ケイとカムラン、ラグルとブークリエは、連携してショウゾウのヤマタノオロチに挑む。複数の首による攻撃に翻弄されるも、ケイはヤマタノオロチの本質を見抜き、カムランに弱点を攻撃させた。しかし、ヤマタノオロチは倒れる事なく、眠っていた力を引き出した。作戦が失敗したケイは、ラグルの言葉で再び立ち上がり、二人で「円卓の加護」を発動させる。
ラグルが屋敷に侵入した直後。威世家屋敷の周辺は、ショウゾウに雇われた武装組織が包囲していた。全ては咲昏の血を絶やすため。全ては威世家の威厳を世に示すため。激しい崩壊音と咆哮がこだまする屋敷を背に、部隊は監視を続けていた。
「こちらイースト。翼竜リバイバーの配置完了」
「こちらウエスト。了解した・・・全く、メガテリーに投げられて屋敷の包囲網を突破するヤツがいるなんて思わなかったな」
「だからミサイル一発の侵入も許さない配備に急遽変更した。正直この屋敷が持つかは分からないが、脱走者を一人残さず排除するためにも、俺達は全力を注がなきゃならない」
隊員達が会話を交わすその視線の先から、微かな金属音が聞こえた。燻んだ緑色の球体が、足元に転がってくる。
「っ!!伏せろ!!!」
直後、爆発と共に周囲が黒煙に包まれる。無事だった隊員達が体勢を立て直す中、二人の女騎士、シュバルツとメランが現れる。
「おいおい、大層な警備してる割にはザルじゃねェ゛か?」
「黒煙が消えぬうちに行きましょう。私達の目的はラグル達の退路の確保です。翼竜リバイバーは貴方の狙撃でも簡単には無力化できませんから、早めにリバイバーの持ち主を潰しましょう。えいっ」
二度目の爆発が起こる。視界不良のため、部隊はまだ彼女達の位置を特定できていない。二人がしばらく歩いていると、隊員達の声や足音が聞こえなくなった。
「ん?翼竜いねェ゛ぞ?」
「まさか、さっきまで上空を飛んでいたはずでは────」
煙が晴れ、視界が明瞭になる。隊員達は、皆地面に伏せていた。爆発でやられたにしては、どうも位置がおかしい。先程まで上空を飛んでいた翼竜リバイバーが、付近で倒れている隊員に寄り添っていた。明らかに異常だ。
「シュバルツ。警戒して下さい。私達以外に何かがここにいます」
「久しぶり」
「ひゃっ!?」
突然の挨拶に、メランは思わず小さな悲鳴を上げた。二人の背後には、ハルカが立っていた。
「お、お久しぶりです・・・ハルカさん」
「あれェ?負傷したって聞いたけど」
「なんか治った」
「人間の治癒力じゃありませんね・・・」
ハルカは二人を追い抜くと、屋敷の障子を蹴破った。
「メラン、シュバルツ。ケイ達をよろしく」
「私も行きます」
「大丈夫。これは、私がやらないといけない」
「でも!」
「やめとけ、メラン」
ハルカに付いて行こうとするメランを、シュバルツは制止した。
「けじめェ゛、付けてこい」
「うん、ありがとう」
ハルカは、障子や襖を物ともせず突き破っていった。ビリビリに破かれた障子の紙が、まだ宙を舞っていた。
「あの子、震えてましたよ」
「それでも、覚悟決まった目ェしてたろ」
〜〜
「は、ハルカ様!ああああ待って斬らないで!マサツグ様とホツカ様がお呼びです!」
屋敷内の廊下にて、従者の女がハルカを呼び止めた。
「二人はどこ?」
「いつもの稽古場で待つ、と」
今すぐケイを助けたい。しかし、兄達とぶつかることは避けて通れないのだろう。ハルカは呼吸を整えると、稽古場の方向に向かって一直線で駆け抜けて行った。
「ああああハルカ様〜!屋敷を壊してはなりませんよ〜!」
最短経路で突き進むハルカは、20秒程度で稽古場に到着した。中に入ると、少し天井の高い広々とした剣道場が見えてきた。忘れもしない。かつて修行を積み重ねた思い出の部屋だ。
「待ってたぞ、ハルカ」
背後から声がする。黒スーツと銀縁四角メガネをまとったホツカが、稽古場の扉を閉めて鍵を掛けた。
「元気だったか?」
「うん、まあ」
先程まで姉にボコボコにされていたという話はカットした。
「それは良かった。奥に兄様がいる。挨拶してきなさい」
「分かった」
ハルカは、稽古場の奥、マサツグの元へ駆け出す。幼い頃、兄妹で広い庭を使って遊んだ時のように、無邪気な足取りだった。
「マサツグ兄様」
「んー・・・お、ハルカか?」
寝転がっていたマサツグは、眠そうな声色で身体を起こし、両脇に置かれた刀を手にした。
「久しぶりだなッ!元気そうで何よりッ!」
マサツグは、二本の鞘から刀身を抜く。
「円卓は楽しいか?」
マサツグは構えた。笑顔を向けているが、その目は獲物を前にした肉食動物だった。
「楽しい」
ハルカも刀身を抜き、構える。ハルカもマサツグも、この日を待ち望んでいたかのように、目を見開いていた。ホツカは、「もう少しゆっくり話せば良いものを」と不平をこぼしつつ、自らも刀を抜いた。
「見せてみろ!異国での修行の成果を!」
マサツグは二本、ホツカは一本の真剣でハルカに迫る。二対一だが、卑怯な手では無い。マサツグとホツカが長年の熟考と修行の末にたどり着いた、”二人で一人の三刀流戦法”が、ハルカに襲いかかる。ハルカは、前後双方から来る太刀筋を見切り、防御の手薄なホツカに斬りかかった。ホツカはすんでのところでハルカの斬撃を受け止める。ハルカが意識するのは、ゲームでもお馴染みのヒットアンドアウェイ。受け止められた攻撃は中断し、ハルカは身を翻してマサツグの二太刀を受け流す。マサツグの動作まで予想していたハルカは、回避で宙に浮いていた自分の足が床に付くまでの一瞬で一撃を繰り出す。
「海神《ワダツミ》!!」
稲妻が走ったかのような蛇行した太刀筋は、ホツカとマサツグ両者を牽制するには十分だった。
「威力が増してるな!頑張ってる証拠だ!こちらも本気で行くぞ!」
マサツグが強く踏み込む。彼の二つの刀身が揺らぐ。左右から挟み込む形で、二本の刀は対象を斬り裂く。
「刃修羅留《バシュラール》ッ!!!」
刀は弧を描く。その軌道に触れたあらゆる対象は、切断面がそれぞれ別々の界面になることで、再生不可能な裂傷となる。分子結合そのものにダメージを与えるこの異常な斬撃は、マサツグが編み出した必殺の一撃。ハルカは軌道を予測して回避するが、左袖の一部が切れた。さらに、断絶された空気によって気流の収束が生じ、一時的に強い風が生じた。その風を読み、ホツカが上流側から刀を振る。
「経縫《ベルヌーイ》───!」
ホツカの斬撃は、風を鎌鼬《かまいたち》に変える。マサツグの攻撃により発生した気流は乱雑な斬撃となり、ハルカの表皮を斬りつけていく。マサツグとホツカの阿吽の呼吸により生み出されるコンビネーションの絶技だった。
「ぅぐッ!?」
ハルカが刀で回避できたのは、無数の斬撃のうち急所に当たるものだけだった。しかし、立ち止まることは許されない。吸い込む空気は肺胞を斬り、自分のいる場所は剪断される。ハルカはすかさず次の攻撃に移る。
「龍涎香《リュウゼンコウ》!!」
ハルカの斬撃が、離れた位置にいるホツカ目掛けて飛んでいく。
「どけ!ホツカ!───蹴似壁《ゲルニカ》ッ!!!」
マサツグの一振りで、空気に一瞬断絶が生まれる。この断絶によって出来た界面は、持続時間が短いものの、あらゆる物質やエネルギーの流束を遮断する。ハルカの“飛ぶ斬撃“が霧散するその瞬間、ハルカはマサツグの死角から間合いを詰め、至近距離に迫った。
「今、永久(とこしえ)の蒼穹へ。解き放たれて、舞い踊る───『画竜点睛≪ガリョウテンセイ≫』!!」
マサツグは、ハルカの下から突き上げるような強烈な一撃を、左手の刀で受け流す。しかし、マサツグの身体には所々に斬り傷が入った。
「(なるほど……ハルカの特徴的な蛇行する太刀筋が、三次元的に刻まれるのかッ……!!!これではガードのしようが無いなッ!!!)」
マサツグの体勢が一瞬崩れたところで、ハルカは再び仕掛ける。『画竜点睛』は、一太刀の威力が散逸によって下がる代わりに、特徴的な三次元の蛇行を示す斬撃を連続して繰り出すことが可能になる妙技である。マサツグの防御を切り崩し、一気に畳み掛ける方式をとった。しかし、マサツグのカウンターとホツカの攻撃を鑑み、連撃は三回までで止めおくつもりだったが、二撃目から三撃目に移ろうとした瞬間、ホツカが目にも止まらぬ速さで”突き”を繰り出した。
「牙透突《ガスト》───!」
「っ!?」
目の端でホツカの位置と動きは把握していたはずだった。ハルカの速度であれば、三撃目までは隙無く続けられる見込みだった。しかし、予備動作が一切見えぬまま、突風はハルカの脇腹で吹き荒れた。横に吹き飛ばされたハルカは、左脇腹に手を当てながら立ち上がる。左手は真っ赤に染まっていた。ホツカによって付けられた傷は大体回復するにしても、このダメージは大きかった。ハルカは血染めの左手を刀の柄に添え、容赦無く斬りかかるマサツグの一撃を受け流す。ハルカは再び斬りかかり、ホツカの鎌鼬が吹き荒れる。合計して四本の刀が、稽古場を所狭しと飛び交い、天井、壁、床が次々と斬られ、捲られ、剥がれていく。
「がっはっはッ!楽しそうだなッ!ハルカッ!」
この時、ハルカは相手の所作の情報処理に夢中で、マサツグの指摘を理解できなかった。鳳龍の一族は、長きにわたる武士の家系。更に、鳳龍からの寵愛を強く受けているハルカには、自分より強い相手との戦いに少なからず興奮を覚える無自覚な一面があった。この時のハルカの表情は、マサツグとホツカ、ハセク以外の人間には、まだ誰にも見せたことがない。屋敷全体がカセキバトルの衝撃の余波で大きく揺れ始めても、どんなリバイバーの声とも似つかぬ異常な咆哮が響き渡っても尚、三人の攻防は続いた。しかし、徐々にハルカの劣勢が目立ち始める。
「はぁ……はぁ……っ!」
ノンストップで手足を動かし続け、さらに激戦によるダメージが全身に蓄積していく。ハルカは軽い酸欠状態に陥っていた。マサツグとホツカはそれでも間髪を入れずに斬りかかる。少なくともマサツグの斬撃だけは直撃を避けなければ。ハルカは重く固くなっていく手足に鞭を打ち、必死に抗い続けた。
「ハルカ……!」
ホツカが声を掛ける。
「もう終わりにしよう。ハルカは強い。僕一人ではハルカには勝てなかったかもしれない───刀を置いてくれ。そして、また僕達と共に暮らそう」
ホツカは優しさに満ちた表情をハルカに向ける。ホツカを一瞥した後、一瞬目を閉じ、深く息を吸い込む。そして息を吐き、マサツグを真っ直ぐ見据え、刀を再び握りしめた。
「良いぞッ!!!それでこそハルカだッ!!!」
マサツグは、待ってましたと言わんばかりに二刀を構える。もはや、ホツカの割り込む隙など、そこには無かった。ホツカは、ボロボロになった床に視線を落とす。マサツグは漫画を読んで憧れた三刀流を実現すべくホツカと共に戦うための修行を重ねてきたが、元々、マサツグはホツカがいなくても十分強すぎる存在だった。
「刃修羅留《バシュラール》ッ!!!」
「『画竜点睛≪ガリョウテンセイ≫』!!」
マサツグとハルカは、それぞれ己の刀を交えて語り合う。それでしか、分かり合えないものがあった。伝わらないものがあった。マサツグの両刀がハルカの身体に迫る。ハルカは一本の刀で凌ぎ切ろうとするが、脇腹の傷口が限界を迎えていた。
「───ぁっ!」
左からくる刀を受け流したハルカを、マサツグの右腕の刀が斬り裂いた。
「ハルカっ!!」
刀を床に落として倒れ込んだハルカに、ホツカが駆け寄る。ハルカの衣服と身体が徐々に紅く染まっていく。
「勝負ありだッ!!!天晴れだぞッ!!!この俺とホツカにここまで傷をつけたのはお前が初めてだッ!!!」
「兄様は黙ってろ!!!」
ホツカは涙を浮かべながら、ハルカの傷の手当てを始めようとした。
「僕達のせいだ・・・下らない争いでしか自分達の思いを伝えられない、愚かで醜い一族の責任だ・・・兄様はあの時から学ばなかったのか!?実の妹に真剣を向けることが、アホらしいと!!醜悪だと!!」
「・・・」
「ハルカ!まだ死んじゃダメだ!僕は本当は、ハルカの恋を応援してたんだ!お祖父様の監視下では絶対に口に出せなかったけど、ハルカが本気でケイ君のことを愛しているなら、僕は何としてもハルカのことを───」
「ホツカ」
「何だよ!?さっき黙ってろって───」
「俺が何の理由も無く、ハルカに斬りかかったと思うか?」
「・・・どういう事だ?」
マサツグは再び両刀を構える。
「ハルカがここに来たのはハルカの意志だ。ケイを守りたいという気持ちも、ハルカの本心。間違いなく、ハルカの想いだ」
「じゃあ何で」
「お前も感じたろ?」
「!?」
「ハルカの中には、”鳳龍の本体”がいる。だから、ホツカ。お前もハルカを斬らずにはいられなかった」
先程のショウゾウの言葉が頭を過ぎる。「アイツは”最も寵愛を受けている”」。ホツカは本能的に理解していた。屋敷のどこにも見当たらない、鳳龍の呪いの本体が、寵愛を最も強く受けているハルカの身に宿っていることを。
「ハルカ!?」
紅い身体が立ち上がる。回復不能なはずの傷口が、禍々しい光と共に治癒していく。ハルカの手には、いつの間にか刀が握られていた。
「ホツカ。どいてろ」
マサツグの顔から笑顔が完全に消えた。
「ヤツを引き摺り出す」
ハルカが刀を構えた刹那、ハルカはマサツグの間合いに迫っていた。
「───速いなッ!!!」
マサツグはハルカの斬撃を両刀で受け流す。マサツグの表情から血の気が引いていた。
「マズいな。祖父さんのもとに、俺達の”鳳龍の冥加”の力が吸い寄せられている・・・」
「何だと!?」
“鳳龍の冥加”は、鳳龍の一族でも特にショウゾウの孫にあたる者のみに発現する超常的な力。マサツグは回復不能の斬撃、ホツカは鎌鼬、ハセクは超人的な身体能力、クオンは天才的な頭脳、そしてハルカは───。
「鳳龍の本体はハルカから抜け出る」
「それって、ハルカは助かるのか?」
「・・・」
マサツグだけは、母親から聞かされていた。ハルカは、本来”無事に産まれて来れるような状態ではなかった”。母親は言った。「皆と同じように、守られてるのね」、と。
「産まれたその瞬間から、ハルカは呪われていたッ───!!!」
〜〜
パスを繋いでカムランを励ましたハルカは、何故か意識を覚醒できずにいた。何も無い真っ白な空間に、ハルカは一人立っていた。
「一体何が・・・?」
不意に背後から気配を感じた。ハルカが振り向くと、そこには50代くらいの女が立っていた。
「・・・だれ?」
女は、ハルカの質問には答えなかった。ただ無言で、ハルカの右手をとり、両手で握った。何かを手渡されたような気がして、ハルカは掌を見る。そこには、一枚の桜の花びらがあった。
「───鳳龍の呪いが自身の危機を感じて活発になっている。でも、安心して。貴方達の呪いのことは、これからも引き続き私が守ってあげるから」
「?」
ハルカには理解できなかったが、その声には安心感があった。まるで、産まれた時からずっと側にいたような、不思議な感覚だった。
「これはもう、貴方達の力。”鳳龍の冥加”なんて呼ばれてるみたいだけど、これからは安心して、自分の力として向き合って」
「・・・」
「そろそろ行くわね。あの人のことは、私が何とかしなくちゃ。だからハルカちゃんも、守りたい人を守ってあげてね」
「・・・分かってる」
ふふ、と女は微笑み、霞のように消えていった。ハルカに宿っていた力は、ハルカによって完全に掌握された。
「誰だか分からなかったけど、ありがとう───」
ハルカは、一瞬桜色に煌めいた自身の刀に、軽く口付けを交わした。ハルカの見せた意外な一面に、マサツグとホツカはたじろいだ。ハルカが纏っていた黒く禍々しいオーラは、刃に集結し、その周囲に規則正しい流れを形成した。
「戻ったなッ!?ハルカッ!!!信じてたぞッ!!!」
マサツグは両刀を構える。
「良い加減にしろよ兄様っ!!!」
「大丈夫。そこで見てて」
ハルカはホツカを宥めると、ゆっくりと刀を上に掲げた。刀の周囲の黒い流れが激しくなり、ハルカの髪が靡く。
「薙ぎ払え。混沌の因果諸共───『奥義 花水龍(ヒドラ)』!!」
多頭の龍が首を伸ばすように、花弁が開くように、その一太刀は放射状の斬撃となって、対象に襲いかかる。マサツグは両刀で受け止めるも、複数の方向に伸びたうねる太刀筋はまさに防御不可能だった。マサツグはそのまま後方に吹き飛ばされる。マサツグの後ろの壁、柱、床、天井にも、放射状の巨大なうねる斬撃の跡が深く刻まれ、稽古場の半分は瓦礫の山と化した。
「に、兄様・・・」
「ケイを助けにいってくる」
ハルカは刀を鞘に納め、稽古場に空いた風穴から飛び出していった。瓦礫の中から、うるさいくらいの激励の声が聞こえてきた。
「がっはっはッ!!!行ってこいッ!!!ハルカッ!!!」
鳳龍の一族最終決戦、残り56秒───。
次回(最終回)、Ep. 12「遙か遠き桜」