さあ、今日も脳みそ空っぽでいってみよー
緩やかな温もりを感じさせる春の季節も少しだけ湿り気と草花の猛る初夏を予感させる梅雨時期に差し掛かった頃の事。街並みは桜の見頃を過ぎて新緑の眩さが目立ち、待ちゆく人々も活気だつ様子を横目に久々の“パートナー”とお気に入りの喫茶店で優雅に午後のアフタヌーンティーを楽しむ。
たまにある完全休暇日での自分の心身を癒せる貴重なこの時間を私はとても気に入っている。
いつもは事務的なトレーニングについてか、学校で起こる様々な事案に頭を悩ます会話で緊迫感溢れるモノとは違って見に行った映画の感想やどうでもいいよもや話、偶然に目に入った光景から始まるお互いの持論の交換は世間知らずな私には新鮮で、興味深く―――彼をまた一つ深く知れたという喜びで満たしてくれる代えがたいルーティンの一つであった。
そう――――“あった” である。
「えー、では、僭越ながら“第一回チーム『コルヴィス』ミーティング”を始めさせて頂きたいと思います。進行は僭越ながら生徒会副会長である私“エアグルーヴ”が務めます」
「……なんで君がココにいるんだ、グルーヴ?」
「? いえ、スカウトに失敗したコイツのせいで実質的に私と会長しかメンバーがいませんので順当な面子かと……」
そうじゃない。そうじゃないだろう? 別に今日はミーティングの為の時間ではないんだよ、グルーヴ。
デート。そう、デートなんだ。
何なら逢瀬と言い換えてもいい。
日頃にお互い時間がない私と旦那の数少ない機会になんで君が混じっているのかと聞いているんだよ。頭わいてんのかい? というか、確かに。確かにあの名簿の中で彼のレッスンに堪えれるのは君だけという事で丸め込まれつつも加入を認めはしたがね……こういうプライベートな時間には踏み込まない分別があると思ったからソレを認めたというのを忘れちゃったのかな??
“ぶっころすぞ、お前”という私の殺意を受けているにも関わらず手持ちのホワイトボードに悠々と文字を書き込んでいく彼女。そんなカオスな空間に気だるげな声が割って入る。
「………なに、あの入部宣言ってドッキリとかじゃなかったの?」
「何を言っている。今まで実質的なメニューを決めていたのがお前なのだから無駄を省くにはこうするのは当然だろう。他の娘たちはもう少しだけ身体が出来上がってからの加入になる。そこからはこんな悠長にはしてられないぞ?」
「あの冗談みたいな名簿はどうかドッキリであって欲しかった……」
「ふんっ、チームを持つという事はそういう事だ。大人しく観念しろ―――まぁ、私も出来る限りはサポートしてやるから精々気張ることだな」
「俺よりお前の方がトレーナーにむいてるんだよなぁ…」
………おい、なに嫁を差し置いて別の女とちょっといい雰囲気で苦笑してるんだ、比企谷。
ぶっころすぞ?
というか、今日のデートがあの“選考会事件”の穴埋めなの忘れてない?
君が急に“今から走って、後輩を潰せ”とか言うから頑張ったのになんで私はこんな光景を見せられてるんだ。しかも、あのあとに理事会に呼び出されて飄々と受け答えする君と一緒に怒られたり、庇ったりしたのは私だぞ? その埋め合わせに今日は思い切り甘え倒してやろうと思っていたのに、なんでこんな事になる??
いや、今からでも遅くはない。遅くはないんだ“シンボリルドルフ”。
旦那との甘いひと時は、今からでも取り返せるはずだ。
がんばれ、ルナ。お前は強い子だ。
皇帝を
「エアぐr―――」
「あっ、ようやく見つけましたわっ!!」
「んだよ、スカウトしてきた癖に放置プレイとか上級者向けすぎるぜクックロビン!」
「あ、おね…カイチョ―と副カイチョ―もいるー」
「なんでチームの部室とかじゃなくてこんな所でミーティングしてんのよ……」
力強く机を叩き、上下関係を改めて叩き込んでやろうと息を吸い込んだその拍子に喫茶店に雪崩れ込んできた騒がしい一団のせいでタイミングを逃してしまった。
ガヤガヤ、ズカズカと周りの迷惑も考えずにこちらに近づいてくる顔ぶれは先日の選考会で並んだ面子で、嫌でもこの後の展開が分かってしまい更に眉間に皺が寄ってしまうのを止められない。
あぁ、一体わたしがどんな悪い事をしたって言うのか?
何で大切なパートナーとの貴重な逢瀬を踏みにじられなければいけないのか?
勧善懲悪のごとく生きてきた私が、なぜ懲らしめられなければならないのか?
そんな私の天への必死の訴えも空しく、予想された残酷な言葉は彼女の口から容赦なく紡がれたのであった。
「「「「アンタ(君)(貴方)(お前)のスカウト、受けるわ!!」」」」
がっくりと肩と耳を項垂れさせた私を、三始祖神が笑ったかのように風が尻尾を撫でていった、とさ。
―――――――――――――――
昼時の眩い初夏の太陽もとっぷりと沈み込んだ夜の事、俺はようやく流し込めた麦酒の苦みと旨味に喉を鳴らせてようやく肩の力を抜くことが出来た。
いつもより早いペースで流し込んだせいか、はたまた溜まった疲労のせいかじんわりと回り始めた酒精の酔いが広がっていくのに身を任せながら最近の出来事を思い返してもう一度ため息を吐き出す。
あの選考会からすぐさま開かれたトレーナー全体会議や理事会の偉い人や同僚から非難轟々に攻め立てられた数時間をのらりくらりとやり過ごし罰則から逃げきれたのは良いのだが、ただでさえ嫌われ者の俺のヘイト値は更に高まり、今後はああいう事が起こらないように全会一致で禁止されてしまった。
なんでも“公平な機会の損失に繋がる”のだそうな。
まあ、またやるつもりもないので一向に構わないのだけれども疲れたのは確かである。
更に言えば、そこまでやったのにあの後すぐ、ルナにお説教を喰らってしまったせいでスカウトをすることも出来ずにただの骨折り損だったのが疲労感に拍車をかけた。いや、ホントに何のためにやったのか意味わかんなくなっちゃうよね?
そんなゴタゴタの内にルナに貴重な週末に予定を入れられ、“女帝”がシレっと他の書類に混ぜ込んで入部届の書類にサインをさせて入部してたりと忙しい日々を送る内にあの事件はあっという間に流れていってしまったモノだと思っていた―――のだが。
ビールを片手にツマミの枝豆を齧る俺の手元には不思議な事に4枚の入部届がある。
昼のルナとの外出中に乗り込んできた4人組。
あの傲慢な葦毛の娘の他にもかのレースに乗り込んできた命知らず共。
そいつらの名が書き込まれたその書類を眺めつつ、物好きな奴らだと思わず苦笑を零してしまうのは酔いのせいか、単純に愉快な面子にありもしないトレーナー魂がくすぐられているせいか判別は難しい。まあ、あの後に大層ご機嫌斜めになったルナに明日会う事を考えると頭も痛くなるのだけれども……とにもかくにも、俺の無茶は小さな結果をもたらしてくれたのだから今は素直に喜ぼう。
「何にやけてんの、気持ち悪い」
「おう、久しぶり。……何のむ?」
「ウーロン茶」
そんな俺に掛けられた冷え冷えとした声。その久しく聞く遠慮のなさと冷たさが心地良く感じつつもこっちもジョッキを掲げるだけの簡単な挨拶で返し、適当に酒を勧める。だが、どうにも呑む気はないらしく素っ気なくそういって彼女は席に腰を下ろした。
「下戸だったか?」
「アンタに急に呼び出されて警戒しない訳がないでしょ」
その無遠慮さが今はいっそのこと清々しくて今度こそ声に出して笑ってしまった。
それを気味悪げに見つめる青みがかった髪をポニーテールに纏めた元同級生“川崎 沙希”は昔と変わらずに人を寄せ付けない怜悧な雰囲気を湛えている癖にこういう風に呼べば答えてくれる律義さは変わらない。ソレがこの業界に辟易していた自分には小気味がよくて、新鮮に感じてしまう。
「ま、そりゃそうだな……まあ、用件を話す前にもう2,3人来るから少し待っててくれ」
「はぁ? あんた、今度は何企んでるの?」
「別に大したことじゃ――――「八幡、お待たせ!!」 いや全然待ってないしむしろ急に呼び出してごめんな。迷惑とは分かってんだけどどうにもこういう時に頼れるのが―――」
「あれー八幡? 我もいるんだけどー? あれあれー、対応が違いすぎない??」
「俺達、帰ってもいいよな?」
「いや、まじこの人と関わると毎回酷い目会うんだよな……」
「あ、来てたのお前ら。うん、まあ、適当に座れよ。呑んでもいいけどダルがらみしたらはっ倒すからな?」
「「「コイツ、変わらずクズだなっ……」」」
川崎の問いに答える前に俺の耳に届いたエンジェルボイスと目が潰れてしまいそうな程に眩い笑顔で手を振るマイフレンド“戸塚”をもてなす為にあれこれと席を引いたり、おしぼりを差し出す後ろから聞えるモブ共の不満げな声。
呼んどいてなんだけど、コイツ等の扱いはこれくらいで良いのが楽で非常に助かる。主におれの精神衛生上の理由で。
そして、文句は言う癖に人の奢りだと分かってるせいか次々に高い料理を頼んでくのも罪悪感を感じさせない小物臭を漂わせていていやがるze!!
そんな懐かしの面子が揃い一気に騒がしくなった卓に――――もう一つ、懐かしい声が響いた。
「ヒッキー また、私達を頼ってくれるんだね?」
からかいと、慈しみと、かつて過ごしたあの教室での日々への郷愁を掻き立てる柔らかな声。それに籠められた思いに緩みそうになる涙腺を引き絞り、俺は精一杯にいつもの様に頬を引き上げ――――皮肉気に口づさみ
「ん、今回も“いつもみたいに”手を貸してくれ。この通りだ」
揃った悪友たちに深々と頭を下げたのであった。