神よ賛えよ、我今来たる ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
「む、フジキセキ。会長から共有された通りだ。一刻も早くマツカゼを確保・・・・・・、なぜ尻餅をついている?」
「!! あ、いや、ははは・・・・・・ちょっと、その、ね。彼女を怒らせちゃって・・・・・・」
───トレーニングジム───
「ちっちっち、なってないねえ。突きってのはねえ、下半身が肝要なんさ。
いいかい? こうして体を落として、足先から腰まで一気に捻って、───
「きゃあああサンドバッグが鎖ごと吹っ飛んじゃった!!!」
◆
「おい。ここにマツカゼという奴はいるか!?」
「あ、来てます。壊したサンドバッグ片付けて、ついさっきどこかに行っちゃいましたけど・・・・・・」
「サンドバッグを壊した!?」
───音楽室(レッスン中)───
「〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜〜〜♪♪」
「すごい・・・・・・音程が正確なのは勿論、よく通る歌声に唸るようなこぶし。まるで熟練の演歌歌手のようだわ・・・・・・!!」
「ありがとねえ。歌ってみればおもしろい曲じゃないか。どうだい、一丁あたしが稽古つけてやろうか?」
「「「お願いします!」」」
◆
「レッスン中すまない。ここにマツカゼというウマ娘は・・・・・・、うまぴょい伝説にしては随分と節回しに特徴を持たせているな?」
「マツカゼさんですか? さっきどこかに行ってしまいましたけど・・・・・・それより会長、時代は演歌ですよ!」
「何故・・・・・・!?」
───ニンジン農園───
「あーん草むしり疲れたー、腰いたいー!」
「あっはっは、軟弱だねえ。まだまだこんなもんで疲れてちゃいけないよお」
「うわあ、1人で私たち3人分くらい働いてる・・・・・・!」
「いや確かに助かってるけどあなた誰よ!?」
その後もマツカゼはあちこちに顔を出して集団に混ざり、一通り活動に加わったり茶々を入れたりした後にその場から消えることを繰り返した。
生徒会も聞き込みをしたり目撃情報を募ったりと全力で捜索と追跡を行うも、あまりにも神出鬼没な彼女の尻尾すら掴めないままだった。
そしてそんな事を繰り返していれば、当然ながら噂の火は回る。
廊下で、グラウンドで、体育館で、様々な生徒たちがマツカゼの話を口にした。
「ねえねえ、マツカゼさんって知ってる?」
「知ってる知ってる。私の所にも来た」
「あちこちに顔を見せてるみたいで。今まで見たことない人でしたけど、高等部の転入生なんですよね?」
「え、中等部じゃないの? 高等部に転入生なんて来てないわよ」
「会長さん達がマツカゼさんを探してるみたいなんだけど、その・・・・・・エアグルーヴさんが『侵入者を捕らえろ』って言ってて・・・・・・」
「それマツカゼさんが侵入者って事? トレセン学園の制服着てたけど・・・・・・」
実は転入生へのオリエンテーションが面倒で逃げ回っているらしい。
実は潜入がバレた他の学園のスパイらしい。
実は春に入学が決まった理事長の親戚で生徒会が学園を案内する事になったけど、勝手に動き回るせいで迷子になってしまい大慌てで探しているらしい。
憶測の背鰭と尾鰭のついた噂は一気に燃え広がっていく。
──────マツカゼとは何者だ?
その疑問のみを絶対の共通点として、判断材料も輪郭もない噂話は学園中に蔓延していった。
「いやー、遊んだ遊んだあ」
夕刻前、学園のトレーニングに一通り首を突っ込んだマツカゼは満足気な顔で校舎外の廊下を歩く。
どれも楽しい時間だったが、今のマツカゼはさっき混ざった集団の中で1番将棋が強いというウマ娘を見事負かしてやった勝利の余韻に浸っている最中だった。
言われるだけあって中々に歯応えのある対局だったが────、それでも自分の勝ちである。
見た目は
挑んできたリベンジに応じるのも
やはり勝負は勝ち逃げに限る。
(とりあえず気の済むまで遊んだし、後はどうやって生徒会にちょっかいを出するかだねえ・・・・・・)
うーん、と顎に手を当てるマツカゼ。
何とかなるの精神でここまで来たが、そろそろ何とかなる気がしなくなってきた。
今から殴り込んだとてそもそも応じてもらえるだろうか?
数時間単位で血眼の鬼ごっこを強いている時点で既にケンカを売っているようなものではあるのだが、マツカゼがやりたいのはそういうのではないのである。
(ウオッカちゃんにスカーレットちゃんと併走する約束はしてる訳だし・・・・・・、いっそ「生徒会の皆さんもどうだい?」って気さくに誘った方が成功しそうな気もするけど・・・・・・)
考えながらふと顔を上げると、歩いている道の脇に大きな看板が立ち並んでいるのを見た。
並んでいるそれらは全て、チーム勧誘の看板だった。
《リギル》に《カノープス》、《シリウス》など、学園内に存在するチームがそれぞれレイアウトに工夫を凝らしたデザインと謳い文句をパネルにして掲げ、無所属の戦力に我が元に集えと呼びかけている。
(・・・・・・星の名前を付ける伝統は変わんないねえ)
じんわりと沁みるような懐かしさを抱きつつ、マツカゼは1枚1枚それらの看板を眺めて歩く。
デザインから見えるチームの空気や、謳い文句から見えるチームの願い。看板の向こう側にいるウマ娘たちの努力に思いを馳せているとき、それは目に映った。
そのチームの名前は《スピカ》。
メンバー募集の看板には、土に逆さまに埋め立てられ下半身だけを地上に生やした、チームメンバーであろうウマ娘たちが描かれていた。
流石のマツカゼも真顔になる。
こんなギャグ漫画の1コマでしかないデザインを提出した者とそれにGOサインを出した責任者、少なくとも2人の地雷がいるのが確定していた。
『入部しない奴はダートに埋めるぞ』と荒々しい字体で書かれた謳い文句は、ここで頑張りたいという意気込みを面白いくらい奪っていく。
広告は記憶に残ればそれで勝ちとはよく言われるが、ワンチャンSNSでバズるかもしれない程度の瞬間最大風速に全てを懸けた現代コンテンツの負の側面がそこにあった。
「・・・・・・おぉ・・・・・・・・・」
とはいえ何か知らないが迸っている謎のエネルギーに圧倒されていた時、ざり、と背後から靴底が地面を擦る音がした。
数はざっと4人ほど。
追いつかれたかと後ろを振り返ると、そこにいたのは考えていた人物ではなかった。
背の高い芦毛が1人。
白いメッシュの入った黒鹿毛が1人。
鹿毛とツインテールの栗毛が1人ずつ。
それぞれがマスクとサングラスで人相を隠した、正直追手の方がマシな4人組に囲まれていた。
「・・・・・・えらく見覚えあるのが来たねえ」
「スカーレット!ウオッカ!スペ!やっておしまい!」
「名乗っちゃうんだねえ」
「あ、どうも。図書室には行けましたか?」
「話しかけてきちゃったねえ・・・・・・」
最早これ以上の会話は不要。
そう告げるかのように長身の芦毛が手に持っていたズタ袋を広げ、マツカゼの頭から膝下まですっぽりと被せた。
そしてそのまま4人がかりでひょいとマツカゼを担ぎ上げ───
「「「えっほ、えっほ、えっほっ」」」
「ああ〜〜〜〜・・・・・・」
掛け声と共に運搬していく。
気の抜けた悲鳴の尾を引きながら、マツカゼは4人の誘拐犯の手によってどことも知らない場所へと運ばれていった。
「今日加入する娘、マツカゼさんって言うんですよね?」
チーム《スピカ》の部室の中。目に見えてワクワクしているトレーナーに、同じくメンバーの1人であるサイレンススズカは静かな声でそう問いかけた。
知らせを受けて同じく新入り待ちをしているトウカイテイオーも椅子に座って足をぷらぷらさせている。
「おう、今ゴルシ達が迎えに行ってる。今回の新人は凄えぞ、どんな走りをするのか今からワクワクしちまうな」
「え゛、そこ知らないでスカウトしたの? 肝心なところを見てないのに何で凄いって言い切っちゃうのさ」
「肝心なとこなら見たっつーの。これでな」
そう言ってわきわきと指を動かしたトレーナーに、うへえ、と表情を歪めるテイオー。その顔には何の断りもなく脚を触られるという最悪のファーストコンタクトを味わった彼女に対する同情が滲んでいた。
とはいえ、これが彼の才能なのだ。
トレーナーとして有望株をスカウトするなら、選抜レースの結果のみで判断するのは後手もいいところ。
玉石混淆の大勢のウマ娘たちをトレーニングなどの様子からフィジカルやメンタルを事前に評価───場合によってはメジロ家など家系の優秀さも考慮して、これと見込んだウマ娘に前々からアプローチをかけて他のトレーナーに先んじるのだ。
当然その為に参照せねばならないデータは母数が増えるほど多くなるし、時にはその足で出向いて直接見て判断することもある。
それだけ手間がかかる行程で当然すべてのウマ娘を精査する事はできないので、必然トレーナーは目をつけるウマ娘を絞る。
それ故に発生する才能の『取りこぼし』は、トレーナーにとっては如何ともし難い問題だ。
だが、彼にはそれがない。
並のトレーナーがデータを集めて足を運んでやっと判断するウマ娘の資質を、彼は『見て』『触る』だけで理解してしまう。
それがどれだけのアドバンテージになるかは語るまでもないだろう。
事実彼は《リギル》の入部テストに受からず取りこぼされたスペシャルウィークを、見事引き入れて開花させている。
脚を触るせいで第一印象が最悪?
知らん。
「でもトレーナーさん、そのマツカゼさんは本当に同意の上で入部するんですか? スペちゃんは同意の前に拉致してましたけど・・・・・・」
「いいんだよ。同意してもらいさえすりゃあ」
「つまり同意じゃないんだね?」
テイオーのジト目と心なしか半目がちなスズカの視線を口笛吹いて受け流すトレーナーだが、そこでふと部室のドアに目をやった。
部室の外から音楽が聞こえてくるのだ。
最初は小さかったそれは段々と大きく、そして着実にこの部室に近づいてくる。
それでトレーナーは全てを察した。
口の中のアメを鳴らして口角を吊り上げる。
「来たな」
そして。
流れている曲のサビが始まると同時、バン!と部室のドアが開いた。
ゴールドシップにウオッカ、ダイワスカーレット、そしてスペシャルウィーク。
それぞれが
ゴールドシップのポケットの中の携帯電話から流れているらしい曲名は、確か『Vicetone & Tony Igy』の『Astronomia』。
少し前に流行ったネットミームが、マスクとサングラス付きで出現した。
「連れて来たぜー」
人相を隠していたマスクとサングラスを適当に脱ぎ捨てつつ、4人は荷物を地面に下ろし、そしてズタ袋を脱がす。
中に詰められていたマツカゼが、シルクハットから鳩を出す手品くらいの気軽さで憮然とした表情で姿を現した。
「あ。今朝の助平じゃないか」
「なんか呼び方がグレードダウンしてねえか!?」
「
「俺は連れて来てくれとしか頼んでねえ!!」
やっぱり脚を触ってるんじゃないか、と数名のジト目がトレーナーに突き刺さった。
そこから判断するに常習犯なのだろう。しかしそれでも明確な嫌悪の声が上がらないのは、そこに下心の
問答無用で攫われたことは別問題として、チーム内の信頼は強く結ばれているらしい。
───なんだ。改めて見ればいい目をしてるじゃないか。
マツカゼを見るトレーナーの目には、確かな野心が燃えていた。
「さ。新しい仲間に挨拶だ」
コホンと咳払いをした後、トレーナーはチームメンバーにそう促す。
それに応じたゴールドシップたちはマツカゼの前で横1列に並び、ニコリと笑ってお辞儀をした。
「「「ようこそ! チーム《スピカ》へ!」」」
「「「確保ぉぉぉおおおおっっ!!!」」」
「「「えええええええええ!?!?!?」」」
チーム《スピカ》がにこやかにマツカゼを歓迎すると同時。
ドアを蹴破るような勢いで突入してきた生徒会が、全員でのしかかり潰すような力技でマツカゼを拘束した。