星と騎士と宝石と楽器と花の話   作:ドリベンタス

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前書きは無しで。


ケイ卿篇 ハルカトオキサクラ Ep. 6「騎士である理由」

 

 

 4ヶ月が過ぎた頃、アイラ達は騎士として成長し、先輩騎士達からも評価されるようになった。この日アイラ以外の4人は、CN騎士や先輩騎士達と共に、武装集団の殲滅作戦に同行することになった。

 

「本作戦で前衛を担当するのは、アグラヴェイン卿、ガウェイン卿、モードレッド卿、ランスロット卿の4名だ。後衛の君達には、残党戦力を拘束・無力化してもらう」

 

 先輩騎士の伝達を受け、ラフト、ナヤマ、アヤミノ、ニジナの4人は、作戦開始までの間に出撃の準備をする事にした。各々が共用スペースになっている中庭で武器の手入れ、ウォームアップ、リバイバーの調整を行う中、アヤミノは棒アイスを片手に、木陰のベンチで腰掛けて本を広げているアイラの元へ歩み寄った。

 

「何読んでるの?」

「ミェークトの『サルでも分かる軍事組織論』」

「なんか胡散臭いタイトル」

「いや、これはミェークトが一般向けに書いた著作としてはかなり優秀で、実際の軍事組織で用いられていた理論や経験談が元になってる。有能な怠け者が組織を率いて、有能な働き者は……」

「ふーん」

 

 アヤミノは、アイラの隣に腰掛ける。足を組んで、棒アイスを一口齧る。

 

「アイラはさ」

「なんだ?」

「なんてゆーか、変態だよね」

「はっはっは。照れるじゃねぇか」

「いや、褒めてないし」

「アヤミノも成長したな」

「まぁ、日頃鍛えさせられてるし」

「主に胸が」

「キッショ。なんで分かるんだよ……」

 

 ドン引きするアヤミノは、棒アイスを完食し、席を立った。

 

「私達ってさ、結構恵まれてるよね」

「恵まれてる?」

「うん。ラフトはリーダーシップあるし、ナヤマはパワー要員だし、ニジナはリバイバー戦闘めっちゃ強いし、アイラは…………変態だし」

「ありがとう」

「だから褒めてないって」

「アヤミノは?」

「私は……特に何も無いからさ」

 

 アヤミノは、青く澄んだ空を見上げる。柔らかな風でセミロングの黒髪が靡いている。

 

「強い皆と同期になれて、私、恵まれてるなって」

「それなら、見つけられるさ」

「えっ?」

 

 アイラは、本を側に置き、アヤミノの隣に立つ。

 

「アヤミノが"騎士である理由"。俺らと一緒なら見つけられる」

「でも私、何も無いよ?」

「入試で冷静な判断力を褒められた」

「よく覚えてんね。でも、あれはたまたまだよ。最後の部屋まで行けたのも、ラフト達が守ってくれたから」

「アヤミノは選択を間違えない」

 

 アイラは、アヤミノに穏やかな表情を向ける。

 

「アヤミノは、必ず正解を引き当てる。だからアヤミノと行動していたラフト達は、最後まで正解に辿り着けた」

「そんなの……私だけの力じゃないし……」

「いや、アヤミノの実力だ。俺らは知ってる」

「…………」

 

 アヤミノは、耳を赤くして顔を逸らした。

 

「おやおや、照れ屋さんだねぇ」

「うっさいっ!」

 

 アヤミノは、中庭から建物に入っていった。

 

「アイラ君」

「どうした?」

 

 武器の手入れを終えたラフトが話しかけてきた。

 

「アヤミノ君のこと、気付いたか?」

「あぁ、デカくなったな。何がとは言わないが」

「そうなんだ。彼女は一段と迫力を増した。何がとは言わないが」

「だまれ変態共」

「「ういーっす」」

「まあまあ……」

 

 ラフトとアイラの話は、調整を終えたニジナに筒抜けだったようだ。ニジナは、ナヤマに宥められて中庭を後にした。

 

「ニジナ君とナヤマ君の事だが……」

「付き合ってるよな?あれ」

「やはり、アイラ君もそう思うか!」

「絶対デキてるだろ。距離近ぇし」

「この前、夜中に二人で共用棟の屋上で星見てたぞ」

「マジかよ!?くっそぉぉぉぉやっぱ筋肉か!?筋肉なのか!?!?」

「うん、悔しい!!!俺達も負けてはいられないな!!!ところでアイラ君」

「どうした急に」

「君は、アヤミノ君のことどう思っているんだい??」

「どうって、そりゃまあ………………ワンチャン?」

「奇遇だな!!!俺もだ!!!」

「恋敵じゃねぇかっ!」

「はっはっは!!!お互い勝っても負けても恨みっこ無しだ!!!」

「さーてどうかな?恋愛は頭脳戦だ。俺が明らかに有利だが?」

「そんなアイラ君は、今年いくつのチョコを貰ったんだい??」

「あっ!!それ卑怯だぞイケメン野郎!!」

 

 二人の視線がぶつかり合い、火花が散らされる。そこへ、ディナダン卿がやってきた。

 

「アイラ君。アーサー王がお呼びだよ」

 

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 

「………………」

「というわけで、アイラには野良リバイバー討伐任務の指揮を執ってほしい」

 

 アーサー王の部屋で、アイラは次の任務の指令を受け取っていた。

 

「殲滅作戦は?」

「私が少し離れた作戦本部で指揮を執る」

「なら、見学だけでも」

「…………悪いが、殲滅作戦の方は人命が関わっている。未だ野良リバイバー討伐や遭難救助の指揮しか執った経験の無いアイラには任せられない」

「それは、アーサー王が俺にそういう任務しか与えてくれねぇから……」

「加えて、君に託した依頼は一般騎士でも何人か負傷者が出ており、正直手こずっている。地主からクレームが来たので、我々は今日中にこの依頼を片付けなければならない」

「他のCN騎士は?」

「皆、殲滅作戦か別の任務の最中で不在だ」

「………………」

「安心しろ。君の実力は半年で飛躍的に向上している。アイラなら、今日中に完了出来るだろうと信じての任務だ」

「…………はぁ、分かったよ。引き受ける」

 

 

 

 

 

 どこまでも広がる青い空の下。私有地に堂々と入り、先輩騎士達に的確な指示を出す。うだるような暑さに顔を上げると、遠くに入道雲が見えた。

 

「積乱雲か。この後降るかもなぁ……」

 

 先程、任務が完了した。これより拠点に帰還する事になっているが、クライアントである地主がどこかへ行ってしまったので、完了報告に時間がかかっていた。

 

「アイラさん!アイラさん!」

 

 フイミと名乗る新米騎士が、瞳を輝かせてやって来た。

 

「凄いですね!今までずっと捕獲出来なかったのに、こんな短時間であっさり捕まえてしまうなんて!まさに"円卓の参謀"ですね!」

「まだ正式には参謀になってねぇよ」

 

 フイミはまだ幼い。正直、未来に期待と言ったところだ。

 

「あっ、アイラさん。今連絡入って、クライアントの居場所が分かりました。隣町の雀荘だそうです」

「えぇ〜、遠すぎだろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日は、暑かった。

 

 

 

 

 この日は、夕方から雨が降ってきた。

 

 

 

 

 この日は、オースティンがアーサー王の地位を授かって以来、過去最悪となる死傷者数が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動員されたCN騎士4名、一般騎士30名。内、生還者はCN騎士4名と一般騎士9名。生還した一般騎士9名は重軽傷を負い、全員が近くの病院に救急搬送された。任務終了後、円卓の騎士の拠点に戻って来たのは、CN騎士5名と21の遺体だった─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の雲が空を完全に覆っている。雨は止む気配が無い。傘を差すという選択肢が脳裏に浮かぶ事はなかった。ただ、アイラの眼前には、布を被った遺体が広がっていた。

 

「………………………………」

 

 髪や服がびしょ濡れになっている事に、アイラは気付かない。一枚一枚布を捲り、確かめる。中には、確かめようのない状態もあった。見覚えのある顔が、一つ、二つ…………。

 

「…………………………なんで」

 

 声にならない声は、雨音にかき消えていく。

 

 

 

 死亡者名簿に、ラフト、ナヤマ、ニジナの名前が載った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院は、急患の対応で騒然としていた。血が足りていないようだ。いくらか分けてやろうかと受付スタッフに名乗り出た。今不足しているのはAB型とA型らしい。アイラはB型。無理だった。たまたま空いていた待合室のベンチに腰掛け、魂が抜けたかのように倒れ込む。何も考えられない。何も考えたくない。ただ、ひたすら、次目を開けた時にはラフトとアヤミノとナヤマとニジナが笑って自分を叩き起こしてくれることを、切に願っていた。願うしかなかった。

 

 ふと、目が覚めた。身体が重い。どうやら、かなり長い時間寝ていたようだ。先程の慌ただしく人が行き交う光景とはうってかわって、殺風景な廊下が広がっていた。空腹を訴える感覚があるような気がするが、それよりも何も食べたくならない鬱々とした感情が全身を包み込んでいた。カツカツと、冷たい廊下を叩く音がする。音源の方に顔を向けると、女性が松葉杖を両脇に抱えて歩いていた。慣れていないのか、操作が覚束ない。包帯で長さは分からない黒髪が見える。

 

「………………アイラ………………!」

 

 彼女は、アイラの名を呼んだ。美しい顔の左半分は包帯に包まれ、左足は無くなっていた。虚ろな右眼は、アイラの姿を捉えると少し見開き、ぎこちない素振りで踵を返そうとした。もつれた杖は空を切り、彼女は倒れ込んだ。アイラは咄嗟に、彼女を受け止めていた。

 

「……………………ごめんなさい」

「……………………………………」

「私………………間違えちゃった………………」

 

 彼女は、あったことを話してくれた。CN騎士達がリーダー及び幹部と交戦中、残党がアジトに逃げ込んだ。一般騎士達は残党の確保に向けてアジトに侵入したが、アジトと思われていた場所は、大量の火薬が収容されていた武器庫だった。残党の一人が導火線に火を点けた。彼女は、判断が遅れた。首の後ろを掴まれ、強い力で後方に投げ飛ばされた。「走れ!!!」と鬼気迫る大きな声が聞こえた。後ろを振り返る間もなく、彼女は走り出した。次の瞬間、閃光、爆音、衝撃。朦朧とした意識の中で、近くで倒れ込んだ女性の「やだ…………やだ…………」という声だけが確かに聞こえていた。

 

「ごめんなさい」

「…………………………」

「ごめんなさい…………私のせいで…………皆が…………」

「…………………いや、アヤ」

「私のせいだよ!!!!!!!!!!」

 

 アヤミノの声は、大きいのに震えていて、絞り出されたように感じられた。アイラは、何も言えなかった。何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーサー王の部屋に、一人の騎士が訪ねて来た。否、そんな穏やかな雰囲気ではない。

 

「おいアーサー王!!!」

「やめるんだアイラ!!!」

 

 先に部屋を訪れていたディナダン卿がアイラを抑える。アイラはそれでもアーサー王に迫ろうとする姿勢を崩さなかった。

 

「なんだこの結果は!!!」

「落ち着け!!!」

「……………………」

 

 アーサー王は背を向けたまま、答えた。

 

「任務は完了した」

「………………………………………………は?」

「落ち着くんだ!気持ちは分かる!だが今は」

「俺の大切な同期が3人死んでんだよ!!!!!」

 

 酸欠でふらふらになりながらも、アイラはまだ足を止めなかった。

 

「何が『任務完了』だ!何が『落ち着け』だ!テメェの大好きなCN騎士が全員無傷だからって、一般騎士はどうでも良いのかよ!!!」

「アイラ!!!」

「お前がアイツらを捨て駒にしやがったんだ!!!!!」

「それは違う」

 

 アーサー王は、決して振り返る事なく、淡々と告げた。

 

「彼らは、残党確保という任務遂行のためにその命を捧げた。その死は、決して捨て駒と表現して良いものではない」

「…………テメェが殺したんだろ?」

「アイラ!!!これ以上はダメだ!!!」

 

 ディナダン卿が力を振り絞り、アイラを部屋から追い出そうとする。アイラは踏み止まろうとするが、酸欠で手足が痺れ、力が入らなかった。

 

「………………………………」

「答えろよ!!!逃げんなよ!!!オースティン!!!このクズ野郎が!!!」

 

 怒声は、部屋の扉を閉めてもしばらく聞こえていた。

 

 

 

 

 

「………………王」

「分かってる」

 

 アーサー王は、椅子に腰掛ける。その顔は威厳を保ち、決して崩れることはなかった。

 

「後日の葬儀の手配と、怪我人への手当てを。私は、今回の事案について報告書をまとめておく。それから、今日明日の予定は全てキャンセルしてほしい」

「………………御意」

 

 ディナダン卿が部屋を後にする。誰もいなくなった部屋で、オースティンは机に突っ伏して頭を抱えた。イクスがホリダーの様子を気遣ってメダルから出て来た。オースティンは、微動だにしなかった。だが、その手と背中は小刻みに震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば、木の葉は全て枯れ落ち、日は短くなった。夕暮れに公園のベンチで力無く座り込んでいたアヤミノの横に、アイラが座り込んできた。

 

「アヤミノ、頼みがある」

「…………………………ごめんなさい」

「まだ何も言ってねぇよ」

「違うの………………ごめんなさい」

 

 アヤミノは俯き、右眼から涙を流す。眼帯で隠された左眼の分まで。

 

「話を聞け」

「……………………」

「俺は円卓の騎士を出ていく」

「っ!!」

「だが、これまで円卓の騎士を無事に抜け出せたのは、定年退職した一部のシニアとお前みたいな重傷者だけだ。多少悪い事をしても、徹底指導が入るだけでこの組織からは出られない。無論、度が過ぎる悪事はその場で処刑だ」

「待って!なんでアイラが脱退するの?アイラは何も悪くない」

「いや、俺が指揮を執ってたら、こうはならなかった」

 

 毎晩考えた。殲滅作戦の状況、人員配置。アジトの詳細がよく分かっていないまま強行したのが今回の悲劇を生んだ。自分だったら、アジトに侵入するまでもなく、リーダーと幹部を捕らえた時点でアジトを封鎖し、籠城させる。苦しんだ彼らが自暴自棄になって爆破したとしても、被害は最小限で済んだ。

 

「アイツは、騎士道という下らない考え方で選択を間違えた。相手が格下であっても、手を抜かずにCN騎士だけで潰しても良かった。俺はアイツを絶対に許さない」

「……………………」

「でも何より、俺がここの空気に合わない。ここの騎士は皆、王のために自分の命を犠牲にする事を何とも思ってない。いくら忠誠を誓っても、命を落としたら意味が無ぇってのに」

「……………………それは」

「だから、俺はここを出る」

 

 アイラは、決してアヤミノの方を向かなかった。楽しかったあの時から変わってしまったアイラの表情を、アヤミノに見せるわけにはいかない。

 

「協力してほしい。俺の言う通りに動いてくれれば、それで良い」

「なにを…………」

「俺の、ストーカー被害者になってくれ」

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 

 円卓の騎士内部で私人間トラブルが起きた時、小さなものであれば被害者と加害者の間に第三者が入る事で、解決に導く。しかし、本来なら警察沙汰になるような案件の場合、加害者の騎士は騎士王及びCN騎士達が集う緊急集会で対応が決まる。警察に届け出ると、円卓の騎士に対する信頼の失墜に繋がるからだ。殺人やスパイ行為のような重罪については、その場で死刑が決まることもある。もっとも、そのような事態は滅多に発生しない。騎士達のアーサー王への忠誠心がそれだけ強いのだ。

 

「アイラは前に」

 

 アーサー王とCN騎士が見つめる中、両腕を拘束されたアイラが、円卓の騎士全員から見える位置に立つ。ディナダン卿やガレス卿も、他の騎士達と共に顔を揃えている。控えていた一般騎士が、冒頭陳述を始める。

 

「彼は、約2ヶ月前から同期の女性騎士に対し、執拗なストーカー行為をした疑いが掛けられています。被害者のアヤミノさんが自らCN騎士達に被害を訴えた事で、事件が発覚しました。被告人は現在15歳。今年の新規採用でクロニクルへの配属が決定し、アーサー王の指示の下、任務をこなしておりました。しかし、先述の行為は円卓の騎士の威信に関わる重大なインシデントに値するとして、緊急集会の形式を取った次第です」

 

 淡々とした説明が続く。アイラは、あくびが出そうになるのを必死に堪えた。昨夜は準備や手続きであまり眠れていないのだ。

 

「アイラ。この内容に間違いはあるか?」

「いいえ」

 

 形式上のやり取りに嫌気が差す。裁判のようなやり取りをしているが、違うのは彼に弁護人がいない事だ。もっとも、今回の目的は減刑や無罪放免ではないので必要無いが。

 

「円卓入ってストーカーって何考えてんだ……」

「キモいんですけど」

「これは厳しい指導が必要だな……」

 

 騎士達から声が聞こえる。個性の強い騎士達の反応は、水面の波紋のように拡散し、即座に収拾がつかなくなる。一般騎士がタイミングを見計らっていると、ボス卿が声を上げた。

 

「彼を好き勝手言うのは構わないが、会議の進行を妨げるのはやめた方がいい」

 

 部屋が静まり返る。一般騎士が続けようとすると、

 

「進行を止めるようですが、意見させて下さい。アーサー王」

「発言を許可する。モードレッド卿」

 

 モードレッド卿が動いた。

 

「アイラの起こした事件は、円卓の騎士として大変恥ずべき行為です。我々CN騎士の下で、徹底した指導を行い、彼を更生させるべきかと」

 

 彼の意見に、そうだそうだと頷く周囲の騎士達。騎士達は、アイラの行いを否定していても、それでも円卓を追い出そうとはしないのだ。何故なら、円卓の騎士を追放されるという事は、騎士達にスパイの可能性を常に疑われ、外部の人間からは情報源として狙われるという、一生もののリスクを背負う事に繋がるからだ。モードレッド卿の着席を合図に、一般騎士は、手元の書類を捲って進行を続ける。

 

「ではこれより、被害者への尋問に移ります」

 

 場内が再びざわつき始める。扉が開き、全員の視線が集中する。車椅子に乗せられた、痛々しい様子の彼女に──────。

 

「……………………」

 

 場内は、自然に沈黙した。彼女の様子を見れば、言葉を失うのも無理は無い。彼らは改めて、事の重大さに気付く。車椅子を押していた女性騎士が、所定の位置で車椅子を止めた。

 

「アヤミノさん。貴方には、黙秘権があります。答えたくない質問には、答えなくて大丈夫です」

 

 アヤミノは、軽く頷いた。ずっと下を向いたままだ。

 

「アヤミノさんは、今回の件についてどうお考えですか?」

 

 全く、酷な質問だ。彼女は、しばし沈黙した後、か細い声で答えた。

 

「………………もう、一緒にいたく、ありません」

 

 用意した台詞なのは分かっている。なのに、アイラは胸にナイフを突き刺されたような感覚に襲われた。アヤミノは、ゆっくりと続けた。

 

「同じ騎士だと…………思いたく、ありません」

 

 痛い。苦しい。だが、これはアイラが考えた台詞だ。今更何を感じているのか。騎士達を見渡すと、皆に深刻な表情が見てとれた。この他にも彼女に対していくつか質問があったが、"はい"か"いいえ"か、無回答で終わった。

 

「ありがとうございます。騎士の皆様から、意見がありましたら発言をお願いします」

 

 未だ、沈黙が流れている。誰も意見しようとしない。

 

「では、私から」

 

 ディナダン卿が立ち上がる。事前に話は付けてある。後は頼んだ。

 

「今回のアイラの行いは、円卓の騎士として咎められるべき重大なインシデントであり、本来であれば厳しい指導が施され、もしまだ"あの場所"が残っていたなら、懲罰房行きが決まった事でしょう。ですが、被害者のアヤミノさんは彼の"追放"を望んでいます。アイラが円卓に残ることによる、彼女への精神的ダメージは計り知れないものになるでしょう。よって、アイラの処遇は、『円卓の騎士からの永久追放』が望ましいものと提案します」

「ディナダン卿」

 

 モードレッド卿が発言を始めた。

 

「ディナダン卿の言う通り、確かに、アイラには重い処罰を下すべきでしょう。しかし彼は、アーサー王の下で参謀として活動し、重要な機密情報を多数取り扱っていました。そんな彼を円卓から追放すれば、機密情報の漏洩に繋がりかねません」

「アイラは罪を認め、反省しています。アーサー王への忠誠心は、健在であると判断します」

「では、それを証明してみて下さい」

「証明…………ですか」

 

 ありがとう、ディナダン卿。事前に話を合わせておいて正解だった。後は俺がやる。アイラは、アーサー王を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 

「オ……アーサー王、発言の許可を」

「……………………許可する」

「俺は、傷付いたアヤミノを助けようと思った。彼女がそれを拒否しても、彼女が傷付いているのは事実だから、俺はしつこく助けようとした。結果的にそれが、逆に彼女を傷付ける形になってしまった事は、本当に、深く反省している…………。だが、それでも、彼女を護りたい、助けたいという気持ちに依然として変わりは無い。彼女の今の生活を支えている円卓の騎士を脅かそうとするなんて、死んでもしないと誓う。もしも俺を経由して情報が漏洩することになったら、その時は──────」

 

 ここでの台詞は、アヤミノにもディナダン卿にも話していない。話さなかったのだ。

 

「──────即座に俺の首を斬り落として構わない」

 

 場内がどよめいた。アヤミノが声を出さずに取り乱しているのが横目で分かった。彼女には、大変申し訳ないと思っている。だがこれは、俺が無策で円卓の騎士に入った罪に対する、俺なりのけじめだ。

 

「えーっと……では、アイラの処遇について、他に意見はありますか?」

 

 未だどよめきの消えない場内で、騎士達は苦悶の表情を浮かべる。本当は、こんな事がしたかった訳じゃない。全ては、己の未熟さが招いた結末だ。

 

「では、これより、アーサー王により処遇を決定して頂きます」

 

 アーサー王は、アイラを真っ直ぐ見つめる。おそらくその瞳なら、見透かしているんだろう。この事件が捏造である事も、アヤミノやディナダン卿を抱き込んでいる事も。他の騎士だって気付いててもおかしくない。だが、オースティン。俺はここまで覚悟を決めた。リスクを承知で、本来誰も望まない選択をした。お前がここで出せる結論はただ一つ。さあ、答えを出せ。

 

「アイラを…………」

 

 アーサー王は、姿勢をそのままに、一旦短く深呼吸をした。否、深い溜息を深呼吸で誤魔化したのだ。

 

「…………円卓の騎士から、"永久追放"する」

 

 チェックメイト。俺は、過去の自分が招いた呪縛から、解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、これで良かったのかい?」

 

 アーサー王から提供してもらった部屋で、ディナダン卿と言葉を交わす。口調はいつも通りだが、表情や喋り方からどこか寂しさを漂わせているのがよく分かる。彼女も年相応の考えを持って生きている、同じ世界の人間だ。

 

「ああ。世話になったな」

 

 質素な雰囲気に戻った部屋を見て、アイラは、初めてこの部屋に案内された日の事を思い出す。あの時の自分は何も知らなかった。何も、気付いていなかった。

 

「……アイラ。何かあったら、いつでも頼ってくれて良いよ」

「それは嬉しいな。だが、ただでさえ多忙なディナダン卿の手を、これ以上煩わせるわけにはいかない」

 

 必要な荷物をリュックにまとめ、部屋を出る。ゴミは全て出してしまった。結局アイラは、ここで桜を見る事はなかった。

 

 アジトの門を潜ろうとした時、目の前に車椅子に座るアヤミノがいた。

 

「…………気付かれないように早朝出発にしたんだが、意味無かったな」

 

 アヤミノは無言だった。ただ、アイラをこのまま通すわけにはいかないという強い意志を、彼女の細かい様子から感じ取った。

 

「………………いかないで」

 

 それは無理だ。アイラは首を振る。

 

「私の、"騎士である理由"。見つけるって言った」

 

 ごめん、守れそうにない。アイラは押し黙る。

 

「アイラ…………お願い………………!」

「………………………………………………」

 

 ああ、本当に苦しい。それでもアイラは、唇の内側を噛んで、気持ちを抑える。

 

「俺は、円卓には居られない」

「…………………………嫌」

「ごめん、本当に」

「…………………………最低」

「ああ、それで良い」

 

 君は悪くない。間違ってない。間違ってたのは、最低なのは、俺だ。

 

 アイラは、車椅子の横を通り過ぎる。アヤミノがすぐさま振り返れない事、アイラを引き止められない事は知っていた。門を通過し、波止場まで突き進む。

 

「くそっ…………クソがよ…………!」

 

 無力な自分が嫌だった。大切な仲間を見捨て、後悔で落涙する自分が、本当に嫌いだった。

 

 

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