【急募】俺が同僚の前カノと普通に接する方法 作:タン塩レモンティー
翌朝、濃いインスタントコーヒーを飲むため給湯室に行くと、そこはまさに松ちゃんが友ちゃんを勧誘している最中だった。
「筒香さんや、珠莉さんも来るんだ!」
「楽しそうだね〜」
松ちゃんは、俺の姿を見て笑いながら、友ちゃんを必死で勧誘している。友ちゃんも俺の姿を認めにこっと笑いかけてくれる。ようやく元の友情状態まで復活できたかな? と俺はその笑顔を見て思う。
「友ちゃんも、バーベキュー来るんだ!」
俺もわざとらしく、会話に参加する。携帯を弄る友ちゃんをこっそり覗き込んでいたが、彼女はスケジュールを確認しハッとした顔になる。
何気なく見えた液晶画面に俺は、土曜日に何やらマークがついているのを気付く。嫌な予感。
「あっ。ゴメンその日ダメだ! 同窓会があるのを忘れていた」
「そっか、残念! でも次の機会誘うから!じゃね!」
松ちゃんはこっちに『ゴメン』口の形だけで謝り、給湯室から出て行った。
「是非是非! 今度また誘ってね〜」
友ちゃんは松ちゃんに手を振り、ふと俺の視線に気づいてか不思議そうに此方を見る。
「入江くん、なんか痩せた?」
確かに色々あった事で、適当な食事をするようになって痩せたかもしれない。というよりやつれただけ? でもそんな俺の変化に気付いてもらえた事が嬉しい。
「まあ、色々忙しかったからね〜」
「ダメだよ! 一人暮らしなんだから、自分でちゃんと管理しな!」
自分のマグカップと俺のマグカップを棚から出しながら、説教じみた事を言ってくる。多分、こういう言葉の言い回しは、彼女が慕う水無瀬さんの影響。
しかし水無瀬さんのようなキツさがない。他の女の子に言われたら五月蠅く感じる言葉も、友ちゃんの口から出ると、優しさと愛情を感じる。彼女の言葉が聞いている俺の心を温かくする。
「入江くんは、何飲むの?」
「何でもいいよ、友ちゃんがいれてくれるものなら」
調子良い俺の言葉に、目を細め呆れたように見つめてくる。でも、「まあいいか」といって笑う
「そんなジャパニーズサラリーマンに。とっておきなモノ出してあげよう!」
そして、しゃがまないと取れない床に近い棚の下段から青いココアの箱を取り出す。そこには珍しい茶パックとか、ミニコーヒードリップとかが置かれていて、このフロアの人間に密かに注目されているスポットである。皆コッソリそこから飲み物を取り出し、そしてコッソリ替わりに何かを置いていくことで、品揃えは日に日に豊富になっている。
友ちゃんは、青い袋をシャカシャカ俺の前で振り、自慢げに笑う。
「これ、単なるココアと思わないでね!」
しかし、パッケージにはココアの袋であることを記してある。何故か二つの袋を俺の前で振る。
「なら、その友ちゃんの愛をいただこうかな」
思わず、下らない事を言う俺に友ちゃんは、ちょっと冷たい目をする。それでも、普通にココアを作り、それを俺の為に入れてくれた。席に戻り、マグカップの上にココアを俺は馬鹿みたいにニヤけて飲んでいたと思う。
ポケットのスマホが震える。松ちゃんからのSNSだった。
『バーベキューは残念だったね、でも友ちゃんに「最近入江くんが元気ないから、みんなで元気つけてあげないとね」と振っておいたの! 私のナイスアシストに感謝しな!』
ついでに親指を上げたスタンプも添付されていた。このココアは彼女なりの俺へのエールなのか。でも最高のエールだ。実に甘ったるいココアが俺にパワーを与え、元気にしてくれた。
そして久しぶりに俺は幸福感に浸っていた。ちょっと先に、脅威が迫っている事など思いもせずに……。
多摩川のバーベキュー、友ちゃんが欠席の段階で、もう俺も行かなくて良いのかと思ったら、しっかり頭数にいれられていたようだ。
松ちゃんの彼氏の大学時代のサークル仲間が中心で行われたバーベキューは旨かったが、いろんな意味で寒い。水無瀬さんと製版部の筒香さん、松ちゃんとその彼氏のように、そこにいる女性全員が恋人もしくは旦那と一緒。あぶれているのは男だけ、というなんとも微妙な状況が吹きすさむ寒風の様だ。
しかもそのあぶれている野郎どもは、『一人フリーの女の子が来てくれるとか言ってなかった?』とか抜かしてる。
「来てもあんたらには渡さないよ。私が認めた男しか交際は許さないから」
水無瀬さんが、何故か俺の方まで見てそんな事言ってくる。何ですか、そのオヤジみたいな宣言は。お酒を渡しながら、水無瀬さんに冗談っぽく聞いて見る。
「じゃあ、この俺が友ちゃんの恋人として立候補したら、水無瀬さん反対するんですか?」
水無瀬さんはちょっと悩んだようだが、意地悪な笑みを浮かべる。
「当たり前よ、アンタみたいな女癖の悪い男に、可愛い娘をやれないわよ!」
この時は、『ひどいですよ、それは!』と戯けた感じで嘆いてみせたが、実はこれが社内における俺の一般的な評価だというのが、その後の生活でよく分かった。
俺は今度こそ心改めて、脇目もふらず友ちゃんと向き合おうと心に誓い、行動はしていた。それなりに社内で評判の良い友ちゃんが、社内恋愛をしないまでも、男性社員が積極的に近づいてこなかったのかが良く分かった。
彼女の周りにはうざい存在が多すぎる。
友ちゃんの誰に対しても裏表のない態度と明るい笑顔が、社内のオヤジにとてもモテる。正確に言うと可愛がられている。
そりゃそうだろう、家でも会社でも煙たがれているようなオヤジが、こんな若い女の子に親愛に満ちた笑顔を向けられたら、愛しさも増すというものである。
そいつらが先日、水無瀬さんと似たような事を公言し、俺と彼女が話している最中でも『こんな男なんかに引っ掛かるなよ!』という感じの事を友ちゃんに忠告してきたりする。
その言葉に友ちゃんはいつも、クスクス笑いながら『大丈夫ですよ!』といった感じの言葉を答える。その『大丈夫』って、どんな意味のか、そこは突き詰めて聞いてみたい所だ。
そういった、自称父親軍団に内心ゲンナリしながら、エレベーター待ちしていたら、水無瀬さんも本社へ用事があるようで隣に立つ。そして俺を見て、ニヤリと笑う。この人は、睨んできても、笑いかけてきても俺にとって良い事があった試しがない。
「そういえばね、友ちゃん」
唐突に話しかけてくる言葉に、俺は思わず彼女を注視する。
「今週末、なんかデートするみたいよ!」
「え! 誰と?」
俺は虐められるだけなので、あまり会話をしたくなかったけど、これは聞き流すわけにもいかなかった。
水無瀬さんは肩をすくめ、開いたエレベーターにさっさと乗り込み、俺が乗ってないのに閉めようとしてくる。別に本気で閉め出すつもりはなく、俺の反応を見て楽しんでいるだけのようだ。
「さあ、なんか幼なじみとか言ってたかな? 同窓会で意気投合して、とかいう感じじゃないの?」
「ふーん、彼女もとうとうそういう行動するようになったんだ」
『どうだ! 傷ついただろ!』と言わんばかりの水無瀬さんの輝いた目に、俺はあえて耐え平静を装う。彼女は猫のような目を細め、そんな俺の姿を見つめてくる。此方の穏やかではない心の内はしっかり見透かされているようだ。
彼女は満足げに、俺を置いて颯爽と本社へと歩いて行った。
いかがだったでしょうか。