時は、現代に戻る。2機のドローンが照らす夜の森で、アーサー王とアイラが対峙する。アーサー王の相棒イクスは、迫り来るシュライヴの猛攻に全力で対抗していた。シュライヴは、隙を与えぬ追撃でイクスの態勢を崩しにかかる。白い靄が辺りを包み始めた。
「防戦一方だな……」
アイラは、アーサー王とイクスの挙動を観察する。アーサー王は常にイクスの後方に立ち、アイラからは見えないように動いている。シュライヴは縦横無尽に駆け回って攻撃を重ねるが、イクスは基本的にその場を動かない。アーサー王を隠しているのか……?
「さっきから、君のシュライヴは近接攻撃ばかりだな」
アーサー王が口を開く。
「この白い靄は、"ダミー"だな?君のシュライヴは、空気感染するウイルスを持っていない」
イクスの態勢が変わる。
「つまり、君の攻撃が当たらない限り、ウイルスには感染しない」
イクスが高く飛び上がる。イクスの巨体が、シュライヴを真上から押し潰そうとした。シュライヴは間一髪で回避するが、着地の際の衝撃で後方に吹き飛ばされた。
「アイラ。君が元気そうで何よりだ。だが今の私には果たすべき使命がある」
アーサー王の周囲が銀色に輝き始める。これは、見紛うはずもない。アーサー王の"円卓の加護"が発動する。
「ここで終わらせる────!」
「待ってたぜ!その瞬間をよぉ!」
アイラは、ニヤリと笑みを浮かべる。騎士王アーサーに真っ向から挑んだところで、勝ち目は無い。ならば、こちらの領域に持っていくのみ。彼の加護を上回る強力な"秘策"が、アイラにはあった。アイラが、合図を出した。
「ラグナ──────」
瞬間、風が止み、ドローンの羽音が止まる。宙を舞っていた葉や靄は、空中で静止する。漫画やアニメでは最早お馴染みの絶対的な力。"時間の停止"だ。
「驚いたろ?ずっと探してたんだ。加護を上回る力。それをようやく見つけた」
アイラは、ゆっくりとアーサー王に近寄る。シュライヴは、イクスに狙いを定めた。
リバイバーは、"フラグメント"と呼ばれる要素が元の古生物イメージに付与されて造られる。フラグメントは人間が持つ様々なイメージから生まれ、時にそれは元の古生物の特徴や関連する事物を反映する。そんなリバイバーの中に、"時間"、"神話"のフラグメントを持って生み出されたものがいた。そのリバイバーは、特段不思議な力を持っていたわけではない。水属性の大型リバイバーとして地位を確立し、他のリバイバーと同様に親しまれてきた。しかし、ある個体において、フラグメントの要素が暴発し、時間に干渉する禁断の力が生み出された。この悪魔のような危険な個体と、アイラ達は条件付きで契約を交わしているのだ。
「ここで終わりにしようぜ、オースティン。お前は、『人間』だ」
シュライヴが、停止したイクスの首に噛み付く。ウイルスが、イクスの体内に流れ込んだ。
そう、観測していたはずだった。しかし、アイラが見たのは、地面に叩き伏せられたシュライヴと、銀のオーラを放って剣を振り翳すイクスだった。
「……………………は?」
時間は停止していたはずだ。動けるものはどこに潜むラグナと、この場のアイラとシュライヴしかいないはずだ。しかし、目の前のイクスはシュライヴに追撃を与えている。何故だ。何が起きた。
「加護を上回る力、か」
聞こえるはずのない、王の声が聞こえる。
「どこでどのようにそんな力を手にしたのか知らんが、私のはそう易々と破れるような奥義ではない」
銀を纏うアーサー王が、威厳のある声で場を圧倒する。その瞬間、アイラは気付いた。全ての物体の時が動き出している。
「……………………はぁぁぁ、そういうことか」
アーサー王は、時間停止が効かなかったのではない。アーサー王の方が、先に加護を発動していたのだ。アーサー王の加護は、相手の速度バフを解除する。時間停止能力の原理が、"相手に対する自分の相対速度を極限まで上昇させる"というものであった事に、アイラは今この瞬間まで気が付かなかった。
「テメェ……俺とのバトルを認識した時から既に使ってたな?」
「『相手が円卓をよく知る人物なら、初めから王手を掛けるというのも戦略の一つになる』。君が教えてくれたはずだ」
イクスの剣が黄金に輝く。有り余るエネルギーが、周囲の空気を震動させる。
「『光芒一閃』」
無論、真正面から受けるつもりは無い。シュライヴにカワスゼ!を発動させ、回避に賭けるか?否、そもそも速度バフが無効化されている。ならばせめて、と考えたところで、背後から冷たく鉛のように重い、女性のような声が聞こえてきた。
〔契約内容は、私の存在を秘匿する代わりに、能力使用権限の一部を譲るというものだったな〕
「ま、待て……!まだバレてない!」
〔いや、あの男は勘付いている。やはり人間を信用した私が愚かだった。契約は破棄だ〕
声の主は、姿を現す事なく、背後の闇に紛れていった。殺されない事が分かって安堵したのも束の間、自分の身体が動かせないことに気付いた。
「ははっ、詰んだな…………」
シュライヴの動きも停止している。おそらく、契約を破った事の"代償"だろう。ああ、また俺は失敗したのか。イクスの剣は眩しい程に光り輝き、アイラとシュライヴ、ドローンを、周囲の木々ごと薙ぎ払った──────。
「……………………」
アーサー王は、地に伏せるアイラを見下ろす。そばには、シュライヴのメダルとバラバラになったドローンの破片が転がっていた。
「アイラ。君は私を"人間として"見ているのだろう。私の未熟さを知ったあの日、君は私を王ではなく人間として捉えた。この勝負は、君が私を玉座から引き摺り下ろし、同じ人間として向き合おうとしていたのではないか?」
アイラは動かない。
「素直にそう言えば良いものを」
アーサー王は両肩の圧迫感に顔を顰めながらも、その場にしゃがみ込み、倒れるアイラに手を差し伸べる。
「…………っ!?」
突如、アーサー王の差し伸べた右手に激痛が走る。倒れていたはずのアイラは、どこからともなく取り出した注射器をアーサー王の腕の静脈に突き刺していた。
「──────チェックメイト」
〜〜
王は完璧である。王は絶対である。騎士は人を護るのだから、騎士王は護るべき者全てを護り抜く。そんな淡い期待がどこかにあった。未熟で冴えない俺は、円卓の騎士王に少なからず憧れを抱いていたのだ。アーサー王の下にいれば、俺の情報戦スキルは無敵の領域に到達出来る。そう思っていたのに。
現実は違った。完璧で絶対的な王は存在しない。玉座に座っていたのは、王の使命を受け継いだ、慈悲深い人間そのものだった。勝手に憧れて、勝手に失望して。気付けば手元に僅かに残った希望すら見えなくなって、俺は逃げ出した。逃げ出して、住む場所が無くなって、死にかけていたところを運良く昔馴染みの女に救われて。その後も何度か出会いに恵まれて何とかここまで来れたけど、それでも、俺は過去と訣別出来ていなかった。
「未熟だよな……俺もアンタも」
「……………………」
アイラは転がり、仰向けになった。右手に握っていた注射器を転がす。
「完璧を目指した、ただの人だ」
「……………………」
「なぁ、それでも、お前は玉座に座るのか?」
アイラは、アーサー王を見上げる。
「ああ、今ここで逃げ出せば、これまで私を信頼してくれた全ての騎士達を裏切る事になる。かつての君を含めて。私は、それが最も恐ろしい事であると知っている」
アーサー王の言葉は、重く、それでいて生きていた。人間の言葉で、王の言葉だ。
「私は、最期まで騎士達を導く、"アーサー王"だ」
「………………はっ、厨二病もその歳までいくと貫禄が出るな」
アイラは、アーサー王の言葉を笑い飛ばす。だが、決して見下しているのではない。
「アーサー王、そいつは抗ウイルス薬だ。打たれてから関節の痛みが少し和らいだはずだ」
そう言われて、アーサー王は身体が少し軽くなったことに気付く。アーサー王は理解して大きな溜息をついた。
「あのウイルスは、人間に空気感染するウイルスだったか」
「読み合いでは俺の勝ちだな!アーサー王!加護の代償の影響で症状にも気が付かなかっただろう!ま、別に薬打たなくても、1日寝てれば治るインフルエンザの弱毒版だ。気にすんな」
調子に乗っていたアイラだったが、身体の痛みに思わず声を上げる。
「大丈夫か?」
「ああ、仲間がもうじき来る」
「良い仲間を持ったな」
「それはお互い様だろ」
「ケイ卿とハルカの事か?」
「アイツらなら、一族の問題を解決できる」
アイラは、そう確信していた。
「アーサー王、お前は早く島に戻れ。俺が円卓を襲撃するなら、警備が手薄な今を狙う」
「随分と回りくどい忠告だったな」
「悪かったよ。そういえば、アヤミノは元気か?」
「新しい男が出来て幸せに暮らしているよ」
「嫌だ……!アヤミノに男が出来るなんて嫌だ!一生俺のことを想っててほしい!」
「……本当に変わらないな、君は。そっちは大丈夫なのか?厄介な問題を抱えているようだが」
「あー、まあ、俺らで何とかする。新たに出来た俺らの使命だからな」
アイラの仲間達がクエルコに乗って飛んで来るのが見えた。アーサー王は、イクスを連れてヘリコプターのある場所に戻ろうとする。
「もう会う事はないだろう」
「ああ、次会う時はどっちか墓ん中だ」
クエルコが地面に降り立った時には、アーサー王の姿は無かった。
〔アイラ!すっごく心配した。ラグナが不機嫌になったからまさかと思って……〕
「分かった分かった。タブレットを押し付けるな」
「怪我人二人目か。まあ、何となくこうなる事は予想出来てたけどね」
「いや、一人目の方は心配無い」
「どういう事ですか?」
アイラは、痛みに顔を顰めながらも、再びニヤリと笑みを浮かべる。
「ハルカの方は、事前に手を打ってある」
〜〜
「ハルカ様を引き渡せ!」
自動小銃を持った兵士達に囲まれているのは、フイミ達のいるキャンピングカーだった。
「嫌です!絶対に渡しませんから!」
全力で反抗するフイミは、最悪の展開に内心焦りを感じていた。音響兵器は電池切れで使用出来ない。キャンピングカーで逃げるにも、兵士の数が多過ぎる。それに、またカーチェイスはごめんだ。キャンピングカーの中に何か撃退するアイテムがあるかもしれないが、探してる余裕は無さそうだ。
「っ!?!?」
脇腹に鈍い痛みが走る。撃たれた……!
「悪く思うなよ」
兵士の一人が口を開く。絶望的な状況だ。それでも、だとしても。フイミは、ハルカを護り抜くと決めたのだ。円卓の騎士として配属されたその日から、アイラのように、最小限のリスクで最大限の結果を得る事を目標にしてきた。この場も切り抜いてみせる。フイミは、次に発射されるであろう銃口を目で追った。出来るかは分からないが、やるしかない。フイミが足に力を集中させたその時だった。
甲高く、荒々しいエンジン音が鳴り響いた。音の発信源は、兵士達を押し除け、キャンピングカーの近くで停止した。
「うーっす。『ウーバーフラワー』でーす。てか、ウーバーフラワーって何ですかね」
こっちが聞きたいわ、と言いたくなるのを堪えて、フイミはバイクから降りた二人の女性に話しかける。
「えーっと、何のご用で?」
「えっ!?血ぃ出てますよ!?早く手当てした方が良いんじゃないですか?あのー、ウチ、万一事故った時用に包帯とかガーゼとか持ってますけど、良かったら使います?」
「有り難いですが、今はそれどころじゃないです……」
「あれ?なんかウチら囲まれてません?ひょっとして、結構ヤバい状況なんじゃ……」
自分から突っ込んできて狼狽える謎の女。ふと気付くと、もう一人の姿が見えない。
「ユミレちゃん。依頼主が言ってた事、何となく分かったかも」
キャンピングカーの中から声が聞こえた。バイクの後ろに乗っていたもう一人か。
「おい!そこのお前ら!」
「はいぃぃ!?」
兵士の一人が叫ぶ。
「ハルカ様に近づくな!!」
「えっ、ハルカ様!?依頼主のクオンさんが言ってた、あの!?」
クオンの依頼!?まさかと思い、フイミは目の前にいる"ユミレ"と呼ばれた女をキャンピングカーへ連れ込む。外で兵士達がキャンピングカーに向けて走り出したのが見えた。中に入ると、桜色の髪をした女性が、寝ているハルカの側に立っていた。
「私、貴方のことよく分からないけど、プラナスが貴方の傷を癒したいって言ってるの。今は難しそうだけど、落ち着いたら、一緒にお茶しましょう」
「千枝さん!兵士が突入してきます!」
その時、キャンピングカーの中から、光が放たれる。眩しくはないが、暖かく、包み込むような光。桜の花びらが舞うような、優雅な薫風が、車内を満たしていく。光の中心で、眠り姫は『覚醒』する───。
「突入せよ!」
兵士がキャンピングカーに侵入する。フイミは咄嗟にユミレ達を庇った。兵士の銃口がフイミに向いた瞬間、フイミの頭の横を何かが掠めた。気付くと、兵士達の何人かが、ゲーミングPCに押し潰されていた。ゲーミングPCは大きな音を立てて割れ、放っていた青い光はゆっくりと消えてしまった。
「えっ、えっ、今何が起きたんですか!?」
狼狽えるユミレに、安心したような表情を浮かべる千枝。眠り姫の姿は既に無い。フイミが外に出ると、兵士達は全員地面に横たわっていた。桜色に輝くオーラと彼女の愛刀が、逆らう者全てを斬り払う。サクラ(を取り戻す)前線が今、進撃を開始した。
─────21:35。ハルカ・フィーセ、復活。