二人の孫悟飯   作:無印DB好き

1 / 12
転入生 孫悟飯

 孫悟飯。かつて武術において右に出るもの無しとうたわれたほどの達人。武術の神”武天老師”の薫陶を受け、各地においてその武の技を披露した豪傑。しかし、老境の域に入り始めた頃に、唐突にその消息を絶った謎の男でもある。故に、それ以降の彼に関する電子の記録や書籍等の記述はない。

 

 その謎の達人…孫悟飯に憧れる一人の少年がいた。彼の名前はウットナ。代々武術の家系に生まれ、父、母、妹の四人家族という構成で、家系ゆえに父から妹と共に武術を学ぶ少年だ。

 

 彼が孫悟飯なる人物を知ったのはまだ物心ついたばかりの頃。まだ存命だった祖父から、この天下の達人の話を聞いたのだ。

 

 当時、とあるいざこざに巻き込まれ危うくお家断絶…となりかけたところを、偶然旅の途中に立ち寄っていた孫悟飯に助けて貰ったそうなのだ。その時のあまりに圧倒的な強さを誇る孫悟飯の雄姿を、祖父はその年齢に見合わない子供の様な眩い笑顔で語っていた。

 

 今でも、ネット上で孫悟飯の名前を検索すれば、それなりにはヒットする。それほど有名な御仁でもあったのだろう。とはいえやはり彼の消息に関する事だけは、推測の域を出ない胡乱な文しか出てこないが。

 

 更に、今は武術と言えば、天下一武道会優勝者であり、あのセルをも倒してみせた世界の英雄…ミスター・サタンを筆頭とした彼の娘や弟子を含む今をきらめく武闘家の名前しか挙がらないのが現状だ。まあ、これに関しては数十年も前の人物なので当たり前かもしれないが。

 

 しかし、祖父から何度も武勇伝を聞かされたウットナは、それでも孫悟飯が史上最強の武道家だと信じて疑わなかった。残されている数少ない映像を見るたびに、孫悟飯の凄まじい強さに胸が熱くなる。孫悟飯が存命ならば、セルをも倒せていたと自信を持って言い切れる!

 

 そんな一途な思いを持つウットナの前に一人の少年が現れた。彼が敬愛する人物と全く同じ名前である”孫悟飯”の名前を持つ少年が…。

 

 

 

 

 

「孫悟飯です。よ、宜しくお願いします」

 

「悟飯君は様々な学業で満点を修めた優秀な学生だ。皆も彼を見習って励むように」

 

 少し戸惑い気味にクラスメイト達に自己紹介をする少年…孫悟飯。その隣で、クラスの担任の先生が悟飯について補足の説明を入れる。途端に、おーっ…とどよめきがクラス中に広がる。

 

「くっくっく…。いかにも勉強の虫って感じだな…」

 

「可愛い顔付き…ちょっとタイプかも…」

 

「…ソン、ゴハン…? ソン………」

 

 ウットナの前の席にいるシャプナーは少し見下す感じで、イレーザはちょっとだけ頬を朱に染めて、ビーデルは孫悟飯の名前の孫という部分を怪訝そうに噛みしめて、教壇の前に立つ転校生を見つめている。

 

 しかし、ウットナとしてはそれどころではない。

 

(孫悟飯!? 孫、悟飯…だって!!? そ、そんなバカな…っ! その名前は…そ、その名前は…っ!!)

 

 驚愕に満ち満ちた表情で、視線を一点に定めるウットナ。見る人が見れば、睨みつけていると取られても仕方がない程の形相だ。

 

「悟飯くーん! ここ、ここが開いてるわっ!」

 

 悟飯の席を決めかねている教員に、イレーザが自分の隣の空いている席を指しながらアピールする。そして、教員の指示を受けその席へと移動する悟飯。その様子を、ウットナはただただジーッと黙って見つめ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 学校生活において、転校生とはなかなかの大きなイベントだ。それが、編入テスト全教科満点の秀才ともなれば猶更だ。当然、昼休みの間に悟飯は他の生徒から質問攻めに合う。

 

 それによると、どうやら彼は転校生ではなく転入生だという事。つまり、このオレンジスターハイスクールに入学するまでは、彼は学校への登校経験はない…らしいのだ。

 

 さらに驚きなのが、彼の実家の場所だ。信じられない事に、ここ…サタンシティから千キロ以上は離れている住所を彼は口にしたのだ。流石に冗談かとも思ったウットナだったが、このことを聞き出したイレーザとのやり取りを見る限り、どうも本気で口にしている様だ。

 

 

 とはいえ、この二つこそ驚きだった物の、それ以外の趣味や将来の夢については、趣味は特になく夢についても学者という相応の物だったので、この時点でのクラスメイト達の評価は”ちょっと変わったがり勉君”というものに落ち着く事となる。

 

 が、当然ながらウットナとしてはこんな評価は納得がいかない。そして、どうやらビーデルも経緯こそ不明だが悟飯を怪しんでいる節があり、質問攻め中もその輪には加わらず、ずっと悟飯を睨みつけていた。

 

 事が起こったのは昼休み後の体育の時間だ。今日はベースボールをすることになったのだが、その最中、シャプナーが放った特大ホームランを、悟飯は当然のようにキャッチしてしまったのだ!

 

「なっ!?」「い゛っ!?」「…は?」

 

 その一打を悔しそうに見ていたピッチャーのビーデル、ホームランを確信し一塁を抜けさあ二塁へ行こうとしていたシャプナー、そして悟飯と同じく外野を守っていたウットナが揃って驚愕の…あるいは間の抜けた声を上げるが、それも無理はない。

 

 なぜなら、そのボールを取るために悟飯は十メートル以上も垂直にジャンプしているのだ。これに驚くなという方が不可能だろう。

 

 更に、攻守交代後の悟飯の打席。会心のホームランをあっさりアウトにされたシャプナーが、恐らくは脅しの為に渾身のストレートを悟飯の顔面に向かって投げたのだが、余裕で人を殺せそうなその一球をまともに食らっても、悟飯は平然としていた。どころか、全くダメージを見せずにルンルン気分で一塁へと向かうではないか。

 

「………っ。あ、怪しい…」

 

 その様子を見てビーデルが唸りながら口を開くが、ウットナは………逆に感動していた。

 

 理由は簡単だ。今、悟飯が見せた超人的な動きは、まさにウットナがそれこそ何回も何回も、もう数えるのも馬鹿らしくなるほどに繰り返し見ていた、あの武術の達人”孫悟飯”の動きその物だったからだ。

 

(彼はあの孫悟飯に関係のある人物に違いないっ! そうと決まれば…っ!)

 

 

 

 

 

「おいお前。部活はもう決めてるのか? もしまだならボクシング部とかどうだ? 思ったよりタフそうだから良い線行くかもしれんぞ?」

 

「あ、いや、僕は部活はちょっと…」

 

「そうそう、悟飯君ってば家が凄く遠いんだから、部活なんてやってる暇ないよ。それより悟飯君、一緒に帰ろうよ~。私の家まで飛行機で送ってってよ~」

 

「は、はは…。ご、御免ね、僕の飛行機一人乗りなんだ…」

 

 放課後、帰り支度をしている悟飯にシャプナーとイレーザが話しかけていた。シャプナーは真面目な顔で悟飯を自分の部活に勧誘している。どうやら、先の体育の時間で悟飯の事をただ勉強ができるだけじゃないと感じた様だ。

 

 一方、イレーザの方は一緒に帰ろうとしている。どうやら、悟飯の千キロ以上の距離を行き来する高性能…と思われる飛行機で素早く帰るのが目当ての様だ。尤も、どっちも断られてしまったが。

 

「悟飯君…俺からも一ついいかな? 君、孫悟飯っていう人物を知っているかい?」

 

 そして、ここで今まで見ていたウットナが行動を起こす。

 

「へ? 孫悟飯は僕…」

 

「いや、君じゃなくて、かつて武道において右に出るもの無し…とまで言われた武道家”孫悟飯”の事だ。同じ名前を持つ君なら知っているんじゃないのか?」

 

 自分を指差す悟飯に、一歩詰め寄って詳しく問い詰めるウットナ。すると、悟飯はあからさまに「あー…」といった感じに冷汗を垂らし始める。

 

「孫悟飯? そんな奴聞いた事ねえぞ」

 

「そうだろうね。何せ彼が活躍したのはもう何十年も前だ。でも、さっきも言ったように、武において彼の右に出るもの無し…とうたわれたほどの強さを誇る人物だったそうだよ」

 

「え~? って事はミスターサタンより強いって事ぉ~? 流石にそれはあり得ないと思うんだけど…」

 

「うん、勿論、現世最強はミスターサタンさ。それは議論の余地はない。でも、史上最強という事なら、俺は迷わずこの孫悟飯翁を推すね。えこひいきなのは承知の上で」

 

 訝しむシャプナーとイレーザだったが、ウットナは僅かも怯むことなく自分の意見を言い切る。

 

「だ、そうだが、ミスターサタンの娘としてはこいつの意見、どう思う?」

 

 と、ここでシャプナーはいつの間にか後ろにいたビーデルに意見を求める。

 

「へ!? み、ミスターサタンの、む、娘…っ!?」

 

「あ、そういえば悟飯君知らなかったよね。そうビーデルはあのミスターサタンの娘なんだよ~!」

 

「んでもって、こいつの腕は俺よりも上だ。可愛いからって変な気は起こそうとするなよ、ボコボコに返り討ちにされちまうぜ」

 

 厳しい顔で悟飯を睨むビーデルを見ながら驚く悟飯に、説明をするイレーザとシャプナー。その際、この二人は何処か自慢げでもあった。

 

「…そうね。えっと、ウットナ君…? だったよね。君にも言いたい事はあるけど、それよりも私も悟飯君に聞きたい事があるの。ねえ君、孫悟空って人知ってる?」

 

「いっ!?」

 

 一瞬だけウットナに視線を移しはしたものの、再び視線を悟飯に戻し質問するビーデル。そして、その名前を聞いた途端にあからさまに動揺する悟飯。これでは、知っていますと白状してしまったようなものだ。

 

「孫悟空か…。これまた、格闘技マニアの間では有名な人物が出てきたな」

 

「ウットナ君も知ってるの?」

 

「勿論さ。第二十三回天下一武道会の優勝者だ。つまりミスターサタンより一つ前の優勝者だね。それだけじゃなく二十二回と二十一回もともに準優勝。特に二十一回に関しては若干十二歳という若さだ。当時は少年の部なんてなかったから、大人たちに交じって準優勝したって事になる。有名にもなるさ」

 

 その孫悟空なる人物についてうんちくを語るウットナ。それをビーデル、シャプナー、イレーザの三人は興味深そうに聞いていたのだが、ウットナの語りが終わるや否や、ウットナを含む四人の視線が一斉に悟飯の方へと向かう。

 

「―――………ごめん!! 僕ちょっと急ぐからっ!!!」

 

 四人の視線に耐えきれなくなったのか、脱兎の如く教室の扉へと走り出す悟飯。

 

「あっ、待てっ!!」

 

「逃がさないわっ!!」

 

 即座に追跡しようとするウットナとビーデルだったが、追いかけるように扉の外へと出た瞬間、信じられない事に既に悟飯の姿は何処にもなかった。

 

「へっ!? そ、そんな…! い、今出て行ったばかりなのに…っ!?」

 

 驚愕に目を見開きながら廊下を左右に見回すビーデル。しかし、事ここに至ってもウットナは冷静だった。

 

(これは…あの目に見えない早業か…? 悟飯翁の動きも、常人には到底見切る事が出来ない程の早さだった。あんなスピードで本気で逃げられたら、俺らには手も足も出ないな…)

 

 と、ここまで思考を巡らせた後で、ビーデルへある取引を持ち掛けた。

 

「ビーデルさん、今やみくもに悟飯君を探しても多分見つからない。それより、ここはお互いに知っている情報を交換しませんか?」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。