星と騎士と宝石と楽器と花の話   作:ドリベンタス

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新キャラ書くの楽しいですよね。


ケイ卿篇 ハルカトオキサクラ Ep. 2「温泉旅行」

 

 

 クオンからもらった温泉旅行券を使うべく、ケイとハルカは有名な温泉地「ヒノサキ温泉」に来ていた。日帰り温泉でいくつもの旅館を巡ったり、一つの旅館で宿泊したり、自由な形態で温泉を楽しめる。毎年一般観光客から政府の要人まで多くの人々が訪れており、かつては地方議員が政務活動費を不正に利用してこの温泉地に足繁く通った挙句、それがバレて記者会見で大号泣しながら絶叫するという伝説的な事件もあったが、今ではすっかり忘れ去られている。

 

「ケイ。コロッケ」

 

 宿泊先の旅館で借りた浴衣を羽織るハルカは、甚平に身を包んで隣を歩くケイの裾を摘む。どうやら、小腹がすいたようだ。二人はカニクリームコロッケに舌鼓を打った。

 

「ケイ。温泉卵」

 

 目的の温泉施設に向かってゆっくり歩いているハルカは、隣を歩くケイの裾を摘む。まだ小腹が空いているようだ。二人は源泉で温めた温泉卵に舌鼓を打った。

 

 「ケイ。プリン」

 

 目的地まであと少しの所まで来たハルカは、隣を歩くケイの裾を摘む。そろそろデザートにしようか。二人は甘くとろけるような食感のプリンに舌鼓を打った。

 

「それじゃ、30分後にここで」

「わかった。何かあったら大声で呼んで」

 

 曇天の中歩き続けて、目的の温泉施設の中に入った二人は、待ち合わせ時刻を決めて、別々の湯に入っていく。ケイは男湯の暖簾をくぐって歩いていくと、数人が着替えを行う更衣室に辿り着いた。カムランのメダルが入った荷物と着ていた衣服をロッカーに入れ、ケイは久々の温泉が待ち構えている扉をゆっくりと開けた。

 

 

 

 

 

 

「あっつ……!」

 

 ひと通り洗い流したケイは、ゆっくりと温泉に浸かった。湯の温度は40℃くらいだろうか。かなり熱いが、徐々に身体を慣らしていく。肩まで浸かると、全身の筋肉がゆっくりとほぐれるような感覚に包まれた。

 

「…………」

 

 ふと、これまでの日々を思い返す。記憶を失い、円卓の騎士として働き始めたのが約1年前。そこから、ケイもハルカも様々な任務を乗り越え、たくさんの経験を積んできた。星座や宝石とも出会い、二人の間の絆も深まった。その中で、ケイは失われた記憶を辿るように、時々自分の過去を振り返ろうとする。僅かで断片的ではあるが、少しずつ思い出せそうな気がする。ハルカと出会う前、高校に入学する前、母親が亡くなる前──────ん?母親?

 

「母さん…………」

 

 思い出した。ケイはこれまで両親の記憶を取り戻すことがなかったが、ここに来て少しずつ復活してきた。ケイは、幼い頃に母親を病で亡くしていた。美しい黒髪で、穏やかな表情だった気がする。そういえば、母親は咲昏家の血を引く存在だったはずだ。ここまで思い出して、ケイはふと我に返る。母親との思い出を振り返ろうとしていたが、本来そんな悠長にしてる時間は無いのだ。ケイ達が温泉旅行に来たのは、観光以外の目的がある。次女クオンによって渡された温泉旅行券。これは、文字通り心と身体を休めて来いという意味ではない。今日中にこの場所へ来いという情報提供なのだ。湯の温度で火照った顔を両手で叩き、ケイは風呂を出る。身体を拭き、着替え、髪を乾かす。再び甚平に身を包むと、ケイは暖簾をくぐった。

 

「よぉ」

 

 そこには、長身の女が立っていた。銀色に輝く髪はショートだが、ツリ目にピアスという治安の悪そうな見た目と、黒い革ジャンにダメージジーンズが特徴の女だった。

 

「……どちら様で?」

「ハルカの姉。上の方だ」

 

 『ハセク』、という名前だったはずだ。確か、クオンもハルカもハセクの所在を知らないはずだが……。

 

「黙ってついて来い。一文字も喋るな」

「な…………」

「おい」

「…………」

 

 女は苛立つような視線をケイに向けた。いかにも怪しいが、正面から啖呵を切るにはまだ情報が不足している。彼女が何の目的でケイに接触したのか、よく分からない。とりあえずハルカを呼び出したいが、ハセクはそれを許そうとしない。

 

「車に乗れ。動きやすい服装に着替えろ」

 

 そう言って案内されたのは、黒いハイエースだった。周りにはスーツを着た男達が待ち構えている。後部座席のドアを開けられ、ケイは半ば強引に押し込められた。

 

「悪いが、テメェの相棒には先手を打たせてもらった」

「……カムランに何をした!?」

「黙れ……って、もう良いか。大人しくしてればご主人様を傷付けたりはしねぇよって言っといた」

 

 「鳳龍の冥加」…………ハルカも持ち合わせる、鳳龍の一族の特殊な才覚である。一族に共通する能力として、任意のリバイバーと簡単にパスを繋ぎ、共鳴を果たせる。先手を打たれたという事は、何らかの取引で動けなくなってるのだろうか。カムランは、未だ荷物の中から出てこない。

 

「目的は何だ?」

「テメェをこのまま屋敷に連れてく」

 

 やはり誘拐だったか。ケイは脱出の機会を探す。しかし、簡単に脱出を許すような状況ではない事が瞬時に理解出来た。八方塞がりか……!

 

「安心しろ。殺されはしない。あのクソジジイも生け獲りが目的だからな」

「どういう事だ?咲昏の血を根絶やしにするのが目的のはずだろ?」

「クソジジイはそれを自分の目の前でやろうとしてる。バカだから慎重派なんだよ」

「ハルカはどうするつもりだ?」

 

 ハルカについての質問をすると、ハセクは黙り込んだ。ケイのいる後部座席のドアを勢い良く閉めると、ハセクを置いたままハイエースが走り始めた。

 

「さて、ちょっと鍛え直してやるか」

 

 ハセクは、末っ子のいる温泉施設の方に目を向けた。

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 

「……………………今なんて?」

「屋敷に連れてった」

 

 温泉から出たハルカは、浴衣を羽織り、建物内でケイを探していた。不自然に人が減った施設に不穏な空気を感じたハルカは、外で一服しているハセクを見つけたのだ。ハセクにケイの所在を尋ねたハルカは、あまりの衝撃にもう一度聞き返したのだった。

 

「かえせ」

「あ?」

「ケイをっ───返せ!!!!」

 

 どこからともなく取り出した刀を鞘から抜く。銀色の刀身は、口角の上がったハセクを映し出す。

 

「やるか?」

 

 ハセクの言葉が届くや否や、ハルカの一太刀が炸裂する。不自然に折れ曲がったその太刀筋は、木に、地面に、車に、亀裂を入れる。

 

「相変わらず面白いよな!それ!」

 

 ハセクは、一瞬の跳躍で向かいの建物にあるゲート上の屋根に飛び移っていた。一族が持つ才覚である「鳳龍の冥加」には、リバイバーとのパス以外に個別で持ち合わせるもう一つの力がある。ハセクの場合、それは─────身体能力の爆発的向上である。

 

「ケイを返せ!!!」

「それしか言えねぇのかよ!!!」

 

 二撃三撃とハルカは刀を振り続けるが、ハセクは太刀筋を見切っているかのように華麗に躱し続ける。ハセクは、ホテルの壁に張り付いていた室外機をいとも容易く剥がすと、ハルカに向かって投げつけた。ハルカは室外機を切り刻み、衝突を回避する。しかし、その間にハセクの姿を見失った。

 

「っ!!ケイを追いかけないと……!!」

 

 この温泉街には、南北に伸びる道からのみ出入りが出来る。屋敷の方向から考えて、南側の道路を進んでいるはずだ。ハルカは、浴衣が千切れんばかりに全力で温泉街を駆け巡る。

 

「自分からケンカ吹っかけといて」

 

 瞬間、襟をハセクに掴まれる。追いついたのか……!?

 

「逃げんなよ」

 

 ハルカは強い力でハセクに引っ張られ、車の並ぶ駐車場に吹き飛ばされた。停めてあった軽自動車に強く叩きつけられたが、受け身を上手く取ってダメージを減らす。体勢をすぐ立て直し、ハセクの追撃を回避する。ハセクは、ぐしゃぐしゃになった軽自動車のサイドミラーをもぎ取り、逃げるハルカに投げ付けた。ハルカは高速で飛んでくるサイドミラーを腕で薙ぎ払う。浴衣は既にボロボロに破れ、はだけそうになっていた。ハルカ自身も、日頃の鍛錬と鳳龍の冥加である程度の身体能力補正が掛かっているため、これまでのダメージはほぼ擦り傷程度で済んでいる。しかし、ハセクが未だ本気を出していない事は、ハルカにも分かっていた。ケイに追いつく事は不可能と判断したハルカは、来た道を引き返すように北上する。

 

「着替えの時間くらい、くれてやろっかな……」

 

 ハセクは、独り言を呟きながら、ハルカの後を追った。先程の温泉施設に着くと、ハルカの荷物が一部無くなっていた。目線を下に向けていたハセクは、背後から服の擦れる音が聞こえてくるのを感じ取った。

 

「甘ぇよ!!!」

 

 ハセクは背後に強烈な回し蹴りを入れる。しかし、脛の先にあったのは、先程までハルカが羽織っていたボロボロの浴衣だけだった。

 

「陽動か……!」

 

 曇天で地上に影が見えなかった事、浴衣の発する音でハルカへの注意が削がれた事。知覚情報に敏感なハセクを出し抜いたハルカは、ハセクの頭上から渾身の一撃を繰り出す。鍛え抜かれた肉体と鳳龍の冥加、特殊な技法で製造された刀が組み合わさって発せられるその一太刀は、射程距離約10メートル。剣術の常識を覆す。今回は重力が味方をするため、威力はさらに跳ね上がる。

 

「刀身より解放されし、古龍の残滓───」

 

「───『龍涎香《リュウゼンコウ》』!!」

 

 斬撃はハセクに直撃した。対象から離れているために手応えは分からないが、ハルカはすぐさま受け身を取り、着地して刀を構える。ハセクは、両腕と額から血を流していたが、斬撃を上手く受け止めたようだ。

 

「カセキバトル以外で技名使ってるやつ、リアルで初めて見たよ」

 

 ハセクは、袖が切り刻まれた革ジャンを脱ぎ捨て、上半身タンクトップの姿になる。

 

「夢とロマンは漫画の中にしまっとけよ!!」

 

 ハセクは、一直線にハルカに向かっていく。ハルカは刀を振り翳し、力強く地面を踏み込んで再び"技名"を唱えた。ムゲンギア列車でブローカーの一人を斬りつけたあの技だ。

 

「『海神《ワダツミ》』!!!」

 

 太刀筋は、不規則に歪んで対象の無傷の回避を許さない。刃先が肉を切り裂き、骨を斬る音がした──────かのように思えた。

 

「っ!?!?」

 

 ハルカの右腕は、ハセクによって掴まれていた。ハセクが途中で加速し、ハルカの一太刀の速度を上回ったのだ。

 

「こんなんで……あのバカ兄貴達に勝てるとでも思ってたのか?」

 

 ハルカの右腕が強く握り締められる。強烈な痛みがハルカを襲った。ハセクは、もう手加減なんてしていない。

 

「───────不合格だ」

 

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 

 温泉街から南側へ通じる峠道で、黒いレクサスが停まっていた。傍に二人、スーツに身を包んでグラサンを掛けた怪しい男が立っている。彼らは、温泉街の封鎖役として出入り口を張っていたのだ。一人が、ポケットから煙草を取り出す。これが最後の一本だ。

 

「先輩、それラスイチっすよね?」

「あぁ、そうだ。ニコチン切れる前に終わってくれれば良いんだが」

「先輩、それさっきも聞きました」

 

 先輩の男は、口元の煙草にライターで火を付けた。特有の刺激臭が辺りを満たす。彼のこだわりの銘柄らしい。後輩の男は、隣でソシャゲのガチャを引きまくっていた。

 

「あっ、先輩!出ました!ダッシュコウテイ!」

「何それ」

「今ピックアップで来てる新キャラっすよ!180連でギリギリ引けたぁ〜!」

「お前ここに来てからずっと引いててまだそんだけなのか?」

「さっきはサポートカード完凸まで引きまくってたんすよ」

「うわぁ……一体いくら課金してんだよ勿体ねぇ」

「先輩の煙草と大して変わんないっすよ」

 

 言われて、先輩の男は何も言い返せなくなった。顔を顰めて煙草を吹かすと、峠道の上の方で地鳴りのような音が聞こえた。見上げると、無数の鳥が木から飛び立っていた。

 

「まずいな……ちょっと暴れ過ぎだろ……」

「一族って、本当に人間なんすか?」

「こっちが聞きたいくらいだ。お前は先乗ってろ」

「はい」

 

 後輩を助手席に乗せた瞬間、視界の端で何かが高速で落ちてくるのが見えた。"それ"は、峠道の端で小さくバウンドすると、そのまま崖下へ落下していった。バウンドした地点には、日本刀が刺さっていた。先輩の男が唖然としていると、タンクトップ姿のハセクが斜面を下って降りてきた。

 

「ハセク様!!」

「なんだよ!!」

 

 ハセクがいつも以上にブチギレているのが分かった。後輩が間近で見ていたら萎縮していただろう。

 

「今回は、親方様がハセク様への今後一切の干渉をしない代わりに、ハルカ様からターゲットを引き剥がし、屋敷へ連れて行くのが目的のはずです!ハルカ様の殺害は、親方様の指令に含まれておりません!」

「知らねぇよアイツが先にケンカ吹っかけてきたんだ!」

「その歳でガキみてぇな理由で姉妹喧嘩にマジにならないで下さい!ハルカ様に何かあればハセク様や俺らもタダでは済みませんよ!!」

「はぁ〜…………」

 

 ハセクは大きな溜息をつくと、少し落ち着いたトーンで会話を続けた。

 

「アタシらは強化人間みてぇなもんだ。これくらいでも死にはしねぇよ」

「ほ、本当ですか……?」

「そりゃもちろ───」

 

 ハセクは固まった。

 

「───死んでないよな?」

「知りませんよ!!!」

「やべ。頭に血ィ昇り過ぎて我失ってた。妹とガチでやり合えるのなかなか楽しかったからつい……」

「『つい……』じゃないですよ!大切な妹さんになんて事してるんですか!!」

「まあ、ハルカに何かあったらアタシが落とし前付けるわ。お前らは先に屋敷戻って警備でも固めてろ。あの彼氏を追って円卓が屋敷に攻めてくるぞ」

「貴方は大丈夫ですかい?一人で」

「アタシのことまだ信用できねぇのか?」

「…………いえ、心配して損しました」

 

 男は、煙草を足で踏みつけて火を消すと、ジャケットから無線機を取り出した。

 

「A班より、各班に通達。任務が完了した。これより即時撤退し、屋敷に急行せよ」

 

 男は、運転席に乗り込み、レクサスのエンジンを始動させる。窓を開け、ハセクに呼び掛けた。

 

「これより貴方は、親方様の元から完全に自由となります。我々は今後、貴方を支援できません。14年という短い間でしたが、お世話になりました」

「今更律儀な挨拶はいらねぇよ」

 

 そう言って、ハセクはジーンズのポケットからキーホルダーを取り出し、男に与えた。道の駅やSAによくある、銀色のドラゴンの形をした"アレ"だ。

 

「…………これは?」

「餞別だ」

「ふっ……ははっ!最後の最後まで本当にガキみたいですね!」

「んだとゴラァ!?」

「ありがとうございます!では、失礼します!」

 

 黒いレクサスが見えなくなるまで、ハセクは車を見送った。他の班も、いずれこの道を通って屋敷に戻るだろう。ハセクは、崖下を覗き込んだ。

 

「アタシがやれる事はこれで全部だ。後は自力で這い上がって来い」

 

 崖下は、鬱蒼と生い茂った雑木林が暗い雰囲気を醸し出していた。

 

 

 




次回、Ep. 3「Look back」
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