神よ賛えよ、我今来たる ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第7話

 ウマ娘がGIレースという国際格付けにおいて最も格式高いレースに出場する際に纏う特別な衣装───即ち『勝負服』。

 『宝塚記念』や『菊花賞』、『有記念』などそれらGIレースは全て中央が主催しており、出走するのも中央の生徒に限られる。

 中央ではない地方競バにも唯一、『東京大賞典』というGIレースは存在するが・・・・・・このレースはダートだ。これから芝を走らんとするマツカゼに砂の適性は見込めないし、そもそもそのレースの出走者にマツカゼという名を聞いたことがない。

 つまり、()()()()I()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてそれとは別に・・・・・・

 

 「っ、・・・・・・・・・」

 

 まただ。この既視感。

 勝負服の彼女を見た途端に強くなったデジャヴに、ルドルフの眉が歪む。

 会ったことはないが、間違いなく見たことはある。消えない既視感にルドルフは最早そう確信するに至っていた。

 しかし────どこで?

 

 「わあ、ライスちゃん。参加してくれたんだねえ」

 

 「・・・・・・うん。ライス、()()()()()

 

 「あら、良い目になったじゃないか。・・・・・・おや」

 

 嬉しそうに笑うマツカゼは、ふと自分に刺さってくる気配を感じてそちらを向く。

 自分を睨むように見つめてくるそのウマ娘を見て、少しだけ驚いていた。

 

 「あんたも来てくれたんだねえ。ええと、・・・・・・フジキセキちゃん」

 

 「ああ。マツカゼさん、あの時は済まなかったね。侮ったつもりはなかったんだけど、君に対して失礼な態度を取ってしまった。

 だけど私も・・・・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それに対してマツカゼは言葉を返さない。

 ただ彼女は、フジキセキに対して挑発的に笑う。

 喧嘩上等。それで噛み付いてくれるのであれば大歓迎。先刻ルドルフに言った通り、返答は脚で語れば充分だとばかりにマツカゼは彼女の前を通り過ぎ・・・・・・ようとして、思い出したように振り返る。

 

 「そうだ。ゲートまで用意してもらって有り難い限りだけど、ゴール板はどうするんだい?」

 

 「ああ、それなら心配しなくていいよ。薄暗くてもよく目立つ人が立ってくれてるから、その人がゴール板代わりだ」

 

 ほらあそこ、と彼女が指差す方向を見ると、マツカゼはフジキセキの言わんとする事をすぐに察する事ができた。

 2,400メートルのコース、そのゴールに位置するラインの端に男性が立っている。

 その男性が、薄暗い曇天の下で光っているのだ。

 物凄く人工的な黄緑色に。

 

 「・・・・・・あれはそういうマネキンかい?」

 

 「いいや。ゴール板の役を買って出てくれたトレーナーだよ」

 

 「光ってるのにかい?」

 

 「ああ、光っているね。それがどうかしたのかい?」

 

 しばし沈黙。

 ゴール板代わりに立っているのはトレーナー。

 マネキンではなく、人間。

 光っているけど、人間。トレーナー。

 与えられたそれらの情報を頭の中で整理してしばし考えたマツカゼは、

 

 「・・・・・・・・・・・・良し!」

 

 とりあえずそう頷いた。

 ブン投げられた理解が地面に落ちて砕ける様を眺めながら、イタズラ好きの性を満たしたフジキセキは小さく笑いを(こら)えていた。

 

 

 「オイ。お前またトレーナーに何か飲ませたろ」

 

 「ふぅン、どうやら失敗のようだね。高強度の運動負荷に耐えうる心肺機能の強化を見込んだんだが」

 

 「見込んだんだがじゃねェよ。何でロジックで組み上げた薬で身体機能に掠りもしねえ副作用が出るんだ」

 

 レンズのついた物々しい機材を担いだアグネスタキオンとエアシャカールがそんな会話をしている。あの発光現象はアグネスタキオンの仕業らしい。

 実力者たちが集うこのレースを見逃す手はないと立ち上がったウマ娘の可能性の果てを目指す化学狂いのタキオンのデータ収集を、データの共有を条件に数式狂いのシャカールが手伝わされているようだ。

 

 「戦うために乗り込んできた子を、皆が堂々と迎え撃つなんてっ・・・・・・、ゔお゛お゛ぉぉ゛ぉお゛ん゛、青゛春゛だぁぁ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜っっ!!」

 

 「・・・・・・・・・うるせェなァもう・・・・・・」

 

 「そうかい? 私としてはいい刺激だと感じるが」

 

 どこからか聞こえてきた、もう慣れてきてしまったチームメイトの号泣に少しだけ辟易するエアシャカールだが、タキオンはそうではないらしい。

 発音全てに濁音のついた叫びにくつくつと喉で笑いながら、視線はゲートに向けたまま彼女はシャカールに語る。

 

 「チケット君の情動にダービーへの想い。実力を持ちながら自分への不信を抱えたライス君。トレーナー君が勧誘してきた彼女らがいなければ、レースにおける感情の有意性・・・・・・君の領分の言葉で言えば『変数』を考慮に入れる事もなかった。

 だからこそ私に劣らず気性難な君もチームを離れず、今も私を手伝ってくれているんだろう」

 

 「・・・・・・アホか。オレは直感なんてロジカルじゃねえもんに負けた数式の穴を埋めに来ただけだ」

 

 「まさにそこじゃないか。この《シリウス(チーム)》は、私達が目を向けてこなかった可能性に満ちている。───そうは思わないかね?」

 

 エアシャカールは言葉を返さない。

 それは鬱陶しさ故の無視ではなく、口で言いにくいから沈黙で語ろうとする言外の肯定に他ならなかった。

 誤魔化すようにカメラを調整するシャカールは物々しい服装でコースに姿を現したマツカゼを見て、ぼやくように隣のチームメイトに問いかける。

 

 「・・・・・・にしてもよォ。他の奴らも言ってるが、あの服どっかで見た事ねえか?」

 

 「ふむ? 私には覚えがないな。なにぶん他者に関心を払った経験が最近までほぼ無くてねえ」

 

 そんなやり取りをしている2人の、少し後ろ。

 透き通るような金色の目をした青鹿毛のウマ娘マンハッタンカフェが、思考の読めない無言でコース上の彼女をじっと見つめていた。

 

 

 三者三様、しかしどこか似通った感想を抱きつつもその時は来た。

 簡単な抽選を経て全員がゲートに入る中、マツカゼがシンボリルドルフの隣のゲートに決まったのは運命の何かしらの悪戯だろうか。

 四方を囲まれた束の間の閉塞。

 関節の調子を確かめるように身体を揺らすルドルフは、マツカゼに対する疑念を一旦全て捨て去った。

 これは重要なことではない。

 いま求めるべきは勝利。生徒たちの長の名に恥じぬ走りを以て、挑戦者の勇猛を蛮勇であると教えること。

 ─────己こそが頂点であると知らしめること。

 

 ふと横目で隣のゲートを見る。

 仕切りの上から頭だけが覗くマツカゼは、ルドルフを見てはいない。

 彼女の横顔は目の前を伸びていく芝のコースをどこか遠くを見るような、何かを懐かしむような目をしていた。

 この(みち)に何を見ているのかは窺い知れない。

 幾度も蹄鉄に捲られ茶色を露出させた緑色のコースを見て彼女は、呵々(かか)、と笑っていた。

 

 

 

 競走バのレースにスタートの合図はない。

 全員がゲートに収まり全員が出られると判断した台上のスターターが、スイッチを操作してゲートを開く事でスタートとなる。

 全てのウマ娘たちが弾倉に収まると同時、観客も出走者も全員が押し黙った。

 今の直後に訪れる『今』。

 熱狂の前の束の間の静寂。

 鎬を削る出走者とそれを観る観客、異なる世界にある両者が唯一同じ集中と緊迫を分かち合う時。

 永遠とも思える数秒の後、とうとう戦いの火蓋は切られる。

 

 ガシャンと金属の機構が稼働した。

 前方の壁は失われ、満身の力を込めたヒト型の弾丸たちが一斉に撃発される。

 その途端に弾ける歓声。

 数秒前の静謐を消し飛ばすような熱狂に叩かれ、他のウマ娘よりも何歩も前に先んじるように─────

 

 

 ──────マツカゼが大きく前に出た。

 

 

     ◆

 

 

 「(うま)い!!」

 

 ウマ娘たちがスタートした瞬間に誰よりも先に抜け出したマツカゼを見て、《スピカ》のトレーナーは思わず立ち上がりそうになった。

 先頭に出て逃げ切る作戦でいた者は前に出て好位置を取り返すためにペースを早めなければならないし、先行集団に入り機を窺おうとしていた者も当然それに引っ張られる。

 後半に差し切るか後方から追い込もうとしていた者も、仕掛けどころやペース配分などのプランの修正を強いられるだろう。

 話が大袈裟? 誇張などない。

 彼女らウマ娘の速度域では、スタートの遅れは数メートルもの差に直結するのだから。

 誰よりも早く好位置につけ、なおかつそれだけで他のウマ娘を揺さぶる。『スタートが巧い』というのはそれだけで大きな武器なのである。

 ───その点でマツカゼは恐ろしい程に抜きん出ていた。

 まるでゲートが開くと同時に飛び出したのではなく、自分の身体でゲートを押し開けたように錯覚するほどの滑らかさ。

 そして何より、飛び出しが強い。

 彼も優秀なトレーナーとして数多くのウマ娘を見てきたがこれ程の好スタートはまずお目にかかった事がない。

 まるでゲートが開くタイミングを初めから知っていたかのような、凄まじい集中力だった。

 

 「くっ・・・・・・!?」

 

 先行策や逃げを打とうとしていたダイワスカーレットなどのウマ娘たちが慌てて脚の回転を上げる。

 シンボリルドルフは冷静に己のペースを保ち中段の位置につけたものの、後方から見るマツカゼのスタートダッシュには瞠目した。

 いの一番に飛び出したマツカゼに引っ張られる形で、レースの出始めはやや縦長の形になった。

 

 「流石に予想外ね。序盤のペースは完全にあの子が掴んだわ。あんなにゲートに強いウマ娘は初めてよ」

 

 「周りの娘は未知の相手を探ろうって気持ちが裏目に出ちまったかな。無意識に後手に回ったように見える」

 

 感嘆と分析、目の前で展開されるレースにトレーナーの目線から切り込んでいく《リギル》と《スピカ》のトレーナー2人。

 普段なら冷静沈着な女性トレーナーの方は勿論、普段は軽い調子の男性トレーナーの表情からも遊びは抜け落ちている。彼らの脳内からは既に、芝を駆けるウマ娘たち以外の情報は排除されていた。

 

 「データがない以上マツカゼへの対策は打ちようがないし、あまり意識してたら他の娘に競り負けちまう。相手に振り回されずにどれだけ自分の得意な走りが出来るかにかかってくるだろうな」

 

 「あのスタートダッシュで一気に警戒させた分、簡単なようで難しいわね。だけどそれは未知数のマツカゼを相手に得意な走りを許す事にも繋がる。挑まれた側としてあくまでもトレセン学園の勝利を目指すのであれば、誰かが彼女の走りを乱して混戦に持ち込むべきだけれど・・・・・・」

 

 「全員自分が勝ちたがってるさ。分かってんだろ? おハナさん」

 

 そうね、と答える女性トレーナー。

 

 「それに、だ。あいつら全員が慎重に出方を窺うタイプって訳じゃない。トレセン学園としての勝利なんて考えなくても、血の気の強い誰かが当たりに行く。・・・・・・ほら」

 

 スタートでハナに立ったマツカゼを、1人のウマ娘が追い抜かす。

 素晴らしいバネだった。

 ゲートからいの一番に飛び出したのがマツカゼなら、2番目に飛び出したのが彼女である。

 ────見間違いかとさえ思ったが、この走りは本物さね。

 一瞬で自分を追い抜いた背中を見て、マツカゼは可笑しそうに笑った。

 

 「約束覚えてるかい? ()()()()()()()()()()()。学級委員長さん」

 

 「勿論です」

 

 遊ぶようなマツカゼの声に、先頭を走る彼女は背中越しにそう答える。

 脚のエンジンは一級品で、腹の底から笑う底抜けの元気はガソリン。赫赫と輝く太陽の如き明るさは、芝のコースで爆発に変わる。

 

 「元よりこのサクラバクシンオー────その為に参加していますとも!!!」

 

 叫び、そしてさらに強く踏み込んだ。

 分けた前髪から覗くおでこを煌めかせ、前しか向かない驀進王がフルスロットルでターフの路を突き抜ける。

 

 「嘘!? バクシンオーさん、またスピードを上げたわ!」

 

 「けどマツカゼさんも負けてない。差はつけられてるけど、後半になれば差し切れる位置につけてるよ!」

 

 序盤からかなりのハイペースで流れる展開に観客がどよめく。

 現在の順位は先頭サクラバクシンオー、5バ身ほど離れてマツカゼ。

 そこから更に6バ身ほど後ろにダイワスカーレットやフジキセキなど先行策のウマ娘が集団を形成し、中段にはウオッカやシンボリルドルフ。後方にはゴールドシップが控えている。

 各々自分が最も得意とする走りを選んだ形だ。

 バクシンオーとマツカゼの2人を先端としてウマ娘たちは全体的に縦長の六角形、槍の穂先のような形で展開している。

 

 (目を節穴にしたつもりはつもりは無かったんだけどねえ。あの走り方を見て()()は流石に予想外さね)

 

 つぅ、とマツカゼの頬に汗が伝う。

 それは運動による汗でなく、緊迫による冷や汗だ。

 背筋を上りつつある寒気から己を鼓舞するように彼女は笑う。

 自分の前を駆けるバクシンオーの背中に、マツカゼは恐ろしい可能性を見た。

 

 (それが出来るってんなら逸材もいいとこじゃないか。まさかこの娘─────、()()()()()()(),()()()()()()()()()()()()!?!?)

 

 完全なノーマーク。

 先頭に立ったままペースを落とさず誰よりも速くコースを走り抜けるという夢物語の『必勝法』。映像で見たシンボリルドルフの走りすら超えかねない者の存在を知り、マツカゼの心臓をぞくりとした高揚が包み込む。

 しかしレースはまだ序盤。

 早くも波乱の予兆を孕んだまま、ウマ娘たちは第1コーナーへと突入していった。

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