【急募】俺が同僚の前カノと普通に接する方法 作:タン塩レモンティー
空は青く、風は白く、大地は青々。そんな季節の変わり目を感じさせる気候。
「遅いぞ」
「うるせぇ」
悪友が俺に抜かしやがったので、軽口を返す。
「あの水色のブラウスを着ている子、……お前が連れてきた子か?」
「ご名答」
悪友の指さす先……待ち合わせ場所の改札口近くに、淡い水色の半袖のブラウスを着た女性の姿があった。明るめの茶色のミニバッグを持っている。爽やかな雰囲気だ。
「はじめまして、大橋です」
「俺は入江。よろしく」
彼女は深々とお辞儀する。俺もそれに返す形でお辞儀する。
「ちなみに彼女、お前と同じ会社に勤めてる」
「知らなかった」
「おいおい」
「あのな、同じ会社だからって知り合いとは限らないだろ」
「まぁな。……ところでどうだ? 大橋は」
「まぁいいんじゃないの」
大橋が一歩俺に近づいてくる。俯き気味なのが気になるが、それでも可愛らしい部類には入る。
「そのブラウス、よく似合ってるよ。水色だから爽やかな感じもするし」
「ありがとうございます」
そこまで派手な服装でもないのに、心なしか男女問わず彼女の方を見る人が多い。
「皆さんが見つめているのは、きっと貴方のほうかと」
「そう?」
大橋はそう言ったが、絵になるなと素直に思えるほど、今の彼女はとても美しく思える。あとは自信が持てればね。
「じゃ、行くか」
「出発進行! ナスのおしんこー!」
「はいはい、春日部春日部」
悪友は今日も元気だな。大橋は眉をハの字にしている。そんな2人を見てか、大橋に対しては近くにいる人達が癒されている。
今日、俺たちが向かうのは横浜ブルースタジアム。プロ野球セリーグの横浜ブルースの試合を見るためだ。
ブルースタジアム方面に向かう電車が定刻通りに到着し、俺達はそれに乗車する。幸運にも、3人並んで座れる場所が空いていたので座ることにした。
スマホで調べると、この電車はおよそ15分で関内(スタジアム前)駅に到着する予定になっている。
「あっ、ブルーストレインだ」
「京浜線全体で一本しか走ってないんだ!」
なんでも、今乗っているのが横浜ブルース広告編成らしい。はしゃいでいる大橋とそれにつられてテンションが上がる悪友。こいつもこの癖がなきゃイケメンでモテるのになぁ。
「お前はどうなんだよ」
「うるせぇわ。でも、ワクワクはしてくるな」
「そういえば、入江さんはブルースタジアムには行ったことありますか?」
「あるよ。何回か。大橋さんは初めて?」
「はい。近くなのに来たことなくて」
大橋はなんだか力の抜けそうな笑みで返す。そうこうしているうちに電車は関内(スタジアム前)駅に到着。ブルース球団歌の発車メロディーが流れると、胸が高鳴る。海の方からほのかに吹き込む風が心地よい。
「なんかわくわくさせてくれる曲ですね」
「ああ、この駅で使われているんだ」
悪友がまた語り出したので、俺はさりげなく止める。
「そういや、チケットは持ってるんだろうな」
「持ってないから早めに来た」
おいおい胸反らしながらドヤ顔で言うなよ。間違ってはないが、大橋が不安になるじゃないか。
「けど、ちゃんとチケット買えますか? できれば、3人並んで見たいけど」
大橋、不安がっているな。せっかく一緒に来たんだから、3人一緒に座って試合を楽しみたいよな。
「きっと大丈夫だよ、沙織ちゃん」
「あなたの『大丈夫』はあてにならないでしょ」
「スマホで席の情報を確認しているけど、3席以上連続で空いている場所はまだある」
逐一、俺はスマホで座席状況を確認しているけど、3席以上空いている場所はわずかながらある。
「大橋さんの言うように大丈夫だと思うよ」
「ならよかったです」
大橋は胸をなでおろしたのか笑みを見せる。券売機がいくつも設置されているからか、列の進みは早い。
そして、座席にたどり着いてブルースの試合を見始めると『ジャガース3–ブルース0』のスコア表示。対戦相手の京阪神ジャガースに先制点が入っていて、出鼻を挫かれた気がしてしまった。
「まーたいつもの展開か」
悪友がぼやく。ブルースタジアムでの京阪神ジャガースは、水を得た魚と言っても過言じゃない。どちらがホームチームか分からないほどくらい強い。
「落ち着いてよぉ」
「けどよぉ」
「にしても、暑くなってきたな」
汗をぬぐいながら言う。
「じゃあ、何か食べ物買ってくるよ」
悪友が促したので、適当に見繕ってほしいと言ってから見送る。
「相手の投げる人、すごいですね」
大橋がジャガースのサイドスロー投手を示しながら話しかける。
「確かに、あれを打つのはプロでも難しいだろうな。野球詳しいの?」
「いいえ、腐れ縁からさんざん吹き込まれた耳年増ですよ」
さっきと同じようなふんわりした笑みで返す大橋。この娘、今までのタイプとは違うな。
そしていつしか、歓声がため息に変わっていた。
「なんで打てないか分かった」
「どうしてですか?」
「あそこに答えが出ているんだ。ほら」
俺はそう言って球速表示を指差した。この位置からだと見辛いが、155km/hと出ている。サイドスローで155キロ。それに、たまにあるシュート回転の失投も見受けられない。
「それにしても暑いですね」
「ええ」
大橋が手で空気を扇いで風を招いている。うっすらと浮かぶ汗。意識的でない分、より煽情的な立ち居振る舞いだ。
「こっちは汗どころじゃねえ」
「あれ、戻ってたの」
汗をぬぐいつつ悪友も戻って来た、ようだが。
「お前、その体」
「こぼれたビールを浴びちまったぜ。でも、食べ物は無事だ」
「大橋さん、濡れてない?」
「私は大丈夫です」
そう言いながら、俺は大橋の体を隅々まで拭く。
「ねぇ、俺は?」
「ご愁傷様」
俺と大橋の無表情突っ込みに笑って応える悪友。
そうして球場グルメや野球談議を楽しんでいると試合は終盤に差し掛かっていた。8回表終了時点で8-0と敗戦濃厚ムードが漂う中、悪友が切り出した。
「試合は負けそうだけど楽しかったな」
「まだですよ。諦めたらそこで試合終了ですよ!」
「バスケマンガかい」
鼻息を荒くした彼女に俺は突っ込んだが、ここから試合が劇的に動く。8回から変わったジャガース投手陣の大乱調に乗じて3連続四球や押し出し、連続タイムリーヒットなどでブルースが追い上げる。俺たちも周りの盛り上がりにつられて得点が入るたびにハイタッチをしまくっていた。
その後、9回表はブルースの抑え投手が三者凡退に抑え、試合は1点ビハインドで9回裏を迎える。
「ここで一発出ればいいんだけどなぁ……」
悪友がそう呟く。そんなにうまくいくのだろうか。今の状況は、ワンアウトランナー無し。
「そうなればすごいですよね」
大橋は落ち着かせるように俺の手を握りながらそう言った。周りの観客もボルテージ最高潮。
次の瞬間……。スタジアムは大歓声に変わった。
「よし行けぇ!」
打球はどんどんセンターへ伸びていき……、そのままスタンドインした。
「おおっ、入った!」
「よっしゃあ! 同点!」
悪友のテンションは最高潮に達した。大橋と俺も喜んでいる。得点のテーマソングが響き渡る。
しかし、ブルースの反撃もここまで。結局、規定により引き分けた。
「じゃあ、もう1点入っていれば勝ったんですね!」
「まあね。でも8点リードされている状態から同点に追いついただけでもすごいから」
「周りの様子を見ても、そんな感じはしましたけどね」
興奮冷めやらぬ帰り道、俺と大橋が話していると、悪友が爆弾をぶっこみやがった。
「そういうことで、結婚式には呼んでくれ」
「いや、なんでいきなり結婚の話になってんだよ!」
「だってお前、彼女、いや沙織、とすごくいい雰囲気だったぞ。あいつ、おっとり気味だから心配してたんだ」
そして、悪友が続けてこう言った。
「まったく……。これだけは言わせてくれ」
「何だよ……」
彼には似合わない真面目な顔を見せて話し始めた。
「自分に素直に生きろ」
「自分に素直に……か」
この悪友は普段おちゃらけてるくせに、真面目な時はホント真面目。持つべきものは友達。
「入江さん、今日は楽しかったです!」
大橋が深々としたお辞儀をする。
「こっちもだよ」
「じゃあな」
「おう」
俺は大橋と悪友と別れた。『楽しかった』が社交辞令じゃないといいな。
……あ、大橋がこけた。
(ハンカチがない)
俺もこけた、色々と。なーんてキザったらしいことを思い浮かべる。
なんだかんだで充実した時間を過ごせた俺は、満員の電車に乗って横浜を後にした。なお、若干ビールの臭いを漂わせていた模様。
いかがだったでしょうか。
作中の『横浜ブルース』ですが、名前以外はほぼあのチームです。