神よ賛えよ、我今来たる ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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 ナリタブライアン引けました!


第3話

 人間の少女と変わらない姿で人類を遥か後方に置き去るフィジカルを持つウマ娘。なおかつそれを常時フル稼働させている競争バというものは概して体格の割に大食らいだ。

 生徒によっては競争バ基準で爆盛り数人前プラス大鍋一杯の料理を前にして「足りるだろうか」と口にするエンゲル係数青天井の食費を学生の身で賄うのは到底不可能なため、トレセン学園のカフェテリアは基本無料となっている。

 溢れ返る健啖家たち相手にそれを可能にしているのは理事長の生徒らの学ぶ環境を最優先にする方針と、彼女らの人気を巧く収益に導く手腕の賜物だろう。

 そんな誰か1人のおかげではない思いやりの食卓に、例の鹿毛のウマ娘もご相伴に与っていた。

 

 「いやあ、品数もいっぱいだねえ。味もいいし店構えも()()()だし。こりゃ花丸満点だあ」

 

 「()()()・・・・・・? 方言?」

 

 「そんなとこだねえ」

 

 目を細めて幸せそうにどんぶり超山盛りの肉じゃがと超山盛りの白米を頬張るマツカゼはひどく雑な答え方をした。

 長い髪で片目を隠した黒鹿毛、ライスシャワー。カフェテリアに昼食をとりに来た彼女は注文のシステムが分からず右往左往しているマツカゼを発見。ライスシャワーから注文の方法を教えてもらい無事お腹の糧を手に入れたマツカゼは、そのお礼ついでにライスと同じテーブルで食事にありついていた。

 やはり見た目には到底合わない量を皿に盛っているマツカゼもそうだが、小柄なライスシャワーも例に漏れず超大盛りのハンバーグをザクザクと切り崩していく様は圧巻の一言である。

 

 「いやあ、ライスちゃんありがとねえ。ライスちゃんがいなきゃあたしゃお腹鳴らして膝抱えてるしかなかったよお」

 

 「う、ううん。お礼を言われるような事なんて何も・・・・・・。転入したばかりじゃ分からない事も多いよね。何か他にも知りたい事、あるかな? ライス、力になれたら嬉しいな」

 

 それじゃあ遠慮なく、とマツカゼは知りたかった事全てを質問した。ゴールドシップに言われた視聴覚室の使い方やこの学園の訓練設備、校舎裏に広大なニンジン農園があることなど。一通り知りたい事を知れた後の会話は、何より量が求められるぶん煮魚などの一品料理はメニューに並びにくいなど取り留めもない雑談に切り替わる。

 

 「しかしこの季節はどうしたって苦手さね。体質的に少食な娘もいるみたいだけど、やっぱ身体は丈夫にしとかなきゃ駄目だよお。あたし一回すごい夏負けしちゃってねえ、本番のレースが危うかった時あんのさ」

 

 「えっ、そうなんだ・・・・・・。身体は大丈夫だった・・・・・・?」

 

 「身体は大丈夫だったけども、いや本当迂闊だったねえ。あたしもトレーナーさんも。応援してくれてる人みーんなガッカリさせちまって、ああいうポカは1度でもやっちゃ駄目なやつさ」

 

 「・・・・・・・・・・・・、」

 

 その時の無念を思い返しているらしいマツカゼの萎えきった口調に、ライスシャワーが少しだけ俯く。

 俯いたといっても変化としては目を伏せたくらいのものだったが、マツカゼはそれを見逃さなかった。

 聞こえてきたからだ。

 周囲の喧騒に紛れて微かに漏れた────"凄いなあ"、というライスシャワーの羨望の呟きが。

 

 「どしたの、ライスちゃん。あたし何か変な事言っちゃったかねえ」

 

 「あっ、う、ううん。・・・・・・何でもないの」

 

 「引っかかるんだよ。いま話したのあたしにとっちゃ結構な大ポカだからさ、それを凄いって言われるとちょっとね」

 

 聞かれていた。

 思わず漏れてしまった自分の呟きが相手への配慮に欠けていたものだったことを理解したライスがびくりと震える。

 第一印象以上に気弱な様子にマツカゼは「いや意地の悪い言い方しちまったね」と手刀を切り、ライスが「ごめんなさい」と謝る前にその続きを切り出した。

 

 「力になれるかは分かんないけど、何かあるなら教えとくれよ。暗い顔ってのは生来から好きじゃないのさ」

 

 僅かに逡巡するライスシャワー。

 マツカゼが語った失敗も勿論だが、彼女がそれを羨んだ理由も相応に重たいのだ。普通ならほぼ初対面の相手に軽々しく話すようなものではない。

 ただしそれを謝罪を遮られてから求められれば別だ。相手に対する負い目が、求められたことを謝罪の代替として口にするだろう。

 それがマツカゼの策だったのかどうかは分からない。

 しかしライスシャワーはその通りに、ぽつりぽつりと自分の過去を話し始めた。

 

 「・・・・・・ライスね。どうしても勝ちたい人がいたの」

 

 「うんうん」

 

 「トレーナーさんも皆も応援してくれて、頑張って頑張って、その人に勝てたんだ。・・・・・・だけど、喜んではもらえなくて」

 

 ぎゅっ、とライスシャワーは制服のスカートを握り締める。

 

 「あっ、も、勿論トレーナーさん達は喜んでくれたよ? ・・・・・・でも、みんなその人が勝って凄い記録を残すところを見に来てて、ライスが勝つ事を望んでる人なんて誰もいなくて。ライスが勝って、みんなガッカリしてたんだ。

 だからね。そんなふうに走るところが見れなくてガッカリしてもらえるのって、その、凄いなあ、って・・・・・・」

 

 ・・・・・・・・・、と。

 悲しそうに笑うライスシャワーをマツカゼはじっと見つめていた。

 追いかけてきた背中を追い越せた喜びと、それを望まれていなかった事を知った時。

 その寂しさや悲しみは、味わっていないものにとっては分からないような孤独だっただろう。

 『落ち込むことないよ』。『勝ったんだから胸を張ろうよ』。彼女の話を聞いた者はおおよそこのような同情的な慰めの言葉を口にするだろうし、事実マツカゼも直後に同じような事を言った。

 ただし。

 それは傷を()(さす)る手のひらではなく、患部を丸ごと切り落とす刃である。

 

 「話は分かったけども。何でそれでライスちゃんが落ち込むのかね」

 

 どすん、と。

 気遣う色など欠片も滲まない、まるで突き刺すような率直さでマツカゼはそう言った。

 

 「応援してる側の気持ちはともかくとして、なんで勝った側が肩を落とさなきゃならないんだい。どっちが悪いのかを言うならそんなの、そこまでの期待に応えられなかったあちらさんが悪いじゃないか」

 

 「ぶっ、ブルボンさんは何も・・・・・・!!」

 

 「じゃあ『勝った私が悪い』とでも言うのかい? それこそ負かした相手に対して無礼極まる台詞だと思うがねえ」

 

 「っ・・・・・・!」

 

 言い終わる前に切り返されライスが言葉を詰まらせる。

 粗暴な物言いだ。首を縦には振りづらい。

 ─────振りづらいが、()()()

 マツカゼはどんぶりに残っていたものを一気に掻き込み、乱暴に器をテーブルに置く。さっきまで美味い美味いと褒めていた料理を話の邪魔だと言わんばかりに片付けた彼女は、睨むような強さでライスシャワーを見据えた。

 

 「いいかい、()()()()()。簡単な話さ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その『勝ちたかった人』とやらを何度でも負かせ。ため息まで追い風にして走れ。

 そうしたら周りが勝手に変わる。

 見るべき相手を間違えましたと、頼みもしねえのに向こうが勝手に───手前(てめえ)(めくら)を詫びに来る」

 

 ごくり、と喉から音が鳴る。

 それが自分が唾を飲み込んだ音だとライスシャワーは気付かない。

 注意をそこから逸らす事を許さない圧力の(もと)、マツカゼの言葉は深々とライスシャワーの胸に突き刺さった。

 

 

 「だから胸を張れ。勝ちを誇れ。なりたい自分に成るのなら。───悄気(しょげ)た背中に、陽は昇らねえのさ」

 

 

 その時、ライスシャワーは確かに呼吸を忘れた。

 マツカゼのそれはある種の理想論だ。

 心の葛藤や繊細な機微など度外視。ただただ前へ征く事のみを至上とした、純度極まる強者の理論。

 ───だからこそ、惹かれる。

 テレビの中のヒーローやお姫様に憧れる子供のように・・・・・・否、今の自分だからこそ。努力を重ねて勝利を掴み、1着の座に立つ悦びを知っているからこそ。

 だが彼女をマツカゼに釘付けたのは言葉の強さとか正しさとか、そういう理屈めいたものではない。

 胸ぐら掴んで引き寄せて、瞳から直接煮え滾る炎を燃え移らせてくるような───、マツカゼの目には、そんな問答無用に圧倒してくる何かがあった。

 

 「ら、・・・・・・ライス、は・・・・・・」

 

 「失礼するよ」

 

 「ひゃあっ!?」

 

 突然の横槍。

 惹きつけられていた意識を急激に引き戻されたライスシャワーが素っ頓狂な声を上げる。

 椅子から小さく跳ねる勢いで硬直した彼女は、慌てて呼びかけてきた方を振り向いた。

 

 「えっ・・・・・・あ、会長さん?」

 

 「すまない、驚かせてしまったな。昼食中すまないが、轍鮒之急(てっぷのきゅう)というものでね。そちらのマツカゼさんに用があるんだ」

 

 2色の鹿毛に一房の白銀の三日月。

 言わずと知れた生徒会長、シンボリルドルフだ。

 目線を向けられたマツカゼは気さくに笑う。にこやかに弧を描く眦にはもうさっきまでの狂熱はない。サクラバクシンオーやさっきまでライスシャワーと会話していた時の、穏やかな表情だ。

 

 「やあ会長さん。あたしに何か用かねえ?」

 

 「なに、特に難しい要件ではない。君はどこから来たんだ?」

 

 「自分の家からだねえ」

 

 「ふむ、では質問を変えようか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ぴたり、とその場の空気が止まる。

 戸惑ったのはライスシャワーだ。トレセン学園の制服を着ている理由なんてトレセン学園の生徒だからに決まっている。

 困惑してルドルフとマツカゼを交互に見るライス。そしてマツカゼはルドルフに対して、よよよ、と芝居がかった仕草で泣き真似をしてみせた。

 

 「うう、あんまりだよう会長さん。あたしだってこの学園の生徒なのに。あんなにきらきらした目で入学式にいたあたしを忘れてるなんて・・・・・・」

 

 「えっ? さっき転入してきたばかりだって・・・・・・」

 

 「あ」

 

 普通に語るに落ちていた。

 ライスシャワーの指摘に今度はマツカゼの動きが止まる。

 もはや不法侵入を白状したも同然ではあるが、そこからさらにシンボリルドルフが畳み掛けてきた。

 

 「私の知る限り転入手続きは来ていない。それに情報提供もあってね。念の為に全生徒の履歴書を確認してみたが、『マツカゼ』という生徒はどこにも存在しなかった」

 

 「ええー、見落としただけじゃないかい? だってこの学園の生徒数2000人超えてるんだよ? この短い時間じゃザッと見るのが限界だろ? それで確認しましたっていうのは・・・・・・」

 

 「顔写真を少し見れば充分だ。自慢ではないがね、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「・・・・・・・・・・・・あらぁ」

 

 逃げ場なし。

 ゴール板まで残り200メートル地点で差されたのにもう脚が残っていない。

 この後に及んでもまだ動揺する気配がないのは凄まじい図太さだが、流石に往生際が悪すぎた。もはや勝利の女神も(チュゥ)するしかないどん詰まりを、マツカゼはコメくいたそうな顔で誤魔化そうとしている。

 これ以上の弁明はない。

 そう判断したルドルフは『侵入者』に対して通告を行なった。

 

 「詳しい話を聞かせてもらおう。生徒会室まで───」

 

 「ちょいちょいちょいちょーーーーーーい!!!」

 

 元気な叫び声が響いてきた。

 思わずルドルフとライスがそちらを見るが、その叫びはルドルフを制止するものではなかった。2人が見た叫びの発生源には、2人の芦毛のウマ娘がいる。

 

 「待て待て待てオグリンそれ精霊馬(しょうりょうま)や、タコさんウィンナー的なアレやない!! 食うたらあかん皿から戻せ!!」

 

 「むっ、確かに言われてみれば・・・・・。しかし、一度お皿に乗せたものを戻すのは行儀が悪くないだろうか?」

 

 「気にせんでええわ別に料理じゃないんやから! そっとしといたれ、ご先祖様の帰りの足食ってどうすんねん!!」

 

 オグリキャップとタマモクロスだった。

 何ら事件性のある何かではない。相変わらずのツッコミと天然ボケ、いつも通りの噛み合い方でいつも通りの騒がしさだ。

 やれやれ、とルドルフは仕方無さそうに笑い、改めてマツカゼを生徒会室まで連行しようと向き直り─────

 

 そこには誰もいなかった。

 

 「なっ・・・・・・、どこへ行った!?」

 

 「ええっ!? い、今の今までここに・・・・・・」

 

 「しまった、油断したか・・・・・・! 仕方ない、エアグルーヴとブライアンにも応援を頼まなければ!」

 

 歯噛みしつつルドルフはスマホを取り出し、呼び出しボタンをタップする。そうしながら向かう先は理事長室だ。

 この学園において生徒会の持つ権限は強い。

 しかしこの件は自分たちの判断のみではなく、学園のトップにも対応の方針を仰がねばならない。

 『学園の生徒を装った侵入者』。

 それはトレセン学園における有事の中でも、特に厳戒態勢を敷くべき緊急事態なのだから。

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