星と騎士と宝石と楽器と花の話   作:ドリベンタス

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ケイ卿篇の序章です。以前公開したのをこちらでも見られるようにしておきました。


ケイ卿篇
ケイ卿篇「献身の騎士」


 

 三月下旬。この時期では異例の学校行事が開催される。春の到来を祝う儀式から派生したこのアトラス高校の学校祭。三年生にとっては最後のイベントとなるため、より一層力が入る。学生たちは校舎前の通りに出店を準備する。演劇部や吹奏楽部などの部活は、来る本番に向けて猛練習に励んでいた。

 

 木々に囲まれ、水面に水生植物が浮かぶ貯水槽を兼ねた池。その周りにある遊歩道は、学校祭当日になると来場客の海になる。その池のほとりにある広場で、一人の男子学生が横たわっている。

 

 「買い出し疲れた~。もう動きたくね~」

 

青空に向かって独りごちる少年の名は、「ケイ・サクラ」。高校三年生だが、進学先の大学入学が九月になったので、余裕があるなら手を貸してくれと友人に頼まれ、出店の準備に駆り出されていた。出店とスーパーを何往復もし、疲れ果てたケイは草むらに寝転がって休憩していた。

 

 「お疲れ。ケイ」

 

そう言って、ケイの額に買ってきたばかりの冷えたジュースを当てるのは、ハルカ・フィーセ。ケイと同じクラスの女子学生で、ケイのことを誰よりも信頼している。寡黙なので最初は友人がいなかったが、ケイと出逢ったことで少しずつ口数が増えた。

 

 「うわ冷たっ!・・・ハルカもお疲れ様!」

 

 「うん」

 

これでも口数は増えた方だ。

 

「そっちの準備はどうだ?」

 

「順調。もう私の出番はない」

 

素っ気ない返事だが、顔にはうっすらと笑みを浮かべている。

 

 「そうか。今年はチーズハットグの店が出るらしいな!」

 

 「そう。食べたい」

 

 「ははは!明日の開店直後から並んで食べに行こうな!」

 

傍から見れば、決して盛り上がった会話とは呼べないだろう。だが、それでもケイとハルカにとってはかけがえのない時間だった。

 

 「・・・」

 

ハルカは、ケイの顔をじっと見つめる。

 

 「どうした?虫でも付いてたか?」

 

 「いや・・・別に」

 

ハルカは顔を逸らしつつも、ケイとの思い出に浸る。ケイと初めて出会ったのは二年生の時。同じクラスになって彼の自己紹介を聞いた瞬間、ケイが「咲昏家」の血を受け継ぐ者だと判断した。ハルカの家系は「鳳竜の一族」と呼ばれ、長きに渡って竜を神のように信仰してその庇護を受けていたのだが、「竜斬り」として名を馳せた「咲昏家」と対立。その結果、「咲昏家」の血は根絶寸前まで追いやられていた。ケイはその「咲昏家」の生き残りでハルカの祖父から抹殺命令が下っていたが、命令実行の際にケイの優しさに触れて抹殺を諦め、今では友達以上恋人未満という関係だ。

 

「なあ、ハルカ」

 

「…何?ケイ」

 

「明日の学祭、展示一通り回ったらさ、その・・・一回部室見ていかないか?」

 

やけに歯切れの悪いケイの発言に、ハルカは裏を読もうと慎重になる。ケイは続けた。

 

「これでもうあの部室から外の景色を見ることも無くなるし、最後に少しだけ見ていきたいかなって・・・」

 

「・・・うん、分かった」

 

ハルカは、ケイの発言に隠された意図に気が付くと、少しだけ頬を緩ませた。鼓動が徐々に早くなるのをじんわりと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイとハルカは荷物をまとめ、同期に「明日また」と告げてそれぞれの寮に向かう。途中、何人かの学生が二人とは反対方向に走っていくのが見えた。日も傾き始め、準備がより一層慌ただしくなってきたのだろう。そんな考えを抱きつつ帰路を辿っていたが、よく見ると出店の準備をしていた学生も「俺も様子を見てくる!」と言って同じ方向へ走っていった。

 

「・・・何かあったのかな?」

 

ハルカは緊張感を滲ませる。対人戦闘を意識した訓練をしてきたハルカは、他人の感情の機微にも敏感に反応した。

 

不意に、ケイのスマホに着信が入る。先程まで一緒に準備をしていた、同じリバイバー研究部の同期からだ。

 

「どうした?」

 

ケイの応答に、同期が食い気味で応える。

 

「体育館裏でリバイバーが暴れてるらしい」

 

「近くの森から迷い込んできた野良だろ?」

 

「そうだと思う。追い返そうと部員の何人かが向かった。教員やノライバー討伐隊も来るだろうし、ケイ達はそのまま寮に戻った方が良い」

 

「いや、俺もそっちに向かう。討伐隊は来るまで時間がかかるだろうし、皆に被害が出ないか心配だ」

 

「あっ、おい!ちょ」

 

ケイは同期との通話を切り、ハルカと共に急いで来た道を戻る。体育館裏の近くにある森は昔からノライバーの目撃情報が相次いでいたが、最近は討伐が完了していて既にノライバーはいなくなっているという話だった。

 

現場に着くと、辺りは野次馬で溢れかえっていた。ノライバーは先程までケイ達が休憩していた池のほとりまで進撃していた。おそらくはゴルゴサウルスだ。周りでは何体ものリバイバーが無力化しようとしているが、尽く返り討ちに合っている。どうやらかなり強い個体のようだ。高レベルの危険ノライバーかもしれない。

 

「ハルカはそこにいてくれ。何かあったら連絡して」

 

「うん、分かった」

 

ケイは相棒のテジー「カムラン」を召喚する。

 

「カムラン!討伐隊が来るまで足止め頼む!」

 

カムランはケイの指令に応え、ゴルゴに向かって斬撃を放つ。斬撃は上手く躱されたが、カムランの攻撃に気を取られたゴルゴに、近くにいた別のリバイバーからの攻撃が直撃した。ゴルゴは応戦しようとするも、生じた一瞬のスキを逃すまいとするリバイバー研究部員や教員たちの保有するリバイバーが一斉に攻撃を仕掛けた。ゴルゴは徐々に勢いを失い、ついにその場で立ち止まった。

 

「ケイ先輩!ヤツが動けない今がチャンスですよ!」

 

後輩の呼び掛けに応えるべく、ケイはカムランに伝える。

 

「とどめだ!カムラン!」

 

カムランは身をよじってフィギュアスケート選手のように回転し、斬撃の連続攻撃を仕掛けた。カムランの鋭利な爪の先がゴルゴに届かんとするまさにその時、ゴルゴは突然首をもたげ、カムランの方を真っ直ぐ見据えた。ゴルゴの体表が熱せられた溶岩のように輝いたと思ったその瞬間――—。

 

ゴルゴの周囲は、爆風と高温の火炎に包まれた。

 

 

 

 逃げ惑う人々の耳をつんざくような悲鳴と、辺りに充満する焦げ臭いにおいで、ケイは意識を取り戻す。いつの間にか視界には空に立ち上る黒煙と、涙を滲ませるハルカの顔があった。遠くで救急車のサイレンが響き渡る。サイレン音は徐々に大きくなるが、それでもケイとハルカに迫る「猛竜」の唸り声と足音ははっきりと聞こえた。

 

ハルカはケイを抱えて逃げようとした。しかし、ケイはそれを手で制した。

 

「・・・ケイ?」

 

「ハルカ・・・俺は大丈夫だから、他の皆を避難させてほしい」

 

「何で?ケイをまず先に守らないと!」

 

ケイは自力で立ち上がろうとするが、右足に激痛を感じ倒れこむ。上手く力が入らないので、おそらく折れているのだろう。意識が次第にはっきりしてくるにつれて、ケイは自分の身体の至る所に出血や火傷があることに気付いた。

 

「俺なら、大丈夫だから・・・」

 

「ケイ!」

 

なおもゴルゴに単身で挑もうとするケイに、ハルカは声を荒げる。しかし、ケイはゆっくりと左足に力を掛けて立ち上がると、ハルカに伝えた。

 

「ここで倒れてる皆を見捨てて逃げるなんて、俺にはできないよ、ハルカ」

 

ケイが振り向きざまに向けた血まみれの笑顔は、ハルカの言葉を詰まらせた。どこまでも優しい心を持とうと死ぬ気で足搔くケイは、自己犠牲に塗れた哀れな青年だった。

 

「・・・ハルカ。蓋開けてきて」

 

振り向くことなく、震える右手で池のそばにある茶色い金属の箱を指差す。「これならいける」。そう信じたケイの最後の賭けに、ハルカには乗る以外の選択肢が無かった。

 

「・・・分かった。でも必ず約束して。必ず無事に戻ってくるって」

 

「分かった。約束する!」

 

出血や熱傷を伴う大怪我と、過剰分泌されたアドレナリンと、信念と、守るべき存在と、生きて帰る理由を背負った一人の青年は、火炎を纏う「猛竜」に立ち向かう。とても美談とは言えない、あまりに馬鹿げた無謀な作戦。討伐隊が来るまでの時間稼ぎというただそれだけのために、ケイは全霊を捧げた。ケイは落ちていたカムランのメダルを拾ってハルカに投げ渡すと、池に向かって走り出した。ケイに狙いを定めていたゴルゴは、大技のクールダウンで火炎を出すことが出来ないためか、ケイを追いかけ始めた。ケイは、激痛で軋む足を引きずりながら池に足を踏み入れる。膝上くらいが浸かる池に、ゴルゴを誘い込むのだ。ゴルゴは、ケイが平然と立つ様子を目に焼き付け、その貯水槽を「底の浅い池」と判断し、ケイめがけて池に飛び込んだ。

刹那、ゴルゴは初めて気付く。足が付かない。小さな人間ですら足が付くほどの浅い池であったはずなのに、ゴルゴは足先で水底を感じ取ることが出来なかった。ゴルゴの身体はゆっくりと沈んでいく。水面下に沈む最中、視界の先では、ケイが岸に向かって泳いでいる姿が見えた。

 

この池は貯水槽を兼ねているが、非常時には底に仕掛けられた扉が開き、直径十五メートル、深さ八十メートルの穴が顔を出す。この大量の水が、ある時は大規模火災の消火に使われ、ある時は十分に浄化された後に飲み水として使われるのだ。大型の、それも火属性の陸生リバイバーは、泳ぎがあまり得意ではない。よって、ゴルゴはこの深い穴に沈んでいくこととなる。薄暗く、孤独な水底へ―――。

 

 

 

 

ハルカは池に入り、力尽きそうになっているケイを引き上げる。すぐさま救急隊員が駆け付け、トリアージを始める。ケイの身体は、大量の出血と水中を泳いだことによる低体温症、さらに酸素不足で衰弱し、意識は無かった。隊員はケイの治療を最優先に行うよう、他の隊員に指示した。ハルカは、隊員に運ばれていくケイを、ただ眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

ゴルゴの襲撃から数日後、アトラス高校には依然としてメディアが殺到していた。リバイバーが盾になったことと、野次馬もそれなりに爆心地から離れていたこともあり、奇跡的に死者は出なかった。重傷者も少しずつ回復して意識を取り戻していく中、ただ一人。「ヒーロー」と噂されるこの青年は、未だ病床で目を覚ますことは無く、静かに眠っていた。山場は超え命こそ助かったものの、全身へのダメージは大きく、とりわけ酸素不足による脳のダメージが顕著に現れる可能性が高いという診断を受けた。報道陣の侵入も許さない裏口から病院に入ったハルカは、ケイの病室で、寝ているケイの隣に座り込む。ここ何日も眠れぬ日々が続いており、ハルカの精神的衰弱も目立っていくばかりであった。朝早くに見舞いに来たケイの父親も、

「そろそろ休みを取った方が良いんじゃないか?」

と、ハルカのためのコンビニおにぎりとペットボトルのお茶を置いて仕事に向かった。

 

「ケイ・・・」

 

未だ眠れる青年に、ハルカは痺れを切らして話し掛ける。

 

「約束したよね・・・?無事に戻ってくるって」

 

 静まり返った病室に、ケイの呼吸音とハルカの言葉が虚しく響き渡る。

 

「・・・嘘つき」

 

ハルカは、もう何度目かも分からない涙で再び頬を濡らす。

 

「嘘つき・・・嘘つき・・・!」

 

本来だったら、今頃ケイと私は二人手を繋ぎ、一緒に買い物をしたり映画を観たり、ご飯を食べて笑い合ったりしていたのかもしれない。そう考える度に、ハルカの胸は締め付けられる。ハルカが握るケイの左手は、ほんのりと温かく、ゆっくりとハルカの手を抜け・・・

 

「・・・⁉」

 

ケイの左手は、ハルカの頭を優しく撫でる。泣きじゃくる子どもを宥めるように、ゆっくりとハルカを包み込むように。ケイはうっすらと目を開け、穏やかに微笑んだ。

 

「もう泣かなくていい。大丈夫だよ。俺が付いてる」

 

「ケイ・・・!」

 

「いだだっ・!」

 

喜びのあまり、ハルカはケイを勢い良く抱きしめ、ケイは激痛に悶絶する。アトラス高校の「ヒーロー」は、ついに目を覚ました。

 

「遅い。いつまで寝てるの」

 

「悪い。でも、もう大丈夫だよ」

 

「早く治して、あの時言いたかった言葉、聞かせてよ」

 

涙で輝くハルカの瞳を、ケイは真っ直ぐに見つめていた。

 

「・・・うん、分かったよ」

 

 

 

 

 

その後、意識を取り戻したケイの問診や検査のために、ハルカは一旦病室から出ることになった。ハルカは携帯電話使用可能な休憩室でケイの父親に意識が戻ったことを伝えると、自販機でケイの好きなコーンポタージュを買って戻ることにした。まだ早いかもしれないが、検査が終わるまでドア付近で待っていても差し支えないだろう。そう判断した。

浮足立つハルカは、ドアの傍で聞き耳を立てる。ケイは医師と何か話しているようだ。微かな音を聞き取るべく、ハルカは全神経を集中させる。最初に聞き取れたのは医師の言葉だ。

 

「脳への負荷が大きかったので、戻るには時間がかかるかもしれません。それまでは不安になることもあると思いますが、遠慮せず周りの人たちを頼ってください」

 

次に聞こえたのはケイの声だ。

 

「ありがとうございます。あっでも、僕の記憶が無いことは、『あの女性』には黙っていてください。きっと悲しむと思うので」

 

ハルカの集中が切れた。もう部屋の中の会話は聞こえない。それどころか周りの音も聞こえない。手に持っていたコーンポタージュの缶が、力の抜けた手から滑り落ちる。しかし、ハルカはそれを床に衝突する寸前で拾い上げると、ふらつく足でその場を立ち去った。

ケイが目を覚ましてからの会話を思い出す。彼は、ハルカの名前を「一度も」口にしなかった。また、ハルカに病室を出るよう最初に指示したのもケイだった。ケイは、ハルカのことを何一つ覚えていなかったのだ。だが、彼は、目が覚めた時に傍で誰かが泣いていた時、その人を見捨てずにはいられない。記憶が無くても、知らない相手でも、彼は優しさを振りまく。泣き顔が笑顔に変わることを願って、彼は決して弱みを見せて不安にさせるようなことはしない。記憶よりも深層にある心理で、彼は悲しむ人が幸せになることを願う。命を懸けてでも怪我人を見捨てられなかったあの時のケイといい、彼は誰にでも優しすぎるのだ。ケイがこのまま、記憶が戻らなかったら―――。

 

「・・・っ!」

 

ケイの記憶が無いことに気づけなかったこと、そして何よりケイを守り切れなかったことに対する後悔が、ハルカの心に濁流のように流れ込む。息が詰まりそうな感覚が押し寄せ、足元が覚束ない。深い悲しみと苦痛の置き場が分からず、思考は停止。頬を伝う雫の温もりも、今は感じられなかった。泣き叫びたくても声が出ない。抑えきれない感情は、ただひたすらにハルカの中を暴れまわる。もう、何もかもが、嫌だった。

 

「おっと、これは失礼」

 

人にぶつかって、ハルカは我に返った。過呼吸で朦朧とした意識を何とか保ち、体勢を立て直そうとする。

 

「す、すみません」

 

一言だけ絞り出してその場を去ろうとするハルカを、相手の男は呼び止めた。

 

「ハルカ・フィーセだな。話は聞いている。これからケイという青年と話がしたいのだが・・・」

 

「・・・ケイに、何の用?」

 

威嚇の意を込めて睨み返そうとするが、憔悴していることもあって全く覇気がない。それでもその男は、眉一つ動かすことなく続けた。

 

「簡潔に述べると、ケイとハルカの二人を『円卓の騎士』に勧誘したい」

 

 

 

 

 

「『円卓の騎士』?」

 

検査を終えたケイは、ベッドの上で「アーサー」と名乗る男から説明を受けていた。「円卓の騎士」は、危険なノライバーの討伐や、パークが管理するノライバー討伐隊「ゾディアック」の管轄外である様々な裏の仕事を引き受ける、全世界規模の一大組織である。

 

「ケイ。君の英雄的行動は称賛されるべき偉業だ。他の隊や機関に目を付けられる前に、うちで保護し、同時に雇いたい」

 

「そんな急な話・・・」

 

割り込むハルカに、アーサーは補足を加える。

 

「この話は、ハルカにとっても悪くない提案だ。君たちは今回の件で、一部の界隈では既に顔と名前が知れ渡り始めている。我々の調査と仮説によれば、君たち二人は本来対立する家系にあるのだろう?もし二人の現在の関係性が知られれば、『鳳龍の一族』も黙ってはいないはずだ。実際、今回のゴルゴの件も、『鳳龍の一族』が仕組んだものである可能性が、我々の調査で浮上した」

 

「⁉そんな・・・」

 

ハルカは、「鳳龍の一族」が「咲昏家」の血の根絶のためなら手段を選ばないことを思い出す。今後はケイもハルカも今まで通りの平和な生活は送れないだろうし、次の環境でも大きな迷惑が掛かるかもしれない。

 

「人のために、動くんですよね?」

 

ケイは、やはり乗り気のようだ。

 

「公的機関が対処しづらい問題の解決にあたり、社会の秩序を維持する。そういう意味では、世のため人のためにはなる」

 

「なら、俺は『円卓の騎士』に」

 

「ケイ‼」

 

ハルカの突然の大声に、ケイもアーサーも凍り付く。

 

「もう危ないことはしないでよ!ケイが傷つくところは、もう見たくない・・・!」

 

ハルカの想いは届かないかもしれない。見ず知らずの他人の意見なんて耳を傾けてもらえないかもしれない。あの時みたいに、また自分の元から離れていってしまうかもしれない。けれど、ハルカはケイを止めずにはいられなかった。ベッドの上のケイにしがみつくハルカに、ケイもアーサーも掛ける言葉を失っていた。ケイが返答に迷っていると、アーサーが静寂を破った。

 

「さっきも言ったが、私は『ケイとハルカ』の二人を勧誘しに来たのだ」

 

「・・・えっ?」

 

「ケイにはもちろん、前線に出ても無事に帰ってきてもらうように鍛錬等はしてもらうつもりだ。だが、ケイは裏の仕事をするには少し善人過ぎる。時には任務の内容に異を唱えることもあるかもしれない。そんな時、彼の傍で時に助言を与え、時に彼を守り、時に彼の危険な行為を止める『監視役』が必要になる」

 

「それが君だ。ハルカ」

 

ハルカは黙ったまま、返事が出来ずにいた。

 

「君たち二人が血の宿命に抗うというのなら、どちらか一方が欠けてもいけない。『二人で一人』の強い結びつきが重要になる。『円卓の騎士』では、君たち二人の絆を超えた強い結びつきを尊重し、血の宿命に抗うサポートをしていくつもりでいる」

 

「どうだろうか?返事は、まあ時間を掛けて考えたいかもしれないが、早い方が良いだろう」

 

アーサーは席を立ち、ドアの方へ向かった。しかし、ハルカが呼び止めた。

 

「待って」

 

そして、ケイに向き直る。

 

「ケイ。ケイにとって、今の私は、あ、赤の他人・・・かもしれない。けど、でも!私はケイと一緒にいたい!ケイを守れるのは、私だけ。だから・・・」

 

「分かったよ、えっと・・・ハルカ」

 

ケイは、「赤の他人」であるハルカに、はっきりと伝えた。

 

「バレちゃってたのか。嘘ついててごめん・・・。でも、君がいてくれると分かったら、何だか安心した。きっとハルカは、俺にとって大切な人だったんだね」

 

そう言って、ケイはハルカの両手を優しく握りしめた。

 

「アーサーさん。俺たちは『円卓の騎士』に入ります」

 

アーサーは、手にした携帯端末で何か操作をした後、ケイ達に向き合った。

 

「ではこれより、簡易ながら任命式を行う。CN(コードネーム)は・・・『ケイ』だな。本名と同じだ」

 

「ええっ、そんなノリで良いんですかっ⁉」

 

ケイは思わず声を上げる。突然襲い掛かる軽いノリに、ケイとハルカは動揺を隠せなかった。

 

「スペルを変える。本名のKayではなく、Ceiの方だ。ハルカはどうする?監視役だから継承されるCNは特に無いが、必要なら・・・」

 

「要らない。ハルカで良い」

 

ハルカは素っ気なく答えたが、その表情には先程までのような焦燥は感じられず、安堵が戻ったように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから二か月後、完治したケイとハルカは、身支度を整え、早速最初の任務に取り掛かった。

 

「今回は、一般市民から依頼があった。最近夕方以降にストーカー被害に遭っており、護衛が必要とのことだ。対象は現在、隣町でケーキを買っているはずだ。合流してムゲンギア列車に乗り、終点で降りて自宅まで護衛するように」

 

「了解です。アーサーさん」

 

「・・・」

 

ハルカは、返事をするケイとは異なり会釈だけ済ませると、ケイと共に部屋を出ていった。すれ違いざまに、サンディレが入ってくる。

 

「新入りですか。実力の程は?」

 

「相棒のテジーと『契約』を交わした際に強い共鳴を感じた。ハルカの方も近距離戦闘において、相手を十分圧倒しうる」

 

「そうですか」

 

淡白な会話は、アーサー、本名オースティンに入った一件の着信で終わりを告げた。相手は・・・。

 

「お仕事中の連絡、失礼します。お元気ですか?アーサー王殿」

 

電話の主は、「ゾディアック」のポーラだった。

 

「久方振りだな。そちらから電話してくるとは珍しい。依頼なら相応の報酬を・・・」

 

「・・・。依頼ではなく、一つだけお聞きしたいことが」

 

「何だ?」

 

神妙な声色で、ポーラはこんなことを聞いてきた。

 

「そちらの方に、『ストーカー被害で悩む女性からの相談』が入っていませんでしたか?」

 

 

(続く・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、「ムゲンギア列車篇」
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