【急募】俺が同僚の前カノと普通に接する方法 作:タン塩レモンティー
時は流れて四月末、まだ彼女が居ないということで、俺は性懲りもなく友ちゃんを遊びに誘う。
しかし、日曜日にも先約があったようだ。彼女はちょっと悩んだ顔をして、大橋沙織に声をかける。
「沙織ちゃん、野球さ、入江くんも一緒でも良い?」
大橋は戸惑う顔をしたが、すぐにニコリと笑う。だんだん友ちゃんっぽい笑顔が自然になってきている。
「はい!」
大橋に、ちょっと悪かったかな? と思う。せっかくの休みなのに、よりにもよって同じ課の人と出かけたくはなかっただろう。
「じゃ、そういうことで!」
友ちゃんは妙に嬉しそうに、俺達に手を振って去っていく。
「ごめん、なんか俺、邪魔だった?」
大橋に謝るが、彼女はびっくりした顔をして首を振る。
「どうしてですか? 三人で遊ぶって楽しいじゃないですか、今からワクワクしてるんですよ! 入江さんとずっと行きたいと思っていましたし」
大橋は微笑んでいる。社交辞令ではなく。本当に嬉しそうな彼女の様子に胸をなでおろす。この時から、野球はこの三人で観るのが当たり前になった。
「よっしゃあ!逆転だぁ!よくやったぞ!」
大橋のテンションは最高潮に達している。意外な一面を見たようだ。
正直言うと、行く前までは大橋を邪魔に感じていた。でも正直、彼女の存在はかなり助かる。
友ちゃんに対して、かなり複雑な感情を持っている俺が、二人きりでいるのは嬉しい反面、苦しいというのも確か。ついうっかり気持ちをぶちまけて、この関係すら壊してしまう危険も高い。
大橋の穏やかさが、三人の空間をよりまったりと平和なものにしてくれた。
そんな穏やかな三人の関係が少し続くが、唐突に終焉を迎えることになる。
いつものように、三人で野球を観てから喫茶店で談義を楽しんでいた、そして今度、どんな戦術に注目して観るべきかと話していると、友ちゃんはちょっと困った顔をする。
「私は暫く忙しくなるから、野球一緒に観に行けなくなりそうなの。だから二人で決めて」
「え?」
ショックを受けたような顔の大橋。そんな彼女に友ちゃんはふわりと微笑む。
「実は、私……結婚することになったの。……で、その準備で色々バタバタしそうで」
大橋は驚きつつも、友ちゃんの手を握って瞳を嬉しそうに輝かせる。
「そうだったんですか。おめでとうございます! いつの間に、そんなに!」
照れたように笑う友ちゃん。そしてそんな友ちゃんに、彼女らしくなくテンション高く色々質問をしている大橋。二人がこの時に俺の方を見ていなくて良かった。凄い顔になっていたと思うから。あまりの衝撃に息をするのを忘れる。
震えた手でテーブルの上の水を飲む。俺は二人に気付かれないように小さく深呼吸する。
「おめでと! 俺の知らない所で、そんな話進めているなんて、隅に置けないな〜俺にも教えてよ! その相手の事」
俺は努めて明るく、その会話に加わることにする。完璧な失恋に、もう笑うしかない。営業としてのスキルがこんな事にも役に立つなんて。俺は、必死で笑顔を作り、いつもの陽気な俺を演じる。
「小学校の同級生なんだけど、去年の同窓会で友達になって」
俺は徐に頷き先を促す。
「で、共通の趣味で仲良くなって、今年の三月に付き合うことにして、まあ、今に至るという感じかな〜」
思った以上に最近である三月という数字に引っかかりを覚える。だが友ちゃんがその前から、そいつに恋してたのは確実だから、どのみち俺の出る幕なんてなかった。
「で、そいつの何処にそんなに惚れたの?」
自分が傷つくのが分かっていても、ここは聞きたかった。単なる結婚する友達への質問にしては詰問口調になったのを、内心不味かったかなとも思う。
友ちゃんは、うーんと考える。
「その人に会って、面白いと思えるものが増えて、世界が楽しくなったの。それにその人とだったら、背伸びしないで自由なありのままの自分でいれるという感じかな」
友ちゃんは、照れたように笑う。
俺はその言葉にズキンと心が痛くなる。俺は友ちゃんからどう見えるか? どうやったら振り向いて貰えるのかだけを気にして接してきた。彼女の存在に助けられてこの会社に入社して、そして社会人として成長も出来たというのに、俺は彼女に与えられてばかりで何を返したのだろうか?
「うわ〜、友ちゃんがそんな惚気るとは、ビックリ! こっちが照れ臭くなる。そう思わない?」
俺はあえて明るく茶化した言い方をして、大橋に話をふる。大橋は照れるなんて事ないらしく、目をキラキラさせている。大橋も友ちゃん以上に幸せそうな笑顔だ。尊敬する先輩の幸福が嬉しくて堪らないという感じなのだろう。そりゃそうだろう、俺もこれが友ちゃん相手じゃなければ、素直に祝福して喜んだ。
「言わせたのは、入江くんでしょ!」
友ちゃんはむくれたような顔をする。顔が赤い。
「そいつは、友ちゃんにとって、スッゴイ大事な人という感じが、いいね……なんか。じゃ……俺は友ちゃんにとってどんな存在?」
我ながら、自虐的だと思うけど、今しか聞けない。友ちゃんは、別に不快そうな顔も、馬鹿にしたような顔もしないで、真面目に俺の質問を考えているようだ。
『良い友達!』なんて言われると、正直痛い。
「うーん、一番近い言葉で言うなら、戦友って感じかな」
思いもしない言葉で物事を表現してくるのが、友ちゃんという人物。俺は意外な言葉に思わず聞き返してしまった。
「へ? 戦友?」
友ちゃんはアッケラカンと笑い頷く。
「ほら! 一緒に就職戦線乗り越えた仲だし、その後社会人になって大変な時期も一緒に励ましあって戦ったという感じでしょ?」
なんだろう、単なる『友達』という言葉より嬉しかった。可笑しいけど、俺を激しく落ち込ませているのも友ちゃんだけど、その友ちゃんの言葉に救われている。俺はつい、頬が緩む。なんか嬉しかった。
「相変わらず、友ちゃんって、上手い事いうよね!」
俺は頷くと、友ちゃんは『でしょ?』とニコっと笑う。
「なんか、いいですね、そう言いあえる関係って」
大橋が俺達二人を見て、ボソっとつぶやく。そういえば、大橋の代は、俺達の代と違って最初からバラバラな所があった。
「沙織ちゃんも、そうだよ! 一緒に社会で戦っている友でしょ?」
友ちゃんはニコっと、寂しそうにしている大橋に語ってから、俺を見て『ね?』と聞いてくる。俺は、素直にその言葉に頷いて、そして大橋にも笑いかける。すると彼女はパっと顔を輝かせて微笑んだ。
「ま、戦友として、俺達二人で友ちゃんの結婚、祝って、精一杯応援するから、何でも言って! 出来る事ならなんでもするから」
大橋は俺の言葉にウンウンと頷く。友ちゃんは、今までで最高に嬉しそうで素敵な笑顔を俺に返してくれた。
失恋の痛手から流石に、新しい恋をする元気も有るはずもない。横目で、結婚へ笑顔で向かっていく友ちゃんの様子を窺いながら……。
出会った時から、真っ直ぐ彼女だけを見てアタックしていたら、彼女は俺のモノになっていた?
今、何を言っても始まらない。全ては終わってしまった事だから。
俺は大きくため息をつく。
二次会の幹事を率先して引き受けたのは、俺から友ちゃんへの想いを込めたエールを送りたかったからと、自分の手で結末を飾りたかったから。
友ちゃんが抜けることで、野球を観に行くメンバーは俺と大橋と二人だけとなる。友ちゃんの結婚による大失恋は、俺としてもかなりキツイ状態だった。それだけに、穏やかに隣でいてくれる大橋という存在に救われた。
周りをしっかり把握した上で気遣いをみせて穏やかな空気を作る友ちゃんとは異なり、大橋はほんわかしていて、暢気な性格で、そしてドジ。仕事においては、苛つく所もあるが、その鈍感な所が、今の俺には心地良いものがあった。
俺は、その大橋の優しさにしばらく甘えてしまった。
いかがだったでしょうか。