神よ賛えよ、我今来たる ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第11話

 ドオオオオオオオオ!!!と突き上がる観客たちの叫びは様々な物の集まりだった。

 勝者への賞賛に応援していた出走者への労い。興奮のあまり思わず隣にいる者と抱き合って(はしゃ)いでいるウマ娘もいる。

 挑戦者の勝利とは即ち学園側の敗北になるのだが、それを気にしている者は誰もいない。全員がよもやの道場破りを成し遂げた英雄を讃えている。

 競走バの頂点、『皇帝』シンボリルドルフを倒すというのは、つまりそういう事だった。

 

 「凄い、嘘でしょ!? 会長に勝っちゃった!!」

 

 「なんて末脚。本気のあの人を交わすなんて・・・・・・!」

 

 「あの子を鍛えたトレーナーは誰!? どうしてあんなウマ娘が今まで見つからないままだったの!?」

 

 突如として現れた次世代の怪物に沸き立つのはウマ娘だけではない。彼女らを教え導く者らにとっても青天の霹靂だった。

 口の中の飴を噛み砕き、《スピカ》トレーナーは知らず知らずの内に身を乗り出していた。

 背筋に走る震えは畏怖にも似ていた。

 非の打ち所がない好スタートからの、レース中盤の大胆な息の入れ方。さらに終盤に見せた躊躇いのないコース取り。

 最初から最後まで彼女は、徹底的に自分のやりたいように走ってのけた!

 

 「何て楽しそうに・・・・・・、なんって自由に走るウマ娘なんだ・・・・・・っ!!」

 

 ・・・・・・だが当然、光があれば影もある。

 さっきも言った通り、会場の歓声は勝者のみに向けられたものではない。結果に関わらず最後まで全力で走り抜いた者への労いの声も、1つの巨大な塊となった音の中には充分に込められている。

 だがその想いは、少なくとも今は届かない。

 敗者にとって歓声というものは、自分の手が届かなかった別世界で発生した現象でしかないのだから。

 

 「ぜぇ、はっ、はぁっ・・・・・・!」

 

 全力を出し切って完全に息を切らしているシンボリルドルフ。

 膝に手をついてぜぇぜぇと喘鳴を吐くその姿に、上に立つ『皇帝』としての品格はない。そういう品格や建前、全ての外面を(なげう)って走ったのだから当然だ。

 ─────勝ちたかった。何としても。

 迎え撃つ生徒たちの長としてではなくもっと根本の、シンボリルドルフというウマ娘として。

 

 「ふぅっ─────。やあやあ何だい、()()()()()()()。随分とお疲れみたいじゃないか」

 

 聞こえてきた声に顔を上げ、そして疲労に丸めていた背中を気力で起こす。敗北を喫した身だとしても、物理的にも見下ろされるのは御免被る。

 捲れた土をざくざくと踏みつつ、にぃ、と笑うマツカゼが近寄ってきた。

 

 「恐ろしいもんだよ。流石の一言、見事な走りだった。けどあたしが思うにねえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 「()()()()()()()()()()()()()()・・・・・・!」

 

 舐めてんじゃねえぞ、というマツカゼの婉曲な煽りをルドルフは断固として否定する。

 そもそもマツカゼがいなかったとしても気を抜けば負ける程のメンバーが揃っていたレースだ。

 断じて下に見てなどいない。挑まれた側として自分は間違いなく本気で走った。

 それでも尚、目の前のウマ娘には及ばなかったが。

 

 「やっぱ音に聞こえた皇帝様の名は伊達じゃあない。全力で走っても何バ身差とまではいかなかった。

 ・・・・・・けど! 先にゴールしちまえば! ハナ差だろうが勝ちは勝ちさね!」

 

 ・・・・・・言ってくれる。

 ふんすと鼻息を吐きつつ胸を張るマツカゼに、ルドルフは若干青筋を浮かべそうになった。

 まあ引っ叩きたくなるくらい清々しい勝ち誇り具合なのだが、それも勝者の特権だ。ルドルフの(はらわた)を煮立たせているのはそこではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 走りきった息切れからまだ回復していない自分に対して、彼女には明確な余裕がある。

 マツカゼは確かに言葉通り全力で走ったのだろう。

 ただし────本気ではなかった。

 例えるなら7割の力で勝てる勝負に、きっちり7割だけ使って勝ったようなもの。

 互いに全てを出し切った上での決着ならもっと絆も芽生えたであろうものを、それがどれだけシンボリルドルフのプライドを抉ったかは察するに余りある。

 しかし敗北は敗北、負け惜しみなど吐かないがせめて()め付けてやろうかとマツカゼの目を見た時、ルドルフは一瞬言葉を失う。

 侵入者という色眼鏡を外し、同じ芝で競い合った者として初めて彼女の目を見た。

 

 力強い目だった。

 目力や目つきの話ではない。強い光に深さを湛えた、吸い込まれそうな瞳。

 気圧されるような惹き込まれるような、なぜ今まで何も感じなかったんだと自分に疑問を抱く程に圧倒してくる眼差し。

 ・・・・・・あるいは彼女が、()()()()(ゆかり)のある者だと確信した故の見方の変化だろうか。

 無言で見つめられ首を傾げるマツカゼに正気に戻ったルドルフは、当初の個人的な目的を思い出した。

 そうだ。

 自分は彼女にどうしても聞きたい事がある。

 

 「マツカゼ。君の────」

 

 「ああっ!」

 

 急に叫んだマツカゼがルドルフの前から走り去る。

 何があったのかとそちらを見れば、彼女が向かう先にはライスシャワーがいた。

 あの恐るべき末脚で千切られてもなお追いつこうと全力疾走したせいか、完全に体力を使い果たしてヘロヘロと歩いている。

 今にも倒れそうな様子の彼女をぶつかるような勢いで抱き締めたマツカゼは、そのままわしゃわしゃと頭を撫でつつ頬擦りを始めた。

 

 「ん〜〜〜〜〜〜〜っっ!! 何だいライスちゃんやれば出来る子なんじゃないか!!

  ああもう何って ()()なんだい!? こんないい子に想われて()()()()って子は幸せもんだあ!」

 

 「ゼぇー、ひゅぅー、ま、まつかぜ、しゃ、」

 

 「あ。()()()()()あんたまーた小ウマ呼ばわりしてくれやがったねえ。じゃあその小ウマに負けたあんたは何なんだい? ええ? どうなんだい何とか言えよこの驢馬(ろば)がよう」

 

 「・・・・・・返す言葉もないよ。挑発して負けた以上は潔く受け入れるしかないね」

 

 「いやいや、とはいえ良い発想してたよお? バ群と不良バ場の仕掛け網、前のレースであたしを負かそうとしたヤツと同じ嵌め方だ。同じやり方で初見で突破してやったのを思い出したねえ」

 

 「いや大概いい性格してるな君は・・・・・・!」

 

 胸に抱いた疲労困憊のライスシャワーをおにぎりにする勢いで愛でつつフジキセキを詰めるマツカゼに迫る沢山の影。

 言うまでもなく他の出走者たちだ。

 観客は勿論、実際に走った彼女らがここまでの走りを見せられておいて「負けちゃいました」で終わらせられる者などいるはずもなく、マツカゼはあっという間に鼻息荒くしたウマ娘たちに囲まれた。

 

 「あの、普段どんなトレーニングを!? どうやったらあんな足腰が身に付くんですか!?」

 

 「やっぱ蹄鉄か!? あの蹄鉄で鍛えてんのか!?」

 

 「ちくわ大明神」

 

 「うあーっ、カイチョーに勝つのはボクだったのにーっ! 悔しい悔しいもういっかーい!!」

 

 「あっはっは誰だい今の」

 

 ええい一列に並べい、と鹿せんべい片手に身動き取れなくなった奈良公園の観光客みたいになっているマツカゼが群がってくる他の出走者たちを整理しようとしていた。

 なおその間も彼女はライスシャワーをこねくり回し続けており、抵抗を諦めたらしい彼女がおにぎりを通り越しておもちに変貌しつつある。

 そんな騒がしい様子をルドルフは1人輪の外から眺めていた。

 ・・・・・・敗残の将とは寂しいものだな。

 そう呟いて笑う彼女の傍に靴音が1つ。そちらを見ると見慣れた気品あるアイシャドウのウマ娘が、いつものようにそこにいた。

 

 「会長、お疲れ様でした。とんでもない相手でしたね。・・・・・・どうしましたか?」

 

 「いや。何でもないよ・・・・・・そうだな、エアグルーヴ。最高の走りをして、それでも勝てなかった。本当に凄まじいウマ娘だったよ」

 

 「この結果を想像はしても、奴の器を見抜いた者はいなかったでしょう。レースに絶対はないと言いますが、あの領域に入った貴女の勝利を疑うことはありませんでした」

 

 「私もだ。夜郎自大になったつもりもなかったが・・・・・・全く、私の世界もまだまだ狭いな」

 

 願いも虚しく一列にはなってもらえないままマツカゼはウマ娘たちの中に埋もれている。

 誰も彼もが彼女に夢中だ。

 居ても立っても居られず降りてきたらしい《スピカ》トレーナーがマツカゼに抱き着かんばかりの勢いで迫り、やめんか馬鹿者とチームメンバーに引き剥がされている。

 そんな騒ぎを横目で見つつ、エアグルーヴは固い表情でルドルフに言った。

 

 「ところで会長。マツカゼについて思い当たる事が・・・・・・」

 

 「ああ。ようやく私も心当たりがついたよ」

 

 言わずとも分かる、とルドルフが首を縦に振る。

 今まで感じてきた既視感の正体がようやく明らかになったのだ。

 浮かぶように落ち着かない高揚を胸に、ルドルフは集団に埋もれるマツカゼへと歩を進めていった。

 

 ウマ娘たちを掻き分けて彼女の手を握り、俺のチームで頑張ろうぜ!!と叫んだ。マツカゼが反応するよりも先にスカーレット達に引き剥がされた。

 捲れたターフに倒されて関節技を食らっている男性トレーナーの姿に非常にデジャヴを感じつつ、マツカゼは呆れたように腰に手を当てる。

 

 「お兄さんさあ、洒落(しゃれ)(なり)してるんならオンナの口説き方くらい覚えときなよう。今朝から(さか)ってるだけじゃあないかい」

 

 「いだだだだっ、だからそういうのじゃないっつーの!」

 

 「やかましい! そもそも勧誘にしたってウチの生徒じゃなかったでしょうがっ!!」

 

 「いやいや大丈夫だって! どうせ─────」

 

 

 「すまない。通してくれ」

 

 

 その一声で全員が静まり、観客席までもが沈黙した。

 通せと言ったのが彼女だと分かった途端、ざあっと集団が2つに割れて道を作る。

 ルドルフがマツカゼとの会話を望んでいるのだ。

 高き場所で激突した両雄がどんな言葉を交わすのか。自分たちの長がマツカゼにどのような言葉を発するのか、曇天の下で俄に緊張が高まっていく。

 そして自分と彼女を繋ぐように割れた一本道を歩き、ルドルフは改めてマツカゼの前に立った。

 

 「改めておめでとう。無念だが我々の完敗だ。君は見事にこの学園を打ち負かしてのけた。・・・・・・どうだったかな、我々の走りは」

 

 「そりゃあ大満足だよ。流石は中央。みんな強くて、みんなが勝つために全力だった。久方振りに燃えたねえ・・・・・・」

 

 「久方振り、か。その様子だと君は自分の学園では敵無しのようだな」

 

 「んー、そんなとこだねえ。『誰がトレーナーでも勝てる』なんて言われた位には。いや他のみんなも強いんだけどさ、どうしてもねえ」

 

 「そうか。あるいは君がその環境に()いているのであれば・・・・・・私はそれを解決する事ができるな」

 

 「?」

 

 首を傾げるマツカゼ。

 そんな彼女にルドルフは己の手を差し出した。

 そして有無を言わせぬ強さを込めて、彼女は言う。

 

 

 「マツカゼ。─────トレセン(この)学園に来い」

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