頑張って完結させられるように頑張ります。比較的重い話になるかも。
ケイ卿篇 ハルカトオキサクラ Ep. 1「クオン」
記憶を失って、一年が経とうとしている。ハルカと共に築き上げてきた思い出の数々は、随分と増えたものだ。朝日の下、少しずつ暖かくなってきた裏庭で微睡むカムランに優しく声を掛け、作業部屋(事務室のような場所)に立ち入る。
「ケイ卿、おはようございます!」
フイミが既に朝の掃除を済ませていた。彼女の仕事の腕も以前より格段に上達し、その上参謀としての作戦立案・準備も抜かりない。優秀な仕事仲間だ。
「いつもありがとう!コーヒー淹れるよ」
「わあ!ありがとうございます!コーヒーとミルクの割合は0:100でお願いしますね♪」
「はいよ〜……って、それただのミルクだよね!?」
「ふふ、冗談です♪」
優秀な仕事仲間からの無茶振り(?)に翻弄されながらも、最近買ったばかりのコーヒーメーカーを操作していると、部屋のドアがノックされた。静かだがよく響く、はっきりとした音だった。
「どうぞ」
「失礼しま〜す」
入ってきたのは、ウェーブのあるキャラメルブロンドの髪に穏やかな細目が特徴の女性だった。年齢は20歳前後だろうか。身長はハルカとそう変わらない、151 cmくらいだ。彼女は部屋に入るなり、滑らかな動きでケイの元に近付いてきた。
「無防備だね、君」
「……えっ」
「ケイ卿!」
フイミの声でスイッチが入る。殺気も何も、そこには無かった。彼女は依然として穏やかな表情を向けるが、完全に間合いに入られた。咄嗟に裏庭の相棒に声を掛ける。
「カムラ」
「な〜んて、冗談よ♪」
「へ……?」
「さっきの貴方達のやりとり、外から聞こえちゃった♡噂のイケメン騎士さんは、女の子に弄ばれやすいのね……♪」
彼女は楽しそうに微笑む。ケイもフイミも、困惑の表情を向ける他無かった。
「あら、ありがとう♪頂くわね」
差し出されたコーヒーを、上品な仕草で口に運ぶ。所作の一つ一つが、彼女の育ちの良さを物語っていた。
「あの、どちら様でしょうか?」
彼女の向かい側のソファの後ろで立っているフイミが尋ねる。ケイは一緒に座ろうとフイミを誘ったが、万一のためと断られてしまった。カップをテーブルに置いた客人が唇を動かしたその瞬間、ドアが開いて、ジャージ姿のハルカが入ってきた。
「クオン姉様……!」
「久しぶりね〜!ハルカちゃん♪わぁ、こんなに大きくなって」
ハルカのお姉さんだったか。いや、重要なのはそこじゃない。
「『姉様』ってことは……」
「…………警戒心を抱くのも無理はないわね。改めて、私は『イセ・クオン(威世久遠)』。『鳳龍の一族』なんて呼ばれてるうちらの家系の次女だけど、私に家を代表して動く程の権力は無いから、そこは安心してほしいな〜」
『威世』……ハルカの姓は『フィーセ』だが、これはこの国に来た時からハルカが使っている偽名だと本人から聞いている。元の姓に子音『f』を追加したのだ。
「権力が無い、というのは?」
フイミが聞き返す。
「『鳳龍の一族』は、基本的に男の人が家を継ぐの。現十二代当主ショウゾウ(省三)が私たちのお祖父様で、お父様お母様を飛ばして、長男のマサツグ(昌嗣)お兄様が次期当主。そして次男のホツカ(保塚)お兄様の計三人と使用人が屋敷で過ごしているの。あっ、ハルカちゃん。私の隣座って」
二人がソファに座ると、クオンによる解説が再開された。
「一方で、張り切っちゃったお父様お母様のお陰で私たち三姉妹も生まれちゃった訳だけど、お祖父様は私たちをこの屋敷の従者としてこき使おうとしたの。それに苛立った長女のハセク姉様が、マサツグお兄様と決闘をして良い勝負まで持ち込んだ事で、私たち三姉妹は両親と共に自由を許されたのよ」
「随分と酷い男尊女卑ですね……」
フイミの表情に露骨な嫌悪が浮かぶ。
「確かにそうとも見れるけど、あの屋敷に鍛錬と漫画読む以外の自由なんて無いから、私たちからすれば追い出されて良かったという感じね」
何で漫画を読む自由だけは許されているのか、本当に不思議な一族だ。するとここで、ハルカが口を開いた。
「私は、マサツグお兄様と『期末の付け焼き刃』の富他儀優に憧れて、屋敷で修行する事にした」
「漫画のキャラの影響で鍛え始めたのか……」
ハルカもなかなかの漫画好きなのは知っていたが、どうやら人生を左右する決断にも、ハルカの嗜好が関わっていたようだ。
「マサツグお兄様とホツカお兄様は、二人で私を鍛えてくれた。だから今の私がある。ケイを守る私が」
「今のハルカちゃんの意思に私やお父様、お母様は干渉しない。けど、それ以外の一族の男共はきっと良い顔してないと思う。そして、お祖父様がついに動き出したのを察知したから、ハルカちゃん達に忠告に来たのが今日のメインターゲットの一つ」
当主ショウゾウが、ついに痺れを切らして動き出した。これまでも覚悟はしていたつもりだったが、改めて考えると緊張する。
「クオン姉様。もう一つの目的は?」
「それはね……」
クオンは、ハルカとケイを一瞥すると、今日一番の大声を出して迫ってきた。
「ケイ君とハルカちゃんがぶっちゃけどこまでいったのか知りたい!!どこまで行ったの!?手繋いだ??キスした??もしかして夜の営みまで」
「はぁぁぁぁ!?!?おおお、落ち着いてくださいっ!!!」
「ケイも落ち着いて」
「あー!それ私も気になります!!!」
「フイミは味方じゃないのかっ!?」
「お願い!!今日は二人の関係性を知って妄想膨らませないと帰れないの!!そうするって決めたの!!ずっと気になって夜しか眠れなかったの!!だから教えて!!!」
「クオンさん顔近いです!!鼻息荒いです!!」
「クオン姉様。ケイから離れて。そこは私の場所」
「『私の場所』……!?!?今、『私の場所』って言った!?!?幻聴!?!?きゃーーーー!!!嘘でしょ????待って尊い無理マジしんどい」
「ケイ卿!貴方にはこの質問に答える義務があります!」
「誰か止めてぇぇぇぇ!!!」
激しい尋問は長時間に渡って続いた。純真無垢な騎士には、だいぶ堪えたようだ。
「はぁ〜、面白かった☆知人からもらった温泉旅行券あげるから、今日にでも二人で行ってきなさい♡」
「はぁ……はぁ……凄く、唐突なプレゼントですね……」
「たまには、大切なパートナーとの間にかけがえのない絆を感じるひとときを堪能してきたら?あと、感想聞かせて♡」
「いや、あの……せめてもう少し加減を」
「わかった」
「ハルカっ!?!?」
「それじゃ、私はこれで───」
「待って下さい!」
ケイはクオンさんを呼び止めた。これだけ質問攻めしてきたんだ。俺からも一つくらいは聞かせてほしい。
「もう一人のお姉さんについては、何か聞いてますか?」
「ハセク姉様のこと?ん〜、最近連絡取ってないからよく分からないかな。ハルカちゃんは?」
ハルカは首を横に振った。
「やっぱりそうよね……あのゴリラ女、今頃どこで何してるか見当も付かないのよ」
「ゴ……!?」
「また何かあったら連絡するわね。それじゃ、お二人ともお幸せに〜♡」
クオンは、フイミに一言挨拶をすると、ゆったりと部屋を出て行った。しばしの静寂は、ハルカの一声によって破られる。
「クオン姉様の目的って───」
「自分たちの関係性についてこんなに尋ねられたのは初めてだよ……」
「いや、多分それは個人的な趣味。もう一つの方」
言われて思い出す。最初にクオンが言及していたメインターゲットは、「ハルカ達への忠告」だった。
「来たるべき時が来たって事かな……」
もう少し後だと思っていた。でも、そう遠くないうちに来るだろうとも思っていた。
「クオン姉様が動き出してる時点で、私達はかなり出遅れている」
「どうしてですか?」
ケイの疑問を代弁するように、フイミが尋ねる。ハルカは、ジャージからいつもの服装に着替えながら答えた。
「クオン姉様は、表立った直接戦闘をしない。その代わり、話術や交渉術、情報戦に長けてる。要はめちゃくちゃ頭が良い」
「…………」
思わず言葉を失う。クオンは想像を絶する実力者だったのだ。確かに、先程の会話のペースは全て彼女に握られていた。
「ケイは不思議に思わない?」
愛刀の状態を確認してから腰に提げ、ハルカは俺に問いかけた。ケイは「何が?」と返したが、実のところ何となく気掛かりな点があった。
「クオン姉様は、これだけセキュリティ万全な円卓の騎士の拠点に難なく侵入して私達に忠告をした。今回のメインターゲットを果たすために、クオン姉様は一体何をしたのか───」
ケイとフイミは、背筋に悪寒が走るのを感じた。
〜〜
遡ること、昨夜。アーサーは、行きつけの寿司屋を訪れていた。日付が変わる一時間前にここを訪れてお気に入りのネタを頂くのが、最近の勤務後のマイブームだ。例のごとく、板前に注文を伝えようとしたその時だった。
「大将。『いくら』と『寒ブリ』、『タコ』、『キングサーモン』を二セットお願い」
「あいよ」
先にカウンター席に座っていた女が割り込んで注文してしまった。ウェーブがかったキャラメルブロンドの髪を輝かせる彼女は、穏やかな細目でアーサーを見つめた。
「『いくら』は子どもの恵み、ここでは、貴方がこれからも部下に恵まれるようにという願いが込められている。『寒ブリ』は出世魚の代表、文字通り部下の出世を願う。『タコ』は知恵の象徴。戦略の成功を祈って。そして『キングサーモン』は、どんな時も自分自身が王である事を忘れないようにするための意識付け、というところかしら。真面目で部下想いで誰よりも優しい騎士王という噂は、本物なのね」
「何のつもりだ」
お気に入りのネタを言い当てられた事ではない。アーサーは、この見知らぬ女に警戒せずにはいられなかった。女は、湯呑みをゆっくりと傾けて唇を潤し、ふうっと息をついて答える。
「まずは隣に座って少し話さないかしら?夜の楽しみを少し邪魔してしまったのだし、お会計は私が持つから」
アーサーは神経を尖らせながらも、女の隣に座る。板前が、手元に用意されていたネタを丁寧に捌き始めた。
「私がお気に入りを言い当てた事、もしかして気にしてる?」
「そうではない」
「なーんだ」
トリックは、至ってシンプルだ。アーサーが来る曜日と時間帯を把握している板前が、いつも頼むネタを新鮮な状態で迅速に提供できるように、彼が到着する直前に冷凍庫からネタを出して予め自然解凍しておくのだ。敷居が高い穴場の寿司屋で客も少ない事から、その様子を間近で見ていれば、ある程度次に出されるネタの予測が付く。問題は、なぜアーサーがこの時間にここに来る事を女が事前に把握していたかだが、おそらく第三者から情報を仕入れたのだろう。あるいは、行動パターンをいくらか把握しているのかもしれない。板前の差し出した湯呑みを口に含み、アーサーは本題に入ろうとする。
「話があるんだろう?」
「ええ。貴方の部下のケイ卿とハルカちゃんについて」
「情報屋にしては、随分と馴れ馴れしいな」
「親族だからねぇ」
女は、ニヤついた表情で湯呑みの茶を啜り、そのまま続けた。
「久々にかわいい妹の顔を拝みたいの。渡したいプレゼントもあるし、ハルカちゃんのいる拠点に通してもらえないかしら?」
女は、含みのある笑みを浮かべ、アーサーに向き直る。その辺の男を籠絡するのは容易いであろう計算され尽くした所作の一つ一つが、アーサーの気を引こうと繰り出される。
「勤務時間外を狙って拠点外で会いに行けば良い」
「私、あの子の連絡先知らないのよ。最後に会った時はあの子スマホ持ってなかったし」
「それだけ情報があるなら、彼女の行動パターンも推察出来るだろう。もっとも、うちの騎士達を危険な目に遭わせるつもりは無いが」
「あの子割とシャイだから、衆目があったりアウェーだったりするとあんまり喋ってくれないのよ」
板前が静かにシャリを握る中、騎士王と女は互いに一歩も引かない応酬を繰り広げた。女は茶を飲み干して、文句を漏らす。
「……騎士王ってお堅いのねぇ」
「もう少しカードを切ってくるものと思っていたが、興醒めだな」
「これだけのために貴重なカードを切るような真似はしないわよ」
板前が「へいお待ち」と、四貫の寿司が載った寿司下駄を二つ差し出す。女は、「美味しそ〜!!」と声を上げ、目を光らせた。小皿に醤油とわさびを入れ、「いただきまーす!」と唱えて慣れた手つきで寿司を口に運ぶ。
「…………はぁ」
アーサーは、しばし黙考した。そして、今手元に滑り込んできた紙切れを、カウンターの下で畳んでポケットにしまうと、女の話に結論を出した。
「悪いが、明日は対応出来ない。朝8:30から任務が入っていてな。伝言やプレゼントは事務所宛に郵送でもすると良い」
そう言い放つと、アーサーは静かに合掌し、出された寿司を口に運んだ。女は横目でそれを確認すると、「…………つまらない男ね」と、口を尖らせた。早々に平らげた女は、二人分の代金と「ご馳走様」の一言をカウンターに残し、足早に去っていった。
「はぁ…………」
アーサーは、寿司下駄の上に唯一残ったキングサーモンをに手を伸ばす。いついかなる時も、王たれ。自らに課した呪いを、醤油もわさびも付けず、一口で頬張る。
「ご馳走様」
「毎度」
板前と挨拶を交わし、店を後にする。後方を注意深く確認した後、事前に呼んでいたディナダン卿の運転する車の後部座席に乗り込む。
「お疲れ様です」
「明日の朝8:30にケイ卿の拠点へ来客だ。対応頼む」
「御意」
車が走り出す。アーサーは、ポケットから紙切れを取り出す。提供された寿司にわざとらしく喜ぶその間に、女が渡してきた紙切れには、こう記してあった。
『会話は監視されている』
『たった一人の妹とその大切な人を守りたいから協力して』
依頼料としての寿司を平らげ、集合時間は伝えた。場所はあの女なら既に知っている。寿司屋の板前まで監視として機能するほど一族の手が伸びたこの街で、果たして無事にケイ卿に辿り着けるか少々不安ではあるが、この依頼、この騎士王アーサーが確かに引き受けた───。
「ええ。騎士王に接触しておりました。依頼は断られていますが、クオン様はハルカ様へ接触する機会を狙っている様子です…………はい。了解です。必ずや、『鳳龍の一族』の手で穢れたサクラの血を断ちます。では」
板前は、雇い主に監視の定期報告をしていた。元々は、ケイとハルカが所属する事になった円卓の騎士のリーダーを監視する任務も兼ねていたが、今宵はクオンとの重要な"密会"を目の当たりにできた。雇い主の方から接続を切る音が聞こえると、板前は手元のスマホで口座を確認する。今回の情報提供は報酬も期待できそうだ。そろそろこんな諜報員など辞めて、家族と共にこちらへ移り住みたい。一族の拠点から遠く離れた異国の地は、街中にもかかわらず、空気が澄んでいるように感じた。スマホの壁紙に設定した妻と娘の画像を眺めていると、ガラガラと音が鳴り、客が入ってきた。
「すみません、お客さん。今日の営業は終了しまして」
「知ってる」
客は男だった。目深に被った帽子の向こうにあるであろう顔面はよく見えないが、黒いロングコートとスーツは高級な装いがあった。男は、黒く光る長さ八十センチメートル程の金属の塊を手にしていた。
「!?」
板前は咄嗟に包丁を取り出し、男の喉元目掛けて斬りかかろうとした。だが、既に遅い。男は手にしていたサブマシンガンを構えると、板前に向けて発砲した。高速で射出された無数の弾丸は、カウンターの板材を、ガラスを、冷蔵庫を、監視カメラを、盗聴器を、店内に保管されていた多種多様な肉を、いとも容易く貫いた。音が止む頃には、狭い空間の暗闇だけが残された。
「突然で悪いが、仕事なんでな」
男は、倒れた板前のスマホを回収し、散らかった部屋内を軽く物色すると、サブマシンガンを提げて店を後にした。近くで待機していた彼の部下達に、後始末を要請する連絡が入った。
次回、Ep. 2「温泉旅行」