過去編1
「立てるかい?」
「……ッ、ッ」
上からの声に対し、下からは掠れた呼吸音が返される。
「無理に声を出そうとしなくていい。ほら、飲むといい」
仰向けに倒れた土気色の幼児の口に、無遠慮に緑色の液体が流し込まれ……なかった。口から50センチメートルは高い位置で瓶の口を開け、滝のようにダバダバと口に入るように垂れ流している。コイツは間違いなく子育てができないタイプの生き物だ。元々土気色だった顔に緑色も混じり始める。
溺死させる気かな?
『ゲホッ、ゲホッ、ガホッ、ゲッホゲッホ、オゲェッ、ホッホッ』
咽せたタイミングで地獄のような水責めは終わりを迎えたが、それでも器官に入り込んだのを吐き出そうと身体が反応するせいで、咳が止まらない。
「よし、生きてるならいいか」
あっけらかんに言い放つソレに対し、幼児は咳が止まらない中、大声を出した。
『テメェ殺す気かよ!!!』
「あー、まだ言葉を話せないのか。これは苦しい戦いになりそうだねえ」
ニホンゴデ、オケ。
▼
ザザーン、ザザーンというさざなみの音を聞きながら、波打ち際、水に濡れていない砂浜に腰を下ろし、二人は意思の疎通を図ろうとしていた。
「うーん。海の民、ではないだろうし、かといって土竜族っていうのもないだろうし。いやしかし、幼いからまだ特徴が出ていないだけなのかな?」
『ちょっと何言ってるか分かんないです。日本語でオケ』
「ハハハ。ダメだねこれ。竜人族でもないし、獣人族でもないし、どこか遠く、辺境よりも遥か先の言語なのかな? 新大陸とか?」
目を見て、耳を見て、手を取り指と指の間を見て、と。変人に触診されるがままの幼児。
『モンハン語なんて分かるわけないだろいい加減にしろ。単語を聞き取れないんだよこっちは。そもそもなんでそんなにベタベタしてるんだ。幼児性愛者なのか? え? マジ? 怖すぎるんだけどやめて。マジで悪寒と吐き気でヤバい』
悪寒と吐き気は死にかけだからだと思うんですが(名推理)。
「あ、そうだ。お腹が空いているだろうし、これを食べるといい」
ガサゴソと雑嚢を漁ると、干し肉のような何かを手渡した。
「これ、デルクスの干し肉なんだ。いやでも硬いから噛みちぎれないかもしれないか」
歯はしっかりと生え揃っているようだが、幼児に噛みちぎれるかどうかという点については疑問が残る。
いや疑問に思うまでもないよ。そんなガチガチの保存食噛める訳ないだろ。
『デルクスってマジ? これもしやデルクスの干し肉? モンハン飯かよ』
「おお? デルクスという単語は認識できるのか。なら、砂漠の民なのかな? ガレオスは分かるかい?」
『お? もしかして、デルクスとガレオスはそのままなのか? て事は、ゲネポスも通じたりするか?』
「おお! ゲネポス! もしかして君は、モンスターの名前しか分からなかったりするのかい!? ゲネポスがわかるなら、ヤオザミも分かるのかい?」
『これ絶対通じてるだろ。デルクス、ガレオス、ゲネポス、ヤオザミ。砂漠縛りか? なら他はなんだ? アケプロスとかリノプロスか?』
「なんでモンスターの名前しか通じないのか不思議だねえ。連想していくしかないのかな?」
『これ迂闊に古龍とかの名前を出したら間違いなく口封じされるわ。反応してもいけないとか地獄か?』
「うーん。そもそも見知らぬ筈であろう地で取り乱してないって事は、何か事情でもあるのかな? それとも、ただ単に肝が据わってるだけなのかな? 親がいなくて不安で寂しいだろうに」
『あ、それ貰うわ。いただきまーす』
手に持ったままだった干し肉を奪い取り、口に運ぶ幼児。
「うーん。集落で煙たがられていた結果だったりするのか?」
必死に干し肉に噛み付く幼児を観察しながら、平然と恐ろしいことを述べた。人の心とか、お持ちで無いんですか?
「さて、そろそろ行こうか」
ゆっくりと腰を上げ、幼児も抱き上げる。
「やれやれ。これからしばらくは腕の筋肉を鍛えることになるのか」
『これ硬すぎて食えねえぞ。しゃぶるしかねえな』
▼
ハンターというのは、階級が上がるにつれて【人】という括りからはみ出していく生き物だ。
「今日の夕飯はガノトトスだ。嬉しいだろう?」
燦々と降り注ぐ日光。
弾ける水飛沫。
砂浜に血まみれで倒れ伏したガノトトス。
ランスを砂浜に突き刺し、胸を張る変人。
ざざーんざざーんという波の音。
『は、ははは……』
怒らせんとこ。そう思うのは当たり前のことだった。
「さて、よーく見ているんだぞ」
戦闘の邪魔になるからと岩陰に隠れさせていた幼児の首根っこを掴み、ガノトトスの眼前で下す。配慮とかなんもなく自由落下したせいでケツにダメージあり。砂浜とはいえ痛いものは痛いのだ。
『う、おっ!』
痛いと反射的に言うのではなく、驚嘆の声が出た。
デカイ。とにかく、デカイ。顔の真前だから見えているのは顔だけだと言うのに、とんでもなくデカイ。ガノトトスというモンスターは、よく相手取る飛竜種であるリオレウス等よりも遥かにデカイ。
幼児の視点では、更に大きく見える。たとえ事切れていたとしても、生きていた頃の激しい戦闘を、生への執着を、激情を、離れた場所からついさっきまで見ていたのだ。
──こわい
ありえない話だ。死んでいる生き物が突然蘇るだなんて。生命活動は完全に停止しているはず筈なのに今にも動き出して、自分を食べてしまうような光景が勝手に脳裏で再生されてしまう。コイツにはそう思わせてしまうほどの生命力があった。渇望があった。衝撃があった。
「まずガノトトスは首を落とすのだよ。まあ、見ての通り目のところから脳までくり抜いたから落とす必要は無いんだけれど、うーん。まあ一応切り落とそうか」
ランスを引き抜き、刃先を首に当てた。それから豆腐の様にぬるりと切り込みが入った。呆気なく、ガノトトスの首と身体が分たれた。
『は?』
魚……じゃないけど、え? 首の骨とかあるよな? そんな簡単に切れるものなのか? 切れ味がすごいのか? いやそういう話じゃ無いよな? ランスって刺突武器だよな? ランスってそういう武器だっけ? 切断武器だっけ?
混乱のあまり硬直する幼児。
「血を抜くのは大事だ。食べやすくなるからね。でも、血の匂いに釣られてモンスターが来るからそれは気をつけたほうがいいね。その為にこの腑が必要なんだ」
気にもせず、着々と解体を進める変人。
「ガノトトスは危険度が高いからね。海辺には弱いモンスターは近寄らないはず。だからこうして腑から糞を取り出して、周りにばら撒けば簡易的なモンスター避けになるのさ」
この言動から幼児の思考がぎゅんと加速し、見たくはなかった真実を映し出す。
もしかさてうんち触った手で抱っこされたり、食料を手渡しされていたのでは?
おろろろろろろろろ。
「血はペイントの実とか、トウガラシとか、マタタビとか、そういった匂いの強烈なもので消すといいね。わざわざ浜辺まで来る物好きは居ないだろうから、面倒だし今回はいいか」
万が一の場合があると思うんですけど。
「うーん。やっぱり塩焼きが一番かなあ。今日はここで過ごすことになりそうだね。何事もなければ明日明後日ぐらいまでは保つかな?」
手際良く脚や尻尾も解体されていく。
「ああそうだ。君には塩を作ってもらおうかな」
ランスの盾で海水を掬うと、幼児の前に溢さぬようそっと置いた。
「じゃ、頼むよ」
『うっそだろおい。まさか塩を作れってのかよ』
前日、火を起こして塩を作っているところを見ていた為、これが塩を作ってねという意味なのだと理解してしまった。
火を起こすのは大変である。加えて言えば、火を起こす為の道具を作ることも、枯れ枝を集める事も中々面倒であるし、土台を作るのも大変だ。だって幼児だもの。
海辺、湿気、幼児。うーん人の心が分からないド畜生としか言えないな。だが安心したまえ。この世界は、モンハンワールドには、素晴らしいアイテムたちが存在する。
火薬草だ。こいつがあれば簡単に火を起こせる。まあ、海辺にはないんだが。
しかし、まだ手はある。火を起こせればいいのだから、太陽の光を反射させて一点に集めてしまえばいい。
まあ、湿気のない枯れ枝などを集めないと火を起こすのが大変なことに変わりないのだが。
『ど、どうしろと……』
「ドス大食いマグロも入ってるなんて運がいいねえ。消化されてないし、食べたてだったのか。これはルドロスの尻尾かな? とんでもない雑食っぷりだねえ。餌にありつけなくて仕方なくってところかな? それとも、逃げ出してきたのかな?」
呆然と立ち尽くす幼児。
解体を続ける変人。
熱で勝手に蒸発していく海水。
束の間の平穏が、そこにはあった。
「うおっ!? このハリマグロ生きてるじゃないか!? コラ! 暴れるな! 大人しく焼き魚になれ!」
訂正。ひとりは欲望むき出しで格闘していた。
▼
焚火が照らす灯りだけが頼りとなった夜。
骨だけを残した魚竜の骸が砂浜に放置されていた。
「はー。食べた食べた。あと2日は何も要らないねえ」
大食いタレントを超える食欲と消化吸収能力。そして、栄養を蓄える力。この三点が、ハンターとして生きていく上で必須の能力だ。
人並外れた膂力を出すには沢山食べて鍛えること。
人並外れた回復能力を、持久力を得るには、沢山食べて栄養を蓄えておくこと。
とにかく、身体が資本なのだから沢山食べなければならない。
『おえっぷ』
ガノトトス一頭……いや、一尾? をほぼ一人で完食した変人はまだ余裕がありそうだが、幼児の方は限界といった様子だった。幼児体型というのは頭がデカくて腹が出ているものだが、更に腹が膨れて栄養失調にも見える状態だった。いや、実際、変人が浜辺で死にかけの幼児を発見した時は栄養失調で、手足が枯れ枝の様に痩せこけ、腹だけが不自然に膨らんでいた。それが三日程経って多少は良くなってはいたが、まだまだ改善できてはいなかった。もちろん、固形物を食わせるのはNGである。消化機能がガクンと落ちている上、腹が驚いてしまう。まあその点に関しては「ハチミツの栄養素ってスゲー」や「モンハン飯ってスゲー」「回復薬ってスゲー」でカタが付いたりつかなかったりするのだが。
パチパチという音を立てる焚火に、枯れ枝を幾つか追加して火を絶やさぬよう調整を加える変人。
「本当なら、もう辿り着いていただろうけれどねえ。いやはや、遅れてよかったとは、辿り着くまでは言えないかな」
零れ落ちた言葉。どこか諦めを含んだ様な声音に、モンハン言語を習得できていない幼児は何もできない己を不甲斐なく思った。
「予定よりかなり遅れそうだけれど、さて、どうなることやら」
首がこちらを向く。
「これじゃあ生肉だな。ほれほれ、そんなんじゃあ食べられてしまうぞ?」
ツンツンと脇腹をつつくド畜生。
『うひっ、ひひっ、やめ、や、やめろお!』
くすぐったいが、腹がいっぱいなのでまともに動けぬし、動けば痛いしで、拷問としか呼べぬものだった。
「ハハハ。いい声で鳴くねえ。年甲斐もなくこんなオモチャではしゃぐことになるとはね。ほれほれ、ここがいいんだろう?」
人の心とか、無いんですか?
的確な責め、ハンターとして素晴らしいね。
ド畜生がよ。
▼
海沿いをえっちらおっちら歩いたり走ったりすること更に二日。そこから連絡船で移動すること半日。奇妙な一行は目的地である海の上の村に辿り着いた。
「……ふむ」
『うわ……』
離れ島にくっつく様に存在する海上の村。
陸ではなく海上にある為、木の板を張ることで作られたものが大地であり、支柱となるものは岩礁の隙間に刺される事で固定されていた。
この村には出入り口となる地点が8つあるようで、桟橋が伸びていた。上から見ればきっと、雪の結晶の様な八角形、いや、|オクタグラム《八芒星」のような形であったと確認できただろう。
桟橋の先端ではなく付け根、村の中心側に立派な建物が建ててあり、八芒星なのでつまりは8つ確認できた。7つに看板が掲げられており、それぞれ銛・鎚・魚・針・扉・手・碇が描かれていた。
『ミステリー小説でオカルティックな連続殺人事件が起こる様な村じゃん。こんな所に居てたまるかよお!』
残念ながらこれ、B級二次創作なんですよ。
次はまた明日。その先はまた今度書く。
ストレスを創作で発散するタイプだけど、イマイチ上手く噛み合わないから筆が乗らん。
気楽に書いて更新していくからよろしこ。
更新するって言ったけど、ノらなかったらエタるけどな。
しょうがないね。こればっかりは。