時間は進む。何があろうと
トウカイテイオー編です
想いと願いと
有馬記念への出走が上層部やスポンサーにより決まったトウカイテイオーだったが
「え?トレーナーが変わるの?
どうしてさ!」
「彼の指導では、有馬記念に勝てないと判断したからだ」
トレーナーの変更
それはトウカイテイオーからすれば、納得のいくものではなかった
確かに先のレースでは負けた
だが、トレーナーは少なくともここに来てからのトウカイテイオーの面倒を見てくれていた
更に言えば、トウカイテイオーの我儘も聞いてくれたし、テイオーからすれば此処では一番あてにできる人物だったのだ
それが大事な有馬記念の目前で辞めるなど、テイオーからしたら認められる筈もなかった
しかしである。テイオーがどう思うかなど彼等からすれば考慮に値しない。テイオーは勝てば良い
その為の環境は整える。しかしトウカイテイオーの為ではない。あくまでも彼等の望む結果の為に、だ
テイオーの抗議は結局無駄となった
しかし、新しいトレーナーは数字のみに拘る人間であり、テイオーなど見てもいなかった
効率の良いトレーニング。科学的理論に基づく食事
常に理論や効率こそが新しいトレーナーの指標であった
そして、12月に入ると更にトレーニングの量と質が増えることになった
だが、この頃からテイオーは自身の身体に違和感をおぼえはじめていた
だが、それをトレーナーに言っても、「検査すればそれだけ時間が減る。そうなれば、トレーニングと休息のバランスが崩れる」と取り合いもしなかった
しかし、その日の晩の事であった
「テイオー、起きろ!」
「だ、誰ぇ?」
テイオーが眠っていると誰かが声をかけてきているのがわかった
どこか懐かしい
そんな声だった
「って、トレーナーァッ!」
「静かにしなさいな」
目を覚ましたテイオーは驚いた
何せそこに居たのは、テイオーの信頼するトレーナーとサイレンススズカの元トレーナーの女性だったのだから
「とにかく、逃げるぞ!」
「急がないと、手遅れになるわね」
「え?え、え?」
焦る2人に困惑するテイオー
テイオーを連れて逃げたテイオーの元トレーナーとスズカの元トレーナー
彼等がこんな暴挙に出たのには、当然理由があった
元トレーナーがテイオーの有馬記念出走に同意しなかったのは、テイオーの身体にかかる負担を考えての事であった
トウカイテイオーはそこまで身体的に強靭ではない。勿論、だからといってレースに勝てない訳ではないのだが
問題なのは、テイオーが移籍してからのレースのペースであった
ひと月に二度は当たり前。下手すれば三度ということもあった
言うまでもなく、トウカイテイオーという優秀なウマ娘を『利用』して賞金を荒稼ぎする為にトレーナーの上司が指示したものだった
それに加えての日常的に行なわれる過酷なトレーニングはテイオーの体を徐々に、だが確実に蝕んでいった
それこそテイオーがカブラヤオー指導の
『限界?超えてなんぼ』
という頭のおかしいレベルのトレーニングをそれなりにこなしていたからこそ、この程度で済んでいたのである
であればこそ、ギリギリとはいえトウカイテイオーが問題なく過ごせていたわけでもあるのだが
言うまでもない事であるが、カブラヤオー主導のステキなトレーニングはフィジカル、メンタルのケアは勿論。アグネスタキオンとエアシャガール両名による入念な体調管理体制があって、初めて成り立つものである
エアシャガールについては、彼女の先輩であるミスターシービーにより動員された訳であるが、まぁ誤差の範囲であろう
閑話休題
つまり、いつ怪我してもおかしくない
言ってしまえば、テイオーはそんな薄氷の上で堪えていたのである
元トレーナーはそれを知っていたからこそ、有馬記念出走という暴挙に反対した。トウカイテイオーというウマ娘を失わせるには、有馬記念だとしても、彼女の選手生命と釣り合う筈もない。
そう思っていた
確かに彼はトレーナーとしての資質も信念もトレセン学園のトレーナーに比べたら、落ちるだろう
真っ当な考え方でもなかったかも、知らない
だが『教える側も教えている側から教えられる』のが教育というものだ
テイオーに関わる内に、彼も少しずつ変化していったのである
だが、その判断をよしとしなかった者達によりトレーナーは外されたのだ
その後、彼は暫くの間は監視のもとに置かれていたのだが、有馬記念が迫る中で監視の目が緩んだ事。スズカの元トレーナーが彼の脱走とテイオーを助ける事に協力した事によりこの様な形となった
だが、
『緊急!緊急!
トウカイテイオーの部屋に対象は居らず!
繰り返す!対象は居らず!
館内全職員はトウカイテイオーを捜索せよ!』
あちらとて逃すつもりはない様だった
「っち、手回しの良いことだな!」
「こっちよ!!」
「いや、そっちは行き止まりじゃ?」
「つべこべ言わずにさっさとなさい!!」
「お、おぅ」
「う、うん。わかった」
彼女が初めてサブトレーナーとして関わった頃のトップジローはかなりの問題児であった
口も態度も悪いし、納得していなければ、指示も聞かない
トレーナーの指示しか聞く気のないウマ娘であった
しかし、彼女も新人でサブとはいえ、トレーナーである
悩みに悩んでいた
だが、ある時
ふとした事で、トップジローは彼女の地雷を見事に踏み抜いてしまう
それにより、彼女が学生時代から抑えていた彼女の『地』の部分が顔を出してきたのである
その結果が、時を超えて現在、トウカイテイオーとその元トレーナーを怯えさせていたのだから、何があるのかわからない
なお、当時のトップジローとそのトレーナーは腹を抱えて爆笑していた模様
「だから、行き止まりじゃ」
明らかに行き止まりの場所に着いた3人
「ここに来るまでに駐車場へ行くルートがあったでしょ?」
「う、うん」
「あの分岐点と駐車場の監視カメラはダミーよ
だから、こういう小細工が出来るのよ、ねっ!!」
スズカの元トレーナーがおもむろに、廊下の端を踏むと
「え!」
「いや、アンタ何やってんのさ?」
テイオーは素直に驚き、トレーナーは呆れ返ってしまう
それもそのはず
「まぁ、色々とあるのよ。色々とね」
廊下の端の床板が回転し、その下に通路があったのだ
しかも、明らかに建物が出来てから作った事がわかる様なものである
「トレーナー大丈夫なの?」
「狭いが、何とかな」
「あまり悠長にしてはいられないわよ?
多分時間が経てば見つかるでしょうしね」
3人は匍匐前進で抜け道を通っていた
成人男性であるトレーナーは元より、成人女性のスズカの元トレーナー。小柄であるトウカイテイオーでも普通には通れない程、通路は狭かったのだ
「大丈夫かなぁ?」
「さてな?
とりあえ、ずは行くしかないだろう?」
「貴方達、少し静かに!」
「何だ、この通路は!まさか、ここから逃げたのか?」
「お前達は敷地内をもう一度捜せ!俺はこの通路を使って奴らを捜す!行け!」
との声が少しだけ聞こえた
「(急ぐわよ。あと少しで通路を抜けれるわ)」
「やれやれ、この歳になって大冒険は堪えるなぁ」
「でも、楽しかったよねトレーナー」
「あらあら、トウカイテイオーは元気ねぇ」
彼等は通路から抜けた先にあった元トレーナーの車で、とある牧場の跡地に来ていた
あの事業所から県を四つも越えている
早々見つかる事はないだろうと判断して良いだろう
「でも、何でここなのさ?」
「何でだろうなぁ?」
トレーナーは元トレーナーの指示通りに車をここまで運転しただけである
「ここにはトレーニング器具があるのよ
ウマ娘用のが、ね」
「だが、有馬記念には出れないだろう
一応は事業所所属なんだが、テイオーは」
「トレーニング出来るの?」
元トレーナーがトレーニングの為の器具を奥から出してきたのを見て、トレーナーは顔を顰めた
一方でトウカイテイオーは嬉しそうだったが
「別に有馬記念でなくても良いじゃないの
有馬記念だけがレースというわけでもないでしょ?」
「そりゃそうだがな
それでもテイオーの所属問題があるだろうに」
「大丈夫よ
あそこの経営はトウカイテイオーによって支えられていた。比喩抜きで、ね」
「マジかよ」
実のところ
事業所の金回りは決して良くなかった
何せ育てるべきウマ娘の絶対数が少ない上に、ウマ娘がいたとしても、レースを一つでも多く走らせ、入賞させる為に過酷なトレーニングを強いる
休息も充分とはいえない様な劣悪な環境で、マトモな成果を残せるウマ娘が果たしてどれだけいるというのか?
当然の様に再起不能になるウマ娘が続出した
しかし、再起不能になったウマ娘とて迂闊に世間に出せないから、事業所内に置くほかない
当然、そこにも経費がかかる。更にウマ娘の流行りに上手く乗れたと思っている一部の役員は、プライベートの別荘を経費で購入する
いうまでも無いが、ウマ娘は成人男性に比べても、大量の食料を必要とする。
再起不能になった彼女達に不満を抱かせれば、最悪トレセン学園に連絡される恐れもあった
そうなれば、何もかもが水の泡である
だから、そこは手を抜けない
徐々に事業所の運営資金も圧迫されていった
その様な中でのトウカイテイオーである
彼女はすぐにデビュー戦を鮮やかな勝利で飾ると、当然の様に様々なレースを走り、1着を取り始めた
経営サイドからすれば、テイオーの稼ぐレースの賞金こそ、事業所の生命線であったのだ
だが、鮮やかに勝ち続けるテイオーを見た役員の一部は懲りることなく、自分達の為に使い込みを始めた
だから、テイオーの稼いだ賞金額に比べ、事業所が蓄えている資金は圧倒的に少ないのであった
それ故の有馬記念出走である
有馬記念は他のレースに比べても獲得賞金が多いからだ
その様な事情を聞いたトレーナーは
「じゃあ、ヤバくねえか」
「やばいでしょうね
まぁ、私が言えた話でも無いけれど、ウマ娘を食い物にしている輩に同情する気は起きないわね」
「ほんとだよ」
顔が引き攣るトレーナーとさらっと流す元トレーナー。
テイオーは元トレーナーがスズカの担当を外された経緯を知っている為に、微妙な表情であった
だが、このトウカイテイオー脱走は彼等が思う以上の大事になっていた
特にトウカイテイオーを移籍させたトレセン学園側の怒りは凄まじいものがあった
「憤慨っ!何故トウカイテイオーがそちらの施設にいないのかっ!」
「そ、それは現在調査中でして」
理事長室では秋川やよい、駿川たづな、シンボリルドルフにエアグルーヴ。事業所側からは交渉役の男性が一人来ていた
「そもそも、何故トウカイテイオーがいなくなったのですか?
そちらの体制に問題がある様にしかみえませんが」
「い、いや、その」
トレセン学園側は事業所への立ち入りを求めている
当然だろう。直接的な関連性はなかろうと、ウマ娘とトレーナーの教育機関である事業所で、この様な不祥事が起きたとなれば流石に看過し得ない
『ウマ娘ならびトレーナー関連』の施設等においては、トレセン学園は絶大な影響力を持つ
『独占禁止法』に抵触するとの政府内でも意見はあったが、政府は最終的に特例措置として、トレセン学園に対し同事業に対する監査、監督を要請する事になったのだから
これは単に秋川やよいという人物が長い時間をかけて、トレセン学園のみならず、ウマ娘とトレーナーの教育機関の設立に尽力した。その事に対する政府なりの感謝の形であった
また、秋川理事長ならば不正に与することがないだろうという、信頼の形でもある
つまり、秋川理事長は事業所がウマ娘やトレーナーの育成に対して不誠実な組織や組織運営が発覚した場合、運営停止の措置を政府に申請出来る
『ウマ娘、トレーナー関連事業民間責任者』の肩書きは伊達ではないのだ
もっとも、それを知るのはやよいと秋川本家の当主と政府関係者。そして秘書の駿川たづなだけであったが
彼等は表沙汰になる事を極端に恐れたのだ。少なくとも、何らかのペナルティが課せられるのは明白だから
「こちらとしても、そこまでするのは甚だ不本意です
しかし、聞くところによると、そちらの事業所に対して妙な資金の動きがあるとも聞きますが?」
「いや、その」
ルドルフとしても、この様な事を話すのは不本意だ。だが、最近になって事業所に対して某企業から資金の融通があったとの連絡があった
スポンサーならば、問題にならない
だが、『トレセン学園関連法』にはこうある
トレセン学園並び、育成機関に対し資金、その他の供出をもって方針に影響を与えてはならない。また、自身やその周辺への利益誘導、これにあたる行為の全てを禁ずる。
そして、その企業は『トウカイテイオーの有馬記念出走』を望んでいたとも
資金難の事業所に資金援助する際に希望を伝える。つまり、「資金出すからトウカイテイオーの有馬記念宜しく」と聞こえよう
そのつもりがあろうが、なかろうが
「経営や施設の運営に問題がないのであれば、何故こちらの訪問を今まで受けようとなさらなかったのですか?
加えて、聞くところによると、政府の視察も正式稼働してからは一度も受け入れていないとか」
「いや、その様な事は」
事業所の交渉役は汗がダラダラだった
既に12月の上旬、この部屋はそこまで暖房を入れていないにも関わらず
「無念っ!
たづな。直ぐに事業所の立ち入りを政府に連絡せよっ!」
話にならないと判断したやよいはトレセン学園理事長の権限に則り、行動する事にした
「あ、秋川理事長っ!」
狼狽する男を尻目に
「残念ですが、どうやら話し合いにならなかった様です」
「その様ですね。では、私とブライアンが外まで送りましょう」
それから僅か2日後には事業所に立ち入りの調査が入り、事業所の実態が明らかになった
加えて、幾つかの報道関係の会社がこれに関わっている事も明らかになる
関係者からの事情聴取の内容によっては、大掃除か必要になる為であった
それに平行して、行方不明になったトウカイテイオー達の捜索も行なわれる事になる
捜査から半月後、トウカイテイオーとその担当トレーナー。事業所所属の女性トレーナーは閉鎖されていた牧場の敷地内で発見された
しかし、年始までは何とかずらせて有馬記念であったが、流石にトウカイテイオーの参戦は間に合わず、後に『死線』だの『血戦』だのという血生臭い呼び声の高いレースはテイオー不在で行なわれる事になった
幾つものウマ娘が有馬記念というレースを墓標と定めた『魔の正月』
次回はそれを語る事にしよう
と言うわけで、事業所関連の話はほぼ終わりました
彼等のその後については、また語る機会もあるでしょう
ご一読ありがとうございました