Unknown-Orchestra ~楽器に愛された者達~   作:羅月

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関西に旅行行ってきました。文章の肥やしになりますように。


Ⅰ:Prelude in the Mist B

 [B]

 

 ……………

 

 ………

 

 …

 

 「……ただいま」

 

 少しばかり重い扉を開け、返事の返ってこない我が家に僕は一言声をかけた。閑散とした廊下に淋しく自分の声が反響する。僕は靴を脱ぎきちんと揃えると、居間に向かった。テーブルの上には妹の書き置きがある、多分夕食でもこしらえてから出て行ってくれたのだろう。一宿一飯の恩義とはよく言うけれど、宿を貸したくらいで飯を食わせてもらったのはむしろこちらの方なのでそれだけでも対等だと思う。

 『お米はお兄ちゃんが帰ってくる位の時間に炊き上がるようにしてます。あとポテトサラダと豚肉の生姜焼き(仕込のみ)を準備してるので、お肉の方は適当に焼いて食べて下さい』……か。流石妹だ、僕のツボを心得ている。

 さっさと食べて寝ようと思い僕は自分の部屋へ向かった。鞄を下ろし制服を脱ぐと私服に着替え……机がガタガタガタガタと震えているのを見た。あーそういや今朝ケース閉じてから出ていったんだったけか。流石に酷いか……と、僕は机の上に乗った黒いケースを開ける。

 その瞬間、強烈なアッパーカットが僕の顎をとらえた。

 

 『ああぁああああああもうっ!!!!!! どんだけ閉じ込めておけば気が済むのねっ!!!!!??』

 「うぐ……忍びないな」

 『なぁあああああにが忍びないですかっ!!!? 丸一日こんなとこに閉じ込めてご主人はアホのキワミなのねっ!!!!!?? アッーーーーーーー!!!!」

 

 僕の顎に強烈な一撃を与えた犯人は小さな身体を最大限暴れさせぷんすかと発狂している。黒と銀の入り混じった髪(染毛に失敗したわけではないらしい)に黒のワンピース、天使の右翼と悪魔の左翼を持った全長2,30cmの少女と言うか幼女は、続けざまにボディブローを叩き込もうと机を蹴って突進してきた。そんな彼女を僕は掴むと勢いよくスープレックスを決める。馬鹿め何度もやられてたまるものか。

 

 『うごげっ!!!!』

 「いやマジで申し訳ないと思ってるって。だから許してくれ、クルル」

 『言動と行動が一ミリも噛み合ってないのね……申し訳ないと思ったらスープレックスをかます人種のお人ですかご主人は』

 

 頭を押さえてマジで痛がる幼女、クルルを(一応ベッドの上に落としたのだけれど、打ち所が悪かったらしい)撫で撫でする僕だったが、触り所が悪かったのか強烈なカウンターを食らってしまった。ボディブロー再び。ちなみに幼女と侮るなかれ、無駄に強烈な拳を持っているので普通に痛い。

 

 「じゃあこうしよう、500円まで何でも好きなもの買ってやるから」

 『ううう……ま、まあよかろうなのね。じゃあ早速行くのね』

 (ちょろいな~……)

 

 頭に搭乗する彼女、一応言っておくと彼女はそんなに重くない。ヘルメットを被るくらいの感覚を想像して貰えればいいかと思う。

 

 「じゃあクルル、どこに行きたい?」

 『ソレイユ行きたいのね! 今の時間帯ならシュークリームとかパンとかがお安くなってるはず……』

 「遠いわ。でもまあ……定期で行けるし大丈夫かな」

 

 ソレイユと言うのは24時間ほぼ年中無休で営業しているスーパーマーケットで、品揃えも豊富でしかもかなり安い。そのせいでその近場のコンビニは劣勢を強いられているとか。

 と言う事で機動戦士土屋は有能なパイロットにコントロールされながらお買い物に行くことになったのだった。まあ殆ど何も食材無かったし、何か保存の利くものも一緒に買いに行こう。僕は財布にそこそこのお金が入っているのを確認し、極めて適当な格好(シャツにジャケット、下はGパン)で外へと……繰り出す前に。僕は彼女が出てきたケースの前に立ち、中身を見つめた。その中には一つのマウスピース、バレル、上管、下管、ベルの五つと薄い木べらのような物が何枚か入っている。

 僕はそのケースを、クラリネットの入ったケースの蓋を閉める。カチャリと言う音がして、クラリネットは外界と遮断された。別に深い意味は無い。ただでさえ日本の気候に合っていないクラリネットを大気に晒すのが可哀想だっただけだ。音楽を続けていくのをやめたからと言って、楽器を粗末に扱おうなどとはとても思えなかった、ただそれだけの事だ。

 僕は小さな青い手提げ袋にクラリネットのケースを入れると(これが無いとクルルは遠くへ行けない)、頭上の彼女を振り落とさないように、静かに歩いて家を出るのだった。

 

 

 ガタンゴトン……夜の電車は朝よりも鮮明に車輪と線路のぶつかる音を響かせる。余計な視覚的情報が入ってこないからというのもあるが、基本的に夜のほうが音が遠くに飛ぶのだ。僕らは周期的な振動に揺られ目的地のある駅まで黙って座っていた。

 クルルは……悪霊のようなものだと個人的には思っている。彼女曰く『楽器の代弁者』らしいが、本当のところはよくわからない。

 物に触れるし、先程の問答を聞いてもらっても分かるとおり食べ物を食べることも出来る。気に入らないやつを殴ることだって。だが、厄介な事に彼女は僕以外の人間には見えないのだ。妹にも見ることは出来なかった。あの完全無欠の妹ですらだ。

 ちなみに彼女は胸ポケットに入るサイズまで自身を小さくすることも出来る。ただこの際は僕とその所有物(服など)以外に触ることが出来ず、僕の周囲から離れられなくなる。また、楽器に宿り直すことで楽器と一体化する。ただしその状態で楽器ケースを閉めると彼女は一切外に出てくることが出来ないみたいだ(少なくとも今朝から夜にかけてはそうだった、冗談とはいえ悪いことをしたものだ)

 

 『お腹すいたのね……』

 「今は我慢しろ、500円分をソレイユで買えば1日分くらいのおやつは買えるだろ」

 『丸2日何も食べてないのですがそれは……』

 「んぐっ……」

 

 ちなみに昨晩僕の部屋を散々な状態にしてくれたのは大体こいつのせいだった。些細な口論、と言うか僕が高等部からは吹奏楽をやめると言ったら激おこである。単純に留守番が暇すぎて死ぬからと言う理由もありそうな気がしたが、それで大喧嘩した。

 それでも、『部活入らなくていいから連れて行け』とは一言も言わない辺り、彼女も僕に音楽を続けてほしいのか……そう思うとやり切れなくなってくる。

 ちなみに発言を直接脳内に送ったりする事も一応可能なのだけど、無駄に疲れるので今日みたいな周囲に誰も居ないときは普通に喋っている。それか携帯電話を耳に当てながらとか。たまにバレるが問題ない。

 それからもとりとめもない事を色々と話している間に、電車の揺れが収まった。目的地に着いたらしい。僕は電車を降りるとそのままソレイユへ向かった。春先とは言えまだまだ夜は寒い、もう少し着込んでくるべきだったかと思う……と。

 僕の目の前には、一人のクラスメイトが居た。黒い艶めいた髪にすらっとした肢体、そして自分の低身長がより際立つほどの高身長。男なら誰もが振り返る程の美貌を持つ彼女は、僕を見つけると駆け寄ってきた。

 

 「あっ、土屋くん」

 「山口さん……久しぶりって、ついさっきまで一緒に部活見学してたじゃん」

 

 山口雪姫(やまぐちゆき)、自己紹介一つでクラス全員を圧倒した迫力は微塵もなく、あるのはただただ微笑みの素敵な一般的な高校生女子の顔だった。

 

 「まあそうなんだけど……土屋くん、この辺に住んでるの?」

 「いや、2駅ほど離れたとこなんだけど……ここ便利だし、定期使えるからさ」

 「そうなんだ……私女子寮だから、この辺なんだよね」

 「女子寮ってこの辺なのか……すごい便利なんだね」

 「そうそう、いいとこに建ててくれたよね、ホント……あのさ、土屋くん」

 

 神妙な顔つきで、山口さんは僕の方を見つめる。

 

 「私の事……覚えてるかな?」

 「……そりゃあ、もう。大体一年ぶりかな」

 「吹奏楽……続けないの? 受験で忙しくて三年生のときはソロコン出てなかったみたいだけど、土屋くんの実力ならブランクなんてすぐに」

 「ちょっと待って」

 

 僕は彼女の言葉を遮った。おそらく彼女だけではないだろう、そう思っているのは。だからこそ言わなければならない。

 

 「別に受験で忙しいから出なかったわけじゃないよ。単純に出たくなかっただけだし、もう音楽をやる気はないんだ」

 「……勿体無いよ。私、土屋くんと同じ学校で、同じクラスで嬉しかったのに。一緒に音楽したかったのに……舞台裏で私感動して涙流してたんだよ、あんなに深い音を出せる人が中学にいるなんて」

 「ごめん……でも、買い被らないでほしい。山口さんが思っているほど僕は凄い人間なんかじゃない。もしかしたら昔は凄かったのかもしれないけど……今は……っ」

 

 何者かが必死で人の頭髪を引っ張っている。こんな時までやめてもらえないだろうか。こんな所で急に局地的に禿げたらどうしてくれるんだ。

 

 「……僕は音が苦になった、だから音楽から逃げ出したんだよ」

 「土屋くん……いつでも待ってるから、土屋くんなら多分、いや絶対入部出来ると思ってる」

 「……また明日学校で」

 

 瞳を潤ませ、彼女はぺこりとお辞儀をして帰っていった。僕は彼女が完全に視界から消えるのを確認すると、後頭部を壁に打ち付けた。声にならない呻きを上げる相棒をひっぺがすと、僕はぐちゃぐちゃにされた髪を整えた。

 

 『……何故なの。ご主人……今だって私の事、しっかり見えてるのに……』

 「……知るかよ。むしろなんで見えるんだ、僕みたいな人間が……」

 

 

 何故、未だに楽器に愛されているんだ。その言葉は、彼女の前で言葉にする事は出来なかった。

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