~一、ケーキは六個~
畑の中を貫く線路を走るのは、この地域周辺の住民の主要な交通手段である、「ムゲンギア列車」。二十分に一本のペースで運航する蒸気機関車であり、利用客は年間十万人ほど。ライティニ(Laitini)駅からラニムレット(Lanimret)駅までの区間を約二時間十八分で結び、周辺の観光スポットを訪れる観光客や地元住民にとっては主要な交通手段となっている。しかし、この時期は春の行楽シーズンが終わり、客車内は閑散としていた。
「すみません、こんな私なんかのわがままに付き合ってもらって・・・」
前から三両目の客車にて。ケイとハルカの前に座り、鈴の音色のような声で控えめに感謝の言葉を述べる少女。碧髪碧眼の彼女は、シャトヤンシー。彼女の左隣で眠っている相棒のオビラプも含めて、ケイ達の今回の護衛対象だ。ケイとハルカにとって初めてのミッションとあって、ケイは不安と緊張で少しぎこちなかった。
「あ・・・ああ!気にしないで!謝らないで!で、電車一緒に乗れて楽しいし!うん!」
・・・少しどころではなかった。
「ケイ。護衛対象と無理してコミュニケーションを取る必要はない」
すかさずハルカがフォローを入れる。ケイと同じく初任務であるハルカは、ケイとは対照的に冷静だった。
「いやでも、護衛ってことは、彼女もきっと不安だろうし・・・少しでも気を紛らわせることが出来たらと思って」
「・・・ケイは優しすぎる」
ハルカは穏やかな声色でそう溢すと、車窓から見える景色に目をやる。すると、シャトヤンシーが口を開いた。
「ちゃんとした自己紹介がまだでしたね。私はシャトヤンシー・・・シャトー(Château)って呼ばれてます。で、こっちで寝てるのはシャロンです」
「俺はケイで、彼女はハルカ。何かあったら、些細なことでもいいから遠慮無く言って!」
「・・・」
ハルカは無言で、シャトーとケイの自己紹介を聞き流す。しかし、ふとシャロンの方に目を向け、シャトーに尋ねる。
「もしかして、『宝石』?」
「・・・はい。二週間前に出会ったばかりなんです」
シャトーは、寝ているシャロンのトサカを左手でそっと撫でる。シャロンは差し込む日光を浴びて安らかに寝息を立てている。どうやらシャロンは、特殊リバイバーとして知られる「宝石リバイバー」らしい。
「うーん、色合いからして、エメラルドかな・・・どう思う?ハルカ」
「大して重要じゃない」
「そ、そうか・・・」
そう言って、ハルカは目を閉じる。睡眠態勢に入ってしまった。車両が左右に揺れ、寝ているハルカの頭がケイの右肩に乗っかる。それを見たシャトーは少し微笑みながら会話を再開する。
「お二人は、仲がよろしいんですね」
「まあ、色々あってね・・・あはは」
不自然に言葉を濁すケイ。記憶喪失でハルカのことを全く覚えていないという残酷な真実は、ここで話すべきではないだろうとケイは判断した。ふいに、隣から向かいのシャトーに聞こえないくらいの小さな声が聞こえてきた。
「二週間前にあったばかりなのに、既に『共鳴』を果たしているのは珍しい」
「えっ、ハルカ今もしかしてパス繋いだ?」
ケイも小声で返す。
「ざっと調べただけ。『宝石』特有の力についてはよく分からなかった」
ハルカには、「鳳龍の一族」の持つ特有のスキル「鳳龍の残滓」が備わっている。これは任意のリバイバーと即席でパスを繋ぐことで相手の「共鳴」状況やそれによる固有の能力を調べたり、簡易的なコミュニケーションを取ったりすることが出来る。だが、これは対象となるリバイバーの精神状態によって精度が変化し、今のように相手が睡眠中で強い共鳴や能力の発動が起きていないような場合には、得られる情報は限られる。
「頭に入れておくよ。ありがとう、ハルカ」
「・・・」
ハルカは再び黙ってしまった。シャトーは、申し訳なさそうに、手持ちの紙袋からケーキの入った箱を取り出し、ふたを開けた。
「ハルカさんは寝てしまいましたが、もし良かったらさっき買ったケーキ食べませんか?」
「良いのか?ありがとう!」
シャトーの膝の上には、ケーキが六個あった。護衛を二人送ると事前に伝えてあったので、店にいた時にケイとハルカの分も買ってくれたのだろう。ケイが目を輝かせていると、シャトーが口を開く。
「このブラックビューティービターチョコケーキ以外は、お好きに選んでください」
「それじゃあ、このバナナが乗っかってるやつで。シャトーは、ビターな方が好きなのか?」
「あっ、いえ、これは・・・私の分ではないです。私は甘い方が好きなので」
「てことは、家族かシャロンの分?」
「私と母とシャロンの分は、余った三つのケーキで大丈夫です。このビターチョコケーキは・・・私の大切な人の分、ということにしておきます」
「そっか。シャトーは優しいんだね」
ケイの言葉に、シャトーは少し表情を曇らせる。
「・・・優しいって、言って良いんでしょうか?私はまだ自信がないです」
ケイは「シャトーは優しい人だよ」と伝えようとしたが、シャトーが「お手洗いに行ってきます」と言って席を外してしまった。ケイは、選んだバナナケーキを食べていると、目の前のケーキがいつの間にか四個に減っていることに気付いた。シャトーはまだ食べていないはずなので、おそらくハルカが食べたのだろう。食事の瞬間は速すぎて見えなかったが、よく見るとハルカの口元にケーキのクリームが少し付いていた。
「後でお礼言っておくんだぞ」
ケイは、ハンカチでハルカの口元を優しく拭いた。
~二、予定調和の開始~
シャトーが席を立って十分、それは突然に起こった。シャトーが御手洗いに向かった方の扉で不自然な物音がする。扉の小さな窓から辛うじて見えたのは、碧髪の一部と二人の男の後ろ姿だった。背の低い一人はピンクの半袖アロハシャツを、背の高いもう一人はグレーの背広を着ていた。ケイは不審に思い席を立とうとすると、その脇をシャロンが勢いよく飛び出し、扉に向かって駆け抜けていった。
「・・・っ!シャトー‼」
とんだ失態だ。護衛任務であるにもかかわらず、目を離して隙を生んでしまった。ケイは眠そうな目を擦るハルカを何とか起こし、シャロンが開けようと苦戦していた扉を開ける。もぬけの殻となっていた御手洗いを過ぎて、前から四両目の客車の扉を開ける。その時、既にシャトーや男たちの姿は無かった。ただ一人を除いて・・・。
「(あの席に座っている男は、まさか・・・)」
ケイから見て左側、列車の進行方向から見て右側の通路側に、グレーの背広を羽織って帽子を目深に被った男がいた。ケイは、おそるおそる近づき、男の左肩を叩いて接触を試みた。
「あの、すみません」
「はい?」
「あれ・・・?」
男は顔を上げる。眼鏡をかけた中年のおじさん、といった感じの出で立ちだった。彼は少し驚いた様子でケイの方を見ていた。どうやら人違いだったようだ。
「ああああああああすみません‼ゆっくりされていたところ大変失礼いたしましたっっ!」
苦しい言い訳をして、ケイはさらに後ろの客車へ向かおうとする。気付くと、シャロンも既に後ろの扉を開けようとしているのが見えた。走り出して背中を見せたケイの背後で、男がゆっくりと立ち上がる。
「騎士にしては随分と隙だらけだな」
中年の男は、右手で拳銃を取り出して構えた。引き金が引かれ、発砲音が客車内に響き渡る。ケイが振り向いたその時には、発射された弾丸が固い床に打ち付けられていた。
「ケイ、人を見た目で判断してはいけない」
ハルカは、日本刀で弾丸を弾いていたのだ。
「へへっ、器用だね。嬢ちゃん」
男は左手で拳銃をもう一丁取り出し、すぐさまハルカに向けてトリガーを引く。ハルカは、その間に生じた僅かな隙で身を翻し、近くの座席シートに隠れる。
「私はいいからシャトーを追って!」
ケイは、必死で自分を庇ったハルカに謝罪を述べようとしたが、押し留まって発言内容を変えた。
「分かった!ひとまずそいつは任せた!」
謝罪や心配は後だ。ハルカなら大丈夫。今はそれよりも、護衛対象の安全確保が優先だ。ケイは扉の前でまごついているシャロンと共に扉を開け、後ろの客車へ向かった。男はケイに向かって発砲しようとするも、座席の陰から飛び出たハルカに斬りかかられ、咄嗟の回避行動を取って弾丸の軌道を逸らされた。男はそのまま体勢を立て直し、再び別の座席の陰に隠れたハルカにじりじりと迫る。
「最近の若い娘は元気だねぇ。あのひ弱そうな騎士さんとイチャコラしてるだけかと思ってたけど・・・ん⁉」
ハルカが隠れていた座席の陰から、突如大きな音が聞こえ、そのすぐ後に同じような衝撃音と、木材が崩れる音が聞こえた。座席シートが、ハルカのたった二回の蹴りで剥がされたようだ。
「ちょっ、ちょっと元気すぎやしないか・・・?」
ハルカは剥がした座席シートを蹴り上げる。座席シートは通路を塞ぐように、取っ手の付いた側面を床に付けて立ち上がった。その勢いのまま横倒しになりそうだったが、瞬時に後ろに付いたハルカがさらに蹴りを入れる。立ち上がった座席シートは凄まじい勢いで廊下を直進し、男に迫ってきた。
「マズい!」
男は横に逸れて逃げようとしたが、ハルカの剛力に怯んで一瞬判断力を鈍らせていたために、間に合わずそのまま座席シートに衝突され、背後の扉に叩きつけられた。
「く・・・クソッ!」
男は辛うじて外に出た左手の拳銃でハルカを狙うも、手元が急に緩む。拳銃が真っ二つに両断されたらしい。右腕は衝撃を和らげるために使ってしまったので、男は座席シートをどかそうともがき始めた。ハルカは体を屈め、男を挟んだ座席シートに向かって刀を構える。
「穢れなき刀身を以て、描くは古龍の泳動―――」
ハルカは床を強く踏み込み、目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り出す。
「―——『海神《ワダツミ》』‼」
ハルカの刀は、ハルカから見て左下から右上に向かって弧を描いた。しかし、真っ直ぐに思えたその太刀筋は、まるで龍がうねるように著しく蛇行していた。ハルカの斬撃は、床から標的の座席シート、そして天井の一部に大きく歪な亀裂を与えた。両断された座席シートは床に崩れ落ち、挟まっていた男の右手の拳銃、眼鏡も斬り落とされ、さらには鼻頭に小さな切り傷が出来た。
「・・・」
男はハルカの剣術と怪力に呆気に取られる。しかしすぐさま我に返り、予備の拳銃を取り出そうと右手を背広の下に潜り込ませる。その瞬間、銀色に輝く刀身が男の首元に吸い寄せられるように振り下ろされた。男は背広から手を出し瞬時に両手を挙げる。
「本気で首を取りに来てたな・・・」
男は、声を震わせながら続けた。
「降参だよ。俺は金で雇われただけだ。失敗したならどのみち用済み。好きにすればいい」
戦意喪失した男の方には目もくれず、ハルカは無言で男の所持品である拳銃を全て両断し、「これがドロップアイテム・・・」とこぼしつつマガジン内の弾丸を回収する。そして車窓を叩き割って全開にすると、男の襟元を掴んだ。ハルカは依然として冷淡な口調で男に宣告する。
「軽薄な意思で人の命を奪うことを、ケイは絶対に許さない。よって今からお前を車外に放り出す。後は好きにすればいい」
「この速度で走る列車から放り出されたら死んじまうとは考えないのか・・・」
「背広の下は厚手の防弾スーツでしょ?重傷で済む」
「まじかよ何の躊躇もないぬあっ‼」
男は勢いよく車外に放り出され、そのまま川に落下した。顔を出し、何とか岸まで泳いだ男は、小さくなっていく列車を見ながら呟く。
「怪力で周到で美人な女騎士さんだったな。だが、さすがの君でもあの地獄行きの列車を止めることは出来まいよ」
列車は速度を増していく―――。
~三、環境は勝敗を決める大きな要素~
「残念だね騎士さん。こっちはハズレだよ」
前から五両目の客車。爆走する客車の上でけらけらと笑う、ピンクの半袖アロハシャツの男。髪は金色に染め上げられ、耳は黒く輝く派手なピアスで飾られている。向かいにはケイが立っている。
「気配がして上がってみたけど、シャトーはいないか・・・シャトーはどこだ!」
「落ち着けって、騎士さん。あの子は後ろの客車で同僚が面倒見てるよ。生きていることに価値があるんだから、そう簡単に殺したりはしないぜ」
男は飄々とケイを宥めると、左手に持っていたメダルを投げ、リバイバーを召喚する。レクソンだ。
「でも、あの子に会いたいなら、コイツを倒してからだな」
レクソンは、小さく太い唸り声を上げ、重心を前に倒し臨戦態勢に入った。ケイは、ポケットからテジーのメダルを取り出す。
「カムラン・・・よろしく頼む!」
ケイが投げたメダルは輝き、漆黒の体躯を有するテジー、カムランが現れる。円卓の騎士として特別なパスを繋いだことで、以前よりもより強い絆でケイと結ばれている。
「今度こそ、シャトーは俺が護る!」
「気を付けろよ、お二人さん。列車の上はよく揺れる・・・」
列車がカーブに差し掛かる。曲がり切れるギリギリの速度で侵入したため、車体は勢いよく傾いた。
「おわっ!大丈夫か⁉カムラン!」
カムランは身をかがめ、重心を低くすることで転倒を免れたようだ。前を見ると、レクソンは依然として姿勢を崩さずに構えている。
「・・・こ、これで分かっただろ?不安定な戦場において、二足歩行のお前らは不利・・・!」
客車の進行方向向かって右端、窓の方から声が聞こえる。見てみると、男が客車の天井に指を掛けてしがみついていた。どうやら落ちかけたらしい。
「ほら、掴まれ」
ケイは手を差し出す。
「あ、悪いな。助かる」
男はその手を掴み、ゆっくりと這い上がって無事客車の上に辿り着いた。
「ふー、危ねえ危ねえ・・・さあ!覚悟は良いか⁉騎士さんよぉ⁉」
男は態勢を立て直し、再度ケイに食って掛かる。
「ああ!改めて、シャトーは今度こそ俺が護る!」
いよいよ始まる。命を懸けた二人の決闘が―――。
「さっさと決着付けるぜ。いくぞレクソあああああああああああああ」
列車は再び傾いた。
~四、くじの価値は引いた人が決める~
所変わって、前から六両目の客車。アロハシャツ男に「同僚」と呼ばれていた、革ジャンを羽織る小柄な黒髪男。そしてその隣にいる、腕を縛られたシャトー。他に客はいない。客車自体が密室空間であり、シャトーが手当たり次第に噛み付いて抵抗するタイプの人ではないと悟ったためか、シャトーの口元は塞がずに自由にしてある。沈黙の後、革ジャン男が煙草を吸いながら口を開いた。
「割と大人しいんだな。年の割に」
「・・・」
「まあ、助けを求めても無意味だからな。潔く大人しくしてる方が疲れなくていい」
革ジャン男は、背広の中年男やアロハシャツのチャラ男とは異なり、謹厳実直で実力主義。小柄なので力は弱いが、頭は回るので作戦を考案し、他の二人に指示を出すことがよくある。前線に立つタイプではないが、シャトーは騎士に匹敵するような戦闘能力は有さないと判断し、シャトーの見張りに就いた。
「上が騒がしいな。結構激しくやってるみたいだ」
シャトーに向けてか、革ジャン男は呟き始める。シャトーは無言のまま、革ジャン男の言葉を受け取っている。
「お前、色々と災難だよな。円卓の騎士を護衛に付けても、結局守ってもらえずにブローカーの手に渡る。まあ、そもそも狙われるのは価値ある者の宿命か。お前がどういう経緯で宝石リバイバーと運命を共にするようになったかは知らないが、恨むならお前と行動を共にするあのオビラプを恨め」
客車のドアが開き、シャロンが入ってくる。騎士たちが敵を遠ざけたことで、単身で乗り込むことができたのだ。シャロンはそのまま主であるシャトーの元へ駆け寄る。
「よし。計画通りだ。アレキサンドライトのリバイバーとそのホリダーを回収。十六時十五分。時間内に間に合った」
列車がトンネルに入ったのか、客車内は突如暗くなり、穏やかなベージュ色のLEDが車内を照らす。ふと、捕らえた人質の方に目をやると、赤紫の髪の少女が座っていた。先程まで傍にいたオビラプの姿は無い。
「あれ?お前の髪色って確か」
そう言いかけたところで、革ジャン男の意識が一瞬乱れた。視界がごちゃ混ぜになり、左脇腹、その次に後頭部に大きく重い衝撃が走る。男が我に返った時、男の上半身は客車の壁を突き破り、列車の車輪が轟音を響かせるトンネル内に放り出されかけていた。
「な・・・何が・・・」
あまりにも一瞬の出来事であったため、脳が状況を整理できていない。後頭部に鈍痛と不自然な温もりがある。四肢は痙攣して動かない。身体の左側も右側も妙に力が入らない。それどころか、痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――。
「かはっ・・・あああああああああああああああああ」
男はこれまで経験したことのない激痛に悶絶する。同時にパニック状態に陥り、呼吸が急激に浅くなる。頭は真っ白になり、ただひたすらに悶え苦しむ。
シャトーが、否。シャトーであるはずの赤紫色の髪の少女は、倒れる男の足側に佇んでいた。痛みから逃れようと足搔く男を、シャトーの氷のように冷たい赤い瞳が捉える。シャトーは右足を前に出し、男の臀部を強く蹴り飛ばした。
「・・・あ」
男の身体は宙に浮いた。地面に激突するまでの僅かな時間で男が最後に目にしたのは、先程まで無言で縮こまっていた幼気な少女の、冷たく鋭い『死』の瞳だった―――。
~五、発想も勝敗を決める大きな要素~
「畳み掛けろレクソン!」
チャラ男の発言に合わせ、レクソンは背中の棘から無数の「空飛ぶ斬撃」を繰り出す。空飛ぶ斬撃はカムランに目掛けて真っ直ぐ飛んでいくが、カムランはその斬撃を一つ一つ爪で弾いていく。後ろで腰を低くしてバランスを取るケイには、かすり傷一つついていない。
「テジーにしては精度が高いじゃねーか。テジーは命中率のひっくいリバイバーだと聞いていたが、それが『円卓の加護』ってやつか?」
「いや、これはカムランと俺が鍛えた成果だ。少なくとも、軌道予測が可能な攻撃なら回避できるようになっている」
カムランはレクソンの斬撃を躱しつつ、じりじりとレクソンとの距離を縮めていく。レクソンは攻撃をやめずに、後ろのチャラ男に目配せする。このまま同じ攻撃を続けていてはカムランの間合いから逃れられなくなる。そう目で訴えかけた。チャラ男は「分かってる」と言わんばかりにレクソンにウィンクすると、不敵な笑みを浮かべて指示を出す。
「スピンカッターだ」
レクソンは斬撃をやめると同時に体を丸め、カムランに向かって転がり出す。今のカムランが確実にできるのは攻撃を受け止めることだけ。カウンターを仕掛けても当たらない。これがチャラ男の狙いだった。カムランは転がるレクソンを正面から受け止める。その勢いは凄まじく、カムランの体が押され、危うく後ろに立つケイにまで攻撃の余波が届きそうになる。
「大丈夫か?カムラン!」
バランスを崩しそうになるケイは、カムランの状態を確認する。カムランはレクソンの棘を数箇所に受けていた。斬撃に比べて全重量を押し付ける体当たり技の方が、近接攻撃特化型のカムランにとっては分が悪かったのだ。それでもレクソンの技の威力は消すことが出来た。このまま反撃に出ようとケイがカムランに指示を出そうとしたその時、レクソンの姿が消えた。
「・・・?どういう事だ―――」
ケイが疑問を抱くのと、眼前が石壁で埋め尽くされるのがほぼ同時だった。
「ケハハハハ!円卓の騎士と一対一(サシ)でやり合うつもりは端から無かったのさ!トンネルに弾かれてカムラン共々脱落だぁ!」
大声を上げて勝利の雄叫びを上げるチャラ男は、戦っていた車両の前方にあるデッキで、ひと仕事終えたと言わんばかりに伸びをした。そして、手元のレクソンのメダルに目を向ける。
「今日も俺たちの勝ちだな!」
「ああ、いい勝負だったよ」
聞こえるはずのない声に、チャラ男は目を見開いて声の正体を探す。声は、先程の車両の進行方向に対して左側から聞こえてきた。
「そんな馬鹿な!」
「列車の上で俺たちの視界を塞ぎ、迫り来るトンネルから意識を逸らす。実に賢い作戦だった。だが、俺たちにこれを回避する発想は無いと思い込んだことが、お前の敗因だ!」
ケイはカムランの背中にしがみつき、カムランは車両の壁に張り付いていた。両手両足で車両の壁に穴をあけ、引っかかっていたのだ。
「ついでに言うと、お前が最初にバランスを崩して車両から落ちかけた時に、車両側面も戦場になり得ることを思いついてカムランと共有していた。だから、お前には感謝もしてる。自分の戦闘に幅が広がった、良い戦いだった!」
カムランは、ケイを乗せたまま車両側面を上手くつたってチャラ男に迫る。チャラ男の立つ車両間デッキは足場が狭く、レクソンを再召喚できる環境ではなかった。
「『策士策に溺れる』ってか・・・流石だよ、円卓の兄ちゃん!」
チャラ男は、潔く敗北を認めた。ケイはこの時、カムランが車両側面を壊しながら走る音に気を取られ、更に後方でも車両壁の崩壊が起こったことに気付かなかった。
~六、役者集結~
所変わって、ムゲンギア列車運転席。後方から聞こえる騒音はトンネル中に反響し、運転手の耳にも届いていた。
「ひぃぃぃ!もうこんな仕事ごめんだ‼」
運転手もまた、ブローカーに雇われていた技術者であった。だが、彼は元々戦場に赴くタイプではなく、後方支援を主としている。今回もメインの戦闘は客車で行われ、運転席は完全に戦場から隔離される手筈である。しかし、後方での戦闘の激しさは臆病な運転手を震え上がらせた。
「でももう少しで応援が来る!そしたらとっとと運転席を明け渡して退散だ!ああ、列車下りたらアイス食べよう・・・」
ムゲンギア列車は、規定速度を超えてトンネルを抜け、目的の地点に到達する。ここ一帯は線路と道路が並走しており、その間隔は非常に狭くなっている。そのため、はしご車やクレーン車等を使えば列車と四輪車間の移動が可能になるのだ。運転手が運転席の時計を何度も確認していると、列車に並走するように大型の作業車両がやってくる。上部に取り付けられたクレーンが運転席の方に伸び、そこを伝うように仲間が入ってきた―――
「ちーっす☆顔真っ青なとこ悪いんだけど、列車止めてくんない?」
―――はずだった。仲間だと思っていたその女は、如何にも大学のキャンパス内で友人たちと流行りのタピオカドリンクを飲んでいそうな、栗色の髪をした陽キャギャルだった。
「あ・・・あれ?」
よく見ると、クレーンだと思っていたそれも、トラックの上に乗っかっていたガルガロンが伸ばした尻尾だった。ギャルは、後ろからゆっくりやってきた別の女の手を優しく握り、運転席まで連れて来た。後からやって来た女の服装には、明らかに見覚えがあった。
「あ、あんたら・・・まさか『星座』か‼」
「ご名答。察しが良くて何よりだよ」
ギャルがはつらつと答える。後から来たポニーテールを揺らす「星座」の女は、閉じた目で運転席を見渡した後、無数に並ぶボタンの中から一つを指差し、顔を運転手に向けた。
「このボタンを押すと止まるのかしら?」
「そ、それはもしもの時の自爆ボタン・・・」
「どうしてそんなもの付いてるのよ・・・」
「まあ、冗談なんですけど・・・」
「そう。熱が集中していて如何にも大事そうだと思ったのだけど」
「熱・・・?」
運転手がポニテの星座女の方を向いて疑問を投げかけたその時、列車に急ブレーキが掛かり、体が前に勢いよく倒される。運転手は慌てて隣を見ると、ギャルがそのボタン(緊急停止ボタン)を押していた。
「おい!何してくれてんだ、ギャル!」
「あっ、減速した!これがブレーキで当たりだったみたいだね~!」
「流石ルゾナね!」
「運転手(コイツ)の気を引き付けてくれたテロイのおかげだよ!」
「ああ、終わりだ・・・」
二人仲良くハイタッチをかます仲良さげな「星座」とギャル。彼女らに翻弄された運転手は、任務後のアイスを諦めた。
~七、日没に集う星と騎士と石。群がる虫~
客車の一部が大破したムゲンギア列車は、次の駅まであと数百メートルというところに位置する少し大きな公園の脇で緊急停車した。テロイとルゾナをトラックで送り届けたフィルが彼女たちの潜入前に警察を手配していたため、列車停車直後は迅速な対応、捜査が行われた。現場には規制線が貼られ、物々しい雰囲気が漂っている。
「はぁ・・・いくら乗客が少なくてかつブローカーが暴れたからって、これは壊しすぎだろ・・・」
フィルは文句を溢しつつ、捜査員の誘導と現場検証に回った。列車内に残ったブローカー組織の構成員二名は確保、残りの二名は行方不明扱いとなり、ケイ達の護衛対象であったシャトーの無事も確認された。
「本当に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるケイに、シャトーは優しく微笑む。
「そんな!私のことを精いっぱい守ろうと奮闘してくださったのですから、頭を上げてください!」
「いやでも、流石に油断が過ぎたというか・・・」
「おっ、責任の押し付け合いかな?」
小学生の前で頭を下げるケイの元に、先頭車両側からテロイとルゾナがやってきた。ルゾナは謝罪現場を目にするなり煽ってきたが、ケイは動じることなく返す。
「いえ、責任は俺が・・・お二方は?」
「アタシはルゾナ。こっちはテロイ。見ての通り、彼女はゾディアックの『蠍座』だよ」
「よろしくね!」
ルゾナの紹介にテロイが笑顔で応える。
「よろしくお願いします。ルゾナさんもゾディアックなんですか?」
「あ~、アタシはテロイのサポーターってとこかな」
「俺にとってのハルカに近いですね」
「ただいま、ケイ」
話しているうちに、ハルカも事情聴取から戻ってきた。
「おかえり、ハルカ。どんな事聞かれたの?」
「色々聞かれたけどよく分からなかったからアーサーの連絡先を教えておいた」
「・・・ごめんなさい!ごめんなさい、アーサーさん!」
度重なる失態に、ケイは何度も頭を下げた。一方でテロイとルゾナはシャトーと自己紹介を済ませ、シャトーに質問をぶつけている。
「今日の早朝、ゾディアックにストーカー被害相談の電話を掛けてくれたのはシャトーちゃん?」
「・・・はい」
テロイの物腰柔らかな質問は、シャトーの警戒心を徐々に融かしている。
「あれ?ゾディアックにも相談してたの?」
ケイの疑問にはルゾナが応えた。
「ポーラちゃん・・・もといゾディアックの司令官的な人が言うには、最初にゾディアックへ依頼があったのを断った後、円卓に相談したらしいんだよね」
「断ったのか・・・?」
「申し訳ないけど、ストーカー被害はまず警察に相談すべきだと思うわ」
テロイがフォローを入れる。
「・・・ごめんなさい」
シャトーは静かに謝罪を口にするが、そこから続く言葉は無く、静寂が辺りを包む。
「・・・」
会話内容の中心に立つシャトーは、ケーキの箱を抱えながら表情を曇らせる。彼女のストーカーが、星座と騎士の活躍によって殲滅(?)されたブローカーであるなら、任務は完遂されたことになるが―――。
「・・・何か隠してる」
ハルカが、皆の心中に抱く微かな疑念をストレートに口にする。それに呼応するように、ルゾナが続けた。
「実を言うと、アタシらがここに来たのはシャトーちゃんの護衛でも君達騎士さんの手助けでもなくて、別の任務だったんだよね」
「別の任務?」
ケイが聞き返す。
「最近、この辺り一帯と隣町で、夜間にリバイバーによる襲撃被害があって、警察に伝手があるアタシらは独自に調査してた」
シャトーの表情がさらに曇っていく。
「襲撃されるのは、街のチンピラからブローカーまで、闇に紛れてそうな連中ばかり。連行されて署で事情聴取を受けた彼らは皆、表現に若干の違いはあれど、同じ言葉を口にする」
シャトーは俯き、前髪で表情を隠す。日は沈み始め、オレンジ色の景色が少しずつ暗くなっていく。
「『赤紫に輝く少女と凶暴なヘルサタンを見た』、と」
「・・・ヘルサタン?」
ケイは突然出てきたリバイバーの名前に困惑する。一方で、ルゾナ、ハルカの二人は、シャトーに警戒するような目つきを向けていた。シャトーは、突然持っていたケーキの箱をケイに手渡すと、脇目も振らず一目散に走り出した。
「・・・⁉待って、シャトー!」
日は完全に沈み、公園の電灯が光を宿す―――。
ケイ達の様子を、木々の枝の上から見守る三台のドローンがいた。それぞれのドローンにはカメラが搭載されており、ここでの一部始終が記録される予定だ。公園から線路を挟んで向かいにある台地の上のキャンプ場では、三人の女性が、バーベキューで舌鼓を打っていた。そして、バーベキュー会場から少し離れ、ケイ達の様子を双眼鏡で見つめる黒髪の男が一人。
「いよいよ拝めそうだな。『アレキサンドライト』の実力、しかとこの目に焼き付けさせてもらう」
「アンタの網膜が焼き切れても、アタシのドローンのカメラが焼き付けてるので心配いりませんよ~」
ドローンの操縦士である短髪眼鏡の女性が、左手と両足に三つのリモコン、右手に肉の刺さった串を持って男を茶化す。彼女の視線の先には、テーブルに置かれた液晶タブレットがあり、ドローンのカメラが捉えた映像をリアルタイムで映し出している。
「不吉なことをサラッと敬語交じりに言うな!あと、俺の肉残しとけよ!」
「あら?お肉どこいったか知らない?」
男の心配をよそに、缶ビールを携える長髪長身の女性が、千鳥足でバーベキューコンロの周りをうろついている。
「えっ⁉もう無いの⁉もしかして全滅したのか⁉」
男は公園の方を向きながらも焦り始める。すると、バーベキューコンロの前に座っていた巻き毛気味の少女が、液晶タブレットに何やら文字を書き、公園の方を向く男に無言で液晶画面を向けた。そこには、彼女の「発言」が書き込まれていた。
〔あの女とお肉、どっちが大事なの?〕
「・・・ゼノ、主張したいことがあるならこっちに来て見せてほしいな。ペンが液タブを叩く音が聞こえたから何か書いてるんだろうなとは思ったけど」
〔いいもん。ロリコンのアイラにあげるお肉は私が全部食べちゃいます!〕
「やめて!分かった!お肉食べるから!俺の分は取っといてえええええ!」
アイラと呼ばれるその男は、背後のバーベキュー会場の方を振り向き、まだ僅かに残っていた焼肉に全力で駆け抜けていった。
~八、夜の輝き~
見失ったシャトーを追いかけていたケイは、線路からかなり離れた位置でしゃとーを発見した。しかし、そこに立っていたシャトーは、昼間会った時とは違う異様な雰囲気を漂わせていた。日没後、公園の電灯の下で照らされるシャトーの髪は、赤紫色に輝いていた。
「髪色が・・・⁉」
ケイは目の前で起こる変化に驚きを隠せない。それ故に、判断が遅れる。突如起こる異常な変化は警戒のサイン。
「ケイくんっ‼」
テロイが叫ぶ。ケイが振り向いた時、眼前に迫るのは巨大な爪が三本。
「うおっ⁉」
爪はケイの頭をかすめることなく宙を掻く。ケイの身体は、ハルカによって抱えられ、爪の持ち主から瞬時に遠ざけられていた。
「ケイ!大丈夫?」
「ああ、すまん!」
ケイは体勢を立て直すと同時に、カムランを召喚する。カムランは、爪の持ち主である赤紫に輝くヘルサタンと対峙する。
「私たちも協力するわ!」
テロイの一声で、ガルガロンの「アンタレス」とアルバートの「プルート」が呼び出される。プルートは、ヘルサタンとなったシャロンには目もくれず、アンタレスに襲い掛かる。
「ちょっと!今はそれどころじゃないでしょ⁉」
ルゾナはすかさず止めに入ろうとするが、プルートは聞く耳を持たず、アンタレスは応戦せざるを得ない。
「・・・あの戦いでは、まだ私たちのことを認めてなかったのね」
テロイは焦りを見せる。そんなテロイに、ケイは冷静に指示を出す。
「ここは俺とハルカ、カムランに任せてください!」
テロイは不安げな表情を浮かべるも、プルートの攻撃から身を守るためにその場を離れてしまったアンタレスを気にかけ、対シャトー戦線を離脱することにした。
「ごめんなさい。なるべくすぐ戻るようにするわね!これ、無線で私たちと繋がってるから、何かあったら連絡して」
テロイは、ケイに無線機を渡すと、アンタレス達を追いかけていった。この場に残る戦力は、カムランのみ。一対一(サシ)勝負だ。
「ケイとカムランは少しだけ時間稼いで!私がパスを・・・」
「無駄だよ。円卓の女騎士」
ハルカの作戦が、突如沈黙を破ったシャトーによって遮られる。さっきまでのシャトーの様子とはうって変わり、冷たく鋭い赤紫の瞳が眼前の二人を捉える。シャトーは口を開いた。
「アタシには『視える』。アンタがパスを繋ぎ、アタシらの情報を盗み見ようとしていることも。はっきりと」
そこにいるのは、もう一人のシャトー。昼間のシャトーとは、正反対の存在。
「二重人格・・・」
ケイの呟きに呼応するように、シャトーはその冷徹な目と無機質な表情をケイ達に向けた。
「アンタらにとっては、改めまして。アタシにとっては、初めまして。アタシはシャトヤンシー・・・シャトー(Schatten)って呼んで。こっちで臨戦態勢取ってるのはシャロン」
シャロンは咆哮を上げた。空気は震撼し、聞く者に「恐怖」を植え付ける。オビラプの時に纏っていた間の抜けた雰囲気はどこにもない。体表は妖艶な赤紫色の輝きで覆われ、見る者に「死」を連想させる。光源によって輝く色が変化するというアレキサンドライトの二面性が、ホリダーとリバイバーの両者に色濃く表れる形となった。
「さっきの珍しいガルガロンとアルバートが退場しちゃったのが残念。でも、その黒いテジーも、このシャロンを前にしても戦意を保ち続けている。久々に面白いものが見れそう」
「なあ、シャトー。俺たちは、ぶつからなきゃいけないのか?」
ケイは、無謀にも問いかけた。
「ぶつかるんじゃない」
シャトーが目を見開く。
「最期まで全力で抗うとこ、見せて」
シャロンが先制攻撃を仕掛けた。右足を力強く踏み出したシャロンの様子を見ていたカムランは、シャロンの強烈な右フックを両腕の爪で受け止める。しかし、圧倒的な力により、カムランは押し負けて後方に二十メートルほど吹き飛ばされた。
「カムラン!」
カムランはすぐさま体勢を立て直し、シャロンに反撃を試みる。合計六本の巨爪から繰り出される斬撃は、シャロンの身体を容易に切り裂くほどの威力を持っていた。しかし、当たらない。元々のテジーの命中率の問題ではない。シャロンが、まるで斬撃の軌道を事前に察知しているかのように回避しているのだ。一回でも当たれば、クリティカルヒットで大きなダメージを狙えるカムランの連続攻撃が、かすりもせずに躱され続ける。それどころか、次第にシャロンはカムランの斬撃軌道を流しつつ、カウンターを入れ始めた。カムランとシャロンが競り合う―――正確にはカムランがシャロンのカウンターを一方的に受け続けている―――中、ハルカはホリダーであるシャトーを無力化しようと接近する。しかし、ハルカの動きも既に察知されているのか、カムランの攻撃を振りほどいたシャロンに気付かれ、強力な右腕の一撃を喰らいそうになる。ハルカは攻撃を回避したつもりだったが、足に走る痛みを以て、シャロンの攻撃の当たり判定が想定以上に広いことに気付く。攻撃と防御を兼ね備えた、宝石リバイバーの称号に負けない圧倒的な「力」がそこにあった。
カムランが一方的に体力を削られていく状況を打破すべく、ケイは思考を巡らせる。つい数か月前までの記憶しか存在しないケイだが、ハルカの支えもあって、任務が出来るほどにまで知見を増やすことに成功した。この際、リバイバー戦闘に関しては、記憶を失う前にケイが残していたノートを活用した。様々なリバイバーの特性や予測される戦術への対抗策など、リバイバー戦闘に関して包括的かつ事細かに記されたそのノートの一節には、以下のような記述があった。
「特殊リバイバーとの戦闘は、常に格上との衝突になるため通常は回避すべき。しかし、①何らかの経緯で相手の能力やステータスがある程度予測できている、②こちら側の手札に特殊リバイバーに対抗できる戦力が揃っている、この二つの条件が満たされている場合には、勝ち筋を見出すことが可能。」
ケイは、シャトーの発言とシャロンの動きを整理する。シャトーは自ら「視える」と発言していた。ハルカがパスを繋ぎ、シャトー達から情報を得る作戦を何らかの形で察知したのだ。加えて、カムランの攻撃に対する明らかな「予測の痕跡」。具体的に何が見えているのかは分からないが、ブラフを考慮しなければ、アレキサンドライトの能力は「未来予知」か「読心」の類であろうか。ここで気に掛かるのは、シャトーがアンタレスとプルートの戦線離脱を予期していなかったことである。特殊リバイバーが持つ異能のような力は、無制限に使えるものではない。つまり、未来予知でも読心でも、その適用範囲はさほど広くないのではないだろうか。カムランが最期まで抗うところを見たがっていることも、先程からカウンターしか仕掛けてこないのも、完全に先が見えているにしては明らかに不自然である。
ケイは、行動に移した。無線機を手にし、デフォルトで設定されている発信先に通信を掛ける。
「こちらケイです。テロイさんですか?」
「ええ。ごめんなさい。少してこずっていて・・・」
ここで、カムランは繰り出すラッシュを止め、シャロンに跳び膝蹴りをかまそうとする。シャロンは、それすらも予測したかのように躱し、カムランの脚を掴んで放り投げた。
「作戦を伝えます」
ケイの一言に、シャトーの表情が動く様子は無かった。
所変わって、アイラ達のキャンプ地点。串に刺さった最後の牛肉を味わうアイラに、長髪女性のルリアが右手に缶ビールを持って近づいてきた。
「ねえ、アイラはどっちが勝つと思う?」
「・・・・・・・そうだな」
アイラは、ポケットからスマホを取り出し、ルリア宛にメッセージを送った。
「・・・・・・へぇ。根拠までご丁寧に」
「ヤマカンじゃないからな」
アイラの返事にルリアは笑みを浮かべると、缶ビールの中身を一気に飲み干した。
~九、秘策~
シャロンの猛攻は、カムランの体力を確実に奪っていた。距離を置いて体勢を立て直したカムランは、ケイとアイコンタクトを交わす。
「そろそろ終わりにしない?円卓の騎士の一人を倒した功績を早く味わいたいな」
闇シャトーの煽りに動じることなく、ケイは前方をじっと見つめる。ここでシャトーは、ハルカの姿が見えないことに気が付いた。自分の周囲にある木々のどこかに隠れたのだろうか。念のため辺りを見渡してみるが、それらしい気配はない。そこへ、鈍重な足音が聞こえてきた。現れたのは、アンタレスだ。
「星々の戦いが終わったみたい。シャロン。あのテジーを倒したら次は―――」
シャトーの指示に合わせてシャロンは攻撃を開始したが、その直後アンタレスはカムランとシャロンの間をすり抜けるように走っていった。そして、それを追いかけるように後ろからプルートが現れる。シャロンの強烈な右フックは、奇しくもプルートに直撃した。白銀の身体は宙を舞った。プルートは、後方に回避したカムランには脇目も振れず、ゆっくりと立ち上がってシャロンを見据える。
「・・・・・・・?飛び入り参加希望かな?」
プルートは標的をシャロンに変更した。神聖な儀式を邪魔した者に裁きを加えるかのように、その瞳はシャロンを真っ直ぐに捉えた。
「⁉」
その瞬間、シャトーの目に「ヴィジョン」が飛び込んできた。シャロンの立つ地面が瞬時に氷に覆われていく景色が網膜に浮かんだ。シャトーは回避の指示を出そうとするが、シャロンはシャトーを抱えると、上空へ跳び上がった。シャロンの脚先が地面から離れるのと同時に、地面は氷で覆われてしまった。火属性のアルバートが氷結能力を使ったという事実に、シャトーは思考を乱される。しかしここで、再び「ヴィジョン」が現れる。これは―――爆炎か⁉
「シャロン!」
思わず声を上げた。シャロンは空中で思うように身動きが取れない。この状況を利用して、プルートは冷却された空気を炎で一気に加熱し、急激な体積膨張に伴う爆発を引き起こすつもりなのだ。体が震えるほど冷え込んでいるこの位置では確実に爆炎に巻き込まれる。プルートが口を開いて炎を放出する直前、シャロンはシャトーを抱え、丸くなった。
「⁉お前、まさか―――」
声は聞こえなかった。シャトーの声は、半径百メートルを吹き飛ばす大爆発によって生じた凄まじい轟音に掻き消されたのだ。ケイとテロイ、ルゾナの三人は、アンタレスによる「カチカチ!」の裏で耐え忍んだ。
「ねぇ、これ大丈夫なの⁉」
「ヘルサタンの防御力はトップクラスだ。爆発を直前で予想出来ているシャロンなら、まずシャトーを護衛することを優先する。それに、大ダメージにはなるけどおそらく耐え切るはずだ」
爆発後、少しずつ消えていく黒煙の中に黒く大きな影があった。中から少女の声が聞こえる。
「シャロン!しっかりして‼ねぇっ‼」
所々煤で黒くなったシャロンは、シャトーの声に呼応するように目を開き、力強く立ち上がる。上げた咆哮は、これまでの比にならない程覇気と憎悪に満ち溢れていた。
「テロイさんとルゾナさんは、相棒を控えてください」
「カムラン一体で倒す気⁉」
ケイの提案にルゾナは抗議する。しかし、ケイは続けた。
「ここでシャロンを無力化します―――『因果収束≪コンバージェンス≫』」
ケイは、カムランと繋がれたパスを強く意識すると、ケイとカムランのそれぞれの右目が緑色に光り始めた。緑のオーラがカムランの爪に纏わり、カムランのステータスが上昇する。そのままカムランはシャロンに向けて攻撃を開始した。
「ここで反撃するよ!シャロン‼」
シャトーはカムランの次の動態を「ヴィジョン」で予測する。カムランは回転を掛けて右斜め上方向に斬撃を繰り出す。軌道が読めればこちらのものだ。シャロンは斬撃を上体を逸らすことで回避し、エネルギーを纏った右腕で殴りかかろうとした。
「・・・・・・・・シャロン?」
シャロンの動きが止まった。その瞬間、シャロンの腹部に大きな三本の爪跡が浮かび上がり、シャロンは断末魔を上げた。
「そんな・・・・・・どうして⁉」
シャロンは膝を付くまいと足に力を入れるが、ついに力尽き、崩れるように倒れ込んだ。
「シャロン‼やだよっ‼」
シャロンの元へ走り出すシャトーに新たな「ヴィジョン」が飛び込んできた。背後からの急襲。シャトーは後ろに目をやり躱そうとするが、背後から現れたハルカの動きは、十二歳の少女に対抗できるものではなかった。そのまま両腕両足を拘束され、地面に押さえ込まれる。
「くっ・・・・・離してっ‼」
「ケイが許可を下ろすまで話さない」
テロイとルゾナが歩いて向かってくる。ケイは、ルゾナに背負われる形で運ばれていた。加護の代償により、全身疲労に襲われていたのだった。
「シャトー。君に渡したいものがある」
ケイは、最後の力を振り絞り、左手に持っていたケーキの箱をシャトーの前に差し出した。
「・・・・・・なにこれ?」
「日没前に、『君』が俺に託した。中に四つのケーキが入ってる。昼間の君、母親、シャロン、そしてもう一つは―――今の君の分だ」
「・・・・・・・」
「昼間の君は、おそらく今の君の行動をあまりよく思っていない。一つの身体を共有してるんだから、ちゃんと意思疎通を図ることを強く推奨する」
シャトーは、緩くなったハルカの拘束から離れ、ケーキの箱を開く。中には、形が崩れることなく綺麗なまま残ったケーキが並んでいた。シャトーは、その中から「ブラックビューティービターチョコケーキ」を取り出し、無造作に口に含んだ。
「『アタシ』が考えた計画だったのに、逆に『私』に利用されたのか―――」
シャトーはケーキの箱を閉じ、右手に提げた。そしてテロイからシャロンのメダルを受け取り、その場を後にする。
「・・・・・・・・アタシの未来予知の特性、いつから気付いてた?」
「未来予知が出来るにしては、未知の結果に期待してる素振りがあった。そこから、おそらく一瞬先の未来しか見えてないと判断した。そして、一瞬先の未来が見えているなら、対抗手段としては『回避不能な攻撃を仕掛ける』のがまず第一に思い浮かんだ」
「プルートによる氷結からの瞬間的な広範囲爆発、カムランによる因果を逆転させた必中の斬撃、そして私の鍛え上げられた体術」
ハルカがほんの細やかなドヤ顔を見せて補足した。
「アンタのことは上に報告しておくけど、この先どうするの?」
ルゾナの問いにシャトーが応えようとしたが、それは遮られた。
「うちで預かるよ。といっても、あくまで日常生活の安全を保障するだけになるけどね」
その場にいる全員が声のする方に顔を向けると、長身で白髪の男が、シントッテを連れて立っていた。
「僕はアステル。詳しい自己紹介は後にして、これからシャトーと少し話がしたい。良いかな?」
「話の内容によるわね。同席しても良いかしら?」
テロイが強気で返す。何かを感じ取ったのだろうか。
「危害を加える内容ではないんだが、あまり多くの人に話を聞かれるのは好ましくない。星座の上の方には『エーデルシュタインが保護した』と伝えてくれればいいよ」
「『エーデルシュタイン』・・・・・・噂で聞いたことあるよ。宝石リバイバーを集めて保護してるギルドってことくらいだけど。まあ、宝石はうちらで扱える話じゃないから、信頼のおける機関に託すのは悪くない選択だと思うよ。他の皆は?」
ルゾナはどうやらエーデルシュタインと呼ばれるギルドにある程度信頼を置いているようだ。怪しさは依然として拭えないが、アステルの傍に控えているシントッテの角は、ダイヤモンドのように輝いていた。おそらく「宝石リバイバー」で間違いない。
「アタシは大丈夫」
シャトーはルゾナとスマホで何かやり取りすると、アステルの方へ歩き出した。
「ケーキがぬるくなってる。手短に済ませよう」
「構わないよ」
二人が見えなくなるのを、星と騎士のホリダーは終始見守っていた。
「あああああクッソ‼ドローン一台いくらかかると思ってんだよ‼」
高台の上で、短髪眼鏡のリュンシーが虚空に向かって罵声を浴びせていた。プルートの爆発に巻き込まれてドローンの一台がダメになったらしい。アイラは手にしていたスマホをしまうと、リュンシーにフォローを入れる。
「いや、十分だ。金はまた俺たちが稼ぐ」
〔さっすが太っ腹だぜ団長!〕
「ゼノも働くんだぞ」
アイラとゼノの気さくなやり取りが飛び交う。
「それにしれもぉ、当たっらねぇ。『ケイ卿組が勝つ』ってぇ・・・・・・」
ルリアが千鳥足でやってきた。呂律が回ってない。そろそろ宴も潮時か。
「訓練を積んだ騎士と最近宝石の資格を得た者で経験の差が出た。加護の力は元円卓の騎士である俺も良く理解してるつもりだからな―――おら、さっさと撤収撤収!」
アイラの合図で、三人はバーベキューセットを片付け始めた。
~十、力を合わせて~
数日後、ケイとハルカ、ルゾナ、テロイ、シャトーの五人は、ファミレスでランチを取っていた。ケイは、ここに来てからハルカに秘めていた疑問を投げてみる。
「ハルカ、いつの間に連絡取ってたの?」
「今更だよ、ケイ。今時共闘したら連絡先くらい交換する」
「ハルカちゃんに補足すると、シャトーちゃんにはアタシが連絡付けておきました~☆」
「ねぇ、シャトーちゃんはデザート何食べたい?」
「えぇ~っと・・・・・・・じゃあ、控えめに超特盛パフェで」
「『控えめ』って何だっけ・・・?」
自由奔放で逞しい女性陣に気圧されるケイ。しかし、これは絶好のチャンスだ。星座と円卓、そして宝石が力を合わせれば、どんな困難だって乗り越えられる。そんな気がするのだ。
「ケイ、デザート決まった?ケイの奢りだから好きに決めて」
「え?割り勘じゃないの?」
「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」
「じょ、冗談です・・・・・・・・・」
たぶん、大丈夫だろう。人数が集まれば、意外と何とかなることもある。失った記憶を取り戻し、今ここにある笑顔を、そしてハルカを守り抜くと誓ったケイは、メニュー欄にある「チーズハットグ」を二個注文したのだった。
次はフイミンかシャトーで書きます。