神よ賛えよ、我今来たる ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第4話

 トレセン学園は寮制の学園だ。

 生徒の全てを丸ごと預かる立場として、学園での生活に十全の信頼を預けられるためにあらゆる手立てを講じなければならない。

 特に例外なく見目麗しい容姿を持つウマ娘、その中でもアイドル的な側面で衆目の目を惹く競走バともなれば、『美人の宿命』だの『有名税』だのといった言葉は使いたくないが・・・・・・その手の下世話な矢印を向けられることは少なくない。

 新聞記者の無茶な付き纏い取材やゴシップ記者の無断潜入、あるいは個人的なストーカー。

 過去実際に発生したこともあるこれらの事案に、トレセン学園は過剰とすら言われるくらい強硬な姿勢を取り続けている。

 直近の事件を言えば、活躍しているウマ娘たちが好いた異性にどのくらい執着するかを憶測と妄想と共に書き殴った記事を載せた三流ゴシップ誌・・・・・・付き纏いも不法侵入もしては来なかった出版社に本気の厳重注意を勧告した、と言えば学園がどれだけ神経質になっている問題かは理解できるだろう。

 そこにおいて発生した『生徒に変装した侵入者』。

 今この瞬間にマツカゼは、学園トップの警戒アラートを最大限まで引き上げたのである。

 

 「緊急ですまないが要件は以上だ! 我々生徒会はこのまま捜索を開始、私はまず理事長とたづなさんに連絡を取る!」

 

 『分かりました! しかし2人は今日スポンサーとの折衝で外出しています、すぐに動ける者は我々しかいません!』

 

 「くっ、そうだったな・・・・・・! しかし生徒たちの不安を煽る訳にはいかん、極力私たちだけで何とかするしかない! 2人が帰ってくるまでに確保するぞ!」

 

 ・・・・・・とはいえ、どうやらまだ彼女には運があったらしい。理事長室に向かおうとしていた足の目的をそのままマツカゼの捜索に変更する。

 逃げる生徒を追いかけさせたら学園一の理事長秘書が不在、そして単純に人手の減少。

 期せずしてセキュリティレベルが下がっていた学園を相手にしたマツカゼ対生徒会の鬼ごっこが、いま幕を開けた。

 

 (しかし───)

 

 シンボリルドルフは1度見た顔を忘れない。

 故にテイオーにマツカゼの写真を見せられてから感じた既視感は、在校生のリストに彼女の顔がなかったのを確認してから勘違いであると結論づけようとした。

 だが、実際に目の前にするとどうしてもそう言い切る事が出来なくなってしまった。

 一目見た時に芽生えた疑念が、ずっと胸の奥につかえたように残り続けている。

 手元に目を落とし、携帯電話の画面を見る。そこにあるのはトウカイテイオーに送信してもらった、ゴールドシップやマックイーンと共に写っているマツカゼの写真だ。

 

 (・・・・・問い正さねばな。彼女が何者なのかを)

 

 彼女に感じた既視感を抱いたまま、シンボリルドルフはマツカゼ確保に自分の目的を1つ付け加える。

 自分とすれ違う生徒たちの顔を確認しつつ、彼女は学園の廊下を静かに駆け抜けていった。

 

 

     ◆

 

 

 ライスシャワーに聞かなければまず機械の使い方がチンプンカンプンだっただろう。『でぃーぶいでぃーってどうやって見るんだい?』と尋ねたら割と驚かれたが、しかしいざ聞いてみたらビデオテープとそう変わらない。四角が丸になっただけで随分小さくなるんだねえと感心しながらディスクをセットしたのはこれで何枚目か。

 薄暗い部屋の中イスではなく机に腰掛けたマツカゼの(かたわら)にはケースが積み上がり、目の前のスクリーンは煌々と輝く。

 彼女の目には今、競争バの歴史が塗り替えられた瞬間の記録が再生されていた。

 

 『シンボリルドルフやはり強い! 3馬身4馬身、後続を引き離す─────ゴールイン! シンボリルドルフ圧勝致しました!! 有記念優勝、シンボリルドルフ七冠達成! 前人未到の偉業! 我々は今、歴史的な瞬間を目撃しています!!』

 

 スピーカーから響いてくる観客の叫び。

 割れんばかりの歓声を浴びながら、高貴な意匠の深緑の『勝負服』を纏った彼女は微笑みと共に観客に手を振っている。

 

 「んん」

 

 マツカゼが見ていたのはこれまでのレースの映像だ。

 古いものはビデオテープの時代からGI・GII・GIIIの順に格式高い重賞レースの、特にGIレースをピックアップして過去から遡るように再生していき、そして今。現生徒会長が歴史的快挙を成し遂げた瞬間を、マツカゼは口角を持ち上げながらじっと見つめていた。

 

 「んー。ふふふ」

 

 深い笑みだ。しかし歯は見せない。吊り上がった口角に押された双眸が笑みに似た形に細まるが、そこに宿るのは鼠を見つけた猫の好奇心。

 これが映像記録ではなくリアルタイムでの観戦だったなら、もしかしたらルドルフは殺意に反応して振り向くというコミックのような経験をしたかもしれない。

 口の動きだけなら笑っているマツカゼの表情は、完全に鬼の(たぐい)だった。

 

 「いいね。いいじゃないか。いいもんを見た。ライスちゃんとゴールドシップちゃんには感謝だねえ」

 

 マツカゼは肩を揺らしながら停止ボタンを押し、ディスクを取り出す。

 余韻に浸りつつそれをケースにしまう時、自分の周りに散らかった映像記録媒体たちを見て少しだけ現実に引き戻された。

 一本ずつ片付けながら見ればよかったと若干後悔しながら片付けている時、ふとそれは目に映った。

 ────ああ、レース後の舞台かい。

 ケースの背中に書かれた文字を見てマツカゼはそう悟った。

 もっともそれは生徒たちがレース後のウイニングライブの練習に使うためにコーチが踊っている映像で、実際のライブの様子を映したものではないのだが。

 『先頭プライド』や『winning the soul』、『本能スピード』といった曲名がケースの背中に並んでいる。

 馴染みのない響きのタイトルをしばし眺めていたマツカゼだが、そこでよく分からない文字列を見つけた。

 

 「・・・・・・『うまぴょい伝説』?」

 

 馴染みのない響きのタイトルの中でも一際(ひときわ)わからない。

 「うまぴょい」? 「ぴょい」とは?

 このまま放置すれば今後ずっと頭の片隅に残り続ける疑問が発生することを確信したマツカゼは、そのディスクを手に取ってプレイヤーの中に挿入。

 ───位置について、よーい、ドン!

 謎を解き明かすべく再生ボタンを押すと、そんな前振りのような文句の後、コーチたちのダンスと共にその曲は流れ始めた。

 

 『うーーーーー(うまだっち!)』

 

 「!」

 

 『うーーーーー(うまぴょい! うまぴょい!)』

 

 「??」

 

 『うーー(すきだっち!)うーー(うまぽい!)』

 

 「・・・・・・・・・・・・、」

 

 『うまうまうみゃうみゃ 3 2 1 Fight!!』

 

 

 

 

 「疲れてるんだねえ」

 

 映像が終わり停止したスクリーンの前。

 マツカゼは、至極(しごく)真面目な顔でそう頷いた。

 

 

     ◆

 

 

 『どうだブライアン、奴は視聴覚室にいたか!?』

 

 「いや、確保に失敗した! 目撃情報どおりに使用された形跡はあるが既にもぬけの殻だった! とっくの前にどこかに移動している!」

 

 『クソッ、遅かったか!』

 

 

     ◆

 

 

 走る速度。スタミナやパワー。あるいは勝負所の粘り強さやレース運びなどの知識。

 ウマ娘たちがレースで勝つために鍛えなければならないものとその方法は多岐に渡るが、粘り強さを鍛える代表的なトレーニングとして『タイヤ引き』というものがある。

 

 「幸せはー、歩いてこーない、だーから歩いてゆーくんーだねえー」

 

 文字通り『身体に括り付けたタイヤを引っ張る』訓練だが、用いられるタイヤのサイズが尋常ではない。

 直径およそ4メートル、幅は1,4メートル。重量に至っては5トンを超える。

 人間の何倍もの膂力を有し、特に足腰に秀でたウマ娘の中でも更に鍛えている彼女らが、()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

 「いーちにーち1歩、みーっかで3歩、さーんぽ進んで2歩下ーがるー」

 

 呑気そうな歌声が響く。

 トレーニングの掛け声などで騒がしいはずのグラウンドは、その周囲だけ異様に静まり返っていた。

 そこにいる全員が息を呑んでそれを見つめている。

 視線の中心にいるのは───見慣れない鹿毛のウマ娘。

 

 「じーんせーいはワン・ツー・パンチ、汗かーきベソかーき歩こうよー」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さては重厚なのは見た目だけでメチャクチャ軽いのではないかと疑いたくなるが、タイヤが地面に刻む(わだち)の深さがそれを否定する。

 汗こそかいているがその表情は涼やかで、腰とタイヤを結ぶロープがピンと張り詰めているのが逆に滑稽に思えた。

 スタート地点から50メートルほど歩いた所で停止し、マツカゼは一息()きつつ額の汗を腕で拭う。

 

 「ふいー、いい運動だねえ。訓練じゃ車輌引いてたけど、()()がないとやっぱ負荷が違う」

 

 「す、す、す、・・・・・・っ」

 

 テンパって震えた声が近づいてくる。

 元々自分が訓練で使っていたタイヤを、あたしにもやらせておくれようとごねるマツカゼに貸し与えたウマ娘だ。

 左耳についた金色の耳飾りと同じくらいその瞳を輝かせ、後ろに括った髪を揺らしながらそのウマ娘は歓声を弾ませた。

 

 「すっげーーーーー!! そのタイヤそんな余裕で引いてる奴初めてみたぜ!? なあなあどういうトレーニングしてんだ!?」

 

 「うーん、秘訣は強く生まれる事だねえ」

 

 「かっけぇーーーーー!!」

 

 「いやアンタ、かっけーじゃないわよ。確かにとんでもない足腰だけど、まずそこじゃないでしょ」

 

 呆れたような声が近付いてくる。声の主は頭にティアラをつけた八重歯のウマ娘だ。

 ボリュームのあるツインテールを揺らし、彼女は少し胡散臭そうな目線をマツカゼに向ける。

 

 「あなたはどこのクラスの方ですか? 強かったり目立ってる生徒はチェックしてますけど、知る限りこういう事が出来る方に少し見覚えがなくて」

 

 「ああ、知らないのも無理ないねえ。あたし転入してきたんだよ。マツカゼってんだ、よろしくねえ」

 

 「おう! 俺はウオッカだ! こっちの優等生のフリしてんのはダイワスカーレット! よろしくな!」

 

 「余計なこと言ってんじゃないわよ!!」

 

 秒で顔の皮を剥がされたスカーレットがウオッカに食ってかかる。

 たった今まで注目していた存在も忘れて額と額を擦り合わせる2人を見て、マツカゼは懐かしむような面持ちでうんうんと頷く。

 

 「そっかそっか。2人は『らいばる』なんだねえ」

 

 「「誰がこんな奴と!!」」

 

 「やっぱりねえ」

 

 「「ハモってくるな!!」」

 

 またもマツカゼを放り出して取っ組み合いを始めたスカーレットとウオッカ。どちらも負けん気が強い性格のようで、何というかどちらかがどちらかを転ばすまで終わらない気がする。顔が紅潮するほどの力で手四つで睨み合う2人の間にマツカゼは挟まりにいった。

 

 「ちょいちょいお二人さん。元気なところを見れるのは眼福だけどねえ。今日だけその仲良しにあたしも混ぜてくれないかねえ」

 

 「?」

 

 「()()()()()()()()()()()。放課後の訓練の終わり際に1回でいいからさ。どうだい?」

 

 「ええ、それは全然構いませんけど・・・・・・」

 

 「おう、いいぜ! 楽しみだ!」

 

 「ようし決まりだ。ありがとねえ、ガッカリはさせないよ」

 

 それじゃまたここでねえ、と()()()()()()()()()()()()()()マツカゼは手を振りながら歩き去っていく。()()()()()()()()と重苦しい音を鳴らしながら小さくなっていく背中を見るスカーレットとウオッカの表情には少なくない緊迫があった。

 この畏怖を敵に悟られてはならない───本来レースの中でのみ働く心理がさっきまでの彼女らに笑顔を貼り付けさせていたのだ。

 唾まで飲み込むかという面持ちの中、どちらともなく口を開く。

 

 「ねえ。アンタ気付いてる?」

 

 「当たり前だろ」

 

 ちらりと2人は目線を下にやる。

 彼女が見ているのはマツカゼが履いているシューズ。より正確に言うのなら、彼女のシューズの底に取り付けられている蹄鉄だ。

 歩いているだけの僅かな高さの上下運動だったが、地面と接触した彼女の蹄鉄は()()()()と音を鳴らす。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 脚力上昇のために重い材質で作られたトレーニング用の蹄鉄は存在するが、それでもあんな音は鳴らない。

 普通のウマ娘が装着したら故障を誘発するレベルの、見るからに訓練用としても不適切な代物だった。

 

 「彼女、あんな重りを着けてあのタイヤを引き摺ってたのよ。その前はウサギ跳びもしてたし、足腰もそうだけどスタミナが異常だわ」

 

 「ああ。しかもそんだけの運動をしておいて息が乱れてねえ。・・・・・・ずっと昔から()()だったんだ。アイツにとっちゃ、あの負荷と運動は慣れっこだって事なんだろ。

 トレーニング後の併走。本気のレースのつもりでやらなきゃ、逆にガッカリさせる事になっちまうかもな」

 

 「冗談。手を抜くなんて元からありえないわ」

 

 言われるまでもなかった。

 今まで存在すら知らなかった強者との邂逅は、何よりも切磋琢磨を旨とする彼女らを大いに沸き立たせる。

 彼女は一体どんな走りを見せてくれるのか? そして自分はそれに対して、どんな走りができるのか?

 よもやトレーニングで味わうとは思わなかった武者震いを感じていた時、ふとウオッカが怪訝な顔をした。

 

 「ところでさぁ。俺なんか忘れてるような・・・・・・」

 

 「奇遇ね。実はアタシも・・・・・・」

 

 胸に生じたモヤモヤにしばし頭を捻る2人。

 やがて彼女らはその正体に行き当たった。

 ハッと目を見開き、ウオッカとスカーレットは互いに顔を見合わせて同時に叫んだ。

 

 「「トレーナーの言ってた転入生!!」」

 

 

 

 

 

 「やあ。少しいいかな?」

 

 あちこちでトレーニングに精を出すウマ娘を眺めながらマツカゼがグラウンドを去ろうとしていた時、その背中から声を掛けられた。

 振り返ってみればそこにいたのは背の高い、ジャージの上からでもわかる抜群のプロポーションをした青鹿毛のウマ娘がいる。

 

 「どうしたんだい? 今は体育の授業中だけど、体調でも悪いのかな」

 

 「そうそう少し気分が悪くなっちゃってねえ、日陰で休もうとしてたんさ。どうにもこの季節は苦手でねえ。ところでそちらは───」

 

 「フジキセキだよ。()()()()マツカゼさん」

 

 「ありゃ、あたしを知ってんのかい。転入してきたばかりなのに」

 

 「ああ、チームメイトの生徒会長から写真付きで連絡があってね。随分と剣呑な内容だったよ。何でも───『マツカゼという名前のウマ娘が転入生を偽って侵入している』、とか」

 

 「あらぁ・・・・・・」

 

 もう最初から逃げ場がなかった。

 フジキセキはやはり微塵の動揺もせずコメくいたそうな顔をするだけのマツカゼに歩み寄り、(うやうや)しくその手を取った。

 お辞儀するように腰を屈め、目線をマツカゼよりも下に落とす。

 取った手の甲にキスをするような距離感で、フジキセキは()()()()()()()()()()()()()マツカゼの心を撫でにいった。

 

 「保健室まで案内するよ。取り巻く事情は複雑だけど、今は君の身体に勝るものはないんだから。

 涼しい所で休んで、まずは元気になってほしい。

 そうしたら─────君の話を聞かせておくれよ、ポニーちゃん」

 

 男子生徒のいない学校には、同性から歓声を浴びる『王子様』が往々にして存在する。天然であれ意識的なものであれ、この学園においては彼女がそれだ。

 予想外の行動にマツカゼはきょとんとした後、やがて見開いていた目を細めて大きく口を開けて笑った。

 

 「ふ、ふふっ。あっはっはっはっは! 参ったねどうも、このあたしが小ウマかい!」

 

 はぁ、と。

 笑いの余韻を吐息に変えて、彼女は目尻に浮かんだ涙を指先で拭う。

 

 

 直後だった。

 マツカゼはフジキセキのジャージの胸ぐらを片手で掴み、踏み込みながら思い切り押した。

 仰天したフジキセキは為す術なく仰向けに倒れ、そして転ぶ前に服を掴んでいる腕に引っ張られガクンと停止する。急激な運動にフジキセキの頭が揺れた。

 位置関係が逆転した。

 足はついたまま仰向けの姿勢で腕一本で吊り下げられているフジキセキを、マツカゼは腕力で引き寄せる。

 ジャージの繊維がギチギチと軋む。

 表情は分からない。フジキセキの目に映るのは、見開かれたマツカゼの瞳だけ。

 目を白黒させる彼女の眼前で、マツカゼは低く言い放った。

 

 

 無礼(ハネ)てんじゃねえよ。駄バが」

 

 

 そしてフジキセキは解放された。

 胸ぐらを掴む手をぱっと離され、そのまま彼女は尻餅をつく。踵を返して歩き去っていくマツカゼはそんな彼女に一瞥もくれない。

 呑まれた心が戻ってくるまで、フジキセキはただ呆然とその場にへたり込んでいた。

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