神よ賛えよ、我今来たる ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第2話

 「いや別に俺はスケベって訳じゃ・・・・・・、」

 

 「? どうしたのさ、顔逸らしちゃって」

 

 「・・・・・・脚閉じろ。見えるから」

 

 ん、と男性トレーナーが指差している先を見下ろす。

 鹿毛のウマ娘の両脚の間だった。

 膝の裏にスカートを挟まず無造作にしゃがんだせいだろう、なるほど確かに隠されておくべき場所が明らかにされてしまっている。

 脚を閉じて恥じらうか或いは男性トレーナーを面罵するか、年頃の少女として取るべき選択肢はその位だろうが、彼女は悪い意味で格が違った。

 

 「何だいいきなり脚を触っといてこの程度。ほれ」

 

 「きゃーーーーーーっっ!?」

 

 言うが早いかしゃがんだまま脚を思い切り開こうとした鹿毛のウマ娘にスペシャルウィークが飛び込んできた。

 突如として開催されたお股ぱっぱか快晴レース、目ん玉ギラギラスペシャルウィークのスタートダッシュが光る。恥じらいというゲートが開ききる寸前で見事彼女の両膝を掴んで開いた脚を閉じさせた。

 

 「ななななななな何をしてるんですか!? 女の子が軽々しくそういう事しちゃダメです!!」

 

 「あっはっは、可愛いねえ。意中の(ひと)だったりしたのかい?」

 

 「いえ全然違いますが」

 

 「あ、そう・・・・・・」

 

 感情が一気に凪いでいた。活発になっていた情動が落っこちるようなスペシャルウィークの真顔に鹿毛のウマ娘もちょっと素に戻る。これについては何の罪もなかった男性トレーナーが何もしていないのにフラれた。

 ちなみに女性トレーナーの方は途中でアホ臭くなったのか既に姿を消している。

 

 「そういえば学内の地図見てましたけど、どこか分からない場所とかあったんですか?」

 

 「そうそう、図書室に行きたいんだけどねえ。今一つ場所がわからなかったんだよ。ここ広いねえ」

 

 「そうでしたか。じゃあ私が案内しましょうか?」

 

 「大丈夫大丈夫、1人で行けるよ。心配してくれてありがとねえ」

 

 礼を言いながら鹿毛のウマ娘は立ち上がり、スカートを(はた)いて皺を適当に伸ばす。

 

 「それじゃ、また会おうか。お兄さんも程々にしとくんだね」

 

 そして彼女は手を振りながら去っていった。

 鹿毛の長髪と尾を靡かせながら、()()()()()()()()()()()()()()()()軽い足取りで生徒の雑踏に消えていく。

 なんだか色々と大らかな人だったなあ、とスペシャルウィークは嵐が過ぎ去ったような心持ちでその方向を見送っていると、背骨のダメージが回復したらしい男性トレーナーがちょいちょいと自分に手招きしていた。

 何だろうと思いそちらに向かうと、彼は顔を近付けて内緒話をするトーンでスペシャルウィークに問いかけた。

 

 「スペ。あの娘とは知り合いか? 名前は?」

 

 「? いえ、初めて見ました。名前もちょっと・・・・・・。中等部では見覚えのない人でしたね。高等部の人じゃないですか?」

 

 「そうか。実は俺もあの生徒には見覚えがない」

 

 「え? ってことは転入生、って事ですか?」

 

 「多分な。そして学園の構造にも疎いあたりまだ入って日も浅いんだろう。おハナさんもノーマークみたいだったし、こいつはでけぇチャンスだぞ」

 

 バキリ、とトレーナーが口の中の飴を噛み砕く。

 彼の口元に浮かんだ笑みを見てスペシャルウィークはふと気がついた。

 脚を触った質感を堂々と口に出して品評する彼が、あの鹿毛のウマ娘の(トモ)に触れている間は一言も喋っていなかった。

 それだけ集中・・・・・・否、圧倒されていたのだ。

 己の手から伝わる、彼女のポテンシャルに。

 

 「あの娘の顔は覚えたよな? 他の奴らにもすぐに伝える。『鹿毛のウマ娘を捕まえろ』ってな。

 

 あのウマ娘────、何としても《スピカ》に加入させるぞ!!」

 

 

     ◆

 

 

 「よーマックイーン。トレーナーから連絡きた?」

 

 「来ましたわ。スカウトしたいウマ娘がいると」

 

 授業終わりのチャイムが鳴る。

 椅子に逆向きに座ったゴルシことゴールドシップが、後ろの席にいるメジロマックイーンにダラけた声で会話している。内容はもちろん、彼女らが所属するチーム《スピカ》のトレーナーから送信されてきたメッセージだ。

 

 「鹿毛のウマ娘を捕まえろ、つってもよー。そんなの学園にいくらでもいるだろ? トレーナーとスペだけ顔知ってても意味なくね?」

 

 「ですわね。私たちへの情報が大雑把すぎます。結局は顔を知っている2人と一緒に探すことになる可能性も高いでしょう」

 

 至極もっともな懸念点を口にするゴールドシップと、相変わらずどこか抜けているというか、と呆れ気味にマックイーン。

 

 「しかしそうすると急がねばなりせんね。トレーナーさんがスカウトしようという方ならば、他のトレーナーも既に目を付けているかもしれません。可及的速やかに特定しなければ」

 

 「って事は名探偵ゴルシちゃん活躍の予感!? 真実はいつも1つ? じっちゃんを熱々のご飯にかけて!? よーっし行っくぜー!」

 

 「肉親をふりかけにする名探偵は間違いなく罪を暴かれる側ですわよ」

 

 気分屋の気分が乗ったらしい。次の授業が控えている今から既に探しに行く気マンマンだった。

 自分勝手ではないが自由気ままと言うか狂気と正気の反復横跳びというか、彼女の言動はいまいち掴めない。真面目にやれば頼れる人なんだから真面目になってくれればいいのに、とマックイーンは常に思っている。

 ─────それにしても、転入生ですか。

 そういえばスペシャルウィークも転入してきたところをトレーナーに口説かれたのだったか、とマックイーンは思い出す。

 まだ開花する前の彼女の素質を一目で見抜いたトレーナーだ、その審美眼に見逃しはあるまい。それに加えてウマ娘の自由さを何よりも重んずる彼がここまで形振り構わず引き込もうとするのだ。

 純粋に興味がある。

 彼が一目で入れ上げたウマ娘がどのような人物なのか。

 そして、どのような走りを見せてくれるのか。

 

 (メッセージには『図書室に向かった』、とありましたわね)

 

 授業の合間に勧誘など出来ないが、どのみち説得するのはトレーナーなのだ、自分たちは『鹿毛のウマ娘』を探して連れてくる事のみ。

 特定の場所から見覚えのない顔を探して確認するくらいなら2人もいれば少しの時間でも充分に事足りるし、ゴールドシップ1人だと悪ければ悪質な訪問販売みたいな印象しか与えられないかもしれない。

 ならば今から向かうべきは─────

 

 「やはり図書室ですか。もう出発するつもりなのでしょう? 私も同行いたしますわ」

 

 「マック院」

 

 「誰ですのそれは」

 

 

 読むには短すぎるし借りるにも短い授業合間という時間に、図書室を訪れる者はほとんどいない。本の貸し借りを管理する図書委員会とて授業を受けている身なのだ。始業前や昼休憩、放課後以外の時間は図書室は基本的に無人である。

 故にいま図書室で本のページをめくっているのは、今朝方にスペシャルウィークらとわちゃわちゃしていた鹿毛のウマ娘だけだった。

 彼女が手にしているのは長らく誰の手にも取られていないだろう、表紙の煤けた分厚いハードカバー。

 本棚の片隅にそこそこのスペースを陣取っている、トレセン学園の歴史を綴った学園史の一冊だ。

 歴代の理事長や生徒会長、その頃のトレセン学園の様子や実績───重賞レースを勝利した当時のウマ娘の名前など───が綴られたページをぱらぱらとめくり、ある1項目でページを止めた。

 そこに書かれている当時の生徒会長の名前、および生徒会長や当時のウマ娘が残した実績にじっと目を通していく。

 

 「・・・・・・ふふ」

 

 少しだけ微笑んで彼女はハードカバーを本棚に戻す。

 次に手に取ったのは同じく学園史。目立った劣化のない、編纂された学園史の中では1番最近の歴史を記したものだ。

 彼女は手に取った最新の学園史に書いてある内容の殆どを飛ばし、いきなり最後の方に近い場所を開く。

 しばし文章を目でなぞっていた彼女だが、お目当ての記述が無かったのか嘆息しつつ本を閉じた。

 

 「流石に最近すぎて載ってないねえ。あわよくばどんな走りをしたか知りたかったんだけども・・・・・・」

 

 「会長のレースなら視聴覚室でDVD借りた方が早えーぞ」

 

 「わあ」

 

 ぬっ、と視界の横から顔が伸びてきた。

 何の脈絡もなく下から顔を覗き込んできた芦毛のウマ娘に僅かに仰け反るが、やはりリアクションの強度は薄い。

 いったい何だろうと振り向いてみれば、その後ろにもう1人、呆れ顔をしている同じく芦毛のウマ娘がいた。彼女は依然として鹿毛のウマ娘の顔を覗き続けているウマ娘を引き剥がし、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 「貴女、もう少し初対面なりの接し方というものがありますでしょう。突然申し訳ありません、この方は言動が少々ゴールドシップでして」

 

 「まずゴールドシップとやらの説明が欲しいねえ」

 

 「・・・・・・あれ、アタシが少々ゴルシって事は大部分ゴルシな奴が別にいる? なら今ここにいるアタシは一体・・・・・・?」

 

 「ああもうっ、アイデンティティはしっかり保って下さいませ! それよりもやるべき事があるでしょう!」

 

 分かってる分かってる、とやはり返事が適当な長身の芦毛。

 何だか分からないけれど仲良しなんだねえ、とそのやり取りを鹿毛のウマ娘が微笑ましそうに見ていると、顔を覗き込んでいた長身の芦毛は、自分とお淑やかな方の芦毛を指差して問いかけてきた。

 

 「アタシはゴールドシップ。こっちはメジロマックイーン。あんたのお名前何てーの?」

 

 

      ◆

 

 

 副会長・『女帝』エアグルーヴ。

 同じく副会長・『怪物』ナリタブライアン。

 そしてこの双璧の上に立つ生徒会長───『皇帝』シンボリルドルフ。

 理事長から学園の運営の一部すら任される彼女ら生徒会は、学園内の立ち位置で考えれば最も最高権力に近い場所。

 そこに身を置くに相応しい気位と実力を兼ね備えた3人には、並の生徒なら前に立つだけでガチガチに固まるほど弛みを許さない何かがある。

 覚悟とは何ぞや。そんな言外の問い掛けすら感じるこの傑物たちを気軽に遊びに誘う強者が、学園内に1人だけ存在した。

 

 「やっほーカイチョー! 一緒にごはん食べに行こー!」

 

 「ふふ。今日も元気だな、テイオー。愉快活発とはこの事だ」

 

 昼休憩、昼食の時間。

 弾むようにステップしながら駆け寄ってくる彼女に、シンボリルドルフは柔らかく笑う。

 その1人とはゴールドシップやメジロマックイーン、そしてスペシャルウィークと同じチーム《スピカ》が1人、トウカイテイオーである。

 彼女はトレセン学園入学前からシンボリルドルフに憧れ続けており、ルドルフもまたそんな彼女には何だかんだ甘い。

 かと言って同じ条件下で同じ真似が出来るかと言われれば大部分が否と答えるだろう。彼女の場合は生徒会室にまで遊びに来る事すらもはや日常で、ナリタブライアンに至ってはソファに寝そべったまま目線すらくれない。

 子犬みたいに尻尾を振る合間に挟まるテイオーと微笑ましげなルドルフの歓談はしばし続き、そろそろカフェテリアに向かおうとしていた時、テイオーの口からその話題は飛び出してきた。

 

 「それでねー。うちのトレーナーが新しくチームにスカウトしたい娘がいるんだって」

 

 「・・・・・・ほう?」

 

 その話題にルドルフの目の色が変わる。

 彼女の所属は学園内最強チーム《リギル》。テイオーの属する《スピカ》はライバル関係にあたる。

 ましてゴールドシップ1人しか在籍していない名ばかりチームから始まり次々と有望なウマ娘を引き入れ、その全てを開花させてきたあのトレーナーが戦力の追加を名指しで決定したのだ。警戒と興味が沸き立つのは自然というもの。

 そんな臨戦態勢とも言える彼女に一切怯まないのはテイオーの器量だろうか。ちょっと待ってね、と彼女はスマホを操作し、メッセージと共に送られてきた写真をルドルフに見せる。

 

 「鹿毛の娘だったよ。ゴールドシップからメッセージが来たんだけど、『マツカゼ』って名前なんだって。みんな見覚えのない娘だから転入生だろうって思ってるんだけど」

 

 カイチョー知ってる? と。

 ルドルフに見せた写真は、図書室にいた3人でのいわゆる自撮りというものだった。

 ゴールドシップが鹿毛のウマ娘───マツカゼの鼻の穴に指を突っ込もうとしたところをマックイーンに強めに阻止され、自らの指で自分の目を突く事になり悲鳴を上げているシーンだ。

 真顔で下手人の腕を掴むマックイーンと痛みで暴れて写りがブレまくっているゴールドシップの間に、マツカゼがきょとんとした顔で挟まっている。

 こんなIQ(アイキュー)の低い背景を7行にも渡って解説した気力を褒めて頂きたいところだが、残念ながら生徒会長が見ているのはそんな面白愉快な状況ではない。

 ルドルフは芦毛の2人に挟まれている鹿毛のウマ娘(マツカゼ)を、じっと見つめていた。

 

 「・・・・・・カイチョー? どうしたの?」

 

 「すまないテイオー、カフェテリアには先に行っていてくれ。私は少し確認する事が出来てしまった」

 

 「ええーっ!?」

 

 ぶーたれるテイオーに若干の後ろ髪を引かれつつ、ルドルフは彼女に踵を返す。

 『彼女は誰か』。あるいは『()所為(せい)か』。

 その胸に抱えた疑念と既視感の両方を明確にするべく、ルドルフは生徒会室へと早足で歩き去っていった。

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