ケイとラグルがショウゾウとの最終決戦に臨む裏で、ハルカは屋敷に侵入し、兄であるマサツグとホツカの元へ辿り着いた。三人は、それぞれの信念で互いに剣を交え、熾烈な真剣勝負を繰り広げた。ハルカがマサツグの一撃で倒れ、ホツカが手当を行った際、ハルカの元に宿っていた鳳龍の呪いの本体が現れる。マサツグはハルカから呪いの分離しようとするも、呪いの力はショウゾウの元へ吸収されてしまった。しかし、一部の力はそれぞれ個人の力として残り、不思議な精神空間で謎の女性に背中を押されたハルカは、奥義でマサツグを倒してケイ達の元へ向かった。
〜〜
「今ここで決めろ!俺を殺して一人で帰る術を探すか、それとも俺を生かして俺の豪運を信じるか!」
咲昏叡智(エイジ)と威世省三(ショウゾウ)は、山奥の村の外れにある小さな家屋で豪雨に遭っていた。戦後の復興が目覚ましい当時の日本では、山間部の交通網が乏しかった。土砂崩れでたった一本の山道が寸断されて陸の孤島となったこの場所で、出張で来たショウゾウは帰宅難民となっていた。そして何の因果か、この村に因縁の咲昏家の末裔が住んでいた。
「っ!!」
若きショウゾウは、血気盛んな男だった。たとえこのまま家に帰れなくても、咲昏の血を絶やせるなら、それだけでお釣りが来る程の達成感を得られると思っていた。ショウゾウは、隠し持っていた銃───闇市で出回っていた米兵の小銃を購入した───をエイジの頭部に向ける。
「この状況でまだテメェの”豪運”を信じろと!?豪雨に因縁の宿敵との遭遇、テメェの運は底を尽きたんだ!」
ショウゾウは、安全装置を外し、トリガーに指を掛ける。エイジは、不敵に笑っていた。ショウゾウは、その不気味な笑顔が妙に怖いと感じた。思わずトリガーを引く───。耳に入ってきたのは、金属が小さく擦れる音と、雨滴が小屋を打つ音だけだった。
「・・・」
「───にしても、酷い雨だな。これじゃ火薬もシケちまう」
エイジは、勝ち誇ったような表情を向ける。
「・・・あぁ、分かったよ」
ショウゾウは、使えなくなった小銃を窓から投げ捨てた。
「で、どうするんだ。この小さな村を見る限り、外からの供給無しで客人含めて数日間持たせるのは無茶だぞ?」
「考えはある」
エイジは、ショウゾウに荷物を持つよう指示した。小屋を出てぬかるんだ山道を歩くエイジに半信半疑で付いていくと、斜面に並ぶ小さな木々が見えてきた。果樹園だ。
「ショウゾウ、あれを見てみろ」
「は?・・・・は????????」
果樹園の奥でショウゾウが目にしたものは、斜面移動用に敷設されたトロッコだった。
「なぁ、冗談だろ?」
「コイツに乗って、斜面を下る。そうすれば、麓の集落まで一瞬だ!」
「人が乗る造りしてねぇじゃねーか」
「さっき『俺の豪運を信じる』って言ったよな?」
「そこまでは言ってねぇ!!」
しかし、分かりやすい道は寸断されており、急な山の斜面を自分達の足で下っても危険だ。この辺りにはクマもいる。最速かつ安全に(?)山を降りるには、これしかない。
「早く乗るぞ!そのうちこの果樹園も崩れるかもしれない!」
ショウゾウは荷物を乗せ、念仏を唱える。エイジはトロッコを後ろから手で押し、勾配が急になってきたところで飛び乗った。
「待て待て待て速い速い速いぎゃあああああああああ!!!!」
「良いぞ良いぞぉぉぉぉぉぉ!!!なーはっはっはっ!!!」
豪雨の中、男二人を乗せたトロッコは、急な斜面を高速で下っていった。
〜〜
エイジは、まさに豪運・剛腕・豪傑の男だった。集落に無事着いてからしばらく経った後、ショウゾウが雇っていた組織のメンバーが襲撃した際は、エイジが飛び交う弾丸の中を無傷で逃げ切った。エイジの数々の異常な実績を耳にしてきたショウゾウは、彼が息絶える瞬間をイメージできなかった。だからこそ、エイジの訃報を聞いた時は、何かの間違いだと思った。その首を目にするまで、事実とは受け入れられなかった。何故彼が娘と息子を遺してこの世を去ったのか、調べても真相には辿り着けなかった。30を超えたショウゾウは、エイジの墓に花を手向け、妻である解良煤姫(ケラ ススキ)と婚約し、娘を一人授かった。
「そうだ!」
ススキは庭の手入れをしていた時、何かを閃いたかのように声を上げた。天然なススキの閃きに、ショウゾウは厄介事の気配を感じていた。
「この庭に桜の木を植えましょう!」
「お前・・・それどういう意味だか分かっているのか!?」
威世家の因縁の宿敵の名を冠した木を屋敷内の庭に植えるなど、言語道断である。
「ほら、”臥薪嘗胆”という言葉もあるくらいですし、しゅくてき?のことを常に意識しておけば、強くなれるかもしれませんよ?」
そんな調子でなぜこの家に嫁いできたのか。何度も聞いた質問に対する答えは、もう聞き飽きていた。
「貴方には、私がいないとダメなんです。ずーっと昔のことに囚われて、今のことが見えていないんです。ほら、今を見ましょう。この漫画、面白いんですよ?主人公は警官なのに銃を振り回したり賭け事をしたり、やりたい放題なんです!」
勧められるがままに漫画を読んだ。
「一緒にゲームをやりましょう!ファミコンなるものを買ってきました!」
勧められるがままにゲームをやった。
「ほら、貴方も千花(チカ)と遊んであげなさいな。ゴホッ、ゴホッ」
勧められるがままに、娘と遊んだ。
「私がそばにいられなくても・・・元気で長生き、してくださいね・・・」
勧められるがままに、現実を受け入れた───。
〜〜
ヤマタノオロチが、呪いの力を結集させ、ケイ達に八つの首と十六の瞳を向けた。ある頭は、ケイ達目掛けて突進し、ある頭は光弾を発射した。ケイ達がいる場所は衝撃で崩壊し、広間の壁や柱も崩れ始めた。突進した首のうち二本は、舞い上がる木屑の中で潰されていた。
「そのままあと六本貰ってくぜ!!」
ブークリエの異常に長い緑の腕が、ヤマタノオロチの首を一本掴んだ。ブークリエはそのまま空いたもう片方の腕で首の根元に手刀を叩き込み、首を引き千切った。潰された二つの首が再生し、ブークリエの背後から襲いかかる。しかし、治りかけの二頭は、今度はズタズタに斬り裂かれた。
「因果滅収束《ベルセルク》───!!」
残り五本。カムランとブークリエが残る首に狙いを定めた瞬間、前方が眩しく光る。本来、ティタノンでは両立できない「ロンリーパワー」と「ミマタバクダン」の同時使用。また、首が五本あることによる「ミマタバクダン」の威力と範囲の増強。それは、”爆弾”として限界まで進化していた。
「炸裂気化爆弾《サーモバリック・クラスター》!!!」
発射された五個の光弾は、一つ一つが瞬時に発火し、広範囲に渡る破壊的な爆発を引き起こした。ヤマタノオロチの前方、半径三百メートル、角度にして約百二十度の扇形領域が瞬く間に灰塵に帰した。屋敷だった建物は、ほぼ原型を留めていなかった。
「・・・あーあ、充電が止まっちまったわい」
車椅子は不十分なチャージで稼働することになった。ショウゾウは、瓦礫と炎が広がる視界をその目に焼き付けた。
「終わったか───」
「「まだだ!!!」」
「なっ!?」
ケイとラグルは、それぞれ互いの相棒の後ろで、爆発を凌いでいた。だが、カムランとブークリエは共に瀕死の状態でラストパワーを発動しており、ケイとラグルも痛々しい火傷の跡が随所に見られた。
「どのみち死にかけではないか!畳み掛けるぞ!奴らを吹き飛ばして距離ができた!」
ヤマタノオロチは、再生した三本の首を合わせて、合計八つの光弾を発射しようとエネルギーを集める。だが、思うように進まない。
「呪いの力が制限されているだと!?使えない奴め!」
ショウゾウは、車椅子にセットしてある全ての小型ミサイルを発射した。
「今度こそ、地獄へ送ってやろう!!!」
ミサイルがヤマタノオロチの首の脇を縫い、ケイ達目掛けて飛んでいく。
「ラグルさん」
「任せろ」
ブークリエは、長い両腕でカムランを抱えた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ブークリエはそのパワーで、カムランを投げ飛ばした。その際、カムランと共に”紅い何か”が飛び立った。
「いくぞハルカ!!」
「ケイ!!」
飛んでいくカムランとハルカは、同時に技を発動させた。カムランの「因果終結《ラプラス》」とハルカの「奥義:花水龍《ヒドラ》」が、混ざり合う。因果は歪み、乱れ、今ここに咲き/裂き誇る───。
「「桜花爛漫《ミダレザキ》──────!!!!!」」
ハルカのうねる太刀筋はミサイルを、カムランの因果の六爪はヤマタノオロチの身体を斬り咲いていく。細かく、鋭く、そして正確に。全ての斬撃は桜色の輝きを放ち、ヤマタノオロチの首を枝にして、鮮やかに”開花”した。
「──────!!!」
ショウゾウは、その輝きに目を奪われていた。
「すっげぇ、めっちゃ映えそうだな」
ラグルはいつも通りのテンションで眺めていた。
「お祖父様」
ハルカは、ショウゾウの眼前に着地した。無数の斬撃を受けたヤマタノオロチは桜色の塵となって、辺りに舞い、降り注いだ。
「─────────ハルカ」
「私・・・ケイと付き合う。良いよね?」
少し頬を赤らめながらも、こちらの反対を許さずに強引に言い放つハルカの姿が、在りし日の妻の姿と重なる。
「─────────ああ、認めよう」
妻のススキが、そこに立っているように見えた。
「ね、綺麗でしょ?桜」
「全くだ─────良い眺めだ」
ショウゾウから呪いが消えていく。しかし同時に、ショウゾウは、ススキの影が濃くなっていくのを感じた。
「もっと早く・・・気付いていれば──────」
「お祖父様?」
ショウゾウは、笑顔だった。文字通り、長きに渡って取り憑かれていた呪いから解放されたように、清々しい笑顔だった。
〜〜
キャメロッ島、円卓の騎士拠点にて。
「ケイ!『模試の子』と『剥き上手の海老君』の新刊が届いた!読もう!」
ハルカが興奮した表情でケイの元へやってきた。
「あはは。分かった分かった。後でじっくり読むよ」
「・・・怪しい」
「信じてくれよ・・・」
ケイは、療養中に溜まっていた仕事を片付けるのに必死だった。療養期間が終わって自室に戻った時、魂が抜けたかのように床に倒れているフイミを発見した時はかなり焦った。フイミは仕事の疲れもさることながら、やはり”運命の相手”といつの間にか会えなくなってしまったことにショックを受けているらしい。応援してくれているとはいえ、ケイとハルカの関係性を見せつけることでフイミに精神的負荷を掛け続ける訳にはいかないので、仕事はケイの方で済ませることにしたのだ。
「失礼します!ケイ卿、ハルカさん!召集が入りました!」
「了解。わざわざ呼びにきてくれてありがとね。フィリア」
期待の新人に呼ばれ、ケイとハルカは支度を始める。タイミングからして、おそらく”無花果”絡みだろう。先日、ラグルが医者に「黒の軌跡続編に辻褄合わせたいから早めに治してくれ」と無理難題を押し付けていると聞いたが、大丈夫だろうか。
「行くよ、ケイ」
ハルカが既に支度を終えて、扉の前で待っていた。ハルカの髪を留めている、ケイがプレゼントした桜の花の髪飾りが目に入った。
「髪飾り、似合ってるよ」
ケイの言葉は、ハルカの心にクリティカルヒットした。ハルカは少し恥ずかしそうにしながら、満面の笑顔を咲かせてみせた。あんなに遠いと思っていた桜は、今日もそばで咲き誇っている──────。
「ケイ卿篇 ハルカトオキサクラ」、完。
ご愛読ありがとうございました。ドリベンタス先生の次回作にご期待ください!