「えー、という訳で新規事務方および新メンバーを迎えた体制でこれからのチーム運営を行っていくのでよろしく。んじゃ、早速だが 「ちょっと待て」 ……はい、シンボリルドルフさん」
麗らかな風に差し込む日差しが眩しい真新しいミーティング室に呼び集められた私達の前に並ぶのは見慣れない顔ぶれの人物たちと、たまーにパートナーが休暇明けに漂わせていた女人と同じ匂いだと思しき女性が2名。
それだけでも頭が痛く湧き上がる苛立ちは隠しきれないのだが、一人だけ整体師として面識のあった戸塚氏以外は全く見知らぬ人間たちを事務方として急に雇ったと言われて納得しろというのはいくら何でも私も堪忍袋の緒が切れかけている。
「比企谷、君はいま自分がどういう事をしているのか理解しているのか?」
「……まぁ、大体はな」
隠すことも無く足で地面を掻いて苛立ちを伝え、普段の緩さを抜いた真剣な私の問いに軽薄な笑みを返すだけの不実さに最後の一線は簡単に切れてしまった。
「―――――これが“そんな事”で済むと思うなっ!!」
荒々しくその胸倉を掴み上げ、思い切り壁に彼を叩きつけた。
人とウマ娘の身体能力の差を考えれば、決して許されない行為。
ココに集められた者全てが息を呑み、悲鳴をあげるが―――私の剣幕に圧されて誰もが声をあげる事以上の事は出来ない。
だが、構うものか。私にだって我慢の限界はあるのだ。
それが、最愛の男の人生に関わるモノならば彼に嫌われたって私は声を上げない訳には行かないのだ。
「お前はこの“トレセン学園”にいるもの全てに喧嘩を吹っ掛けたのだぞ! 今までの様な故あっての嫉妬や顰蹙ではなく数少ない公平な目でお前を見守ってきた人達へ歩み寄る最後の機会を全てドブに捨てたのだ! 他方から引く抜くのも有効な策だ。機密保持にも最善手だというのも分かる。だが、誰も学園側から入れずにチームを編成するという事は―――“誰も信用していない”とそう名言したも同然の行為!! ソレが分からないお前ではないだろう!!」
それは、彼の今後において余りに致命的な傷になる。
人も、ウマ娘も個人ではどんなに足掻いても遠くへは駆けてはゆけないのだ。
それが周り中を敵に囲まれた最中でなど論外だ。
何より―――“私達はずっとそばにいられない”。
今回の新規メンバーがよしんば結果を出した後、引退したのちに彼への迫害はより強くなりトレーナーをココで続けることなど不可能になることは予想に難くない。
そんな孤独の道へ自ら進もうとする“パートナー”の目を覚ます為ならばいくらでも私は嫌われて構わん。彼がこの先に多くのウマ娘の才能を開花させる未来に比べれば私個人の胸を裂くような訣別など構うものか。
彼の才能を知っているからこそ―――私はココで引くわけにはいかないのだ。
「今からでも遅くない。理事長に掛け合い学園側から信用できる人物を斡旋してもらえ。最初は上手くいかないだろう。お前の指導法は余りに特殊で苛烈で、極端だ。軋轢も反感も当たり前に起こって諍いだって生まれる。だが、その分かり切った結果をしってもなお、少しずつ進めなければならないのだ――――度量を見せろ、比企谷」
「―――かふっ、その無駄な時間で俺はコイツ等を天辺に連れてける」
その咳き込み掠れた声。だが、何処までも響く冷たく重い声が私の脳を、いや、ここにいる全員の脳を強く叩いた。
「俺の未来なんか知るか。誰にも疎まれ、善意が裏返ってばかりの人生で今更そんな見知らぬ“誰か”なんか知った事か。俺は、俺が関わって人生歪めちまった奴のフォローで精一杯だ。俺以外のそいつらが輝けるのなら他の全てを泥に染めてやる――――だから、お前も俺なんか気にせずただ進め。それだけが、俺の存在価値になる」
「――――本当に、愚かな男だ」
昏く、それでも揺るがない灯で私を睨み返す彼に深く、ふかーく嘆息を漏らして私は彼の胸倉を手放した。
「あでっ。……まぁ、愛想が尽きたらいつでもお前も離れて行っていい。妙な義理なんて感じる必要ないぞ?」
「君への愛想なんてとっくに尽きているとも。それでも一緒に居るのは……まぁ、“パートナー”だからだろうなぁ」
「俺の知ってるパートナーへの目線はもう少し柔らかいもんだと思うけどな」
減らず口を叩いて起き上がる彼に少しだけ眉を寄せてしまう。コレが世間一般では“
惚れた弱み”という事を彼は分からないらしい。その愛憎入り混じる感情をモヤモヤと今日も飲み下しつつも呆然と私達を眺めている“新たな仲間”に今更な体裁を整えて挨拶を交わす。
「身内のゴテゴテをお見せした後では少し気恥ずかしいが―――初めまして、同胞よ。私の名前は“シンボリルドルフ”。彼のパートナーで、このチームのエース。それにこの学園の生徒会長なんても担わせて貰っている。浅学菲才の二人ではあるが、これからもどうかよろしく頼むよ」
さっきまでのいざこざをがまるで無かったかのように優雅な礼を行う私に、誰もが引き気味な笑みを浮かべて曖昧に頷いた。
失礼な。
――――――――――――――
「……結局、これって夫婦の痴話喧嘩を見せられただけなの?」
「まぁ、喧嘩するほど仲が良いってよく言うもんだよ♪」
「喧嘩するほど仲が良い、ってのが過去の偶像というのはゴルシ星じゃもはや常識だぜ?」
「……まあ、よくあることだ。気にするな」
「初回ミーティングからこの混沌具合……一流とはかけ離れてますわね」
先日の喫茶店で入部届を出して数日。諸々の準備が整ったので部室に集合というメールを受け取って意気揚々と集まったはいいモノの見せられたのはあの生徒会長の見た事も無い怒りを滲ませてトレーナーに掴みかかる惨事と、謎の和解。
新設チームという事で悩みに悩んだ自身の結論も流石にこの有様ではいくら“キングヘイロー”たる私でも選択ミスという言葉が脳内をチラついて頭を抱えそうになる。
あの日、震える体を押さえて走った時の衝撃。
同じ場にいるだけで全てのウマ娘を恐慌状態に陥れた“皇帝”になけなしのプライドで何とか出走したモノの自分など歯牙にもかけられる事は無かった。
体が強張っていたのも最初の1000mだけ。その後は集中を取り戻して自分の最速で駆けたあのレース。選考会でほぐれていた体は最高潮といってもいいくらいだったにも関わらず皇帝どころが同期の二人にも大きく離され完敗を喫したのだ。
だからこそ、ここに入部する事に決めた。
負けるのは、いい。
だが、負け続ける事は許されない。
だって、私は“キング”なのだから。
その自らの誓いを遵守するためココの門を叩いたというのに、コレでは先が思いやられる――などと早々に転部を視野に入れて思考を深めているとヘラヘラ何かを会長と話していた“トレーナー”が何事も無かったかのように立ち上がり、コチラに目を向けた。
ジトリ、とした嫌な感触はこの男の視線だろう。
それに怯むのも癪でむしろ見せつける様に胸を張って、腰に手を置き見つめ返してやる。
一流とは、どんな視線にも恥じる事はないのだ。
「ゴタゴタしてすまん。それじゃ、最初に測定に移る。これで今後のメニューも決まるから全力で取り組んでくれ。それと……これからのトレーニングは必ずコレを着て臨んでくれ。詳しい説明は測定の後に」
彼が眼鏡の男二人組に目配せして配らせたのは一見して普通のトレーニングタイツ。その少し厚手の生地がそれぞれに妙に各体型に合っているものでいらぬ懸念が脳裏によぎる。
「「「「「……こういう趣味?」」」」」
「アホな事言ってないでソレを体操着の下にさっさと着込んで第4ターフに集合しろ」
呆れたように溜息を吐いた彼がそれだけを言い残した部室を後にした。
………まぁ、今日くらいはお手なみ拝見とさせて頂きますか。
そんな嘆息と共に私達は更衣室へと移動したのでありました。
――――――――――
「――――えっほ、うぇっ、はっ、――っは、はっはっ―――」
目の暗く濁ったトレーナー“比企谷”からターフで出されて指示はただ全力で一周してくる事のみ。
誰もがあの“皇帝”を作ったと言われるトレーニングの過酷さに息を呑んだのだが、実際に蓋を開けてみれば緩めなトレーニング内容に肩透かしを食らったといってもいいだろう。
だが、初日でもあるのだしこんなものだろうと思って皆が指示されたように一周を終え、補助の眼鏡2人組の弄ってるモニターを眺め数分。
2週目の号令が発せられた。
もちろん全速で、だ。
その号令に誰もが慌てて駆け出して、はしり切る。
そこからは、エンドレスにソレが繰り返された。レースですら一周で全精力を使い切るのに―――ソレが23回を超えた辺りから記憶は曖昧だ。
息も絶え絶えに、込み上げる吐き気を何とか飲み込んで一定のインターバルで出来た体内時計に合わせて自動的にスタートラインに戻った時にその地獄はトレーナーの合図をもって終わりを迎えた。
誰もが崩れ落ち、体を痙攣させる中でその声は朗々と響く。
「現状で最も強いのは――――キングヘイロー、か」
「はぁっ?」
その声に、疲労感よりも苛立ちが勝って震える体のまま彼を睨みつける。
意識が朦朧としても、体がガクガクになっていようとも誰が早かったかを見逃すほどに気を抜いていたつもりはない。
序盤ではずっとドベで、中間からでも抜け出せず―――最後の最後に何回か先頭になっただけのウマ娘が同期内最強を認定されるのは許しがたい事だった。
「あんたっ、何処みてたのよっ!―――序盤は私っ! 中盤はテイオーとエアグルーヴ先輩っ、後半はゴルシが単独でアイツは数回トップになっただけじゃない!!」
「その全てのラップタイムが遅くも早くもならず均一で―――未だ脈拍も姿勢も崩れていないのが“ヘイロー”だけなんだよ、ダイワスカーレット」
「―――――――え?」
そう言われて、初めて気が付いた。
誰もが膝をつき、倒れ込んでいる中で――――未だにスタートラインに悠然と立って合図を待つその姿に。
汗だらけ泥だらけで全く優雅でもなく余裕も感じない風貌の癖に、愚直にスタートの合図を待ち望んでいるその姿はいっそのこと異常ですらあった。荒い呼気が、体中の熱量を漏らすその湯気だつ背が―――ただ、スタートの合図を待っている。
「―――――っ」
「お前らに着てもらったタイツには仕組みがあってな。発汗・心拍数・発熱・フォーム・摂取酸素・負荷・その他の全てのデータが読み込まれるように出来てる。そんでコレが各個人のフォームから心拍数のデータだ。……それぞれの適正やその他の個性もあるんだろうが、ソレを超えた瞬間の崩れ具合は酷いもんさ」
差し出された画面に映る心拍数などの数字は目に見えて酷くなっていき、それぞれのフォームの最適解だろう青線から大きく逸脱した紅線が目障りなほどブレていく中で――――キングの線だけは不気味なほど一定であった。
頭も下げず、背筋も曲げず―――ひたすらに最適な線を追っていく。
綺麗なフォームであった。
「最適解のフォームを崩さず、全力のまま一定の心拍数を保てる。ソレが理想形と言わずになんていうんだ?」
「…………」
言葉にでかかった言葉は私には認めがたくて、ただ目を背けた。
誰よりも最速で、先頭で、追随を許さなかった私の人生で立て続けに訪れる自分より早いかもしれない存在を認めてしまう事がどうしても許せなくて飲み込んだ。
「お前らの問題点も悪癖も全て今の検査で分かった。ここから先は無理だと思えばすぐに辞めろ。冗談でも煽りでもなく今からお前らの楽しい学園生活は終わりを迎えてただただレースの為に生きていく生活が待ってる。―――それでも勝ちたい奴と思うキチガイだけが残れ。それ以外は今のウチにそこそこのトレーナーと仲良くやってろ」
「「「「………」」」」
その人を小馬鹿にしたような表情に、誰もが血管を浮かべ苛立ち立ち上がる。
全身が痙攣しようが、疲労で崩れ落ちそうになろうが関係などあるモノか。
舐められて立たぬなら、ウマ娘など辞めてしまえばよい。
そんな怒りを込めて彼の元ににじり寄る私達に厭らし気な笑みを浮かべた“トレーナー”は未だに意識朦朧とした最中でスタートラインに立つキングへ歩み寄り―――悪魔のような笑顔のまま彼女の口元に“布”を巻き付けた。
「――――? ――――っつ、あっ―――んぐぐぐっ!!」
「凄いだろ? 今回に一等賞を取ったお前だけへのご褒美だ。―――世界ってのはな一流に厳しくて、無能に優しいんだ。だから、コレはお前だけの特権だ」
口元に布を巻き付けた。たったそれだけで尋常ではない苦しみ方をするキングに皆が駆け寄ろうとするのを立ち塞がり阻むトレーナ――――いや、“比企谷”が楽し気に嗤う。
「別に毒なんか吸わせてねぇからあわてんな。そんで、一流落ちしたお前らには別メニューだ」
「…………アンタが嫌われる理由、よ~~く分かったわ」
「そうかい、退部ならいつでも歓迎だ。俺の仕事が減るからな」
「――――くたばれ」
自分の記録が1週間たって伸びなければ冗談抜きでこの男を殺そうと心に秘めつつ彼が弄ぶ紙をもぎ取って――――その鬼畜な内容に誰もが眉を顰めたのであった、とさ。
=今日の蛇足=
事務方一同「………うわぁ(ドン引き」
ルドルフ「……なんでもっと普通に出来ないモノかなぁ(黄昏」