつ、俺も固まった背中を伸ばして歩き始める。

 

 ルナがくれた目ぼしい新入生や在校生の名簿をピラピラ弄びながら熱気と思惑の渦巻く会場へ俺も足を踏み込んだ先で俺の目を惹いたのは―――――

 

 

――――――――

 

 → ・高らかに“はちみー”の歌を歌いながら準備運動する小柄な少女だった。

 

  ・取り巻き数人を引き連れ、誰憚ることなく“一流”を名乗る少女であった。

 

  ・囲まれる多くのトレーナー達の声に優等生然として答える赤毛の少女であった。

 

  ・“ばくしーん”とか叫ぶ変な娘だった。

 

  ・ヘラヘラと他の子を励ます諦めを目に宿した少女であった。

 

  ・お嬢様然とした高貴な少女であった。

 

  ・・・・・・その他、いっぱいの選択肢。

 

 

――――――― 

 

 

 以上の中から、3名ほどちょっかいを掛けてレース開始時間が迫ってきたので俺は最後の一服をするために会場を後にしたのであった。

 

 

―――――――

 

 

 会場からほんの少し離れた場所にある喫煙場―――は同業者が大量にたむろして最後の情報交換や駆け引きに勤しんでいて混じる気がしなかったので更に離れた公園に足を運んだ。少なくとも、俺が混ざって空気を悪くするよりは小さな規則違反でたずなさんに怒られる方がよっぽど平和だろう。あまりの自己犠牲の精神にノーベル平和賞を貰えるまである。

 

 また、世界をすくっちまったらしいぜべいべー。

 

 そんなアホな事を考えつつ細巻きを取り出して燻らせつつ公園にたどり着くと―――芝生の上で大の字になっていびきを掻いてる“変なの”がいた。

 

 学園内であるからして生徒が昼寝をしていてもおかしくはないのだが、選考会の最中は大体の生徒は会場にいるし、服装も制服ではなく体操服なので出走予定の娘がこんなレースギリギリでココにいるのは普通あり得ない。

 

 なんとなく、関わりたくないなぁ……とは思いつつもほんの少しだけ残った良心が俺にお節介を焼かせる。

 深い溜息を漏らしつつ最後の一服を深く吸い込んで携帯灰皿に捻り込み、乱雑に足を進めてそのまま“変なの”の頭を突くように小突いてみる。

 

 ワンノック。

 

 反応なし。

 

 ツーノック。

 

 唸って寝返り。

 

 スリーノック。

 

 『入ってま~す…むにゃむにゃ』という謎の返答と共に手を払われた。いや、別にトイレノックではねぇから…。

 

 もうこれで起きなきゃ放置しようと思いつつ最後の一発を握り締めた所で――――“彼女”が跳ねるように起き上がって怒号をあげ、俺の胸倉を天高く掴み上げた。

 

「こんこんこんこんうっせぇわっ!! てめえはキツツキか!! そんなにウマ娘の頭に巣をつくるくらい暇なら有孔ボード製材のバイトを紹介してやろうかぁ? ああんっ!!」

 

「―――――」

 

 余りに圧倒的な膂力に、それなりに背がある俺の足をプラプラさせるほどの体躯。そして、完全な逆切れで血走った目にもはや解読不明な暴言。そのどれもこれもが関わった事を後悔させるには十分な要素なのだけれども―――――そのウマ娘は、そんなハチャメチャな言動の全てを覆すほどに美しく、息を呑んだ。

 

 白銀に近しいその長髪は陽光を浴びて金色に輝き、整った白磁の容姿は一切の汚れを含まず、均整の取れた肢体は彫刻がそのまま動き出したと言われても納得してしまいそうなくらいに完成されていた。

 ルナも並外れた容姿を持っているがあっちを歴史と威厳を感じさせる名君の彫刻だとするのならば、こちらは美術館の最奥で厳重に保管される絵画の様な神秘を感じさせる。

 

 そんな彼女に目を奪われこと数舜、すぐに物理的に息が詰まって何とか声を漏らす。

 

「す、少なくとも、キツツキもそこまで暇じゃねぇし……このままだと、クックロビンになりそう、だ」

 

「あぁん……よくみりゃトレーナーか、お前。森で葬式するにはまだ早ぇ、考え直せよ」

 

 意外にもマザーグースの小ネタに反応しつつ今更な事を言って彼女は乱雑に俺をほおり投げてまた芝生に寝っ転がった。せき込む俺をケラケラ笑いながら指さすその姿は完全にイカれてるが、それでも美人なので質が悪い。―――そもそも殺しかけたのはお前だ、ばかやろう。

 

「げっほ、げほ………というか、もう選考会始まるぞ。行かなくていいのか?」

 

「んあー、なんていうかさー、どいつもコイツも全然おもしろくねーからやる気がでないんだよなぁ」

 

 恨めし気な俺の視線も何のそので笑うばかりなので俺も諦めて最初の目的を達成することにしたのだが、でっかい欠伸をしながら目の前を飛ぶ蝶々をめで追う彼女の言葉に首を傾げ―――続いたその後の言葉に絶句した。

 

「私より遅い連中と走っても、つまんねぇだろ?」

 

「……はぁ?」

 

 過分にして、俺は彼女を知らないがこの学園が日本最高峰のエリートが集まる修羅の国だという事だけは知っている。

 

 地方で負けなしの神童や天才たちがココではただの凡才に成り下がり、生まれた頃からレースに全てを掛けて生きてきた本物の天才たちですら弛まぬ努力と信念、奇跡の果てにようやく栄光を掴める地獄。ソレがここ、中央トレセン学園だ。

 

 それがトップリーグを駆ける前のデビュー前の生徒だってその本質は変わらない。

 

 それら全てが今日の日の為に最高のコンディションで挑むのをあっさりとそう言い切る彼女の傲慢さと、それに対する負い目の無さが俺の中のひねくれ者の血をざわつかせた。

 

「―――お前、さては友達いないな?」

 

「ははっ、あんた面白い事いうなぁ。“友達”っていうのは自分より格下となる様なもんじゃないだろ?」

 

「確かに、一理ある」

 

 あまりに当然の事のように俺の皮肉にそう返す彼女が痛快で俺も思わずゲタゲタ笑ってしまう。

 

 さてはて、さてさてさて、やはりここは天下の最高峰。

 

 どれだけ目を凝らしても見つからなかった逸材がポロリと石ころの底に交じっているのだから恐れ入った。

 

 この傲慢で、物狂いで、完全にイカれてる美しいウマ娘の言葉はモノを知らない愚か者が故の無邪気なのか、本当にそうであるからの厳然とした事実なのか―――分からないが、分からないからこそ面白い。

 

 どうせ馬鹿なら踊らにゃ損々。

 

 ならば、この退屈そうな娘を精々楽しませるために俺も愉快な道化として手を尽くしてやろうじゃないか。

 

「―――いいぞ、お前が退屈しない様な最高のレースを今から用意してやるからついて来いよ」

 

「わははは、ツマらなきゃ覚悟してろよクックロビン」

 

 無邪気な笑顔の癖に目の奥の嘲りを宿したその眼に胎の底が冷え込むのを感じつつ俺は携帯を取り出して馴染の番号を呼び出したのであった、とさ。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「おい、アンタ―――最高だな。名前を教えてくれよ」

 

「お前が俺の愛バに勝てたら教えてやんよ」

 

 案の定、会場に戻れば誰も彼もが自分の出番を終わりその結果に悲喜こもごもしつつ結果に準じた次の交渉だのなんだのに移って先ほどとは違う熱気に包まれていた。

 

 そう、“いた”という過去形だ。

 

 今は誰もが凍り付き、息を呑んで俺と彼女。そして――――ダートに降り立った絶対なる“皇帝”に目を奪われている。

 

 いつもの気さくで凛とした“会長”でもなく、俺や友人と会話する柔らかな麗人でもなく―――あらゆる強敵の屍の上に立ち、全ての困難を粉砕してきた“絶対”と呼ばれた支配者として世界を凍らせる覇気を揺らがせ俺たちの前に“シンボリルドルフ“が立ち塞がった。

 

 デビュー戦すら経験していない娘の多くは力なくへたり込み、経験を積んだトレーナーですらこの異常事態に声を荒げる事も出来ずにただ道を譲り―――隣のキチガイだけがこれから始まるパーティーの予感に武者震いをして喜びを露わにする。

 

 そう、格下とはやる気が起きないというなら“格上”を用意してやろう。

 

 この国どころが、世界を見渡しても“抜きんでて並ぶもの”がない最上級の対戦相手だ。

 

 幸いにも“選考会”が終わったこのダートの使用予定はなく、たまたま“俺”が“ここ”で“公開練習”をした所で誰に文句を言われる言われもない。なんならば、滅多に内容を明かさない俺への嫌味も今日だけは存分にお答えして見せよう。ぜひ見学していってくれたまへ。

 

 大体が“選考会”なんてのもただのきっかけだ。

 

 そういう機会を学園側が勝手に設けてくれているだけで“誰が、何処で”という規約なんてありはしないのだから――――俺が勝手にこういう機会を設けた所で問題なんて今日この場ではありはしない。

 

 そんな詭弁を脳内で弄しているウチにルナが俺の前に立つ。

 

 夕日の光の加減で顔は見えないが、煌々と燃える盛るその瞳は明らかに怒っていて俺を射殺さんばかりに睨んでいるのは嫌でも分かった。

 

「こういったやり方は、感心しない」

 

「……考えて見りゃお前に“トレーナー”として“命令”したのは初めてだな」

 

「ソレがこんな形で残念だよ―――私に“未来ある後輩”を潰せと言うのだから、な」

 

 そう吐き捨てるように言い残した彼女はそれ以上語ることはなく重たい足音だけを残してゲートへと入っていった。

 

「……あれだけ俺の相方の機嫌を損ねさせたんだ、精々は俺を退屈させないでくれよ?」

 

「かーっ、溜まんねぇや! 絶対にアンタの名前を聞きだしてやるから楽しみにしとけよー!!」

 

 あの圧力を受けて未だにあんなヘラ付けるのだからやはり頭のネジがはじけ飛んでいるのだろう。だが、それでも変化はあった。

 気だるげに、退屈に腐っていたあの瞳が子供のように煌めきを宿し、獲物を前にした肉食獣のように好戦的な炎を宿していた事は見逃さない。

 

 そんな彼女が意気揚々とゲートに収まったのを確認して、苦笑を漏らしながら未だに固まっている群衆に振り返って声をあげた。

 

「枠は残り8つ、入りたい奴は勝手に入れ」

 

 そんなに大きな声でも無かった筈なのだが妙に響くその声。

 

 だが、それでも多くの娘達は処刑場に上がれと言われているかのように顔を青ざめさせ後ずさり、トレーナー達は誰もが彼女達を守るかのように一歩前に出たが―――それだけだった。

 

 ふーむ、まあ、想像はしていたがこんなものだろう。ココで踏ん張れないならどのみちスカウトの手間暇をかける程でもないだろう、とゲートへ向かおうとした俺の横をスキップするように通り抜ける影が一つ。

 

「へへーん、ココで負けても無敗は守られるし、勝てば“皇帝”を“帝王”が超えたって事になるんだよね~♪」

 

「おう、あくまでウチのただの公開“併せ練習”だからなぁ」

 

 ルナによく似た三日月にポニーテールを揺らす少女が鼻歌交じりにゲートに入ったのを皮切りに、数名の娘たちが止めるトレーナー達を振り切ってゲートへと収まっていく。

 

 青ざめた顔と震える手足を抱えつつも顔を俯けない少女が

 

「ここで勝てば―――私が一流だと証明できる」

 

 決意を目に宿した少女が自らを奮い立たせ

 

「ココで逃げたら、一生、一番になんて手が届かない」

 

 優等生然としていた赤毛の少女は怒りを隠すことも無く足を踏み鳴らし

 

「誰に断って頭を走ろうとしてんのよ!」

 

 それを追うようにまた何バかが後を追うようにゲートへと収まり、枠は埋まった。

 

 いやはや、噂なんてアテになるもんじゃないと思っていたがどうにも認識を改めなければいけないらしい。本気のルドルフの圧力を前にしてデビュー前で挑みかかれる意気地を持てるなんて並みの神経ではない逸材が少なくとも10バはいるのだから今年は気が抜けん。

 

 まあ、ここに来た何人がスカウトを受けてくれるかは――また別の話なのだろうけれども、な。

 

 

 そんな苦笑を零して俺は全員の体制が整ったのを確認して、乱雑にゲートのレバーを引き落としたのであった。

 

 

 ウマ娘の蹄鉄の地響きが、夕闇に響き渡った。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 昔から、退屈していた。

 

 ずっと、ずっと退屈していた。

 

 皆が苦労する教本は一度見れば十分だったし、鍛えるまでもなく誰もがついてこれない事は走るまでもなく分かってしまったから。

 

 ずっとイラついていた。

 

 何もかもにイラついていた。

 

 面白くもない事を寄り集まってはしゃぐ奴らが馬鹿らしくて、弱い癖に纏まれば強くなったように勘違いしてる連中が小賢しい理屈を並べ立て歯向かって来ることがうっとおしくて。

 

 だから、楽しむために、笑うために人生に趣向を凝らしてきた。

 

 色んな事をやって遊び、色んな発見をして面白がり―――口ばかりの奴らを先に行かせてやって最後に抜き返して耳元で嘲笑って心を壊してやり、偉そうな口を叩くやつを嘲笑って暇を凌いできた。

 

 ムカつくもの全てを蹴散らして、思うままに生きているウチに随分と周りは静かになって昼寝をするには随分と丁度良い環境になってきた頃にこの学園に厄介払いされるかのように送られてきた。

 

 最初は期待したが―――無駄だと悟ったのはわりかし早い時期。

 

 同級生も、上級生もなんならばレースに出る選手たちですら大した事は無いと思って再び暇を潰し、惰眠を貪る日々を送ってきた。

 

 だけれども、人生はやっぱ捨てたもんじゃない。腐らず真面目に生きてきた私の行いは神様はしっかり見ていてくれたらしい。

 今、目の前に立つのは観客席や全校集会で見た気の抜けた炭酸の様な“カイチョ―”とやらじゃなく、世界に名を馳せた“本気”の“シンボリルドルフ”。

 

 鬼だろうが悪魔だろうが踏み殺す自信のある私が、一回りも小さな彼女を前にして胃が締め付けられ、心臓は跳ね上がって、体は勝手に震え上がろうとする。

 

 初めてだった。初めての経験だった。

 

 そうか、コイツが“恐い”って奴かよ。

 

 ははっ、凄いな。そうか。みんなやっぱりズルいぜ。

 

 こんなに心臓が高鳴って、体が震えて―――――“生きてる”感触を毎日味わってたなんて羨ましいし、妬ましいじゃねえかばかやろう!!

 

 そんな私は脳にまで響く胸の高鳴りを抱えたままゲートに入り、続々と入ってきた他の奴らの顔を見渡す。

 

 あー、いいじゃん。みんな、私と一緒だな。心底ぶるってんのに、絶対に引きたくない“ナンカ”の為に―――“生きて”やがる。

 

 そのもう一個向こうに見えるおっかない世界最高だけが誰にも目もくれずまっすぐ前を見つめて、熱い呼吸を漏らしているのを見て胸の奥底に更に火がついて行くのを感じた。

 

 なぁ、あんたくらいになれば―――私も毎日こんなにワクワクして生きれっかな?

 

 

 アンタをゴール手前で抜き去ったら――――どんなに気持ちいいかな?

 

 

 ゲートが開き、一斉に影が走り出す。

 

 皇帝はまるでそこだけオイルでも塗りたくってんのかと思うくらいに静かに、滑らかにぶっ飛んでいく。誰も彼もを置き去りにしていくような走りに食らいつく赤いツインテールの女が頑張るが―――経験か、鍛え方の差か第二コーナーを超えた辺りからバテ初めてグングン離されて行く。

 

 それを飲み込むようにバ群がスピードを上げ、何人かが捕まえようとするが全然ダメだ。

 

 一歩、二歩と踏み出していくたびに飛ぶようにその飛距離を伸ばしていくアイツに対して同じ歩幅で必死に足を回しても届くわきゃないだろ?

 

 この中距離も後半に近づいて、誰も噛ませ犬にできない事が判明したのでしょうがないので自分でいく事にしよう。

 ここまででもハイペースにぶっ飛ばしてきた他の奴らの集団は伸び切って私の走りに邪魔になる奴もいないし、あれだけ先頭を走ってんなら最後の伸びも知れている。

 

 少なくとも、前に見たアイツの“最後”の走りではこれ以上はない。

 

 

  ならば―――――余裕で、抜き返せる。

 

 

 足に力を籠め、肺の空気を絞りだして、血を燃やす。

 

 一歩で地面が抉れて吹っ飛び、二歩目で景色がぶっ飛んだ。

 

 風が急に構って欲しそうに体を擽るが押しのけて、一点だけを見据えて他の全てを置き去りにする。

 

 ほら、一人ぼっちは寂しかったろ?

 

 この私が、遊びにいってやるからもうちょっと辛抱してくれよ?

 

 他の奴らをあっという間に追い抜いて、アイツの背中まであと数歩。ゴールまで300もない。だけれども、私の足ならばよっゆうのよっちゃん。ごめん、うそついた。肺も潰れそうだし、汗で視界も怪しいし、体中が悲鳴をあげてる。―――でも、追いつけるのは嘘じゃない。

 

「まっ けっ るっ も“ ん” がぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 絶叫に近い雄たけびを上げて、栗毛のちびが並んできた。いつもなら歓喜する所だが今はお前じゃない。

 

 ひっこんでろ、今日は、私の日だ!!

 

 私も更に気合を込めて地面を蹴っ飛ばし更に加速する。ほれみろどうだおいついた!!皇帝がなんぼのもんだ、私がきょうからてっぺんだみたかばかや――――「大したものだ。だが、貴様が思う程にこの道は甘くない」―――ろう?

 

 並んだルドルフが、並んでいたはずのルドルフが―――私の横から掻き消えた。

 

 たった10mもないそのゴール前で、彼女を見失い唖然としているウチに全身を叩くような歓声が響き渡り私はその結果を眼で見るまでもなく悟ってしまった。それでも信じ切れずに前を向けば―――2バ身も離れた所でルドルフがゴールを駆け抜けていく光景。

 

 そんな訳は、ないはずだった。

 

 暇つぶしに見ていたレースで彼女の限界は確かに見極めていた。

 

 アレが彼女の余力なんてない、全力だったはずだ。

 

 追い越せるはずだった背中を拝む羽目になったのは、信じがたい事に―――第一線を退いた彼女は今もなお早くなっているという単純な事実。

 

 続々とゴールしていく他の娘達に意識を向けることも出来ずに私は

 

 人生初めての“敗北”を 噛みしめた。

 

 どうにも、何かに負けるってのは―――随分と悔しいという事を私は今日初めて知ったらしい。

 

 

 

 

=今日の蛇足=

 

 

 会場中が歓声に湧く中でいつもの様になんて事は無いように、それでもその声援が嬉しい事を伝えるように笑顔で手を振り答えるが私の内心はドッキドキで、体中は無茶に無茶を重ねたせいで泣きたいくらいに悲鳴をあげているのを気合で乗り切っていた。

 

 そもそもが困惑気味のたずなさんからココの予約を彼がとってきたと報告を受けた次の瞬間に電話で“今から走れ”なんて呼び出されて今に至るのだからコンディション管理も準備も全くなし。それに、いくらデモンストレーションとはいえ私の立場も考えない彼の横柄な要望には流石の私もカチンと来てしまう。

 

 怒ってるぞ、と態度で示して後でたっぷり償い(デート)をさせてやると心に決めたまでは良かったのだ。むしろ、最近レースが無くて二人の時間が取れなかったのでいい口実だとすら思っていた。

 なんなら新入生たちに手心を加えて惜しい戦いを演出する事で激励になるかも、と打算と下心があったのも確か。

 

 それが蓋を開けてみればどうだ?

 

 コイツら、本当にデビュー前か??

 

 というか、最後に追い上げてきた二人は本気の本気に無茶まで重ねなければ本当に負ける所だったぞ??

 

 片方の地団駄を踏んでる子は昔からの縁があって分かりはするのだが、呆然と突っ立ってこちらを見ている葦毛の子は記憶にない。あれだけの実力を持ちながらなんで私の所に報告が上がってこないんだ……。

 

 これが中距離の2000mだったから良かったものの、あの勢いだとそれ以上のレースだと本気で食われていたかもしれない事を思えば背筋が凍る想いだ。

 

 マジで勝ててよかった。あんなカッコつけといて負けたらマジで明日から引きこもる自信があるぞ……。

 

「お、お疲れさん。悪いな急に無茶言って。それと今のタイムは2000mの日本記録達成タイムだったぞ?」

 

「……比企谷、ちょっと二人で話そうか?」

 

「へ、あぁ、まぁちょっと今からスカウトしてくるから―――あ、あれ、ルナさん? ちょ、ちからつよっ、あ、あぁぁぁっ、かた、かたの肉千切れちゃうよぉぉぉぉぉあだだだっだ!!」

 

「うんうん、言いたいことはじーっくり聞いてやるとも。あぁ、―――じっくり、な?」

 

 なので、ヘラヘラとそんな事を言って近寄ってくる大馬鹿者に私が今から思いっきりお説教を喰らわせ、ボコボコにするのも実に正当な故があっての公明正大な判断に元ずくものなのである。

 

 情けない彼の叫び声と、私の地面を踏みしだく足音と引きずる音が夕焼けに深く木霊したとか、しないとか。

 

 

 

 ちなみに、後日、理事長から日本記録のメダルが贈られた。

 

 全然嬉しくない。

 




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