Unknown-Orchestra ~楽器に愛された者達~   作:羅月

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Ⅰ:Prelude in the Mist C

 [C]

 

 何のことは無い、僕はかつてどんな楽器の声も聴く事ができた。まだ自我の芽生えていない、あるいは自分自身を表現する言葉を知らない楽器でなければどんな楽器の気持ちも手に取るように理解できた。

 しかし、とある事情で僕は楽器の声が聞こえなくなる。大切な()相棒・クルルの声を除いて。それから、僕は楽器を演奏する事が出来なくなった。なぜかと訊かれれば、そんな下らない理由だったのだ。

 

 

 

 次の日。桜吹雪の舞う学園への並木道を、今日は二人で歩いていた。否、歩いているのは一人だけか。髪を撫ぜる心地よい南風に背中を軽く押されながら、僕は非常にいらっとした面持ちで歩を進める。

 

 『おおっ、おおおぅっ、おおおおおおおっ!!!!!! 祝・外出っ!!! 脱・ニーーーートっ!!!!!』

 『うるせぇ』

 

 エナメルの鞄の口から顔を出して、現在は手のひらに乗るくらいのミニサイズとなった幼女が目をキラキラさせている。こんな風に収納しているだけでもヤバいのに(一応他人には見えないはずだけど自分の心境としては中々辛い)、それと雑談に興じるなんて冗談じゃない。傍から見れば独り言を話す痛い奴だ。意識を集中させて最低限の命令を出し、すたすたと歩いていく。

 学校指定のエナメルの鞄はクラリネットが入っているせいで昨日よりもかなり重かった。一応依り代的な役割であるこれを持って来ないとクルルが学園までやって来れないのだ。これがあれば学校の周囲くらいなら彼女も自由に動き回れる。

 

 『やっぱり昨日の女の子の御陰なのん? ご主人はてっきり低脳低身長低収入の女子を金と権力で支配するのが好きだと思ってたのん』

 『何その三低。僕がロリコンみたいに言うんじゃない。あとそのしゃべり方止めろ。口調を戻せ』

 

 よほどの田舎でもない限り、彼女を知らない吹奏楽人はおそらく日本には存在しないだろう。金管女王、山口雪姫の異名がそれだ。彼女の出身校は全国的に吹奏楽で有名な中学校で、昨今の吹奏楽ブームにあやかって何度かテレビにも出た事がある。

 彼女は金管楽器全般を手足のように自在に操る。そんな中でも最も得意とするのはトランペットで、彼女がトップに立って演奏されたローマの祭り(オットリーノ・レスピーギ作曲)はテレビ画面越しでありながら鳥肌が立ったものだ。

 激しい曲だけでなく静かで優雅な曲も吹きこなし、一時期は『音楽に愛された女子中学生』と呼ばれていた、ような気もする。

 

 『ではでは、お昼時まで失礼するのね。色々楽しいものがありそうだし~』

 

 クルルは胸ポケットから飛び出すと、元の2,30cmの姿に戻った。そして背中の双翼をパタパタさせながら学園の中へと飛んでいく。大丈夫か彼女を放置して、とも思ったが、まあ誰にも見えないし聞こえないし大丈夫か、と考え直し僕は彼女を適当に送り出した。可愛くない子には身銭を与えず旅をさせよ。と言う事で去り行く背中に手を振り、また歩き出そうとすると。

 

 「何してんの?」

 「わわわっ!!!!?」

 

 後ろから不意に声をかけられ情けない叫びを洩らしてしまう僕だった。反射的に振り向くとそこには水無月さんが立っている。今日は肩まで伸びた長髪に×模様の髪留めを付けている。まさにこちらとしてはばつが悪い。

 

 「いや、遠くに知人が……」

 「ふーん……まあ良いけどさ、今日クラリネット持ってきてるよね」

 「何故それを……っ」

 

 クルルがエナメルの鞄の口を閉めていかなかったせいで鞄からはクラリネットのケースがチラ見えしていた。あの幼女後でシメてやる、そう心に誓ったがさし当たってはこの状況の回避のほうが先決と言えた。

 

 「どういう心境の変化?」

 「いや……(どうしよ)」

 

 色々な言い訳が頭の中を駆け巡っていたが、自持ちの楽器を持参してきて楽器吹かないというのはあまりにも怪しすぎる。

誰かに貸す、と言うのも怪しすぎるし、と言うかまだ殆どのクラスメイトと話していないのでそう言った嘘も付けない。こんなところでコミュ障が仇になるとは思わなんだ。大人しく真実をぶちまけられたら良いのだけれど、真実が時に虚構よりもタチが悪い事を僕は身を以て体感している。でなければ現代社会にまで『嘘も方便』などという都合のいい格言が継承されたりはしない。

 

 「……たまには楽器吹きたくなってさ。でもブランク長いから、聞かれると恥ずかしいんだけど」

 「だったらさ、放課後屋上行こうよ。入学前にこの学園のOGの先輩に聞いたんだけど、この学園屋上を開放してるんだって。そこでなら楽器吹いても大丈夫なんだってさ」

 

 目をキラキラさせて提案してくる彼女を見て、マリアナ海溝よりも深く落胆した。言い終わって何の切り替えしにもなっていないことが分かり酷く落ち込んでしまう。あまりコミュ障を追い詰めないでくれお願いだから。と言う事で少しばかりの抵抗を試みてみた。

 

 「でも、楽譜も何も無いよ?」

 「大丈夫だよ、楽譜なら何冊か図書館で貸し出してたから」

 「凄いなこの学園」

 「と言う事で、鍵は私が借りてくるから四時半くらいに行こうよ」

 「……分かった」

 「うんっ、じゃあまた教室で!」

 

 放課後と提示されたのだから放課後はちょっと用事がと断ることも出来たのだが、じゃあいつ吹くつもりだったのとか言われるだろうから結局回避不可能だろうと悟る。渋々了承せざるを得なかった僕の心中を知らない彼女は満面の笑みでぺこりとお辞儀をすると、玄関へと走っていった。

 そうか、彼女はフルート担当だったっけか……考えて止めた。確かにクラ・フルート二重奏の楽譜は鞄の中のUSB内にデータとして入っているが、そんなものをわざわざ持っていく必要は無かろうて。

 

 

 ……と言う事で昼休み。今朝の話が気になったので僕は図書館に来ていた。成る程、これは広い。話によると市内の図書館などとも本のやり取りを行っているらしく一般のお客様も入館を許可されているらしい。

 登校前に買っておいたパンを適当に平らげて来たので昼休みもまだ始まったばかりの時間帯だが、結構な人数がいた。机で大人しく本を読んでいる人も居れば友達と談笑している人達も居て様々だ、所々制服が違う生徒は中等部の子達だろう。

 と言うか中等部と隣接しているからと言って別館をわざわざ作る意味はあるのか。大学か。大学の図書館よく知らんけど。噂によると児童書は殆どおいていないらしい。

 

 『広いのね~……カリカリポリポリカリカリポリポリ』

 『うるせぇよ。図書館内での飲食は禁止されてんだけど』

 

 昨日買ってあげたポテトサラダっぽいものを細長く整形した後揚げたお菓子を人の頭上で食べるクルル、食べかすが頭に降り注いでくる。ちなみにまだ実証したことは無いが、彼女が触れている食べ物は他人には不可視だが彼女の手を離れた場合見えるようになるらしい。よく分からないけどそんな感じ。よって現在僕は頭上にポテト菓子の滓を付着させたいたい生徒と言うことになっている。何だろうこれ。僕が何をした。

 このまましていると痒くなりそうだったので、僕はゴミ箱の前で滓を払う。すると、肩をとんとんとたたかれた。

 

 「……可能なら、外で……」

 「あ……すみません……」

 

 眼鏡をかけた、数冊の小さな本を片手に積んだ白髪の少女。いかにも真面目そうな容姿の彼女におどおどした様子で諭されては従わざるを得ない。僕は外へ出ると近くの茂みで髪を払った。土に還る物だからかまわないだろう。

 元の場所に戻ると、その子はまだ同じ場所に立っていた。非常に申し訳なさそうな表情だ。俯いているので顔全体がよく見えるわけではないが。

 

 「あの……ごめん」

 「いや、僕こそ館内汚すとこだったし……」

 「……土屋、さん?」

 「え、ま、まあ……」

 

 何だか嫌な予感がする。僕自身彼女に会ったのは初めてのはずなのだが(入学時点でこの学園に殆ど知り合いが居なかったため)、彼女が自分を知っていると言うことはまた吹奏楽関連の話だろうか。自惚れている訳ではないが、明らかに才女と分かる女子達が吹奏楽部入れと強く迫ってくるここの所の星回りを鑑みるにそれは十分ありえそうな話だった。

 

 「……私、知ってる?」

 「……ごめん、分からない」

 「私……一応、同じクラス」

 「あ……あぁ」

 

 思い出したかもしれない。彼女の名前は金城蕾(かなしろつぼみ)、影が薄すぎて昨日の自己紹介では逆に印象に残っていた。と言っても今のやり取りを見てもらえばわかるとおり、即日忘れてしまったのだけど。

 とても白い肌に少しばかり猫背気味の背中、華奢な肢体は生粋の文学少女を思わせた。少なくともこの時間に此処に居るわけだし(前の時間は体育だったためおそらく彼女は着替えてそのまま此処に来たのだろう)。

 

 「……名前」

 「ん? 享佑だけど……」

 「……ごめん、違う。呼び方……」

 「あ、ああ……別に、特に変なあだ名はついてないけど」

 「……じゃあ、土屋君」

 「別に良いけど……ってか金城さん、手馴れてるみたいだけど入学前から此処結構来てたりする?」

 

 無言で、こくりと頷く彼女。何だろうこの子。僕自身割とコミュ障であることは自覚しているつもりだけど、さすがにこのレベルではないぞ。

 

 「寮、入って、多分毎日」

 「だったら、貸し出しとかってどうやるか教えてもらえる?」

 「……了解。でも、学生証で、すっと」

 

 彼女が持っていた本はまだ借りていない物だったらしく、近くの無人貸出し機に本を入れて学生証をカードリーダーに通すと、ピッと音が鳴った。これで終わりなのか、便利すぎる。

 

 「ありがとう、金城さん」

 「……どう、いたしまして」

 

 その後で更に何かを言いかけて、彼女は口をつぐむ。それじゃあ、と会釈し、彼女は図書館の奥へと消えていった。不思議な子だなぁ、と僕。それについては頭上の幼女も同意権だったようだ。だが。

 

 『あの子……こっちをちらちら見てきたような気がする……のね』

 『気のせいじゃないのか?』

 『だといい……わけないのね。むしろもっと私を見てくれる人が増えて欲しいのね』

 

 向こうからその話を振ってくることはないだろうな~とは思ったが、それはそれで今後彼女とどう接していこうか非常に悩ましい僕だった。だがまあそれはおいといてだ。此処に来た目的を果たさなければならない。

 館内図を見て、奥の更に奥の部屋へと移動し、真っ暗な部屋の明かりを点ける。埃と紙とインクのにおいが鼻をつく。その部屋は大体教室ひとつ分ぐらいの広さで、四方が巨大な棚で囲まれていた。

 そして眼に飛び込んできた『楽譜庫、許可の無い限り持出しを禁ず』の貼り紙。許可は取っていないため(担任に難癖をつけられて計画が頓挫した)今回は見るだけだが、まあそれでも……ね。

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